はやし浩司(ひろし)

1800〜
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はやし浩司
最前線の子育て論byはやし浩司(1800〜1850)

-最前線の子育て論byはやし浩司(1800)

●団塊世代よ、ボランティアへ!、だってエ!!

++++++++++++++++++++++

今度、浜松市の社会福祉協議会が、団塊の世代を
対象にした、『ボランティア登録制度』を創設した。

しかし、最初に、一言!

何がボランティアだア!

バカにするな!

ボランティアと言えば、聞こえはよいが、
中身は、「ただ働き」。要するに、「団塊世代よ、
ヒマがあったら、ただ働きせよ!」ということ!

私たちが求めているのは、職場だ。きちんと給料の
もらえる職場だ。

バカにするにも、ほどがある。どうせ公務員の若造
たちが創設した制度なのだろう。
が、創設すべきは、職場だ。わかるか? 
職場だ!

自分たちは、満額の退職金と、年金、それに天下り先を
しっかりと確保しておきながら、私たちに向かっては、
「ただで働け!」と。

久々に、私は怒ったぞ!

++++++++++++++++++++++

 新聞記事には、「団塊世代よ、ボランティアへ!」という見出しのあと、こうある(中日新聞)。

 「団塊の世代、待っています。2007年度から、大幅に定年退職を迎える団塊世代。彼らの
能力や技術を生かしてもらおうと、浜松市社会福祉協議会(市社協)は、シニア世代に的をし
ぼった、ボランティア登録制度を開設した。

 福祉施設や特定非営利法人(NPO法人)などの需要を掘り起こし、登録者としての橋渡しを
する。

(中略)

 登録時には各自の得意分野を記録する。市社協の担当者は、『たとえばおもちゃの修理や
福祉施設の庭木手入れ、NPO法人の事務などに、これまでのスキルを生かしてほしい』とい
う。障害者の手がける農場の手伝いなど、活躍の場は豊富にあると考える。

 市民活動を支援している県西部地域交流プラザPは、『パソコン関連から、会計、労務、運転
手、介助、お年寄りの話し相手まで、NPO法人などの活動を手伝う人材は、慢性的に不足し
ている』と話す」と。

 何が、おもちゃの修理だ!
 何が、福祉施設の庭木の手入れだ!
 何が、農場の手伝いだ!
 何が、お年寄りの話し相手だ!

 バカにするにも、ほどがある。

 もしすべきことがあるとするなら、自分たちが独占している天下り先を、民間に平等に分配す
べきだ。わかるか? たとえば図書館の館長なら館長でもよい。そういう人材は、公募で、みな
で決めればよい。

 団塊の世代だから、ただで働けだと! いいか、私の周辺にも、元公務員という人たちが、た
くさん住んでいる。中には、地域の活動のために、忙しく働いている人もいる。しかしそういう人
は、少数派。

 たいはんは、道路わきのゴミひとつ拾ったことがない。高額な年金を手にして、悠々自適な老
後生活。もし「ただで働け」というのなら、まず、そういう人たちが、率先して、見本を見せてくれ
たらよい。

 団塊の世代、とくに私のように、国民年金しかアテにできない人間は、死ぬまで働くしかな
い。ボランティア活動などという優雅な道楽をしているヒマはない。もし市の役人が用意してくれ
るというのなら、職場だ。きちんとした給料のもらえる職場だ。

 わかるか?

 わからないだろうな?

 30代、40代の若造から見れば、60歳の人間は、どうせ役立たずのジジイに見えるかもしれ
ない。が、それはまちがい。かつてあのバーナード・ショーは、こう言った。『若者から老人をみ
ると、老人はみな、バカに見えるかもしれない。しかし老人から若者をみると、若者はみな、バ
カにみえる』と。

 どうせ公務員の若造たちが、額をこすりあわせて創設した制度なのだろうが、これほど、人を
バカにした話もない。久々に、私は、怒ったぞ!

 私は、昭和22年生まれ。団塊の世代、第1号だ!

 わかったかア!


【付記】

 この記事に対して、Bさんという方より、反論のコメントが届いた。それをそのまま紹介する。

++++++++++++++++++++++++

【Bさんより、はやし浩司へ】

先生、こんばんは♪

きょう、団塊世代にボランティアを と言う記事が載っていたという日記を見て、
メールしています。

話の争点が違うところに行ってしまうかと思いますが、
いくつか私のボランティアの経験をお話させてください。

もとをただせば ボランティアをしたいと思い始めたきっかけは、
私が学生時代に、ブリスベンのあるお宅にホームステイしていたことから始まります。
んもうぅっ…ほんっとうに素敵なご夫婦で、
私の人生観は21歳にして 衝撃的な変化を遂げました。(おおげさかな?ちょっと。)

とにかく彼らのホスピタリティーと言えば、
何を持ってお返しができるのか 全く想像がつかぬほど、
私を娘として 今も愛し続けてくれています。

私はいつか 自分もホストマザーになりたいと思うようになりました。
けれど今はまだ時期が早い。提供できるお部屋もご用意できない。
何か別の手段で この感謝の気持ちを pay forward したかったのです。

ずっとそんな思いを抱き続けていた頃 新聞に静岡県主催の語学ボランティアの
募集の記事を見つけ、思い切って面接を受け、合格し、無事登録の運びとなりました。
当時の私は IT関連の仕事をしていたので 英語を話す行為から少し遠ざかっていたこともあ
り、

私でお役に立てるのであれば ぜひ 私のホストペアレンツへの お礼の気持ちの形として、
何かできることからスタートしたかった。

そして外国人学生のための浜松市内の観光地ガイドの翻訳や、
市内で開かれる外国人の集まる大規模な会議などのアテンド、
静岡市で開かれるお茶に関する資料の翻訳 など、
ときには締め切りに追われながら、それでも受けたことは責任をもってと、
真面目に取り組んできたつもりです。

日本でのボランティアは 無給という考え方がごく一般的で、
でも私は お金をもらうかどうかということよりも、
そんなイベントにほんの少しでも関わって、
私の訳した文章を読んでくださり理解を深めてくださった方、
私のご案内で楽しい時間を過ごしていただいた方、
勿論その場に応じて日本人の方にも対応はしますが、
いずれにせよ、自分のできることが社会で微々なれども役に立っていることの
充実感で、満たされていました。

それに ボランティアスタッフとして出会った方々との交流も
とても楽しく、もう10年近くのお付き合いをさせていただいて
本当に感謝でいっぱいの気持ちです

5年前に行われたエコパスタジアムでの日韓共催FIFAワールドカップ2002の
ボランティアスタッフとしても活動することできました。

県の語学ボランティアの募集のターゲットとして、
ワールドカップへの人材確保ということも大きく取り上げられてはいました。
しかし私は お恥ずかしながら、サッカーに関する知識は非常に乏しく、
国内リーグの選手の方のお名前も数名しか知らないほどでした。

それがサッカーであれ、オペラであれ、緑茶に関する討論会であれ、
私のできることが 海外から日本:浜松に来てくださる方への御礼になれば
それでいいという ただそれだけの気持ちです。

ワールドカップでは これまた予想外にもVIPシートのお客様の通訳、ご案内を
担当することになりました。日本人でよくテレビに映ってるスポーツ選手、解説員など
わずかな方々なら、名前とお顔が一致はしましたが、
国外の王室の方々や、選手のご家族や、国内リーグの監督や、まったくわからない。

失礼なことかもしれませんが、VIPにどんなお客様がみえるかという詳しい情報は、
私たちボランティアには知らされていませんでした。仮に教えていただいたとして、
私にはわからない...。 どの方も皆さん 海外から日本へ訪問してくれた方たち。
楽しいひと時のお手伝いができればそれでいいという気持ちで取り組んでいました。

実際活動はとても楽しかったです。

この活動も他に漏れず無給の活動でした。

でも この活動で出会った仲間たちとはいまでも
静岡スタジアムエコパで催される様々なイベントでボランティアをしよう、という
団体を作っていて 私も時間が許されれば参加しています。
年齢は様々。 私のような主婦層はちょうど真ん中くらいで
大学生もいれば 私の父(65)ほどの年齢の方、
この方々を団塊の世代と言うのでしょうか?
そういう方も、大勢いらっしゃいます。

ボランティアで必ずしも英語が役に立つ場面ばかりとは言えません。
でもまれに、「誰か英語の話せる方〜〜」と呼ばれて、お役に立てたとき、
その外国人の方の安心したお顔、Thanks a lot のお言葉と握手。
それだけで私は じゅうぶん幸福な気持ちを味わうことができます。

いうまでもありませんが 勿論日本人のお客様のお手伝いができたときも
嬉しく思っています。

無給で働かされて...というpoint of view では 味わうことのできない、
かけがえのない感謝の気持ちを味わうことができます。

もし私のしていることを、たとえば仕事としてやってください
という依頼がきたとしても
それはとてもありがたいことですが、今までのような純粋に恩返しをしていきたいという
気持ちとは 少し離れてしまうように思います。

先生もご存知の通り、残念ながら、私の家庭は決して裕福ではありません。
けれど一つ一つの活動やworkを終えた後の達成感は、仕事で味わうものとは、
全く異なるものだと思います。

確かに仕事内容を把握できていない職員の方から、いい加減な説明をされたときは
私も厳しく追及して、ボランティアだからと言っていい加減な応対をするつもりはないと
はっきりお伝えして、活動自体を辞退したこともありました。

主催者側が、「応対しているのはボランティアなのです。無給なのです。」といえば、
ちょっとした美談と責任逃れをすることができるのも否定できないことかもしれません。

けれど私はボランティアを続けます。
私が受ける心の恩恵と充実感があまりにも大きいからです。
ただそれだけのことです。

いつか私がホストマザーになったとき、私のホストペアレンツへ報告したら
きっときっと喜んでくれるに違いありません。
息子(年長児)も ちょっと違った体験ができて いいことなんじゃないかな? と
思っています。

いつもながら長文失礼いたしました
このような駄文でも ご参考になることがあれば掲載していただくことがあれば勿論かまいませ
ん。


【Bさんへ、はやし浩司より】

こんばんは!

うむむむ……。

なるほどっていう感じです。

でも、私はボランティア活動を否定しているのでは
ありません。

団塊の世代=無料で利用できる世代という発想に
反発しているのです。

どうか、どうか、誤解のないように!!!

人は無給で働いてこそ、つまり損得の計算を忘れて
働いてこそ、仕事の醍醐味を味わうことができます。

よくわかっています。

それと、この問題は、別ですね。

誤解のないように!

日本では、役人たちが、日本をリードしていると
思い上がっています。それが気に入らないのです。

官僚制度そのものに腹がたつのです。どういうわけか……。

メール、ありがとうございました。

プライベートな部分を割愛させていただき、
マガジンに掲載させてください。

字句は、マガジン用に統一させていただきますが、それは
お許しくださいね。

では、

おやすみなさい!

はやし浩司


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

【病識と自己認識】

++++++++++++++++++++++

脳のCPU、つまり中央演算装置が狂うと、
「自分は病気である」という意識は、当然、
なくなる。

「私は正常だ」と思いながら、おかしな行動を
繰りかえす。おかしな行動を、おかしいとも
思わない。

CPUが狂うということは、そういうことを
いう。

++++++++++++++++++++++

●病識

 アルコール依存症か何かになり、大声で怒鳴ったり、暴れている人に向かって、「あなたは、
おかしい」と言っても、意味はない。そういう人ほど、ますます、いきりたつ。「おかしいとは、何
だ! このヤロー!」と。

 同じ精神疾患でも、病識があるかないかで、軽重が決まるという。「私は今、病気である」と認
識することを、「病識」という。病識のある人は、まだ軽いとみる。

 数日前、近くのケアセンターへ行ったときのこと。ヘルパーさんに頼んで、しばらくその部屋の
老人たちの様子を観察させてもらった。老人といっても、千差万別。それを「個性」といってよい
かどうかはわからないが、それぞれの老人は、強烈な個性を放っていた。頭のボケ方は、けっ
して一様ではない。

 が、その中でも、タチがわるいのが、病識のない人たちだそうだ。ヘルパーさんが、そう言っ
ていた。自分では、「私は正常」と思いこんでいるから、他人の説得には、耳を傾けない。自分
で自分をコントロールしようともしない。自分勝手な行動を繰りかえす。

 そこで私は、ハタと気がついた。話が少し脱線するが、こういうことだ。

●自己認識力

 ADHDの子どもがいたとする。そういう子どもに向かって、「みなが、迷惑するから、静かにし
ていてください」と注意しても、意味はない。自分を客観的に判断する能力そのものがない。こ
れを教育の世界では、自己認識力という。「自己意識」というときもある。

 が、そんな子どもでも、小学3〜4年生を境に、急速に、その自己認識力が育ってくる。つまり
自分を客観的に見る目が育ってくる。「こんなことをすれば、みなに嫌われる」「どうすれば、み
なとうまくやっていくことができるか」と。

 そしてやがて、自己管理能力が育ってくる。自分で自分をコントロールするようになる。

 が、それ以前の子どもには、それがない。つまり自分で自分をコントロールする前に、自分が
どういう人間であるか、それを知ることすらできない。

 この「自分がどういう人間であるか知ることができない」というのは、どこか、先に書いた、「病
識」と似ていないか?

 さらにこんな話もある。

●2つの脳みそ

 これは私がどこかで講演をしているときに気がついたことだが、こんなことである。

 講演をしているときというのは、2つの脳みそが、同時進行の形で、働く。ひとつは、講演内
容について考えている脳みそ。これを脳みそAとする。もうひとつは、その自分を、別のどこか
でコントロールしている脳みそ。これを脳みそBとする。

 脳みそAは、講演をしながら、話の内容を考える。が、それだけでは、講演はできない。そこ
でもうひとつの脳みそBが、別のところから私を管理する。「残り時間は、あと20分」「そろそろ
結論に話をつなげろ」「この話は、省略しろ」「聴衆の反応がよくないから、おもしろい話を入れ
ろ」と。

 ここでいう脳みそBが、私を客観的に判断する能力、つまり自己管理能力ということになる。
これがないと、講演そのものが、バラバラになってしまう。支離滅裂になってしまう。実際、数度
だが、そういう経験もしている。風邪か何かをひいていて、脳みその活動が鈍っていたときのこ
とである。そのときは、講演をしながら、自分でも、何を話しているかわからなくなってしまった。

 そこで最初の話に、もどる。

●自己管理能力

 たとえばカッとなって、激怒したばあいを考えてみよう。そういうとき、自己管理能力のすぐれ
ている人は、その場で、自分をコントロールしようとする。怒りを自分でしずめ、してよいことと、
してはいけないことを、的確に判断する。そうでない人を、自己管理能力の弱い人という。

 EQ論(=人格完成論)でも、自己管理能力を、人格の完成度をみるための、ひとつの重要な
バロメータ(尺度)にしている。自己管理能力のある人を、人格の完成度の高い人といい、そう
でない人を、そうでないという。それはさておき、自己管理能力ができるためには、まず、自分
が今、どういう状態なのかを知らなければならない。

 これが自己認識ということになる。精神疾患について言えば、病識ということになる。つまり、
教育の世界でいう「自己認識」と、精神疾患でいう「病識」とは、同一のものということになる。そ
の「認識」があってはじめて、人は、自分で自分を管理できるようになる。

 ずいぶんと乱暴な意見に聞こえるかもしれないが、反対に、その「認識」のない子どもや、「病
識」のない精神疾患患者に、あれこれ説教しても意味はない。意味がないばかりか、かえって
逆効果になることが多い。

●自分を知る

 そこで問題は、どうすれば、(そのとき)、自分のことを客観的に知ることができるかというこ
と。たとえばカッと激怒したようなとき。あるいは、アルコール依存症の人が、泥酔状態になっ
たようなとき。それは、可能なのか。それとも、不可能なのか。

 たとえば私にしても、たしかに、私の中には、もう一人の私がいる。何かの拍子に出てきて、
私の脳みそを、優勢的に支配する。

 そのときのことだが、そのとき私は、もう一人の私のほうが、正しいと思う。それまでの私は、
仮の私であって、本物の私ではないと思う。ときにどちらの私が本当の私なのか、わからなくな
るときもある。

 ただ幸いなことは、どちらの私になっても、たがいの記憶はしっかりと残っているということ。さ
らにもう一人の私になっても、本来の私、つまり99%の時間を支配する私が、部分的に残って
いること。その本来の私が、もう一人の私を、コントロールしようとする。

 おかげでというか、かろうじて、私は、(ふつうの生活)を営むことができる。ふつうの夫、ある
いはふつうの父親として、家族をまとめることができる。もしそのとき、ふだんの私の記憶をなく
してしまったり、あるいは、完全に別人になってしまったとするなら、私は、多重人格者=人格
障害者ということになってしまう。

 で、そういう自分を振りかえってみると、もう一人の自分になったときというのは、たしかに、こ
こでいう病識がない。たしかに「私は正しい」と思いこんでいる。思いこんだまま、あれこれと判
断をくだそうとする。

●だれにもある現象?

 たしかに、そういうときの私は、おかしい。再び冷静になったときに、それがわかる。はっきり
言えば、そういうときの私は、病気なのだ。……というような現象は、実は、最近、だれにでもあ
るということを知った。程度の差はあるものの、だれにでもある。精神的にはきわめて安定して
いると思われる、私のワイフにもある。

 たとえば口論したようとき、ワイフは、別人のようにがんこになる。私が「逆らうな!」と言うと、
「何も、逆らっていないわよ」と言って、私に逆らう。つまりその時点で、ワイフはワイフで、もう
一人の自分になっている。ふだんは、やさしくて、すなおな女性なのだが……。

 自分を知るということは、本当にむずかしい。そのことは、病識のない何かの精神疾患をか
かえた人を見ればわかる。認知症になった老人を見ればわかる。

 ついでに一言。

●カルト

 カルトにハマっている信者を見ると、明らかに脳のCPUが、いかれているのがわかる。とんで
もないことを口にしながら、それがとんでもないことであるという認識すらない。反対に、まとも
なことを言う人を、とんでもないと位置づけてしまう。たとえば私が書いた、『ポケモンカルト』(三
一書房)という本は、その世界の人たちによって、「トンデモ本」と評価されている。(おかげで、
その本は売れたが……。)

 さらに最近では、テレビで堂々と、とんでもない意見を述べているオバチャンがいる。「あなた
の背中には、ヘビがついている。毎日、シャワーで、20回、背中をこすりなさい」と。

 そういうバカげた説教をするほうもするほうだが、聞くほうも聞くほうだ。若い女性(タレント)な
どは、涙を流してまで、それを喜ぶ。

 こうした現象も、ここでいう「病識」がないことによって起こる。

【付記】

 たまたま今、母を、ケアセンターに送り出したところ。母は、今年、90歳になる。その母に、
「(センターで)友だちができたか?」と話しかけると、母は、こう言った。「できん。みんな、年寄
りばかりや」と。

 自分が最高年齢者であることを、すっかりと忘れてしまっている。あるいは、それがわからな
い。

 それを聞いて、ワイフが笑った。迎えに来ていた、センターの人も笑った。母は、まるで自分
のことがわかっていない。自分だけは、まだ小娘のつもりでいるらしい。ハハハ。本当に、ハハ
ハ。


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

●他人の不幸話

++++++++++++++++++++

「他人の不幸話ほど、おもしろいものはない」と言った
哲学者がいた。が、それはそのままその人の非人間性を
表す。レベルの低さを表す。

そういう人間とは、容赦なく、縁を切るのがよい。

では、どうやって、それを見分けるか?

++++++++++++++++++++

 私が学生時代のころのこと。稼業は自転車屋だったが、家計など、あってないようなものだっ
た。母は毎月の生活費を、頼母子講(たのもしこう)という、お金の融通制度を使って工面して
いた。

 そういうとき、必ず決まって、しかも定期的に私の家にやってきて、私の家の家庭事情をうか
がっていく人がいた。さも同情するようなフリをし、あれこれ私の家の中の様子をさぐっていっ
た。

 そしていつも、話すことといえば、自分の自慢話。「あの土地を売って、○○万円、もうけた」
「株で、○○万円もうけた」と。

 金の亡者のような男だった。が、学生だったが、私はやがてその男の下心を見抜いた。その
男は、そういう形で私の家をのぞきながら、それを楽しんでいたのだ。

 そこであなた自身のこと。

 あなたにも、不幸なときがあったかもしれない。今、不幸かもしれない。そういうとき、こちらが
望みもしないのに、さも同情するフリをして近づいてくる人には、警戒したほうがよい。家計の
負担を担ってくれるとか、金銭的援助をしてくれるというのであれば、それは本物かもしれな
い。しかしそういう人は、ぜったいに、そういうことはしない。

 で、今、私は母の介護している。少し前は、頭のボケた兄を介護した。私はそういう母や兄の
ことを、自分のBLOGに書いている。多分、その(人)は、私の家の内情を知りたいのだろう。3
〜4日ごとに、アクセスしてきては、私のBLOGをのぞいている。

 私のほうは、そうした動きを、逆に探知することができる。(xxxx@aaaaaa)のアドレスの人
が、いつ、何時に、私のBLOGをのぞいたかが、それがわかるしくみになっている。

 なぜだろう? その人の子育ては、もうとっくの昔に終わったはず。私のBLOGなど読んで
も、何の役にも立たないはず。

 ……つまり、その人は、私の不幸話を知りたいのだ。その人は、昔から、そういう人だった。
会うと、慇懃無礼(いんぎんぶれい)な言い方で、お上手を並べるが、それはうわべ。少なくと
も、私には、通用しない。

 他人の不幸話がおもしろいと感じたら、それはそのまま私やあなたの人間性の低さを表すも
のと考えてよい。すでに低劣な世界に、身を置いてしまっている可能性が高い。よい例が、バラ
エティ番組で流される、離婚話や、愛憎劇などがある。ああいうものを見ておもしろいと思うな
ら、まずあなた自身の人間性を疑ってみたほうがよい。

 他人の不幸は、それを笑った分だけ、今度は、自分で苦しむことになる。大切なことは、私は
私、あなたはあなたと、サバサバと生きること。もちろん相手から助けを求めてきたときは、話
は別。それはそのときだが、少なくとも、こちらから介入してはいけない。ときには、そっとして
おいてやることこそ、親切というもの。

 今回も、母を介護するようになって、あれこれと言ってくる人がいる。しかし私とワイフの本心
と言えば、「そっとしておいてほしい」ということ。私たちは私たちで、がんばっている。だから、
そう思う。それに母の介護など、私にとっては、不幸話でもなんでもない。そのおかげか、ここ
へきてからというもの、90歳の母が、日に日に、元気になっていく。明るくなっていく。

 それを見るのは、私たち夫婦にとっては、喜びでしかない。

 ここでいう、3〜4日ごとに私のBLOGをのぞいている、あなた。私には、あなたがだれだか、
わかっている。もしそれに恥じるなら、どうか、私たちのことにはかまわないでほしい。ご自身の
老後の心配をしたらよい。ご自身の仕事の心配をしたらよい。少なくとも、私たちは、あなたに
は、興味はない。まったく、ない。

これからも、つきあうつもりは、まったくない。
 

Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

●古典的な教育ママ

++++++++++++++++++

21世紀になって、7年目。
中国のS市から一時帰国した女性(日本人)が
こんな話をしてくれた。

「中国の母親たちを見ていると、30〜40年前の
日本を思い出させます」と。

++++++++++++++++++

 30〜40年前。その当時の日本には、こんな教育ママがいた。幼稚園児に掛け算の九九を
暗記させ、それでもって、「うちの子は算数ができる」と喜んでいた。そんな教育ママである。

 当時の日本といえば、「勉強さえできればいい」と考えている親は、少なくなかった。勉強、第
一。成績、第一。すべてが勉強にはじまって、勉強に終わる。

 学校の先生に対する評価にしても、「宿題をたくさん出してくれる先生は、いい先生」「びしび
しとしぼってくれる先生は、いい先生」と。

 こんな事件もあった。

 ある小学校のある教室の先生が、ときどき、生徒を連れて、となりの公園へ子どもたちを連
れていった。野外授業である。その先生は、「昆虫博士」と呼ばれるほど、虫のことに詳しかっ
た。

 が、それに「待った」をかけたのが、ほかならぬ母親たちである。「そんなことをしていたら、勉
強にさしさわりがある」と。(現在、こうした野外活動は、校長に承認されたもの以外は、禁止に
なっている。)

 またほんの10年前のことだが、このS県の小学校で、こんなこともあった。その小学校に、
身体に障害のある子どもが入学することになったときのこと。親たちが連合して、その入学を
阻止しようとした。やはり「そういう子どもが入ると、子どもたちの勉強にさしさわりが出る」と。

 この話は、事実である。当時、地元のテレビでも、大きく報道された。

 まさに古典的な教育ママということになる。そういう古典的な教育ママが、中国には、ゴロゴロ
しているという。それをさして、その女性は、「中国の母親たちを見ていると、30〜40年前の
日本を思い出させます」と。

 しかしこの日本で、ここでいう古典的教育ママが、いなくなったわけではない。無学、無知、無
教養が、こうした古典的教育ママの共通点といってもよいが、それに加えて、恵まれない結婚
生活が拍車をかける。「子どもこそすべて」という思いが、子どもにすべてを託す。果たせなか
った自分の夢、希望、目的などなど。中には、「子どもの将来など、教育によって、どうにでもな
る」と錯覚している親もいる。

 で、そのあとのことは、推してはかるべし。多くの悲喜劇は、こうして生まれるが、その悲喜劇
を繰りかえしながら、日本人も少しずつだが、賢くなっていく。その道は、まだまだ遠い。

+++++++++++++++

以下は、5年前に書いた原稿
(中日新聞発表済み)です。

+++++++++++++++

●受験ノイローゼ

 受験ノイローゼも、ノイローゼという意味では、育児ノイローゼの一種とみることができる。し
かし育児ノイローゼに見られない症状もある。先に述べたように、「自分をしっかりもっている」
のほか、ターゲットが、子どもの受験そのもの、あるいはそれだけにしぼられるということ。明け
ても暮れても、子どもの受験だけといった状態になる。

そしてその半面、子どもの受験以外の、ほかのことについては、鈍感になったり、無関心にな
ったりする。育児ノイローゼが、生活全体におよぶのに対して、そういう意味では、限られた範
囲で、症状がしぼられる。が、その分だけ、子どもの「勉強」「成績」「受験」に対して、過剰なま
でに反応するようになる。

 毎日、書店のワークブックや参考書売り場へ行っては、そこで1〜2時間過ごしていた母親が
いた。あるいは子どもの受験のためにと、毎日、その日の勉強を手作りで用意していた母親も
いた。しかしその中でもナンバーワンは、Tさんという母親だった。
 
 Tさんは、私のワイフの友人だった。あらかじめ念のために書いておくが、私はこういうエッセ
ーを書くとき、私が直接知っている母親のことは書かない。書いても、いくつかの話をまとめた
り、あるいは背景(環境、場所、家族構成)を変えて書く。それはものを書く人間の常識のよう
なもの。そのTさんは、私が教えた子どもの母親ではない。

 そのTさんは、子どもが小学校に入ると、コピー機を買った。それほど裕福な家庭ではなかっ
たが、三〇万円もする教材を一式そろえたこともある。さらに塾の送り迎え用にと、車の免許
証をとり、中古だが車まで買った。そして学校の先生が、テストなどで採点をまちがえたりする
と、学校へ出向き、採点のしなおしまでさせていた。ワイフが「そこまでしなくても……」と言う
と、Tさんはこう言ったという。「私は、子どものために、不正は許せません」と。

 こういう母親の話を聞くと、「教育とは何か」と、そこまで考えてしまう。そのTさんは、いくつ
か、Tさん語録を残してくれた。いわく、「幼児期からしっかり子どもを教育すれば、東大だって
入れる」「ダ作(Tさんは、そう言った)を二人つくるより、子どもは一人」と。

Tさんの子どもが、たまたまできがよかったことが、Tさんの受験熱をさらに倍化させた。いや、
もっともTさんのように、子どものできがよければ、受験ノイローゼも、ノイローゼになる前に、あ
る程度のレベルで収めることができる。が、その子どものできが、親の望みを下回ったとき、ノ
イローゼがノイローゼになる。

●特徴

 受験ノイローゼは、もちろんまだ定型化されているわけではない。しかしつぎのような症状の
うち、五個以上が当てはまれば、ここでいう受験ノイローゼと考えてよい。あなたのためという
より、あなたと子どもの絆(きずな)を破壊しないため、あるいはあなたの子どもの心を守るた
め、できるだけ早く、あなた自身の学歴信仰、および自分自身の受験体験にメスを入れてみて
ほしい。

○子どもの受験の話になると、言いようのない不安感、焦燥感(あせり)を覚え、イライラした
り、情緒が不安定になる。ちょっとしたことで、ピリピリする。

○子どもがのんびりしているのを見たりすると、自分の子どもだけが取り残されていくようで、
心配になる。つい、子どもに向かって、「勉強しなさい」と言ってしまう。

○子どもがテストで悪い点数をとってきたり、成績がさがったりすると、子どもがそのままダメに
なっていくような気がする。何とかしなければという気持ちが強くなる。

○同年齢の子どもをもつ親と話していると、いつも相手の様子をさぐったり、相手はどんなこと
をしているか、気になってしかたない。話すことはどうしても受験のことが多い。

○子どもが学校や塾へ言っているときだけ、どこかほっとする。子どもが家にいると、あれこれ
口を出して、指示することが多い。子どもが遊んでいると、落ち着かない。

○子どものテストの点数や、順位などは、正確に把握している。ささいなミスを子どもがしたり
すると、「もったいないことをした!」と残念に思うことが多い。

○テスト期間中になると、精神状態そのものがおかしくなり、子どもをはげしく叱ったり、子ども
と衝突することが多くなる。たがいの関係が険悪になることもある。

○明けても暮れても、子どもの学力が気になってしかたない。頭の中では、「どうすれば、家庭
での学習量をふやすことができるか」と、そればかりを考える。

○「うちの子はやればできるはず」と、思うことが多く、そのため「もっとやれば、もっとできるは
ず」と思うことが多い。勉強ができる、できないは、学習量の問題と思う。 

○子どもの勉強のためなら、惜しみなくお金を使うことが多くなった。またよりお金を使えば使う
ほど、その効果がでると思う。今だけだとがまんすることが多い。(以上、試作)
(02−9−30)

Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

●虐待と過干渉(子どもの受験競争の宿命)

+++++++++++++++

虐待には、強烈な過干渉がともなう。
反対に、強烈な過干渉は、虐待と
考えてよい。

つまり多かれ少なかれ、過干渉には
虐待がともなう。もちろん程度の差は
あるが……。

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 小学1〜2にかけて、ツッパリ始めた男児がいた。言動が粗暴になった。「ウッセー」「テメエ」
と。

 しかしその子どもが、数年もたつと、今度は、キバを抜かれたように、おとなしく、穏やかにな
った。「?」と思っていると、原因は、母親にあることがわかった。母親は、ふつうの母親ではな
かった。

 一度怒り出すと、それこそ手元にあるフライパンを投げつけるような女性だった。大声で暴
れ、怒鳴り散らした。数軒おいた近所にも聞こえるような怒鳴り声である。その子どもは母親に
反発することもできず、萎縮した。結果、ここでいう、おとなしく、穏やかな子どもになった。

 しかしこれは仮面。放置すれば、つぎのステップへと進む。やがて精神を病み、もっと深刻な
問題をかかえるようになる。が、母親にはそれがわからない。少しでも成績がさがったりする
と、容赦なく、子どもを叱った。叱ったというより、怒鳴りつけた。

 塾も、半年単位で、頻繁に変えた。そのたびに、その子どもは、従順にそれに従った。そんな
ある日、私のところへやってきた。母親が、そばについていた。母親は、「来年は、(中学)受験
だから、何とかめんどうをみてほしい」と言った。うわさとはちがい、穏やかな言い方だった。

 こういうばあい、母親という女性は、みごとなほどまでに、仮面をかぶる。もし知らない人が見
たら、できのよい、やさしい母親と思ったかもしれない。が、どうも様子がおかしい。子どもの表
情も、どこか不自然。

 そこで母親に退席してもらい、私は一対一で、その子どもと話しあうことにした。

私「苦しいのか……」
子「……」
私「あのね、ここへくるのがいやだったら、いやと言えばいいよ」
子「……」
私「今、この教室は、満員だからとか、何とか言って、断ってやるよ」
子「……」
私「また、君がその気になったら、来ればいいから」と。

 とたん、その子どもの目から、大粒の涙が、ポロポロとこぼれた。しかしそのとき、ドアを蹴る
ようにして、母親が教室に入ってきた。そして子どもの顔を見るやいなや、大声で、怒鳴った。

 「どうして、泣くの!」「泣くことないでしょ!」と。

 私は、子どもの顔だけを見ながら、こう言った。「また、縁があったら、おいでよ。そのときは、
いつでも待っているよ」と。

 虐待には、強烈な過干渉がともなう。反対に、強烈な過干渉は、虐待と考えてよい。つまり多
かれ少なかれ、過干渉には虐待がともなう。もちろん程度の差はあるが……。

 多分、その母親は、こう思っているにちがいない。「私は、だれよりも、息子を愛している。こう
して子どもの将来を心配するのは、子どもを愛しているという証拠」と。

 しかし子どもを受験で追いこみ、点数や順位だけを見て、子どもを怒鳴ったり、脅したりする
のは、過干渉というより、虐待。「こんなことでは、A中学校にはいれない」「あんたの将来はな
い」と脅すのは、立派な虐待である。

 その虐待を繰りかえしながら、虐待をしているという意識すらない。

 結果、どうなるか。成績がさがることなど、まだよいほう。やがて精神を病み、不登校を繰り
かえすようになる。家の中に引きこもるようになる。この子どものばあい、あのまま、つまり小学
1、2年生のときのように、ツッパッてしまったほうが、まだよかったのかもしれない。が、それ以
上に、母親の過干渉のほうが強かった。

 先は見えている。こうした仕事を40年近くもしていると、子どもの近未来が、手に取るように
わかるようになる。予言とか、予測とか、そういうあいまいなものではない。わかるものはわか
るのであって、どうしようもない。

 しかしこういうケースでは、私のような立場のものが、あれこれアドバイスしても、意味はな
い。母親自身が、聞く耳をもっていない。「私が正しい」「私のすることは、ぜったいに正しい」と
いう確信のもと、私の言葉を、そのまま払いのけてしまう。中には、反対にかみついてくる母親
だっている。

 「他人の子どもだと思って、よくもまあ、言いたいことを言うものだ」と言った、母親すらいた。
私が、「受験は、あきらめたほうがいい」とアドバイスしたときのことである。

 つまりこうして母親たちは、そして親たちは、失敗する。「失敗」という言い方は適切でないか
もしれないが、ともかくも、そういった状態になる。が、ここで問題が終わるわけではない。その
時点になっても、自分で自分のことに気づく親は、まずいない。

 たいていは、「学校が悪い」「先生が悪い」「友だちのいじめが原因だ」と騒ぐ。私には、そこま
でわかる。わかるから、そういう母親とは、かかわらないようにしている。かかわりたくない。行
き着くところまで行って、親は、自分で気がつくしかない。

 これは子育てというより、子どもの受験競争がもつ宿命のようなものである。


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司※

【受験の魔力】(特集)

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子どもの受験が、なぜ、そしてかくも、
世の親たちを狂わすのか?

これは極端な例かもしれないが、
息子(中3)が、受験に失敗した夜、
自殺を図った母親すらいた。

これはウソでは、ない。
私自身が身近で見聞きした、本当の
話である。

子どもの受験の失敗がきっかけとなって、
離婚騒動が起きたケースとなると、
それこそゴマンとある。

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 子どもの受験が、なぜ、そしてかくも、世の親たちを狂わすのか? これは極端な例かもしれ
ないが、息子(中3)が、高校受験に失敗した夜、自殺を図った母親すらいた。その母親は「交
通事故で……」と言っていたが、自殺に失敗し、そのあと、1週間ほど、病院に入院した。

 もっとも、(子どもの受験の失敗)と、(母親の自殺未遂)を、短絡的に結びつけて考えるの
は、正しくない。育児ノイローゼが高じて、受験ノイローゼになるケースは少なくない。ほとんど
のばあい、その背景には、母親自身の心の問題がある。

 さらに子どもの受験が失敗したことがきっかけとなって、夫婦の間がおかしくなるケースとなる
と、これまた多い。離婚騒動に発展したり、本当に、そのまま離婚してしまうケースも少なくな
い。なぜか?

 「子育て」とはいうものの、そこには、それぞれの人生観、哲学、生き様が、すべて集約され
る。親自身が生まれ育った環境も、大きく影響する。そういったものが、子どもの受験勉強に
対する考え方のちがいとなって、えぐり出される。

母「あなたは、子どもは伸びやかにとは言うけど、それでは、子どもは生きていかれないのよ」
父「そんなことはない! 健康であれば、それでいい!」
母「あなたは、世間のきびしさが、わかっていないのよ!」と。

 そして私のような者に対しては、こう言う。

母「うちの夫は、学歴がないため、苦労をしています。だから息子には、そんなみじめな思いを
させたくありません」と。

 何か、おかしい。どこか、おかしい。しかしほとんどの親たちは、そう思いながらも、子どもの
受験に振り回されてしまう。が、本当の被害者は、子ども自身。それを忘れてはいけない。

 自分がもつ不安や心配を、子どもにぶつけるのは、親の勝手。自分が果たしえなかった夢や
希望を、子どもに求めるのも、親の勝手。そして子どもとの間では、日夜、はげしい親子戦争
を繰りかえす。「勉強しなさい!」「うるさい!」と。

 つい先日には、勉強(?)が原因で、10歳の少女が、父親に殺されるという事件が、起きて
いる。

 亡くなったのは、宮城県K市に住む、10歳の少女。TBS・Newsによれば、「勉強すると言っ
たのに、しなかったので、父親に手足をロープで縛り上げられた上、自宅の庭の小屋の梁につ
ながれ、およそ25分間放置されたという。

 少女がぐったりとしたため、病院に運ばれ、治療を受けたが、4日後に死亡したという(1月2
6日)。

 何とも痛ましい事件だが、だれがこういう父親を笑うことができるだろうか。責めることができ
るだろうか。程度の差こそあれ、世の親たちはみな、似たようなことをしている。しながら、「私
は問題ない」「うちの子にかぎって」と思いこんでいる。

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今までに書いた原稿を
ここに掲載します。

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●教育カルト

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学歴信仰は、立派なカルトである。

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教育者が教育カルトにハマるとき 

●教育カルト 

 教育の世界にもカルトがある。学歴信仰、学校神話というのもそれだが、一つの教育法を信
奉するあまり、ほかの教育法を認めないというのも、それ。教育カルトともいう。この教育カルト
にハマった教育者(?)は、「右脳教育」と言いだしたら、明けても暮れても「右脳教育」と言いだ
す。「S方式」と言いだしたら、「S方式」と言いだす。

 親や子どもを黙らすもっとも手っ取り早い方法は、権威をもちだすこと。水戸黄門の葵の紋
章を思い浮かべればよい。「控えおろう!」と一喝すれば、皆が頭をさげる。

「○×式教育法」などという教育法を口にする人は、たいてい自分を権威づけるために、そうす
る。宗教だってそうだ。あやしげな新興宗教ほど、釈迦やキリストの名前をもちだす。

 教育には哲学が必要だが、しかし宗教であってはいけない。子どもが皆違うように、その教
育法もまた皆違う。教育はもっと流動的なものだ。が、このタイプの教育者にはそれがわから
ない。わからないまま、自分の教育法が絶対正しいと盲信する。そしてそれを皆に押しつけよう
とする。これがこわい。

●自分勝手な教育法

 教育カルトがカルトであるゆえんは、いくつかある。冒頭にあげた排他性や絶対性のほか、
小さな世界に閉じこもりながら、それに気づかない自閉性、欠点すらも自己正当化する盲信性
など。

これがさらに進むと、その教育法を批判する人を、猛烈に排斥するという攻撃性も出てくる。自
分が正しいと思うのは、その人の勝手だが、その返す刀で、相手に向って、「あなたはまちがっ
ている」と言う。

はたから見れば自分勝手な教育法だが、さらに常識はずれなことをしながら、それにすら気づ
かなくなってしまうこともある。ある教育団体のパンフには、こうあった。「皆さんも、○×教育法
で学んだ子どもたちの、すばらしい演奏に感動なさったことと思います」「この方式が日本の教
育を変えます」と。あるいはこんなのもあった。「私たちの方式で学んだ子どもたちが、やがて
続々と東大の赤門をくぐることになるでしょう」(ある右脳教育団体のパンフレット)と。

自分の教育法だったら、おこがましくて、ここまでは書けない。が、本人はわからない。この盲
目性こそがまさに教育カルトの特徴と言ってもよい。

●脳のCPUが狂う?

私たちはいつもどこかで、何らかの形で、そのカルトを信じている。また信ずることによって、
「考えること」を省略しようとする。教育についても、「いい高校論」「いい大学論」は、わかりや
すい。それを信じていれば、子どもを指導しやすい。進学校や進学塾は、この方法を使う。

それはそれとして、一度そのカルトに染まると、それから抜け出ることは容易なことではない。
脳のCPU(中央演算装置)そのものが狂う。が、問題は、先にも書いた攻撃性だ。

一つの価値観が崩壊するということは、心の中に空白ができることを意味する。その空白がで
きると、たいていの人は混乱状態になる。狂乱状態になる人もいる。だからよけいに抵抗す
る。ためしに教育カルトを信奉している教育者に、その教育法を批判してみるとよい。「S方式
の教育法に疑問をもっている評論家もいますよ」と。その教育者は、あなたの意見に反論する
というよりは、狂ったようにそれに抵抗するはずだ。

 結論から言えば、教育カルトをどこかで感じたら、その教育法には近づかないほうがよい。こ
うした教育カルトは、虎視たんたんと、あなたの心のすき間をねらっている!


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●進学塾が金儲けに走るとき

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ズバリ言えば、金儲け。ビジネス。
そこには、教育の「キ」の字の理念もない。

それがわかっていても、親は、子どもを
進学中に託す。

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●学費を「ガクヒ」で落とす進学塾 C

 進学塾の月謝は、平均して2万〜2万5000円(月刊「私塾界」99年)。しかしこの額では、
決してすまない。すまないことは、入塾してみると、わかる。

入会金、教材費、光熱費、模擬テスト代、特訓講座費、補講費などが、「万」単位で、次々との
しかかってくる。しかも支払いは、銀行振り込み。大半の進学塾は、そういう支払いをカモフラ
ージュするために、「ガクヒ」という名目で引き落とす。親が通帳を見ても、学校の「学費」なの
か、塾の「学費」なのかわからないしくみになっている。まだ、ある。

どこの進学塾も、夏休みや冬休みの特訓を、定例コースにしている。そういう連絡は前もって、
目立たない方法で生徒にしておき、お金は自動的に引き落とす。親が、「特訓授業を申し込ん
だつもりはない」と抗議しても、あとの祭り。「今からではキャンセルできません」と言われる。

●結局は金儲け

 こうした進学塾のやり方は、ほぼどこの塾も同じ。はっきり言えば、親や子どもの不安を逆手
にとって、金儲けをする。たとえばたまたま今日、この原稿を書いている日に、この地域の進学
塾のチラシが新聞折込で入っていた。

この静岡県では、高校入学が人間選別の節目になっているが、その入学も、このところ約6
0%の合格者が学校の推薦で決まる。それについて、そのチラシにはこうある。そのまま書く。

「中3、冬期講習。内申点だけで合格できるほど、入試は甘くない。実力伯仲の入試では、トッ
プ高校はもちろん、各高校、それぞれの受験生の間で、ほんの一題、わずか一点をかけた熾
烈な争いが繰り広げられている」と。

「甘い」とか「甘くない」とか、そこらの進学塾に判断してもらっては困る。それこそ、いらぬお節
介!

 ……とまあ、こう書くと、進学塾のあくどさばかりが目立つが、もともと進学競争の底流では、
人間のどす黒い欲望が渦巻いている。「他人を蹴落としてでも……」、あるいは「他人に蹴落と
される前に……」と親は考えて、子どもを進学塾にやる。進学塾はそういう親の心理を、たくみ
に利用して、それを金儲けにつなげる。

現在ある進学塾の現状は、親と進学塾の、醜い闘いの結果ともいえる。塾の経営者に言わせ
れば、「親は信用できない」ということになるし、親に言わせれば、「塾は必要悪」ということにな
る。もともと良好な人間関係が育つ土壌など、どこにも、ない。

●塾のもつ矛盾と錯覚

 一方、塾には塾の存在意義があると説く人たちもいる。塾こそ、自由教育の砦であると説く人
たちである。事実、すばらしい教育を実践している塾もあるにはある。しかしそういう塾でも、
「教育」と「受験指導」のジレンマの中で、もがき苦しんでいる。藤沢市在住の塾教師のI氏は、
「塾教育は、矛盾と錯覚の上に成り立っている」と結論づけている。

矛盾というのは、今言った、ジレンマをさす。錯覚というのは、「大切でないものを、あたかも大
切なものであると思いこんで、教えることだ」そうだ。具体的には、受験教育そのものをさす。

●「この時期だけだから」

 この進学塾業界も、かつてない不況に見舞われている。少子化に不況、それにエリートの凋
落に見られる価値観の変化。それに中高一貫教育に見られる、制度の改変。これらが今、急
ピッチで進んでいる。そういう中、したたかな進学塾は、対象学年をより低年齢化させ、週2日
の学習を、週3日や4日にふやしたりしている。金集めを、さらに巧妙化させている。

親たちは、そういう事実を知りながら、「この時期だけだから」とあきらめる。進学塾は、さらに
それを逆手にとる。もうそこには、「教育」という概念は、どこにもない。商売、だ。I氏はこうつな
げる。「この世界では、経験など、一片の価値もありません。親に教育論を説いてもムダです。
そもそもそういうものを塾に期待していない。

生徒集めのチラシにしても、4色を使ったカラフルで豪華なものでないと、生徒は集まりませ
ん。親は親で、子どもをお客様感覚で迎えてあげないと、文句を言う。そういう目でしか、教育
をながめていないのですから」と。

●塾の偽善、合格発表

 毎年その時期になると、新聞の一面を借り切って、高校の合格者の名前が発表される。「S
高校、230名合格。A高校、153名合格。B高校、八九名合格!」と

その下には、小さい字でこう書いてある。「これらの合格者数の中には、夏期講座、冬期講座
および模擬試験だけの参加者の人数は含まれていません」と。

進学塾としては、精一杯の誠意を演出したつもりなのだろうが、こういうのを偽善という。少し前
までは、講座や模擬試験に参加した生徒まで合格者に加えていた。それをマスコミがたたいた
から、こういうことを書くようになった。事実、こうした合格者の陰で、いかに多くの、それ以上の
数の子どもたちが不合格で泣いていることか! もしこうした進学塾の経営者に、良心のひと
かけらもあるなら、こんな宣伝は、不合格した子どもやその親に申し訳なくてできないはずだ。
進学塾も少しは自分に恥じたらよい。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●生意気な子どもたち

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はげしい進学競争の陰で、
心をゆがめる子どもも少なくない。

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 子「くだらねエ、授業だな。こんなの、簡単にわかるよ」
私「うるさいから、静かに」
子「うるせえのは、テメエだろうがア」
私「何だ、その言い方は」
子「テメエこそ、うるせえって、言ってんだヨ」
私「勉強したくないなら、外へ出て行け」
子「何で、オレが、出て行かなきゃ、ならんのだヨ。貴様こそ、出て行け。貴様、ちゃんと、金、も
らっているんだろオ!」と。
そう言って机を、足で蹴っ飛ばす……。

 中学生や高校生との会話ではない。小学生だ。しかも小学3年生だ。もの知りで、勉強だけ
は、よくできる。彼が通う進学塾でも、1年、飛び級をしているという。しかしおとなをおとなとも
思わない。先生を先生とも思わない。今、こういう子どもが、ふえている。

問題は、こういう子どもをどう教えるかではなく、いかにして自分自身の中の怒りをおさえるか、
である。あるいはあなたなら、こういう子どもを、一体、どうするだろうか。

 子どもの前で、学校の批判や、先生の悪口は、タブー。言えば言ったで、あなたの子どもは
先生の指導に従わなくなる。冒頭に書いた子どものケースでも、母親に問題があった。彼が幼
稚園児のとき、彼の問題点を告げようとしたときのことである。その母親は私にこう言った。「あ
なたは黙って、息子の勉強だけをみていてくれればいい」と。つまり「よけいなことは言うな」と。

母親自身が、先生を先生とも思っていない。彼女の夫は、ある総合病院の医師だった。ほか
にも、私はいろいろな経験をした。こんなこともあった。

 教材代金の入った袋を、爪先でポンとはじいて、「おい、あんたのほしいのは、これだろ。取
っておきナ」と。彼は市内でも1番という進学校に通う、高校1年生だった。あるいは面と向かっ
て私に、「あんたも、こんなくだらネエ仕事、よくやってんネ。私ゃネ、おとなになったら、あんた
より、もう少しマシな仕事をスッカラ」と言った子ども(小6女児)もいた。やはりクラスでは、1、2
を争うほど、勉強がよくできる子どもだった。

 皮肉なことに、子どもは使えば使うほど、苦労がわかる子どもになる。そしてものごしが低くな
り、性格も穏やかになる。しかしこのタイプの子どもは、そういう苦労をほとんどといってよいほ
ど、していない。具体的には、家事の手伝いを、ほとんどしていない。言いかえると、親も勉強
しかさせていない。また勉強だけをみて、子どもを評価している。子ども自身も、「自分は優秀
だ」と、錯覚している。

 こういう子どもがおとなになると、どうなるか……。サンプルにはこと欠かない。日本でエリート
と言われる人は、たいてい、このタイプの人間と思ってよい。官庁にも銀行にも、そして政治家
のなかにも、ゴロゴロしている。都会で受験勉強だけをして、出世した(?)ような人たちだ。見
かけの人間味にだまされてはいけない。

いや、ふつうの人はだませても、私たち教育者はだませない。彼らは頭がよいから、いかにす
れば自分がよい人間に見えるか、また見せることができるか、それだけを毎日、研究してい
る。

 教育にはいろいろな使命があるが、こういう子どもだけは作ってはいけない。日本全体の将
来にはマイナスにこそなれ、プラスになることは、何もない。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●発作的に暴れる子ども

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子どもの心は、一見タフに見えるが、
こわれるときには、こわれる。

まるでガラスの箱のようなもの。

そして一度こわれた心は、
もとには戻らない。

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 ある日の午後。一人の母親がやってきて、青ざめた顔で、こう言った。「娘(年中児)が、包丁
を投げつけます! どうしたらよいでしょうか」と。

話を聞くと、どうやら「ピアノのレッスン」というのが、キーワードになっているようだった。母親が
その言葉を口にしただけで、子どもは激変した。「その直前までは、ふだんと変わりないのです
が、私が『ピアノのレッスンをしようね』と言ったとたん、別人のようになって暴れるのです」と。

 典型的なかんしゃく発作による家庭内暴力である。このタイプの子どもは、幼稚園や保育園
などの「外」の世界では、信じられないほど「よい子」を演ずることが多い。柔和でおとなしく、静
かで、その上、従順だ。しかもたいてい繊細な感覚をもっていて、頭も悪くない。

ほとんどの先生は、「ものわかりがよく、すなおなよい子」という評価をくだす。しかしこの「よい
子」というのが、クセ者である。子どもはその「よい子」を演じながら、その分、大きなストレスを
自分の中にため込む。そしてそのストレスが心をゆがめる。つまり表情とは裏腹に、心はいつ
も緊張状態にあって、それが何らかの形で刺激されたとき、暴発する。ふつうの激怒と違うの
は、子ども自身の人格が変わってしまったかのようになること。瞬間的にそうなる。表情も、冷
たく、すごみのある顔つきになる。

 ついでながら子どもの、そしておとなの人格というのは、さまざまな経験や体験、それに苦労
を通して完成される。つまり生まれながらにして、人格者というのはいないし、いわんや幼児で
は、さらにいない。もしあなたが、どこかの幼児を見て、「よくできた子」という印象を受けたら、
それは仮面と思って、まずまちがいない。つまり表面的な様子には、だまされないこと。

 ふつう情緒の安定している子どもは、外の世界でも、また家の中の世界でも、同じような様子
を見せる。言いかえると、もし外の世界と家の中の世界と、子どもが別人のようであると感じた
ら、その子どもの情緒には、どこか問題があると思ってよい。あるいは子どもの情緒は、子ども
が肉体的に疲れていると思われるときを見て、判断する。運動会のあとでも、いつもと変わりな
いというのであれば、情緒の安定した子どもとみる。不安定な子どもはそういうとき、ぐずった
り、神経質になったりする。

 なお私はその母親には、こうアドバイスした。「カルシウムやマグネシウム分の多い食生活に
こころがけながら、スキンシップを大切にすること。次に、これ以上、症状をこじらせないよう
に、家ではおさえつけないこと。暴れたら、『ああ、この子は外の世界では、がんばっているの
だ』と思いなおして、温かく包んであげること。叱ったり、怒ったりしないで、言うべきことは冷静
に言いながらも、その範囲にとどめること。このタイプの子どもは、スレスレのところまではしま
すが、しかし一線をこえて、あなたに危害を加えるようなことはしません。暴れたからといって、
あわてないこと。ピアノのレッスンについては、もちろん、もう何も言ってはいけません」と。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●頭のよい子ども

++++++++++++++++++

その一方で、頭のよい子どもがいる。
本当に頭がよい。

そういう子どもを見ると、反対に、
受験勉強とは何か、考えさせられてしまう。

++++++++++++++++++

 人間の能力は平等ではない。平等でないことは、しばらく子どもたちに接してみるとわかる。
たとえば頭。頭のよい子どもは、本当に頭がよい。そうでない子どもは、そうでない。遺伝子そ
のものが違うのではないかとさえ思うときがある。

数年前に、東京のS中学に入ったD君(小6)も、そしてそのあと同じようにS中学へ入ったN君
(小6)も、そうだった。

小学4年を過ぎるころには、中学レベルの勉強をしていた。小五のときは、英語も勉強してい
たが、進学塾では中学2年生と一緒に勉強していた。しかもその進学塾でも、トップクラス。

このタイプの子どもは、教科書と参考書だけを与えておけば、自分で学習してしまう。「わから
ないところがあったら、聞きにきなさい」という指導だけで、じゅうぶんである。20年ほど前に教
えたことのあるMさん(年長児)も、そして15年ほど前に教えたことがあるH君(年長児)も、そ
うだった。

幼稚園児や保育園児で、箱の立体図(見取り図)をほぼ正確に模写できる子どもは、まずいな
い。40人、あるいは50人に1人、それらしい箱を描く子どもはいるが、あくまでも「それらしい
箱」である。しかしMさんもH君も、その箱を描いた! もしあなたの子ども(園児)が、箱の立
体図を正確に描くことができたら、数百人、あるいはそれ以上の中の一人と、喜んでよい。

 こういう恵まれた子どもの特徴は、目がいつも輝いていて、それでいて目つきが静かに落ち
着いているということ。ジロリと見つめられると、威圧感すら覚える。このタイプの子どもは、子
どもだからといって安易に扱ってはいけない。実際には、扱えない。接していると、子どもであ
ることをつい忘れてしまう。O君(小3)という少年もそうだった。

彼は中学一年生の教科書すら自分で理解してしまった。あるとき私がふと、「二つの辺の長さ
とその間の角度がわかれば、その三角形の面積は計算できるよ」と独り言を言ったら、やさし
い声でこう言った。「先生、ぼくにそのやり方、教えて……」と。

 こういう頭のよい子どもに出会うと、その子ども自身が、人類の財産のように思ってしまう。実
際私のところを巣立っていくときは、私はこう言うようにしている。「君の頭は、君のものであっ
て、君のものではない。みんなのために使ったらいい」と。

が、残念ながらこの日本では、こういう子どもを伸ばす機関がない。理解もない。このタイプの
子どもにとっては、ふつうの学校へ行くことは、まったく勉強ができない子どもが学校へ行くのと
同じくらい、苦痛なのだ。先にあげたD君もそうだった。幼稚園児のとき遊戯などをさせると、ブ
然としていた。私も最初の数週間は、何か問題のある子どもだと誤解していた。が、彼にして
みれば、そういうことをすること自体、耐えられなかったのだ。

 日本でこのタイプの子どもが唯一生きる道があるとすれば、都会の進学校と言われる学校
へ入ることでしかない。しかし結果からみると、結局は日本の受験勉強に巻き込まれ、受験と
いう方法でしか、力を伸ばせない。そしていつか日本の部品として、社会の中に組み込まれて
しまう。これはたとえて言うなら、絹の布で鼻をかんで、そのまま捨てるようなものだ。日本の教
育には、こういう矛盾もある。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●子どもを信ずる

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あなたを、そして子どもを、受験競争の
魔力から守る方法は、ただひとつ。

子どもを信ずる。

それしかない。

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 子どもを信ずることは難しい。「信じたい」という思いと、「もしかしたら……」という思いの中
で、親は絶えず迷う。子育てはまさに、その迷いとの闘い。

が、その迷いにも、一定のパターンがあるのがわかる。そこでテスト。あなたの子ども(小学
生)が、寝る直前になって、「学校の宿題がやってない」と言ったとする。そのとき、あなたは…
…。(1)「明日、学校で先生に叱られてきなさい」と言って、そのまま寝させる。(2)子どもと一
緒に、宿題を片づけてあげる。睡眠時間が多少短くなることは、やむをえないと思う。

 そのパターンは、子どもが生まれたとき、あるいは子どもを妊娠したときから始まる。たとえ
ば子どもに四時間おきにミルクを与えることになっていたとする。そのとき、子どもが泣いてほ
しがるまで、ミルクを与えない親もいれば、時間がきたら、ほしがらなくてもミルクを与える親も
いる。子どもがもう少し大きくなると、こんなこともある。

子どもが「したい」と言うまで、動かない親もいる。反対に何でもかんでも、子どもが望む前に、
親のほうから用意してあげる親もいる。「ほら英語教室よ」「ほら体操教室よ」と。

 一度こういうパターンができると、あとは一事が万事。それ自体が生活のリズムになってしま
う。こんなこともあった。ある母親からの相談だが、いわく、「うちの子(小3男児)に、夏休みの
間、洋上スクールを体験させようと思うのですが、どうでしょうか」と。

そこで私が、「本人は行きたがっているのですか」と聞くと、「それが、行きたがらないので困っ
ているのです」と。またこんなことも。やはりある母親からのものだが、その母親の息子(高3)
が、受験期だというのに、ビデオを借りてきて見ているというのだ。母親は「心配でならない」と
言っていたが、心配するほうがおかしい。おかしいが、一度そのパターンにハマってしまうと、
それがわからなくなる。

 さて冒頭のテスト。(1)を選んだ人は、子ども信頼型の親ということになる。「うちの子は立派
だ」「うちの子はすぐれている」という思いが、親をしてそういう親にする。一方、(2)を選んだ人
は、心配先行型の親ということになる。「何をしても、うちの子は心配だ」という思いが、親をして
そういう親にする。当然、その影響は子どもに出てくる。

信頼型の親の子どもは、伸び伸びとしている。表情もハツラツとしている。行動力も好奇心も旺
盛で、何かにつけて積極的だ。しかし心配先行型の親の子どもは、それにふさわしい子どもに
なる。長い時間をかけてそうなる。親は、「生まれつきそうだ」と言うが、生まれつきそういう目で
見ていたのは、親自身なのだ。それに気がついていない。では、どうするか。

 もし心配先行型の親なら、あなた自身の心を作り変える。一つの方法として、「あなたはよい
子」を口ぐせにする。子どもの顔を見たら、そう言う。そしてそれを数か月、あるいはそれ以上
の間、続ける。最初はどこかぎこちない感じがするかもしれないが、あなたがそれを自然に言
えるようになったとき、同時に、あなたの子どもは、その「よい子」になっている。子どもを「よい
子」にしたかったら、まず子どもを信ずる。たいへん難しいことだが、それをしないで、あなたは
あなたの子どもを伸ばすことはできない。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●動機づけの四悪

+++++++++++++++

子どもの学習は、動機づけに始まり、
動機づけに終わる。

勉強を好きにさせる方法は
難しいが、嫌いにさせる方法なら、
いくらでもある。

+++++++++++++++

 子どもから学習意欲を奪うものに、(1)無理、(2)強制、(3)条件、(4)比較の四つがある。
これを、『動機づけの四悪』という。

 まず(1)無理。その子どもの能力を超えた無理をすれば、子どもでなくても、学習意欲をなく
して当然。よくある例が、子どもに難解なワークブックを押しつけ、それで子どもの学習意欲を
そいでしまうケース。

子どもの勉強は、「量」ではなく「密度」。短時間でパッパッとすますようであれば、それでよし。
……そうであるほうが好ましい。また子どもに自分でさせる勉強は、能力より一ランクさげたレ
ベルでさせるのが、コツ。ワークやドリルなど、半分がお絵描きになってもよい。答が合ってい
るかどうかということよりも、「ワークを一冊、やり終えた」という達成感を大切にする。

 (2)強制。ある程度の強制は勉強につきものだが、程度を超えると、子どもは勉強嫌いにな
る。時間の強制、量の強制など。こんなことを相談してきた母親がいた。「うちの子は、プリント
を二枚なら、何とかやるのですが、三枚目になると、どうしてもしません。どうしたらいいでしょう
か」と。

私は「二枚でやめることです」と答えたが、その通り。このタイプの母親は、仮に子どもが三枚
するようになればなったで、「今度は四枚しなさい」と言うに違いない。子どももそれを知ってい
る。

 (3)条件。「この勉強が終わったら、△△を買ってあげる」「一〇〇点を取ったら、お小づかい
を一〇〇円あげる」というのが条件。親は励ましのつもりでそうするが、こういう条件は、子ども
から「勉強は自分のためにするもの」という意識を奪う。そればかりではない。子どもが小さい
うちは、一〇〇円、二〇〇円ですむが、やがてエスカレートして、手に負えなくなる。「(学費の
安い)公立高校へ入ってやったから、バイクを買ってくれ」と、親に請求した子ども(高一男子)
がいた。そうなる。

 最後に(4)比較。「近所のA君は、もうカタカナが書けるのよ」「お兄ちゃんは、算数が得意な
のに、あなたはダメね」など。こういう比較は、一度クセになると、日常的にするようになるか
ら、注意する。子どもは、いつも他人の目を気にするようになり、それが子どもから、「私は私。
人は人」というものの考え方を奪う。

 イギリスでは、『馬を水場へ連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない』と言う。

子どもを馬にたとえるのも失礼なことかもしれないが、親のできることにも限界があるというこ
と。ではどうするか。もう一つイギリスには、『楽しく学ぶ子どもは、よく学ぶ』という格言もある。
つまり子どもに勉強をさせたかったら、勉強は楽しいということだけを教えて、あとは子どもに
任す。たとえば文字。いきなり文字を教えるのではなく、いつも子どもをひざに抱いて、本を読
んであげるなど。

そういう経験が、子どもをして、「本は楽しい」「文字はおもしろい」というふうに思わせるように
なる。そしてそういう「思い」が、文字学習の原動力となっていく。子どもの勉強をみるときは、
「何をどの程度できるようになったか」ではなく、「何をどの程度楽しんだか」をみるようにする。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●すさまじい学歴信仰

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古典的教育ママ。
その代表格がEさんだった。

私のワイフの知人でもあった。

私が20代のころ知った女性だが、
その女性は、私に強烈な印象を
与えて、つい先日、この世を
去っていった。

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 すさまじいほどのエネルギーで、子どもの教育に没頭する人がいる。私の記憶の中でも、そ
のナンバーワンは、Eさん(母親)だった。

Eさんは、息子(小三)のテストで、先生の採点がまちがっていたりすると、学校へ行き、それを
訂正させていた。成績がさがったときも、そうだ。「成績のつけ方がおかしい」と、先生にどこま
でも食いさがった。

そのEさん、口グセはいつも同じ。「学歴は人生のパスポート」「二人のダ作を作るより、子ども
は一人」「幼児期からしっかりと教育すれば、子どもはどんな大学でも入れる」など。具体的に
はEさんは、「東大」という名前を口にした。そのEさんと私は、昔、同じ町内に住んでいた。Eさ
んは、私の家に遊びにきては、よく息子の自慢話をした。

 息子が小学五年生になると、Eさんは息子を市内の進学塾に入れた。それまでEさんは車の
免許証をもっていなかったが、塾の送り迎え用にと免許を取り、そして軽自動車を購入した。さ
らに中古だったがコピー機まで購入し、塾の勉強に備えた。

この程度のことならよくあることだが、ここからがEさんらしいところ。息子が風邪などで塾を休
んだりすると、Eさんは代わりに塾へ行き、授業を受けた。そして教材やプリント類を家へもって
帰った。ふつうならそういうことは人には言わないものだが、Eさんにとっては、それも自慢話だ
った。

私にはこう言った。「塾の教材で、私が個人レッスンをしています」と。息子のできがよかったこ
とが、Eさんの教育熱に拍車をかけた。それほど裕福な家庭ではなかったが、毎年のように、
国外でのサマーキャンプやホームステイに参加させていた。一式三〇万円もする英会話教材
を購入したこともある。

 息子が高校一年になったときのこと。私はたまたま駅でEさん夫婦と会った。Eさんは、満面
に笑顔を浮かべてこう言った。「はやしさん、息子がA高校に入りました。猛勉強のおかげで
す」と。

開口一番、息子の進学先を口にする親というのは、そうはいない。私は「はあ」と答えるのが精
一杯だった。ふと見ると、Eさんの夫は、元気のない顔で、私から視線をはずした。Eさんと夫
が、あまりにも対照的だったのが心に残った。

 Eさんを見ていると、教育とは何か、そこまで考えてしまう。あるいはEさんの人生とは何か、
そこまで考えてしまう。信仰しながらも、自分を保ちながら信仰する人もいれば、それにのめり
込んでしまう人もいる。Eさんは、まさに学歴信仰の盲信者。が、それだけではない。

人は一つのことを盲信すればするほど、その返す刀で、相手に向かって、「あなたはまちがっ
ている」と言う。あるいはそういう態度をとる。自分の尺度だけでものを考え、「あなたもそうであ
るべきだ」と言う。それが周囲の者を、不愉快にする。

 学歴信仰が無駄だとは言わない。現にその学歴のおかげで、のんびりと優雅な生活をしてい
る人はいくらでもいる。あやしげな宗教よりは、ご利益は大きい。その上、確実。そういう現実
がある以上、子どもの受験勉強にのめり込む親がいても不思議ではない。しかしこれだけは
覚えておくとよい。Eさんのようにうまくいくケースは、一〇に一つもない。残りの九は失敗する。
しかもたいてい悲惨な結果を招く。学歴信仰とはそういうもの。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●徳化する学習産業

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法外な教材を売りつける
教材会社は少なくない。

そういう会社が、あなたの
弱みを、虎視眈々とねらっている。

++++++++++++++

 ある教材会社の主催する説明会。予定では九時三〇分から始まるはずだったが、黒板に
は、「一〇時から」と書いてある。しばらく待っていると、席についた母親(?)の間からヒソヒソ
と会話が聞こえてくる。

「お宅のお子さんは、どこを受験なさいますの」「ご主人の出身大学はどこですか」と。サクラで
ある。主催者がもぐりこませたサクラである。こういう女性が、さかんに受験の話を始める。母
親は受験や学歴の話になると、とたんにヒステリックになる。しかしそれこそが、その教材会社
のねらいなのだ。

 また別の進学塾の説明会。豪華なホテルの集会ルーム。深々としたジュータン。漂うコーヒー
の香り。そこでは説明会に先だって、三〇分間以上もビデオを見せる。内容は、(勉強している
子ども)→(受験シーン)→(合否発表の日)→(合格して喜ぶ子どもと、不合格で泣き崩れる母
子の姿)。しかも(不合格で泣き崩れる母子の姿)が、延々と一〇分間近くも続く! ビデオを
見ている母親の雰囲気が、異様なものになる。しかしそれこそが、その進学塾のねらいなの
だ。

 話は変わるがカルト教団と呼ばれる宗教団体がある。どこのどの団体だとは書けないが、あ
やしげな「教え」や「力」を売りものにして、結局は信者から金品を巻きあげる。このカルト教団
が、同じような手法を使う。まず「地球が滅ぶ」「人類が滅亡する」「悪魔がおりてくる」などと言
って信者を不安にする。「あなたはやがて大病になる」と脅すこともある。そしてそのあと、「ここ
で信仰をすれば救われます」などと教えたりする。人間は不安になると、正常な判断力をなく
す。そしてあとは教団の言いなりになってしまう。

 その教材会社では、中学生で、年間一二〇万円の教材を親に売りつけていたし、その進学
塾では、「入試直前特訓コース」と称して、二〇日間の講習会料として五〇万円をとっていた。
特にこの進学塾には、不愉快な思い出がある。知人から「教育研修会に来ないか」という誘い
を受けたので行ってみたら、研修会ではなく、父母を対象にした説明会だった。しかも私たちの
ために来賓席まで用意してあった。私は会の途中で、「用事があるから」と言って席を立った
が、あのとき感じた胸クソの悪さは、いまだに消えない。

 教育には表の顔と、裏の顔がある。それはそれとして、裏の顔の元凶は何かと言えば、それ
は「不安」ではないか。「子どもの将来が心配だ」「子どもはこの社会でちゃんとやっていけるか
しら」「人並みの生活ができるかしら」「何だかんだといって日本では、人は学歴によって判断さ
れる」など。こうした不安がある以上、裏の顔はハバをきかすし、一方親は、年間一二〇万円
の教材費を払ったり、五〇円の講習料を払ったりする。しかしこういう親にしても日本の教育そ
のものがもつ矛盾の、その犠牲者にすぎない。一体、だれがそういう親を笑うことができるだろ
うか。

 ただ私がここで言えることは、「皆さん、気をつけてくださいよ」という程度のことでしかない。こ
うした教材会社や進学塾は、決して例外ではないし、あなたの周囲にもいくらでもある。それだ
けのことだ。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●あきらめは悟りの境地

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どうすれば、私たちは、私たちの、
そして子どもの心を守ることが
できるのか?

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 子育てをしていると、「もうダメだ」と、絶望するときがしばしばある。あって当たり前。子育てと
いうのは、そういうもの。親はそうい絶望感をそのつど味わいながら、つまり一つずつ山を乗り
越えながら、次の親になっていく。

そういう意味で、日常的なトラブルなど、何でもない。進学問題や不登校、引きこもりにしても、
その山を乗り越えてみると、何でもない。重い神経症や情緒障害にしても、やはり何でもない。
山というのはそういうもの。要は、どのようにして、その山を乗り越えるかということ。

 少し話はそれるが、子どもが山をころげ落ちるとき(?)というのは、次々と悪いことが重なっ
て落ちる。自閉傾向のある子ども(年中女児)がいた。その症状がやっとよくなりかけたときの
こと。その子どもはヘルニアの手術を受けることになった。

医師が無理に親から引き離したため、それが大きなショックとなってしまった。その子どもは目
的もなく、徘徊するようになってしまった。が、その直後、今度は同居していた祖母が急死。葬
儀のドタバタで、症状がまた悪化。その母親はこう言った。「もう何がなんだか、わけがわから
なくなってしまいました」と。

 山を乗り越えるときは、誰しも、一度は極度の緊張状態になる。それも恐ろしいほどの重圧
感である。混乱状態といってもよい。冒頭にあげた絶望感というのがそれだが、そういう状態
が一巡すると、……と言うより、限界状況を越えると、親はあきらめの境地に達する。

それは不思議なほど、おおらかで、広い世界。すべてを受け入れ、すべてを許す世界。その世
界へ入ると、それまでの問題が、「何だ、こんなことだったのか」と思えてくる。ほとんどの人が
経験する、子どもの進学問題でそれを考えてみよう。

 多かれ少なかれ日本人は皆、学歴信仰の信者。だからどの人も、子どもの進学問題にはか
なり神経質になる。江戸時代以来の職業による身分意識も、残っている。人間や仕事に上下
などあるはずもないのに、その呪縛から逃れることができない。

だから自分の子どもが下位層(?)へ入っていくというのは、あるいは入っていくかもしれないと
いうのは、親にとっては恐怖以外の何ものでもない。だからたいていの親は、子どもの進学問
題に狂奔する。

「進学塾のこうこうとした明かりを見ただけで、足元からすくわれるような不安感を覚えます」と
言った母親がいた。

「息子(中三)のテスト週間になると、お粥しかのどを通りません」と言った母親もいた。私の知
っている人の中には、息子が高校受験に失敗したあと、自殺を図った母親だっている!

 が、それもやがて終わる。具体的には、入試も終わり、子どもの「形」が決まったところで終
わる。終わったところで、親はしばらくすると、ものすごく静かな世界を迎える。それはまさに
「悟りの境地」。つまり親は、山を越え、さらに高い境地に達したことを意味する。

そしてその境地から過去を振り返ると、それまでの自分がいかに小さく、狭い世界で右往左往
していたかがわかる。あとはこの繰り返し。苦しんでは山を登り、また苦しんでは山を登る。そ
れを繰り返しながら、親は、真の親になる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 受験
 子どもの受験競争 受験勉強)


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1801)

【息子の初フライト】

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今日(29日)は、息子が、はじめて
名古屋空港(小牧)にやってくる日。
ワイフが、朝早く、小牧まで、でかけて
いった。

私は、ひとりで、留守番。

見たかった。私も、飛行機、大好き。
飛ぶのが、大好き。「飛ぶ」というより、
飛ぶものが、大好き。

小学生のころ、板で翼(つばさ)をつくり、
それを両腕に結んで、1階の屋根から
飛び降りたこともある。

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 今日(1月29日)は、息子が、はじめて名古屋空港(小牧)にやってくる日。ワイフがそれを迎
えるため、朝早く、小牧まででかけていった。

 が、私は、ひとりで留守番。見たかった。私も飛行機、大好き。飛ぶのが大好き。「飛ぶ」とい
うより、飛ぶものが大好き。ラジコンはもちろん、ロケット、紙飛行機にいたるまで、ありとあら
ゆるものが、大好き。ついでに鳥も、大好き。

 こんな思い出がある。

 小学生のころ、板で翼(つばさ)をつくり、それを両腕に結んで、1階の屋根から飛び降りたこ
とがある。板には、大きな紙を張りつけた。私はそれで空を滑空するつもりだった。

 結果は、みなさん、予想のとおり。ドスンと地面にたたきつけられて、それでおしまい。体が軽
かったこともあり、たいしたけがもしないですんだ。私が、小学3年生くらいのことではなかった
か。年齢はよく覚えていない。

 以来、私は、飛行機人間になった。パイロットになるのが、夢になった。が、中学生になると
近眼が進んだ。当時は、近眼の人は、パイロットにはなれなかった。みなが、そう言った。だか
らあきらめた。

 そこで今回は、息子のBLOG特集。今までに息子が書いた記事を集めてみる。

 言い忘れたが、今日は、仙台→名古屋→宮崎、明日(30日)は、宮崎→高知→仙台という
ルートで飛ぶという。明日(30日)は、正午ごろ、浜松の自衛隊基地上空を通過するとのこと。
高度は、1500フィート、約4500メートル。

 双発のジェット小型機。もしその時刻に空を見あげることができる人がいたら、ぜひ、見てほ
しい。「私」が飛んでいる!

********************

【ようこそハナブサ航大日記へ】

 航空大学校は、国が設置した唯一の民間パイロットの養成学校で、宮崎に本校が置かれて
います。入学するとまずこの宮崎本校で半年間座学を行い、その後帯広分校に移って初めて
自分の手で飛行機を操縦します。

半年後、自家用レベルまで成長した訓練生たちは再び宮崎に戻り、宮崎フライト過程へと進み
ます。ここでは事業用レベル、つまりプロになるための訓練を行います。半年後、宮崎を卒業
し、最終過程が行われる仙台分校へ移動、より大きな飛行機への移行訓練、及び計器飛行証
明という資格を取るための訓練に入ります。

同時にエアラインへの就職活動も始まり、卒業後はJAL,ANA,ANK,JTAなどの会社へパイロット
として就職します。仙台過程も半年間行われます。

 在学期間は計2ヵ年。その間、航大生(航空大学校生)は校舎に併設された寮で、同期や先
輩・後輩たちと過ごします。部屋はすべて2人部屋。宮崎過程では先輩、後輩の組み合わせ
で、それ以外は同期同士の組み合わせで寝食を共にします。校舎は空港に隣接されており、
宮崎、帯広、仙台とも、滑走路から「航空大学校」と書かれた倉庫が見えるはずです。同期は
18人。毎年72人の募集があり、4期に分かれて4月、7月、10月、1月にそれぞれ入学しま
す。

 ハナブサ航大日記では、ここ航大での生活を写真を通して紹介しています。僕にとっては初
めての寮生活、同期や先輩・後輩や教官のこと、訓練の様子、空からの眺め、フライト中に思
ったこと、などなど。訓練は厳しく、付いていくのがやっとですが、同期と助け合い、試験に見事
合格したときの喜びは何にも替えがたいものがあります。

またどんなに訓練が大変でも、それを忘れさせてくれる美しさが空の上にはあります。それを
伝えたい。また、何でもない一人の人間がどのようにして一人前のパイロットになっていくの
か、何を考え、どう変わっていくのか。その過程を楽しんでいただければ幸いです。ときどき関
係のないことも書きますが、ご容赦ください。どうぞ、楽しんでいってください。

 ちなみに自分は1981年生まれの今年25歳。航大へは去年の4月に入学し、現在仙台フラ
イト過程です。卒業まで、あと少し!


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●2005年3月・入学

 航大に入学して今日で3日目。同期は口をそろえ、まだ3日しかいないのに、もう何週間もこ
こにいる気がすると言う。自分もそう感じる。ここ航空大学校は、本当に厳しく、本当にすごいと
ころだ。

 入寮した日、先輩方から手厚い歓迎を受けた。その歓迎方法は、残念ながらある理由により
ここで書くことはできないが、「けじめ」と「親しみ」を同時にしっかり学ぶことができる、伝統的な
すばらしい儀式だった。同期たちとは時間が進むにつれ、どんどん深くなって行っている。こん
なに人と深くなれるのは、後にも先にもこれだけだと思う。みんなほんとにいい人たちばかり
で、今までの自分、人間関係っていったい何だったんだと疑問に思うくらいだ。

 はっきり言って感動しているのだろうか。今のこの心境を語るには、もう少し時間が必要だ。
明日から授業が始まるので、今夜はもう寝よう。

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●2005年4月

 制服も来たので、同期全員でハンガーに行って写真を撮ろうということになった。ホームペー
ジ用のプロフィール写真もそろそろ撮り始めたかったので、個人撮影も兼ねて一同ばっちり決
めていった。初めてのハンガー&エプロンは、まじやばくて、みんな大興奮。やっぱみんな飛行
機好きなんだね。滑走路がもう目と鼻の先で、MDやB3の離陸、着陸にみんな釘付けになっ
ていた。近くで見るボナンザは思った以上に大きくて、そして美しくかっこいい。乗れるのはまだ
まだ先だけど、今は座学を一生懸命頑張って、「生きた知識」をたくさん帯広に持っていこう。

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●2005年6月

航空機システムの時間に、聞きなれない飛行機の音。休み時間に外に出てみると、宮崎空港
に航空局のYS−11が来ていた。かっこいい。既に先輩が退寮されていたので、教官にお願
いして滑走路が見える側の教室に移動して授業をやってもらった。99.999%授業に集中し
て、残りの0.001%でYS−11を横目でちらちら。プロペラが回り始め、地上滑走、そして離
陸・・・。ロールスロイスの音は気品があって、何かいい。

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●2005年7月

 本日昼頃、宮崎空港に政府専用機が来た。政府専用機といえば、アメリカで言ったらエアフ
ォース・ワン。政府要人を乗せるための専用機なのだが、今回は首相などは乗っていない。訓
練のため、宮崎空港でタッチアンドゴーをし、フルストップし、そして帰っていった。B4のタッチ
アンドゴーなんて、なかなか見られるものではない。

訓練とはいえ、あの飛行機のコクピットには、日本一のパイロットが乗っていたに違いない。自
分たちはあの飛行機を運転する機会はないだろうが(絶対とは言い切れないが)、民間機パイ
ロットとして、政府専用機のパイロットと同じくらい「すごい」パイロットにはなれるはず。頑張ろ
う!

 ちなみにコールサインは、シグナス(?)・ワンだった。中はいったいどうなっているのだろう
か。

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●2005年7月

最近、毎週のようにテストがあって、なかなかやりたいことができない。今やりたいこと(1)ラジ
コンを飛ばしたい、(2)カラオケに行きたい、(3)映画を見たい(見たい映画が5個くらいあ
る)、(4)山に登りたい、(5)一日中同期とHALOやりたい、(6)本を読みたい、など。HALOと
いうのは、ネット対戦型ゲームで、広めてから3ヶ月くらい経つが、未だに健在。熱しやすく冷め
やすい1-4にしては珍しいことだ。

 いよいよ一週間を切った事業用の試験の勉強もままならず、ATCの試験やら、実験のレポ
ートやらが山積み。ワッペンやTシャツのデザインも考えなくちゃ。お盆休みに帰る用の航空券
も、帰りの便がまだ取れていないし、事業用が終わってもレポート、試験が3つくらい、そして何
より、プロシージャーという恐ろしい課題が首を長くして待っている。いったい、我々に休みとい
うものは存在するのだろうか。

・・・いや、何を甘ったれたことを言っている。同年代の人たちはもう社会に出て働いているとい
うのに、まだ社会の「しゃ」の字も知らないものが「辛い」などという言葉を口にするなんて、おこ
がましい。

 クーラーのあたりすぎか、今日は一日風邪っぽかった。鼻水が止まらない。休憩時間に寮に
もどって仮眠してたら、授業に遅刻してしまった。そういえば関東には台風が来ているらしい。
こないだ大きな地震もあったし、心配だ。

 夏休みに入って、宮崎空港には777が来るようになった。11時15分くらいに来て、12時過
ぎに飛び立っていく。こないだは777に代わって-400が来ていた。空港に不釣合いなほどで
かかった。エンジンが滑走路からはみ出ていて、普段はジェットの後流を受けないところの地
面の噴煙を巻き上げながら離陸していく姿は圧巻だった。改めて、「ジャンボ」というものはすご
いと感じた。

 こないだの週末にはCップの彼女さんが宮崎に遊びに来ていた。日曜の夜にみんなで飲ん
で、花火をやった。

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●2005年7月

 2003年7月11日、航空大学校のビーチクラフトA36(JA4133)が、エンジントラブルで宮
崎市内の水田に墜落した。

 搭乗していた4名は3名死亡、1名重症の事故となった。

 今日は、校内の慰霊碑「飛翔魂」に前で、慰霊祭が執り行われた。学生は全員参列し、事故
が発生した午後4時2分、1分間の黙祷を捧げたのち、献花した。

 エンジンが停止してから、墜落までの5分間、機内は壮絶としていたそうだ。眼下に猛烈な勢
いでせまってくる地面を、どんな思いで見ていたんだろう。今日の天気は曇り、風はやや強く、
蒸し暑い日だった。いろんなことを考えたが、思いを言葉にするよりも、今日のこの空気の感
じ、風の匂いを忘れないようにしようと思った。

 亡くなられた方々のご冥福を、心よりお祈り申し上げます。

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●2005年12月

目安の高度よりも若干低めでファイナルターンを開始する。滑走路と計器を交互にクロスチェ
ックしながら、パスが高いか低いか判断する。高度が低かったせいで、旋回開始前からPAPI
は2RED。スロットルをちょっと足して、ピッチを指一本分くらい上げる。滑走路が目の前に来
て、ロールアウト。気温が低く、エンジン出力が増加するため、目安の出力ではスピードが出す
ぎてしまう。90ノットを維持できずに、速度計は95ノット近辺をフラフラ。気をとられてるうち
に、エイミングがずれる。

 「エイミング!」

 右席から激が飛ぶ。あわててピッチとパワーを修正する。

 「何か忘れてるものはないか!?」

 ラダーだ。教官がこういう言い方をするのは、ラダーのことを言うときだ。僕はいつもラダーを
忘れてしまう。ボールを見ると、大きく右に飛んでいる。右足にほんの少し力を入れて、機軸を
まっすぐに直す・・・。

 教官と、最後の着陸。いつもとなんら変わりのない着陸。最後だから、今までで一番うまい着
陸を見せたかった。でもやっぱりいつもと同じことを言われてしまう。そんな自分が歯がゆくて、
悔しくて、情けなくて、でもそういう感情を押し殺して、冷静に、「落ち着け」と何度も唱えながら、
僕は教官を滑走路まで連れて行く。スレショールドまで、あと900m。

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●2005年12月

 今週は午後フライト。乗るはずだったJA4215が突然スタンバイに。原因は一本のボールペ
ン。午前にこの機体で訓練していた学生が、ボールペンを機内に落として紛失した。そのペン
が見つかるまで、僕たちはこの機体を使うことはできない。JAMCO(整備)さんがいくら探しても
見つからないので、結局飛行機の床を剥がすことに。最終的に見つかったのかどうかはさだか
ではないが、とりあえず4216が空いていたので、訓練はそっちで行った。 

 なぜたかがボールペン一本にここまで執着するのだろうか。それにはちゃんと理由がある。
もしそのボールペンがラダーペダルの隙間にはまり込んでいたらどうなるか。ラダーが利かなく
なる。それ以外にも、思わぬところに入り込んで安全運航に支障をきたしかねない。ボールペ
ン一本くらいいいや、という甘えが、命取りになりかねないのだ。ちなみに、何かがはまりこん
でラダーが利かなくなった事件は、実際航大の訓練機で過去に起こっている。

+++++++++++++++++

●2006年2月

 Y教官が班会を開いてくれた。Y教官は帯広分校の中で、1,2を争う厳しい教官だ。でもその
厳しさの裏側には、愛がある。当たり前のことかもしれないが、そのことを強く再確認できた、
すばらしい班会であった。

Y教官は防衛庁出身で、当時の訓練の話などをたくさん聞くことができた。教官の時代から航
空界は大きく変わってきたが、その中でも変わらないものを教官の中に見つけることができ
た。パイロットの世界を言葉で表現するにはまだ経験が浅く難しいが、独特の世界感が確かに
存在する。職人の世界であり、それでいてチームワークの世界でもあり・・・。教官は3人の娘さ
んがいるが息子さんはいない。だから僕たちのことを息子のようだ、と言ってくれた。僕もこの
パイロットの世界の一員なんだなぁと実感し、嬉しくなった。

 町のK居酒屋はパイロットがよく集まるお店だ。航大の教官もよく訪れると言う。実はこの店
の主人も飛行機好きで、仕事の傍ら、近くの飛行場で免許のいらないウルトラライトプレーンと
いう種類の飛行機を飛ばしているんだそうだ。Y教官もよく乗りに行って、その主人に「フレアが
足りない」などと指導されてしまうんだそうだ(Y教官の飛行時間は1万時間を超えている)。

+++++++++++++++++++

●2006年2月

 空を飛ばない人にとって、飛行機は「ただの騒音」以外何物でもない。周辺の人が一人も不
満を持っていない空港なんて、世の中にはない。飛行機が大好きな僕たちでさえ、ときどき五
月蝿く感じることがあるのだから、地上で静かな生活を送りたいと思っている人たちにとって
は、大変な被害となっているに違いない。ハエのように、手で払いのけたり、殺虫剤を使うわけ
にもいかない。ストレスも溜まるだろう。

 地上の人が知っているかどうか知らないが(気づかれないようにする配慮なので、知らないは
ずか)、僕たちはできるだけ地上の人に迷惑がかからないような飛び方に心がけている。プロ
ペラ機は回転数を落とすと音が静かになるので、対地1500ft以下ではプロップをしぼる。そ
の分、当然出力は落ちる。また、低空飛行訓練は人家のほとんどないエリアを選んで、そこか
ら出ないようにしながら行っているし、もっとも、町の上は飛ばないようにしている。十勝管内に
は既に騒音注意地域が数箇所あり、その上空は通過しないようにしている。機長は、乗ってい
る人のことだけを考えればいいというわけではないのだ。

 それでも、苦情は届けられる。航法を行うためのスタート地点によく指定される町があって、
そこの上空でぶんぶん発動(スタート)しまくっていたら、付近の牧場から牛に悪影響が出たと
苦情が入った。急遽、その町上空の低高度通過などが禁止された。

++++++++++++++++++++++

●2006年4月

 何にもない帯広にいた頃のほうが、毎週末何か見つけて出かけていたような気がする。帯広
に比べたら何でもあるこっち(宮崎)では、金曜の夜はそれなりにでかけるものの、土日は部屋
でだらだらして、夕方くらいに後悔が始まって、焦ってイオンに行ったりする。何かないかなぁ。
暇・・・。

 宮崎はほんと天気が悪くって、先週は5日間あるうちの1日しか飛べなかった。海に近いせい
か、風の強い日が多い。おとといは45kt(時速83km以上)の風が吹き荒れていた。風に向
かって対気速度一定で飛んでいくと、対地速度は風の分だけ遅くなる(飛行機は対気速度が重
要)。だから、風の強い日のライン機の離陸はおもしろい。でっかい鉄の塊が、びっくりするくら
いゆっくりゆっくり上昇していく。

 飛行機の操縦を何かにたとえるとすると、何になるのだろうか。車で高速道路を一定の速さ
で走りながら、誰かと重要な話を電話でしつつ、クロスワードパズルを順番に解いていくような
ものだろうか。僕たちが上空でしていることを列挙していくと、まず諸元の維持(スピード、高
度、進路、姿勢を変わらないように止めておくこと;上昇や降下、増速・減速のときは別)、ATC
(管制機関との交信)、機位(現在地)の確認、見張り・周りの状況把握(他の飛行機はどこを
飛んでいるのかとか、空港は今どんな状況なのかとか)、運航(経済性、効率性、安全性、快
適性、定時性)、乗客への配慮、あとは教官に怒られること、など。もちろん、これらを同時にこ
なすことなんて不可能だから、優先順位をつけて、一つずつ消化していく。何か、パズルみたい
でしょ。

 こんなことを考えている間に、外はもう日が傾き始めてる。やばい、イオンにでも行かなくち
ゃ!写真はFTD(シミュレーター:通称ゲーセン)。前方のスクリーンに景色が映し出され、様々
な状況(エンジンが止まったとか、ギアが出ないとか)を模擬的に作り出して体験することがで
きる。

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●2006年7月

 6月が終わる。今月の飛行回数、わずか5回。時間にすると6時間ジャスト。梅雨だけのせい
ではない。

 6月最後の今日の天気は曇り。梅雨前線は北上し、九州の北半分は朝から絶望的。午後に
は南側にも前線の影響が出始めるという予報だったが、今日は何が何でも飛ぶ!とSぺーと
固く誓い合い、種子島へのログ(飛行計画)を組む。午前10時。

 午前11時30分。ブリーフィングの準備開始。種子島空港に電話して、スポット(駐機場)の
予約を入れる。何でも、自衛隊が14時20分までスポットを占有しているらしく、それ以降でな
いと駐機できないとのこと。しかたなく14時40分からスポットを予約。出発を遅らせるしかな
い。こっちが到着するころに、自衛隊機が一斉に飛び立っていくのが見られるかもしれない。

 正午過ぎ、整備のJAMCOさんがシップの尾翼のあたりを脚立を使ってなにやら調べている
のが気になる。ブリーフィングの準備は整い、教官が来るまでのわずかな間に、もう一度イメー
ジトレーニング。ランウェイは09。高度は8500ft。あの雲を超えられるかな・・・観天望気のた
め外に出て、空を見上げる。行けそうだ。行こう。飛ぼう。

 午後12時半、帯広で尾翼のVORアンテナが脱落したという報告が入る。宮崎のシップもチ
ェックしてみたら、アンテナにひびが入っていたものが3機ほど見つかる。他のシップにもチェッ
クが入るため、僕らのシップは試験を目前に控えた先輩に回されてしまう。

 完璧に準備されたブリーフィング卓の前で呆然とする3人。教官が入ってきて、「何かシップな
いみたいよ〜」と。拍子抜け。5〜6分、立ちブリーフィング。あまり飛びたくないときに飛ばされ
て、ほんとうに飛びたいときに飛べない。その気持ちの切り替えが、パイロットに課せられた課
題の一つなのだ。こういうこともある・・・。

 先週は別の故障でシップが2〜3機足りず、キャンセルになっていたこともあった。シリンダー
にクラックが見つかったとか、バードストライク(鳥と衝突)したとか。どうなるんだろう、この学
校・・・。でも、もうすぐ死ぬほど飛べる日々がやって来るんだろな。地上気温、30度。8500ft
上空、気温13度。とりあえずプール行こう。

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●2006年9月

前段。それは飛行機を、最初に空へ上げる人。誰よりも早く飛行機に乗り込む人。

 透き通った青い空のもとに置かれたピカピカの飛行機へ足早に向かう。目に映るのはボナン
ザと、その向こうに広がる誘導路と滑走路、そしてそこを疾走してゆく大型旅客機だけ。心地よ
い向かい風を肩で感じながら、次第に時間がゆっくりになっていくのを確かめる。一瞬一瞬が
輝き始める。集中力が僕に呼びかける。そうだ、今日も飛ぶんだよ、と。

 どこから見ても本当に美しい機体。その表面を撫でて何かを確かめる。包み込まれるように
優しく乗り込んで操縦桿を握ると、僕が飛行機の一部なのか、飛行機が僕の一部なのかわか
らなくなる。そこから見える景色は、いつもと同じ景色でもあり、まったく違う景色でもある。これ
は現実なのか、夢なのか。考えている間に手がひとりでに動き出す。流れるようなプロシージャ
ー。それはまさに音楽。飛行機が生まれ変わってゆく。

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●2006年9月

C'Kの1週間くらい前から、左目の目じりがずっと痙攣している。C'Kが終わった今でも、それは
続いていて、秋雨前線の雲に覆われたこのところの空のように、気分はどうもすっきりしない。

 C'K当日の朝も、空ははっきりしない雲に覆われていた。C'Kを実施するにはあまり好ましくな
い天気だが、とにかくこの日にC'Kを終わらせたかったので、最後の最後まで悩んだ挙句、行く
決断をした。試験官との相性というものがあって、自分はI教官にぜひ見てもらいたかった。こ
の日以降、I教官は休みに入ってしまう予定だった。

 出題されたコースは、南回りで鹿児島。鹿児島は苦手意識が強く、できれば行きたくなかった
空港だ。C'Kの神様は本当によく見ている。大島、枕崎、鹿児島city、鹿児島空港、坊ノ岬、都
井岬、白浜。

 上がってみると、案の定コース上は雲だらけ。計画をどんどん変更し、上がっては下がり、右
に避けては左に戻り、視程の悪い中、必死に目標を探す。岬だの、駅だの、石油コンビナート
だの。鹿屋空港上空を通過後、エンジンフェイル(シミュレート)。『鹿屋空港に緊急着陸しま
す!』でケースクローズ(課題終了)。枕崎変針後、雲は一段と低く、多くなってきて、鹿児島
cityまでに2000ft、スパイラルで降下(螺旋降下)。鹿児島離陸後は雲の袋小路に入り込み、
管制圏すれすれを迷走。帰りの鹿屋上空で大雨。もうめちゃくちゃだった。泣きそうだった。何
度ももう止めたいと思った。

 でも、頑張った。

 天気の悪い日は出来る限り飛ばないほうがいい。でも、得るものが多いのも、自信がつくの
も、天気の悪い日だ。最後のVFRナビゲーションで今までで1、2を争う天気の悪さの中を飛ん
で、無事合格して、大きな大きな自信が身についた気がする。できればもう一度、飛びたいと
思った。

 学歴は高卒、これといった資格のなかった僕が、事業用操縦士になった。つまり、飛行機を
操縦することによりお金を稼ぐことができるようになったということだ。総飛行時間145時間、総
着陸回数324回。短いようで、長い長い1年間だった。

 今の僕は、JISマーク付きのイスみたいなものだ。一定の安全基準を上回っただけの操縦
士。ちょっと行儀の悪い子供が座ったり、ゴツゴツしたところに設置されたりすると、ボキっとい
ってしまう、まだひ弱なイスだ。『ミニマムのプロ』。I教官の講評。そう。ここが、新しいスタート
だ。

 協力してくれた同期のみんな、応援してくれたみんな、どうもありがとう。Finalも頑張ります。

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●2006年11月

 仙台課程では、取得しなければならない資格が2つあり、それに加えエアラインへの就職活
動も並行して行われる。これが、仙台課程が大変だといわれる所以である。

 航大生だからといって、卒業後、自動的に各エアラインに就職できるわけではない。航大の
ためだけの特別なスケジュールは確保されるものの、他の一般就活者と同じように、まず4社
に履歴書を送り、会社説明会に参加し、SPIや心理適性検査、そして身体検査を受け、一般
面接、役員面接を経て、ようやく内定という手はずを踏まなくてはいけないのだ。第一志望の会
社に受かる者もいれば、当然、どの会社にも縁をいただけない者もいる。後者は、卒業後、他
の航空会社に独自にアプローチをかけていかねばならない。

 つい先日、僕らの一つ上の先輩の一次内定者の発表があった。いくらパイロットの大量退職
という追い風があったとしても、やはりまだまだ思うようにいかないのが現実であるようだ。それ
にしても、エアラインがいったいどういう人材を欲しているのか、いまいち掴みにくいのが僕らの
悩みどころである。

 航大の場合、最終内定前に就職がうまくいっていることを確認できる段階が、3つほどある。

 就職活動はまず履歴書を書くことから始まる。その後身体検査と面接が行われ、しばらくす
ると何人かに再検査の通知が来る。身体検査にはお金がかかるので、再検査が来るというこ
とは、面接では合格したものと見込んでいいのだそうだ。

もちろん、身体にまったく異常がなければ、来ない場合あるが。とにかく、これが第一段階。第
二段階は、オブザーブだ。オブザーブというのは、会社が学生を何人か指名し、その学生のフ
ライトを、その会社の機長が後席から観察するというもの。当然、会社が見たいと思う学生は
ほしいと思っている学生なので、オブザーブが来るということは期待していい証拠なのだそう
だ。しかし、これはかなり緊張するらしい。

 第三段階は一次発表。これはほぼ内定と見込んでもいいらしい。その後大手2社以外の身
体検査、及び役員面接を経て、最終内定の発表となる。

 先輩を見ていて、少しずつ希望が輝いていく人と、翳っていく人がいる。その表情の違いに、
果たして3ヵ月後、自分はこのプレッシャーに耐えられるだろうかという緊張感を覚える。夢が
現実になる瞬間が近づいている。

 僕らはというと、既に履歴書は提出済み。来週はいよいよ、一週間かけての会社訪問&身
体検査に臨む。大鳥居のホテルに8連泊。航大至上初の、一人部屋である。身体検査に向
け、各自様々な取り組みをしているようだが、僕も仙台に来て約2ヶ月間、ずっと運動を続け、
結果減量に成功した。目標まで、あと少し!

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●2007年1月

 再検査、と聞くと、何だかあまりいい印象を受けないと思うが、ここ航大の就職活動において
は、比較的縁起のいいものとして扱われている。なぜなら、見込みのない学生に、お金のかか
る再検査をわざわざやらないだろう、というのが定説だからだ。身体検査→面接→再検査とい
う順番を考えれば、再検査が来たということは、少なくとも面接ではOKだったんだなと思って
も、大きな間違いではないだろう。

もちろん、身体検査が一発で受かっていれば、そもそも再検査など来ないのだけれども。幸
い、と言うべきか、僕はJ社、A社の両方から再検査の通知が来た。

 J社では心エコー検査というものを受けた。心臓にエコー(音波)を照射して、反射してきたも
のを映像化する装置で、いろんな角度からぐりぐり見られた。自分の心臓を見たのは生まれて
初めてだったので、興味津々で画面を見つめていた。どこかで勉強した通り、心室や心房、ま
たその間の弁まではっきり見えて、僕も同じ人間なんだなぁと当たり前のことをしみじみ感じて
いた。

しばらく無言で作業を続けるドクター。心配したが、最後に『うん、いい心臓だ』と言ってくれたの
で安心した。『まぁ大丈夫でしょう』と。って、そんなこと言っていいんですか先生。身体検査は
通常、結果は本人に知らされない決まりになっている。

 それ以外にも、J社では検尿、A社では腹部エコーと採血の検査があり、これらについては結
果は知らされなかったので、どうなっているか不安だ。でも今は、そんなことを心配するよりもフ
ライトに集中しなくては。2日間で両社回ったのだが、滞在時間はそれぞれ15分くらい。それ
以外はほぼホテルでくねくねしていただけなので、ゆっくり休むことができた。今週末も金曜・土
曜と連続ALL DAY。頑張るぞ!

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興味のある方は、どうか、息子のBLOGをつづけて読んでください。

http://yaplog.jp/8723cacdiary/monthly/200701/

です。

では、よろしくお願いします。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●航空大学校

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日本には、ひとつだけだが、国立の航空大学校が
ある。今は、独立行政法人になっているが……。

テレビのトレンディドラマの影響もあって、
入試倍率は、毎年、60倍前後。

これに合格すると、2年間の合宿生活を通して、
パイロットとしての訓練を受ける。衣食住を
ともにするわけである。

が、訓練のきびしさは、ふつうではない。

そのつど技能試験、ペーパーテストがあって、
それに不合格になると、そのまま退学。留年と
いうのはない。

パイロットといっても、単発機の免許、
双発機の免許、計器飛行の免許、事業用の
免許などなどほか、飛行機ごとに免許の種類が
ちがう。

ライン機ともなると、飛行機ごとに免許の
種類がちがう。もっとも、JALやANAの
ようなライン機のパイロットになれるのは、
その中でも、10〜15人に、1人とか。

健康診断でも、脳みその奥の奥まで、徹底的に
チェックされる。

で、あるとき「きびしい大学だな」と私が
言うと、息子は、こう言って笑った。

「燃料費だけでも、30分あたり、
5万円もかかるから、しかたないよ」と。
10時間も飛べば、それだけで100万円!
 
チェック試験に合格できず、退学になった
仲間もいたそうだ。ほんの少し、飛行機の
中でふざけただけで、それで退学になった仲間も
いたそうだ。

無数のドラマを残して、息子が、もうすぐ
その大学を卒業する。今は、就職試験のときだ
そうだが、どうなることやら?

結果はともあれ、息子よ、よくがんばった。
空が好きで好きで、たまらないらしい。

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Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

●光

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市内のS自動車工業で、設計をしている
知人の、M氏が、こう話してくれた。

欧米人と日本人は、明らかに異なった
色彩感覚をもっている。それはよく
知られているが、「光」についても、
そうだ、と。

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 私も、学生時代、友人の自宅に招待されて、一番先に驚いたのが、その(薄暗さ)。部屋の明
かりにしても、間接照明が標準で、しかも壁をボーッと薄暗く照らしているだけ。友人というの
は、イギリス系オーストラリア人だった。

 幻想的な雰囲気だった。

 で、それから37年。市内のS自動車工業で、設計を担当している知人のM氏が、こう言っ
た。「欧米人と日本人は、明らかに異なった色彩感覚をもっている。日本人が好きな色を、欧
米人に押しつけても、車は売れない」と。そしてこう言った。サングラスの話になったときのこと
である。

 「欧米人は、強い光に弱い」と。「だからサングラスをかける」と。

 この話についてだが、私はいつだったか、孫の誠司の顔を見ていて、ふとこんなことを思った
ことがある。誠司は、まぶたを閉じたり開いたりするとき、映画『E・T』の中に出てくる宇宙人そ
っくりのしかたで、それをする。まぶたを開くときも、日本人よりも何倍も時間をかけて、それを
する。(時間といっても、瞬間的なものだが……。)

 そしてつぎにこんなことに気がついた。目が大きいだけではなく、瞳(ひとみ)も大きい、と。

 つまり、光学的に考えるなら、誠司は、日本人よりも、何倍もの多くの光線を、目の中に取り
入れていることになる。

 一方、日本人の目は、細い。中には、糸のような目をした人もいる。カメラにたとえるなら、レ
ンズカバーを半分かけたまま写真を撮るようなもの(?)。

 私はこうしたちがいが、光に対する感受性のちがいとなって表れているのではないかと思う。
そしてそれがたとえば、部屋の照明にも、影響を与えている、と。

 そこでためしに、やや薄暗いと感ずる部屋で、大きく目を開いてみる。実は私も、ここでいう
糸のような細い目をしている。するとどうだろう。視野が広くなると同時に、見ているもの全体
が、明るくなったように感ずる。

 つまり欧米人は、目が大きい分だけ、薄暗いところでも平気(?)ということになるらしい。そし
てその結果、強い光に弱い(?)。

 そして私たちの出した結論は、こうだった。

 「アジア人は、赤道近くの、明るい太陽の光線のもとで進化した。だから目が細くなった。一
方、欧米人は、北欧の、比較的薄暗いところで進化した。だから目が大きくなった、と。

 暑さ、寒さに対する感受性も、同じように考えてよい。

【付記】

 太陽の光線が、60度低くなると、単位面積あたりの光の強さは、約2分の1になる。さらに緯
度の高いところに住んでいる地域では、さらに光の強さは、弱くなる。


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

●今朝・あれこれ

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日韓経済戦争、それは
今の今も、つづいている。

勝つか、負けるか。
この戦争には、日本の未来が
かかっている。

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●日韓経済戦争

 昨年(06年)11月に、底を打った日本の株価は、その後は、安定的に上昇している(日経平
均)。とくに今年(07年)に入ってからは、1月10日前後まで下降気味だったものの、その後
は、それも挽回して、1万7200円(年初)と比べて、1万7400円前後を推移している(1月
末)。

 日本の株価の値上がり率は、それほどでもないが、半面、韓国の株価は、昨年は、上げ幅
で世界でも最低水準(朝鮮N報)を記録したあと、今年に入ってからも、4・40%も下落している
(韓国KOSPI・総合株価指数)。韓国の越すダック指数も、3・79%も下落している。

 原因は、外資の逃避と、株式への流入資金が大幅に減ったためである。しかしさらにその原
因はといえば、韓国の景気低迷にある。とくに昨年(06)、10〜12月期の業績低迷が、大き
な影響を与えた。

 そんな中、朝鮮N報は、こんな記事を載せている(1月29日)。「日本さえいなければ、韓国
は、黒字になった」と。

いわく「昨年初めて韓国の対日貿易赤字が、対日貿易を除く貿易黒字額を上回った。また、韓
国がここ3年間で計上した貿易黒字の大半は、結局、対日貿易赤字を埋め合わせるにすぎな
かったことがわかった。 

 LG経済研究院は28日、ウォン高・円安で拡散する日流」と題する報告書で、このように書
き、『もし、日本との貿易が、赤字ではなく均衡を維持していたとすれば、韓国の貿易収支の黒
字額は、2倍に跳ね上がっていただろう』と明らかにした。

(中略)

LG経済研究院のP研究員は、『世界との貿易で懸命に稼いできた資金を、素材、部品、技術
などを持ち込むための代価として、そっくりそのまま日本に引き渡さなければならないとすれ
ば、結局、韓国は努力するばかりで得をするのは日本だけということになってしまう。このよう
な構造から一刻も早く抜け出さなければならない』と締めくくった」(朝鮮N報)と。

 つまりせっかく稼いだお金は、ぜんぶ、日本にもっていかれる、と。

 韓国にすれば、坊主憎ければ……ということになるのかもしれない。(日本に儲けさせること)
イコール、(韓国の損)ということになる。おかしな論理だが、こういうのを、逆民族差別主義と
いう。その底流には、「日本人ごときに負けるはずはない」という、韓国人独特の民族主義があ
る。

 その頂点に立つのが、現在の、N大統領である。日本の政策には、ことごとく異を唱えなが
ら、その一方で、頼まれたわけでもないのに、あのK国に、アジア・太平洋議員フォーラム(AP
PF)のオブザーバー資格を与えることを提案している(1月27日)。

 もちろんこれに対しては、日本は、「NO!」。日本にしてみれば、とんでもない話である。

 そういう中、日本の反撃はつづいている。韓国の国策企業をねらい撃ちする形で、液晶パネ
ル(LCD=液晶表示装置)、携帯電話分野への猛烈な投資が、それである。

 現在、この2つの分野は、韓国のいわばお家芸(?)。が、先は長くない。液晶の分野では、
台湾の猛追、携帯電話の分野では、ソニーとエリクソン(スェーデン)の連合体が、それぞれ猛
追をつづけている。

液晶の分野では、相変わらず、サムスン電子が昨年(06年)、業界5年連続世界トップ(売上
高基準)を占めたものの、携帯電話の分野では、1月29日、市場調査機関のストラテジー・ア
ナリティックス(SA)によると、サムスン電子の世界市場シェアは、05年の12・6%から06年
には11・6%と、1%下がったことが分かった。また、LG電子は6・7%から6・3%に低下し
た。

 こういう中、仁川市(韓国)が主導して進めてきた、丹東(中国)工業団地計画が破綻し、丹東
団地開発にかけた、53億ウォンが、「水泡に帰した」(朝鮮N報)という。韓国は丹東の工業団
地開発をテコに、中国への本格的な進出をもくろんでいた。それが失敗したというわけである。

 暗いニュースばかりがつづく、韓国。

 日本経済新聞社の日本経済研究センターは、韓国の潜在競争力を、19位と評価した(1月
29日)。1位は香港、2位はシンガポール。日本は、昨年の15位から12位へと、アップ。

 この経済戦争に、日本は負けるわけにはいかない。もしそれがわからなければ、日本が負け
たばあいのことを考えてみればよい。

 それ以後、日本は、韓国とK国の連合軍のもと、彼らの影におびえながら生きていかねばな
らない。軍事力だけでも、この2つの国を合わせたら、150万人以上になる。その連合軍が日
本を襲ったら、日本は、ひとたまりもない。

 現在の日本が、かろうじて日本でいられるのは、経済力があるからである。その経済力に裏
打ちされた、軍事力があるからである。「隣人とは仲よくしろ」とはよく言うが、日本にはその気
はなくても、向こうは、そうではない。彼らは子どものときから、反日思想を徹底的に叩きこまれ
ている。それを忘れてはならない。

 負けるな日本! がんばれ日本!


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1802)

●行きづまったら抱け!

子どもの心がつかめなくなったとき

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スキンシップには、魔法の力がある。

まさに、魔法。子どもの心を溶かす、
そんな力である。

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●スキンシップは魔法の力 

 スキンシップには、人知を超えた不思議な力がある。魔法の力といってもよい。もう30年ほど
前のことだが、こんな講演を聞いたことがある。

アメリカのある自閉症児専門施設の先生の講演だが、そのときその講師の先生は、こう言って
いた。「うちの施設では、とにかく『抱く』という方法で、すばらしい治療成績をあげています」と。
その施設の名前も先生の名前も忘れた。が、その後、私はいろいろな場面で、「なるほど」と思
ったことが、たびたびある。言いかえると、スキンシップを受けつけない子どもは、どこかに「心
の問題」があるとみてよい。

 たとえばかん黙児や自閉症児など、情緒障害児と呼ばれる子どもは、相手に心を許さない。
許さない分だけ、抱かれない。無理に抱いても、体をこわばらせてしまう。抱く側は、何かしら
丸太を抱いているような気分になる。これに対して心を許している子どもは、抱く側にしっくりと
身を寄せる。

さらに肉体が融和してくると、呼吸のリズムまで同じになる。心臓の脈動まで同じになることが
ある。で、この話をある席で話したら、そのあと一人の男性がこう言った。「子どもも女房も同じ
ですな」と。つまり心が通いあっているときは、女房も抱きごこちがよいが、そうでないときは悪
い、と。不謹慎な話だが、しかし妙に言い当てている。

●大切な「甘える」という行為

 このスキンシップと同じレベルで考えてよいのが、「甘える」という行為である。一般論として、
濃密な親子関係の中で、親の愛情をたっぷりと受けた子どもほど、甘え方が自然である。

「自然」という言い方も変だが、要するに、子どもらしい柔和な表情で、人に甘える。甘えること
ができる。心を開いているから、やさしくしてあげると、そのやさしさがそのまま子どもの心の中
に染み込んでいくのがわかる。

 これに対して幼いときから親の手を離れ、施設で育てられたような子ども(施設児)や、育児
拒否、家庭崩壊、暴力や虐待を経験した子どもは、他人に心を許さない。許さない分だけ、人
に甘えない。一見、自立心が旺盛に見えるが、心は冷たい。他人が悲しんだり、苦しんでいる
のを見ても、反応が鈍い。感受性そのものが乏しくなる。ものの考え方が、全体にひねくれる。

私「今日はいい天気だね」
子「いい天気ではない」
私「どうして?」
子「あそこに雲がある」
私「雲があっても、いい天気だよ」
子「雲があるから、いい天気ではない」と。

●先手を打って自分を守る

 このタイプの子どもは、「信じられるのは自分だけ」というような考え方をする。誰かに親切に
されても、それを受け入れる前に、それをはねのけてしまう。ものの考え方がいじけ、すなおさ
が消える。「あの人が私に親切なのは、私が持っている本がほしいからよ」と。自分からその人
を遠ざけてしまうこともある。

あるいは自分に関心のある人に対してわざと意地悪をする。心の防御作用と言えるもので、そ
の人に裏切られて自分の心がキズつくのを恐れるため、先手を打って、自分の心を防衛しよう
とする。そのためどうしても自分のカラにこもりやすい。異常な自尊心や嫉妬心、虚栄心をもち
やすい。あるいは何らかのきっかけで、ふつうでないケチになることもある。こだわりが強くな
り、お金や物に執着したりする。完ぺき主義から、拒食症になった女の子(中3)もいた、などな
ど。

 もしあなたの子どもが、あなたという親に甘えることを知らないなら、あなたの子育てのし方の
どこかに、大きな問題があるとみてよい。今は目立たないかもしれないが、やがて深刻な問題
になる。その危険性は高い。

●行きづまりを感じたら、抱く

 ……と、皆さんを不安にさせるようなことを書いてしまったが、子どもの心の問題で、何か行
きづまりを感じたら、子どもは抱いてみる。ぐずったり、泣いたり、だだをこねたりするようなとき
である。「何かおかしい」とか、「わけがわからない」と感じたときも、やさしく抱いてみる。しばら
くは抵抗する様子を見せるかもしれないが、やがて収まる。と、同時に、子どもの情緒(心)も
安定する。

(参考)

●抱かれない子どもが急増!

こんなショッキングな報告もある(二〇〇〇年)。抱こうとしても抱かれない子どもが、四分の一
もいるというのだ。

「全国各地の保育士が、預かった〇歳児を抱っこする際、以前はほとんど感じなかった『拒
否、抵抗する』などの違和感のある赤ちゃんが、四分の一に及ぶことが、『臨床育児・保育研
究会』(代表・汐見稔幸氏)の実態調査で判明した」(中日新聞)と。

報告によれば、抱っこした赤ちゃんの「様態」について、「手や足を先生の体に回さない」が三
三%いたのをはじめ、「拒否、抵抗する」「体を動かし、落ちつかない」などの反応が二割前後
見られ、調査した六項目の平均で二五%に達したという。また保育士らの実感として、「体が固
い」「抱いてもフィットしない」などの違和感も、平均で二〇%の赤ちゃんから報告されたという。

さらにこうした傾向の強い赤ちゃんをもつ母親から聞き取り調査をしたところ、「育児から解放
されたい」「抱っこがつらい」「どうして泣くのか不安」などの意識が強いことがわかったという。
また抱かれない子どもを調べたところ、その母親が、この数年、流行している「抱っこバンド」を
使っているケースが、東京都内ではとくに目立ったという。

 報告した同研究会の松永静子氏(東京中野区)は、「仕事を通じ、(抱かれない子どもが)二
〜三割はいると実感してきたが、(抱かれない子どもがふえたのは)、新生児のスキンシップ不
足や、首も座らない赤ちゃんに抱っこバンドを使うことに原因があるのでは」と話している。


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

子どもの心をはぐくむ法(アルバムをそばに置け!)

子どもがアルバムに自分の未来を見るとき

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あなたはアルバムがもつ、
不思議な力を知っているか?

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●成長する喜びを知る 

 おとなは過去をなつかしむためにアルバムを見る。しかし子どもは、アルバムを見ながら、成
長していく喜びを知る。それだけではない。子どもはアルバムを通して、過去と、そして未来を
学ぶ。

ある子ども(年中男児)は、父親の子ども時代の写真を見て、「これはパパではない。お兄ちゃ
んだ」と言い張った。子どもにしてみれば、父親は父親であり、生まれながらにして父親なの
だ。一方、自分の赤ん坊時代の写真を見て、「これはぼくではない」と言い張った子ども(年長
男児)もいた。

ちなみに年長児で、自分が哺乳ビンを使っていたことを覚えている子どもは、まずいない。哺
乳ビンを見せて、「こういうのを使ったことがある人はいますか?」と聞いても、たいてい「知らな
い」とか、「ぼくは使わなかった」と答える。

記憶が記憶として残り始めるのは、満4・5歳前後からとみてよい(※)。このころを境にして、
子どもは、急速に過去と未来の概念がわかるようになる。それまでは、すべて「昨日」であり、
「明日」である。「昨日の前の日が、おととい」「明日の次の日が、あさって」という概念は、年長
児にならないとわからない。が、一度それがわかるようになると、あとは飛躍的に「時間の世
界」を広める。その概念を理解するのに役立つのが、アルバムということになる。話はそれた
が、このアルバムには、不思議な力がある。

●アルバムの不思議な力

 ある子ども(小五男児)は、学校でいやなことがあったりすると、こっそりとアルバムを見てい
た。また別の子ども(小三男児)は、寝る前にいつも、絵本がわりにアルバムを見ていた。

つまりアルバムには、心をいやす作用がある。それもそのはずだ。悲しいときやつらいときを、
写真にとって残す人は、まずいない。アルバムは、楽しい思い出がつまった、まさに宝の本。
が、それだけではない。冒頭に書いたように、子どもはアルバムを見ながら、そこに自分の未
来を見る。さらに父親や母親の子ども時代を知るようになると、そこに自分自身をのせて見る
ようになる。

それは子どもにとっては恐ろしく衝撃的なことだ。いや、実はそう感じたのは私自身だが、私は
あのとき感じたショックを、いまだに忘れることができない。母の少女時代の写真を見たときの
ことだ。「これがぼくの、母ちゃんか!」と。あれは私が、小学三年生ぐらいのときのことだった
と思う。

●アルバムをそばに置く

 学生時代の恩師の家を訪問したときこと。広い居間の中心に、そのアルバムが置いてあっ
た。小さな移動式の書庫のようになっていて、そこには一〇〇冊近いアルバムが並んでいた。
それを見て、私も、息子たちがいつも手の届くところにアルバムを置いてみた。

最初は、恩師のまねをしただけだったが、やがて気がつくと、私の息子たちがそのつど、アル
バムを見入っているのを知った。ときどきだが、何かを思い出して、ひとりでフッフッと笑ってい
ることもあった。そしてそのあと、つまりアルバムを見終わったあと、息子たちが、実にすがす
がしい表情をしているのに、私は気がついた。

そんなわけで、もし機会があれば、子どものそばにアルバムを置いてみるとよい。あなたもア
ルバムのもつ不思議な力を発見するはずである。

※……「乳幼児にも記憶がある」と題して、こんな興味ある報告がなされている(ニューズウィー
ク誌二〇〇〇年一二月)。
 「以前は、乳幼児期の記憶が消滅するのは、記憶が植えつけられていないためと考えられて
いた。だが、今では、記憶はされているが、取り出せなくなっただけと考えられている」(ワシント
ン大学、A・メルツォフ、発達心理学者)と。
 これまでは記憶は脳の中の海馬という組織に大きく関係し、乳幼児はその海馬が未発達な
ため記憶は残らないとされてきた。現在でも、比較的短い間の記憶は海馬が担当し、長期に
わたる記憶は、大脳連合野に蓄えられると考えられている(新井康允氏ほか)。しかしメルツォ
フらの研究によれば、海馬でも記憶されるが、その記憶は外に取り出せないだけということに
なる。
 現象的にはメルツォフの説には、妥当性がある。たとえば幼児期に親に連れられて行った場
所に、再び立ったようなとき、「どこかで見たような景色だ」と思うようなことはよくある。これは
記憶として取り出すことはできないが、心のどこかが覚えているために起きる現象と考えるとわ
かりやすい。


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

子どもの心を変える法(信じて伸ばせ!)

親の口グセが子どもを伸ばすとき

+++++++++++++++

子どもは、あなたの口ぐせどおりの
子どもになる。

長い時間をかけて、そうなる。

だから日ごろの口ぐせを大切に!

+++++++++++++++

●相変わらずワルだったが……  

 子どもというのは、自分を信じてくれる人の前では、よい面を見せようとする。そういう性質を
利用して、子どもを伸ばす。こんなことがあった。

 昔、私が勤めていた幼稚園にどうしようもないワルの子ども(年中男児)がいた。友だちを泣
かす、けがをさせるは、日常茶飯事。それを注意する先生にも、キックしたり、カバンを投げつ
けたりしていた。どの先生も手を焼いていた。が、ある日、ふと見ると、その子どもが友だちに
クレヨンを貸しているのが目にとまった。私はすかさずその子どもをほめた。「君は、やさしい
子だね」と。

数日後もまた目が合ったので、私はまたほめた。「君は、やさしい子だね」と。それからもその
子どもはワルはワルのままだったが、しかしどういうわけか、私の姿を見ると、パッとそのワル
をやめた。そしてニコニコと笑いながら、「センセー」と手を振ったりした。

●子どもの心はカガミ

 しかしウソはいけない。子どもとて心はおとな。信ずるときには本気で信ずる。「あなたはよい
子だ」という「思い」が、まっすぐ伝わったとき、その子どももまた、まっすぐ伸び始める。

 正直に告白する。私が幼稚園で教え始めたころ、年に何人かの子どもは、私をこわがって幼
稚園へ来なくなってしまった。そういう子どもというのは、初対面のとき、私が「いやな子ども」と
思った子どもだった。つまりそういう思いが、いつの間にか子どもに伝わってしまっていた。人
間関係というのは、そういうものだ。

イギリスの格言にも、『相手は、あなたが相手を思うように、あなたを思う』というのがある。つま
りあなたが相手をよい人だと思っていると、相手も、あなたをよい人だと思うようになる。いやな
人だと思っていると、相手も、あなたをいやな人だと思うようになる。

一週間や二週間なら、何とかごまかしてつきあうということもできるが、一か月、二か月となる
と、そうはいかない。いわんや半年、一年をや。思いというのは、長い時間をかけて、必ず相手
に伝わってしまう。では、どうするか。

 相手が子どもなら、こちらが先に折れるしかない。私のばあいは、「どうせこれから一年もつ
きあうのだから、楽しくやろう」ということで、折れるようにした。それは自分の職場を楽しくする
ためにも、必要だった。

もっともそれが自然な形でできるようになったのは、三〇歳も過ぎてからだったが、それからは
子どもたちの表情が、年々、みちがえるほど明るくなっていったのを覚えている。そこで家庭で
は、こんなことを注意したらよい。

●前向きな暗示が心を変える

 まず「あなたはよい子」「あなたはどんどんよくなる」「あなたはすばらしい人になる」を口グセ
にする。子どもが幼児であればあるほど、そう言う。もしあなたが「うちの子は、だめな子」と思
っているなら、なおさらそうする。最初はウソでもよい。そうしてまず自分の心を作りかえる。

人間関係というのは、不思議なものだ。日ごろの口グセどおりの関係になる。互いの心がそう
いう方向に向いていくからだ。が、それだけではない。相手は相手で、あなたの期待に答えよう
とする。相手が子どものときはなおさらで、そういう思いが、子どもを伸ばす。こんなことがあっ
た。

 その家には四人の男ばかりの兄弟がいたのだが、下の子が上の子の「おさがり」のズボンや
服をもらうたびに、下の子がそれを喜んで、「見て、見て!」と、私たちに見せにくるのだ。ふつ
う下の子は上の子のおさがりをいやがるものだとばかり思っていた私には、意外だった。そこ
で調べてみると、その秘訣は母親の言葉にあることがわかった。

母親は下の子に兄のおさがりを着せるたびに、こう言っていた。「ほら、あんたもお兄ちゃんの
ものがはけるようになったわね。すごいわね!」と。母親はそれを心底、喜んでみせていた。そ
こでテスト。

 あなたの子どもは、何か新しいことができるようになるたびに、あるいは何かよいニュースが
あるたびに、「見て、見て!」「聞いて、聞いて!」と、あなたに報告にくるだろうか。もしそうな
ら、それでよし。そうでないなら、親子のあり方を少し反省してみたほうがよい。


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

子どもの心を守る法(自分の過去を見ろ!)

親が過去を再現するとき

+++++++++++++++

子育てをしながら、親は
自分の過去を再現する。

無意識のうちにも、再現する。

それが子育てというもの。

+++++++++++++++

●親は子育てをしながら過去を再現する 

 親は、子どもを育てながら、自分の過去を再現する。そのよい例が、受験時代。それまでは
そうでなくても、子どもが、受験期にさしかかると、たいていの親は言いようのない不安に襲わ
れる。

受験勉強で苦しんだ親ほどそうだが、原因は、「受験勉強」ではない。受験にまつわる、「将来
への不安」「選別されるという恐怖」が、その根底にある。それらが、たとえば子どもが受験期
にさしかかったとき、親の心の中で再現される。

つい先日も、中学一年生をもつ父母が、二人、私の自宅にやってきた。そしてこう言った。「一
学期の期末試験で、数学が二一点だった。英語は二五点だった。クラスでも四〇人中、二〇
番前後だと思う。こんなことでは、とてもS高校へは入れない。何とかしてほしい」と。二人とも、
表面的には穏やかな笑みを浮かべていたが、口元は緊張で小刻みに震えていた。

●「自由」の二つの意味

 この静岡県では、高校入試が人間選別の重要な関門になっている。その中でもS高校は、最
難関の進学高校ということになっている。私はその父母がS高校という名前を出したのに驚い
た。「私は受験指導はしません……」と言いながら、心の奥で、「この父母が自分に気がつくの
は、一体、いつのことだろう」と思った。

 ところで「自由」には、二つの意味がある。行動の自由と魂の自由である。行動の自由はとも
かくも、問題は魂の自由である。実はこの私も受験期の悪夢に、長い間、悩まされた。たいて
いはこんな夢だ。……どこかの試験会場に出向く。が、自分の教室がわからない。やっと教室
に入ったと思ったら、もう時間がほとんどない。問題を見ても、できないものばかり。鉛筆が動
かない。頭が働かない。時間だけが刻々と過ぎていく……。

●親と子の意識のズレ

親が不安になるのは、親の勝手だが、中にはその不安を子どもにぶつけてしまう親がいる。
「こんなことでどうするの!」と。そういう親に向かって、「今はそういう時代ではない」と言っても
ムダ。脳のCPU(中央処理装置)そのものが、ズレている。親は親で、「すべては子どものた
め」と、確信している。

こうしたズレは、内閣府の調査でもわかる。内閣府の調査(二〇〇一年)によれば、中学生で、
いやなことがあったとき、「家族に話す」と答えた子どもは、三九・一%しかいなかった。これに
対して、「(子どもはいやなことがあったとき)家族に話すはず」と答えた親が、七八・四%。子ど
もの意識と親の意識が、ここで逆転しているのがわかる。つまり「親が思うほど、子どもは親を
アテにしていない」(毎日新聞)ということ。が、それではすまない。

「勉強」という言葉が、人間関係そのものを破壊することもある。同じ調査だが、「先生に話す」
はもっと少なく、たったの六・八%! 本来なら子どものそばにいて、よき相談相手でなければ
ならない先生が、たったの六・八%とは! 先生が「テストだ、成績だ、進学だ」と追えば追うほ
ど、子どもの心は離れていく。親子関係も、同じ。親が「勉強しろ、勉強しろ」と追えば追うほ
ど、子どもの心は離れていく……。

 さて、私がその悪夢から解放されたのは、夢の中で、その悪夢と戦うようになってからだ。試
験会場で、「こんなのできなくてもいいや」と居なおるようになった。あるいは皆と、違った方向
に歩くようになった。どこかのコマーシャルソングではないが、「♪のんびり行こうよ、オレたち
は。あせってみたとて、同じこと」と。夢の中でも歌えるようになった。……とたん、少しおおげさ
な言い方だが、私の魂は解放された!

●一度、自分を冷静に見つめてみる

 たいていの親は、自分の過去を再現しながら、「再現している」という事実に気づかない。気
づかないまま、その過去に振り回される。子どもに勉強を強いる。先の父母もそうだ。それまで
の二人を私はよく知っているが、実におだやかな人たちだった。が、子どもが中学生になった
とたん、雰囲気が変わった。そこで……。

あなた自身はどうだろうか。あなた自身は自分の過去を再現するようなことをしていないだろう
か。今、受験生をもっているなら、あなた自身に静かに問いかけてみてほしい。あなたは今、冷
静か、と。そしてそうでないなら、あなたは一度、自分の過去を振り返ってみるとよい。

これはあなたのためでもあるし、あなたの子どものためでもある。あなたと子どもの親子関係
を破壊しないためでもある。受験時代に、いやな思いをした人ほど、一度自分を、冷静に見つ
めてみるとよい。


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1803)

●人間の脳(病識)

+++++++++++++++++

人間の脳も、ずいぶんといいかげんなもの。
それを強く感ずるのは、射精前の脳みそと、
射精後の脳みそ、だ。

射精前には、あれほどまでに狂おしく見える
女性の体も、射精後には、ただの肉にかたまりになる。

医学的にはあれこれと説明されているようだが、
この際、そんな説明など、どうでもよい。

一度射精してしまうと、では射精前の私は、
いったい、何だったのかということになる。
それが問題なのだア!

+++++++++++++++++

 女性のことは知らない。しかし男性のばあい、(私のように、「濃い男」のばあいと考えてよい
が)、射精前の私と、射精後の私は、180度というか、まるで別人のようにちがう。

 射精前には、あれほどまでに狂おしく見えた女性の体が、射精後には、ただの肉のかたまり
になる。おおげさなことを言っているのではない。これは本当だ。

 たとえば射精前には、一晩中でも、舌の先で女性の体をなめていたいと思う。(これは若いと
きの話だが……。)しかしそれが絶頂に達し、射精をすると、その思いは、一変する。本当に一
変する。

 ここで(肉のかたまり)と書いたが、そのとおり。たがいに愛情が行きかっていればそういうこ
ともないのだろうが、それがないと、まったくの(肉のかたまり)になる。精肉店で見る(肉のか
たまり)と、それほど、ちがわない。

 そこで射精前の私と、射精後の私とでは、どこがどうちがうのかということになる。それについ
ては、医学的な立場で、あれこれと説明されている。何しろ本能にかかわる部分なので、その
メカニズムは複雑怪奇。

 それはそれとして、では、心理学的にはどうなのか。

 少し前、私は、「病識」について書いた。「私は病気である」と認識することを、病識という。精
神疾患をもった人では、その病識がある、なしで、軽重が決まる。病識のない人は、一般的
に、重いとみる。病識のある人は、一般的に、軽いとみる。

 では、性欲はどうなのか? わかりやすく言えば、射精前の男は、どうなのか? 「女性を抱
きたい」と思うのは、性欲のなせるわざであるとしても、そのとき、それが本能に根ざした性欲
によるものであると、冷静に判断することができるものなのか? 精神疾患にたとえるなら、
「病識」として認識できるものなのか?

 反対に、病識について理解できない人(男性)は、射精前の自分を思い浮かべてみるとよ
い。ムラムラと性欲が自分の体を支配したとき、それを冷静に、「これは本能によるものだ」と、
判断できるなら、それはそれでよし。そうでないなら、病識も似たようなものだと思えばよい。

 わかるかな? この複雑な話?

 つまり私が書きたいことは、病識のない精神疾患をもった患者に、「あなたは病気だ」と言っ
ても意味はない。自分では、病気とは思っていない。むしろ正常と思っている。へたな言い方を
すると、「オレは病気ではない」と、かえって相手を怒らせてしまう。

 脳のCPU(中央演算装置)が狂っているためである。

 同じように、射精前の男は、本能によって、そのCPUが狂う(?)。冷静に考えれば、つまり
射精後の立場で考えれば、女性の体といっても、男のそれと、それほどちがわない。乳房にし
ても、関取(相撲)の乳房のほうが、見方によっては、女性の乳房よりは、よっぽど美しい。脂
(あぶら)がのっている。しかし女性の乳房には感じても、関取の乳房には感じない。なぜだろ
う?

 半面、女性の性器は、ウンチや尿の出口に近いところにある。射精前の男は、狂おしいまで
の魅力を、そこに感ずる。これも冷静に考えればおかしなことだ。が、そのときは、それがわか
らない。たとえばセックスに夢中になっている男に、(女でもよいが)、「君たちは、本能によって
狂わされているだけだよ」と話しても意味はない。かえって、相手を怒らせることになるかもしれ
ない。

 ……と考えていくと、私たちは、ひょっとしたら、生活のあらゆる場面で、病識のないまま、生
きているのかもしれないということになる。

 身近な例では、ファッションがある。名誉欲、物欲、食欲などもある。「いい車に乗ってみた
い」「いい家に住みたい」というのも、本当は、病識のない病気(?)なのかもしれない。その意
識がないから、わからないだけ。

 さらに大きな例としては、カルトがある。戦後生まれた新興宗教は、多かれ少なかれ、カルト
的色彩をもっている。そのカルトにしても、一度、それにハマると、自分がわからなくなってしま
う。つまりここでいう病識がなくなる。

 他人から見ればおかしなことでも、当人たちにとっては、ごくふつうのこととなる。死んでミイラ
になった人を、「まだ生きている」とがんばったカルトがあった。足の裏を見るだけの、その人の
人生がすべてわかると教えたカルトもあった。さらに教祖の髪の毛を煎じて飲むだけで、霊力
が備わると教えたカルトもあった。

 このことは、子どもたちの世界をのぞいてみると、わかる。

 たとえばカード遊びがある。いまだにカード遊びは全盛期のままだが、そういう遊びをしてい
る子どもに向かって、「そんな遊びはつまらない」と言っても、意味はない。子どもたちは、その
カードで遊びながら、ハッピーな気持ちになったり、落胆したりする。

 つまり子どもたちには、その病識がない。病識がないまま、カード遊びに、夢中になってい
る。

 同じようなことが、おとなの世界についても、言えるのではないか。「私は正常だ」「ふつうの
人間だ」と思っていても、病識(?)がないから、そう思っているだけ、と。

 金銭欲にしても、そもそも、マネーが一般社会で流通し始めたのは、この日本では、江戸時
代の中期と言われている。それ以前には、金銭欲といっても、金銭そのものが、なかった。

 日本人がこうまで、「マネー」「マネー」と言い出したのは、戦後のことである。現在の中国を見
れば、戦後の日本がどういう国であったかがわかる。それまでは、日本人は、それほどマネー
には、執着心をもっていなかった。私が子どものころには、まだ「盆暮れ払い」というのが、残っ
ていた。

 借金があっても、盆か、暮れ(年末)に払えばよいというのが、それである。社会全体が、実
にのんびりとしていた。

 ここで結論。

 わかりやすく言えば、私たちは、病識のないまま、無数の心の病気に侵されているのではな
いかということ。何か、おかしなことをしながら、それをおかしいとも思わず、それをつづけてい
る? その例として、きわどい話で恐縮だが、射精をテーマに考えてみた。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 病識
 カルト 子供の心理)


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司
 
【黄色い旗】

++++++++++++++++++++

2007年1月30日。
息子のEが、自分で飛行機を操縦して、
はじめて、浜松市の上空を飛ぶ。

そこで、私は、2メートル四方の大きな
旗をつくった。テカテカと光る黄色い旗である。

それを地上から振り、息子に合図を送る。

++++++++++++++++++++

●電話

 高知県の高知空港から、連絡が入った。「これから高知空港を飛び立って、浜松に向う」と。
私は、すかさず、「何時ごろ?」と聞く。

E「1時から、1時半ごろの間だよ」
私「わかった。ぼくとママは、自衛隊基地の南西の角地で、旗を振る。黄色い、大きな旗だ」
E「見えるかなあ?」
私「南西の角地だ。わかったか。そこを見ろ」と。

 一度、電話を切ったものの、すぐまた電話。今度は、こちらからかけた。

私「そうそう、飛行機はどちらの方向から飛んでくるんだ」
E「真西から、真東に向う」
私「地図で見ると、南西の方角ではないのか?」
E「一度、名古屋の先まで向かい、そこから、東に向う」
私「わかった」と。

 私の声は、子どものようにはしゃいでいた。それが自分でもよくわかった。

 現在、息子は、航空航空大学にいる。2年間の全寮制の大学である。それがいよいよ終了
に近づいてきた。現在は、宮城県の仙台市にいて、最終的な訓練を受けている。練習機も、単
発機のボナンザから、双発ジェットのキングエアに変わった。正確には、ターボプロップエンジ
ンといって、ジェットエンジンでプロペラを回して飛ぶ飛行機である。

 巡航速度は、550〜600キロ(毎時)だそうだ。

●旗

 旗は、長い棒に、セロテープでとめた。テカテカと光る黄色い旗である。それに合わせて、ワ
イフも、私も、黄色いジャケットに着替えた。「これなら空から見えるかもしれないね」と。

 空を見あげると、ほんのりと白いモヤがかかっているものの、ほぼ快晴。ところどころに、白
い雲がポツポツと見える。青い空が、目にしみる。

 「これなら、飛行機が見えるかもしれない」と、また私。

 私とワイフは、旗を車に載せると、航空自衛隊の基地のほうに向った。途中、コンビニよっ
て、おにぎりを買うつもりだった。

ワ「私ね、あなたと結婚して、よかったと思うことが、ひとつ、あるわ」
私「なんだ?」
ワ「あなたといると、感動の連続で、退屈しない……」
私「なんだ、そんなことか」と。

●1万5000フィート

 自衛隊の基地へは、10分ほどで着いた。手前のコンビニで、おにぎりとお茶を買った。1時
までは、まだ時間がある。時計を見ると、12時45分。

 基地の南西の角にある空き地に車を止めた。止めるとすぐ、ワイフが、車の屋根に、黄色い
シートをかぶせた。私は、旗を出すと、それを振る練習をしてみた。通り過ぎる車の中から、み
な、人がこちらを見ていた。が、私は気にしなかった。

私「これなら、見えるよ、きっと」
ワ「でも、高いところを飛ぶのでしょ」
私「1万5000フィートだそうだ。約4500メートル」
ワ「富士山より高いのよ」
私「見える、見える、あいつは、視力がいい」と。

 私は何度も時刻を聞く。ワイフは、空をまげたまま、動かない。ときどき、大きなライン機が、
空を飛びかう。白い雲が、今日は、いじらしい。

ワ「あの飛行機は、どれくらいの高さを飛んでいるのかしら?」
私「あれも、4500メートルくらいではないかな?」
ワ「あれくらいの高さだったら、見えるかもしれないね」と。

●1時15分

 そのとき、真西のほうから、飛行機が近づいてきた。ライトをつけている。それを見て、ワイフ
が、「あれ、E君じゃ、ない?」と。

 私は「そうかもしれない」とは言ったものの、それにしては高度が低すぎる。「あんな低くはな
いよ」とは言ったものの、期待はふくらんだ。「ひょっとしたら、Eかもしれない。あいつ、基地に
近づいたら、前輪灯をつけると言っていた」と。

 目をこらしていると、その飛行機は、基地をめざしてまっすぐに飛んできた。が、やがてそれ
に爆音がまじるようになった。

ワ「ジェット機よ……。自衛隊の……」
私「そうだよな、あんな低いはずはないよな」と。

 ジリジリと時間が過ぎていく。1時は過ぎた。しかし、薄いモヤを通して飛行機をさがすのは、
容易なことではない。飛行機そのものが、空に溶け込んでしまっている。そんな感じがした。

私「何時だ?」
ワ「1時10分よ」
……
私「何時だ?」
ワ「1時12分よ」と。

 そのとき、一機の飛行機が、2本の飛行機雲を残しながら、上空を横切っていった。

私「あれは、ちがうよね」
ワ「あれは、旅客機みたい。大きいわ。Eのは、小型機よ」
私「そうだね……」と。

 するとそのあとすぐ、それを追いかけるかのように、一機の飛行機が空を横切っていった。後
退翼の飛行機である。翼端の青い線が、何となく見えた気がした。その飛行機が、丸い雲の間
から出て、まっすぐと東に飛んでいった。

ワ「あれよ、きっと、あれよ」
私「あれかなあ? キングエアの翼は、まっすぐだよ。後退翼ではないはず……」と。

 しかし旗を振るヒマはなかった。目にもわかる速い速度で、その飛行機は、スーッと視界から
遠ざかり、再び、丸い雲の中に消えていった。

私「時刻は、何時?」
ワ「ちょうど、1時15分よ」
私「そうか。やっぱりあれが、Eの飛行機だ。あいつは、昔から時間に正確な子どもだったか
ら。1時から1時半の間と言えば、1時15分だ」
ワ「そうよ、きっと、あれよ。よかったわ。見ることができて」
私「うん」と。

●キングエア

 私たちは、すぐには帰らなかった。「ひょっとしたら、まちがっているかもしれない」という思い
で、そのまま、そこに立った。手には黄色い大きな旗をもったままだった。

 が、通るのは、明らかにライン機と思われる大型のものばかり。それから1時半まで、小型の
飛行機は通らなかった。

私「やっぱり、あれだった」
ワ「私も、そう思うわ。あれよ」
私「あとで、Eに聞いてみればわかる。あいつも浜松を通過した時刻を覚えているはずだから」
ワ「そうね」と。

 何となく、後ろ髪をひかれる思いで、私とワイフは、その場を離れた。時刻は、1時35分ごろ
だった。

 旗をしまい、つづいて、車の上のシートをしまった。ワイフは、何度も、「やっぱり、あの飛行機
よ」と言った。

 Eが操縦していたキングエアは、翼に上反角がついている。だからうしろ下方から見ると、後
退翼の飛行機のように見える。はじめは、後退翼の飛行機だったから、キングエアではないと
思った。しかしそのうち、それを頭の中で、打ち消した。「やっぱり、あの飛行機だった」と。

●息子のE

 ふたたび、私たちは現実の世界にもどった。いつものように車を走らせ、信号で、止める。

 そのとき、ふと、私は、こう言った。「あいつは、本当にあっという間に、飛び去っていったね」
と。

 Eをひざの上に抱いたのが、つい、先日のように思い出された。生まれたときは、3000グラ
ムもない、小さな子どもだった。何もかも、小さな子どもだった。

 そのEが、今は、もうおとな。身長も180センチを超えた。本当に、あっという間に、そうなって
しまった。そして私たちのところから、飛び去ってしまった。

私「あの飛行機の中に、あいつがいたんだね」
ワ「そうね」
私「もう東京あたりまで、行っているかもしれないよ」
ワ「そんなに早く?」
私「そうだよ。時速600キロだもん。30分で東京へ着いてしまうよ」
ワ「飛行機って、速いのね」
私「うん……」と。

 うれしくも、さみしさの入り混じった感情。それが胸の中を熱くした。多分、ワイフも、同じ気持
ちだったのだろう。家に着くまで、ほとんど、何もしゃべらなかった。

 車をおりるとき、再び、ワイフが、こう言った。「本当に、あなたといると、退屈しないわ」と。
 私は、それに答えて、「ウン」とだけ言った。
(2007年1月30日記)

【追記】

 やっぱり、あの飛行機が、キングエアでした。以下、EのBLOGから、日記をそのまま紹介し
ます。

++++++++++++++++++++

 一泊航法、2日目。この上なくスッキリとした寝起き。僕たちの班は、高知経由で仙台へ帰還
する。高知〜仙台間が、僕の担当するレグだ。僕は浜松出身なので、どうしても浜松上空を通
って帰りたかった。名古屋のあたりから新潟へ抜け、そこから真東へ帰るルートが主流なのだ
が、僕は名古屋から浜松、大島を経由し館山、御宿、銚子と房総半島を沿うように北上、仙台
に至るルートを選択。教官すら飛んだことのないルートで、フライトプランが受理されるかどうか
心配だった。というのも、羽田や成田の周辺は、国内一、航空交通量の多いところなので、
C90のような遅いプロペラ機が訓練でフラフラ来られると迷惑がかかるのでは、と思ったのだ。
実際、高度帯によっては迂回させられる場合もあるんだとか。今回は17,000ft、約5000mを選
択。空港に離着陸するライン機は、空港周辺ではこの高度よりも低いところを飛んでいるだろ
うと予想した結果だ。難なく許可されたので一安心。

 14,000ft以上の高度を航空業界では、『フライトレベル』と呼ぶ。フライトレベル1・7・0(ワン・セ
ブン・ゼロ)。そこから見た日本の姿は、本当に綺麗だった。
 

航空自衛隊・浜松基地。両親がこの南西端にいて旗を振っていたらしいが、インサイトできず。

 

アクト・シティ。デジカメの望遠でここまで見えた。

 

一生忘れられない景色を、今日はたくさん見た。

 この他、羽田空港や成田空港なども見ることができた。成田空港では、アプローチする海外
のエアラインが僕らのはるか下方を、列を作って飛んでいるのが見えた。見えたは2〜3機だ
けだったが、等間隔のセパレーションを保って、はるかかなたの海から繋がる飛行機の列は、
まるでベルトコンベアーのようであった。高知離陸から仙台着陸まで2時間45分。今日は仙台
に来て初めて、ランウェイ09に着陸した。

 今回の旅で感じたことはたくさんあったが、まとめると、本当に楽しかった、という言葉になる
だろう。操縦技術やオペレーションの訓練はもちろん、日本の空、日本の地形というものの全
体的なイメージが掴めた気がする。そして、日本国内だけでなく、海外にだって行けそうな、そ
んな自信も手に入れた。本当に、すばらしい2日間であった。一泊航法で得た経験を、見た景
色を、初めて飛んだ地元の空を、誇りに思ってくれた両親を、宮崎で再確認した初心を、僕は
一生、忘れない。


Hiroshi Hayashi+++++++++JAN.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1804)

●6か国協議

++++++++++++++++

もつれにもつれた、6か国協議。
しかしその6か国協議も、常識を
働かせて考えれば、なんでもない。

つまり、結果は、明白。

++++++++++++++++

●金xxの健康状態

 大前提として、現在、K国の金xxの健康状態は、きわめて悪いとみてよい。私の推察では、0
6年の終わりごろ、肝臓か、腎臓の移植手術を受けている。金xxのアルコール依存症、それに
慢性的な糖尿病は、公知の事実である。

 昔から、「肝腎、要(かなめ)」という。「肝心」と書くこともあるが、正しくは、「肝腎」。それはと
もかくも、その双方が、かなりのダメージを受けている。昨年には、「20メートル歩くのがやっ
と」という情報も、外に漏れた。

 が、これらの臓器がやられると、同時に、脳性障害が起きる。わかりやすく言うと、狂人的に
なり、手がつけられなくなる。年末から今年の年初にかけて、金xxが、軟禁されたという情報も
流れているが、それはありえないことではない。つまり、幽閉。

 こうした情報は、アメリカも、韓国も、そして中国も、すでに知っているはず。移植手術を行っ
たのは、北京の外科医たちと推察される。中国が、それを知らぬはずはない。

●失敗した核兵器開発

 K国の核兵器開発は、すでに失敗している。何個かは作ったかもしれないが、あまりにも大き
な人的被害(=放射線障害)のため、開発計画そのものが、頓挫(とんざ)しているとみてよ
い。その被害者だけでも、数万人以上とも言われている。

 貧弱な研究設備、とぼしい研究資金。研究者たちが、研究意欲を失っているとみるのが正当
である。P市の大学卒業者でも、優秀な学生は、核兵器開発部門に送られるという。しかしそ
れらの学生たちは、みな、「そこは生きては帰れないところ」というところを知っている。だから、
「優秀」というレッテルを張られることを、何よりも、恐れている。

 そんなK国に、どうして満足な核兵器開発ができるというのか。何も、アメリカや日本に言わ
れなくても、K国は、核兵器開発をつづけるだけの「力」は、ない。

 が、それを公(おおやけ)にするわけにはいかない。ポーカーにたとえるなら、最後の最後ま
で、切り札をもっているフリをする。それが今のK国のおかれた現状である。

●破綻する国家経済

 K国の国家経済が破綻状態にあることは、もうだれの目にも疑いようがない。おまけに、今
(1月末)、伝染病が大流行している。加えて、食糧不足。燃料不足。電気もガスもない。

 もしあなたがK国の政府高官なら、どうするだろうか?

 金xxには、どこかの招待所(別荘)に、治療名目で、ひっこんでいてもらう。軟禁状態でもよ
い。しかしそれを公にすることはできない。表向きは、金xxの健在ぶりを、誇示する。

 その上で、金融制裁解除会議、つづいて、6か国協議に臨む。目的は、ただひとつ。核兵器
をちらつかせながら、莫大な援助金を手に入れること。

●金融制裁会議

 アメリカ政府は、解除派の国務省、制裁派の財務省と、まっ2つに分かれている。ヒルさん
は、国務省派。しかし今回、金融制裁会議を主導しているのは、財務省。もとから、制裁を解
除するつもりはない。

 財務省の目的は、K国による、にせ札作りをやめさせること。その原版を破棄させること。そ
れがかなわないかぎり、財務省は、そうは簡単に、制裁解除には、応じないだろう。また応ずる
必要もない。

 ただアメリカ政府(=ブッシュ政権)の意向を受けて、ある程度のお金については返還する可
能性はないとはいえない。すでにアメリカ政府は、サジをなげている。つまり、日本や韓国な
ど、どうなろうと知ったことか、と。

 アメリカの国益を最優先。その国益とは何かといえば、核兵器を廃棄させること。それだけ。
つまりそれさえかなえれば、あとは知ったことか、と。

●各国の思惑

 K国の思惑は、核兵器をちらつかせながら、より多くの援助を、他の5か国から引き出すこ
と。そのためのサル芝居というか、茶番劇をこれから繰り広げるはず。

 中国やロシアは、その援助を、K国を経て、自分のものにしたいはず。現在、K国は、4兆円
近い戦後補償費を、日本に支払うよう、中国に打診している。中国は、日本とK国を仲介しな
がら、その補償費を、自分のものにしようとしている。ロシアも同じ。

 韓国は、K国が、中国やロシアの一部になることをもっとも恐れている。だから「遅れまじ」と、
6か国協議では、何とか先頭に立とうとしている。が、そうは、うまくはいかない。

 さて日本だが、本音の本音を言えば、6か国協議など、もうどうでもよいといったところ。アメリ
カがサジを投げている今、6か国協議に、どれほどの意味があるというのか。

 仮にアメリカとK国が、相互不可侵条約的な平和条約でも結べば、そのときから、日本は、K
国の直接的な脅威に立たされることになる。K国は、日本に対して、したい放題のことをしてく
るだろう。言いたい放題のことを言ってくるだろう。

 日本は、それを一番、恐れている。わかりやすく言えば、アメリカに裏切られることを、何より
も、恐れている。

 で、そのアメリカだが、ブッシュ大統領の心境としては、「もうどうにでもなれ」といったところ
か。それについては、繰りかえしになるので、ここには、書かない。そうでなくても、中東問題だ
けで、頭がいっぱい!

●私の推察

 1月30日から開かれている、金融制裁解除会議は、K国側が、にせ札作りを認め、その原
版をアメリカ側に渡さないかぎり、お流れとなる。その可能性は、5分、5分。

 もしここで金融性解除会議が流れるようなことにでもなれば、(ブッシュは、そういう方向にも
っていこうとしているようだが……)、次回、2月8日から予定されている、6か国協議も流れ
る。

 今度は、アメリカが、6か国協議を、蹴飛ばす番である。そしてそのあとは、時間を待つ。時
間を稼ぐ。冒頭に書いたように、金xxの健康状態は、きわめて悪い。ここであせって、K国を助
けなくても、早晩、K国は、崩壊する。

 韓国や中国には困った話かもしれないが、つまりK国が崩壊するということは、困った話かも
しれないが、韓国はともかくも、中国が困るということは、そのまま、アメリカの国益につなが
る。韓国についても、すでにアメリカは、見放しつつある。

 だから今ごろは、ブッシュは、側近にこう言っているはず。

 「時間を稼げ」と。

 つまり6か国協議が開かれても、アメリカは牛歩戦術というか、ノラリクラリと対処するはず。
日本も、また同じ。すでにその兆候は、現在、北京で開かれている、金融制裁解除解除でも、
表れ始めている。
(以上、1月31日記)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1805)

【今朝・あれこれ】

++++++++++++++++++

今日から、2月。
2007年1月も、あっという間に
過ぎてしまった。

何かと、気ぜわしい、1か月だった。

++++++++++++++++++

●1月を振りかえって……

 母の介護をするようになって、1か月。当初は何かと忙しかったが、今は、すっかりなれた。な
れたというより、元通りの生活にもどった。

 正月休みの間、原稿書きは、低調だった。遊んでばかりいた。マガジンの原稿は、ほぼ1か
月前に書くことにしている。が、1月の中旬を過ぎても、2月号に入れなかった。本来なら、1月
の中旬には、2月の中旬に出すマガジンの原稿を書いていなければならない。それができなか
った。

 が、それ以後は、調子も、もどった。で、現在は、3月2日号の原稿を書いている。今日は、2
月1日だから、やっと追いついたということか。

 だれに頼まれたわけでもない。出しても、出さなくても、どうということはない。やめようと思え
ば、いつでもやめられる。しかし私は、書く。これは私自身との戦いでもある。ここでやめたら、
私の負け。1000号までは、何としても、つづける。

 で、そのマガジンだが、この3月2日号で、851号になる。1000号まで、残り149号。あと1
年と少し。がんばろう。がんばるぞ! そのあとのことは、考えていない。


●あぶなかった!

 数日前、いやなことがあった。詳しくは、書けない。

 そのときのこと。私は懸命に自分を抑えながら、その人と対峙した。たいしたことではなかっ
たが、私のプライドがズタズタにされるような事件だった。

 で、それはそれで終わったが、そのあと、奇妙な現象が起きた。

 自分の部屋に帰り、椅子に座ったとたん、左目まぶたの下が、痙攣(けいれん)を始めた。眼
球のうしろの三叉神経が、血管に圧迫されたためらしい。つまり、血圧が急激にあがった
(?)。

 もともとは低血圧ぎみの私が、である。体全体が、フワフワとした感じになった。私はあわて
て、精神安定剤を半錠、舌の先で溶かしてのんだ。

 これからは、注意しよう。低血圧ぎみだからよかったようなものの、もし私が高血圧ぎみだっ
たら、それが原因で、脳梗塞か、脳内出血を起こしていたかもしれない。ゾーッ!

 家に帰って、そのことをワイフに話すと、ワイフは、こう言った。「これからは、流れに任せて、
淡々と生きることね」と。

 そう、生きていること自体が、奇跡なのだ。それがわからなければ、天空に輝く、星々を見れ
ばよい。地球自体が、宇宙のゴミの、そのまたゴミのようなもの。そのゴミに、人間は、カビの
ように、へばりついて生きている。

 しかしただのカビではない。考えるカビである。そのうちの一匹が、「私」。それを奇跡と言わ
ずして、何と言う。

 もうくだらないことで、腹を立てるのはやめよう。なるようになる。なるようになれ。私は、今日
も懸命に生きる。それだけ。あとのことは、知らない。知る必要もない。そのときは、そのとき。
そのとき、考えればよい。

 賢明な人は、日々を、淡々と生きる。愚かな人は、取り越し苦労と、ヌカ喜びを繰りかえしな
がら、日々を、あたふたとしながら生きる。私は、そういう愚かな人にだけは、なりたくない。


●グチ

 子育てをしながら、グチばかりを並べる親がいる。「おしっこを漏らした」「(幼稚園の先生に)
苦情を言われた」「服をよごした」「約束を守らない」「参観日に行ってみると、居眠りをしてい
た」「友だちに体当たりをして、けがをさせるところだった」と。

 そういう親と、30分も話していると、こちらのほうが、気がヘンになる。私はそのつど、「何で
もない問題なのだがなあ」と思う。「どこの子どもも、同じようなものなのだがなあ」と思う。思う
が、それは言えない。その親は、その親なりに、懸命に(?)、子育てをしている。

 しかしグチはグチ。こういうグチを並べること自体、その人の知的レベルの低さを表す。その
前に、自分の子どもに対する愛情そのものに、問題がある。

 それぞれの人には、それぞれ、無数の(糸)がからんでいる。社会的糸、家族的糸、人間的
糸、文化的糸、肉体的糸、風習的糸などなど。そういう無数の(糸)がからんで、その人の進む
べき道を決める。

 それを「運命」という。

 その運命を感じたら、運命は、静かに受けいれる。さからってはいけない。抵抗してもいけな
い。運命は、運命。運命にさからうと、突然、悪魔が現れ、あなたに襲いかかる。容赦なく、あ
なたを苦しめる。

 しかし運命を笑えば、悪魔は、シッポを巻いて退散する。もともと、悪魔は小心。気が小さい。
臆病。

 子育ても、またしかり。

 「こんなはずはない」「まだ何とかなる」「あれが悪い」「これが悪い」と思っている間は、親に、
安穏たる日々は、やってこない。仮にひとつの問題が解決しても、また別の問題が起きてくる。
起きてくるのではなく、自分で、別の問題を作ってしまう。

 が、運命を運命として受けいれてしまえば、とたん、あなたのまわりの世界は、一変する。そ
のまま、あらゆる問題は、解決する。

 あとはみんなで仲よく、助けあい、知恵を出しあい、いっしょに前に進めばよい。

 そうそう、先日、「介護の会」なるものに、出席してみたときのこと。一人の女性(60歳くらい)
が、こう言っていた。

 「(介護をしている)母の部屋が、老人臭くてたまらない」
 「夜中に、シーツを小便で濡らす」
 「大便が、間にあわず、床を汚す」
 「夜中に、尿取りパットをはずしてしまう」
 「大食で困る」
 「デイサービスに行くのを、いやがることがある」
 「夜中に起こされる」
 「私の夫に申し訳ない」
 「補助金で手すりをつけることもできるが、今の家は、夫の家で、私の家ではない」
 「妹がいるが、何もしてくれない」などなど。

 まさにグチの洪水。私はその話を聞きながら、「要するに、この女性は、親の介護をしたくな
いのだ」と感じた。つまり、自分の運命を、自分の運命として、受けいれていない。しかしこれで
は、先にも書いたように、安穏たる日々はやってこない。

 むしろ、状況は悪化するだけ。その女性自身が心を病むのも、時間の問題。それが悪循環
となって、その女性は、ますます苦しむようになる。

 その母親は、85歳だそうだが、話を聞きながら、私は、「私の母より、まし」と思った。私の母
は、もっと、ひどい。ひどいが、「老人というのはそういうもの」という前提で考えれば、何でもな
い。

 たとえば私の家でも、老人臭が漂うになったが、そんなことは、換気扇をつければ、それで解
決するはず。だから近く、換気扇の工事をするつもり。工事といっても、そんな程度の工事な
ら、自分でできる。

 話はそれたが、グチほど、その人を見苦しくするものはない。それを聞くほうも、つらい。だか
らグチは、言わない。とくに言ってもしかたのない相手には、言わない。これは自分の人生を賢
く生きるための、重要なコツのひとつ。

【格言】●グチを口にしたら、自分の愚かさを、まず疑え。
    ●心のポケットにない相手に、グチをこぼすな。
    ●グチを聞いた相手は、必ず、それを酒の肴(さかな)にする。
    ●グチは、人間性の低さから発生する。
    ●グチを口にしても、問題は、何も解決しない。
    ●グチは、うつ病の初期症状。
    ●グチを並べる人は、相手にしない。それを聞くあなた自身も、レベルをさげる。
    ●グチを並べる人には、近づくな。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1806)

●誠司(孫)の就眠儀式(ベッド・タイム・ゲーム)

++++++++++++++++++

乳幼児には、毎晩、眠る前に、同じ儀式を
繰りかえすという習性がある。

これを、日本では「就眠儀式」という。
英語では、「ベッド・タイム・ゲーム」という。

誠司の就眠儀式について、二男がこんな
ことを書いている。

二男のBLOGより。

++++++++++++++++++

【次男のBLOGより】

誠司を寝かせるのはいつも僕の役割なのだけれど、子供の生活の中に、何かひとつでも「パ
パ」じゃなきゃだめっていうことがあるのは、とても嬉しい。子供って、ルーティーンが大切だっ
て言うけど、いつも誠司が寝るときのルーティーンは、カソリック教会の儀式顔負けの物と化し
てきている。以下が誠司の「儀式」。

8:45PM

パジャマに着替え、なぜかキャッチボールをする。これをしないと後の儀式へと移行できない。

8:55PM

歯磨き、おしっこ。

8:57PM

くまのぬいぐるみ、シッピーカップに入った牛乳、小さなおもちゃ(日替わり)を持ってベッドへ入
る。必ずこの3品。

8:58PM

2冊本を読む。一冊目は日替わりだが、2冊目は彼が2歳ぐらいの時から読んでい
る「Good Night Moon」という本。

9:05PM

「ふるさと」と「誠司の子守唄」を歌う。必ずこの二曲。

9:08PM

キス、そしていつもの決まり文句。「Keep the door open. Don't turn off the light(ナイトライトの
こと).」就寝。

……というのが彼の儀式。順番を間違えたり、きっちりこの手順どおりにやらないと、最悪の場
合一晩中ベッドで泣き叫ぶことになったりもする。原発を運転するがごとく、このルーティンをこ
なすのが、ポイントだ。子供っていうのはおもしろい。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司


●寝起きのよい子どもは安心

 子ども情緒は、寝起きをみて判断する。毎朝、すがすがしい表情で起きてくるようであれば、
よし。そうでなければ、就眠習慣のどこかに問題がないかをさぐってみる。とくに何らかの心の
問題があると、この寝起きの様子が、極端に乱れることが知られている。たとえば学校恐怖症
による不登校は、その前兆として、この寝起きの様子が乱れる。不自然にぐずる、熟睡できず
眠気がとれない、起きられないなど。

 子どもの睡眠で大切なのは、いわゆる「ベッド・タイム・ゲーム」。日本では「就眠儀式」ともい
う。子どもには眠りにつく前、毎晩同じことを繰り返すという習慣がある。それをベッド・タイム・
ゲームという。

このベッド・タイム・ゲームのしつけが悪いと、子どもは眠ることに恐怖心をいだいたりする。ま
ずいのは、子どもをベッドに追いやり、「寝なさい」と言って、無理やり電気を消してしまうような
行為。こういう乱暴な行為が日常化すると、ばあいによっては、情緒そのものが不安定になる
こともある。

 コツは、就寝時刻をしっかりと守り、毎晩同じことを繰り返すようにすること。ぬいぐるみを置
いてあげたり、本を読んであげるのもよい。スキンシップを大切にし、軽く抱いてあげたり、手で
たたいてあげる、歌を歌ってあげるのもよい。時間的に無理なら、カセットに声を録音して聞か
せるという方法もある。

また幼児のばあいは、夕食後から眠るまでの間、興奮性の強い遊びを避ける。できれば刺激
性の強いテレビ番組などは見せない。アニメのように動きの速い番組は、子どもの脳を覚醒さ
せる。そしてそれが子どもの熟睡を妨げる。ちなみに平均的な熟視時間(眠ってから起きるま
で)は、年中児で10時間15分。年長児で10時間である。最低でもその睡眠時間は確保す
る。

 日本人は、この「睡眠」を、安易に考えやすい。しかし『静かな眠りは、心の安定剤』と覚えて
おく。とくに乳幼児のばあいは、静かに眠って、静かに目覚めるという習慣を大切にする。今、
年中児でも、慢性的な睡眠不足の症状を示す子どもは、20〜30%はいる。日中、生彩のな
い顔つきで、あくびを繰り返すなど。興奮性と、愚鈍性が交互に現れ、キャッキャッと騒いだか
と思うと、今度は突然ぼんやりとしてしまうなど。(これに対して昼寝グセのある子どもは、スー
ッと眠ってしまうので、区別できる。)


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

【愛知県のR子さんより、はやし浩司へ】

こんにちは、先日は講演すごくよかったです。
ありがとうございました。
ホームページもとても充実していますね、びっくりしました。 先生が作ったのですか?

はっきりわかりました。
自分は「マズイ」ぞっと、思いました。
お話の中心は幼稚園に通う子どもの年齢だったのですが、
上の子は八歳で男、下の子は四歳で女です。
下の子は特に問題はないと思うのですが、
(上の子は)保育園の時からなんですけど嫌な事をいやと言わないみたいです。
だからたたかれたりしても、怒らないし、やり返したりしないみたいで、
保育園では年下の子には人気があったようですが
(なにしても怒らない優しい子だったようです)

園長先生にもこのままだといつか爆発するよ!っといわれました。
本人に聞いたこともあるのですが。(嫌な事されても言わないから)
「遊びだからいいんだ!」っと言っていて? 大人みたいっと思っていました。

家ではものすごくいやだーと泣くし妹とよく喧嘩をするし、
パパがあきれてうるさがるくらいの大声で泣きます。
でも、小学校に通ってもどうもたたかれたり、しているみたいで、
帽子のゴムをきられてしまったり、まあふざけているうちはいいんですけど、
エスカレートしたら困るなと思っています。

私が小学校の時に三、四年の頃いじめられていて本当にいやで、
先生にそれらの子と、別なクラスにして欲しいっとお手紙をだしたりしました。
クラスが変わってからは明るい人生でしたが、あの時のようになったら
困るなーと心配になります。

私が情緒不安定で怒りっぽいし、だから安心できなくって
どっしりとできないのかなぁーっと思いました。
人の顔色をうかがうように、上手い事を言ってくれるのもそうなのかぁー。
っと思いました。
それをやはり私が自覚して気をつけるようにしないとだめなんだなぁー
つくづく思いました。まったく
自分の母親やパパから、よくそこがあんたの悪い所だよ、よくないよっとは言われても
実際に私の悩みの答えがそこにあるとは思わなかったです。

「子供がおびえるようになるよ。」っと母に言われても
私は「?」なんで???
「だってイライラが爆発してしまうと、、、
子供が忙しい時にあーでもないコーでもないとなると。
爆発しちゃうもん。」「反省はしているけどさー。」って感じでしたが。。
先生の言っていることがあんまりにも当たっているのでびっくりでした。

大泣きをしている時、ママを求めてぶそくりながらもわざとキーキーないている時は
「わかっているから」っと言って抱きしめてあげるようにしてはいます。
でも忙しくって大半は
パパは「いいかげんにしろ」っと怒鳴るまでほって置いてしまいます。
あまえているのか、あまったれているのか?
いまだに赤ちゃんの火がついたように泣いている時
どうやった安心できるのかと思ってしまいます。

パパもD君を怒りすぎて悪かったっと思っています。
太陽のお母さんになりたいのですが、大地の母になりたいのですが、
現実はそうもいかず。反省
でもお話を聞く事はやっぱりいい事ですよね、知らない事いっぱいあるし
そうなんだ-っと思うことが出来たし。
今回ぎくっと特にしてしまったので、いきなり長いメールになってしまったのですが。

下の子は上の子を見ているのか甘え上手です。
両方ともとっても可愛くって大好きです。

「勉強は何故しないといけないの?」っといつも上の子に聞かれます。
「K子ばっかり遊んでいてずるい」っと
宿題をする時間より遊んでいたいから、だっと言っています。

私は「知ることは面白いよ、字が読めれば本人の好きなプラモデルが自分で作れるし、
恐竜の本も自分で読めるよ」とは言ってみても、わかんないっと言っています。
できたとかやれるようになった喜びをいっぱい感じて欲しいし、と思うのですが

私は勉強が嫌いで高校でもう勉強はまっぴらご免って感じでした。
二〇歳の頃仕事をしながら宅建の勉強をした時に覚える事が面白いと思いまして、
あーもっと前に気が付いてやっていたらなぁーっと思いました。

去年はパソコンの勉強を会社でさせてもらい、朝早起きをして勉強する一年でした。
教室が夜の六時から八時週二回だったので子どもたちが寂しかったかも?
でも充実していました。

大泣きをしている時いまさら恥ずかしいんだけど、どうしたらいいのでしょうか?
勉強は何故しないとっと聞かれた時の私の返事はマズイでしょうか?
夜寝る時には「D君が大好き、D君だーいじ、D君ちゃん大丈夫。ママや
パパがいるからね」っと、言っているのはかえって良くないのかしら?
安心できるかなぁっと思ってたまに言ったりするのですが、

学童保育に行っていてもどーも、いい子みたいでおとなしいようです。        
家ではくそババーとか言っているし、威勢はいいのに。
でもそれは私の情緒不安定が悪かったのには参りました。

今先生の講演を聴けたきっかけを忘れずにしようと思いました。
ありがとうございました。
パパにも聞かせてやりたかったなぁと思いました。
二人で聞けばもっとD君について話ができるから。

またメールします。

(愛知県T市・R子より)

+++++++++++++++++++++++

【R子さんへ、はやし浩司より】

 メールから浮かびあがってくるご家庭は、とてもすばらしいですね。どこか全体にほのぼのと
して、それでいて活気があって。R子さんの、生き生きしたママぶりが、目に浮かんできます。ま
ったく問題ないですよ。順にご質問について、考えてみます。

●いやなことを、『いや』と言わないこと……長男、長女は、総じてみれば、神経質な子育てを
してしまうため、その分、子どもも萎縮し、(あるいは無理をするため)、どうしても意思表示が
へたになります。いやなことがあっても、「いや」と、はっきり言うことができないわけです。しか
し「がまん強い子」と誤解してはいけません。このタイプの子どもは、ストレスを内にためやす
く、そしてその分だけ、心をゆがめやすくなります。ひねくれる、いじける、ぐずる、つっぱるなど
の症状があれば、要注意です。

 しかし一度、そういった行動パターンができると、なおすのは容易ではありません。ただしここ
で誤解していけないのは、そのパターンはだれに対しても、同じというのではありません。子ど
もは相手によって、パターンを変えますので、一部分だけをみて、それが子どものすべてと思っ
てはいけません。家の中で見せる様子と、友だちとの世界で見せる様子が、大きく違うというこ
とはよくあります。A君に見せるパターンと、B君に見せるパターンが、大きく違うということもよく
あります。

 だから一部だけを見て、「うちの子はダメ」とか、「心配だ」と思ってはいけません。もちろん威
圧的な過干渉や、神経質な過関心が日常化すると、子どもの心は内閉しますが、(あるいは反
対に粗放化することもあります)、そういうケースでは、全体に行動や言動が萎縮します。もし
そうなら、それは子どもの問題ではなく、親の問題だということです。

●「いつか爆発するよ」と言われたこと……多分、園長先生は、「ストレスがたまると、それが心
をゆがめ、それがあるとき臨界点を超えて、爆発することもある」という意味で言われたのだと
思います。

 一般に、ふつうでない家庭状況で育てられた子どもは、大きく分けてつぎの二つの経過をた
どります。ひとつは、そのままのパターンでおとなになるタイプ。もうひとつは、その途中で、ゆ
がんだ自分を、自ら、軌道修正しようとするタイプ、です。

 たとえば親の過干渉で、精神そのものが内閉したような子どものばあい、そのまま内閉した
ままおとなになるタイプと、その途中で、そうした自分を一度リシャッフルするタイプがあります。
リシャッフルといっても、ふつうのリシャッフルではありません。心に受けたキズが大きければ
大きいほど、あるいはあとになればなるほど、はげしいリシャフルのし方をします。はげしい暴
力をともなう家庭内騒動に発展することも珍しくありません。子どもの成長ということを考えるな
ら、一見、扱い方がたいへんなように見えるかもしれませんが、後者のほうが、好ましいという
ことになります。

 もちろんR子さんのケースがそうだと言っているのではありません。これも一般論ですが、幼
児教育の世界では、「いい子」ほど、心配な子どもなのです。親に向かって、「ババア」とか、「ク
ソババア、早く死んでしまえ」と言う子ども、あるいはそういうことが言える子どものほうが、正常
だということです。子どもの口が悪いことを、あまり深刻に悩まないこと。言いたいだけ言わせ
ながら、相手にしないようにします。相手は、子どもなのですから。

●イライラすることについて……約72%の母親が、子育てでイライラしています(日本女子社
会教育会・平成七年調査)。そのうち、7%は、「いつもイライラする」と答えています。だから、
ほとんどの母親は、子育てをしながら、イライラしていると考えて、まちがいないようです。R子
さんだけが、例外ではないということです。
 
 そこで大切なことは、そのイライラを、自分の範囲にとどめ、それを子どもにぶつけないこと。
……と言っても、子育てはいちいち考えてするものではありません。子育てはいわば、条件反
射のかたまりのようなものです。たいていの母親は、「頭の中ではわかっているのですが、いざ
その場になると、つい……」と言います。子育てというのは、そういうものです。あまり自分を責
めないように。子どもにも適応能力があるので、その能力を信じてください。情緒不安もある一
定の範囲なら、子どものほうがそういう親でも適応してしまいます。

 子育てをしていて、イライラしたら、子育てそのものから離れる方法を考えます。少し無責任
な言い方かもしれませんが、ときには、「なるようになれ!」と、子育てそのものから離れるよう
な「いいかげんさ」も大切だということです。またそのほうが、子どもも羽をのばすことができ、
かえって子どもの表情も明るくなります。

●「赤ちゃんが火がついたように怒る」について……かんしゃく発作が疑われます。時期的に
は、もうそろそろ落ちついてくるものと、思われます。自意識(自分の意思)で、コントロールす
るようになるからです。ただこのタイプの子どもは、興奮性だけは残りやすく、そのため年齢が
大きくなっても、緊張したりすると、声がうわずったり、反対におどおどしたりすることがありま
す。興奮させないように。食生活の面で、カルシウム分やマグネシウム分の食生活が、この時
期、たいへん効果的ですので、一度、ためしてみてください。

●甘えじょうず……心の開いている子どもは、甘えじょうずです。甘え方が自然で、親のほうが
やさしくしてあげると、そのやさしさが、スーッと子どもの心の中にしみていくのがわかります。R
子さんのお子さんは、「甘えじょうず」ということですので、心の問題はないとみます。このままス
キンシップを大切にして、お子さんたちが心を開いてきたら、それをいつもやさしく包んであげ
てください。一般に愛情豊かな家庭に育った子どもは、ぬいぐるみを見せたりすると、ほっとす
るようなやさしさを見せます。

●「どうして勉強しなければいけないの?」について……R子さんの答え方は、満点です。視線
がお子さんの目の高さにあるのが、よくわかります。コツは、言うべきことはしっかり言いながら
も、あとは「時」を待つということです。その場で、「わかんない」とか言って、反応がなくても、あ
せってはいけません。子どもと接するときのコツは、言うべきことは言いながらも、そのときは、
わからせようと思わないこと。

イギリスの格言に、『子どもの耳は長い』というのがあります。もともとの意味は、「子どもはおと
なのヒソヒソ話でも聞いてしまうから、注意しろ」という意味ですが、私は勝手に、「子どもの耳
は長く、耳に入ってから脳に届くまで時間がかかる」と解釈しています。参考にしてください。

●寝る前の愛情表現……心安らかな眠りは、子どもの情緒の安定のためには、とても重要で
す。欧米では、「ベッドタイムゲームの時間」として、たいへん大切にしています。日本でも就眠
儀式といいますが、子どもは毎晩、眠りにつく前、同じ行為を繰り返すという習性があります。

まずいのは、子どもをベッドへ無理に追い込み、電気を消してしまうような、乱暴な行為です。
子どもの情緒が不安定になることがあります。R子さんのやり方でよいと思います。概して言え
ば、日本人は、元来スキンシップの少ない民族です。遠慮せず、ポイント的に濃厚な愛情を表
現してみてください。ベタベタの愛情表現がよいわけではありません。要するに、子どもを安心
させるようなスキンシップを大切にします。

●「いい子みたいでおとなしいようです」について……内弁慶外幽霊というのですね。

 以上です。R子さんの子育てで、参考にしていただければ、うれしく思います。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 幼児
の就眠儀式 就眠儀式 ベッドタイムゲーム ベッド・タイム・ゲーム)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1807)

【自己実現】

++++++++++++++++++

かつて三男と同じ部屋に、K君という三男の
「部屋っ子」がいた。

「部屋っ子」というのは、寝食をともに
する仲間のことをいう。航空大学では、
2人1組で、同じ部屋に寝泊りする。

そのK君が、北海道の帯広分校で訓練中、
悪ふざけをしてしまった。そしてそれが
理由で、退学処分になってしまった。

ちょうど、今から1年前のことである。

++++++++++++++++++

●自己実現

 自分はこうあるべきだという概念を、「自己概念」という。一方、そこには、現実の自分がい
る。現実の自分を、「現実自己」という。

 たとえば、「私は、有名人になりたい。みなに、その力を認めてもらいたい」と、自分のあるべ
き姿を描く、その姿が、自己概念。しかし現実は、きびしい。だれからも相手にされず、またそ
の力もない。これが現実の自分。つまり現実自己。

 この自己概念と、現実自己が一致した状態を、「自己の同一性」(アイデンテティ)という。自
己が一致している人は、強い。見た目にも、安定している。わかりやすい例では、サッカーに夢
中になっている子どもがいる。その子どもは(サッカーをしたい)という思いを、(サッカーをして
いるという現実)と一致させている。

 このタイプの子どもは、どっしりとしている。落ちついている。

 が、何らかの理由で、この自己概念と現実自己が、不一致を起こすことがある。卑近な例と
して、不本意な結婚をした女性を例にあげてみよう。今流行の、(できちゃった婚)でもよい。
「結婚はしてみたものの……」という状態の女性である。

 このタイプの女性には、毎日の生活が苦痛でならない。夫と顔をあわせるのも、つらい。料理
をしていても、身が入らない。つまりその女性にしてみれば、自己概念と現実自己が、不一致
を起こしていることになる。

 そのため、精神状態は不安定。毎日が、一触即発。ささいなことで、夫婦喧嘩になることも多
い。

 そこで人は、(そして子どもでも)、自己概念と現実自己を一致さえようとする。自分があるべ
き姿に、自分を近づけようとする。そのプロセスを、「自己実現」という。

●K君

かつて三男と同室に、K君という三男の「部屋っ子」がいた。「部屋っ子」というのは、寝食をとも
にする仲間のことをいう。航空大学では、2人1組で、同じ部屋に寝泊りしながら、合宿生活を
する。

そのK君が、北海道の帯広分校で訓練中、悪ふざけをしてしまった。そしてそれが理由で、退
学処分になってしまった。

ちょうど、今から1年前のことである。

 そのときK君は、ボナンザという飛行機を、単独で操縦していた。飛行機というのは、空を飛
んでいるときは、自動車の運転よりも楽と言われている。広い海で、ボートを走らせるようなも
のかもしれない。

 そのときK君は、何を思ったか、カメラを手にすると操縦席を離れて、うしろの席に移動してし
まった。そしてそこから窓の外の景色を、そのカメラでパチパチと撮り始めた。

 が、そのとき、教官たちが乗った監視用の飛行機が、K君の乗った飛行機の、後方下から近
づいていた。万が一の事故に備えるためである。

 それにK君は気がつかなかった。同時に、ゆっくりとだが、K君の乗った飛行機は、大きな円
を描いて、コースから右にそれ始めた。「?」と思った教官の乗った飛行機が高度をあげてみ
ると、操縦席には、だれもいない。

 つまりそれが理由で、K君は、退学処分になってしまった。

●自己実現

 「サッカー選手になりたい」と思うのは、夢であり、希望である。そして努力に努力を重ねて、
その子どもが、プロのサッカー選手になったとする。

 単純に考えれば、その子どもは、ここでいう(自己概念)と(現実自己)を一致させたことにな
る。つまり自己の同一性を、確立したことになる。

 が、それで自己実現が、完成したということにはならない。自己実現とは、(結果)ではなく、あ
くまでも、そこに至る、(プロセス)をいう。自分が描いた像に向かって、まい進努力していく、そ
の姿をいう。

 わかりやすい例で考えると、好きで好きでたまらない男性と結婚したから、その女性が、それ
で自己の同一性を確立したということにはならない。結婚と同時に、また別の道がその前に現
れる。妊娠、出産、育児とつづくかもしれない。

 つまり自己実現は、目標を達することではなく、そのつど、自分の中に自己概念を描きなが
ら、それに向かって、前に進んでいくことをいう。自己実現に、ゴールはない。

●再びK君

 K君は、理事会の決定で、退学処分を受けることになった。そのときの様子を、息子は、自分
のBLOGの中で、つぎのように書いている。そのまま紹介する。

 『……最後に写真を撮ってくれと言うので、ファインダーを覗き込んだ。シャッターを押すまで
の瞬間、K太の笑顔が哀しみに沈んでいくのを見た。カメラを顔から離すと、もういつもの笑顔
にもどっていた。

 せめてもの餞別をと思い、みなでK太のパイロットシャツに寄せ書きをした。それを空港で冗
談交じりに渡すと、K太も冗談交じりに受け取る。その姿を、最後まで見届けられずに僕はうつ
むいてしまった。最後の言葉は、なぜいつもあんなにチープなのだろう。もっと何か気の利いた
ことは言えないのだろうか。初めて見る同期の涙を、今日はたくさん見た。

 部屋に帰ると、もうそこには誰もいない。本棚も机もベッドも、からっぽだ。自分の半分がなく
なってしまったように、身体の内側が寒い。K太のイスに座ってみた。ここからK太は、どんな風
に僕を見ていたのだろう。どんな苦しみと戦いながら、どんな夢を描きながら過ごしていたのだ
ろう。僕は3ヶ月間も一緒の部屋にいたのに、何も知らない。

 沖縄の太陽、K太。退学が決まってからの君は、ひどく落ち込んでいた。それを見るのが辛く
て、うまく話しかけることもできず、部屋を空ける時間が多くなった。後半3ヶ月の訓練は特に辛
かったが、部屋に帰るといつも笑顔でいれた。君のおかげで、乗り切ることができた。どんな誘
いにも嫌な顔ひとつせず乗ってくれたK太。それなのに僕は、君の姿を、最後までちゃんと見届
けることができなかった。

 二人で、たくさん新しいことを成し遂げたよね。ヘッドオンスタイルに、作曲に。ジュージャンに
お湯ジャン、二人で同時に曲を流したり、杯が乾くと「ドスン」したり、二人で作ったルールがこ
の部屋にはあふれている。本当に楽しかった。辛いなんて感じる暇を、二人して与えなかった。
僕とK太だからできたのかな。いや、違う。K太なら、誰とでもそうなれる。それは君の、他の人
にはない才能だ。今君は失意の底に沈んでいることだろう。ゆっくりでいい。少しずつ浮上して
いこう。少しずつ、自分のいい部分を再発見していこう。そしてまた、走り出そう。前へ進もう。
進んでほしい。

 君の分まで、僕は頑張らない。君の分は君の分だ。その報いも、すべて君のもの。もう一度
空の上で会おう。果たせなかった約束を果たそう。

 負けるな、頑張れ。』

●返り咲き

 K君は、そののち、どのように考え、どのように行動したかは、私にはわからない。しかしK君
には、K君の(自己概念)があった。そしてそれをあきらめなかった。自己概念に現実の自分を
近づける努力を怠らなかった。根性を忘れなかった。

 つぎの一文を読めば、読者のみなさんも、自己実現というものが、どういうものか、わかって
もらえるはず。

 息子の07年2月1日のBLOGには、こうある。

 『……おとといだったか、もと部屋っ子だったK太から、メールが入った。航大入試に合格し
た、という吉報であった。帯広の終了間際で退学を命ぜられた彼だが、その後再び航大受験
を決意し、文字通り0からのスタートを切った。どんな心境で、この10か月間を乗り越えてきた
のだろう。僕には想像することも出来ない。長く、険しい道だったに違いない。彼は辛そうな顔
一つ見せることなく、いつも笑顔で明るく接してくれた。そして、一度は失ってしまったパイロット
への切符を、再び手にした。その情熱に、僕は感動した。

 彼は航大至上、他に例を見ない学生となった。生きる伝説となった。それはまさに、奇跡。彼
のメールの最後に、「うかうかしていると、左席取っちゃうよ!」という一文があった。つまり、航
大を卒業するのは遅くなるかもしれないが、機長になるのは君たちよりも早いかもよ、という意
味。

彼の勢いなら、もしかしたらそれも可能かもしれない。彼は僕の系列の後輩になる。これから、
厳しくも楽しい航大生活をもう一度やり直せるのはうらやましく思う。心から、おめでとうと言い
たい。そして、お疲れさん。ちょっと回り道しちゃったけど、それがまた、K太の力の源になるは
ずだよ。頑張れ!

 ちなみに彼も、実は浜松出身。』と。

 K君は、再び、パイロットの道に返り咲いた。が、それで彼は、自己実現を完成させたわけで
はない。今度は、「左席(=機長席)を取る」と。つまり自己実現は、そのつど、そのプロセスの
途中でなされるもの。

 わかりやすく言えば、死ぬまで、私たちは常に、自己概念を描き、それに向けて、現実の自
分を一致させながら、生きていく。ゴールは、ない。つまりは、それが「生きる」ということにな
る。

 久々に、三男のBLOGを読んで、感動した。

 おめでとう、K君。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●6.4度!

+++++++++++++++++++++

今世紀(21世紀)末までに、地球の
平均気温は、6・4度も上昇するという。

それだけでも、人類のみならず、地球上の
あらゆる生物は、危機的状況を迎える。

が、それで気温上昇が止まるわけではない。
仮に今すぐ、人類があらゆる化石燃料の使用を
やめたとしても、その後、数百年にわたって、
気温は上昇しつづける。

地球の火星化は、SFの世界の話ではない。
すでに現実の話になりつつあると言ってもよい。

+++++++++++++++++++++

 今度、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第一作業部会が、つぎのような報
告をまとめた(2月1日)(日本時間2日朝)。『地球温暖化に関する最新の科学的知見を集約し
た第4次報告』というのが、それである。それによれば、

「20世紀半ば以降の地球の平均気温の上昇は、90%を超える確率で人為的な温室効果ガ
スの増加が主因だと評価。石油などの化石エネルギーに依存し、高度経済成長を維持したケ
ースでは、今世紀末の平均気温が、20世紀末に比べて、最大で6・4度、海面は最大58セン
チ上昇する」と。

 「6・4度」と聞いて、「何だ、それぽっちか」と思う人もいるかもしれない。しかしこれはとんでも
ない誤解。まちがい! 仮に地球気温が、1〜2度あがっただけで、世界各地で、気候の大変
動が起きる。不測の事態が、これまた不測の事態を生み、地球環境は、壊滅的なほどまで
に、大打撃を受ける。

 6・4度という数字は、まさに想像を絶する数字と考えてよい。とくに影響を受けるのが、中緯
度帯から、高緯度帯である。日本は、その中でも、中緯度帯にある。

 が、今世紀末には、その気温になるとしても、そこで気温上昇が止まるわけではない。仮に
今、この時点で、世界中の人たちがいっせいに、化石エネルギーの使用をやめたとしても、地
球の気温は、その後も、上昇しつづける。

 最終的には、地球の気温は、400度になると予想する科学者もいる。実際には、気温が40
度を超えるようになると、人類はもちろん、ありとあらゆる生物は、その時点で絶滅する。「6・4
度」という数字を、決して、あなどってはいけない。 

 また先の報告書によれば、海面も、最大58センチも上昇するという。もしそうなれば、日本
の海岸沿いの平野部のほとんどが、水没することになる。「堤防を高くすればいい」という意見
もあるかもしれないが、それには莫大な費用がかかる。それに仮にそのときはそれでよいとし
ても、海面の上昇にしても、それで止まるわけではない。

 気温上昇により、海水が膨張する。これがこわい。さらに気温があがれば、海水は、水蒸気
化し、厚い雲となって、地球を包むようになる。地上は日光のささない、不毛の地と化す……。

 よいことは、何もない。ないが、ゆいいつ救いなのは、この日本は、本当にラッキーな国だと
いうこと。四方を海に囲まれ、北から南まで、3000メートル級の山脈がつらぬいている。

 この地質的な特徴が理由で、この地球上でも、最後の最後まで生き残る国が、この日本とい
うことになる。現在、すでに世界各地で、水不足が深刻な問題となっている。世界の人口の3分
の1が、水不足状態にあるとされる。が、当面、この日本には、それもない。仮に日本の気候
が、現在の東南アジア並みになったところで、それで人が住めなくなるというわけでもない。

 が、それにしても、6・4度とは! つい先日まで、1〜2度と予測されていたはず。それが一
気に、3倍近くにまで数字があがってしまった。へたをすれば、10度になるかもしれない。また
今の状況をみると、それも、決してありえない話ではない。

 私は、人類がそれによって滅ぶことになっても、それはそれでしかたのないことだと思う。人
類は、あまりにも、自分勝手なことをしすぎた。しかし問題は、滅ぶことではなく、その過程で、
人類が、まさに地獄絵図を経験するだろうということ。

 わずかな水を奪いあって、戦争をするようになるかもしれない。道徳や倫理は崩壊し、醜悪な
争いを繰りかえすようになるかもしれない。そこはまさに「地獄」。私は、むしろ、そちらのほう
を、恐れる。

 残された時間は、あまりにも少ない。さあ、みんな、いっしょに考え、いっしょに賢くなろう。そ
れしか、人類の未来を救う方法はない!


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

【今朝、あれこれ】

●定年

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同窓生たちは、今、みな、いっせいに、
定年退職を迎えつつある。

私には定年退職はないと思っていた。しかし
私も、何を隠そう、その定年になりつつ
ある。定年退職を迎えつつある。

私はそうでないと思っても、親や、子どもたちは、
それを認めてくれない。

私は、ジジイ。どうしようもない、ジジイ。
親も子どもたちも、若い先生を
求めて、私から去っていく。

+++++++++++++++++

 現在、電子マガジンを発行している。Eマガ(無料版、2誌)、メルマガ(無料版、簡略版)、そ
れにまぐプレ(有料版)の、計4誌である。

 最近の私の楽しみは、読者が、少しずつでもふえていくこと。それが私の生きがいにもなって
いる。しかしそれほど、ふえるわけではない。1年間に、300〜320人。その程度。実際には、
アドレスの変更などで、ダブって購読している人も多いはず。だから、読者数は、減っているか
もしれない。

 その電子マガジンにしても、「こんなことをしていて、何になるのだろう」という疑問との戦い。
毎日が、その連続。

 「読者が1000人になれば、何かいいことがあるかもしれない」と思っていた。しかし何も、起
こらなかった。

 つぎに「読者が2000人になれば、何かいいことがあるかもしれない」と思っていた。しかし、
そのときも、何も、起こらなかった。

 今は、3000人をめざしてがんばっている。が、読者が3000人になっても、やはり、何も起
こらないだろう。4000人になっても、5000人になっても、何も起こらないだろう。

 電子の世界というのは、そういうもの。「モノ」としての実感がともなわない。だから「動き」がな
い。動きがないから、世間に、波風を立てるということもない。タダの収入にも、つながらない。
道楽。結局は、そういう状態で、終わってしまう。

 で、それに加えて、私も、ジジイの仲間に入った。私がいくら「私はちがう」と叫んでも、親や、
子どもたちの耳には、それは届かない。私には、親や子どもたちが、私をどう見ているかが、
わかる。私は、ただのジジイ。

 昨夜も、ワイフとこんな会話をした。

私「こうして59歳まで、よくもまあ、無事に仕事ができたものだと、自分でも不思議に思うことが
多い。これという病気もしなかった」
ワ「そうね、定年退職の年だから……」
私「でも、ぼくは、負けた。もう勝ち目はない……」
ワ「いいのよ、あなたは、あなたで、じゅうぶん、がんばったわ」
私「ぼくの年齢では、若い親たちは、ぼくに子どもたちを任せてくれない」
ワ「いいじゃない、そうなれば、そうなったときよ」

私「ぼくは、休んでいていいか?」
ワ「休めばいいのよ。もっと休みを多くして、遊べばいいのよ」
私「迷惑じゃ、ないか?」
ワ「何が?」
私「だって、ぼくが一日中、家の中でゴロゴロしていたら、お前にも、目ざわりだろ? じゃまじ
ゃ、ないか?」
ワ「そんなことないわよ。私は、あなたといっしょにいると、楽しいわ」

私「本当か?」
ワ「本当よ。だから休みを多くして、いっしょに、旅行しようよ。あちこちへ行こうよ」
私「うん……」
ワ「私には、あなたしか、いないのよ。あなたといっしょに、世界中を回りたいわ。オーストラリア
にも行きたいわ」
私「うん……」と。

 そのとき、細い涙が、頬を伝って下に落ちた。私は、それをワイフに見られないように、手でさ
っとふいた。

 来年のX月には、ワイフをオーストラリアへ連れていくつもり。私が、この37年間、いちばん
大切にしていたものを、ワイフに見せてやるつもり。できれば、息子の操縦する飛行機で行き
たい。その決心は、できた。

 晃子へ、ありがとう! 今のぼくを支えてくれるのは、お前のやさしさだけでしかない。本当
に、ありがとう!


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

【小ズルイ日本人】

●ある表彰式での珍事

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どこかの県の、どこかの団体で、
このほど、ある表彰式が行われた。

その表彰式でのこと。

たまたま最優秀賞(県知事賞)に選ばれた
中2の女子が、何かの理由で、式に欠席。
出席できなかった。

が、ここからが、珍事!

どこかの県の県知事よ、
どこかの団体の主催者よ、
恥を知れ!

主催者側は、表彰式に、その中2の
女子とは、縁もゆかりもない、
また面識もない、まったくの別人の女子を立て、
替え玉表彰式を行った(07年1月)。

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 どこかの県……といっても、この静岡県のことだが、この静岡県のある団体(=○○連盟)
が、先日、ある会場で、表彰式を行った。最優秀賞は、県知事賞。その県知事賞に、Y市に住
む、ある女子(中2)の作品が選ばれた。

 名誉ある賞である。

 その表彰式での珍事。まさに珍事。

 その女子の名前を、IYさんとしておく。そのIYさんが、何らかの事情で、その表彰式に出席で
きなかった。それはそれでしかたのないこと。が、ここからが、とんでもない話!

 団体側は、それではまずいと判断したのだろう。同じ日本人だから、その心情は、わからぬ
わけではない。が、である。団体側は、あろうことか、まったくの別人を代理に立て、その表彰
式を行った。わかりやすく言えば、替え玉表彰式。ただの替え玉表彰式ではない。

替え玉として表彰式で表彰されたのは、IYさんとは、縁もゆかりもない、まったくの別人。IYさん
が、代理を依頼した人でもない。もちろん、それまでに面識があった女子でもない。

 この表彰式に驚いたのが、同じくその表彰式に出席していた、父母の人たち。IYさんを個人
的によく知る人も、多くいた。

 この替え玉表彰式で、いちばんキスついたのが、ほかならぬIYさん自身。事情をよく知る人
の話では、「もう、○○道をやめよう」とさえ漏らしているという。わかるか、団体のみなさん? 
あなたがたのインチキで、今、一人の女子が、大きくキズついている。それまで何年もかけて
やってきた、○○道の練習を、やめようとしている。あなたがたにとっては、ささいなインチキか
もしれないが、子どもの世界では、そういうインチキは、通用しない。

 IYさんが、出席していなかったら、それはそれでしかたのないことではないか。正直に、「今日
は、事情により、IYさんは、出席できませんでした」とか、何とか言って、式をすませればよかっ
た。またそうであっても、何も、団体のメンツをつぶしたことにはならない。

 日本人は、こういう式では、形やかっこうばかりを、重んじる。江戸時代、あるいはそれ以前
からつづいている悪習のひとつである。そして、その一方で、「正直である」ことを、犠牲にして
いる。もっといえば、「あるがままに生きる」ということを、犠牲にしている。

 こういう例は、多い。いまだにこの日本中に、亡霊のようになって、はびこっている。結婚式に
しても、はたまた葬式にしても、見栄とメンツの張りあい。そうでない式もふえてきたが、ほとん
どがそうではないかと言えるほど、まだ多い。中には、替え玉親族を立てて、結婚式や葬式を
行う人もいる。またそういう替え玉を用意するサービス会社も、現実にある!

 (こういうのも人材派遣というのか?)

 が、今回の替え玉表彰式は、子どもの世界で起きた。IYさんをだましただけでは、すまない。
会場にいた、多くの父母たちをもだましたことになる。もっと言えば、これほどまでに、県知事賞
なるものをけがす行為もない。

 繰りかえすが、私たち日本人に欠ける道徳性とは何かと聞かれれば、それは「正直」。欧米
では、親は、子どものときから、子どもに、「正直でいなさい(Be honest.)」と徹底的に教え
こんでいる。かたやこの日本では、子どもに向かって、「正直でいなさい」と教えている親を、私
は、見たことがない。聞いたこともない。

 むしろ事実は逆で、他人と争って角を立てるよりは、ナーナーで生きなさいと、親は教える
(?)。親自身も、そう思っている。

++++++++++++++++++

ここまで書いて、「飛騨の昼茶漬け」の
話を思い出した。

その原稿を添付します。

++++++++++++++++++

●あなたは裁判官

(ケース)Aさん(40歳女性)は、Bさん(45歳女性)を、「いやな人だ」と言う。理由を聞くと、こう
言った。

AさんがBさんの家に遊びに行ったときのこと。Bさんの夫が、「食事をしていきなさい」と誘った
という。そこでAさんが、「食べてきたところです」と言って断ったところ、Bさんの夫がBさんに向
かって、「おい、B(呼び捨て)!、すぐ食事の用意をしろ」と言ったという。

それに対して、Bさんが夫に対して、家の奥のほうで、「今、食べてきたと言っておられるじゃな
い!」と反論したという。それを聞いて、AさんはBさんに対して不愉快に思ったというのだ。

(考察)まずAさんの言い分。「私の聞こえるところで、Bさんはあんなこと言うべきではない」「B
さんは、夫に従うべきだ」と。Bさんの言い分は聞いていないので、わからないが、Bさんは正直
な人だ。自分を飾ったり、偽ったしないタイプの人だ。だからストレートにAさんの言葉を受けと
めた。

一方、Bさんの夫は、昔からの飛騨人。飛騨地方では、「食事をしていかないか?」があいさつ
言葉になっている。しかしそれはあくまでもあいさつ。本気で食事に誘うわけではない。相手が
断るのを前提に、そう言って、食事に誘う。

そのとき大切なことは、誘われたほうは、あいまいな断り方をしてはいけない。あいまいな断り
方をすると、かえって誘ったほうが困ってしまう。飛騨地方には昔から、「飛騨の昼茶漬け」とい
う言葉がある。昼食は簡単にすますという習慣である。

恐らくAさんは食事を断ったにせよ、どこかあいまいな言い方をしたに違いない。「出してもらえ
るなら、食べてもいい」というような言い方だったかもしれない。それでそういう事件になった?

(判断)このケースを聞いて、まず私が「?」と思ったことは、Bさんの夫が、Bさんに向かって、
「おい、B(呼び捨て)!、すぐ食事の用意をしろ」と言ったところ。そういう習慣のある家庭では
何でもない会話のように聞こえるかもしれないが、少なくとも私はそういう言い方はしない。

私ならまず女房に、相談する。そしてその上で、「食事を出してやってくれないか」と聞く。ある
いはどうしてもということであれば、私は自分で用意する。いきなり「すぐ食事の用意をしろ」
は、ない。

つぎに気になったのは、言葉どおりとったBさんに対して、Aさんが不愉快に思ったところ。Aさ
んは「妻は夫に従うべきだ」と言う。つまり女性であるAさんが、自ら、「男尊女卑思想」を受け
入れてしまっている! 本来ならそういう傲慢な「男」に対して、女性の立場から反発しなけれ
ばならないAさんが、むしろBさんを責めている! 女性は夫の奴隷ではない!

私はAさんの話を聞きながら、「うんうん」と返事するだけで精一杯だった。内心では反発を覚
えながらも、Aさんを説得するのは、不可能だとさえ感じた。基本的な部分で、思想の違いを感
じたからだ。さて、あなたならこのケースをどう考えるだろうか。
(はやし浩司 都会 田舎 意識の違い)

+++++++++++++++

同じような原稿ですが、
別の機会に書いたものです。

+++++++++++++++

●飛騨の昼茶漬け

 日本人は、本当にウソがうまい。日常的にウソをつく。たとえば岐阜県の飛騨地方には、『飛
騨の昼茶漬け』という言葉がある。あのあたりでは、昼食を軽くすますという風習がある。しかし
道でだれかと行きかうと、こんなあいさつをする。

 「こんにちは! うちで昼飯(ひるめし)でも食べていきませんか?」
 「いえ、結構です。今、食べてきたところですから」
 「ああ、そうですか。では、失礼します」と。

 このとき昼飯に誘ったほうは、本気で誘ったのではない。相手が断るのを承知の上で、誘う。
そして断るほうも、これまたウソを言う。おなかがすいていても、「食べてきたところです」と答え
る。

この段階で、「そうですか、では、昼飯をごちそうになりましょうか」などと言おうものなら、さあ、
大変! 何といっても、茶漬けしか食べない地方である。まさか昼飯に茶漬けを出すわけにも
いかない。

 こうした会話は、いろいろな場面に残っている。ひょっとしたら、あなたも日常的に使っている
かもしれない。日本では、正直に自分を表現するよりも、その場、その場を、うまくごまかして先
へ逃げるほうが、美徳とされる。ことを荒だてたり、角をたてるのを嫌う。何といっても、聖徳太
子の時代から、『和を以(も)って、貴(とうと)しと為(な)す』というお国がらである。

 こうした傾向は、子どもの世界にもしっかりと入りこんでいる。そしてそれが日本人の国民性
をつくりあげている。私にも、こんな苦い経験がある。

 ある日、大学で、一人の友人が私を昼食に誘ってくれた。オーストラリアのメルボルン大学に
いたときのことである。私はそのときとっさに、相手の気分を悪くしてはいけないと思い、断るつ
もりで、「先ほど、食べたばかりだ」と言ってしまった。で、そのあと、別の友人たちといっしょ
に、昼食を食べた。そこを、先の友人に見つかってしまった。

 日本でも、そういう場面はよくあるが、そのときその友人は、日本人の私には考えられないほ
ど、激怒した。「どうして、君は、ぼくにウソをついたのか!」と。私はそう怒鳴られながら、ウソ
について、日本人とオーストラリア人とでは、寛容度がまったく違うということを思い知らされ
た。

 本来なら、どんな場面でも、不正を見たら、「それはダメだ」と言わなければならない。しかし
日本人は、それをしない。しないばかりか、先にも書いたように、「あわよくば自分も」と考える。
そしてこういうズルさが、積もりに積もって、日本人の国民性をつくる。それがよいことなのか、
悪いことなのかと言えば、悪いに決まっている。

++++++++++++++++++

 さあ、あなたも正直に生きよう! あるがままをさらけ出しながら、生きよう! 世間体? 見
栄? メンツ? 「恥」? ……もう、そんなものと決別して生きよう。

 その第一歩として、先に書いた表彰式を笑おう。笑って、自分の心の中から、ウソを消そう。
ハハハ! バカめ!


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●恥の文化

++++++++++++++++

「恥」を、ことさら美化する人たちが
ふえてきた。

「恥こそ、日本人の美徳である」と。

++++++++++++++++

親が子どもをだますとき 

●世間体を気にする人

 夫が入院したとき、「恥ずかしいから」という理由(?)で、その夫(57歳)を病院から連れ出し
てしまった妻(51歳)がいた。

あるいは死ぬまで、「店をたたむのは恥ずかしい」と言って、小さな雑貨店をがんばり続けた女
性(85歳)もいた。(85歳だぞ!)

気持はわからないわけではないが、しかし人は「恥」を気にすると、常識はずれの行動をとるよ
うになる。S氏(81歳)もそうだ。隣の家に「助けてくれ」と電話をかけてきた。そこで隣人がか
けつけてみると、S氏は受話器をもったまま玄関先で倒れていた。

隣人が「救急車を呼びましょうか」と声をかけると、S氏はこう言ったという。「近所に恥ずかしい
から、どうかそれだけはやめてくれ!」と。

●日本の文化は、恥の文化?

 恥にも二種類ある。世間体を気にする恥。それに自分に対する恥である。

日本人は、世間体をひどく気にする反面、自分への恥には甘い。それはそれとして世間体を
気にする人には、独特の価値観がある。相対的価値観というべきもので、自分の生きざます
ら、いつも他人と比較しながら決める。そしてその結果、周囲の人よりよい生活であれば安心
し、そうでなければ不安になる。それだけではない。

こういう尺度をもつ人は、自分よりよい生活をしている人をねたみ、そうでない人をさげすむ。
が、そのさげすんだ分だけ、結局は自分で自分のクビをしめることになる。

先の雑貨点を営んでいた女性は、それまで近所で店をたたんだ仲間を、さんざん悪く言ってき
た。「バチがあたったからだ」「あわれなもんだ」とか。また救急車を拒否したS氏も、自分より
先に死んでいった人たちを、「人間は長生きしたものが勝ち」と、いつも笑っていた。

●息子の土地を無断で転売

 こうした価値観は、そのまま子育てにも反映される。子育てそのものが、世間体を気にしたも
のになる。当然、子どものとらえ方も、常識とは違ってくる。子どもが、その世間体を飾る道具
に利用されることも多い。たとえばYさん(70歳女性)がそうだ。

Yさんは言葉巧みに息子(42歳)から土地の権利書を取りあげると、それをそのまま息子に無
断で、転売してしまった。が、Yさんには罪の意識はない。息子が抗議すると、「先祖を守るた
めに親が子どもの財産を使って、どこが悪い」と言ったという。「先祖を守るのは子どもの義務
だ」とも。

Yさんがいう「先祖」というのは、世間体をいう。もちろんそれで親子の縁は切れた。息子はこう
言う。「母でなければ、訴えています」と。ふつうに考えればYさんのした行動は、おかしい。お
かしいが、価値観がズレている人には、それがわからない。が、これだけは言える。

 恥だの世間体だのと言っている人は、他人の目の中で人生を生きるようなもの。せっかくの、
それもたった一度しかない人生を、ムダにすることにもなりかねない。が、同時に、それも皮肉
なことに、他人から見て、それほど見苦しい人生もない。

(補記)

 世間体を気にする恥を、「外に向う恥」とするなら、自分に対する恥は、「内に向う恥」というこ
とになる。

 外に向う恥が、いかに、愚劣なものであるかは別として、大切なことは、自分に対する恥を忘
れないこと。他人が見ているとか、見ていないとか、あるいは他人が気がついているとか、いな
いとか、そういうことは、関係ない。

 先の原稿(=「ある表彰式での珍事」)の中で、私は、「恥を知れ」と書いたが、それは自分自
身に対する恥のことをいう。どうか、誤解のないように。



Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

(教育者の美談)

++++++++++++++++

教育者は、美談が、お好き。
美談で自分を飾る。
飾って、自分をことさら、
立派な人物と、演出する。

この種の美談には、じゅうぶん、
ご注意!

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●どこかおかしい美談

 美しい話だが、よく考えてみるとおかしいというような話は、教育の世界には多い。こんな話
がある。

 あるテレビタレント(現在、国会議員)がアフリカへ行ったときのこと。物乞いの子どもがその
人のところにやってきて、「あなたの持っているペンをくれ」と頼んだという。理由を聞くと、「ぼく
はそのペンで勉強をして、この国を救う立派な人間になりたい」(※)と。

そのタレントは、感きわまった様子で、ほとんど涙ながらにこの話をしていた(2000年夏、H市
での教育講演)。

しかしこの話はどこかおかしい。だいたい「国を救う」という高邁な精神を持っている子どもが、
「ペンをくれ」などと物乞いなどするだろうか。仮にペンを手に入れたとしても、インクの補充は
どうするのか。「だから日本の子どもたちよ、豊かであることに感謝せよ」ということを、そのタレ
ントは言いたかったのだろうが、この話はどこか不自然である。こんな事実もある。

●日本の学用品は使えない?

22年ほど前のこと。S国からの留学生が帰国に先立って、「母国の子どもたちに学用品を持っ
て帰りたい」と言いだした。最初は一部の教師たちの間の小さな運動だったが、この話はテレ
ビや新聞に取りあげられ、ついで県をあげての支援運動となった。そしてその結果だが、何とト
ラック一杯分のカバンやノート、筆記用具や本が集まったという。

 で、その1年後、その学用品がどう使われているか、2人の教師が現地まで見に行った。が、
大半の学用品はその留学生が持ち逃げ。残った文房具もほとんどが手つかずのまま、学校の
倉庫に眠っていたという。

理由を聞くと、その学校の先生はこう言った。「父親の1日の給料よりも高価なノートや鉛筆
を、どうして子どもに渡せますか」と。「石版にチョークのほうが、使いやすいです」とも。そういう
話なら私にもわかるが、「国を救う立派な人間になりたい」とは?

 そうそう似たような話だが、昔、『いっぱいのかけそば』という話もあった。しかしこの話もおか
しい。貧しい親子が、1杯のかけそばを分けあって食べたという、あの話である。国会でも取り
あげられ、その後、映画にもなった。

しかし私がその場にいた親なら、そばには箸をつけない。「私はいいから、お前たちだけで食
べろ」と言って、週刊誌でも読んでいる。私には私の生きる誇りというものがある。その誇りを
捨てたら、私はおしまい。親としての私もおしまい。またこんな話も……。

●「ぼくのために負けてくれ」

 運動会でのこと。これから50メートル走というときのこと。横に並んだB君(小2)が、A君にこ
う言った。「お願いだから、ぼくのために負けてくれ。でないと、ぼくはママに叱られる」と。そこ
でA君は最初はB君のうしろを走ったが、わざと負ければ、かえってB君のためにならないと思
い、とちゅうから本気で走ってB君を追い抜き、B君に勝った、と。

ある著名な大学教授が、ある雑誌の巻頭で披露していた話だが、この話は、視点そのものが
おかしい。その教育者は、2人の会話をどうやって知ったというのだろうか。それに教えたこと
のある人ならすぐわかるが、こういう高度な判断能力は、まだ小学2年生には、ない。仮にあっ
たとしても、あの騒々しい運動会で、どうやってそれができたというのだろうか。さらに、こんな
話も……。

●子どもたちは何をしていたか?

 ある小学校教師が1時間目の授業に顔を出したときのこと。小学1年生の生徒たちが、「先
生の顔はおかしい」と言った。そこでその教師が鏡を見ると、確かにへんな顔をしていた。原因
は、その前の職員会議だった。その会議で不愉快な思いをしたのが、そのまま顔に出ていた。

そこでその教師は、30分間ほど、近くのたんぼのあぜ道を歩いて気分を取りなおし、そして再
び授業に臨んだという。その教師は、「そういうことまでして、私は子どもたちの前に立つときは
心を整えた」とテレビで話していたが、この話もおかしい。

その30分間だが、子どもたちはどこで何をしていたというのだろうか。その教師の話だと、そ
の教師は子どもたちを教室に残したまま散歩に行ったということになるのだが……? あるい
は授業放棄?

 教育を語る者は、いつも美しい話をしたがる。しかしその美しい話には、じゅうぶん注意した
らよい。こうした美しい話のほとんどは、ウソか作り話。中身のない教育者ほど、こうした美しい
話で自分の説話を飾りたがる。

……「立派な社会人思想」は日本のお家芸だが、隣の中国では、今「立派な国民思想」がもて
はやされている。親も教師も、子どもに向ってさかんに「立派な国民になれ」と教えている(北京
第33中学校教師談)。

それはさておき、そのタレントは、「その子どもは立派な人間になりたいと言った」と話したが、
その発想そのものがまさに日本的である。英語には「立派な」にあたる単語すらない。

あえて言えば「splendid, fine, noble」(三省堂JRコンサイス和英辞典)だが、ふつうそういう単語
は、こういう会話では使わない。別の意味になってしまう。一体その物乞いの子どもは、そのタ
レントに何と言ったのか。この点からも、そのタレントの話は、ウソと断言してよい。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

●「女性は、子どもを産む機械」vs「田舎者は、イチコロよ」

++++++++++++++++++

私の地元選出の、柳沢伯夫厚生労働相のした発言が、
今、問題になっている。

柳沢伯夫国会議員は、ある会場で、「女性は、子ども
を産む機械」と発言した。

ならば問うが、同じく私の地元選出の片山さつき国会議員の
「田舎者」「イチコロ」発言は、どうして中央で、問題に
ならないのか?

++++++++++++++++++

 06年の8月。先の衆議院議員選挙(05年8月)が終わって、ちょうど1年半になる。同じ自民
党の城内実氏を僅差で破って、衆議院議員になった。それが片山さつき氏である。城内実氏
は、郵政民営化に反対して、K首相の反感をくらった。

 つまり片山さつき氏は、城内実氏をたたき落とすために、中央から送り込まれた、刺客という
ことになる。片山さつき氏は、財務省主計局主計官(防衛担当)を退官し、静岡県7区から立候
補した。

 私が住む、この選挙区で、である。

 その片山さつき氏について、倉田真由美氏(マンガ家)が、こんな記事を書いている(以下、
原文のまま。雑誌「諸君」・05年11月号・P87)。

 『……片山さつきさんの地元代議士への土下座は、毒々しさすら漂っていた。謝罪ではない、
媚(こび)の土下座は見苦しいし、世間からズレている。未だに「ミス東大→財務省キャリア」と
いう自意識に浸(つ)かり、「謙虚」のケの字もわからないまま、「私が土下座なんてしたら、この
辺の田舎者は、イチコロよ」と高を括(くく)る。

 そうしたバランス感覚の欠如も、いくら揶揄(やゆ)されても変えない髪型や化粧も、自分が客
観視できない、強すぎる主観の表れだ。

 「私いいオンナだから、これでいいの」という思い込みに対して、周りの人間も、もはやお手上
げなのだろう』と。

 この記事の中で、とくに気になったのは、「私が土下座なんてしたら、この辺の田舎者は、イ
チコロよ」という部分である。本当にそう言ったかどうかは、この記事を書いた、倉田真由美氏
に責任を取ってもらうことにして、これほど、頭にカチンときた記事はない。

 片山さつき氏が、どこかの席で、土下座をして、「当選させてほしい」と頼んだという話は、当
時、私も耳にしたことがある。しかしそのあと、東京に戻って、「私が土下座なんてしたら、この
辺の田舎者は、イチコロよ」と話した部分については、私は知らなかった。

 何が、「田舎者」だ! 「イチコロ」とは何だ! しかしこれほど、選挙民をバカにした発言はな
い。民主主義そのものを否定した発言はない。そういうタイプの女性ではないかとは疑ってい
たが、片山さつき氏は、まさにその通りの女性だった。

 私たちが、田舎者? ならば聞くが、いまだにあちこちに張ってある、あのポスターは何か?
 あれが都会人の顔か? あれが元ミス東大の顔か? 笑わせるな!

 もしこれらの発言が事実とするなら、私は片山さつき氏を許さない。片山さつき氏は、まさに
選挙のために地元へやってきて、私たち選挙民を利用しただけ。しかも利用するだけ利用して
おきながら、その私たちを、「田舎者」とは!

 そして先の選挙からちょうど1年半になるが、片山さつき氏が、この1年半の間、この地元に
帰ってきて、何かをしたという話を、私は、まったく知らない。念のためワイフにも聞いてみた
が、ワイフも、「知らない」と言った。ワイフの知人も、「知らない」と言った。少なくとも、片山さつ
き氏が、私たち民衆レベルの段階までおりてきて、何かをしたという話は聞いたことがない。

 つまり、片山さつき氏は、選挙のために、私たちを利用しただけ。もっとはっきり言えば、自
己の名聞名利のために、私たちを利用しただけ。

 しかしこれがはたして、民主主義と言えるのか? こんな民主主義が、この日本で、まかり通
ってよいのか?

 それはそれとして、つまりこの際、民主主義の話はさておき、この「土下座」「田舎者」「イチコ
ロ」発言は、何か? どう理解したらよいのか? この発言にくらべたら、柳沢伯夫厚生労働相
の「女性は、子どもを産む機械」発言など、かわいいもの。許せないが、「愚かな発言」という程
度で、処理できる。が、「子どもを産む機械」発言は、今、大問題になっている。柳沢伯夫厚生
労働相の不信任決議案問題から、さらに内閣不信任問題へと発展している。

 が、片山さつき氏の問題は、そのままウヤムヤにされてしまった! なぜか? 多分、国会
議員の多くも、内心では、同じように考えているためではないか。「地方の田舎者どもは、土下
座でもしてやれば、みな、イチコロよ」と。

 ならば片山さつき氏を候補者にもつ私たち地元の有権者が、この問題に決着をつけなけれ
ばならない。片山さつき氏は、まさに私の選挙区から出た国会議員である。

 さて、現在は、あのピンク系のポスターに変わり、安倍総理大臣と仲よく握手をかわしている
ポスターが、通りにズラリと並んでいる。私はあの顔を見るたびに、こう思う。「あの目から見れ
ば、私たちは、田舎者なのだなあ」と。

(付記)

 土下座という、実に日本的な謝罪方法(懇願方法)が、いまだに、この日本に残っていること
自体、不思議な感じがする。だいたい、土下座をする人に、本物はいない。その人に一片のプ
ライド(自尊心)が残っていれば、土下座など、しないはず。一片のプライドすらないから、土下
座をしてみせる。つまりそんな人の謝罪に、意味はない。あえて言うなら、イヌのお座(すわ)り
と同じ。

 また柳沢伯夫厚生労働相の「産む機械」発言にしても、それを厚生労働相という立場にある
人がしたから、問題なのだ。つい先ごろも、防衛省の長官が、「アメリカのイラク攻撃はまちが
っていた」と発言して、これまた問題になった。

 日ごろから、ものを考える習慣のある人たちなら、こうした発言は、しないはず。まちがって
も、口から出てこない。しかし柳沢氏にしても、片山氏にしても、一様に言葉の選び方、そのも
のを知らない。

 それにしても、片山さつき氏について言えば、どうしてこの地元の人たちは、あの発言を問題
にしないのだろう。今のところ、問題にしているのは、この私だけのような気がする。つまりこの
私が、異端児なのか? 変わり者なのか? 


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1808)

●老人心理

+++++++++++++++

老人の心理は、子どもの心理に
似ている(?)。

老人の心理を観察していると、ふと、
別の心で、子どもの心理を思い
浮かべることがある。

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 他人と良好な人間関係を結べない子どもは、おおまかに言えば、つぎの4つのうちの、どれ
かの症状を示す。(1)攻撃的になったり、(2)服従的になったり、(3)同情を求めやすくなった
り、あるいは(4)依存的になったりする。

 攻撃的になるというのは、ツッパリ児を思い浮かべればよい。他人に対して攻撃的になること
によって、自分の立場を守ろうとする。

 服従的になるというのは、徒党を組んで非行を繰りかえす子どもを思い浮かべればよい。集
団の中で、「長」という立場の者に徹底的に服従することによって、自分の立場を守ろうとす
る。

 同情を求めやすくなるというのは、みなが、「どうしたの?」「だいじょうぶ?」という声をかけて
くれるような雰囲気を、自分のまわりにつくることをいう。わざと弱々しく、病弱な自分を演出し
てみせたりする。

 また依存的になるというのは、自立性を失い、生活態度そのものが、依存的になることをい
う。

 こうした一連の行為は、無意識のうちに、子どもの心の中で熟成されるもので、それをまわり
のものが指摘しても、意味はない。本人にもその自覚は、ない。

 で、こうした心理状態は、子どもの世界ではよく知られた現象だが、実は、老人にも、同じよう
な現象が、見られる。それを最近、発見した。

 現在、私の家には、90歳になる母がいる。私たちの介護なしでは、ほとんど身動きできない
状態である。その母を観察していて、いくつか、興味ある事実に気がついた。

 ケア・マネージャーの人に、「依存性が強い」と評価されるような母だから、どういう母かは、
わかってもらえると思う。最初にもらった報告書には、そう書いてあった。

 そんな母だが、施設の係の人たちが、入所に先だって様子を見に来たようなときだけは、ち
ゃんと、体を動かしてみせる。こんなことがあった。

 その朝、私が起こしにいくと、母は、私の前で、二転、三転と体をよじらせるだけで、起きあが
ろうとしない。ベッドがまるで磁石にでもなったかのように、起きあがっても、すぐ体が、倒れて
しまう。

 「手を貸してくれ」と母は言うが、どこか、演技ぽい(?)。が、そのうち、私のほうが根負けし、
そのときは、手を貸して、起してやった。

 が、その数時間あとのこと。施設の係の人、2人が、ケア。マネージャーとともに、私の家に
やってきた。母と面会するためにである。「どの程度の介護が必要か、確かめたい」ということ
だった。私は、母の寝室に、みなを、案内した。

 ところが、である。係の1人が、「林さん、ベッドから起きあがれますか?」と、母に声をかけた
ときのこと。同じ母が、「起きあがれます」と言って、まるで別人のように、背中を立て、足をベッ
ドの下におろし、手すりに手をかけると、スーッと立ちあがった! スーッと、だ。

 これには、私も驚いた。ワイフも驚いた。驚いて、思わず、笑ってしまった。「ナーンダ、お前、
ちゃんと、立てるじゃないか。ハハハ」と。

 こうした老人の心理も、子どもの心理に当てはめてみると、理解できる。母は、もともと依存
性の強い女性である。生涯において、いつもだれかに依存して生きてきた。で、その依存性を
合理化するために、その母が使った方法は、ここでいう、(3)の同情を求めるという方法だっ
たということになる。

 つまり、だれかに同情を求めながら、自分の依存性を合理化してきた。たとえばことあるごと
に、自分は弱い人間であるということを強調する、など。50歳を過ぎるころから、「私も歳をとっ
たからね」「体が弱くなったからね」が、母の口ぐせでもあった。

 つまり、「歳をとったから、だいじにしてくれ」「体が弱くなったから、めんどうをみてくれ」と。

 ……ということで、実は、今朝も、同じことが起きた。朝、母を起こしにいったときのこと。「さ
あ、オシッコをするからね」と声をかけて、私がふとんをめくった。が、どうしても起きあがろうと
しない。ベッドの上で、二転、三転と体をよじらせては見せるが、起きあがろうとしない。

私「起きられるから、起きてみな」
母「……」
私「この前は、ちゃんと、できただろ」
母「手を貸してくれ」
私「だめだよ。少しは運動をしなくては……。寝たきりになってしまうよ」
母「……」と。

 恐らく母の記憶の中には、先日の記憶は、残っていないはず。つまりみなの前では、立ちあ
がれたという記憶は、残っていないはず。だから私が、それを指摘しても意味はない。母は、い
つもの母に、もどってしまっていた。

 私は、部屋を出た。私が近くにいると、無意識のうちにも、母は、同情を求めるような行動を
とる。それが私にも、よくわかっていた。

 で、案の定というか、食事を用意して盆にのせてもって、再び母の部屋に入ると、母は、ポー
タブルトイレで用をすませたあと、その前のソファに、腰をかけていた。時間にすれば、ほんの
5〜10分くらいの間のことだった。

私「ほら、ちゃんとできたじゃ、ないか」
母「ありがと」
私「べつの礼を言ってもらわなくてもいいけど、自分でできることは、自分でしなきゃア」
母「ありがと」と。

 人は、成長して、おとなになる。それはそのとおりだが、さらに歳をとると、今度は、幼児にも
どる。そういう意味では、老人というのは、幼児そのものといってよい。

 そこで教訓。

 老人になると、幼児化するのはしかたのないことだとしても、それまでに、(自分)というもの
を、しっかりと作っておかねばならない。その必要がある。でないと、老齢に近づくにつれて、そ
れまでごまかしていた持病が表に出てくるように、それまで、自分の中に隠されていた性格の
「質」の部分が、表に出てきてしまう。

 若いうちは、気力で、それをごまかすことができるかもしれない。それなりの人格者を演ずる
ことが、さほどむずかしいことではない。が、歳をとると、気力そのものが、弱くなる。つまり、自
分の「地」が、そのまま表に出てきてしまう。そういう意味では、(自分を作る)時間というのは、
それほど長くない。青年期から壮年期までの間ということになる。

 端的に言えば、幼児からおとな、おとなから老人になる過程で、人格の核(コア)を、しっかり
と確立しておくということ。それをしないまま、老人になると、ここでいう幼児化が始まり、そのま
ま幼児そのものになってしまう。

 さて、母のことだが、母は、母というよりは、すでに赤子に近い。ただ頭のほうは、まだ何とか
しっかりとしている。冗談も通ずる。やさしくしてやると、それがスーッと心の中にしみこんでいく
のがわかる。

 それだけが、今、ゆいいつの救いでもある……。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

【今朝・あれこれ】(2月6日)

++++++++++++++++++++

人には、それぞれ、(流れ)というものがある。
その(流れ)がまとまって、さらに大きな
(流れ)となる。人は、それを「運命」という。

先のことはわからない。
しかし無数の(今)という糸がからんで、
その人の(流れ)を決める。

大切なことは、その(流れ)を感じたら、
それに静かに身を任すこと。

ジタバタすればするほど、無数の糸に
体がからまれ、身動きがとれなくなる。

++++++++++++++++++++

●運命

 私には、私の無数の糸がからんでいる。「私は自由だ」といくら叫んでも、そこには、いつも限
界がある。私は、その限界の中で生きている。

 たとえば私には、家族がある。「扶養(ふよう)」という言葉は好きではないが、私には、扶養
家族がいる。私自身も、家族によって支えられている。家族を放り出してまで、好き勝手なこと
はできない。

 もう少しわかりやすい例で言えば、健康がある。

 私は、つい数日前、こんなことを経験した。

 私は、もともとは低血圧気味で、長い間、最高値が100〜110、最低値が、65〜70前後で
推移していた。しかしとくに何かがあったわけではないが、数日前に、血圧を測ってみたら、最
高値が145、最低値が90にもなっていた。

 明らかに高血圧の値である。

 その翌日も測定してみたが、値は変わらなかった。原因をいろいろ考えてみた。

 最初に思い当たったのは、ときどき、ワイフのコレステロール値をさげる薬を、半分、もらって
のんでいたこと。この(ときどき)というのが、よくなかったのかもしれない。

 つぎに、肥満。このところ、私の正常値より、2〜3キロも体重が、オーバーしている。

 さらにストレス。4、5日前のことだが、私は、あることで、カーッと頭に血がのぼるのを感じ
た。そのときのこと、体中がフワフワとした感じになった。いままでに経験したことのない感じだ
った。

 つまりストレス。そのストレスがいくつか重なった。

 そこで昨日は、減量大作戦を決行。自宅から職場までの約7・5キロを歩いた。プラス1単位
の自転車。(40分間、自転車で全力で走ることを、1単位としている。)

 それに間食をやめた。とくに夕食後のデザートをやめた。が、何よりも大切なのは、ストレス
を感じないということ。

 昨日もいろいろあった。あったが、すべてを受けいれた。「受けいれた」というよりは、「もう、
どうにでもなれ」という気持ちで接した。「私の知ったことか!」と。

 とたん、気分が晴れた。つまり私は、その時点で、運命に身を任せたということになる。(少し
おおげさかな?)。

 ともかくも、それで血圧はさがった。昨晩、床につく前に計ったら、最高値が106、最低値が
75にもどっていた。よかった!

 要するに、ジタバタしないということ。ジタバタすればするほど、無数の糸にからまれ、身動き
ができなくなる。その日、その日を、懸命にがんばったら、その結果は、その翌日に回せばよ
い。ものごとは、なるようにしかならない。それが冒頭に書いた、(流れ)ということになる。そし
てその(流れ)が、その人の進むべき道を決めていく。

 話は、ずっと飛躍するが、やがて私も、大病を患うようになるかもしれない。刻々と、そのとき
が近づいてきているように感ずる。で、ときどき、私は、自分にこう言って聞かせる。

 「そのときがきたら、そのとき。いさぎよくそれを受けいれ、あの世へ行こう」と。

 運命にさからったところで、勝ち目はない。私は(私)である前に、人間という(生き物)なの
だ。だからいくらがんばっても、その(生き物)の部分にまで、私は、踏みこむことはできない。
つまりは、それも、「運命」ということになる。


●6か国協議

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エセ人道主義者というものを知りたかったら、
韓国のN大統領を見ればよい。

わかりやすく言えば、偽善者。

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 K国という国は、おかしな国だ。首都のP市と、それ以外の地域が、まるで独立国のように分
離している。少なくとも、意識の上では、そうなっている。……らしい。

 P市は、いわば、K国の中でも、特別の国。特別の許可をもらった人だけが、そこに住める。
それはそれでわかるが、つまりそのP市に住む人たちにすれば、周辺の地域の人たちが、飢
餓で苦しんでいようが、貧困のどん底にあろうが、「知ったことか!」となるらしい。

 こうした(意識のズレ)は、実は、この日本の中でも経験する。たとえば東京や大阪という大都
市に住む人たちすれば、地方に住む人など、ただの田舎者にすぎない。そういった意識を、逆
に、地方に住む私たちが感ずることがある。

 ほんの12、3年ほど前のことだが、関東地方を、小さな台風が襲ったことがある。そのときの
こと。NHKをはじめ、民放各社は、一日中、台風のニュースばかりを流していた。

 その前後に、東海地方を同じような台風が襲ったときには、定時ニュース、プラスα程度の
ニュースでしかなかった。私は、すぐに抗議の手紙を書いた。(最近は、NHKも気をつかって
か、地方のニュースも、大きく取りあげるようになったが……。)

 東京や大阪など、都会に住む人たちは、それ以外の(地方)など、日本とは、思っていない?
 つまりそれが極端化したのが、今のK国ということになる。

 そこで韓国のN政権だが、金大中の時代から、推定でも、7000億円以上の現金(注※)、穀
物にしても、毎年数十万トン以上も、K国を援助している。しかしこれらの援助は、そのほとん
どが、P市へと回っている。つまりN大統領がいう、「融和政策」というのは、金xxという独裁者と
その一派を支えるための延命政策でしかない。

 これが、私が、「エセ人道主義」という理由でもある。P市以外に住むK国の人たちの生活
は、ますますきびしく、貧しいものになっている。

 K国は、共産主義国家でも、社会主義国家でもない。1人の独裁者が率いる独裁者国家。そ
んな国に、安っぽい人道主義とやらをかかげて接しても、意味はない。ないばかりか、かえっ
て、独裁者に利用されるだけ。

 さて、またまた6か国協議。この2月12日から、北京で開かれる。

 どういう形で終わるか、私にもわからない。わからないが、独裁者の延命策につながるような
結果だけは、避けるべきである。アメリカのブッシュ政権は、すでにサジを投げてしまっている
ような状態だから、結局は、中国、韓国、それにロシアの思惑どおりに、ことは進むだろう。ヒ
ルさんの気持ちもわからないわけではないが、ヒルさんでは、役者不足。はっきり言えば、ただ
のピエロ。

しかしそれは同時に、日本にとっては、最悪のシナリオであることだけは、忘れてはいけない。

(付記)

 アメリカという後ろ盾を失った日本は、これから先、中国の仲介により、K国から莫大な賠償
金(戦後補償費)を請求されることになる。すでに中国は、今回の6か国協議と並行して、朝日
(「日朝」ではなく、「朝日」)国交正常化会議を主宰することを宣言している。

 目的は、ズバリ、ジャパン・マネー!

 すでに中国は、4兆円という金額を提示してきているが、その程度ですむはずがない。すむ
はずがないことは、今までのK国のやり方を見ればわかるはず。

 あせるな、日本! ここは時間を稼げ! 稼いで、K国を自己崩壊にもっていけ!

(注※)(朝鮮N報より)

 P理事長(朝鮮半島先進化財団)は、過去8年間にわたり8兆ウォン以上を北朝鮮に支援し、
200回以上の南北交渉を行ったが、金xx総書記体制は正常な国への変化を拒み、体制の閉
鎖性を一層強化したと主張した。

また、共存を通じた統一を目指す太陽政策は、かえって北朝鮮の開放・改革を遅らせたまま独
裁体制を強化するとともに、韓国社会全般に左傾化をもたらしたと指摘した。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1809)

●女は子どもを産む機械?

+++++++++++++++++

私たちが子どものころには、
男尊女卑思想が、まだ、色濃く残っていた。

「男は仕事、女は家庭」と。
「内助の功」という言葉などは、最近でも
堂々と使われている。

で、今、柳沢厚生労働省の言った、「(女性は)
子どもを産む機械」という言葉が、社会で、大問題に
なっている。

しかしそんな発想は、60代以上の、古い世代の人なら、
だれしももっている。ないとは言わせない。少し前まで、
子どもを産めない女性をさして、差別的に蔑視
する言葉すらあった。それが理由で離婚された女性も、
数多い。が、それに対して女性たちは、
文句を言うことさえできなかった。

柳沢氏も、その古い世代に属する。

彼にしてみれば、「自分がもっている
常識を口にしただけなのだがなあ」と
いうことになるのかもしれない。

++++++++++++++++++

 私たちが子どものころには、「女、子ども」という言葉がよく使われた。「女や子どもは、一人
前の人間ではないから、相手にするな」という意味で、そう言った。

 たとえば私が小学生のときですら、男子が女子といっしょに遊ぶことすら、考えられなかっ
た。遊べば遊んだで、「女たらし」と呼ばれ、みなからバカにされた。仲間はずれにされた。

 が、戦後、子どもの地位はともかくも、女性の地位は、急速に向上した。そして今に見る、男
女同権社会が生まれた。不完全ではあるが、ともかくも、(形)だけは、できた。

 しかし意識というのは、そうは簡単に変わらない。変わらないというより、変えられない。民主
主義時代になった今でも、おかしな復古主義を唱える人は、少なくない。「武士道こそ、日本の
アイデンティティである」と説く人もいる。「武士道を日本の教育の柱にすべき」と説く教師集団
もある。

 武士道がまちがっているというのではない。武士道なるものがもつ、負の側面に目を閉じた
まま、武士道を礼さんすることは、危険なことだと、私は言っている。

 それはさておき、現在を時代の過渡期というなら、一方に、戦前のままの意識をもった人たち
がいて、またその一方に、新しい人権意識に目覚めた人たちがいても、おかしくない。

 今回、「(女性は)子どもを産む機械」と発言した、柳沢大臣は、その古い世代に属する。しか
も悲劇的なことに、柳沢氏は、中央官僚を経て大臣にはなったが、その部分の意識改革をしな
いまま、あろうことか、厚生労働省の大臣になってしまった。つまり本来なら、女性の人権回
復、地位向上の先頭に立って、旗を振らなければならない立場の人が、流れに乗っただけとい
う理由で、大臣になってしまった。

 こうした例は、政治家の世界では、珍しくない。いわゆる「あとから権威」というのが、それ。こ
の世界では、肩書きが、先行する。肩書きが先について、そのあと、その人は、それらしい人
になる。それらしい人物として、振る舞う。

 ひょっとしたら、現在の外務大臣、防衛大臣も、そのタイプの人たちかもしれない。イラク戦争
をさして、「ドンパチ」と表現してみたり、「アメリカは、まちがえた」などと言ってみたりする。その
ため、現在、対米関係は、コンピュータにたとえるなら、フリーズ状態。

 が、何ともやりきれないのは、その背景にある、日本人の政治意識のレベルの低さ。お笑い
タレントが、どこかの県の知事になっても、何も疑問に思わない国民である。この国民にあっ
て、この国。そしてこの大臣。

 もしこの国を救う方法があるとするなら、それは私たち一人ひとりが、自ら考える人間になる
こと。賢くなること。もっと言えば、モグラ叩きのように、出てきたモグラだけを叩いていても、意
味はない。そんなことだけをしたのでは、この国は、けっしてよくならない。

 男尊女卑思想が、いかに愚劣な思想であるかは、ほんの少しでも、自ら考える力のある人に
なら、わかるはず。幼稚園児にだって、わかる。が、悲しいかな、柳沢大臣には、そのほんの
少しの力もなかったことになる。

 いかに弁解しようとも、またいかにそれらしく振る舞おうとも、柳沢氏は、厚生労働省の大臣
としては、ふさわしくない。意識そのものが、陳腐。完全にズレている。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●今朝・雑感(2月7日)

++++++++++++++++

JALが、大揺れに揺れている。
詳しくは知らなかったが、
経営状況は、かなり悪いようだ。

昔から、組織が官僚的で、労使関係が
うまくいっていなかったという。
そんなウワサは、よく耳にした。

しかしここまで悪化していたとは!
……知らなかった。

++++++++++++++++

 息子の夢は、JALかANAのパイロットになって、外国を飛び回ること。そのために、この2年
間、K大というパイロット養成大学で、がんばってきた。

 そのJALが、ここにきて、大揺れに揺れている。ふつうなら、とっくの昔に倒産していても、何
らおかしくない。そんな状態だという。だいじょうぶかな?

 のんきな息子は、JALに強いあこがれを抱いている。国際線の世界では、JALをおいてほか
に、航空会社はない。日本としても、JALをつぶすわけには、いかない。しかし勝ち目はあるの
か?

 つまり外国の航空会社は、安い人件費を武器に、格安の航空券を販売している。私にして
も、外国へ行くときは、いつも、できるだけ安い航空券を買い求めるようにしている。旅行会社
の社員ですら、「JALは、(値段が)高いです」と言う。

 しかし息子の立場では、ぜいたくは言えない。「採用してもらえるなら、どこへでも……」という
心境らしい。

 どうなることやら? 私が心配したところで、どうしようもない話だが……。


●VISTA

 だんだん、しかし確実に、つぎにほしいパソコンの形が見えてきた。このところ日曜日になる
と、近くのパソコンショップへ出かけていき、ビスタ搭載のパソコンをながめている。

 全体的に見ると、OSがビスタになって、それまでどこか二次元的だったパソコンの世界が、
三次元的になったような感じがする。奥行きが深まった。

 こまかい点では、ファイル検索機能が、格段に進歩したということ。ただ機能的には、余計な
(飾り)ばかりがふえて、かえって低下してしまったのではないか。たとえて言うなら、盆や暮れ
にもらう、海苔(のり)のようなもの。見た目には豪華だが、中身がない(?)。

メモリーにしても、最低でも1GBは必要だという。「2GBあれば、さらに快適に動きます」(ショッ
プの店員)とのこと。

 2GBだぞ! 

 ほかにセキュリティが強化されたということも言われているが、それについては、まだ使った
ことがないので、私には、よくわからない。

 で、M社のHPで、自分好みにパソコンを組み立ててみたら、20万円弱になった。そろそろ買
いどきかな……と思ったところで、この話は、おしまい。いつもパソコンは、株で儲けたお金で
買うことにしている。しかしその株が、ず〜っと、さがったまま。ハハハ。


●ひとりぼっち

 ワイフは、クラブ。長男は、大学。母は、デイサービス。私はひとりで、こうして居間で、パソコ
ンをたたく。

 とくにやることはない。やりたいこともない。ときどきお茶を飲んだり、雑誌に目を通したりす
る。あるいは血圧を測ったりして、時間をつぶす。何でもない1〜2時間だが、私にとっては、貴
重なひととき。

 (たった今、こたつの中でゴロリと寝ていたが、起きたところ。)

 こういうときは、新しい機械を買って、それをいじるのがいちばん、よい。そういう点では、電
子機器というのは、私にとっては、おもちゃのようなもの。機能満載の、新製品であればあるほ
ど、よい。それをあれこれといじっているだけで、ハッピーな気分になれる。

 しばらく使っていなかった携帯電話(W社の004)をいじってみたり、それに無料のソフトをダ
ウンロードしてみたりする。

 しかしワイフが帰ってくるまで、あと1時間と少し。ここは、コタツの中で、寝て待つのがよい。
昨夜も、母の介護で、夜中に起こされた。少し、眠い。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●嫁をもらう(?)

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今朝、90歳の母が、こう言った。
何かの話のついでに、息子の話になり、
「そろそろ、嫁をもらう年齢だな」と。

私は、この(もらう)という言い方に、
頭にカッと血がのぼるような不快感を覚えた。

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今朝、90歳の母が、こう言った。何かの話のついでに、息子の話になり、「そろそろ、嫁をもら
う年齢だな」と。

私は、この(もらう)という言い方に、頭にカッと血がのぼるような不快感を覚えた。

私「母ちゃん、(もらう)という言い方はしてはいけないよ。失敬だよ」
母「いい歳だろ」
私「イヌやネコでもあるまいし……。(もらう)とか(もらわない)とかいう話ではないよ」
母「嫁をもらえばいい」と。

 私は、母がもっている(意識)と、私がもっている(意識)が大きくズレているのを感じた。母の
生きた時代には、嫁は、(もらうもの)だった。しかし今どき、そんな言葉を口にしたら、それだ
けで袋だたきにあう。実際には、だれにも相手にされなくなる。

 しかし私が子どものころには、それが常識だった。私が子どものころには、嫁は、(もらうも
の)だった。かすかだが、私の記憶の中にも、そういった意識が残っている。私も子どものこ
ろ、そう考えていた。同じような言葉を使ったこともある。

 ……ということは、2つの意味をもつ。

 ひとつは、母は、この半世紀あまりの間、そのままだということ。進歩、ゼロ。もうひとつは、
私の(意識)は、この半世紀の間に、大きく変わったということ。それが今、たがいの間の大き
なズレとなって、表面化した。

 このことをワイフに話すと、ワイフは、こう言った。

ワ「もし、あなたがそのまま、あのM町に住んでいたら、今ごろは、あなたはあなたのお母さん
と同じようなことを言っているでしょうね」
私「ぼくも、そう思う。そのまま郷里に残った友人や、いとこたちは、今でも、同じような言い方を
する」
ワ「あなたは、あの町から外へ出たでしょ。だから自分の意識を変えることができたのよ」
私「そうだね。……ほかにも、いろいろな場面で、それを強く感ずることがあるよ」と。

 恐らく、母は、そう言いながら、それがとんでもない男尊女卑思想であるということには、気が
ついていない。女性である母が、そういう意識をもっているから、おもしろい。(失礼!)

 とくに同じ岐阜県でも田舎のほうへ行けばいくほど、そうした意識は、今でも根強く残ってい
る。「男が上、女が下」「夫が上、妻が下」「兄が上、妹は下」と。家父長意識、さらには悪玉親
意識というのもある。平気で親風を吹かす。わずか数歳しか歳がちがわないのに、年上風を吹
かす人となると、さらに多い。人間を、中身を見て判断するのではない。(上下関係)だけで、判
断する。

 実に愚劣な意識なのだが、中には、それが日本人の美徳と説く人もいるから、たまらない。ま
たそういうことを書いた本が、ベストセラーになったりする。

私「ぼくは、あのM町を離れて、本当によかったと思う。もしあの町で、そのまま生きていたら、
ぼくは、まったく別のぼくになっていたと思う」
ワ「そうね」
私「だからぼくから見ると、そういうものの考え方をしている人に出会ったりすると、愚かにに見
える。実際には、相手にしない」
ワ「でも、本人は、そうではないわよ、きっと……。自分では、それが正しいものの考え方だと
思っているはずよ」
私「そう、意識というのは、そういうもの。たとえて言うなら、山登りのようなものかもしれない。
山に登ってみて、はじめて、その山から見た景色がわかる。同時に、それまで自分がいたとこ
ろが、低く見える」と。

 母を見ていると、半世紀前の自分にタイムスリップしたかのように感ずることがある。私にと
っては、母は、まさに化石のような人間ということになる。教えられるというよりは、反面教師と
なって、私の中にある、封建主義的な古い意識を、そのつどえぐり出してくれる。今は、それが
おもしろい。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

【教育の自由化】

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その学校の教頭と学年主任、それに
担任の教師の3人。その3人に加えて、
いじめをしたという、子ども(小5)と、
その両親の計6人が、謝罪のため、
X子(小5)の家を訪問した。

しかしX子の母親は、それを許さなかった。
玄関先で、「うちの子が学校へ行けなく
なったのは、あなたがたのせい!」と、
大声で、泣き叫んだ。

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●あるいじめ事件(?)

 ある小学校(K県、H市)で、こんな事件が起きた。BさんというB子さんの母親からもらったメ
ールによれば、こうだ。

 正月の書初めの授業になったときのこと。和紙が長く大きかったこともあり、班ごとに、時間
をズラして書くことになった。

 そのときX子のグループは、先に書くことになった。が、そのとき事件が起きた。事件と言える
ような事件ではなかったが、ともかくもそれが、事件となってしまった。

 X子はここにも書いたように、先に書初めをした。が、数枚書いてはみたが、うまく書けなかっ
た。交替する時間は過ぎていた。X子は「もう1枚」と言って、もう1枚、書き始めた。

 それを横で見ていたA子(小5)が、X子をとがめた。多分、「もう時間だから、交替してよ」とい
うようなことを言ったのだと思う。X子は、そのときはすなおに、「ごめん」と言って、謝ったとい
う。

 が、翌日、X子の母親が、学校へやってきた。いきなり校長室へ入ってきて、こう怒鳴った。

 「うちの子が、いじめにあっている。いじめているのは、同じクラスのA子だ。そのため、うちの
子が、学校へ行くのはいやだと泣いている。どうしてくれる!」と。

 で、そのときは、いったんX子の母親には、家に帰ってもらった。校長はX子の担任を呼びつ
け、事情を聞いた。ついで、A子にも、事情を聞いた。さらにその周辺の生徒たちにも、事情を
聞いた。

 が、いくら事情を聞いても、X子がいじめられたという事実が浮かびあがってこなかった。担任
は、「そのときは、とくに変わった様子もなく、X子も、なごやかな様子だった」と言った。

 時期が時期である。いじめが理由で、あちこちで子どもが自殺するという事件が、相ついでい
る。校長と担任の2人が、その日の夕方、X子の家を訪問した。そしてX子の母親に、「いじめら
しいいじめは、確認することができなかった」と報告した。が、この報告に、X子の母親が激怒し
た。

 「うちの子は、ウソをつくような子ではない」「うちの子は、いつもA子にいじめられている」「ほ
かにも、いろいろな事実がある」「何とかしろ!」と。

 校長と担任は、平謝りに謝り、X子の家をあとにした。で、その翌日、再度、周辺にいた生徒
たちから事情を聞いた。結果は、同じだった。そこでしかたないので、校長は、A子の両親に電
話をした。「このままでは、X子の母親の怒りは収まりそうにもない。私たちといっしょに、X子の
家まで、謝りに行ってほしい」と。

 A子の両親は、ものわかりのよい人だった。校長が困っている様子を知ると、それに応じた。
A子も、それに応じた。

 その夜、学校側からは、校長と教頭それに担任の3人。その3人に加えてA子と両親の、計6
人が、X子の家を訪れた。X子とX子の両親に謝罪するためである。が、この行為が、かえって
X子の親、とくに母親を激怒させてしまった。

 「いじめはなかったと言ったのに、どうして今日になって、謝りにきたのか」「今さら、謝っても
らっても、しかたない」「うちの子は、不登校児になってしまった!」と。

●学校の先生も、たいへん!

 ……というのが、ここでいう事件である。この話は、A子のそばにいた、B子さんの母親から、
伝えられたものである。B子さんは、そのときの様子を、すべて見ていた。そのB子さんも、「い
じめというようなものではなかった」と断言しているという。が、それはあくまでもA子を擁護した
意見。そういう意味では、私がここに書いたことは、一方的なものかもしれない。もっと事情を
詳しく知るためには、X子自身からも、話を聞くべきかもしれない。

 だからここではどちらの言い分が正しいかということは、私にもわからない。その判断は、くだ
さないでおく。A子には、ささいな行為だったかもしれないが、X子は、それを(いじめ)ととらえて
しまった。そういうケースも、実際には、ないわけではない。

 が、Bさんからのメールを読んで、まず私が感じたことは、「学校の先生も、たいへんだなあ」
ということ。校長と担任は、2度も、X子の家を訪問している。しかし現実問題として、仮にそれ
がいじめであったとしても、学校側に、そこまで子どもたちの世界を監督することは、不可能で
ある。「監督」ではなく、「監視」と言ってもよい。

 前にもどこかで書いたが、険悪なムードだから、(いじめ)ということにはならない。しかしなご
やかなムードだから、(いじめ)でないとも、これまた言えない。さらにいじめる側に、その気は
まったくなくても、受け取る側は、そうでないというケースも多い。悪ふざけが、(いじめ)と誤解
されることも多い。さらにふつう(いじめ)というのは、先生の目をたくみに盗んで、先生の目の
届かないところでなされることが多い。

 加えて、子ども自身の心の問題もある。X子の母親は、「うちの子は、ウソをつくような子では
ない」と息巻いたというが、親が知っている子どもと、実際の子どもとは、まるで別人というケー
スも、少なくない。

ことウソということになれば、子どもだから、ウソをつかないというのは、まったくの幻想でしかな
い。「学校へ行きたくない」という気持ちを合理化するために、「みんなが、私をいじめるから、
行きたくない」と、ウソをつくことは、子どもの世界では、珍しくない。(だからといって、Xさんが
ウソを言っているというのではない。誤解のないように!)

●萎縮する教育

 しかしそれ以上に問題なのは、こうした事件がつづくことによって、学校の教育そのものが、
萎縮してしまうこと。いくら時期が時期とはいえ、学校の「長」たる校長が、家庭訪問までして、
親に謝罪しなければならないというのは、常識で考えても、おかしい。

 なぜ、校長ともあろう人が、そこまでするのか? そこまでしなければならないのか? こんな
ことをしていたら、学校教育そのものが麻痺(まひ)してしまう。現場の教師にしても、こわくて、
授業そのものが、できなくなってしまう。

 実際、ある小学校の校長(I町I小学校)は、こう言った。「現場が、萎縮してしまっています。教
師が少し乱暴な言葉を使っただけで、親たちは、『体罰だ』と騒ぎます。子どもどうしの喧嘩で
すら、『いじめだ』と騒ぎます」と。

 (いじめ)は、たしかに深刻な問題である。(いじめ)によって、心に深いキズを残す子どもも少
なくない。私とて、(いじめ)を是認する意図は、毛頭ない。

しかし(いじめる側)を、一方的に、(絶対的な悪)と決めつけ、また反対に、(いじめられる側)
を、これまた一方的に、(絶対的な善)と決めつけて考えるのも、どうかと思う。子どもの世界と
いうのは、おとなの私たちが考えているより、ずっと複雑。しかも、絶妙なバランスの上に成り
たっている。見た目の様子だけで判断してはいけない。

 X子の母親にしても、X子自身にというより、自分自身に何か問題がないか、反省してみるこ
とも大切なことではないか。親がこうまでピリピリしていて、どうしてその子どもが、家庭で息を
抜くことができるというのか。……と書くのは、たいへん危険なことは、私も承知している。

 しかし家庭が家庭として、つまり子どもの心を休める場所として機能していたなら、仮に学校
で何かのトラブルがあったとしても、ここまで深刻な問題にまでは発展しなかったかもしれな
い。

 では、どうするか? どうしたらよいのか? どう考えたらよいのか?

 私は、こうした(いじめ)は、(あくまでもいじめがあったという前提で考えるなら)、いくら現場
の先生ががんばっても、なくならないだろうと思う。そこで重要なことは、もしそうならそうで、学
校選択の自由、クラス選択の自由を、もっと大幅に緩和したらよいのではないかということ。

 その学校がいやだったら、ほかの学校へ転校すればよい。その先生がいやだったら、別の
先生のクラスに移動すればよい。さらにそれでも問題が解決しなければ、アメリカのホームスク
ールのような制度をつくればよい。そうした選択が自由に、かつ、気楽にできるようになったと
き、こうした問題のほとんどは、そのまま解決する。

 今でも「学校とは、行かねばならないところ」「学校へ行かない子どもは、落ちこぼれ」と考え
ている親は多い。学校神話、学校万能主義を信奉している親となると、さらに多い。つまり教師
も、そして親も、自分の体をがんじがらめにヒモで縛った上で、こうした問題を解決しようとして
いるが、そこにはおのずと限界がある。かえって自らを、袋小路に追いこんでしまう。

 ……先にも書いたように、Bさんからのメールだけをもとに、この原稿を書いたので、何とも
歯切れの悪い文章になってしまった。が、これだけは、忘れないでほしい。

 今、全国、津々浦々の学校で、無数の校長や教師たちが、この種の問題で、悲鳴をあげて
いる。悲鳴をあげながら、教育そのものを萎縮させてしまっている。(いじめ)の問題もさること
ながら、それが理由で、学校教育を萎縮させてしまったとしたら、それもまた深刻な問題という
ことになる。

 だから改めて、私は、主張する。教育を、自由化せよ、と。

++++++++++++++++++

これに関連して、いくつかの原稿(中日新聞
発表済み)を、掲載します。

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●教育カルトに気をつけろ!

教育者が教育カルトにハマるとき 

●教育カルト 

教育の世界にもカルトがある。学歴信仰、学校神話というのもそれだが、一つの教育法を信奉
するあまり、ほかの教育法を認めないというのも、それ。教育カルトともいう。

この教育カルトにハマった教育者(?)は、「右脳教育」と言いだしたら、明けても暮れても「右
脳教育」と言いだす。「S方式」と言いだしたら、「S方式」と言いだす。

 親や子どもを黙らすもっとも手っ取り早い方法は、権威をもちだすこと。水戸黄門の葵の紋
章を思い浮かべればよい。「控えおろう!」と一喝すれば、皆が頭をさげる。「○×式教育法」
などという教育法を口にする人は、たいてい自分を権威づけるために、そうする。宗教だってそ
うだ。あやしげな新興宗教ほど、釈迦やキリストの名前をもちだす。

 教育には哲学が必要だが、しかし宗教であってはいけない。子どもが皆違うように、その教
育法もまた皆違う。教育はもっと流動的なものだ。が、このタイプの教育者にはそれがわから
ない。わからないまま、自分の教育法が絶対正しいと盲信する。そしてそれを皆に押しつけよう
とする。これがこわい。

●自分勝手な教育法

 教育カルトがカルトであるゆえんは、いくつかある。冒頭にあげた排他性や絶対性のほか、
小さな世界に閉じこもりながら、それに気づかない自閉性、欠点すらも自己正当化する盲信性
など。

これがさらに進むと、その教育法を批判する人を、猛烈に排斥するという攻撃性も出てくる。自
分が正しいと思うのは、その人の勝手だが、その返す刀で、相手に向って、「あなたはまちがっ
ている」と言う。

はたから見れば自分勝手な教育法だが、さらに常識はずれなことをしながら、それにすら気づ
かなくなってしまうこともある。ある教育団体のパンフには、こうあった。「皆さんも、○×教育法
で学んだ子どもたちの、すばらしい演奏に感動なさったことと思います」「この方式が日本の教
育を変えます」と。

あるいはこんなのもあった。「私たちの方式で学んだ子どもたちが、やがて続々と東大の赤門
をくぐることになるでしょう」(ある右脳教育団体のパンフレット)と。自分の教育法だったら、お
こがましくて、ここまでは書けない。が、本人はわからない。この盲目性こそがまさに教育カルト
の特徴と言ってもよい。

●脳のCPUが狂う?

私たちはいつもどこかで、何らかの形で、そのカルトを信じている。また信ずることによって、
「考えること」を省略しようとする。教育についても、「いい高校論」「いい大学論」は、わかりや
すい。それを信じていれば、子どもを指導しやすい。進学校や進学塾は、この方法を使う。

それはそれとして、一度そのカルトに染まると、それから抜け出ることは容易なことではない。
脳のCPU(中央演算装置)そのものが狂う。が、問題は、先にも書いた攻撃性だ。

一つの価値観が崩壊するということは、心の中に空白ができることを意味する。その空白がで
きると、たいていの人は混乱状態になる。狂乱状態になる人もいる。だからよけいに抵抗す
る。ためしに教育カルトを信奉している教育者に、その教育法を批判してみるとよい。「S方式
の教育法に疑問をもっている評論家もいますよ」と。その教育者は、あなたの意見に反論する
というよりは、狂ったようにそれに抵抗するはずだ。

 結論から言えば、教育カルトをどこかで感じたら、その教育法には近づかないほうがよい。こ
うした教育カルトは、虎視たんたんと、あなたの心のすき間をねらっている!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 教育
カルト)


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6,7年前に書いた原稿ですが、
4作、紹介します。

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●フリップ・フロップ理論(次の安定期へ)

 戦時下のサラエボでのこと。ガレキになった家にいる子どもに、NHKのカメラマンがこう聞い
た。「学校はどうしているの?」と。

戦争で学校どころではないはずだ。しかし日本人は、子どもを見れば、すぐ「学校、学校」と言
う。明治以来、学歴信仰、あるいは学校神話が徹底的に叩き込まれているからだ。

 心理学に「フリップ・フロップ理論」というのがある。私は勝手に「コロリ理論」と訳している。箱
でたとえて言うなら、どちらかの側に倒れているときは、安定している。しかしそれを中途半端
な状態に置くと、たいへん不安定になる。

たとえば有神論の人が無神論に、無神論の人が有神論になるときというのは、心理状態がた
いへん不安定になる。よく「この宗教は絶対正しい」と、大声で叫んでワーワー言っている人が
いる。そういう人は、心理状態がたいへん不安定になっているとみてよい。

ちょっとしたことで、コロリと無神論になったりする。あるいは反対に、いくつかの不幸が重な
り、混乱したりすると、コロリと有神論者になったりする。フリップ・フロップ理論というのは、そう
いう心理を説明した理論だと思えばよい。

 さて本論。子どもが不登校児になったりすると、この日本では、たいていの親は大混乱する。
「進学できなくなってしまう」「高校ぐらい卒業しておかないと」「就職はどうする」「うちの子はダメ
になってしまう」と。

一見、子どものことを心配しているようで、親は自分のことしか考えていない。世間体、見栄、メ
ンツ、それにコースだ。この日本では「学校」というコースから、子どもがはずれることは、親に
とっては恐怖以外の何物でもない。そのため狂乱状態になる人も珍しくない。

が、それも一巡すると、……と言っても、それは簡単なことではないが、ちょうど箱がもう一方
の側に倒れるように、やがて落ち着く。しかもある時期を境に、コロリと倒れる。人間の心という
のは、不安定な状態に対して、それほど抵抗力はない。そしてこう言う。「学校なんて行かなく
てもいいのよ」と。

 どちらの側に箱が倒れているにせよ、一方の側から他方の側を見ると、まったく別世界に見
える。そして互いに、相手を理解できない。学歴信仰を信じている人に、その無用論を説いて
も意味はない。一方、学歴無用論の人に、学歴信仰を信じている人の心理を説明しても、理解
できない。互いに「自分のほうが正しい」と信じて疑わないでいる。

しかし結論から先に言えば、学歴信仰にせよ、学校神話にせよ、中身はカラッポ。もともと信ず
るほうがおかしい。信ずる価値もない。学歴信仰がいかに愚劣なものかは、台湾へ行ってみれ
ばわかる。

あの国では、いまだに初対面のとき、相手の学歴をあいさつがわりに聞いている。学歴でしか
人を判断しない。20年前の日本でも、あそこまでひどくはなかった。しかし彼らは真剣だ。その
真剣なところが、おかしい。そして悲しい。

 今、日本の親たちは、大混乱している。教育の世界そのものも、大混乱している。しかしこの
混乱を、フリップ・フロップ理論で説明するなら、それは次の安定状態への移行期ともとらえる
ことができる。日本の新しい未来は、すぐそこまで来ている。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●家族主義と幸福論

●幸福の原点は家庭にある

ボームが書いた物語に「オズの魔法使い」がある。カンザスの田舎に住む、ドロシーという女の
子と、犬のトトが虹のかなたにある幸せを求めて、冒険するという物語である。こんなことがあ
った。

 オーストラリアにいたころ、仲間に「君たちはこの国(カントリー)が、インドネシア軍に襲われ
たらどうするか」と聞いたときのこと。皆はこう答えた。「逃げる」と。「おやじの故郷のスコットラ
ンドへ帰る」と言ったのもいた。何という愛国心! 私があきれていると、一人の学生がこう言
った。「ヒロシ、オーストラリア人が手をつないで一列に並んでもすきまができるんだよ。どうして
この国を守れるか」と。

 英語でカントリーというときは、「国」というよりは、「土地」を意味する。そこで質問を変えて、
「では、君たちの家族がインドネシア軍に襲われたらどうするか」と聞くと、皆血相を変えてこう
言った。「そのときは、命がけで戦う」と。

これだけではないが、私はいつしか欧米人の考え方の基本に、「家族」があることを知った。愛
国心もそこから生まれる。たとえばメル・ギブソンの映画に『パトリオット』というのがあった。日
本語に訳する「愛国者」ということになるが、もともとパトリオットという語は、ラテン語のパトリ
ス、つまり「父なる大地」という語に由来する。

つまり欧米で、「ペイトリアチズム(愛国心)」というときは、「父なる土地を愛する」あるいは、
「同胞を愛する」を意味する。その映画の中でも、国というよりは家族のために戦う一人の父親
が、テーマになっていた。

 家族主義というと、よく小市民的な生き方を想像する人がいる。しかしそれは誤解。冒頭にあ
げたオズの魔法使いの中でも、人間が求めている幸福は、そんな遠くにあるのではない。あな
たのすぐそばで、あなたに見つけてもらうのを、息を潜めて待っている…。ドロシーは長い冒険
の末、それを教えられる。

 明治の昔から、日本人は「出世」という言葉をもてはやした。結果として、仕事第一主義が生
まれ、その陰で家族が犠牲になるのは当然と考えられていた。発展途上の国としてやむをえな
かったのかもしれないが、しかし今、多くの人がそうした生き方に疑問をもち始めている。99年
の終わりに中日新聞社がした調査でも、45%の日本人が「もっとも大切にすべきもの」として
「家族」をあげた。日本人は今、確実に変わりつつある。

(注……現在は、80〜90%近い人たちが、「家族」をあげるようになっている。)


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●運命と生きる希望
●希望をなくしたら死ぬ?

不幸は、やってくるときには、次々と、それこそ怒涛のようにやってくる。容赦ない。まるで運命
がその人をのろっているかのようにさえ見える。Y氏(45歳)がそうだ。会社をリストラされ、そ
のわすかの資金で開いた事業も、数か月で失敗。半年間ほど自分の持ち家でがんばったが、
やがて裁判所から差し押さえ。そうこうしていたら、今度は妻が重い病気に。検査に行ったら、
即入院を命じられた。家には24歳になる自閉症の息子がいる。長女(21歳)は高校を卒業す
ると同時に、暴走族風の男と同棲生活。ときどき帰ってきては、遊興費を無心する…。

2000年、日本での自殺者が3万人を超えた。何を隠そう、この私だって、その予備軍の1人。
最後のがけっぷちでかろうじて、ふんばっている。いや、自殺する人の気持ちが、痛いほどよく
わかる。

昔、学生時代、友人とこんな会話をしたことがある。金沢の野田山にある墓地を一緒に歩いて
いたときのこと。私がふと、「希望をなくしたら人はどうする。死ぬのか?」と語りかけた。すると
その友人はこう言った。「林君、死ぬことだって希望だよ。死ねば楽になれると思うことは、立
派な希望だよ」と。

Y氏はこう言う。「どこがまちがっていたのでしょうね」と。しかしその実、Y氏は何もまちがってい
ない。Y氏はY氏なりに、懸命に生きてきた。ただ人生というのは、社会という大きな歯車の中
で動く。その歯車が狂うことだってある。そしてそのしわ寄せが、Y氏のような人に集中すること
もある。運命というものがあるのかどうか、私にはわからない。わからないが、しかし最後のと
ころでふんばるかどうかということは、その人自身が決める。決して運命ではない。

私は「自殺するのも希望だ」と言った友人の言葉を、それからずっと考えてきた。が、今言える
ことは、「彼はまちがっていた」ということ。生きているという事実そのものが、希望なのだ。私
のことだが、不運が重なるたびに、その先に新しい人生があることを知る。平凡は美徳であ
り、何ごともなく過ぎていくのは、それなりにすばらしいことだ。しかしそういう人生から学んだも
のは、ほとんどない。

どうにもならない問題をかかえるたびに、私はこう叫ぶ。「さあ、運命よ、来たければ来い。お前
なんかにつぶされてたまるか!」と。生きている以上、カラ元気でも何でも、前に進むしかない
のだ。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●かわいた冬の風
●心を破壊する受験勉強●温もりの消えた日本

 昔、バリバリの猛烈社員がいた。ある企画会社の男だったが、彼は次々とヒット作を世に送
り出していた。その彼と半年あまり一緒に仕事をしたが、おかしなことに気づいた。彼の頭の中
にあるのは、営業成績だけ。数字だけ。友人の姿はおろか、家族の姿すらなかった。

「仕事が生きがい」と言えば聞こえはよいが、その実、仕事の奴隷。私はその男を見ながら、ど
うしてこういう人が生まれるのか、それに興味をもった。しかしその理由はすぐわかった。

 受験期を迎えると、子どもの心は大きく変化する。選別されるという恐怖と将来への不安の
中で、子どもの心は激しく動揺する。本来なら家庭がそういう心をいやす場所でなければならな
いが、その家庭でも、親は「勉強しろ」と、子どもを追いたてる。行き場をなくした子どもはやが
て、人とのつながりを自ら切る。切りながら、独特の価値観を身につける。

 話はそれるが、こんな役人がいた。H市役所でもトップクラスの役人だった。ある日、私にこう
言った。「林君、H市は工員の町なんだよ。その工員に金をもたせると、働かなくなるんだよ。
だから遊ぶ施設をたくさん作って、その金を吐き出させなければならないんだよ」と。

この話で思い出したが、こんなことを言った通産省の役人もいた。「高齢者のもつ預貯金を、財
政再建に利用できないものか」(テレビ)と。

 受験勉強の弊害を説く人はほとんどいない。明治以後、教師も親も、そして子どもたちも、そ
れが「善」であると信じて、受験勉強をとらえてきた。しかしそれによって犠牲になるものも多
い。その一つが、「心」。

もちろん「勉強」が悪いのではない。受験にまつわる「競争」が悪い。青春期の一番大切な時期
に、この競争で子どもを追いたてると、子どもから温かい人間的な心が消える。「能力のある人
がいい生活をするのは当然」という人生観が支配的になり、ものの考え方が、ドライになる。冷
たくなる。「受験期に学級委員なんかしているヤツはバカだ」と言った高校生がいた。親子とい
う人間関係すらも、数字でみるようになる。

今、日本の若者のほとんど(66%)は、「生活力に応じて、(老後の)親のめんどうをみる」(総
理府97年)と答えている。

 子どもが有名大学へ入ったりすると、親は、「おかげさまで」と喜んでみせる。しかしその背後
で吹きすさぶのは、かわいた冬の風。その風が、今、日本中をおおっている。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1810)

●Bさんからのメール

【幸せのどんぶり】

+++++++++++++++++

Bさんから、メールが届きました。
私とはちがった視点からのエッセーで、
いつも、たいへん刺激です。

+++++++++++++++++

先生、体調はいかがですか?

私の父は 以前にもお伝えしたことがあるように 
退職3日後に脳出血で倒れて以来 右半身不随の障害者になってしまいました。
あっけなく父が望んでいた定年後の様々な夢を奪われてしまった代わりに、
父は母といつも一緒に外出。両親のお友達曰く、
「ラブラブ」な夫婦になっているようです。あはは!

それでもやはり 大切な存在の人には健康でいてほしいです。
ですので はやし先生もどうかご無理をなさらないで、健康にお過ごしください。
だなんて… 私のような人生の大後輩(?)が口にすることではないかもしれませんが…。 
でも本当にそう思います。 お元気でいらしてください。
 
以前少し触れた 幸せのおどんぶりのお話についてお話します。

この話は 母が父のもとに嫁ぐとき 祖母から聞いた話だそうです。
 
ひとは ふたつの同じ大きさのおどんぶりをもっている。
ひとつは しあわせのおどんぶり。
もうひとつは かなしみの(しあわせでない)おどんぶり。

人生を送っていくうちに、 
幸せのおどんぶりに潤いが増すことがあれば、 
悲しみのおどんぶりに、ぽたりぽたりと、しずくが溜まることもある。
その人の人生が終わるとき ふたつのおどんぶりは どちらも満タンになっている。
 
子供の頃、なんでわたしばかり。。。、と、唇をかみ、人を羨むこともありましたが、
いつの頃か、この話を聞いてから、
「美人のあの子もあの子なりに苦しみを持っているんだ…」とか、
「あんなにキラキラして輝いている裏で、
あの俳優さんはその光を放つための努力や苦しみを味わっているのだろう」 
と、想像をすることができるようになったように思います。

そしてなんで私ばかり…、と思うことは 全くなくなりました。
ゼロです。なくなりました。

苦しみも幸せも人それぞれ価値観が様々で、 
ある同じ出来事を当たり前とかんじる人もいれば、
なんて幸福なことだろうと思う人もいる。悲しみや怒りに関する出来事も同様。
 
だとすれば 今の私の毎日は 幸せのおどんぶりにしずくが、
トクトクと流れ込んでいるように思います。

数年前のある冬の朝、いまが私の人生で一番辛いときだと、
決めたときがありました。
あの頃は 悲しみのおどんぶりに、黒い濁ったお水がじわじわと
容積を占めていたときのように思います。

ただそのように想像するだけなのですが、今思い返せば、
吹き出してしまうほど、くら〜〜い顔で、当時 夫に、
「死人のような顔をしている」と言われたこともあります。

(家とグランマの看護の往復で睡眠不足でした。1週間で8〜9時間くらい! 
今の私には無理やねぇ) 

そんな事を言われたことに何も感じなかった自分も 
今となれば 机をたたいて笑いたくなる笑い話です。
まるで亡霊のように生きていたのでしょう。
しかし、時薬(ときぐすり)が、ここへ私を招いてくれました。
 
あの冬の朝味わった私の気持ちは、この命が消えるときまで、
Worst1であろうと、今は信じたいです。
 
以下は私の大好きな歌の歌詞の抜粋です(木村弓作、「いつも何度でも」)。
 
 『悲しみの数を言い尽くすより 同じくちびるでそっとうたおう
 こなごなに砕かれた鏡の上にも 新しい景色が 映される
 海の彼方にはもう探さない
 輝くものはいつもここに
 わたしのなかに見つけられたから』
 
でもネ、先生、私の人生は多分まだあと半分くらいは残っていると思う。
まさか自分の子供がお腹にいるとわかる直前に父が倒れるだなんて、
父が最重度の障害者になるだなんて、思いもしなかった。

大切な人と無理にも離れなくてはならなくなるだなんて、思いもしなかった。
思いもしなかったことが起きるから人生は、生きていることは苦しかったり、
幸福だったり、とにかく、いまここにいることが私にとっては本当にありがたい。

悲しみのおどんぶりの中身がもう充分いっぱいに近づいているつもりでいても、
これからもっと山盛りになってしまうのかもしれない。
幸せのおどんぶりの中身が、これからもっともっと増えていくのは
私自身の決断や行動が反映していくのかもしれない。
 
最近、好きな歌の歌詞をノートに書きとめることをしています。
歌詞だけでなく、何気なく耳にした心地よい響きの言葉や出来事も。
生きていく力の源となるような輝きのある言葉たち。

「よいお靴を履いているとよい所へゆける」

よい所って、人によってどんな場所かわからないけれど
私の普段愛用している靴は 高級品ではないけれど、
10年近く履いているとても気に入った靴。

もうそろそろお役御免にしてあげたいところだけれど…。
R男(息子)の父が転勤のために引っ越す前日、3人で買い物に出かけ、
彼(お父さん)の気に入った靴、R男と私二人で購入し、プレゼントしました。

そんなことをすることが 些細でも 本当に幸せなこと。
大切な人の幸せを願うことはとても幸せなことですね。
おまけに神社でお守りも購入して贈りました。
 
小さなベランダでイチゴやハーブを育てたり、
お誕生日の練習と言って、ろうそくだけをつけてお夕飯を食べたり、
お気に入りのブランケットを取り合ったり、
オヤスミの前には、時間帯によって、(早い方がたくさん読んでもらえるという
決まりにしてあるので、早寝に効果アリ!!)、ご本の数を決めて読んだり…。

Now I'm sure that our life is filled with every little happiness.
小さな幸せで満ちた毎日です。
 
もう過去には戻れないのだから
今と未来の幸せをたっぷりと感じて生きていきたい。
 
夜の文章は情熱的になるといいますので、今宵はこの辺で失礼いたします。
おやすみなさいませ☆彡

Bより

+++++++++++++++

Bさんへ、

いつもエッセーありがとうございます。

「Bさん」というのも、どこか失礼な感じがしますので、
もしできたら、ペンネームでも決めていただけたらと
思っています。

いかがでしょうか?

そのつど、私のマガジンで、エッセーを紹介させてください。
よろしくお願いします。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

【YKさんからのメールより】アスペルガー児について(補足)

++++++++++++++++++

アスペルガー児をおもちのNさんより、
YKさんに、意見が届いています。

あくまでも参考、ということで、ここに
掲載させていただきます。

もしASの心配があるなら、専門の診療
機関で、専門医による診断を受けてください。

++++++++++++++++++

【Nさんより、はやし浩司へ】

こんにちは。

私はこのYKさんの記事を読んで、ちょっとこのお子さんは発達障害の可能性があるのではな
いかなと思いました。

もちろん確信はなく、発達障害の子どもを育てたことがある方だと、「ちょっと可能性があるか
な」と思うくらいの程度でしかわかりません。2歳という年齢ですから、まだ判断するのは難しい
のです。

でもよくアスペルガー症候群や、高機能自閉症の親のサイトでは、「外で癇癪が始まると激しく
騒いで、周りから白い目で見られたり親の躾(しつけ)がなっていないと怒鳴られた」というよう
な記事が出ていたりします。

発達障害を診断する医師は、このような、赤ちゃんから今までの様子なしでは診断できないと
言われているくらい、発達過程での様子は大事なのです。

うちの息子も1歳くらいから、暑さ、寒さ、不快さ、などの理由で大泣きし寝転がって両手両足を
激しく動かして抱く事もできないような癇癪から始まり、2歳くらいでは、YKさんのような理由で
の激しい癇癪が多かったです。電車の中でも、自分が思った通りでない事が起こると癇癪にな
ったりしました。その当時はASなどの知識はなかったので、失敗したなと思います。以下は私
の感想です。

【YKさんからのメールより】生後2週間の頃から、15時間連続で起きていたこともあるほど、ま
とめて寝ない子で、起きている時間は抱っこして歩きまわらないと、グズってばかりの娘でし
た。

家の子の場合も、寝かせるのが本当に大変でした。眠いし、寝たいのに無理に目を開けてい
るのです。放っておくと午前1時でも寝ません。しかし、これはBed time storyの定着でかなり解
消されました。Ritualが好きで、それを一通り済ませる事で安心して寝られたようです。

【YKさんからのメールより】2歳になってから、とにかく何でも自分でしないと気が済みません。
着替えも、ちょっと手を出すと気が狂ったように泣き叫んで、怒って服が破れそうなほど引っ張
って
全部脱いでしまいます。

これは私は、OCとかOCDと言われるものが強い、つまりこだわりが強いからだと思います。
誰でも多少は持っています。しかし病的に近いものであると、手を洗うのがやめられない、この
通りの順番でないと駄目、と社会生活に支障をきたしてきます。

OCである子どもの性格を変える事は出来ませんが、緩和する事は出来ます。それはその習
慣の連続性をたまに断ち切るのです。無理強いではなく、あくまで偶然という感じでです。

例えば石鹸を使わないと手を洗った気がせず、いつも石鹸で長い時間洗い続けている場合、
石鹸を求めてきたらそこにあればあげてもいいのですが、たまには石鹸を隠しておいて、「そう
いえば買い忘れたからないわ。今度買っておくね、今日は水だけで洗おうね」という感じでで
す。

一度か2度習慣を断ち切るうちに、その習慣性から抜け出す事が訓練されるようになります。
無理強いは駄目ですが、あくまでさりげなくです。服に関しては自分で着るのは良い事で、やら
せておいてもいいように思います。急いでいても親があせって着せてあげる必要はないかもし
れません。

いつも私は自分に言い聞かせているのは「5分待ってあげたら癇癪にならなかった。5分待て
なかったから癇癪になって半日潰れた。焦ったら駄目」という言葉です。

【YKさんからのメールより】三輪車も、何としても自分で運転する!っていう気迫で、購入して1
週間で自分でこげるようになり、私が後ろの押し手を押すと、「イヤ!」と言って横断歩道の真
ん中でも足を踏ん張って動かなくなってしまいます。

多分、この子はお母さんが後ろを押すのが嫌なのではなくて、断りもなしに押されるのが嫌な
のだと思います。発達障害の子は、次に何が来るのか状況から判断するのが非常に苦手な
ので、突然その出来事が降りかかったように思って驚いてしまうのです。だからお母さんが一
言、「押してあげようか?」と聞いたり、他の子を押している場面とか楽しい場面を見せて「こう
やって欲しい?」と聞いてあげれば、やりたいと言ったかもしれません。

【YKさんからのメールより】公園などでは順番や物の貸し借りのルールをすごく理解していま
す。なので順番を守れない子がいたり、自分はおもちゃを「どうぞ」と貸してあげられたのに、相
手が貸してくれないようなことが何度も重なると、手がつけられないほど暴れて30分以上泣き
止んでくれなくなります。

社会規範、学校校則など、決まりごとはきちんと守るべきと捉え、その枠から少しも外れる事
ができないのは息子も同じです。言葉を文字通りにしか受け取れないからです。

学校で「教室で私語をしてはいけません」と先生が言ったら、休み時間でも私語をしません。人
とのルールも決まった通りにのみ動くと思っていて、そうでない人を軽蔑しています。しかし人
間ですから、そうでない場合もあり、プレイセラピーなどを通して学んでいくのが課題です。

【YKさんからのメールより】お片づけして今日は「バイバイ」しようと言った後、気が狂ったように
泣き出しました。

さっきのと重複しますが、これも突然だったからではないでしょうか。「これこれしたらバイバイ
するけどいいかな?」と聞いて、本人が納得してからバイバイさせるとなんともなくバイバイした
りします。出かける時も、例えば家族で食事の時、今日は映画見に行こうか、なんて話していて
も、本人に「今日は何時に何の映画見に行くけどいいかな?」と確認を取っておかないと、出か
ける時に「言われてない」と癇癪になったりしました。何でも疑問形で聞くので母とかは「子ども
の顔色伺ってる」と批判してきました。

【YKさんからのメールより】ここまで激しいと私まで泣きたくなります。

私もその気持ち、とてもよくわかります。何度も泣きました。

【YKさんからのメールより】相手が泣いていたりすると自分が悪いと思ってしまい、何度も何度
もそういうことが重なると爆発するみたいです。

人間関係の相手の感情とか全く読めないので、目に見えるもの、涙とか怒った言葉の口調な
どで自分が責められたと思う場合が多いみたいです。また聴覚過敏だと、声のトーンが上がっ
ただけで平手ビンタをくらって気持ちになるそうです。

【YKさんからのメールより】こんなに激しく泣き続けても、泣き止んだら何事もなかったように、
いつもの太陽みたいな笑顔を見せてくれます。

そうです。まるでスイッチがオンになったり、オフになったりしたみたいです。

普通、気分悪かった事、恨みに思ったり、嫌な感情は、その事が過ぎてもなかなか忘れませ
ん。忘れないからこそ、学習したり、次から気をつけたり、同じ事を同じ人にしないようにしま
す。でも発達障害の子の癇癪の場合、その間の記憶があまりはっきり残っていなかったりする
事もあります。

そして癇癪発作が治まると、まるで何事もなかったように、スイッチがオフになったように普通
の子に戻ります。もう少し年齢が進むと、フラッシュバックで再度癇癪発作にならなければ、そ
の理由を話させたり、聞き出す事も出来るようになります。

大切なのは学び続ける事だと思います。

自分の子どもがこういう個性を持って生まれてきて、さて、どうやったら社会で生きていかれる
のか、レッテルを貼る事が必ずしもいいとも限りません。でも親だけはその子の特性を十分理
解してあげて、それに沿った援助をしてあげて欲しいと思います。

【はやし浩司よりNさんへ】

 現在(07年2月)、私も、2人のアスペルガー児を、指導させていただいています。ともに症状
は軽いほうですが、診断基準通りの症状を示しています。

(1)他人と良好な人間関係が結べない。
(2)不器用。(文字、数字が、乱雑すぎて、読めないなど。)
(3)ともに、数の分野で、特異な才能を見せている。
(4)まちがいを指摘されると、パニック状態になる。
(5)キレた状態になると、突発的にかんしゃく発作的な症状を示す、など。

 しかし私の今までの経験では、小学3、4年生ごろになると、症状が急速に収まってきます。
ときに自己意識(=自分を客観的に判断して、自分で自分をコントロールする力)が育ってくる
と、見た目には、わからなくなります。

 私のように幼児期からその子どもを見ている者にはわかりますが、たとえば小学校の先生な
どには、判断できないのではないかと思います。実際、学校の先生に、いつも「字が汚い」と、
叱られている子ども(小学高学年児)もいます。(叱ったところで、どうにかなる問題ではないの
ですが……。)

 もちろん、親の前で、「アスペルガー」という診断名を口にすることは、タブー中のタブーです。
しかしその子どもから、ときどき、そういうケアセンター(名称は、いろいろです)で、指導を受け
ているという話を聞き、そのように診断されているということを、私は知ります。

 (親のほうから、診断名を言うということは、めったにありませんので……。私のばあいは、知
っていても、知らぬフリをして、指導しています。)

 発達障害児の問題は、その子ども自身に問題があるというよりは、親自身にその知識と理
解がなく、強引な指導などにより、症状をこじらせてしまうところにあります。ADHD児について
も、同じです。

 早期に、それと知り、適切な指導で、症状をこじらせないことこそ、重要です。あとは、ここに
も書きましたように、(時)を待ちます。根気のいる作業ですが、終わってみると、「何だ、こんな
ことだったのか」という状態になります。

 ただ小学3、4年生になったから、症状が消えるということではありません。中学生、高校生
になっても、症状は残ります。(ADHD児も同じです。)が、「注意してみれば、わかる」といった
程度まで、症状は、わかりにくくなります。またそうなるよう、指導をつづけます。

 現在指導している、A君(小学高学年児)にしても、そういう子どもであるという前提で、指導し
ています。いろいろ問題点はありますが、A君自身でもどうにもならないことだとあきらめ、私の
ほうが、先に手を引くようにしています。たとえばまちがいを指摘しない、字が乱暴なのを責め
ないなど。

 こまごまと、追いつめないのが、指導のコツです。

 ともかくも、私は、実のところ、乳幼児期(0〜3、4歳児)については、ほとんどといってよいほ
ど、知識も、また指導の経験もありません。貴重なご意見、たいへんありがとうございました。

++++++++++++++++

YKさんからの相談(掲示板への
書き込み)を、再度、ここに転載
させていただきます。

++++++++++++++++

【YKさんより、はやし浩司へ】

生後2週間の頃から、15時間連続で起きていたこともあるほど、まとめて寝ない子(寝
る環境作りはいろいろと工夫しましたが無理でした)で、起きている時間は抱っこして歩
きまわらないと、グズってばかりの娘でした。

寝る子は育つと言うのに、こんなに寝なくて大丈夫なものかと病院に行ったほどでしたが、
至って健康で、人なつっこく男の子顔負けのやんちゃ娘に成長していきました。

好奇心旺盛で、喜怒哀楽がとてもハッキリしていて(嬉しいと興奮しすぎるほど喜ぶし、
怒ると手がつけられないほど泣き暴れます)、活発なので、やんちゃすぎて手はかかります
が、幼い頃おとなしかった私にしてみたら、すごく張り合いがあって自慢の娘です。

でもやっぱり神経質というか、頑固すぎるところがあり、2歳になってどう扱ったらいい
か分からなくなることが増えました。魔の2歳児というほど、2歳は周りの子もみんな反
抗期+何でも自分で!、という時期なので、ある程度は仕方ないと腹をくくって毎日気長
に接していました。

赤ちゃんの頃から手がかかる子だったので、今でも私にベッタリなこともあり、スキンシ
ップはたっぷり取れているつもりでいるのですが・・・。はやしさんのエッセイで、「わが
まま」と「頑固」の違いなどについて書かれていたを読んで、うちの娘は頑固すぎるのか
なぁと思い、相談させていただこうと思いました。

2歳になってから、とにかく何でも自分でしないと気が済みません。着替えも、ちょっと
手を出すと気が狂ったように泣き叫んで、怒って服が破れそうなほど引っ張って全部脱い
でしまいます。

もともと好奇心旺盛な子なので、1歳のころから自分でできることなら、何分でもつき合
ってあげて、危険なことでない限り何にでも挑戦させてあげてきました。でもまだ2歳だ
からどうがんばっても無理なこともいっぱいあります・・・。

三輪車も、何としても自分で運転する!っていう気迫で、購入して1週間で自分でこげる
ようになり、私が後ろの押し手を押すと、「イヤ!」と言って横断歩道の真ん中でも足を踏
ん張って動かなくなってしまいます。

また、夫に似て、正義感が強く変に真面目なところがあり、公園などでは順番や物の貸し
借りのルールをすごく理解しています。なので順番を守れない子がいたり、自分はおもち
ゃを「どうぞ」と貸してあげられたのに、相手が貸してくれないようなことが何度も重な
ると、手がつけられないほど暴れて30分以上泣き止んでくれなくなります。

以上に書いたようなことは、2歳児ならみんなあることだとは思うのですが、かんしゃく
を起こしたときの激しさが、ほんとにすごいんです。

今日はおもちゃの貸し借りがうまくできないことが続いて(相手の子が何が何でも自分の
おもちゃは貸さない!と言ってすぐ泣く子でした)、お友だちも娘もお昼寝の時間になり眠
たそうで機嫌が悪かったので、お片づけして今日は「バイバイ」しようと言った後、気が
狂ったように泣き出しました。

「バイバイ嫌!!」と言って、すごい勢いで走り出して、道路に何度も飛びだそうとする
から、阻止して、落ち着かせようと抱きしめてあげたら余計に泣き叫びました。すごく激
しく暴れるので何度も道路や壁に頭を打って大変でした。

パニックになると「ぎゃーー!!」と泣き叫びながら私から離れて、走って行ってしまい
ます。室内など、少々走り回っても大丈夫な場所なら、ある程度落ち着くまで暴れさせて
あげて、落ち着き始めた頃にギューっと抱きしめてあげると少しずつ私に寄り添ってくれ
て、笑顔を見せてくれるます。

が、走り回れない野外だと、私が触れるたびにさらに火がついたように泣き叫んで、いつ
までたっても落ち着いてくれず、親子ともどもどろんこになりながら、1時間近く格闘し
なきゃいけないことになります。あまりに激しいので、街行く人たちも白い目で見るとい
うのを通り越して、どこか病気?にでもなったのかというぐらい怖い物を見るように心配
されたりします。

1歳代の頃から、気に入らないことがあるとしょっちゅう道路に寝転がってダダをこねる
子だったので、それぐらいのことで人目が気になったりはしないのですが、ここまで激し
いと私まで泣きたくなります。

「どうぞ」ができたことをいくら誉めてあげても、相手が泣いていたりすると自分が悪い
と思ってしまい、何度も何度もそういうことが重なると爆発するみたいです。気は強いの
で、自分が今遊びたいものを我慢して貸してあげたりすることはなく、今遊んでないもの
をきっちり選んで貸してあげます。なので我慢が爆発するという感じでもないです。

こんなに激しく泣き続けても、泣き止んだら何事もなかったように、いつもの太陽みたい
な笑顔を見せてくれます。私にギューっと抱きついて、「お母さん、大好き〜」と言ってく
れます。「イヤイヤ!」は思いっきり発散させた子の方が後々いい子になるって聞くので、
反抗期が激しいのはいいことなのかもしれませんが、こんな娘の性格を伸び伸びと伸ばし
てあげるにはどう接していけばいいのでしょうか?

うまく文章に表せたか分かりませんが、アドバイスいただけたらとても嬉しいです。よろ
しくお願いします。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 アス
ペルガー 発達障害)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1811)

【今朝・雑感】(2月10日)

+++++++++++++++++

母は、今日はデイサービスを受けに
行った。

その間に、私とワイフは、山荘で、
つかの間のひとときを、楽しんだ。

ミルクティーを飲んで、ハッサクの
収穫。レモンも、5、6個取った。

+++++++++++++++++

 人は子育てをしながら、自分の過去を見る。同じように人は、親の介護をしながら、自分の未
来を見る。私は、今、その(未来)を見つつある。

 過去を、(プラスの領域)とするなら、未来は、(マイナスの領域)となる。たとえば小学校で
も、比例のところで、グラフの学習をする。しかしそこはプラス(正)の世界。しかし中学生にな
ると、マイナス(負)の世界を学ぶ。とたん、グラフの世界は、4倍の広さをもつようになる。

 私は、今まで、そのプラスの世界だけを見てきた。またプラスの世界だけを論じてきた。が、
その一方に、もうひとつ別の世界があることを知った。それがマイナスの世界である。つまりそ
れが自分自身の老後の世界ということになる。

 私は母の介護をしながら、「では、自分はどうあるべきか」を、懸命に学ぼうとしている。ワイ
フも、同じで、今日、そのことがドライブの途中で、話題になった。

 有吉佐和子は、「恍惚の人」という本の中で、こう書いている。『長い人生を営々と歩んで来
て、その果てに老もうが待ち受けているとしたら、人間は何のために生きたことになるのだろ
う』と。

 まさにそのとおり。

私「……ということは、元気なうちに老後のありかたを決めておかねばならない」
ワ「老後になってから、あわててもしかたないわね」
私「うん。何よりも大切なことは、老後、とくに晩年になったとき、何に生きがいを求めるかとい
うことかもしれないね」
ワ「ただ死を待つだけの人生だったら、つまらないわね」と。

 で、私たちが出した結論は、こうだ。

 できるだけ元気なうちに、(生涯介護)という名前の施設に入ること。そこを起点に、旅行をし
たりして、人生を楽しむ、と。この浜松市にも、(生涯介護)をうたった施設は、いくつかある。

 入居のとき、○千万円を納める。あとは月々の出費と小遣い程度で、死ぬまで、めんどうを
みてくれる施設である。ワイフは、「家と土地を売れば、何とかなる」と、いつも口ぐせのように
言う。

 これから10年。私を取り巻く環境は、大きく変化するだろう。いくらがんばっても、寿命には
勝てない。今のところ、これといった病気はない。認知症の心配もない。だからこそ、今のうち
に、老後のあり方を決めておかねばならない。

+++++++++++++++++

4年前(03年)に、こんな原稿を
書きました。

+++++++++++++++++

【未来と過去】

●回顧と展望

 未来を思う心と、過去をなつかしむ心は、満55歳くらいを境にして、入れかわるという。ある
心理学の本(それほど権威のある本ではない)に、そう書いてあった。しかしこれには、当然、
個人差がある。

 70歳になっても、あるいは80歳になっても、未来に目を向けている人は多い。反対に、40
歳の人でも、30歳の人でも、過去をなつかしんでいる人は多い。もちろんどちらがよいとか、
悪いとかいうのではない。ただ満55歳くらいを境に、未来を思う心と、過去をなつかしむ心が
半々くらいになり、それ以後は、過去をなつかしむ心のほうが大きくなるということらしい。

 これを心理学の世界でも、「展望性と回顧性の転換期」と呼んでいる。

 が、私のばあい、過去をなつかしむということが、ほとんど、ない。それはほとんど毎日、幼児
や小学生と接しているためではないか。そういう子どもたちには、未来はあっても、過去は、な
い。

が、かといって、その分私が、未来に目を向けているかというと、そういうこともない。今度は、
私の生きザマが、それにかかわってくる。私にとって大切なのは、「今」。10年後、あるいは20
年後のことを考えることもあるが、それは「それまで生きているかなあ」という程度のことでしか
ない。

 ときどき、「前世や来世はあるのかなあ」と考えることがある。しかし釈迦の経典※をいくら読
んでも、そんなことを書いてあるところは、どこにもない。イエス・キリストも、天国の話はした
が、前世論や来世論とは、異質のものだ。

(※釈迦の生誕地に残る、原始仏教典『スッタニパータ』のこと。日本に入ってきた仏教典のほ
とんどは、釈迦滅後四、500年を経て、しかもヒンズー教やチベット密教とミックスされてできた
経典である。とくに輪廻転生、つまり生まれ変わり論を、とくに強く主張したのが、ヒンズー教で
ある。)

 今のところ、私は、「そういうものは、ない」という前提で生きている。あるいは「あればもうけも
の」とか、「死んでからのお楽しみ」と考えている。本当のところはよくわからないが、私には見
たこともない世界を信じろと言われても、どうしてもできない。

 本来なら、ここで、「神様、仏様、どうか教えてください」と祈りたいところだが、私のようなもの
を、神や仏が、相手にするわけがない。少なくとも、私が神や仏なら、はやし浩司など、相手に
しない。どこかインチキ臭くて、不誠実。小ズルくて、気が小さい。大きな正義を貫く勇気も、度
胸もない。小市民的で、スケールも貧弱。仮に天国があるとしても、私などは、入り口にも近づ
けないだろう。

 だからよけいに未来には、夢を託さない。与えられた「今」を、徹底的に生きる。それしかな
い。それに老後は、そこまできている。いや、老人になるのがこわいのではない。体力や気力
が弱くなることが、こわい。そしてその分、自分の醜いボロが出るのがこわい。

 個人的な意見としては、あくまでも個人的な意見だが、人も、自分の過去ばかりをなつかしむ
ようになったら、おしまいということ。あるいはもっと現実的には、過去の栄華や肩書き、名誉に
ぶらさがるようになったら、おしまいということ。そういう老人は、いくらでもいるが、同時に、そう
いう老人の人生観ほど、人をさみしくさせるものはない。

 そうそう釈迦は、原始仏教典の中でも、「精進(しょうじん)」という言葉を使って、「日々に前進
することこそ、大切だ」と教えている。しかも「死ぬまで」と。わかりやすく言えば、仏の境地な
ど、ないということになる。そういう釈迦の教えにコメントをはさむのは許されないことだが、私も
そう思う。人間が生きる意味は、日々を、懸命に、しかも前向きに生きるところにある。過去で
はない。未来でもない。「今」を、だ。

 1年前(02年)に書いた原稿だが、少し手直しして、ここに掲載する。

++++++++++++++++++++++++

【前向きの人生、うしろ向きの人生】

●うしろ向きに生きる女性

 毎日、思い出にひたり、仏壇の金具の掃除ばかりするようになったら、人生はおしまい。偉そ
うなことは言えない。しかし私とて、いつそういう人生を送るようになるかわからない。しかしでき
るなら、最後の最後まで、私は自分の人生を前向きに、生きたい。自信はないが、そうしたい。

 自分の商売が左前になったとき、毎日、毎晩、仏壇の前で拝んでばかりいる女性(70歳)が
いた。その15年前にその人の義父がなくなったのだが、その義父は一代で財産を築いた人だ
った。くず鉄商から身を起こし、やがて鉄工場を経営するようになり、一時は従業員を5人ほど
雇うほどまでになった。

が、その義父がなくなってからというもの、バブル経済の崩壊もあって、工場は閉鎖寸前にまで
追い込まれた。(その女性の夫は、義父のあとを追うように、義父がなくなってから2年後に他
界している。)
 
 それまでのその女性は、つまり義父がなくなる前のその女性は、まだ前向きな生き方をして
いた。が、義父がなくなってからというもの、生きザマが一変した。その人には、私と同年代の
娘(二女)がいたが、その娘はこう言った。

「母は、異常なまでにケチになりました」と。たとえば二女がまだ娘のころ、二女に買ってあげた
ような置物まで、「返してほしい」と言い出したという。「それも、私がどこにあるか忘れてしまっ
たようなものです。値段も、2000円とか3000円とかいうような、安いものです」と。

●人生は航海のようなもの

 人生ひとりで、あるいは家族とともに、大海原を航海するようなもの。つぎからつぎへと、大波
小波がやってきて、たえず体をゆり動かす。波があることが悪いのではない。波がなければな
いで、退屈してしまう。船が止まってもいけない。航海していて一番こわいのは、方向がわから
なくなること。同じところをぐるぐる回ること。仏教でも、「輪廻彷徨(りんねほうこう)」という言葉
を使って、それを説明している。

もし人生がその繰り返しだったら、生きている意味はない。死んだほうがましとまでは言わない
が、死んだも同然。

 私の知人の中には、天気のよい日は、もっぱら魚釣り。雨の日は、ただひたすらパチンコ。
読む新聞はスポーツ新聞だけ。唯一の楽しみは、野球の実況中継を見るだけという人がい
る。しかしそういう人生からはいったい、何が生まれるというのか。いくら釣りがうまくなっても、
いくらパチンコがうまくなっても、また日本中の野球の選手の打率を暗記しても、それがどうだ
というのか。そういう人は、まさに死んだも同然。

 しかし一方、こんな老人(尊敬の念をこめて「老人」という)もいる。昨年、私はある会で講演を
させてもらったが、その会を主宰している女性が、80歳を過ぎた女性だった。乳幼児の医療
費の無料化運動を推し進めている女性だった。私はその女性の、生き生きした顔色を見て驚
いた。「あなたを動かす原動力は何ですか」と聞くと、その女性はこう笑いながら、こう言った。
「長い間、この問題に関わってきましたから」と。保育園の元保母だったという。そういうすばら
しい女性も、少ないが、いるにはいる。

 のんびりと平和な航海は、それ自体、美徳であり、すばらしいことかもしれない。しかしそうい
う航海からは、ドラマは生まれない。人間が人間である価値は、そこにドラマがあるからだ。そ
してそのドラマは、その人が懸命に生きるところから生まれる。人生の大波小波は、できれば
少ないほうがよい。そんなことはだれにもわかっている。しかしそれ以上に大切なのは、その
波を越えて生きる前向きな姿勢だ。その姿勢が、その人を輝かせる。

●神の矛盾

 冒頭の話にもどる。
 
信仰することがうしろ向きとは思わないが、信仰のし方をまちがえると、生きザマがうしろ向き
になる。そこで信仰論ということになるが……。

 人は何かの救いを求めて、信仰する。信仰があるから、人は信仰するのではない。あくまで
も信仰を求める人がいるから、信仰がある。よく神が人を創(つく)ったというが、人がいなけれ
ば、神など生まれなかった。もし神が人間を創ったというのなら、つぎのような矛盾をどうやって
説明するのだろうか。これは私が若いころからもっていた疑問でもある。

 人類は数万年後か、あるいは数億年後か、それは知らないが、必ず絶滅する。ひょっとした
ら、数百年後かもしれないし、数千年後かもしれない。しかし嘆くことはない。そのあと、また別
の生物が進化して、この地上を支配することになる。たとえば昆虫が進化して、昆虫人間にな
るということも考えられる。その可能性はきわめて大きい。となると、その昆虫人間の神は、
今、どこにいるのかということになる。

 反対に、数億年前に、恐竜たちが絶滅した。一説によると、隕石の衝突が恐竜の絶滅をもた
らしたという。となると、ここでもまた矛盾にぶつかってしまう。そのときの恐竜には神はいなか
ったのかということになる。数億年という気が遠くなるほどの年月の中では、人類の歴史の数1
0万年など、マバタキのようなものだ。

お金でたとえていうなら、数億円あれば、近代的なビルが建つ。しかし数10万円では、パソコ
ン1台しか買えない。数億年と数10万年の違いは大きい。モーゼがシナイ山で十戒を授かっ
たとされる時代にしても、たかだか5000年〜6000年ほど前のこと。たったの6000年であ
る。それ以前の数10万年の間、私たちがいう神はいったい、どこで、何をしていたというのか。

 ……と、少し過激なことを書いてしまったが、だからといって、神の存在を否定しているので
はない。この世界も含めて、私たちが知らないことのほうが、知っていることより、はるかに多
い。だからひょっとしたら、神は、もっと別の論理でものを考えているのかもしれない。そしてそ
の論理に従って、人間を創ったのかもしれない。そういう意味もふくめて、ここに書いたのは、
あくまでも私の疑問ということにしておく。

●ふんばるところに生きる価値がある

 つまり私が言いたいのは、神や仏に、自分の願いを祈ってもムダということ。(だからといっ
て、神や仏を否定しているのではない。念のため。)仮に百歩譲って、神や仏に、奇跡を起こす
ようなスーパーパワーがあるとしても、信仰というのは、そういうものを期待してするものではな
い。

ゴータマ・ブッダの言葉を借りるなら、「自分の中の島(法)」(スッタニパーダ「ダンマパダ」)、つ
まり「思想(教え)」に従うことが信仰ということになる。キリスト教のことはよくわからないが、キ
リスト教でいう神も、多分、同じように考えているのでは……。

生きるのは私たち自身だし、仮に運命があるとしても、最後の最後でふんばって生きるかどう
かを決めるのは、私たち自身である。仏や神の意思ではない。またそのふんばるからこそ、そ
こに人間の生きる尊さや価値がある。ドラマもそこから生まれる。

 が、人は一度、うしろ向きに生き始めると、神や仏への依存心ばかりが強くなる。毎日、毎
晩、仏壇の前で拝んでばかりいる人(女性70歳)も、その1人と言ってもよい。同じようなことは
子どもたちの世界でも、よく経験する。たとえば受験が押し迫ってくると、「何とかしてほしい」と
泣きついてくる親や子どもがいる。そういうとき私の立場で言えば、泣きつかれても困る。いわ
んや、「林先生、林先生」と毎日、毎晩、私に向かって祈られたら、(そういう人はいないが…
…)、さらに困る。もしそういう人がいれば、多分、私はこう言うだろう「自分で、勉強しなさい。
不合格なら不合格で、その時点からさらに前向きに生きなさい」と。
 
●私の意見への反論

 ……という私の意見に対して、「君は、不幸な人の心理がわかっていない」と言う人がいる。
「君には、毎日、毎晩、仏壇の前で祈っている人の気持ちが理解できないのかね」と。そう言っ
たのは、町内の祭の仕事でいっしょにした男性(75歳くらい)だった。が、何も私は、そういう女
性の生きザマをまちがっているとか言っているのではない。またその女性に向かって、「そうい
う生き方をしてはいけない」と言っているのでもない。その女性の生きザマは生きザマとして、
尊重してあげねばならない。

この世界、つまり信仰の世界では、「あなたはまちがっている」と言うことは、タブー。言っては
ならない。まちがっていると言うということは、二階の屋根にのぼった人から、ハシゴをはずす
ようなもの。ハシゴをはずすならはずすで、かわりのハシゴを用意してあげねばならない。何ら
かのおり方を用意しないで、ハシゴだけをはずすというのは、人として、してはいけないことと言
ってもよい。

 が、私がここで言いたいのは、その先というか、つまりは自分自身の将来のことである。どう
すれば私は、いつまでも前向きに生きられるかということ。そしてどうすれば、うしろ向きに生き
なくてすむかということ。

●今、どうしたらよいのか?

 少なくとも今の私は、毎日、思い出にひたり、仏壇の金具の掃除ばかりするようになったら、
人生はおしまいと思っている。そういう人生は敗北だと思っている。が、いつか私はそういう人
生を送ることになるかもしれない。そうならないという自信はどこにもない。保証もない。毎日、
毎晩、仏壇の前で祈り続け、ただひたすら何かを失うことを恐れるようになるかもしれない。私
とその女性は、本質的には、それほど違わない。

しかし今、私はこうして、こうして自分の足で、ふんばっている。相撲(すもう)にたとえて言うな
ら、土俵際(ぎわ)に追いつめられながらも、つま先に縄をからめてふんばっている。歯をくいし
ばりながら、がんばっている。力を抜いたり、腰を浮かせたら、おしまい。あっという間に闇の世
界に、吹き飛ばされてしまう。しかしふんばるからこそ、そこに生きる意味がある。生きる価値
もそこから生まれる。もっと言えば、前向きに生きるからこそ、人生は輝き、新しい思い出もそ
こから生まれる。……つまり、そういう生き方をつづけるためには、今、どうしたらよいか、と。

●老人が気になる年齢

 私はこのところ、年齢のせいなのか、それとも自分の老後の準備なのか、老人のことが、よく
気になる。電車などに乗っても、老人が近くにすわったりすると、その老人をあれこれ観察す
る。先日も、そうだ。「この人はどういう人生を送ってきたのだろう」「どんな生きがいや、生きる
目的をもっているのだろう」「どんな悲しみや苦しみをもっているのだろう」「今、どんなことを考
えているのだろう」と。そのためか、このところは、見た瞬間、その人の中身というか、深さまで
わかるようになった。

で、結論から先に言えば、多くの老人は、自らをわざと愚かにすることによって、現実の問題か
ら逃げようとしているのではないか。その日、その日を、ただ無事に過ごせればそれでよいと
考えている人も多い。

中には、平気で床にタンを吐き捨てるような老人もいる。クシャクシャになったボートレースの
出番表を大切そうに読んでいるような老人もいる。人は年齢とともに、より賢くなるというのはウ
ソで、大半の人はかえって愚かになる。愚かになるだけならまだしも、古い因習をかたくなに守
ろうとして、かえって進歩の芽をつんでしまうこともある。

 私はそのたびに、「ああはなりたくはないものだ」と思う。しかしふと油断すると、いつの間か
自分も、その渦(うず)の中にズルズルと巻き込まれていくのがわかる。それは実に甘美な世
界だ。愚かになるということは、もろもろの問題から解放されるということになる。何も考えなけ
れば、それだけ人生も楽?

●前向きに生きるのは、たいへん

 前向きに生きるということは、それだけもたいへんなことだ。それは体の健康と同じで、日々
に自分の心と精神を鍛錬(たんれん)していかねばならない。ゴータマ・ブッダは、それを「精進
(しょうじん)」という言葉を使って表現した。精進を怠ったとたん、心と精神はブヨブヨに太り始
める。そして同時に、人は、うしろばかりを見るようになる。つまりいつも前向きに進んでこそ、
その人はその人でありつづけるということになる。

 改めてもう一度、私は自分を振りかえる。そしてこう思う。「さあて、これからが正念場だ」と。
(030613)

++++++++++++++++++

 こうして自分が書いた原稿を読みなおしてみることは、とてもよいことだ。4年前に書いた原
稿だが、「その後、自分は、それだけの進歩をしたのだろうか?」と考えることによって、自分
の中の変化を知ることができる。

 今、言えることは、4年間には、私はマイナス(負)の世界を知らなかったはず。頭の中では、
想像していたかもしれないが、そこまで。私は、今よりも、小さな世界に住んでいた。

 私の身のまわりで起こることは、私に何かを教えるために、起こる。そして身のまわりにいる
人たちすべては、私に何かを教えるために、そこにいる。母の介護にしても、また母にしてもそ
うだ。

 介護をするようになって、すでに1か月以上がすぎた。私は、この1か月で、自分の住む世界
を、ぐんと広げることができた。これは私にとっては、すばらしい経験になるにちがいない。

 そう言えば、昨夜、オーストラリアに住むR君(南オーストラリア州在住)が、こんなメールをく
れた。彼もまた、84歳の母のめんどうをみている。私が、「今、母のめんどうをみている」と書
いたことについての返事である。

 いわく「ヒロシ、おめでとう。君は、すばらしい経験をしているんだよ」と。

 ありがとう、R君! 君はいつも、何かを私に教えてくれる!


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1812)

●今朝・あれこれ(2月11日)

+++++++++++++++++++

昨日、私のノートパソコンに、ウィルスが
侵入した。ウィルス対策ソフトのおかげで、
難なく処理できたが、それにしても……。

また昨夜、DVDで『イルマーレ』をみた。
頭の中で、そのつど、「これは過去」「これは
未来」と考えなければならなかった。

久々に、頭の中で、心地よい火花を感じた。

+++++++++++++++++++

●ウィルス

 メールの中に、「件名:S社からのお知らせ。300GBの外付けハードディスクが、1万2000
円から……」というのがあった。

 S社というのは、格安のパソコン用ソフトを販売している会社である。私も、15本前後は、利
用している。それでそのメールを開いてしまった。

 いや、その前にふと、「?」と思ったのは、「Sxxxexx」社の名前が、「SxxxExx」と、一部、大
文字になっていたこと。うかつだった。

 で、メールを開くと、ホームページ・アドレスが、10個くらい並んでいた。その中のひとつに、
「USB高速メモリーを、50%引きで、ご提供」とあった。私は、それをクリックしてみた。が、変
化、なし。画面が開かない。「?」「?」……。とたん、フィッシィング・メールとわかった。

 「やられた!」と思ったとたん、そのパソコンにインストールしてあったウィルス対策ソフトが起
動。ポップアップ画面が出て、「ウィルスを検知しました。しかしご安心ください。感染ファイル
は、隔離しました」と。

 あぶなかった!

 そのあと、すぐウィルス・チェック。隔離されたウィルスは、インターネット・エクスプローラのTE
MPに入っていることがわかった。即、TEMPの中身を、丸ごと削除。かつ2度目のウィルス・
チェックを実行。

 2度目のチェックのときには、ファイルごと、ウィルスはきれいに消えていた。

 しかしそれにしても……。みなさんも、くれぐれも、ご用心ください。


●DVD『イルマーレ』

昨夜、夕食後に、DVD『イルマーレ』をみた。おもしろかった。画面ごとに、「これは2004年
だ」「これは2006年だ」と、頭の中で、そのつど頭の中の時計を、切り替えながら見た。

 DVDは、2004年に住む男と、2006年に住む女の文通から始まる。時空を超えた文通とい
うことになる。

 で、最初のうちは、それなりにわかりやすい展開だったが、やがて、どうこうするうちに、それ
から2年ほど、時間が経過する。2004年に住んでいた男が、2006年を生きるようになる。2
006年に住んでいた女が、2008年を生きるようになる。

 ……頭の中がゴチャゴチャしてくる。

 伏線として、一匹の犬が、過去と未来を行ったりきたりする。さらには、主人公の男が交通事
故で死んだり、死ななかったりする。

 ……頭の中が、さらにゴチャゴチャしてくる。

 過去をいじれば、未来を作りかえることができる。ふつうは、できないということになっている
が、このDVDの中では、できることになっている。それをマンションの前の大木が証明する。
(このあたりは、描写がていねい。こまかい。)

 ……などなど。久々に、頭の中で、バチバチと火花がショートするのを感じた。あの『マトリッ
クス』『シックス・センス』を見て以来のことである。

 最後は、2006年に、2006年に住む男と、2006年に住む女が、抱きあったところで終わ
る。(エンディングを話してしまって、ゴメン!)

 夜、床についてから、最後のあのシーンは、2006年のことだったのか、それとも、2008年
のことだったのかと、考える。私の結論は、2006年のことだったということになるが、このあた
りが、少しわかりづらい。

 字幕の翻訳が、少し荒すぎるのではないか。星は、★★★★。星が1つ欠けるのは、私はあ
の女優が、あまり好きではないから。


●相性

 (好き・嫌い)の話を書いたので、ついでに、一言。

 昔から、「似たもの夫婦」とか、「似たものどうし」とかいう。性格、心情、目的、態度、好みなど
が似ていると、たがいに親しくなりやすいことをいう。

 しかし似ているから、相性がよいということにはならない。

 たとえば性格にしても、好ましい性格と、好ましくない性格がある。好ましい性格というのは、
自分が「よい」と思っている部分をいう。朗らかだとか、明るいとか、あるいは社交的とか、な
ど。好ましくない性格というのは、自分の中に潜む邪悪な部分をいう。ねたみやすいとか、いじ
けやすいとか、ネチネチとものごとを暗く考えやすいとか、など。

相手が自分と同じ、好ましい性格をもっているわかると、その人との親しみがます。しかしそう
でなければ、そうでない。好ましくない性格だと、かえってその人を遠ざけることもある。その人
に会うたびに、自分の中に潜む邪悪な性格を見せつけられる思いがするからである。

 そこでシュプランガーという学者は、性格を、(1)理論型、(2)経済型、(3)審美型、(4)政治
型、(5)社会型、(6)宗教型の6つに分類した。

 これらの性格について、同じような性格をもっている人は、たがいに親しくなりやすいというこ
とがわかっている。たとえば理論型の人どうし、経済型の人どうし、など。

 が、誤解も生じやすい。

 自分では「親しい」と思っていても、相手はそうは思っていないというケースも、少なくない。こ
れを心理学の世界では、「類似性の仮想現象」と呼んでいる。わかりやすく言えば、思い込み
による誤解ということになる。

 実は、こうした現象は、夫婦の間で、よく見られる。よくある例は、夫のほうが一方的に、「私
は妻とは、良好な人間関係にある」と思い込むのが、それ。あるいは「私は、妻とはうまくいって
いる」「妻は、私をよく理解し、私を尊敬しているはず」「妻は、私という夫と結婚して、幸福なは
ず」と。

 しかし仮想は仮想。崩れるときには、一気に、崩れる。民法が定める離婚事由の中にも、「性
格の不一致」というのがある。性格が異なると、たがいに親しくなるのはむずかしい。そういう
意味で、毎日、薄氷の上を恐る恐る歩くようにして、生活を維持している夫婦も多いのではない
のか。

 私たち夫婦も、そうかもしれない。私は、理論型+政治型。ワイフは、社会型+審美型。こう
考えてみると、この40年弱の間、よくもまあ、無事、夫婦でいられたものだと思う。

 ホント!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 性格
 性格の一致 相性 類似性 類似性 類似性の仮想現象)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●雑感

+++++++++++++++++

今夜は、天丼。
先ほど、ワイフと買い物から帰って
きたところ。

昨夜は、チャーハンだった。もちろん
私の料理。土日は、できるだけ私が
料理するようにしている。

時刻は、午後4時を少し回ったところ。
夕食の支度を始めるまで、1時間ほど
ある。

その間に、雑感を、まとめよう。
頭の中が、モヤモヤしている……。

+++++++++++++++++

●慎重な質問

 オーストラリア人の友人の娘が、近く、結婚する。私も出席する。で、そのことについて、別の
友人に、あれこれと相談すると、その友人から、改めて、メールが届いた。

 「父親(=友人)と、娘たちは、うまくいっているのか?」「その娘は、君の出席を望んでいるの
か?」「君は、レセプションまで招待されているのか?」などなど。

 こういうばあい、日本人なら、こういう質問はしない。たとえ親子関係がうまくいっていないとわ
かっていても、知らぬフリをする。「うまくいっている」という前提で、話を進める。日本人の私に
は考えられない質問なので、改めて、「日本人とオーストラリア人は、ちがうなア」と感心する。

 つまりオーストラリアでは、たとえ親子でも、別々の人間とみる、……らしい。親子でも、うまく
いっていないケースは、いくらでもある。私のようなものが、勝手に出席するのは、かえって失
礼になるケースもある。第一、娘自身が、それを望んでいるのか。別の友人は、それを心配し
た。

 もちろんオーストラリアには、日本でいう、「家」意識は、ない。日本では、結婚式というと、
「家」どうしのつながりをつくるのが、いまだに、慣例となっている。中には、自分の先祖を自慢
する人さえいる。「私の先祖は、○○藩の家老だった」と。悪しき、封建時代の遺物である。

 来月に入ったら、いろいろ忙しくなりそう……。


●ウンチ論

 数日前、子どもたちと、ウンチ論をした。ある子ども(小4男児)が、「どうしてウンチは臭い
の?」と聞いた。私は、こう教えた。

私「あのね、ウンチが臭くなかったとしたら、人間は、とっくの昔に、絶滅していたんだよ」
子「どうして?」
私「まちがえて、食べたりするからだよ」
子「食べないよ。だって、臭いもん」

私「だろ。しかしね、人間も、大昔は、ネズミのような動物だったんだよ。頭がよくなかったという
わけ。だから、食べものとウンチを、まちがえて食べることもあったと思うよ。もし臭くなかったら
ネ」
子「まちがえて食べたら、どうなるの?」
私「伝染病なんかあったら、あっという間に広がってしまっただろうね」と。

 つまり臭いウンチをする動物だけが、進化の過程で、生き延びることができた。だからウンチ
は臭い。同時に、人間の嗅覚は、ウンチの臭いに敏感になった。だからウンチは臭い。

 以上、私のウンチ論。


●6か国協議

 案の定というか、やっぱりというか、北京で行われている6か国協議が、4日目に入ったとい
うのに、難航しているという。

 K国が、核放棄の見返りとして、桁外れの要求を出しているためである。そうしたニュースを
読みながら、いつも不思議に思うこと。

(1)なぜ、日本のマスコミは、こうした協議の内容について、逐一(ちくいち)、実況中継でも何
でもいいから、報告しないのか。

 K国の核開発問題、さらには6か国協議は、日本の命運を左右するような重大問題である。
そこらのサッカーの親善試合とは、わけがちがう。

(2)なぜ、こんな茶番劇をいつまでもつづけるのか。

 K国の金xxは、自分が健在なうちは、ぜったいに、核開発を放棄しない。彼にとって、核兵器
は、自分のパワーを象徴する、本尊のようなもの。つまり思考回路そのものが、カルト化してい
る。仮に「放棄する」と言っても、K国を信用するほうが、どうかしている。K国は、今まで、さん
ざん、周辺の国々を欺いてきた。

(3)ノー天気な韓国政府

 会議が始まる前の、韓国政府のはしゃぎようは、たいへんなものだった。(いつもそうだが…
…。)前回の協議のときも、「これで解決」と大見得を切った。今回は、「大きな転換期になる」
と、これまた大見得を切った。しかし結果は、ご覧のとおり。

 ここまでK国の核開発をウラで支えてきたのは、韓国政府と言ってもよい。その責任は、どう
なるのか。

 ところで今朝の東亜N報の社説は、こうだ。「(従軍慰安婦問題について)、謝罪が遅すぎると
いうことはない」と。

 しかし、日本は、戦後、そのつど、さんざん謝罪してきたではないか。天皇が訪韓したときも、
そうだ。で、時の外務大臣のSが、キレた。「何度、謝罪したら、気がすむのだ!」と。

 私も、同感。で、朝鮮N報のほうでは、オランダ人の従軍慰安婦問題を取りあげている。どう
して韓国が、オランダ人の従軍慰安婦問題まで、問題にするのか。

(4)A外務大臣

 日本のA外務大臣が、アメリカのイラク政策を批判して、「幼稚」と発言した。どうしてあの人
は、失言ばかり繰りかえすのだろう。さらに防衛大臣の発言をとりあげて、「私の(失言)は、防
衛大臣のとはちがう」と、まで。 ???

 今、日本の外交政策を安心して見ている人は、いったい、どれほどいるだろうか。現実には、
あぶなっかしくて、とても見ておられない。つまり、それも、安倍内閣の支持率低下の一因では
ないのか。

 ……などなど。そろそろ、夕食の支度にかかる。ワイフは、天丼を作る。私は、酢豚を作る。

 暗い話ばかりで、ごめん。

 はやくVISTA搭載のパソコンが、ほしい! ほしくて、ウズウズしている。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●いじめ(『負けるが、勝ち』)

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学校教育法施行令によれば、
市区町村教委が入学先を指定
した小中学校を、保護者の申請
で変更できるとしている。

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学校教育法施行令によれば、市区町村教委が入学先を指定した小中学校を、保護者の申請
で変更できるとしている。

 つまりある程度の理由づけがあれば、だれでも転校できるということ。「ある程度」というの
は、「同施行規則で各教委がその具体的要件や、手続きを定めている範囲」ということ。実際
には、そうした手続きを踏まないまま、転校を認めているケースも、少なくない。

 だから、子どもがいじめにあい、苦しんでいるのがわかったら、無理をせず、転校も視野に入
れて、解決方法を考えたらよい。言いたいこともあるだろう。不満もあるだろう。親としてのプラ
イドもあるだろう。しかし、この世界には、『負けるが勝ち』という格言がある。子どもの心を守る
ことを第一に考えて、行動したらよい。

 前にも書いたように、「教育」「教育」と気負いすぎると、あなたも疲れるが、子どもも疲れる。
転校するからといって、それをおおげさにとらえる必要はない。実際、転校することによって、
いじめの問題は、おおかた、そのまま解決する。

 子どもと担任との相性が悪いときも、同じように考えたらよい。ほかの父母との折りあいが悪
くなったときも、同じように考えたらよい。それがあなた自身の問題であるなら、あなたも、がん
ばればよい。しかし間に、あなたの子どもがいるなら、『負けるが、勝ち』。大切なことは、子ど
も自身が、気持ちよく、学校へ通えるという環境を、子どもに用意すること。

 あなたではない。子どもが、だ。

 こうした行動が、ともすれば硬直化した学校教育のカベに、穴をあけることができる。あなた
自身も、あなたをがんじがらめにしているクサリから、解放される。けっして、学校教育を、否定
しているのではない。

 日本人は、あまりにも、「学校」にこだわりすぎる。「学校」という亡霊に、だ。私たちにとって大
切なことは、子どもの教育を、子どもの視点に立って、もっと自由に考えること。自由に組み立
てること。

 以前、こんな原稿(中日新聞発表済み)を書いたことがある。この原稿に対する、反響は大き
かった。

+++++++++++++++++

【若者たちが社会に反抗するとき】
 
●尾崎豊の「卒業」論

学校以外に学校はなく、学校を離れて道はない。そんな息苦しさを、尾崎豊は、『卒業』の中で
こう歌った。

「♪……チャイムが鳴り、教室のいつもの席に座り、何に従い、従うべきか考えていた」と。

「人間は自由だ」と叫んでも、それは「♪しくまれた自由」にすぎない。現実にはコースがあり、
そのコースに逆らえば逆らったで、負け犬のレッテルを張られてしまう。尾崎はそれを、「♪幻
とリアルな気持ち」と表現した。

宇宙飛行士のM氏は、勝ち誇ったようにこう言った。「子どもたちよ、夢をもて」と。しかし夢をも
てばもったで、苦しむのは、子どもたち自身ではないのか。つまずくことすら許されない。

ほんの一部の、M氏のような人間選別をうまくくぐり抜けた人だけが、そこそこの夢をかなえる
ことができる。大半の子どもはその過程で、あがき、もがき、挫折する。尾崎はこう続ける。「♪
放課後街ふらつき、俺たちは風の中。孤独、瞳に浮かべ、寂しく歩いた」と。

●若者たちの声なき反抗

 日本人は弱者の立場でものを考えるのが苦手。目が上ばかり向いている。たとえば茶パツ、
腰パン姿の学生を、「落ちこぼれ」と決めてかかる。しかし彼らとて精一杯、自己主張している
だけだ。それがだめだというなら、彼らにはほかに、どんな方法があるというのか。

そういう弱者に向かって、服装を正せと言っても、無理。尾崎もこう歌う。「♪行儀よくまじめな
んてできやしなかった」と。彼にしてみれば、それは「♪信じられぬおとなとの争い」でもあった。

実際この世の中、偽善が満ちあふれている。年俸が2億円もあるようなニュースキャスターが、
「不況で生活がたいへんです」と顔をしかめて見せる。いつもは豪華な衣装を身につけている
テレビタレントが、別のところで、涙ながらに難民への寄金を訴える。

こういうのを見せつけられると、この私だってまじめに生きるのがバカらしくなる。そこで尾崎は
そのホコ先を、学校に向ける。「♪夜の校舎、窓ガラス壊して回った……」と。もちろん窓ガラス
を壊すという行為は、許されるべき行為ではない。が、それ以外に方法が思いつかなかったの
だろう。いや、その前にこういう若者の行為を、誰が「石もて、打てる」のか。

●CDとシングル盤だけで200万枚以上!

 この「卒業」は、空前のヒット曲になった。CDとシングル盤だけで、200万枚を超えた(CBS
ソニー広報部、現在のソニーME)。「カセットになったのや、アルバムの中に収録されたものも
含めると、さらに多くなります」とのこと。この数字こそが、現代の教育に対する、若者たちの、
まさに声なき抗議とみるべきではないのか。

(付記)

●日本は超管理型社会

 最近の中学生たちは、尾崎豊をもうすでに知らない。そこで私はこの歌を説明したあと、中学
生たちに「夢」を語ってもらった。私が「君たちの夢は何か」と聞くと、まず1人の中学生(中2女
子)がこう言った。「ない」と。「おとなになってからしたいことはないのか」と聞くと、「それもない」
と。「どうして?」と聞くと、「どうせ実現しないから」と。

もう1人の中学生(中2男子)は、「それよりもお金がほしい」と言った。そこで私が、「では、今こ
こに1億円があったとする。それが君のお金になったらどうする?」と聞くと、こう言った。「毎
日、机の上に置いてながめている」と。

ほかに5人の中学生がいたが、皆、ほぼ同じ意見だった。今の子どもたちは、自分の将来に
ついて、明るい展望をもてなくなっているとみてよい。このことは内閣府の「青少年の生活と意
識に関する基本調査」(01年)でもわかる。

 15〜17歳の若者でみたとき、「日本の将来の見とおしが、よくなっている」と答えたのが、4
1・8%、「悪くなっている」と答えたのが、46・6%だそうだ。

●超の上に「超」がつく管理社会

 日本の社会は、アメリカと比べても、超の上に「超」がつく超管理社会。アメリカのリトルロック
(アーカンソー州の州都)という町の近くでタクシーに乗ったときのこと(01年4月)。タクシーに
はメーターはついていなかった。料金は乗る前に、運転手と話しあって決める。しかも運転して
くれたのは、いつも運転手をしている女性の夫だった。「今日は妻は、ほかの予約で来られな
いから……」と。

 社会は管理されればされるほど、それを管理する側にとっては便利な世界かもしれないが、
一方ですき間をつぶす。そのすき間がなくなった分だけ、息苦しい社会になる。息苦しいだけな
らまだしも、社会から生きる活力そのものを奪う。尾崎豊の「卒業」は、そういう超管理社会に
対する、若者の抗議の歌と考えてよい。

(参考)

●新聞の投書より

 ただ一般世間の人の、生徒の服装に対する目には、まだまだきびしいものがある。中日新
聞が、「生徒の服装の乱れ」についてどう思うかという投書コーナーをもうけたところ、11人の
人からいろいろな投書が寄せられていた(01年8月静岡県版)。それをまとめると、次のようで
あった。

女子学生の服装の乱れに猛反発     ……8人
やや理解を示しつつも大反発      ……3人
こうした女子高校生に理解を示した人  ……0人

投書の内容は次のようなものであった。

☆「短いスカート、何か対処法を」……学校の校則はどうなっている? きびしく取り締まってほ
しい。(65歳主婦)

☆「学校の現状に歯がゆい」……人に迷惑をかけなければ何をしてもよいのか。誠意と愛情を
もって、周囲の者が注意すべき。(40歳女性)

☆「同じ立場でもあきれる」……恥ずかしくないかっこうをしなさい。あきれるばかり。(16歳女
子高校生)

☆「過激なミニは、健康面でも問題」……思春期の女性に、ふさわしくない。(61歳女性)

●学校教育法の改正

 校内暴力に関して、学校教育法が2001年、次のように改定された(第26条)。

 次のような性行不良行為が繰り返しあり、他の児童の教育に妨げがあると認められるとき
は、その児童に出席停止を命ずることができる。

一、他の児童に傷害、心身の苦痛または財産上の損失を与える行為。
二、職員に傷害または心身の苦痛を与える行為。
三、施設または設備を損壊する行為。
四、授業その他の教育活動の実施を妨げる行為、と。

文部科学省による学校管理は、ますますきびしくなりつつある。

+++++++++++++++

ついでに、もう1作。
『負けるが勝ち』について
書いた原稿です。

+++++++++++++++
●負けるが勝ち

 この世界、子どもをはさんだ親同士のトラブルは、日常茶飯事。言った、言わないがこじれ
て、転校ざた、さらには裁判ざたになるケースも珍しくない。ほかのことならともかくも、間に子
どもが入るため、親も妥協しない。が、いくつかの鉄則がある。

 まず親同士のつきあいは、「如水淡交」。水のように淡く交際するのがよい。この世界、「教
育」「教育」と言いながら、その底辺ではドス黒い親の欲望が渦巻いている。それに皆が皆、ま
ともな人とは限らない。情緒的に不安定な人もいれば、精神的に問題のある人もいる。さらに
は、アルツハイマーの初期のそのまた初期症状の人も、40歳前後で、20人に1人はいる。

このタイプの人は、自己中心性が強く、がんこで、それにズケズケとものをいう。そういうまとも
でない人(失礼!)に巻き込まれると、それこそたいへんなことになる。

 つぎに「負けるが勝ち」。子どもをはさんで何かトラブルが起きたら、まず頭をさげる。相手が
先生ならなおさら、親でも頭をさげる。「すみません、うちの子のできが悪くて……」とか何とか
言えばよい。あなたに言い分もあるだろう。相手が悪いと思うときもあるだろう。しかしそれでも
頭をさげる。あなたががんばればがんばるほど、結局はそのシワよせは、子どものところに集
まる。

しかしあなたが最初に頭をさげてしまえば、相手も「いいんですよ、うちも悪いですから……」と
なる。そうなればあとはスムーズにことが流れ始める。要するに、負けるが勝ち。

 ……と書くと、「それでは子どもがかわいそう」と言う人がいる。しかしわかっているようでわか
らないのが、自分の子ども。あなたが見ている姿が、子どものすべてではない。すべてではな
いことは、実はあなた自身が一番よく知っている。

あなたは子どものころ、あなたの親は、あなたのすべてを知っていただろうか。それに相手が
先生であるにせよ、親であるにせよ、そういった苦情が耳に届くということは、よほどのことと考
えてよい。そういう意味でも、「負けるが勝ち」。これは親同士のつきあいの大鉄則と考えてよ
い。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1813)

●揺れる心

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心というのは、けっして安定
しているものではない。

ばあいによっては、刻々と変化する。

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 母の介護をしていて、こんなことに気づいた。母は、もともと難聴である。そのため、私のほう
が、どうしても、大声になる。命令口調になる。

 今日もパットを取り替えるとき、母は、臭いオナラをした。大便が近いと感じた。それで母に、
そのままポータブルトイレに座らせた。が、母は、「出ない」とがんばった。

私「ウンチが出るまで、ここに座っていろ」
母「ハハハ、出んなア」
私「いいから、座っていろ」
母「わかった」と。

 母はすでに排便のコントロールができなくなっている。大便も小便も、たれ流しの状態。しか
も大便といっても、毎回、下痢のような便である。

 だから大便については、どうしても神経質になる。が、肝心の母は、私の思いなど、まったく
意に介さない。「便が出る」と言ったときには、たいてい、もう出たあと。オムツの中で、便がぐ
ちゃぐちゃになっている。が、私を怒らせるのは、そのことではない。私がほんの少しでも、母
の部屋を出ると、ポータブルトイレから、腰を浮かそうとする。約束というのが、ほとんど、守れ
ない。

私「あのなア、ちゃんと座っていろ」
母「出んもんは、出ん」
私「そんなはずはない」と。

 そういうとき、私の心は揺れ動く。慈悲深い暖かい心が消え、冷酷な独裁者になる。が、そう
なったとたん、ふと、また我に帰る。帰って、「どうせ言ってもわからないし……」と自分に言って
聞かせる。

 このことをワイフに話すと、ワイフも、「私も、そう」と言った。

私「お前も、そうか?」
ワ「私も、そうよ」
私「悪いな。お前に迷惑をかけて、申しわけない」
ワ「そうじゃないのよ。私だって、ときどき、心が冷たくなるのを感ずることがあるっていうこと。
人間の心って、そういうものじゃ、ないかしら?」
私「やさしくなったり、冷たくなったりするということか?」
ワ「そう……」と。

 考えてみれば、これはおもしろい現象である。同じ私なのに、状況に応じて、心そのものが変
化する。しかしどちらも、「私」である。わかりやすく言えば、そのつど、多重人格者のように、人
格そのものが変化する。冷たくなったときは、冷たくなったときの自分が、本物の自分と思う。
暖かくなったときには、暖かくなったときの自分が、本物の自分と思う。

 優劣はない。

 しかし結論は、出ている。冷たい人間よりは、暖かい人間のほうがよい。だったら、暖かい自
分のときを思い出して、できるだけ早く、冷たい自分から抜け出る。つまり自分で自分を管理す
る。

 EQ論(人格完成論)でも、こうした管理能力の高い人を、人格の完成度の高い人という。そう
でない人を、低い人という。

 しかし母が、寝たきりになるのは、もう時間の問題。今は、なんとかデイサービスを受けに行
ってくれるが、起きあがることもできなくなったら、私やワイフでは、介護できない。

 まあ、そのときはそのとき。そのときがきたら、まただれかに相談しよう。幸いなことに、私の
まわりには、心の暖かい人が多い。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●夫婦円満

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夫婦が円満であるためには、
3つの条件が必要であるという。

マーンスタインSVR理論というのが、
それ。

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 アメリカの心理学者のマーンスタインは、男女の関係を、つぎの3段階に分けて考える(「性
格心理学」ナツメ社)。

(1)刺激ステージ
(2)価値ステージ
(3)役割ステージ

 刺激ステージというのは、いわゆる電撃に打たれるような衝撃を感じて、恋愛関係になること
をいう。

 価値ステージというのは、その刺激ステージから覚め、たがいに価値観の一致を求めるよう
になることをいう。

 さらに役割ステージというのは、たがいに役割を分担し、助けあい、補完しながら生活をする
ようになることをいう。

 これらのそれぞれのステージで、不一致を生ずると、夫婦は、そのとき危機的な状況を迎え
る(?)。

 もっともマーンスタインのSVR理論というのは、恋愛期のもので、結婚生活についていったも
のではない。しかしこの3つのステージは、そのまま、結婚生活についても、あてはめて考える
ことができる。

 夫婦が円満であるためには、たがいの愛情はもちろん、価値観を共有し、たがいに役割をも
ち、補完しあわなければならない。言い換えると、日常の生活の中で、どうやってそれを作りあ
げていくかが、夫婦円満のカギということになる。

 ところで話はぐんと生々しくなるが、少し前、夫婦で、全国を泥棒行脚(あんぎゃ)していた人
が、逮捕されたことがある。私はその話を聞いたとき、不謹慎に聞えるかもしれないが、「いい
夫婦だなあ」と思ってしまった。

 同じ夫と同じ妻で、夫婦生活を何十年もつづけるのは、至難のワザである。円満な夫婦生活
をつづけるのは、さらに至難のワザである。ここでいう価値観のズレが、そのままたがいの間
にキレツを入れることも、少なくない。

 が、夫婦で、泥棒行脚していた(?)。価値観が一致していないと、ともにこういう行動はとれ
ない。「いい夫婦だなあ」と思ったのは、けっして、泥棒という窃盗行為を容認してでの感想では
ない。どうか、誤解のないように!

 というのも、泥棒という行為を繰りかえしながら、当然、その夫婦は、「悪」に対する嫌悪感
を、たがいに慰めあわなければならない。それができるということは、つまり、ふつうの夫婦で
はないということ。かなり濃密な価値観の共有がないと、できない。

 アメリカ映画にも、『俺たちには明日はない』というのがあった。ボニー・パーカーとクライド・バ
ローという、実在した男女をモデルにした映画である。

 ウィキペディア百科事典には、こうある。

 『(映画は)クライドが、ボニー・バーカーの母親の車を盗もうとする場面から始まる。ボニーは
クライドの非合法的な振る舞いに興奮させられ、そして彼は彼女の面前で店から掠奪をするこ
とで、彼女をさらに刺激する。クライドはボニーを引き連れて車を掠奪し、彼らの伝説的な犯罪
を行い放題が始まる。2人は町から別の町まで渡り歩き小さい強盗をやってのける』と。

 この2人も価値観を共有し、やがてたがいに役割を分担するようになる。

 正式な統計はないので、あくまでも推定だが、農村地帯では、離婚率が低いのは、それだ
け、役割分担がしっかりしているためではないか。夫婦でも、たがいに相手がいなければ、生
活を維持することすら、できない。

 あまりよいエッセーではないかもしれないが、ちょっと気になる理論に出会ったので、それに
ついて書いてみた。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 夫婦
 夫婦段階説 俺たちに明日はない ボニー クライド マーンスタイン SVR理論)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●6か国協議・最終日(?)

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今日2月12日は、6か国協議、最終日。
アメリカの国務次官補のヒル氏は、そう述べている。
中国側も、そう発表している。

つまり今回も、何ら成果(?)を生み出せないまま、
閉会ということになりそう。

今は、午前8時だから、まだなんとも言えないが、
昨日までの流れをみると、どうやらその気配が
濃厚になってきた。

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 今回も、6か国協議に先立って、韓国のはしゃぎようは、なかった。「(南北関係は歴史的)転
換期を迎えた」(N政権)と。

 N大統領としては、今回の会談の成果をふまえて、南北首脳会談へともっていきたかったの
だろう。核開発放棄の見返りを話しあう作業部会でも、韓国は、主導権を握ろうとした。そして
あろうことか、残り4か国(日本、アメリカ、中国、ロシア)に対して、「(見返りを)ケチるな」(韓
国側代表)とまで言い切った。

 が、ここから、話がおかしくなった。

 当初は、原油5万トン程度で、K国は、Yにある核施設のスイッチを一時、止めるつもりだっ
た。が、アメリカは、「停止(Freeze)」ではなく、「閉鎖(Close)」を考えていた。とたん、K国は、
見返りを、つりあげた。

 原油200万トンのほか、電力を200万キロワットなどなど。ロシアの代表をして、「法外」と言
わせるほど、メチャメチャな要求である。とたん、韓国代表部の態度が、しぼんだ。

 韓国への負担が大きくなると感じたとたん、「見返りは、5か国でするのがふさわしい」と。

 一方、日本は、当初、「拉致問題が進展しないかぎり、見返りは与えない」と強気の姿勢だっ
たが、会議が進むにつれて、「会議が進展すれば、一部、制裁を解除する」「間接的になら協
力する」(A外務大臣)と姿勢を変化させた。日本が孤立するのを恐れたためだが、しかしこの
時点で、腰がくだけた。(日本の腰くだけは、毎度のことだが……。)

 韓国も韓国なら、日本も日本ということになる。

 そして今日。2月12日。

 6か国協議は、またまたなんら成果を生み出すこともなく、閉会しそうである。しかし今回は、
前回とちがって、中身がまるでちがう。

 その第一。アメリカは、この極東アジアから、足を抜こうとしている。米朝会談を、ドイツという
場所で秘密裏に行ったことも、それを示す。しかも双方で、覚書まで交わしていた。

 わかりやすく言うと、アメリカは、アメリカの国益だけを最優先に考えるようになった。「あとの
ことは、知ったことか!」と。

 これは日本にとって、重大事と考えてよい。仮に6か国協議がスムーズに流れて、K国が核
開発を断念したようなばあいを考えてみればよい。そのあと、K国は、なりふり構わないやり方
で、日本に莫大な補償を要求してくるはず。そのとき、日本は、たったひとりで、孤立無援のま
ま、そのK国と対峙しなければならない。

 今の日本に、それだけの(力)があるか? (度胸)はあるか? K国と対峙するためには、そ
れこそ一戦を交えるほどの覚悟が必要となる。今までは、バックにアメリカがいた。しかしこれ
からは、そうではない。

 今のところ、日本にとっての最良のシナリオは、K国自体が、自然崩壊すること。そのあと、
今のK国が、中国の管轄下におかれるようになること。その上で、日本は、中国と、K国の補
償問題について、話しあう。韓国とではなく、中国と、である。そしてそれがまた、K国の人たち
にとっても、最良の解決策ということになる。

 韓国のN大統領にしてみれば、まさに最悪の解決策ということになるが、それこそ私たち日
本人の知ったことではない。K国の金xxイコール、韓国のN大統領と考えている人は、多い。少
なくとも、その心情は、兄弟のように、よく似ている。私たち日本人がもっとも恐れていること
は、南北C鮮が一体化し、そこに強大な反日国家が誕生することである。

 今、重要なことは、韓国のN大統領が、目を覚ますこと。N大統領が支えようとしているのは、
社会主義国家でもなければ、共産主義国家でもない。頭のおかしい独裁者が支配する、独裁
国家である。それだけでもわかれば、N大統領の思考回路も少しは、修正されるはず。

今回の協議が不調のまま終われば、K国は、ますます自滅の道を歩むことになる。それも、私
たち日本人の知ったことではないが……。

 それにしても、日本側と、韓国側の報道内容が、180度ちがうことには驚いた。以下、TBS
―iニュースと、朝鮮N報の新聞記事を掲載する(ともに11日、夜)。「会議は決裂寸前」と書く、
TBS。「会議は、合意寸前」と書く、朝鮮N報。さて、どちらが正しいのか。その結論は、まもなく
出る。

 まずTBS。

 『……ヒル国務次官補は11日夜、「朝になって北朝鮮の考えが変わっていれば、協議を続け
るが、変わっていなければそのまま飛行機に乗って帰ることも考えている」と、北朝鮮に事実上
の最後通ちょうを突きつけた。きょう12日を最終日と決めたことについて、協議関係者は「何
日続けても北朝鮮の態度が変わる見込みはないからだ」としている』と。

一方、朝鮮N報は、以下のように韓国国内で報道している。

『6カ国協議の米国代表であるヒル国務次官補は同日夕、宿泊先のセイントレジスホテルに戻
り、「協議は明日(12日)で最後となるが、これは今日開かれた首席代表協議で決まったこと」
と話した。 

 また、「北朝鮮の核廃棄に向けたエネルギー支援量の問題で会談が長引いているが、明日
には合意に至れる」とし、合意文の妥結が近づいていることを示唆した。 

(中略)

 米国は、今回の協議で合意が成立する場合、ヒル次官補が北朝鮮を訪問する可能性がある
との立場を明らかにしたという』と。

【補記】

 K国は、K国の核兵器開発は、「日本向け」であって、「アメリカ向けではない」と、たびたび公
の席で、発言している。「同胞である韓国に対して、使用することはない」とも。

 そういう現状を無視して、日本のK防衛大臣は、アメリカ批判を重ねている。以前から、何か
と失言の多いK氏だが、今回のは、(失言)ではすまされない。アメリカ兵たちが命をかけて戦
っているイラク戦争を批判して、「(ブッシュ政権の)判断はまちがっていた」「(ブッシュ政権は)
根回しを知らない」と言った。

 もし今ここで、アメリカが、「極東のことは、知らない。自分たちで勝手にやればいい」と、日本
を突き放したら、日本は、いったい、どうなるのか? 防衛大臣ともあろう人物が、そんな程度
のことすら、理解していないのか、ということになる。

 安倍内閣の支持率は、ますますさがりそう!
(07年2月12日、早朝記)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

●論理的に、おかしな調査

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このほど、東北にある、ある大学大学院系の研究機関が、
こんな調査結果を公表した。

生きがいの(ない)人は、死亡率が高い。
(ある)人の、1・5倍、と。

しかしその調査そのものが、?????。

++++++++++++++++++++++

 このほど、東北にある、ある大学大学院系の研究機関が、こんな調査結果を公表した。いわ
く、「生きがいの(ない)人は、死亡率が高い。生きがいの(ある)人の、1・5倍」と。

 しかしよく読んでみると、調査内容そのものが、へん。おかしい。「?」マークを、20個くらい並
べてもよい。ある大学院系の研究機関がした調査だから、ケチをつけるにも勇気がいるが、と
もかくも、読売新聞の記事を、そのまま紹介する。

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●『生きがい「ない」人は病死率高い…「ある」の1・5倍 (読売新聞) 

 生きがいがない人は、ある人に比べ、病気などで死亡する割合が1・5倍に高まる――T大
大学院医学系研究科のT教授(公衆衛生学)の研究グループが、こんな調査結果をまとめた。

 研究グループは、1994年に、宮城県内の40〜79歳の健康な男女、4万3391人の健康
調査を実施。「『生きがい』や『はり』を持って生活しているか」との質問に、「ある」と回答したの
は59%、「ない」は5%、「どちらとも言えない」は36%だった。

 このうち、7年後の2001年末までに病気にかかるなどして死亡した3048人について、死因
を追跡調査したところ、がん(1100人)が最も多く、続いて脳卒中などの脳血管疾患(479
人)、肺炎(241人)などが多かった』と(07年2月12日)と。

+++++++++++++++++

 ここで注意しなければならないことは、つぎの1点。

(1)調査対象としたサンプルの年齢幅が、40歳から79歳までと、広いこと。

 わかるかな?

 40代〜50代というのは、いわば働き盛り。生きがいがあるとかないとか、そういうことを考え
ることもないまま、懸命に働いている。そういう世代の人に、「生きがいはありますか?」と聞け
ば、大半が、こう答えるだろう。「YES!」と。しかし若いから、当然のことながら、死亡率は低
い。

 一方、60代〜70代ともなると、ほとんどが引退している。現職の人は少ない。そういう世代
の人に、「生きがいはありますか?」と聞けば、大半が、こう答えるだろう。「NO!」と。少なくと
も、若い世代よりは、生きがいをもって生活している人は、少ない。しかし老齢である分だけ、
死亡率は高い。

 もうすこし話をわかりやすくするために、こんな例で考えてみよう。

 幼児(4〜6歳)と、老人(77〜79歳)に、「毎日は楽しいですか」と聞く。大半の幼児は、「楽
しい」と答える。一方、大半の老人は、「楽しくない」と答える。しかし現在、幼児の死亡率は、き
わめて低い。

 が、77〜79歳の老人ともなれば、ほとんどがそのあと、7年後には、寿命を迎える。死亡率
はきわめて高い。

 そういう幼児と老人をひとまとめにして、「人生を楽しいと思っている人の死亡率は、低い。人
生を楽しくないと思っている人の死亡率は高い」と。そんな結論を出してよいものか。

 先にも書いたように、この調査をしたのは、天下のT大学大学院の某研究室である。そんな
研究室が、こんな「?」な調査結果を公表した?

 さらにおかしな点は、それを、死亡原因に結びつけていること。いわく、「がん(1100人)が最
も多く、続いて脳卒中などの脳血管疾患(479人)、肺炎(241人)などが多かった」と。

 40歳から79歳までを、ひとまとめにして、こうした病名を並べても意味はない。まったく、な
い。とくに「肺炎で死亡」というのは、老人特有の死亡原因と考えてよい。(若い人は、肺炎では
めったに死なないぞ!)たとえばがん患者などは、がんそのものよりも、がんの治療中に、肺
炎などで死亡するケースが多い。このばあいも、診断名は、「肺炎」となる。

 つまりこの調査結果を、簡単に読むとこうなる。

 40代の若い人は、生きがいがあるから、死亡率は低い。しかし70代の老人は、生きがいが
ないから、死亡率は高い、と。しかしそんなことは、何も、4万人以上もの人を対象に調査など
しなくても、常識でわかること。

 読売新聞だけの記事だから、私はまちがっているかもしれない。ここに書いたことは、あくま
でも、新聞記事の範囲内で、ということ。

実際には、年齢別に、(生きがい)と(死亡率)について調べてあるのかもしれない。たとえば4
0歳〜45歳、45歳〜50歳……、と。もしそうなら、話がわかる。(1・5倍という数字が、どうし
て出てきたかについて、読売新聞は何も書いてないが……。)

 しかしそれでも、病名と結びつけて考えるのは、どうかと思う。読売新聞を一読した人は、きっ
と、こう思うにちがいない。「生きがいのない人は、がんになりやすい」と。

 ちなみに、日本人の死亡原因は、つぎのようになっている(98年・厚生省死亡統計)。

1位=ガン28万3921人【30.3%】
2位=心疾患14万3120人【15.3%】
3位=脳血管疾患13万7819人【14.7%】
4位=肺炎7万9952人【8.5%】
5位=不慮の事故3万8925人【4.2%】、
6位=自殺3万1755人【3.4%】
7位=老衰2万0374【2.3%】
8位=腎不全1万6638人【1.8%】
9位=肝疾患=1万6133人【1.7%】
10位=糖尿病l万2537人【1.3%】

 この厚生省の死亡統計に、T大学大学院のした調査結果を並べてみる。

1位=がん1100人【36・0%……1100÷3048】
2位=脳卒中などの脳血管疾患479人【15・8%】
3位=、肺炎241人【7・9%】

 厚生省の調査結果と、T大学大学院のした調査結果は、ほとんど同じということになる。(ほと
んど同じになるに決まっている。)となると、(生きがい)と、(死亡原因)は、どこでどう結びつくと
いうのかということになる。先にも書いたように、たとえ老衰で死んでも、最後が肺炎であったり
すると、診断名は、「肺炎」となる。その肺炎にしても、割合は、ほぼ、同じ。

 つまりたとえば、「生きがいのない人の自殺率は高い」「生きがいのある人の自殺率は低い」
とか、そういう話なら、まだ私にもわかる。しかしそれとて、何もぎょうぎょうしい調査などしなくて
も、常識でわかること。

 一度、何かの機会にこの調査結果を取り寄せ、再度、この調査に検討を加えてみたい。それ
にしても、「?」な調査ではないか。今は、そういう印象だけを、ここにとどめておくことにする。

+++++++++++++++++++++

ついでに、(生きがい)、つまり(やる気)に
ついて書いた原稿を、添付します。

+++++++++++++++++++++

●子どものやる気

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子どもからやる気を引き出すには
どうしたらよいか?

そのカギをにぎるのが、扁桃体と
いう組織だそうだ!

++++++++++++++

 人間には、「好き」「嫌い」の感情がある。この感情をコントロールしているのが、脳の中の辺
縁系にある扁桃体(へんとうたい)という組織である。

 この扁桃体に、何かの情報が送りこまれてくると、動物は、(もちろん人間も)、それが自分に
とって好ましいものか、どうかを、判断する。そして好ましいと判断すると、モルヒネ様の物質を
分泌して、脳の中を甘い陶酔感で満たす。

たとえば他人にやさしくしたりすると、そのあと、なんとも言えないような心地よさに包まれる。そ
れはそういった作用による(「脳のしくみ」新井康允)。が、それだけではないようだ。こんな実験
がある(「したたかな脳」・澤口としゆき)。

 サルにヘビを見せると、サルは、パニック状態になる。が、そのサルから扁桃体を切除してし
まうと、サルは、ヘビをこわがらなくなるというのだ。

 つまり好き・嫌いも、その人の意識をこえた、その奥で、脳が勝手に判断しているというわけ
である。

 そこで問題は、自分の意思で、好きなものを嫌いなものに変えたり、反対に、嫌いなものを好
きなものに変えることができるかということ。これについては、澤口氏は、「脳が勝手に決めてし
まうから、(できない)」というようなことを書いている。つまりは、一度、そうした感情ができてし
まうと、簡単には変えられないということになる。

 そこで重要なのが、はじめの一歩。つまりは、第一印象が、重要ということになる。

 最初に、好ましい印象をもてば、以後、扁桃体は、それ以後、それに対して好ましい反応を
示すようになる。そうでなければ、そうでない。たとえば幼児が、はじめて、音楽教室を訪れたと
しよう。

 そのとき先生のやさしい笑顔が印象に残れば、その幼児は、音楽に対して、好印象をもつよ
うになる。しかしキリキリとした神経質な顔が印象に残れば、音楽に対して、悪い印象をもつよ
うになる。

 あとの判断は、扁桃体がする。よい印象が重なれば、良循環となってますます、その子ども
は、音楽が好きになるかもしれない。反対に、悪い印象が重なれば、悪循環となって、ますま
すその子どもは、音楽を嫌いになるかもしれない。

 心理学の世界にも、「好子」「嫌子」という言葉がある。「強化の原理」「弱化の原理」という言
葉もある。

 つまり、「好きだ」という前向きの思いが、ますます子どもをして、前向きに伸ばしていく。反対
に、「いやだ」という思いが心のどこかにあると、ものごとから逃げ腰になってしまい、努力の割
には、効果があがらないということになる。

 このことも、実は、大脳生理学の分野で、証明されている。

 何か好きなことを、前向きにしていると、脳内から、(カテコールアミン)という物質が分泌され
る。そしてそれがやる気を起こすという。澤口の本をもう少しくわしく読んでみよう。

 このカテコールアミンには、(1)ノルアドレナリンと、(2)ドーパミンの2種類があるという。

 ノルアドレナリンは、注意力や集中力を高める役割を担(にな)っている。ドーパミンにも、同
じような作用があるという。

 「たとえば、サルが学習行動を、じょうずに、かつ一生懸命行っているとき、ノンアドレナリンを
分泌するニューロンの活動が高まっていることが確認されています」(同P59)とのこと。

 わかりやすく言えば、好きなことを一生懸命しているときは、注意力や集中力が高まるという
こと。

 そこで……というわけでもないが、幼児に何かの(学習)をさせるときは、(どれだけ覚えた
か)とか、(どれだけできるようになったか)とかいうことではなく、その幼児が、(どれだけ楽しん
だかどうか)だけをみて、レッスンを進めていく。

 これはたいへん重要なことである。

 というのも、先に書いたように、一度、扁桃体が、その判断を決めてしまうと、その扁桃体が、
いわば無意識の世界から、その子どもの(心)をコントロールするようになると考えてよい。「好
きなものは、好き」「嫌いなものは、嫌い」と。

 実際、たとえば、小学1、2年生までに、子どもを勉強嫌いにしてしまうと、それ以後、その子
どもが勉強を好きになるということは、まず、ない。本人の意思というよりは、その向こうにある
隠された意思によって、勉強から逃げてしまうからである。

 たとえば私は、子どもに何かを教えるとき、「笑えば伸びる」を最大のモットーにしている。何
かを覚えさせたり、できるようにさせるのが、目的ではない。楽しませる。笑わせる。そういう印
象の中から、子どもたちは、自分の力で、前向きに伸びていく。その力が芽生えていくのを、静
かに待つ。

 (このあたりが、なかなか理解してもらえなくて、私としては歯がゆい思いをすることがある。
多くの親たちは、文字や数、英語を教え、それができるようにすることを、幼児教育と考えてい
る。が、これは誤解というより、危険なまちがいと言ってよい。)

 しかしカテコールアミンとは何か?

 それは生き生きと、顔を輝かせて作業している幼児の顔を見ればわかる。顔を輝かせている
その物質が、カテコールアミンである。私は、勝手に、そう解釈している。
(はやし浩司 子供のやる気 子どものやる気 カテコールアミン 扁桃体)

【補記】

 一度、勉強から逃げ腰になると、以後、その子どもが、勉強を好きになることはまずない。
(……と言い切るのは、たいへん失礼かもしれないが、むずかしいのは事実。家庭教育のリズ
ムそのものを変えなければならない。が、それがむずかしい。)

 それにはいくつか、理由がある。

 勉強のほうが、子どもを追いかけてくるからである。しかもつぎつぎと追いかけてくる。借金に
たとえて言うなら、返済をすます前に、つぎの借金の返済が迫ってくるようなもの。

 あるいは家庭教育のリズムそのものに、問題があることが多い。少しでも子どもがやる気を
見せたりすると、親が、「もっと……」「うちの子は、やはり、やればできる……」と、子どもを追
いたてたりする。子どもの視点で、子どもの心を考えるという姿勢そのものがない。

 本来なら、一度子どもがそういう状態になったら、思い切って、学年をさげるのがよい。しかし
この日本では、そうはいかない。「学年をさげてみましょうか」と提案しただけで、たいていの親
は、パニック状態になってしまう。

 かくして、その子どもが、再び、勉強が好きになることはまずない。
(はやし浩司 やる気のない子ども 勉強を好きにさせる 勉強嫌い)

【補記】

 子どもが、こうした症状(無気力、無関心、集中力の欠如)を見せたら、できるだけ早い時期
に、それに気づき、対処するのがよい。

 私の経験では、症状にもよるが、小学3年以上だと、たいへんむずかしい。内心では「勉強
はあきらめて、ほかの分野で力を伸ばしたほうがよい」と思うことがある。そのほうが、その子
どもにとっても、幸福なことかもしれない。

 しかしそれ以前だったら、子どもを楽しませるという方法で、対処できる。あとは少しでも伸び
る姿勢を見せたら、こまめに、かつ、すかさず、ほめる。ほめながら、伸ばす。

 大切なことは、この時期までに、子どものやる気や、伸びる芽を、つぶしてしまわないというこ
と。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 やる
気のある子供 やる気のない子供 子どものやる気 子供のやる気 やる気論)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1814)

●今朝(2月13日)、あれこれ

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昨夜、市内に住むT氏と、1時間ほど、
電話で話す。

T氏は、私と同じ、昭和22年生まれ。
退職まで、あと1年だという。

そのT氏は、退職後は、農業を営むつも
りだという。

すでに農業資格を取っている。農地も近く、手に
入れるという。

+++++++++++++++++

 昨夜、市内に住むT氏と、1時間ほど、電話で話す。ほぼ1年ぶりの電話である。T氏は、私と
同じ、昭和22年生まれ。団塊の世代である。

 そのT氏、退職まで、あと1年だという。退職後は、農業を営むつもりだという。すでに農業資
格を取っている。農地も近く、手に入れるという。現在は、地主と交渉中とか。「どうやって農業
資格を?」と聞くと、何でも奥さんが、農家の出で、その関係をつたって、手に入れたとか。

 ほかに農業資格を取る方法としては、3反ほど農地(畑地)を借りて、何年か実績をつむとい
う方法もある。農業資格がないと、農地を手に入れることはできない。

 あとは、健康論。それに老後論。今回は、いつものような子育て論については、ほとんど、し
なかった。かわりに家族論について、あれこれ話しあった。T氏のように、何か、一本スジの通
った人と会話をするのは、楽しい。正確には、一本スジの通った生き方をしている人と会話を
するのは、楽しい。たとえ意見はちがっても、得るものがある。参考になる。

 T氏の長年の夢は、「土とともに生きること」。つきあうようになって、もう30年近くになるが、
その思いは、ずっと、一定している。現在は、公的機関の農業改良センターのようなところで、
仕事をしている。2年前の浜名湖花博では、中心的な人物として活躍した。

 「収穫したときの喜びは、すばらしい」と、何度も言った。

 私はそういうT氏の話を聞きながら、心底、うらやましく思った。(やりたいこと)と、(やるべき
こと)とは、ちがう。ほとんどの人は、(やるべきこと)の中で、右往左往している。そしてそれを
(生きること)と誤解している。

 たとえば今、私は(やるべきこと)をしているが、それはけっして、(やりたいこと)ではない。そ
の(やりたいこと)ができる人は、幸福である。それをしようとしているT氏を、私はうらやましく
思った。

 と、同時に、私は何をしたらよいのか、それを考えた。その前に、何をしたいのか、それを考
えた。が、私は若いころから、(やるべきこと)はしてきたと思う。しかしほとんどといって、(やり
たいこと)はしてこなかった。

 生きることの醍醐味は、損得の勘定なしで、無私の状態になって仕事に没頭するところにあ
る。損得の勘定をしたとたん、生きることの醍醐味が半減する。私はいつも、心のどこかで、そ
の損得の勘定ばかりしてきた。そのツケが、今、やってきた。

 で、私の周囲を見ると、その(やりたいこと)がない。どこか殺伐としている。さみしい。「私は
何がやりたいんだろ?」と考えたところで、ハタと、思考が停止してしまう。しかしこんなことで、
これからの老後を乗り切ることができるのだろうか?

 そんな思いで、T氏との電話を切った。近く、会うつもり。その約束は、した。


●炎上

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HPやBLOGに書いた記事が問題に
なることを、この世界では、「炎上」
という。

炎上はこわい。そのため、電子マガジンを
廃刊した人もいる。そのとき、読者が
2千数百人もいたというが……。

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 HPやBLOGに書いた記事が問題になることを、この世界では「炎上」という。たちえば個人を
誹謗するとか、会社の製品を、理由もなく叩くとか、など。そういうことが原因となって、HPやB
LOGが問題になる。あるいは読者からの猛攻撃にさらされる。

 インターネットのこわいところは、ここにある。こうして私は文を書いて、インターネットに載せ
る。私は個人的なことを書いているつもりだが、この画面の向こうは、そのまま(世界)とつなが
っている。つまり個人対世界の関係である。

 炎上はこわい。そのため、電子マガジンを廃刊した人もいる。そのとき読者が、2千数百人も
いたという。理由を聞くと、「ある飲食店の批判記事を書いたため」と教えてくれた。そのため
「客が減った」「どうしてくれる」と、からまれたという。

 最近では、どこかの教師が、自分のHPに、子どもの交通事故の写真や、裸の写真を載せ
て、問題になった。こういうケースは、例外としても、炎上には気をつけたほうがよい。どこでど
う火がつくか、わからない。

 実のところ、私もよくからまれる。宗教を批判したり、特定の職業を批判したりすると、たいて
いからまれる。しかし、慣れたというか、そういうことがあるという前提で、ものを書いている。
「来るなら、来い」といった心境である。ごく最近も、(ほんの数日前のことだが)、K国の在日関
係者から、恐ろしい脅迫まがいのメールが届いた。しかしそんなことをこわがっていたのでは、
原稿など書けない。

 私は、あるカルト教団を叩く本を、5冊書いた経験がある。最初は命がけ。こわかった。が、
それが終わると、こわいものがなくなってしまった。からんでくる人は今でもいるが、そういうとき
は、やんわりと、「参考になりました」「ご意見は大切にいたします」とかなどと返事を書いて、あ
とは忘れるようにしている。

 もちろん現役の親や子どもを批判するのは、タブー。かりに批判めいたことを書くにしても、
ぜったい、その人とわからないように書く。他人から聞いた話も、そう。いくつかの話をまぜた
り、分断したりして書く。

 そんなことは、この世界では常識。その上で、私は、現在、交際している人のことは、ぜった
い書かないようにしている。一方でその人を批判しておきながら、(=悪口を書きながら)、他方
で、にこやかに会うなどという器用なことは、私にはできない。

 その人を批判したときには、同時に、その人とは、絶交する。絶交した上で、その人を批判す
る。もちろんそのばあいでも、個人名は出さない。その人とわかるような記事も書かない。

 炎上がこわいからではない。いくらその人を批判しても、その人をキズつけるのは、私の目的
ではない。

 ……しかし、これだけたくさんの文章を書いていると、いつ炎上が始まってもおかしくない。ま
あ、そのときは、そのとき。そのとき、また考えよう。私は、今日も、マイペース。マイペースで、
書く。

 これから母の世話と、朝食。みなさん、おはようございます!


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●6か国協議


++++++++++++++++

結局は、中国、韓国の思惑通りに
ことが運んだ、6か国協議。

アメリカは、できるだけ早く、
K国の核開発問題から、抜けたがって
いる。実際には、すでにサジを
投げている。

見た目には、「軟化」だが、
中身は、日本の切り捨て。

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 あのK国の金xxが、約束など、守るはずがない。今ごろは、すでにつぎの一手を考えている
はず。

 こんなことを繰りかえしていても、問題は、何も解決しない。金xxという独裁者を、延命させる
だけ。それはそれでかまわないかもしれないが、ならば、「正義」は、どうなる? 拉致問題とい
う、「正義」は、どうなる?

 これから先、日本は、孤立無援の状態で、そのK国と、対峙しなければならない。その覚悟
は、あるのか? できているのか?

 結局は、中国と韓国の連合軍に、日本は敗れた。負けた。今回の協議の結末を、いちばん
喜んでいるのは、韓国であり、中国ということになる。アメリカは、中東問題で、頭がいっぱい。
手がいっぱい。核開発問題さえ解決すれば、極東アジアには、もう用はない。

 ノー天気なテレビ解説者(某大学教授)たちは、「これで緊張状態にあった朝鮮半島は、沈静
化する」などと、チンプンカンプンなことを言っている。

 バカめ!

 今、ここでK国が息を吹き返したら、この日本はどうなる。それを、少しは考えろ。核兵器開
発はやめたとしても、ミサイルは作り放題。生物、化学兵器は作り放題。おまけに今、K国は、
海軍を増強しようとしている。いや、お金をもったら、すぐそれを実行に移すだろう。もちろんタ
ーゲットは、日本! ジャパン・マネー!

 韓国も、中国も、そしてロシアも、「日本のことは、知ったことか!」と。つまりそういう心情的
土壌を、日本は、戦後、作ってしまった。アメリカに対しても、そうだ。

 同じ6か国協議の最中だったが、K国の代表(姜錫柱第一外務次官)が、立ち話で、「核は日
本だけを対象にしたものだ」と漏らしただけで、当時のケリー国防次官補は、席を蹴飛ばして、
協議をボイコットしてしまった。たった5年前の、02年10月3日のことでだった。

 あのときのアメリカの「正義」は、今は、もう夢物語。どこへ、どう消えた?

 これから先、日本は、たいへんな難局を迎える。危機といってもよい。そのはじめの一歩が、
今回の6か国協議である。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1815)

●息子のBLOGより

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息子が、最終的な就職試験を受けている。

今日、その試験があった日。
気になる。気になった。

床につくまで、ワイフと、
電話をかけるべきかどうか迷ったが、
やめた。

息子には、息子の人生がある。
ヒナが巣立つように、息子は、
大空に向って、本当に巣立ってしまった。

親としてできることは、ただただ静かに、
そのうしろ姿を見守ることだけ。

++++++++++++++++++

【息子のBLOGより】

明日、僕の操縦する飛行機の後席に、2名のJ社の機長が乗られる。オブザーブという、就職
試験の一環だ。

 緊張していないといったら嘘になるが、できるだけ緊張しないようにしている。僕は緊張しない
ほうが、普段の力が出せるから。

 J社の面接のとき、『緊張してないように見えますが、緊張していますか』という質問をされた。
僕は馬鹿正直に、『緊張していません』と答えた。ありのままを見て、それで採用・不採用を決
めてほしかった。僕がJ社でも通用する人間かどうか、素直に見極めてほしかった。無理して
自分を偽って、それで受かったとしても、この先何十年間偽り続けなくてはいけないし、また落
ちたとしても、諦めがつかない、と思ったからだ。JALの面接会場に入るまでに、僕はこんな心
境に達していた。そして今回も、同じ心境だ。

 結果として、緊張しない方が見栄えが良かったのかもしれない。客席にどんなに偉い人が乗
られても、どんなに難しい試験中であろうとも、またどんな緊急事態が起こっても、動じないパイ
ロット。緊張しているそぶりを見せないことで、自分はそういう人間ですと、何よりも物語れるの
かもしれない。

 僕が緊張しない(しないようにしている)理由はもう一つある。こんなこと言ったら怒られるかも
しれないが、僕はもう、航大生活に満足している。嫌というほど大空を飛べた。綺麗な景色をた
くさん見られた。実家の上も飛べた。教官や同期には、手に余るほどの新しい価値観や生き方
を教えてもらった。間違いなく、今までの人生の中で最も濃く、得るものの多い2年間であった。

 これ以上、いったい何を望むのか。

 就職活動中、僕は何度か、この問いを自分に投げかけていた。いい会社に入りたいだなん
て、おこがましいことなのではないか、黙って与えられた環境を受け入れるべきなのではない
か、と。いい会社に入ることが航大の目的ではない。いいパイロットに、いい人間になること
が、最大の目的である。僕はその目標に向かって、精一杯頑張ってこられたと思う。

 だから、いつも通りやればいいんだと、心から思える。こういう僕が、誰かのお役に立てるの
ならば、喜んでお手伝いしようと思う。これからも飛ぶ機会が与えられるのであれば、命尽きる
までまで飛ばせていただこうと思う。それは、空への恩返しのようなもの。明日は、後ろに試験
官ではなく、『初めてのお客さん』を乗せているつもりで、快適なフライトができるよう、がんばろ
うと思う。

 僕にこんな経験をさせてくれて、空よ、翼よ、ありがとう。


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息子のこの記事を読んで、私は以前、こんな
原稿を書いたのを思い出しました。

『ドラえもん』は、1〜30数巻まで、
読破(?)しましたが、その中でも、いちばん
すきな部分について書いたエッセーです。

それをそのまま紹介します。
(中日新聞掲載済み)

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●親離れ、子離れ

 子どもは小学3、4年を境に、急速に親離れを始める。しかし親はそれに気づかない。気づ
かないまま、親意識だけをもち続ける。またそれをもって、親の深い愛情だと誤解する。つまり
子離れできない。親子の悲劇はここから始まる。あの芥川龍之介も、『人生の悲劇の第一幕
は親子となつたことにはじまつてゐる』(侏儒の言葉)と書いている。

 息子が中学1年生になっても、「うちの子は、早生まれ(3月生まれ)ですから」と言っていた母
親がいた。娘(高校生)に、「うす汚い」「不潔」と嫌われながらも、娘の進学を心配していた父
親もいた。自らはほしいものも買わず、質素な生活をしながら、「あんなヤツ、大学なんか、や
るんじゃなかった」とこぼしていた父親もいた。

あるいは息子(中2)に、「クソババア! オレをこんなオレにしたのは、テメエだ」と怒鳴られな
がら、「ごめんなさい。お母さんが悪かった」と、泣いてあやまっていた母親もいた。

しかし親子の間に、細くとも1本の糸があれば、まだ救われる。親はその1本の糸に、親子の
希望を託す。しかしその糸が切れると、親には、また別の悲劇が始まる。親は「親らしくしたい」
という気持ちと、「親らしくできない」という気持ちのはざ間で、葛藤する。これは親にとっては、
身をひきちぎられるようなものだ。ある父親はこう言った。「息子(19歳)が暴走族の1人になっ
たとき、『あいつのことは、もう構いたくない』という思いと、『何とかしなければ』という思いの中
で、心がバラバラになっていくのを感じた」と。

もう少しズルイ親だと、「縁を切る」という言い方をして、子育てから逃げてしまう。が、きまじめ
な親ほど、それができない。追いつめられ、袋小路で悩む。苦しむ。

 子どもというのは、親の期待を1枚ずつはぎ取りながら、成長する。中には、最後の1枚まで
はぎとってしまう子どももいる。年ごとに立派になっていく子どもを見る親は、幸せな人だ。しか
しそういう幸運に恵まれる親は、一体、何割いるというのだろうか。

大半の親は、年ごとにますます落ちていく(?)子どもを見せつけられながら、重い心を引きず
って歩く。「そんな子どもにしたのは、私なんだ」と、自分を責めることもある。しかしそれとても
とをただせば、子離れできない親に、問題がある。

あの藤子F不二雄の『ドラえもん』にこんなシーンがある(18巻)。タンポポの種が、タンポポの
母親に、「(空を飛ぶのは)やだあ。やだあ」とごねる。それを母親は懸命に説得する。

しかし一度子どもが飛び立てば、それは永遠の別れを意味する。タンポポの種が、どこでどの
ような花を咲かせるか、それはもう母親の知るところではない。しかし母親はこう言って、子ど
もを送り出す。「勇気をださなきゃ、だめ! みんなにできることがどうしてできないの」と。

 子どもの人生は子どもの人生。あなたの人生があなたの人生であるように、それはもうあな
た自身の力が及ばない世界のこと。言いかえると、親は、それにじっと耐えるしかない。たとえ
あなたの息子が、あなたの夢や希望、名誉や財産、それを食いつぶしたとしても、それに耐え
るしかない。

外から見ると、どこの親子もうまくいっているように見えるかもしれないが、それこそまさに仮
面。子育てに失敗しているのは、あなただけではない。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1816)

●米はざし文化

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私が子どものころ住んでいたM町には、
昔、濃密な地域文化が息づいていた。

何をするにも、(町)が、いったいとなって
それをした。

旅行、催事、祭り、などなど。地域にある寺では、
毎年、その季節になると、子どもたちが集まって
演劇会を開いた。もちろん映画会もあった。

それが私たちの(町)だった。

しかしその(町)も、今はさびれ、昔の
活気は、もうない。10のうち、7〜8の
店舗は店をしめた。通りを行きかう人も
まばら。

一度、それを見た息子は、「死んだ町みたい」
と言ったが、それに近い。たまたまその
日は、日曜日の午後だった。それでも、
そうだった。

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 郊外に、ケタはずれに大きなショッピングセンターができた。デパートをいくつも重ね合わせ
たような、大きなショッピングセンターである。とたん、車の流れが変わった。それまでは、大通
りといえば、町の中心部に向かって流れるものだった。が、今は、反対。

 その時刻のころになると、車は、町の中心部から、郊外に向かって走る。つまり町の中心部
に住んでいる人たちですら、ショッピングのために、郊外を目ざすようになった。

 私はそれを見ながら、子どものころ住んでいた、あのM町を思い出した。昔から和紙の産地
でよく知られた、由緒ある町である。その町も、郊外に、大型のショッピングセンターができるよ
うになると、さびれていった。しかも10年単位で、そのショッピングセンターは、倍々と、大きく
なっていった。そのたびに、ガクン、ガクンと、さびれていった。

 文化というのは、濃密な地域社会が基礎にあって生まれる。育つ。たとえば私が子どものこ
ろは、(町)が、活動のすべてだった。旅行、催事、祭り、などなど。地域にある寺では、毎年、
その時期になると、子どもたちが集まって演劇会を開いた。もちろん映画会もあった。

 それを知らない若い人たちには、想像もできないだろう。そういう昔のM町とくらべると、つま
り昔のM町を、押し寿司にたとえると、現在の都市生活は、カスカスの、まるで米はざしのよう
なもの。けっして大げさなことを言っているのではない。人の交流そのものが淡白で、細くなっ
てしまった。

 それがよいことかどうかという判断は別にして、……というのも、昔のM町には、よい面もあっ
たが、悪い面もあった。同じように、現在の都市生活には、悪い面もあるが、よい面もある。だ
からどちらがどうという判断は別にして、こうした都市型生活の中では、地域文化というのは、
生まれにくい。育ちにくい。

 総じてみれば、どこも似たようなもの……という文化は生まれる。子ども会にしても、町内会
にして、そうである。祭りにしても、花火大会にしても、そうである。が、そこまで。そこから先が
ない。

 地域文化の熟成のためには、それこそ100年単位の時間が必要である。しかも一度壊した
ら、もとには、戻らない。消えてしまうというより、人々が、その文化そのものを忘れてしまう。忘
れてしまうだけならまだしも、(ないのが当たり前)という前提で、ものを考えるようになる。

 今の私がそうかもしれない。

 今日もこれから、そのショッピングセンターに買い物に行く。ほんの20、30年前には、近くの
商店街でものを買っていた。が、今は、もうしない。車で行って、駐車場に止めて、ほしいもの
をカゴに入れて帰ってくる。店員と会話を交わすこともない。だれかと顔見知りになるということ
もない。

 ときどき「これでいいのかなあ」と思うことはある。あるが、もう、どうしようもない。それほどま
でに、地域文化は、破壊されてしまった。

 そうそう私が今のこの地に移り住んできたころには、まだ草刈りというのがあった。年に2回、
地域の人たちが総出で、近くの神社や小川の土手の草刈りをした。しかし今は、もうしない。
で、数年前、そのことが、自治会長と話題になった。自治会長はこう教えてくれた。

 「今は、市のほうで、やってくれますから」と。ついでに、「最近の若い人たちは、そういうことを
したがりませんから」と。

 たしか当時は、草刈りに出ない人は、1000円の罰金(?)を払ったのではなかったか。が、
そのうち、それにかみついてくる人がふえた。「どうして、そんなお金を払わねばならないの
か!」と。さらには、「1000円払ったほうが、楽」と考える人もふえてきた。そんなわけで、いつ
しか、市のほうで草刈りをするようになった。

 こういうこまかいことが重なって、地域文化は、消えていく。何とも味気ない社会だが、これも
時代の流れなのだろう。私ひとりが、どうこう論じても、しかたのないこと。(流れ)には、身を任
すしかない。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

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アメリカの子育て事情が、そのままわかって、楽しいですよ。

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2月14日号より……

悪い夢を見たのか、昨晩はメイが朝の5時ごろまで泣きながら何度も目を覚ましていました。
最初の英語のレッスンは朝の5時半だったので、5時ごろ一緒にオフィス(英会話のレッスンを
する部屋)へ連れて行きました。メイを抱えながらコンピュータの電源を入れ、真っ暗の中、部
屋を歩き回ってメイをなだめようとしていました。しばらくして部屋の電気を入れたら、写真のよ
うに箱に入ったキャンディーとバレンタイデーのカードが椅子の上に置いてあるではないです
か! 数時間しか眠れなかった後だったので、余計幸せでした。 一日を乗り切るエネルギーを
与えてくれました。 宗市は私の心を奪う方法を知っています。チョコレート!私のレッスンが始
まる5時半ごろ、彼がメイを寝室へ連れ戻って、眠らせてくれました。なんてロマンチックなんで
しょうか! 

Mae had a bad night and woke up crying several times, the latest being at 5:00 a.m. I had 
my first English lesson of the day at 5:30. So I took her with me to the office room. While I 
was standing up and holding her, I bent down to I turn on the computer. After that, I walked 
around with Mae for a while hoping to calm her down. Around 5:20, I turned on the light in 
the room. Sitting in the computer chair was this container of sweets with a card on top 
from my valentine! It made me so happy, especially after only getting a couple of hours 
sleep. It gave me the energy I needed to get through the day. Soichi knows the way to my 
heart--chocolate! At 5:25, he took Mae back to bed and was able to eventually get her 
back to sleep. How romantic!

(デニースのBLOGは、私のHPのトップページから、お読みいただけます!)

Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●政治サッカー、日韓戦

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2対2の同点のまま迎えた、後半戦。
日本がやや有利かと思われたが、
40分を過ぎたところで、韓国側が
猛烈な反撃を開始した。

それは死闘とも言えるほど、猛烈な
反撃だった。なりふりかまわず、
日本陣営に頭からつっこんできた。

日本側もよく守った。が、その一瞬、
ほんの小さなスキを狙って、後方から
突進してきたミッド・フィルダーが、
こぼれ玉を蹴った。

ボールは、日本側守備陣の頭をかすめて
ゴールに入った。

これで2対3。

残すは、残り5分。よほどのことがない
かぎり、日本の逆転はむずかしい。
よくて同点。

今回(2月15日終了)の6か国協議を
サッカーにたとえると、そうなる。

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 小躍りする韓国。勢いづく、韓国のN政権。与党ウリ党の支持率は、一時は10%以下にまで
さがった。が、ここにきて、雲行きが大きく変わった。南北首脳会談を支持する声が、支持しな
いを超えた。N大統領は、外遊先のヨーロッパから、さっそく声明を発表。「韓半島から危機は
去った」「(K国に)、ほしいものは、(何でも)くれてやれ」と(2月15日)。

 アメリカにさえ裏切られた日本。ブッシュ大統領が、ここまで心変わりするとは、いったい、だ
れが予想しただろうか。加えて、良家で生まれ育ち、世間知らずのヒル国務次官補。ヒル氏
は、人間の心の奥底に潜む闇の世界を知らない。知らないから、操られるまま、「合意に達し
た」と、はしゃいでいる。しかし、そうは、うまくはいくものか?

 金xxは、核兵器を放棄しない。すでに5〜6発の核兵器をもっているとされる。K国にしてみ
れば、それじゅうぶん。あとは核開発施設をひとつずつ停止(もしくは閉鎖)しながら、莫大な
(見返り)を求める。日朝交渉も、これから始まる。中国を介して打診してきた戦後補償費は、
4兆円? あるいは40兆円? 

 そのK国と、今後、日本は、ひとりで対峙しなければならない。孤立無援。表向きは、「会談の
成功を歓迎する」とは言ってはみたものの、その声は虚しい。冬の風の中に消えた。

 失言つづきの日本の防衛相、それに外務大臣。そういうのが一つずつ積み重なって、アメリ
カの背信へとつながった。「どうして、アメリカが日本の平和と安全について、責任をもたねばな
らないのか」と。

 このところ、ニュースを見るのもいやになった。「どうでもなれ」という、投げやりの気持ち。無
力感。脱力感。どうせ私のようなものが、いくら騒いでも、日本は、ビクとも動かない。私のよう
なものがいくら心配しても、その声はだれにも届かない。はっきり言えば、ムダ。もう、どうでも
よくなってしまった。

 とにかく試合には負けた。残り5分はあるが、その5分で何ができるというのか。今もボール
は、韓国側にある。守勢、守勢の日本。

 願わくは、経済戦争で、韓国をたたきのめすこと。今朝の東亜N報は、アメリカの議員が、従
軍慰安婦問題を取りあげたことについて、見出しに、こう書いている。

 「ありがとう、国会議員さん」(2月16日)と。

 新聞という天下の公器に、「ありがとう」という、どこまでも私的な感情をぶちこむところが、恐
ろしい。つまりこうして韓国の対日世論は形成される。K国もK国なら、韓国も韓国。中身は、ど
こもちがわない。

 ここはしばらく、穴にこもって、静観する。今の日本には、それが最善。韓国、中国のお手並
みを拝見する。今は、ジタバタしてはいけない。すればするほど、自ら、墓穴を掘る。そして相
手がスキを見せたところで、切り込む。

 サッカーの試合にたとえるなら、韓国側に油断させたところでボールを奪い、同点にもちこ
む。今は、それしかない。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●消え行く文化

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最近になく、身につまされたというか、
読むにつれ、つらくて心が重くなってしまった。
その記事がこれ。

ヤフーニュースは、「ある豆腐屋の親子の
自殺」と題して、つぎのような記事を載せて
いる(07年2月16日)。

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『通りから、「チンチン」という路面電車の音が聞こえる東京・Rの商店街。老舗の豆腐店で、先
月30日、男性店主(52)と母親(79)が首をつって亡くなっているのが見つかった。

チラシの裏に書かれた店主の遺書に、「収入が減り、先行きが不安」とあった。時代の移ろい
とともに商店街はかつてのにぎわいを失い、「シャッター通り」と呼ばれていた。「一緒にやって
きたのに」と。仲間たちは無念の死を悼む。

 都電R線の町屋2丁目駅近く。商店街は関東大震災で焼け出された人たちが集まり、大正後
期から発展した。豆腐店は40年以上前、店主の父親が開いた。店主は80年ごろ、20代半ば
で店を手伝うようになった。買い物客で込み合う街の中でも、「いらっしゃい」と、ひときわ威勢
のいい声を響かせた。

 80年代半ばからの再開発でスーパーや新しい商業地区が現れ、買い物客が離れ出した。
街を活気づけようと電柱に花飾りをつけたのが、若い豆腐店主だった。やがて、閉じたままの
シャッターが軒を連ねるようになった。

 豆腐店主は2年ほど前、病気を患い入院した。病院や学校など得意先を失い、「売れなくて
困った」と話すようになる。昨年春、近くに28階建てマンションが建ち、住民は増えたが、買い
物客は戻らない。マンションの中にスーパーがあった。

 「福引きは、もうやめないか」。昨年末、豆腐店主はそう漏らした。盛りあがらない客寄せ行
事は、さびしさをいっそう募らせる。そう言いたいのは仲間にも分かった。「お酒と違って、豆腐
なら独自商品も作れるじゃない」。酒店の仲間から励まされても、うなだれていた。

 1960年代、東京都豆腐商工組合には3000軒が加盟していた。昨年は992軒にまで減っ
ている。

 今月初めの昼時、商店街を訪ねた。「うちも息子はサラリーマン。店は私の代で終わりだ
よ」。創業77年の、時計店の男性(79)はそう言った。

 八百屋の方から声が聞こえた。「食べごろは?」「伊予柑がいいよ」。買い物客と店員のやり
とりだった。常連さんらしい。「商店街の良さって、あるんだよ」。店員の男性(61)は自分に言
い聞かせるように話した』【NH記】と。

 客待ち商売のつらさは、それをしたものでないとわからない。それも活気のあるうちは、まだ
救われる。しかし商売が下り坂に向かったとき、心は沈む。明日は今日より悪くなる。来月は
今月より悪くなる。来年は今年より悪くなる。

 懸命にふんばる。歯をくいしばる。しかしそれにも限度がある。やがて商売をしようという気力
さえ、なえる。が、それでもやめるわけにはいかない。「何とか食べていければいい」というとこ
ろまで、追いつめられる。「店だけはあけておこう」というところまで、追いつめられる。

 ほかにできることはない。気がついてみると、その体力さえない。商人というのは、その道の
プロだが、つぶしがきかない。自殺した豆腐店の店主にしても、豆腐づくり以外の道を知らなか
った(?)。

 私の実家にしても、そうだ。実家は、自転車屋だったが、私が高校生になる前から、家計は、
火の車。そのころすでに斜陽の一途。近くに大型ショッピングセンターができたこともある。い
や、この世界ほど、弱肉強食の原理がそのまま通用する世界はない。

 客は、少しでも品揃えの多い店、少しでも安い店をめざして、去っていく。私は父のつらい気
持ちが、痛いほどよくわかった。父は毎日、来るはずもない客を待って、店先の火鉢に体を丸
めて、それにあたっていた。

 ここにある豆腐店の店主の気持ちは、そのまま私の父の気持ちだった。私の父は、60数歳
という若さで、この世を去った。死因は、心筋梗塞だった。

 無責任な人は、こう言う。「この世は、実力のあるものが勝つ」と。「力に応じて、貧富の差が
できるのは当然」と。

 しかしそれがあるべき世の論理だとは、私は、思わない。つまりその論理の矛盾が、こうした
弱小の商店主のところにシワ寄せされる。結果として、こうした悲惨な事件へとつながる。
 
 私の父にしても、酒に溺れるしか、自分を救う道はなかった。2、3日おきに酒を飲んで、家
の中で暴れた。やがて肝臓を悪くし、ついで心臓を悪くした。心筋梗塞といえば、当時の父に
は、もっとも、わかりやすい死因だった。私も含めて、だれしも、そう思った。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●今日・あれこれ

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私の悪いところ。良いところかも
しれないが、ひとつのことにこだわると、
とことん、それを追及してしまうこと。

「追及」が、「追求」「追究」になる
こともある。

要するに、しつこい。自分でも、それが
よくわかっている。

+++++++++++++++

 今、いちばん関心があるのは、K国問題。おととい、6か国協議が終わった。いろいろ言いた
いことはあるが、疲れた。どうでもよくなってしまった。何という虚脱感。何というニヒリズム。

 今日も街中をひとりで歩いた。見ると、1人の男が、コーヒーショップから出てくるところだっ
た。年齢が私と同じくらいだった。気になった。その男を見たとき、ふと、自分のしていること
が、バカらしく思えた。

 私とその男は、どこがどうちがうのか。私が1人の男なら、彼も1人の男。無数の男たちの中
の、1人の男。その男がいくら叫んでも、だれも耳など貸さないだろう。私にしても、そうだ。そ
れを感じたとき、ふと、自分のしていることが、バカらしく思えた。

 外交問題は、国に任せておけばよい。外務省の役人たちに任せておけばよい。私は私で、
その1人の男のように、コーヒーショップでコーヒーを飲んで、遊んでくればよい。どうしてこの私
が、K国問題を考えなければならないのか。

 こういうときというのは、つまり虚無主義がいったん、心の中に充満しはじめると、それがあら
ゆることに、飛び火してしまう。そういう意味では、人間の心というのは、それほど、器用にはで
きていない。

 たとえば私には、現在、5人の扶養家族がいる。母に兄、息子が2人、それにワイフである。
その5人が、ズシリと私の肩にのしかかっている。私はいつもその重荷を心のどこかで感じて
いる。したいこともせず、買いたいものも買わず、じっとそれに耐えている。

 が、虚無主義が充満してくると、「どうして私だけが、こんなに苦労しなければならないのか」と
考えるようになる。「苦労」というのは、(精神的重圧感)をいう。母や兄はもちろんのこと、息子
たちにしても、ワイフにしても、私が感じている重圧感など、どこ吹く風。たがいに電話をしなが
ら、キャッキャッと笑いあっている。

 そのK国問題。これから日本は、孤立無援のまま、K国と、単独で対峙しなければならない。
表向きはともかくも、今ごろブッシュ大統領は、こう言っているにちがいない。「日本のことなど、
知ったことか!」と。

 アメリカの国防長官が、日本の防衛大臣との会談をキャンセルしたのも、その表れと考えて
よい。どうしてアメリカが、日本の平和と安全に、責任をもたねばならないのか。そのアメリカ
を、日本の防衛大臣が公然と批判した。内々に批判するならまだしも、公然と、だ。

 外務大臣にしても、しかり。

 結局、今回の6か国協議は、日本の大敗北で終わってしまった。拉致問題にこだわったから
ではない。もともと大義名分などなかった。人道主義にしても、人権問題にしても、世論に押さ
れて、それを口にしただけ。どうしてK国の核開発に反対なのかという、その輪郭(りんかく)す
ら明確にすることさえできなかった。

 日本には、もともと(主義)など、ない。民主主義国家ということにはなっているが、どうして日
本が民主主義国家なのか。世界の人たちは、だれもそう思っていない。つい先日も、オースト
ラリアのある雑誌が、日本の皇室の批判記事を書いた。それについて日本政府は、政府とし
て、それに抗議した。どうしてそんな日本が、民主主義国家と言えるのか。

 何ともわけのわからない、日本の外交姿勢。態度。いったい日本は、何のために6か国協議
に参加してきたのか。その大義名分は何だったのか。あるいは仲間はずれにされるのがこわ
いから、参加してきただけなのか。これから先、K国をひとりで相手にする度胸と勇気がないか
ら、参加してきただけなのか。

 ……といっても、心配は無用。

 K国は、核開発を放棄しない。ぜったいに放棄しない。金xxが、健在(?)なかぎり、放棄しな
い。つまり、アメリカ、中国、それに韓国は、それに翻弄(ほんろう)されるだけ。

 だからここは、日本は、高見の見物と決め込めばよい。ジタバタしてはいけない。静かに傍観
しながら、K国が自然崩壊するのを待てばよい。あわてふためいて、アメリカのあとを追いかけ
るようなブザマなことだけは、してはならない。

 こういうときの外交政策の鉄則は、ただひとつ。じっと、時を待つ、である。

 ……それにしても、この虚脱感は何か。小泉内閣から安倍内閣。内閣が替わっただけで、こ
うまで極東アジア情勢が変わるとは! いったい、だれがそんな変化を予想しただろうか。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●心のステータス

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1人の男性(40歳くらい)が、リストラ
で職をなくした。

しかしその男性は、それからも、いつもどおり、
カバンを手に、会社へ出かけていたという。

が、その男性は会社へは行っていなかった。
釣りをしたり、パチンコをしたりして、
その日を過ごしていた。そして一日が終わると、
その男性は、以前と同じように帰宅し、
家族といっしょに、食事をしていたという。

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1人の男性(40歳くらい)が、リストラで職をなくした。しかしその男性は、それからも、いつもど
おり、カバンを手に、会社へ出かけていたという。

が、その男性は会社へは行っていなかった。釣りをしたり、パチンコをしたりして、その日を過
ごしていた。そして一日が終わると、その男性は、以前と同じように帰宅し、家族といっしょに、
食事をしていたという。

 が、この話を聞いて、ワイフはこう言った。「どうして正直に、家族に言わないのかしら?」と。
つまり「リストラで職をなくしたらなくしたで、妻や子どもたちには、正直に話せばいいのに」と。

 しかしそれは、専業主婦の発想。私には、その男性の気持ちがよくわかる。痛いほど、よくわ
かる。もし私がその男性と同じ立場に置かれたら、やはり同じような行動をしていただろう。リ
ストラという大ごとではないにしても、それに似たようなことは、日常的によく経験する。

 そういとき、私も、その男性と、同じような行動をとる。たとえば親や生徒と何か、トラブルが
あったようなとき。そういう話は、極力、ワイフや息子たちには話さないようにしている。不要な
心配をかけたくないというよりは、自分が情けなくて、そういう話をすることができない。

 「情けない」というのは、情けないということ。話したところで、どうにもならない。自分で自分が
いやになる。そういういやな部分というのは、自分の中から消し去りたい。どうしてそれを、あえ
て、ワイフや息子たちに話さなければならないのか。

 その男性も、そうなのだろう。「リストラされた」と告げるということは、自分の存在感を、家族
の中から消し去ることを意味する。それは仕事をする男性にとっては、死の宣告に等しい。つ
らい。苦しい。

 で、同じようなことが、子どもの世界でも、よく見られる。たとえば私の教室でもときどき、テス
トをすることがある。そのテストだが、悪い点数を取った子どもがいたとする。私は100点のと
きは、大きく100点と書くが、それ以外のときは、めったに点数をつけない。それでもその答案
用紙を、帰りにゴミ箱に捨てて帰っていく子どもがいる。

 悪い点数を取って帰るということは、その子どもにとっては、自己否定そのもの。親に叱られ
るとか、叱られないとかいう、そういうレベルの問題ではない。たとえばこんなこともある。

 親の望みと、子どもの力が、大きくかけ離れるということは、よくある。一定の範囲内であれ
ば、それなりの指導も可能だが、その範囲を超えたばあいには、子どもも苦しむが、親も苦し
む。だから、子どもに向かって、私は、こう言う。

 「君の力は、君がいちばんよく知っているはずだから、お父さんとお母さんに正直に言ったら
どうかな?」と。

 しかしこういうケースのばあい、それを正直に親に話す子どもは、10人に1人もいない。100
人に1人もいない。子どもにとって、親をして、「やればうちの子はできるはず」と思わせておくこ
とは、それ自体が、子どものステータスになっている。「ぼくにはあの学校は無理だ」と親に言う
ことは、子ども自らが、そのステータスを否定することになる。

 つまりその子どもの心情もまた、冒頭に書いた、リストラで職をなくした男性の心情に似てい
る。似ているというより、同じ。

 ことこの問題に関しては、正直であるとか、正直でないとか、そういうこととは関係ない。もち
ろん何でも正直に話せるようであれば、それはそれですばらしいことだと思う。しかしそんな夫
婦、そんな親子は、いったい、どれだけいるだろうか。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●『週刊新潮』を読む

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アメリカに住む息子のために、
毎週、週刊誌を買って送っている。

週刊誌というのは、立ち読みするか、
喫茶店で読むものと思っていた。

が、今は、ちがう。

まず買う。自分で読む。それから
息子に送る。

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●加山Y氏の妹

 今日は、『週刊新潮』(2・22)を買ってきた。アメリカに住む息子に送るためである。インター
ネットの時代になったとはいえ、週刊誌には、それなりの意味がある。息子もそう言っていた。

 日本の事情が、全体的につかめる。
 日本の事情が、バランスよくつかめる。
 日本の事情が、常識的に理解できる。

 で、最初に目をひいたのは、歌手の加山Y氏と、実の妹の確執問題。実の妹が借金をかか
えて、自己破産したという。それに対して、加山Y氏は、記者のインタビューに答えて、「冷めた
関係を思わせるコメントが返ってきたのみ」(週刊新潮)とのこと。

 「兄弟だから、仲がよいはず」と考えるのは、誤解でしかない。親から見れば、子どもは、み
な、平等にかわいいかもしれない。しかし兄弟どうしの横のつながりは、必ずしも、親の思いど
おりには、いかない。ばあいによっては、他人以上に、疎遠になることもある。

 たとえばよくある例は、年がそれほどちがわない兄と弟、姉と妹などは、一般的には、それほ
ど仲がよくないと言われている。兄や姉が、下の子に嫉妬(しっと)するのが原因と言われてい
る。

 だから長男、長女は、生活態度が、どうしても防衛的になる。ケチになる。

 だから加山Y氏と、実の妹の関係が、週刊誌に書いてあるようだとしても、私は驚かない。む
しろ逆に、「兄弟だから……」「姉妹だから……」という『ダカラ論』に縛られて、もがき苦しんで
いる人は多い。

 そんなわけで、一昔前なら、「加山家の恥」というようなタイトルで報道されたであろう記事も、
今は、ちがう。「兄は兄」「妹は妹」という視点で、報道されている。加山Y氏自身も、「とにかくお
たがい、一生懸命生きていこう、それだけです」とコメントを寄せている。


●皇室接遇マニュアル

+++++++++++++++++

皇室の人たちを接待するための、
特別のマニュアルがあるという。

週刊新潮によれば、
(1)おしぼりは、かために。
(2)便座カバーは、白
(3)ご先導は、2、3歩左ななめ前を……、と。

+++++++++++++++++

 皇室の人たちを接待するための、特別のマニュアルがあるという(「週刊新潮」)。たとえば、
トイレについては、つぎのようにある。

(1)洋式が望ましい。
(2)お手洗いは、両陛下専用のものを用意する。
(3)お手洗いに花を置く場合は、匂いの少ないものにする。
(4)石けんは固形とする。石けん液などの設備があるばあいは、中の石けん液を抜いておくこ
と。
(5)直接体が触れる部分(レバー、便座)については、消毒を行う。
(6)トイレットペーパーは、白地の上質なもの(新品)とする。
(7)石けんケース(新品)、タオル(フェイスタオル、およびふつうのタオル)3枚。
(8)水飲み用コップ、ミネラルウォーターなど、10種。
(こうした物品の配置図も、図解で説明とのこと。)

 ほかにもいろいろ書いてある。

(1)御料車の御着時は、御先導位置で軽く一礼してお迎えする。
(2)車を降りる順序は、皇后陛下が先で、ついで天皇陛下。
(御料車のドアの開閉は、必ず随行員が行うので、その妨げにならないように注意すること。)
(3)両陛下がお出ましになったら、先導者は、軽く前に出てお迎えする。
(1礼のあと、「御挨拶→自己紹介」を行い、御先導の旨を伝えること。)
(4)「本日は、ようこそおいでくださいました」とあいさつする。
(5)御先導は、陛下のお近く、2、3歩ななめ前を進むのが自然であるが、場所の都合次第
で、右ななめ前または中央前であっても、差し支えない。なお御先導の際に、両陛下の前を横
切る場合は、直前を横切ることがないように注意すること。

 ……以下、いろいろと書いてある。かなりの分量のマニュアルらしい。お茶の温度についても
書いてある。「お茶の温度は、70〜80度C」と。興味のある人は、『週刊新潮』を読んだらよ
い。しかし全体を読んでみると、どこか、ヘン。つまり、皇室の人たちを迎えるためのマニュア
ルが、どこか、皇室の人たちをバカにしたような印象すら受ける。つまりこんなマニュアルどお
りに迎えられて、果たしてそれで皇室の人たちが、喜ぶとでも思っているのだろうか。リラックス
できるとでも思っているのだろうか。

 まるで皇室接待そのものが、演技化されているよう。たとえて言うなら、歌舞伎座の舞台でな
される演技のよう。皇室の人たちがそれを望んでいるのなら、私とて何も言うことはない。ある
いは、このマニュアルを作成した人は、一度でも、「これでいいですか?」と、皇室の人たちに
聞いてみたことがあるのだろうか。

 すばらしいマニュアルと感心する前に、「何という窮屈な世界!」と、先に驚いてしまう。私の
率直な印象としては、「今どき……ねえ?」といったところか。

 この世の中には、「自然体」という言葉がある。自然な振る舞いの中にこそ、真実がある。本
質がある。接待についても、同じ。皇室の人たちを尊敬する人々がいる。そういう人々が自然
な振る舞いを通して、自分たちの敬意を表す。皇室の人たちはそれに感動し、そして喜ぶ。

 どうしてそういう「自然体」を、もっと大切にしないのだろうか。……というところで、この話はお
しまい。

 週刊新潮は、つぎのように結んでいる。

 「開かれた皇室とはいうものの、まだまだ一般の感覚とは遠いということなのである」と。まさ
に同感である。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●今朝・あれこれ(日曜日)

++++++++++++++++++

今朝は、久しぶりに朝風呂。
パジャマのまま、浴槽に湯を張る。
いっぱいになったのを見届け、
裸になって飛び込む。

そしていつも、この歌を口ずさむ。

「♪オッハラ、ショウスケさん、
 なぜ、シンショウ、つぶした……」と。

私も、あぶない! そのうち、自己破産
ということになるかも……。

++++++++++++++++++

 起きたときはドシャブリ。しかし風呂から出ると、青い空。どうやらたった今、前線が通過した
らしい。

 言い忘れたが、結婚して以来、風呂はいつも、ワイフといっしょに入っている。それが習慣に
なっているから、どうということはない。それに今は、ジジイとババア。長いときは、浴槽につか
ったまま、1時間以上も、話をしている。今朝もそうだった。

 とりとめのない長話。意味のない長話。世間話にウワサ。

 今、その風呂から出て、こうして居間のパソコンで、雑文を書く。どうしようもない雑文。ワイフ
は、うしろで、朝食の用意。その音だけが、うしろから聞こえてくる。そうそう今朝も、母に起こさ
れた。時計を見ると、7時少し前。ちょうど起きるころだったので、そのまま起きた。

 母を見ていると、自分たちの老後がどうあるべきか、それがよくわかる。しかし計画どおりいく
ものか? 頭がボケると、すべての計画が狂ってくる。ボケには、注意したい。

 この2日間、私とワイフの間は、一触即発。険悪なムードが漂っていた。きっかけは、たわい
もないことだが、ワイフが、すなおに自分のまちがいを認めなかった。それで言い争いになっ
た。

 で、いつもそうなのだが、喧嘩になると、「離婚してやる!」「私も、あなたなんかと結婚するつ
もりはなかった!」「オレだって、なかった!」となる。あとはお決まりの無視。無言。

 が、やがてそれも限界に近づいてくる。そして「いっしょにDVDでも見るか?」となる。そんな
わけで昨夜は、ニコラス・ケイジの『ロード・オブ・ウォー』を見た。武器商人のDVDだった。

 なお夫婦喧嘩というのは、(1)安定期→(2)倦怠(けんたい)期→(3)緊張期→(4)爆発期
→(5)反省期→(1)安定期……というサイクルを繰りかえす。密着度の濃い夫婦ほど、このサ
イクルが顕著に現れる。

 ともかくも、今朝は、安定期。朝食のおかずも、昨日より、2〜3品ふえていた。(おとといは、
カップヌードル一個だったぞ!)

 軽い頭痛があるのは、花粉症のせい? あの花粉症からは解放されたが、それでもその季
節になると、1週間ほどは、花粉症まがいの症状が現れる。断続的なクシャミは、先週あたり
からつづいている。もうそろそろ花粉症による症状は消えるころなのだが……。


●人生

++++++++++++++++++

今日1日、できることをやる。
やるべきことをやる。それを懸命にやる。

それでよい。

明日は必ず、やってくる。
明日は明日で、そのとき、またその日の
ことを考えればよい。

++++++++++++++++++

 ぜいたくな望みかもしれないが、私は、死ぬときは、心筋梗塞で死にたい。その瞬間には、気
を失うほど痛いそうだが、一瞬で終わる。いろいろな病気を想定するが、やはり心筋梗塞がい
ちばん、よい。

 数年前のこと。どこかの中学校で、講演会場に向かっているとき、突然、胸がギーンと締め
つけられるような痛みを感じた。今から思うと、あれは、狭心症によるものだったと思う。

 以後、その症状はないが、私の父方の家系は、心筋梗塞で死ぬ人が多い。一方、母方は、
脳梗塞か脳内出血。がんで死ぬ人は、ほとんど、いない。だから確率としては、心筋梗塞とい
うことになる。

 で、ときどき、こう思う。そのときがきたら、いさぎよく死のう、と。ジタバタしない。延命措置な
ど、してほしくない。できれば安楽死させてほしい。そのときは、オーストラリアの友人(ドクター)
が、「パxxxxxx」という薬を送ってくれることになっている。「パラダイス」をもじった薬の名前で
ある。

 オーストラリアでは違法だが、秘密裏に利用している人は多いらしい。パラダイスにいるよう
な気分で、眠るようにして死ぬことができるという。

 ともかくも、運命は受けいれる。もちろん、ふんばることができる部分については、ふんばる。
ふんばるからこそ、そこから生きることのドラマが生まれる。そのドラマが、人の世界を、潤い
豊かで、楽しいものにする。

 私も、その運命に身を任す年齢になってきた。


●能・不能

++++++++++++++++++

人には、能・不能がある。
自分の能を見極め、それに静かに従えば、
能力を発揮することができる。
成功を収めることができる。

しかしその能もないのに、高望みしても、
はじまらない。

「できない」「なれない」と
嘆いても、しかたない。

++++++++++++++++++

 人には、能・不能がある。自分の能を見極め、それに従えば、能力を発揮することができる。
成功を収めることができる。

 しかしその能もないのに、高望みをしても、始まらない。「できない」「なれない」と嘆いても、し
かたない。

 そのことは、子どもの世界を見ていると、よくわかる。たとえば子どものもつ能力というのは、
けっして、平等ではない。小学3、4年生を境にして、それがはっきりとわかるようになる。親
は、「何とかS中学校へ入れたい」と言うが、その段階で、「無理だろうな」と思うことは、しばし
ばある。

 しかし親にそれを告げることはできない。また説明したところで、わかってはもらえない。ほと
んどの親は、「うちの子は、やればできるはず」と思いこんでいる。「できないのは、やらないか
ら」と。

 自分の能・不能を知ることはむずかしい。いわんや、自分の子どもの能・不能を知ることは、
さらにむずかしい。それができるのは、たくさんの子どもを、長い間教えてきたというキャリアの
ある人だけである。親にそれができないは、当然といえば、当然。しかたのないこと。

 で、結局、私の仕事は、親に夢と希望をもたせながら、子どもを前向きにひっぱっていくこと
でしかない。その過程で、やがて親は子どもの能・不能を知る。この段階で、無理をすれば、そ
れなりの学校には入るだろうが、しかし、あとがつづかない。いつだったか、『のびたバネは、
必ず縮む』という格言を考えたが、それとて、キャリアのある人にしかわからない。

 はっきり言えば、無理に不相応な学校に子どもを押しこんでも、苦しむのは子ども自身という
こと。

 しかしここが教育のおもしろいところだが、能・不能といっても、個性差はある。個人差ではな
い。個性差である。

 勉強はだめでも、スポーツが得意とか、そういう個性によるちがいはある。だから勉強がだめ
だからといって、すべてがだめというわけではない。その個性差を認め、その中から能力を引
き出していく。それが、教育ということになる。どうか、誤解のないように。

++++++++++++

 これからワイフと買い物に行ってきます。+では、みなさん、おはようございます。
(07年2月18日記)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

【母の介護記】

++++++++++++++++

母のベッドのまわりが、ジャングル・ジム
のようになった。母の行動を観察しながら、
手すりをつくった。手すりと手すりを、
パイプでつないだ。それでそうなった。

一見、不便なように見えるかもしれないが、
母は、自分で立って歩けることを喜んで
いるよう。

何度も、ベッド→ソファー→トイレと、
行ったり来たりしている。立ったり座ったり
している。

そのせいか、今朝は、漏らすこともなく、
自分で大便ができた。

「よかったね」と声をかけると、
「わしは、しとらん」と。

それを聞いて、ワイフが、ケラケラと
笑った。

+++++++++++++++++

 昨夜、母が、仏壇の前に座っていた。「何をしている?」と声をかけると、「お経をあげてくれ」
と。

 経本のひとつを選んで読んでやる。仏壇の中には、ほてい様の人形が安置してある。母は、
それが仏様と思っているらしい。いや、ここへ来たころ、「どうしてほてい様が祭ってある?」と
聞いた。「浜松では、ほてい様を祭る」と言ってやった。母は、「たわけたこと(=バカなこと)を
言うな」とはき捨てた。

 お経をあげてやっているとき、母は、数珠(じゅず)をいじって、遊んでいた。それを横目で見
て、「ちゃんと聞いていろ」と、私は叱った。

 天界……つまり仏教で、「天」というときは、天上の「天界」を表すときと、「帝釈天(たいしゃく
てん)」や「弁財天」などの、「人」を表すときがある。帝釈天も弁財天も、人知をはるかに超越し
た人物というふうに考えられている。

 しかしもともと仏教には、キリスト教でいうような「天国」はない。天上に理想郷があると教えた
のは、仏教ではない。それ以前からインドに伝わっていた「生天(しょうてん)思想」によるもの
である。それがいつの間にか、仏教の中に混入してしまった。「極楽」とか「浄土」という言葉
も、そこから生まれた。

母「死んだら、天国へ行くのか?」
私「ああ、そうらしい」
母「天国はいいところか?」
私「いいところらしい。あんたは、極楽へ行くことになっている」
母「そうか。お前は、頭がいいから、何でも知っているな」
私「そうだ。ぼくが言うから、まちがいない」と。

 気がつかなかったが、お経を読み終えて、うしろを見ると、ワイフがそこに立っていた。笑いな
がら、私たちを見ていた。

 言い忘れたが、仏壇の中は、カラである。20年近く前、どこかのだれかが仏壇を売りにきた
ので、それを買った。いつか役にたつだろうと思って、買った。そのときは、宗派ごとに仏壇が
ちがうなどということさえ知らなかった。しかし宗派ごとに、仏壇がちがうというのもおかしい。

 それはともかくも、それ以来、仏壇は、大切なものを入れる戸棚として使っていた。思い出の
写真や、みやげものなどをかざっていた。が、今回、母がきたので、仏壇を仏壇として使うこと
にした。私の祖父母の写真なども、その中に飾った。

 ほてい様を祭ったのは、ほかに飾るものがなかったからである。いいかげんと言えば、これ
ほど、いいかげんな信仰もない。しかしそれが私たちのやり方だった。信仰は「形」でするもの
ではない。「中身」だ。「教え」だ。教えによってするもの。

 ……とまあ、勝手な自己弁護ばかりしている。熱心な信仰家が聞いたら、顔を赤くして怒るに
ちがいない。

私「お前は、今でも、お金がほしいか?」
母「もう、いらん。命には、かえられん」
私「そうだな。お前も、やっとわかったな」
母「……」と。

 若いころの母は、貪欲(どんよく)だった。小銭の亡者のように思ったこともある。その母が、
「命にはかえられん」と。歳が母を賢くしたのか。それとも、命の限界をそこに感じて、賢くなっ
たのか。どちらにせよ、今の母は、昔の母とはちがうらしい。

私「さあ、もう寝ろ」
母「わかった」
私「明日は、デイサービスの人が、また迎えにくるから」
母「ありがと」
私「友だちは、できたか?」
母「できん。みんな年寄りばかりや」と。

 母は、自分が最高齢者であることを忘れて、そう言う。だからおかしい。

私「お前が、いちばんのクソババアだろが」
母「そうやな」と。

 介護するときのコツ。

 介護するときは、する。しかしそれ以外の時間のときは、介護のことは、まったく忘れる。この
頭のスイッチの切り替えをじょうずにできる人のことを、介護のじょうずな人という。

 私とワイフは、居間にもどって、DVDのつづきを見ることにした。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●同時性二重人格

+++++++++++++++

二重人格というと、スティーブンソンが
書いた、『ジキル博士とハイド氏』を
思い出す。

同じ人物なのだが、それぞれの人格に
なったとき、別の人格のときの記憶が途絶える。

しかしそうした二重人格ではないにしても、
二重人格性をもった人は多い。

ひょっとしたら、あなた自身が、そうであるかも
しれない。

+++++++++++++++

 ふつう二重人格というときは、一方の人格になったとき、他方の人格のときの記憶がないこと
をいう。スティーブンソが書いた、『ジキル博士とハイド氏』に、その典型的な例をみる。

 しかし、中には、それぞれの人格になりながら、記憶が連続している人がいる。そういうの
を、「同時性二重人格」という。「同時的二重人格」という人もいる。別人格になりながら、もう一
方の人格が、同時的に、存在している。再び、もとの人格にもどったときも、記憶がそのまま残
っている。

 とたえばカッと怒ったようなときを、考えてみる。たいていの人は、ふだんの自分とはちがう自
分になる。その瞬間から記憶が途絶えるわけではない。

 が、それだけで、同時性二重人格ということではない。二重人格というときは、「人格」そのも
のが、変化する。たとえば極端に冷酷になったり、孤独に強くなったりする。価値観そのもの
が、変化する。そして場合によっては、どちらの自分が本当の自分なのか、その判断がつかな
くなってしまう。

 私の知人にも、そういう男性(45歳くらい)がいる。

 彼のばあい、アルコールが入ると、そうなる。ふだんは、静かで、おとなしい。人に話しかけら
れても、ニコニコと笑っている。が、アルコールが入ると、人格が一変する。目つきそのものが
変わる。彼の奥さんも、そう言っていた。「夫の目つきが鋭くなったときは、注意しています」と。

 で、それについて、最近の研究によれば、乳幼児期に受けた虐待が原因であるという説が、
支配的になっている。それには性的虐待も含まれる。さらに私は「間接虐待」と呼んでいるが、
たとえばはげしい夫婦喧嘩なども、ここでいう虐待と考えてよい。子どもはそれを見ながら、大
きな恐怖感を覚える。

 さらに、過干渉、過関心も、度を超したとき、虐待となる。

 虐待された子どもは、自分の心の中にもう1つの部屋をつくり、その部屋にこもる。それが二
重人格の基礎となる。

 しかし本当の問題は、その人が二重人格であるにせよ、同時性二重人格であるにせよ、そ
れに気がつかないまま、それに振りまわされること。同じ失敗を繰りかえすこと。だからもし、あ
なたが自分の中に、ここでいうような同時性二重人格、あるいは二重人格性を感じたら、ま
ず、自分を疑ってみる。

 それがこの問題に関する、唯一の解決方法ということになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 二重
人格 同時性二重人格 同時的二重人格)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1817)


●大河ドラマ

++++++++++++++++

NHKの大河ドラマについては、
たびたび批判してきた。

理由の第一。封建主義時代の負の
側面に目を向けることなく、ただ
一方的に、あの時代を美化しては
いけない。

理由の第二。私たち日本人は、
封建時代の暴君たちの目を通してしか
その歴史を見ない。しかし私たちの
祖先の99・99%は、その暴君に
虐げられた庶民であった。
それを忘れてはいけない。

++++++++++++++++

 戦国時代の日本がどういう国であったかを知りたかったら、現在、部族紛争を繰りかえしてい
るアフリカ諸国を見ればよい。あるいはそれ以下であったかもしれない。もちろん歴史は歴史
だから、それなりの評価はしなくてはいけない。しかし必要以上に美化してはいけない。

 今の今でも、織田信長や豊臣秀吉を、理想のリーダーとして考えている人は多い。徳川家康
ともなると、もっと、多い。しかし江戸時代という時代が、いかに暗黒かつ、恐怖政治の時代で
あったか、それを忘れてはいけない。中には、おめでたい人がいて、「日本は、戦国時代の昔
から、先進国だった」と信じている人がいる。

 しかし現実には、明治のはじめですら、当時の日本の国力は、当時のインドネシア程度であ
ったと言われている。何も、私は日本をけなしているのではない。私たち日本人にいちばん欠
けている歴史観といえば、そのつど、歴史そのものを、ナーナーですませてしまったこと。

 江戸時代という封建主義時代ですら、日本人は、一度とて、清算していない。さらに戦前の軍
国主義時代というあの時代ですら、一度とて、清算していない。清算しないまま、つまりわかり
やすく言えば、反省することもなく、それをつぎの時代につなげてしまった。

 だからいまだに、封建主義時代の亡霊たちが、この日本にのさばっている。軍国主義時代の
亡霊たちが、この日本にのさばっている。

 だから私たち日本人は、声を高くして、正義を主張することができない。隣に封建主義そのも
のの国があっても、あるいはまた軍国主義そのものの国があっても、「あなたがたはまちがっ
ている」と、言うことすらできない。

 いくら「私たち日本人は、自由だ、平等だ」と叫んでも、その声は、そのまま空のかなたに消
えてしまう。日本が、本当に民主主義国家だと思っている人は、いったい、この世界に、何パー
セントいるだろうか。もう30年前にはなるが、オーストラリアの大学生が使うテキストには、「日
本は官僚主義国家」となっていた。別のテキストには、「君主(天皇)官僚主義国家」となってい
た。

 その状況は、今でも変わっていない。変わっていないばかりか、時代はまさに、逆行しつつあ
る。日本の大勢がそれでよいというのなら、それはそれでかまわない。しかしどうして今、この2
007年という年にあって、『風林火山』なのか。それを、私たちは、一度ここで立ち止まって考
えてみる必要があるのではないだろうか。

+++++++++++++++++++++

『世にも不思議な留学記』として
書いた原稿です。

+++++++++++++++++++++

●珍問答

 私の部屋へは、よく客がきた。「日本語を教えてくれ」「翻訳して」など。中には、「空手を教え
てくれ」「ハラキリ(切腹)の作法を教えてくれ」というのもあった。

あるいは「弾丸列車(新幹線)は、時速150マイルで走るというが本当か」「日本では、競馬の
馬は、コースを、オーストラリアとは逆に回る。なぜだ」と。

さらに「日本人は、牛の小便を飲むというが本当か」というのもあった。話を聞くと、「カルピス」
という飲料を誤解したためとわかった。カウは、「牛」、ピスは、ズバリ、「小便」という意味であ
る。

●忠臣蔵論

 が、ある日、オリエンタルスタディズ(東洋学部)へ行くと、4、5人の学生が私を囲んで、こう
聞いた。「忠臣蔵を説明してほしい」と。いわく、「浅野が吉良に切りつけた。浅野が悪い。そこ
で浅野は逮捕、投獄、そして切腹。ここまではわかる。しかしなぜ、浅野の部下が、吉良に復
讐をしたのか」と。

加害者の部下が、被害者を暗殺するというのは、どう考えても、おかしい。それに死刑を宣告
したのは、吉良ではなく、時の政府(幕府)だ。刑が重過ぎるなら、時の政府に抗議すればよ
い。また自分たちの職場を台なしにしたのは、浅野というボスである。どうしてボスに責任を追
及しないのか、と。

 私も忠臣蔵を疑ったことはないので、返答に困っていると、別の学生が、「どうして日本人は、
水戸黄門に頭をさげるのか。水戸黄門が、まちがったことをしても、頭をさげるのか」と。私が、
「水戸黄門は悪いことはしない」と言うと、「それはおかしい」と。

 イギリスでも、オーストラリアでも、時の権力と戦った人物が英雄ということになっている。たと
えばオーストラリアには、マッド・モーガンという男がいた。体中を鉄板でおおい、たった一人
で、総督府の役人と戦った男である。イギリスにも、ロビン・フッドや、ウィリアム・ウォレスという
人物がいた。

●日本の単身赴任

 法学部でもこんなことが話題になった。ロースクールの一室で、みながお茶を飲んでいるとき
のこと。ブレナン法学副部長が私にこう聞いた。

「日本には単身赴任(当時は、短期出張と言った。短期出張は、単身赴任が原則だった)とい
う制度があるが、法的な規制はないのかね?」と。そこで私が「何もない」と答えると、まわりに
いた学生たちまでもが、「家族がバラバラにされて、何が仕事か!」と叫んだ。

 日本の常識は、決して世界の常識ではない。しかしその常識の違いは、日本に住んでいるか
ぎり、絶対にわからない。が、その常識の違いを、心底、思い知らされたのは、私が日本へ帰
ってきてからのことである。

●泣き崩れた母

 私がM物産という会社をやめて、幼稚園の教師になりたいと言ったときのこと、(そのときす
でにM物産を退職し、教師になっていたが)、私の母は、電話口の向こうで、オイオイと泣き崩
れてしまった。「恥ずかしいから、それだけはやめてくれ」「浩ちゃん、あんたは道を誤ったア
〜」と。

だからといって、母を責めているわけではない。母は母で、当時の常識に従って、そう言っただ
けだ。ただ、私は母だけは、私を信じて、私を支えてくれると思っていた。が、その一言で、私
はすっかり自信をなくし、それから30歳を過ぎるまで、私は、外の世界では、幼稚園の教師を
していることを隠した。一方、中の世界では、留学していたことを隠した。どちらにせよ、話した
ら話したで、みな、「どうして?」と首をかしげてしまった。

 が、そのとき、つまり私が幼稚園の教師になると言ったとき、私を支えてくれたのは、ほかな
らぬ、オーストラリアの友人たちである。みな、「ヒロシ、よい選択だ」「すばらしい仕事だ」と。そ
の励ましがなかったら、今の私はなかったと思う。
 

+++++++++++++++++

 若い人たちにしてみれば、60年前というのは、遠い昔かもしれない。しかし私のようなものに
してみれば、60年前といっても、つい昨日のようなもの。

 私自身は戦後の生まれだが、それでも子どものころは、毎日、軍歌を口ずさみ、戦艦大和の
話をしていた。当時はまだ、「天皇」と呼び捨てにすることさえできなかった。一度だけだが、私
がそう言ったとき、父は、私を殴った。「陛下と言え!」と。

 さらに江戸時代ともなると、遠い遠い昔かもしれない。しかし私のようなものにしてみれば、1
20年前といっても、たったの2倍。つまり60年の2倍。私の祖父は、明治生まれだったが、江
戸時代をそのまま引きずって生きていた。

 その祖父の時代に、江戸時代は終わっただろうか。私の父の時代に、軍国主義時代は終わ
ったのだろうか。答は、「NO!」。

++++++++++++++++++

みんなで、もう一度、「武士道」について
考えてみよう。

++++++++++++++++++

●武士道

トム・クルーズの『ラスト・サムライ』がヒットしたこともある。NHKの『新撰組』もそうだ。そのせ
いか、今、日本は、武士道一色といってもよい。O女子大教授の、FM氏などは、「日本が誇る
べき民族精神である」(「文言春秋」04・05)などと、賞賛している。

 しかし武士道とは、いったい何なのか。たとえば今、話題の、『新撰組』。

 あの新撰組が、京都の町に現れたとき、京都の町は、恐怖のどん底に叩き落された。新撰
組は、我がもの顔に刀を振り回し、自分たちの意に沿わない者を容赦なく殺していった。

そういう連中が、いかに恐ろしい存在であったは、数年前に佐賀県で起きた『バス・ハイジャッ
ク事件』を思い出してみればわかる。あのときは、刃渡り40センチ足らずの包丁をもった少年
に、日本中が震えた。

 そこで武士道。

 江戸時代には、士農工商という、明確な身分制度がしかれていた。この身分制度でいう、
「士」が、武士ということになる。つまりは、刀をもった、為政者。日本人全体としてみれば、数
パーセントに満たない人たちであった。

 大半の日本人は、その武士の圧制、暴力の影におびえながら、細々と生活をしていた。つま
り江戸時代という時代は、世界の歴史の中でも、類をみないほど、暗黒かつ恐怖政治の時代
であった。私たちがいう武士とは、そういう時代の「武士」であったことを、忘れてはならない。

 こんな話を、15年ほど前、山村に住む90歳(当時)くらいの女性に聞いた。

 明治時代の終わりごろ。江戸時代が終わって、20〜30年近くもたっていたというが、そのと
きですら、まだ、旧武士たちは士族と呼ばれ、刀をさして歩いていたという。

 その人が歩いてくると、遠くからカチャカチャと、鞘(さや)が、当たる音がしたという。すると、
皆は、道の脇により、頭を地面にこすりつけるようにして、ひざまづいたという。

 「私が子どものころはそうだったよ」と、その女性は笑っていたが、武士道には、そういう側面
がある。

 私たち日本人は、こういう話を聞くと、自分の視点を、武士の目の中に置いて、考えがちであ
る。「頭をさげた平民」ではなく、「頭をさげさせた武士」の目を通して、日本を見る。

 これは日本人独特の、オメデタさと考えてよい(失礼!)。今でも、つまり2004年の今でも、
「私の先祖は、旧M藩の家老でした」「私の先祖は、官軍の指揮官でした」などと、自慢する人
は多い。残りのほとんどの先祖は、町民や農民であったことについては、目をつぶる。

 「私の先祖は、武家だった」と主張するのは、その人の勝手。またそれを誇りに思うのも、そ
の人の勝手。しかしそれがどうしたというのか? あるいは、そんなことは、そもそも、誇るべき
ことなのか。

 江戸時代が終わって、140年近くもたったいるのに、いまだに、そういうことを言うというの
は、つまりは、それくらい、あの江戸時代という時代が、恐怖政治の時代であったということを
意味する。民衆は、骨のズイまで、魂を抜かれた。一つの例をあげよう。

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●新居の関所

 浜名湖の南西にある新居町には、新居関所がある。関所の中でも唯一現存する関所という
ことだが、それほど大きさを感じさせない関所である。

江戸時代という時代のスケールがそのまま反映されていると考えてよいが、驚くのは、その「き
びしさ」。

関所破りがいかに重罪であったかは、かかげられた史料を読めばわかる。つかまれば死罪だ
が、その関所破りを助けたもの、さらには、その家族も同程度の罪が科せられた。

新居の関所破りをして、伊豆でつかまった男は、死体を塩漬けにして新居までもどされ、そこで
さらにはりつけに処せられたという記録も残っている。移動の自由がいかにきびしく制限されて
いたかが、この事実ひとつをとっても、よくわかる。が、さらに驚いたことがある。

 あちこちに史料と並んで、その史料館のだれかによるコメントが書き添えてある。その中の
随所で、「江戸時代は自由であった」「意外と自由であった」「庶民は自由を楽しんでいた」とい
うような記述があったことである。

当然といえば当然だが、こうした関所に対する批判的な記事はいっさいなかった。私と女房
は、読んでいて、あまりのチグハグさに思わず笑いだしてしまった。「江戸時代が自由な時代だ
ったア?」と。

 もともと自由など知らない人たちだから、こうしたきゅうくつな時代にいても、それをきゅうくつ
とは思わなかっただろうということは、私にもわかる。あの北朝鮮の人たちだって、「私たちは
自由だ」(報道)と言っている。あの人たちはあの人たちで、「自分たちの国は民主主義国家
だ」と主張している。(北朝鮮の正式国名は、朝鮮人民民主主義国家。)

現在の私たちが、「江戸時代は庶民文化が花を開いた自由な時代であった」(パネルのコメン
ト)と言うことは、「北朝鮮が自由な国だ」というのと同じくらい、おかしなことである。

私たちが知りたいのは、江戸時代がいかに暗黒かつ恐怖政治の時代であったかということ。
新居の関所はその象徴ということになる。たまたま館員の人に説明を受けたが、「番頭は、岡
崎藩の家老級の人だった」とか、「新居町だけが舟渡しを許された」とか、どこか誇らしげであ
ったのが気になる。

関所がそれくらい身分の高い人(?)によって守られ、新居町が特権にあずかっていたというこ
とだが、批判の対象にこそなれ、何ら自慢すべきことではない。

 たいへん否定的なことを書いたが、皆さんも一度はあの関所を訪れてみるとよい。(そういう
意味では、たいへん存在価値のある遺跡である。それはまちがいない。)そしてその関所をと
おして、江戸時代がどういう時代であったかを、ほんの少しでもよいから肌で感じてみるとよ
い。

何度もいうが、歴史は歴史だからそれなりの評価はしなければならない。しかし決して美化して
はいけない。美化すればするほど、時代は過去へと逆行する。そういえば関所の中には、これ
また美しい人形が八体ほど並べられていたが、まるで歌舞伎役者のように美しかった。

私がここでいう、それこそまさに美化の象徴と考えてよい。

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もう一つ、こんなエッセーを書いたことがある。
(中日新聞、投稿済み)

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「偉い」を廃語にしよう
●子どもには「尊敬される人になれ」と教えよう
日本語で「偉い人」と言うようなとき、英語では、「尊敬される人(respected man)」と言う。よく似
たような言葉だが、この二つの言葉の間には。越えがたいほど大きな谷間がある。

日本で「偉い人」と言うときは。地位や肩書きのある人をいう。そうでない人は、あまり偉い人と
は言わない。一方英語では、地位や肩書きというのは、ほとんど問題にしない。

 そこである日私は中学生たちに聞いてみた。「信長や秀吉は偉い人か」と。すると皆が、こう
言った。「信長は偉い人だが、秀吉はイメージが悪い」と。で、さらに「どうして?」と聞くと、「信
長は天下を統一したから」と。

中学校で使う教科書にもこうある。「信長は古い体制や社会を打ちこわし、……関所を廃止し
て、楽市、楽座を出して、自由な商業ができるようにしました」(帝国書院版)と。これだけ読む
と、信長があたかも自由社会の創始者であったかのような錯覚すら覚える。しかし……?   
 

実際のところ、それから始まる江戸時代は、世界の歴史の中でも類を見ないほどの暗黒かつ
恐怖政治の時代であった。一部の権力者に富と権力が集中する一方、一般庶民は極貧の生
活を強いられた。もちろん反対勢力は容赦なく弾圧された。

由比正雪らが起こしたとされる「慶安の変」でも、事件の所在があいまいなまま、その刑は関係
者はもちろんのこと、親類縁者すべてに及んだ。坂本ひさ江氏は、「(そのため)安部川近くの
小川は血で染まり、ききょう川と呼ばれた」(中日新聞コラム)と書いている。

家康にしても、その後三〇〇年をかけて徹底的に美化される一方、彼に都合の悪い事実は、
これまた徹底的に消された。私たちがもっている「家康像」は、あくまでもその結果でしかない。

 ……と書くと、「封建時代は昔の話だ」と言う人がいる。しかし本当にそうか? そこであなた
自身に問いかけてみてほしい。あなたはどういう人を偉い人と思っているか、と。もしあなたが
地位や肩書きのある人を偉い人と思っているなら、あなたは封建時代の亡霊を、いまだに心
のどこかで引きずっていることになる。

そこで提言。

「偉い」という語を、廃語にしよう。この言葉が残っている限り、偉い人をめざす出世主義がは
びこり、それを支える庶民の隷属意識は消えない。民間でならまだしも、政治にそれが利用さ
れると、とんでもないことになる。

少し前、幼稚園児を前にして、「私、日本で一番偉い人」と言った首相すらいた。そういう意識
がある間は、日本の民主主義は完成しない。

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●武士道とは

 武士道を信奉する人たちのバイブルとなっているのが、新渡戸稲造が書いた、『武士道』(明
治32年)である。新渡戸稲造といえば、5000円札の肖像画にもなっているから、知らない人
はいない。明治時代の終わりごろ活躍した人物で、ほかにも『随想録』(明治40年)に書いたり
している。

 もともとは、幕末の南部藩(岩手県)の武士の子弟として生まれ、札幌農学校を卒業したあ
と、アメリカにも留学している。

 その武士道でもっとも重んじるのが、「名誉」ということになる。新渡戸稲造も、『武士道』の中
で、こう書いている。

 「武士は、命よりも高価であると考えられることが起きれば、極度の平静と迅速をもって、命
をすてる」と。

 要するに、名誉のためには、死をも覚悟せよ、と。

 新渡戸稲造が、いつの時代の武士を念頭に置いたのかはしらないが、幕末の武士たちは、
堕落し放題。権威と権力の座に安住し、その中身と言えば、完全にサラリーマン化していた。
サラリーマン化が悪いと言っているのではない。「名誉のために、死をも覚悟した」というのは、
あまりにも大げさ。

 もっともこの心は、やがて日本の軍国主義の精神的根幹にもなっていった。「死して虜囚(り
ょしゅう)の辱(はずかし)めを受けず」とういう、あれである。しかしその言葉の裏で、いかに多
くの日本人が、犠牲になったことか。あるいはいかに多くの外国人が、犠牲になったことか。

 もっとも愛国主義が最初にあり、それから生まれた名誉のために死ぬというのであれば、ま
だ納得できる。正義、あるいは、自由や平等のために死ぬというのであれば、まだ納得でき
る。しかし武士道でいう『名誉』とは、まさに主君もしくは、「家」に対する、忠誠心をいった。

 ほかにも、武士道には、「義」「勇」「仁」という三つの柱があり、さらに「礼節」「誠実」「名誉」
「忠義」「孝行」「克己」の、人が守るべき、徳目として、並べられている。「名誉」それに、それか
ら生まれる「恥」の概念も、こうした徳目から、生まれた。

 もちろんある側面においては、武士道は魅力的であり、それなりに納得できる部分もある。し
かし武士道が、封建時代というあの時代の「負の遺産」を支えたもの事実。「影の部分」と言っ
てもよい。もっとわかりやすく言えば、武士道がもつ「負の側面」に目を閉じたまま、武士道を、
一方的に礼さんするのは、たいへん危険なことでもある。

 たとえばここでいう「義」「仁」にしても、つきつめれば、「仁義の世界」。つまり、現代風に言え
ば、ヤクザの世界ということになる。

 また、名誉についても、『武士は食わねど、高楊枝(ようじ)』(武士というのは、食べるものが
なくて空腹でも、満腹のフリをして、名誉を守った)という、諺(ことわざ)も、ある。

 果たしてそういうメンツや見栄にこだわることも、武士道なのだろうか。武士道を礼さんする
人は、武士道を知らなければ、「人の正義」はないようなことを言う。しかしこの私などは、武士
道とはまったく無縁。しかしそんな私でも、礼節もあれば、名誉もある。誠実、忠義、孝行、克
己についても、自分なりに考えている。

 たしかに、今の世相は、混乱している。それはわかる。しかしそれは当然のことではないか。

 日本は、江戸時代という封建主義時代。明治、大正、昭和という軍国主義時代。そして戦後
の官僚主義時代。こういった時代を、それぞれ経験しながら、そのつど、過去の清算をしてこ
なかった。反省もしなかった。

 だから、今の若い人たちを中心に、「わけのわからない世界」になってきた。

 それはわかるが、で、こうした世相に対する考え方は、二つある。

 一つは、過去にもどるという考え方。よくても悪くても、そこには、一つの「主義」がある。最近
もてはやされている武士道も、その一つかもしれない。

 もう一つは、新しい主義を、創造していくという考え方。当然のことながら、私は、この後者の
考え方を、支持する。またそのために、こうしてモノを書いている。それについては、これからも
追々書いていくが、ともかくも、今の段階では、そういうことになる。

 最後に、忘れてならないのは、私の先祖も、あなたの先祖も、その武士階級にしいたげられ
た、町民や農民であったこと。もし仮に今でもあの封建時代がつづいていたとしたら、私やあな
たも、今でも、ほぼまちがいなく、町民や農民であるということ。

 そういう私やあなたが、武士のまねごとをして、どうなるというのか? 武士でもない私やあな
たが、武士道を説いて、どうなるのか。そのあたりを、じっくりと考えなおしてみてほしい。

今でこそ、偉人としてたたえるが、新渡戸稲造にしても、武士という特権階級に生まれ育った人
物である。アメリカから帰ってきたあとも、京都帝国大学教授、第一高等学校校長、東京女子
大の初代学長、国際連盟事務局次長などを歴任している。まさにエリート中のエリート。時の
権力や権威をほしいままに手に入れた人物である。その事実を、忘れてはならない。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 武士
道 新渡戸 義 勇 仁 仁義の世界 仁義)

【恥・名誉論】

 懸命に生きる。それがすべて。
 恥なんて、考えるな。そんなもの、クソ食らえ!
 あなたは、あなた。どこまでいっても、
 あなたは、あなた。

 懸命に生きる。それがすべて、
 名誉なんて、考えるな。そんなもの、クソ食らえ!
 あなたは、あなた。どこまでいっても、
 あなたは、あなた。

 恥や名誉があるとするなら、
 それは、自分に対してのもの。
 懸命に生きなかったことを恥じろ。
 懸命に生きたことを、名誉に思え。

 これからに私たちは、そういう生き方をしよう。
(040418)

【追記】

 現在の今でも、こうした武士道の片鱗(へんりん)は、ヤクザの世界に見ることができる。そこ
は、まさに仁義の世界。

 ここにも書いたように、武士道の世界にも、それなりのよさもある。それは否定しない。しかし
同時に、あの封建時代がもっていた、負の側面にも、目を向けねばならない。武士がいう、武
士道とやらの陰で、いかに多くの民衆が、しいたげられたことか。恐怖におののいたことか。一
部の特権階級を守るために、犠牲になったことか。

 決して、武士道を、無批判なまま美化してはいけない。それが私の考えである。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1818)

【家庭内暴力】

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激しい家庭内暴力を繰りかえす子ども。
そのたびにお金を巻き上げられ、その
お金は、ゲームセンターへと消えていく。

そんな息子(15歳)をもつ母親から、
「どうしたらいいか」という相談が届いて
います。

みなさんと、いっしょに、この問題を考
えてみましょう。

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【京都府にお住まいのKさんより、はやし浩司へ】

家族は、私(母親)と、息子(15歳)の、2人住まいです。息子が生まれるとまもなく、夫が事故
で他界。以来、14年になります。

で、先生のHP(=はやし浩司のHP)に出会って、毎日繰り返し読んでは、反省したり、気持ち
を切り替えたりしています。私の置かれた状況は、かなり深刻な状況だと、内心不安でいまし
た。が、心のインフルエンザで、いつか必ず治るという言葉には、とても慰められました。もう少
し早く出会っていればもっとよかったと思います。

HPに書いてあることを、ひとつひとつ実践してはいますが、我が家の置かれている状況は、な
かなか手ごわいものです。

私自身、勉強をして、いい学校に入って幸せになりたいと、まじめにやっていた子だったため、
息子の心がわかってあげられませんでした。が、息子は勉強嫌いで、高望みはしないまでも、
なんとか高校にはいって欲しいという気持ちだけで、苦労を乗り越えてきた気がします。

現在は、学校へはほとんど通っていません。その怠学はともかくとして、ゲーセン通いがつづい
ています。で、そのたびに息子は、激しい暴力と嫌がらせで、私から、お金を巻き上げようとし
ます。そうした息子との戦いは本当に苦しいものです。

トイレにわざと、牛乳をまき散らしたり、家のものを全部、ひっくりかえしたり、殴る蹴るの連続
です。暮れから何度もそんな激しい暴力が繰りかえされ、ひどいことをされました。息子という
人間が破滅していくような感じがし、それに耐えられなくて、何度もお金をあげてしまいました。

ゲーセンのことで頭がいっぱいだと、人はこんなにも、ひどいことができるのかと思って悲しくな
ります。もう、そんなときの息子は、獣のようです。手がつけられません。暖かい無視を繰り返
し、空気のように関わることを願ってはいますが、私に対する暴力がつづくと、関わらないでい
ることもできません。

状況をこれ以上わるくしないためにできることって、なんでしょう。どうか、どうかアドバイスをく
ださい。二番底、三番底に向ってまっさかさまに落ちているようで、不安です。唯一の親として、
いつか無償の愛で、心が満たされるために、今してやれること、しなくてはいけないことはなん
でしょうか。アドバイスを何度読んでも、ここまできてしまった我が家でも、それでいいのかわか
らなくなってしまっています。

【はやし浩司より、Kさんへ】

 今朝(07年2月20日)は、花粉症もあって、早朝に目をさましました。起きると同時に、たて
つづけにクシャミの連続です。目もかゆいです。

 相談のメールを数回、読みました。私自身は、Kさんの気持ちもよくわかりますが、息子さん
(=U君としておきます)の気持ちも、これまたよく理解できます。U君自身も、行き場のない袋
小路の中で、もがき、苦しんでいます。

 まず、最初に申しあげなければならないのは、症状からして、U君は、(心の病気)にかかっ
ているということです。病気は病気です。おとなの世界にも、「ギャンブル依存症」というのがあ
ります。これは立派な病気で、うつ病に準じて考えられています。「依存うつ」とも呼ばれていま
す。

 何かに依存することによって、自分の中の(うつ状態)を解消しようとするところから、そう呼
ばれています。

 傍から見ると、本人の意思の問題のように見えるかもしれませんが、今の状況では、本人の
意思では、どうにもなりません。本人の意思を超えたところで起こる、心の病気だからです。
で、問題を整理してみます。

(1)子どもの怠学
(2)家庭内暴力
(3)ゲーセン通い

 お気づきのように、U君は、学校恐怖症による不登校児ではなく、怠学と判断されます。学校
恐怖症と怠学の大きな違いは、学校へ行かない間、家に引きこもるかどうかという点です。「学
校をサボッて、遊び歩くというのであれば、怠学です。私のHPに、アメリカの内科医学会のレ
ポートを収録しておきましたので、またいつか、読んでみてください。

 家庭内暴力については、うつ症状のひとつと考えられます。ゲーセン通いについても、そうで
す。

 一見、バラバラな症状に見えますが、基本的には、(うつ病)が基盤にあって、それが怠学に
なり、家庭内暴力になり、ゲーセン通いにつながっていると考えられます。

 が、この種の問題で、いちばんやっかいな点は、子ども自身が、そうした心の病気をかかえ
ていることではなく、(1)親が、心の病気と理解できないケースが多い。(2)本人自身が、それ
に気がつかないという点、です。

 もうひとつつけ加えるなら、心の病気は、外からはわかりにくく、そのため安易に考える傾向
がありますが、(治療)を考えるにしても、半年単位、1年単位という時間がかかるということで
す。

 インフルエンザのように、1週間単位で治るということはありません。

 精神療法の中には、認知療法というのがあります。心のインフルエンザにしても、自分でそう
いう自分であると気がつくだけでも、病気のほとんどが治ったと考えます。あとは時間が解決し
てくれます。

 しかし先に書いたギャンブル依存症にしても、本人が自分でそれに気づくことは、まずありま
せん。「自分は正常だ」「オレは、どこもおかしくない」と考えて、家族や他人の指摘をはねのけ
てしまいます。医院へ足を向かせるだけでも、たいへんということです。

 そこで問題は、どうすれば、本人自身に、それを気づかせるかということです。そんなわけ
で、これは教育の問題ではなく、またKさんが、家庭の中で悶々と悩むような問題ではなく、す
でに医療の問題になっているということです。

 お近くに心療内科の医院があれば、一度、Kさん自身が足を運び、そういうところで相談なさ
るというのも、一つの解決法かと思われます。ケースとしては、いまどき珍しくもなんともない。
つまりごくありふれたケースです。(Kさんにしてみれば、「どうしてうちの子だけが……」と思っ
ておられると思いますが……。)

 今ではたいへんよい薬も開発されていて、精神を安定させるだけではなく、こだわりを取り除
く薬もあります。そのためにも、本人自身に、自分がそうであると気がつかせることが大切だと
いうことです。しかし、ここがむずかしいです。

いただいたメールを読む範囲では、一触即発といった感じがします。どなたか、間に入ってもら
うのがよいかと思います。京都府内にも、同じような子どもをもち、相談しあうような会がありま
すので、一度、保健所か、市の相談窓口、あるいは教育委員会の相談窓口に相談なさってみ
てはどうでしょうか。

 「こういう会がありますよ」「こういう相談窓口がありますよ」という形で、相談にのってもらえる
はずです。

 あるいは、インターネットで、「京都府 家庭内暴力 相談」「ギャンブル依存症 相談」など
で、検索されますと、お近くにある「会」をヒットすることができるはずです。

 今、Kさんが悩んでおられるような問題は、「許して忘れる」とか、「親の愛」とかいうような大
げさな問題ではありません。またそれで解決する問題ではありません。まさに(心のインフルエ
ンザ)です。わかりやすく言えば、心がウィルスに侵され、発熱しているような状態です。発熱し
て、自分で自分がわからなくなっているような状態です。

 そんなわけで、

(1)心の病気と、はっきりと割り切ること。
(2)ひとりで悩んだり苦しんだりしないで、「会」へ顔を出すこと。
(3)心療内科(もしくは精神科)のドクターに相談すること。
(4)「治療」を考えた行動に移すこと、です。

 ただそのばあいでも、つぎのことを守ってください。

(1)ぜったいに、U君を突き放すような言動をしてはならないということ。
(2)「どんなことがあっても、私はあなたを守る」という姿勢を貫くこと。

 そういう意味では、今、まさにあなたの愛の深さが試されるときと、心得てください。親として
の、正念場ということです。というのも、ここから先が、U君の置かれた立場の問題ということに
なります。

 あなたが悩んでいるのと同じくらい、U君自身も、自分で何をしたらよいのか、自分がどうある
べきなのか、わからないでいるのです。このタイプの子どもは、不安の上に不安を増幅させて
しまいます。妄想がそれに重なることもあります。それが自分の将来への不安とつながり、自
暴自棄になっていく……。自らにダメ人間というレッテルを張ってしまい、そこから抜け出すこと
もできません。

 家庭環境にも、問題がありました。溺愛と甘やかし。期待と強要。U君にいてみれば、「こんな
オレにしたのは、お前のせいだ」となるわけです。Kさんがお気づきのように、Kさん自身が、U
君の心の様子を知ることもなく、一方的に親の価値観を押しつけてきたという点も、見逃せま
せん。(が、それは、過去のことですから、この際、忘れましょう!)

 Kさんは、2番底、3番底の話をされましたが、しかし同じうつ病でも、(これはあくまでも一般
論ですが)、引きこもりを起こすタイプ(私はマイナス型と呼んでいますが)、そのタイプよりは、
家庭で暴れる子どものほうが、治療もしやすいということになっています。

 回復期間も早く、治ったあとも、立ち直りが早いと言われています。さらに治ったあと、ふつう
の人よりも、よき常識人となることも知られています。今は、苦しいかもしれませんが、いつか
笑い話になると信じて、ここを乗り越えてください。

 「ぼくの母は、どんなときでもぼくを見捨てなかった」という思いが、やがて、あなたとU君の間
の、太い絆(きずな)になります。そういうときが必ず、やってきます。

 で、その一方で、U君が本当は何をしたいのか、それをさぐりつつ、U君といっしょに、(U君さ
がし=自分さがし)を、したらよいかと思います。

 なおこの種の家庭内暴力の特徴として、子どもは暴力的行為を繰りかえしながらも、ある一
線を越えるということはありませんので、不必要におびえる必要はありません。わかりやすく言
えば、暴力的行為を繰りかえしながら、U君は、あなたの愛情の深さを試していると考えてくだ
さい。

 つまり、自分を支配するマザーコンプレックスと、母親から受ける呪縛感という、相矛盾する
心理状態の中で、はげしく葛藤している状態と考えます。絶対的な愛を求めながら、それを求
めきることもできない。しかし母親の強い呪縛感(=家族自我群)のはざまで、もがいている。

 「お母さん、何とかしてくれ」という甘えと、「もうぼくのことは放っておいてくれ」という、自我の
芽生えの中で苦しんでいると考えるとわかりやすいでしょう。

 今のU君の心理状態は、そういう状態です。(原因は、Kさん自身が、子離れできていないこ
と。さらには、U君の親離れを、うまくさせてこなかったことなどが考えられますが、それも過去
の話ですから、ここではあまり考えないでおきましょう。)

 以上を参考にして、内に引きこもって悩むのではなく、ここに書いたことを参考に、行動に移
してください。そういう意味では、この日本は、すばらしい国ですよ。みんな、心暖かく、あなたを
迎えてくれますよ。そういう人たちを信じて、足を一歩、前に踏み出すのです。

 なお、今回のこの問題は、私の電子マガジン(無料版)の、3月19日号(予定)で、再度取り
あげて考えてみたいと思っています。よろしかったら、購読を申しこんでください。私のHPのトッ
プページからできるようになっています。

 繰りかえしますが、今、U君は、あなたに何か尊いものを教えるために、そこにいるのです。
あなたはU君を通して、「愛」の深さというか、すばらしさを教えられつつあるのです。

 勇気を出して、友として、横に立ちなさい。問題のない子育ては、それ自体、美徳かもしれま
せん。が、そんな子育てからは、何も生まれません。あなたがこの問題を乗り越えたとき、あな
たは、そこにすばらしい(あなた)を発見することでしょう。ついでに、世の母親たちが、みな、愚
かで、つまらなく見えてくることでしょう。

 親は、子どもを産んで母親になりますが、真の母親になるには、幾多の山や谷を越えなけれ
ばなりません。今が、その山や谷を越えるときだと心得てください。つまり運命を受け入れるの
です。さからわないで、ね。応援します!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 家庭
内暴力 ゲーセン 怠学)

Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●荒れる子どもたち。

+++++++++++++++++

はっきり言おう!

受験塾へ通い始めただけで、
子どもの心は殺伐としてくる。
ゆがんでくる。冷たくなる。

やさしい先生にだと、
「テメエ、このヤロー!」と、
長いものさしをもって
飛びかかってくる。

そんな子どもの変化を、世の親たちは、
気づいているのか?

+++++++++++++++++

 心の内面化が充分できていない子どもを、受験競争に駆り立てるのは、愚かなこと。実に愚
かなこと。

 私が住むこの地方でも、ほんの7、8年前までは、無風地帯だった。高校入試が受験競争の
関門になっていた。が、今は、ちがう。都会並みに、中学入試が受験競争の関門になってしま
った。

 そこでほとんどの受験塾では、それまで中学生にしていた受験競争を、そっくりそのまま小学
生に対してするようになった。

 定期テストをし、順位を出し、合格率(?)を算定して、あとは、親や子どもをおどす。分厚い
問題集を与え、宿題にし、競争でしぼる。

 とたん、子どもの心は破壊される。こなごなに破壊される。

 たった1か月、受験塾の主催する夏期講座に参加しただけで、ガラリと様子の変わる子ども
となると、いくらでもいる。以前、10人中、3、4人はそうなると書いたが、それとて控えめな数
字。実際には、7、8人がそうなる。

 このタイプの子どもは、相手がやさしい先生とわかると、容赦なく、暴力を振るう。暴力と言っ
ても、子どもらしい、やさしさのある暴力ではない。「テメエ、このヤロー!」と叫んで、長いもの
さしをもって飛びかかってくる。足蹴りをしてくる。頭をスリッパで殴ってくる。

 すごんだ目つき。すさんだ表情。スパスパと動く体。

 そういう子どもでありながらも、ほとんどの親は、「うちの子も、やっと気構えができてきたよう
です」と、喜んでみせる。あるいは「すさんだ態度をとるのも、家の中だけ」と思いこんでいる。

 しかし決して、家の中だけではない。昨夜も、そのことで、ある小学校の先生と、電話で話し
た。その先生は、こう言った。

 「おそらく、親たちは、自分の子どもがそうであるということに気づいていないでしょうね」と。

私「親に話したら、どうなりますか?」
先「自分の子が、先生に嫌われたと判断するでしょうね」
私「結局は、だまっているしかないのですね」
先「そうです。ヤブヘビになりますから」と。

 こういうケースのばあい、子どもを「君の態度を、親に告げる」と脅すのはタブー。子どものほ
うが先手を取って、親に、先生の悪口を言い始める。つまり親をして、先に、先生のほうっが悪
いと思わせてしまう。

 私も、そういう場面をよく経験する。暴力を振るわれるのは、日常茶飯事。たいていは、冗談
めかしながら、その場をやりすごす。しかしそれでも足蹴りをしてくる子どもは、多い。ふつうの
足蹴りではない。まともに蹴ってくる。本気で蹴ってくる。

 ときにしばらく息もできないこともある。で、あまりにも暴れ方がひどいときには、私のばあい
は、即刻、退塾させる。が、親は親で、そういう私のほうを、うらむ。気持ちはよくわかる。しかし
それ以上に、自分の子どもの心の状態が、今どうなっているか、親は知らない。気がついてい
ない。

 あとは、この悪循環。結局は行き着くところまで行かないと、親は気がつかない。子どもの心
がこなごなにこわれても、(いい学校?)へ入れば、それでよいと考える。どこまでもさみしい、
親心。どこまでも悲しい、親心。

 考えてみれば、みな、受験競争が悪いのだ。それで金儲けをする受験塾が悪いのだ。いや、
その前に、この世にはびこる不公平社会が悪いのだ。そういうものをいっぽうで野放しにしてお
いて、何が教育だ!

 小学校の5、6生といえば、まさに心ができてくる時期。その時期に、「勝った」「負けた」「受か
った」「すべった」と、そんなことばかりしていたら、子どもは、どうなる? 少し冷静になれば、そ
んなことはだれにだってわかるはず。

 それに受験競争にしても、うまくいく例よりも、うまくいかない例のほうが多い。一度、ボロボロ
になってしまった心は、2度ともとには戻らない。戻らないことは、その受験勉強で成功した
(?)人たちを見ればわかるはず。ひょっとしたら、あなた自身も、そうかもしれない。

 しかし、こんなことでよいのだろうか?

 やさしく、穏やかな先生が、子どもたちに足蹴りにされ、罵声を浴びせかけられる……。殴ら
れることから身を守るため、手で頭を覆う。こんな世界であってよいのだろうか。

 世の親たちよ、もう少し、目を開け!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 荒れ
る子供 荒れる子ども 子どもの暴力)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

●今朝・あれこれ

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昨日、ある床屋へ行った。
髪の毛を切ってもらった。

そこでのこと。2人の客が、
並んで椅子に座っていた。
1人の客は、ヒゲを剃って
もらっていた。

ヒゲを剃っているのは、
助手らしき、女性。
それはそれでよいが、見ていると、カミソリを
使い分けていうふうでもない。

右の男のヒゲを剃ったあと、
そのまま今度は、左の男のヒゲを
剃り始めた!

ゾーッ!

++++++++++++++++

 世の中には、「感染症」という恐ろしい病気がある。HIV(エイズ)もそれだが、病名をあげた
ら、キリがない。その感染症の中でも、血液を介して感染する感染症には、恐ろしいものが多
い。そんなわけで、他人が一度使ったカミソリを流用することほど、危険な行為はない。

 それはこの世の常識!

 が、である。昨日、私は床屋へ行ってきた。そこでのこと。2人の男性が椅子に座っていた。
1人はヒゲを剃ってもらっていた。が、である。見ていると、その女性はそのまま、今度は隣の
男性のヒゲを剃り始めた。

 こうしたばあい、一度使ったカミソリは、消毒することになっているはず。しかしその女性は、
それをしなかった。私は、それを見ていて、心底、ゾーッとした。「このまま帰ろうか」という気分
にさえなった。

 HIVでなくても、相手が肝炎か何かの病気をもっていたら、それだけで、感染してしまう。カミ
ソリでヒゲを剃るといっても、皮膚には、無数の傷をつける。目に見えない傷でも、傷は傷。そ
の傷を介して、病気が感染する。

 ……が、やがて私の番に。いつものように散髪をしてもらった。が、そのあと、自動的に、ヒゲ
剃りにかかり始めた。私は拒否した。「ヒゲ剃りは結構です」と。

女「いいんですか?」
私「ヒゲ剃りはしてもらわなくても、いいです」
女「そうですかア……」と。

 しかしその女性は、何かをしなければというような様子で、しばらくカミソリをブラブラさせたあ
と、私の後頭部の髪の毛の生え際を剃り始めた。抵抗する間もなかった。

 ああああ。

 しかしそれにしても、いいかげんなやり方である。以前、そのことで、県の衛生室に苦増を訴
えたことがある。そのとき書いた原稿を添付する。

++++++++++++++++++

●大勇と小勇(孟子)

 3年間、その床屋には通った。ただ幸いなことに(?)、その床屋のオヤジとは、ほとんど会話
を交わさなかった。私はいつも、床屋では、目を閉じて、眠ったフリをしていた。

 その床屋で、ずっと、気になることがある。横に、電子レンジ大の消毒箱がおいてあるのだ
が、私はこの3年間、その箱が開いたり、閉じたりしたのを見たことがない。言うまでもなく、カミ
ソリは、1度使ったら、そのつど消毒しなければならない。あのカミソリほど、危険なものはな
い。とくに注意しなければならないのは、ウィルス性の感染症。カミソリを介して、人から人へと
感染する。

 孟子(中国戦国時代の思想家)は、『勇にも、大勇、小勇の区別あり』と書いている(「孟
子」)。勇気といっても、大きな勇気と小さな勇気があるという意味だが、私は今日も、その床屋
で、目を閉じながら、それを考えた。「こういうとき、オヤジに、忠告すべきかどうか」と。「私に勇
気があるなら、一度、消毒のことを、言うべきだ」と。

 しかし結果として、私は、それをオヤジに言うことができなかった。「こんなことを言うと、気分
を悪くするだろうな」「必ずしも、感染するとはかぎらない」「一応相手はプロだ。プロとしての立
場は尊重しなければならない」と。考えてみれば、小さな勇気だが、どうしても、それができなか
った。……どうしてできなかったのか? 

 かく言う私は、昔から、こわいもの知らず。相手が大きければ大きいほど、ムラムラと勇気が
わいてくる。小学5年生のときは、たったひとりで、10人前後の悪ガキを相手にして、けんかを
したこともある。(私も悪ガキだったが……。)気が小さいくせに、そういう場になると、ハラが座
ってしまう。が、その私が、床屋で悶々と悩んでいる。「ヒゲ剃(そ)りはいいです」と断りかけた
が、もうそのとき、オヤジは、首のうしろを剃り始めていた。

 私は心を決めた。「ちょうど今日で、スタンプカードは、いっぱいになる」と。スタンプカードがい
っぱいになったところで、○千円引きになる。それを考えた。考えながら、「今日で、この床屋と
はおさらば」と。「3年間通った床屋だったが、オヤジと親しくならなくてよかった」とも。

 そこで改めて、小勇と大勇について考えてみる。床屋のオヤジに小言をいうのは、まさにそ
の小勇ということになる。たいした勇気ではない。一方、巨大なカルト教団を相手に、筆で戦う
のは大勇ということになる。これは命がけだ。私には、そういう大勇はあるが、小勇はない? 
床屋の事件をみても、それは言える。なぜか。大勇のある人は、当然、小勇もあるはず。私の
常識でも、そうなる。しかし実際には、それがない?

 そこで私は気がついた。大勇のある人は、ささいなことは相手にしない。……ということでは
なく、そういうことをするのが、めんどうなのだ。人間に与えられた時間やエネルギーには、か
ぎりがある。そうした時間やエネルギーを一つのことに使えば、どうしても別のところで使うのが
おっくうになる。小さな町の、小さな床屋のオヤジを相手に、正義感を振りまわしたところで、そ
れがどうだというのだ。どうせ不愉快と思うなら、もっと別のところで不愉快と思いたい。おかし
な論理だが、私はそう思った。つまり大勇と小勇は、本質的に、別なもの。

 そこで天下の『孟子』を補足する。

●小勇のないものに、大勇はない。しかし大勇があるから、小勇があるとはかぎらない。
●大勇に使う時間とエネルギーは、小勇に使う時間とエネルギーは、等しい。小勇に使う時間
とエネルギーがあったら、大勇に使え。

しかしこれでは私の正義感は収まらない。さっそく静岡県庁の生活衛生室に手紙を書くことに
した。

+++++++++++++++

静岡県庁
生活衛生室

関係各位殿

拝啓

●調髪のあとの、髭剃りについて……

 私は現在、この浜松市に住むものです。そして調髪のため、随時、近所の理髪店に通ってい
るものです。つきまして、気がついたことがあり、貴組合の指導と指示により、改善していただ
きたい点がありますので、ここに手紙で、申し入れることにしました。

 調髪のあと、髭剃りをしてもらっていますが、そのとき使用するカミソリの消毒が、どこの店で
も、なおざりになっているように思います。私がこの数年間通った理髪店でも、私はあの消毒
箱の扉が開閉したのを、見たことがありません。その理髪店では、たいてい(というより、すべ
て)、前の人を剃ったカミソリを、簡単に洗い流したあと、そのまま、つぎの客の肌にあてて使っ
ています。

 昨今、ウィルス性の感染症がマスコミでも話題になっていますが、こうした行為は、感染症の
伝染という意味でも、たいへん危険なことかと思います。またそういう心配を、利用者全体がも
つようになったら、理髪業界全体にとっても、大きなイメージダウンになると思います。理髪店
では、何よりも衛生状態が、重要視されるのではないでしょうか。よろしくご判断の上、適切に
ご指導くださればうれしく思います。

                                敬具
 
 
                            浜松市     林 浩司

+++++++++++++++

 さてあなたの住む町では、事情はどうだろうか。あなた(あるいはあなたの夫や子どもたち)
が通う床屋では、そのつど器具を消毒しているだろうか。もしそうでないなら、この手紙をコピ
ーして、県庁の担当課まで出したらよい。(担当の課は、県によって名称が異なる。)

 なお、こうした手紙を出す以上、今日を最後に、私はその床屋へ行くのをやめることにした。
もしこの手紙を書いたのが私とわかれば、あのオヤジは、私の首を切るかもしれない。こう見
えても、私は気が小さい。

 なお、いろいろ調べてみたが、こういうケースでは、理容師組合(各県に、県単位で、「理容生
活衛生同業組合」というのがある)にこうした手紙を書いても、あまり意味がないそうだ(県庁に
勤める友人のアドバイス)。皆さんの地域でも同じような問題があれば、その監督指導にあた
る、県の生活衛生部(静岡県のばあい)に、抗議の手紙を書いたらよい。「私は関係ない」と言
ってはいけない。床屋へ行くのは、おとなだけではない。子どもたちだって、行く。
(03−1−22)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1819)

●万引きを繰りかえす子ども

++++++++++++++++

掲示板のほうに、万引きを繰りかえす
子どもについての相談があった。

++++++++++++++++

 掲示板のほうに、万引きを繰りかえす子どもについての相談があった。それをそのまま紹介
する。

【UK様より、はやし浩司へ】

中2の娘(一人っ子)の万引きについての相談です。

化粧に興味を持ち始め、昨年(06)の夏頃から化粧品を買うようになりました。もともとオープ
ンな性格でない上、校則で禁止、親にも反対されることはわかっているため、コソコソと隠れて
買っていました。

私は時々娘にわからないようにチェックしていました。小遣いのわりに化粧品の数が多い?、
と心配していたところ、先日じんじょうでない量の化粧品を見つけました。問いただすと、万引き
をしていたことを認めました。

5つの店で10数点。とても出来心でとはいえない数です。翌日学校を休ませてお詫びにまわり
ました。もうやらないとうなだれていた娘でしたが、その一週間後に、また返し渋ったと思われ
る化粧品を見つけました。

が、証拠(?)をつきつける前に娘は、それを隠してしまいました。あの時の涙は何だった
の?、と娘が信じられません。そしてそのわずか数日後、買い物に行くという娘をドキドキしな
がら送り出しました。

娘が帰ってきてから調べてみると、所持金、レシート、購入品、残高が合いません。レシートの
ない商品がふたつ。4000円ほど。これをどう娘に切り出せばいいか、今後どのようにすれば
いいか、わからないでします。

学校でのことなど、当たり障りのないことは話しますが、そのほかのことについては、秘密主
義。小さい頃からのこともあって、私は気になってしかたありません。それが今回の万引き発
覚に繋がった訳ですが、娘にしてみれば、私はこそこそ嗅ぎまわる母親でしかなく、たがいに
不信感は募るばかりです。だから娘は、余計隠す・・・の悪循環に陥っています。

心のうちをなかなか明かしてくれないので、というより、鎧を着込んでかたくなになるばかりの娘
の心をときほぐし、良好な親子関係を築き、二度と万引きをしないようにするにはどうしたらい
いのでしょうか。

娘は、インターネットや雑誌の情報が世の中全てと思い、自分の生活との違いに不満ばかりを
もらします。使いもしないのに持っていたいという、欲張りなところもあります。

●子どもの行為障害

 病的な万引きということであれば、まず疑ってみるべきは、「行為障害」ということになる。(U
Kさんの子どもがそうであるというのではない。こうした相談を受けたときには、最悪なケースか
ら考え、消去法で問題を考えていくのが、筋道だからである。)

 行為障害の診断基準は、つぎのようになっている(「心理学用語辞典」かんき出版)。

(1)他人に対するいじめ、脅迫、威嚇
(2)取っ組み合いのけんか
(3)凶器を使用して他人に重大な身体的危害を加える
(4)他人の体に対して残酷な行為をする
(5)動物の体に対して残酷な行為をする
(6)強盗
(7)性行為を強いる
(8)放火
(9)器物損壊
(10)他人の住居、建造物、自動車の中への侵入
(11)ウソをつく
(12)万引き、侵入盗以外の窃盗、偽造
(13)親の監視にもかかわらず、深夜の外出がしばしばある
(14)外泊が2回以上
(15)不登校(13未満)

 以上、15項目のうち、3項目以上があてはまる場合、行為障害となる(同書)。

 多くは、児童期にADHDを示した子どもが、思春期(中学生)以上になって示すことが多いと
される(同書)。

 が、ADHD児が、すべてこうした障害をもつようになるというわけではない。ADHDに対する
不適切な対応、たとえば、(1)身体的、性的虐待、(2)攻撃的なモデル(身近で、暴力的な行
為を見聞きして育つ)、(3)不安定な愛着(同書)などが重なったときに、思春期以後、行為障
害を誘発すると考えられる。

 病的な万引きのばあいには、つぎのような特徴が見られる。

(1)無作為、無目的に万引きする
(2)同一物を万引きする
(3)衝動性が強く、罪悪感を覚えることなく万引きする
(4)咎(とが)められると、そのときは、しおらしく謝罪したりする

 (そのものを使いたいから、万引きする)というよりは、(そのものがほしいから、万引きす
る)。また同じものをもっていても、万引きする。で、万引きするのは衝動的で、得をしたという
快感が、陶酔感を呼び起こす。

 咎められると、そのときは反省した態度を示し、しおらしく謝罪したりはするものの、ほとん
ど、効果はない。周期的、習慣的に万引きを繰りかえす。

 わかりやすく言えば、(心の病気)が基本にあって、その(心の病気)を代償的に解消するた
めに、万引きを繰りかえすと考えるとわかりやすい。つまり万引きだけを問題にして、それを叩
いても、あまり意味はないということ。病気にたとえるなら、対症療法だけを繰りかえしても、根
治療法にはならないということ。

 さらに児童期にADHDを経験したような子どものばあい、管理能力、自制力、善悪の自己判
断力が弱く、ふつうの子ども以上に、ていねいで、静かな指導が必要である。頭ごなしに、ガミ
ガミ叱っても意味がないばかりか、かえって症状をこじらせてしまうことになるから注意する。

 ただし、掲示板の相談のあった子どもが、ここでいう行為障害のある子どもというわけではな
い。(これだけの内容では、判断はできない。)しかしもしここでいう行為障害の疑いがあるな
ら、(心の病気)を疑ってみる。たとえば依存うつなど。

 解決方法としては、子どもの心を抑圧している重荷を、解放させることを第一に考える。とくに
この相談をしてきた親子のばあいは、すでに親子関係が危険なレベルに達していると思われ
る。相互の不信感が、親の過干渉、過関心へとつながっている。子どもの側からみて、息が抜
けない家庭(親子)環境になっている。

 中2の子どもというのであれば、本来なら、たがいにその存在すら感じないという家庭環境が
望ましい。しかし(一人っ子)という環境では、それもままにならない。おそらく、子どもが生まれ
たときから、UKさんは、過関心ぎみの子育てをしてきたものと考えられる。またその時期(小3
〜4)に、親ばれをしようとする子どもを、適切に親離れさせなかったということも考えられる。
今は、すでに子離れしてなければならない時期であるにもかかわらず、UKさん自身が、無意
識のうちにも、それを拒んでいる。

 UKさんにはたいへん辛らつな言い方になるが、UKさんは、子どもの万引きを心配しながら、
それでいて、娘を自分の支配下におき、自分という親の存在を、娘の前で、誇示しようとしよう
としているのではないのか。そういうケースは、多い。たとえば子どものことになると、「心配だ」
「心配だ」を繰りかえし、子どもをかえって、その(心配な子ども)にしてしまうケースがある。

 一見、この問題は、(万引きをする子どもの問題)のように見えるが、実は、(子離れができな
い親の問題)と考えてよい。

 もしここでいう行為障害、もしくは病的な万引きでなければ、UKさんは、冷めた目で、一度、
子どもを突き放してみること。簡単なことではない。それはわかっている。それこそ、今の子ど
もを妊娠したときからつづいている、親子のリズムを、ここで変えなければならないからであ
る。

 というのも、(万引き)そのものは、この時期の子どもにとっては、(はしか)のようなもの。もっ
と言えば、熱病のようなもの。万引きを是認するわけではないが、たいていの子どもは、それを
経験する。掲示板に書かれた様子からみるかぎり、それほど、大げさな万引きでもないように
思われる。「5つの店で、10数点」というのは、やや多いかなという程度である。

 それよりも気になるのは、UKさん自身が、子どもを連れ、それぞれの店を回って、謝罪した
ということ。このあたりは意見の分かれるところだとは思うが、「ふつうなら、そこまではしない」
というのが、私の印象である。

 「親がしない」というのではない。「子どもがしない」ということ。

 謝罪するなら、親だけが行ってすればよい。「子どもを連れて……」というところが気になる。
UKさんの子どもは、それに従順に従ったのだろうか。ふつうなら、子どものほうがそれに抵抗
するはず。「イヤダ!」とか「行かない!」とか、など。

 もし従順に従ってというのなら、親の威圧的な過干渉のもとで、どこか萎縮している子どもの
姿が、浮かんでくる。

 さらにUKさんは、「不信感がつのるばかり」と書いている。しかし大切なことは、子どもを信ず
ること。仮に悪いことをしているようであっても、見て見ぬフリをする。「まあ、どんな子どもでも、
万引きくらいはする」「万引きして、補導されたら、そのときはそのとき」というおおらかさが、子
どもの心に風穴をあける。(もちろん、それが発覚したときは、叱らなければいけないが…
…。)

 私がUKさんの子どもなら、UKさんのことを、「うるさい親だな」と思うだろう。あるいは私なら
耐えられない。UKさんの子どもには、はたしてそういう反発力はあるのだろうか。

 さらに親に連れられて、5店を謝罪して回ることによって、子どものプライドは、ズタズタにされ
てしまった。もともと萎縮した子どもであれば、さらに萎縮し、自信をなくしてしまったはず。

 私がこの相談から受けた印象としては、そんなわけで、UKさん自身が、完ぺき主義の母親
ではないかということ。その完ぺき主義が、UKさんの子どもの心を、かえって閉ざしてしまって
いるのではないかということ。繰りかえすが、小学生ならまだしも、中学2年生で、そこまで従順
な子どもは少ない。その(従順すぎる)というところが、どうしても気になる。

 今のUKさんと子どもの置かれた状況から思うに、UKさんがカリカリしても、かえって逆効果
ではないかということ。この問題の「根」は、もっと深いところにある。さらに言えば、UKさんは、
子どもの問題点ばかりを指摘しているが、UKさん自身については、問題にしていない。もっと
言えば、自分がかかえている問題点について、気づいていない。

 子どもが化粧品をほしがるようなら、どうしていっしょに、買い物に行ってやらないのか。化粧
品選びを手伝ってやらないのか。押してだめなら、思い切って引いてみる。これは子どもを指
導するときのコツでもある。「あら、すてきな化粧品ね。お母さんも使ってみたいな。でも盗むの
は悪いことだから、今度、いっしょに買いに行かない?」とかなど。

 以上、おおざっぱに思いつくまま書いたので、不適切な表現もあるかもしれないが、UKさん
の参考になればうれしい。

【はやし浩司よりUKさんへ】

 以上、ほとんど返事を書いたようなものです。きびしい意見も並べましたが、UKさん親子の、
よりよい関係作りに役立てば、うれしいです。(ご立腹なさっておられるかもしれませんが…
…。)

 この種の問題は、「今の状況をこれ以上悪くしないこと」だけを考えて、対処するのがコツで
す。子どもを直してやろう(?)と考えて、無理をすればするほど、逆効果。子どもを追いつめる
ことになってしまいますから、ご注意ください。追いつめれば追いつめるほど、症状はこじれ、さ
らに二番底、三番底に子どもは落ちていきます。

 とくに今は、子どもは、思春期という、たいへんむずかしい時期に入っています。子ども自身
も、内なる世界からわきおきてくる、性的エネルギー(フロイト)を、自分でどうコントロールして
よいかわからないでいる時期です。今ほど、UKさんの冷静な、判断力、指導力が必要なとき
はありません。

 あまりカリカリしないで、肩の力を抜いてください。そしてUKさん自身が、子離れの準備をして
ください。つまり子どものことは忘れて、あなた自身が、1人の人間として、したいこと、やるべ
きことを追求します。その結果として、子離れをします。

 子どもの横に友として立ち、手をつなぎながら歩くのです。決してたがいに見つめあわないよ
うに! いっしょに前だけを見て、前に進みます。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
子供の行為障害 行為障害 子供の万引き 盗癖)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1820)

●わかってはいるが……

++++++++++++++++

結婚式に、黒いネクタイ?
わかってはいるが、どうも、落ちつかない。

そこで嫁に相談すると、こう教えてくれた。
「銀色のネクタイは、見たことない。
黒いネクタイが、無難だ」と。

やっぱり、ネクタイは、黒にする。
いいのかなあ……?

++++++++++++++++

 今度、オーストラリアの友人の娘が結婚する。その式に顔を出すことにした。しかしいろいろ
と気をつかう。服装、祝儀など。が、問題は、やはり、ネクタイだ。

 日本では、結婚式といえば、礼服に白か銀色のネクタイ。しかし欧米では、黒いネクタイ。わ
かってはいるが、どうも落ちつかない。黒いネクタイといえば、葬儀のときしか使わない。同じネ
クタイを、結婚式に身につける? なんとも落ちつかない。

 そこで嫁に質問すると、返事が届いた。が、その内容が、またややこしい。

Hello, Hiroshi!

To be quite honest, I have only attended about ten weddings in my life and
most were quite informal. For the two that were formal, they were very
"modern" and did not follow the traditional rules about wedding colors.

ヒロシへ、

正直に言いますが、私は人生で、10回しか結婚式に出ていません。そしてそのほとんどが、イ
ンフォーマル(略式)なものでした。2つは、フォーマルでした。それらは、とてもモダンなもので
したが、結婚式の色について、伝統的なルールに従ったものではありませんでした。

If Australia is like the United States, unless it says on the invitation
"black tie" or "white tie", you are pretty much entitled to wear whatever
color of tie you would prefer. I have never heard of guests wearing silver
ties in a western wedding unless asked to do so. I would assume that the
safest option would be to wear the black one.

もしオーストラリアでも、合衆国のように、招待状に、黒とか白とか書いてなければ、あなたは
好きな色のネクタイをつけてもよいと思います。ゲストが、西洋の結婚式で、頼まれたばあいで
なければ、銀色のネクタイをつけたという話は聞いたことがありません。ももっとも安全な色
は、やはり「黒」です。

(以下、ウェブサイトからの引用))

Attire For Men:

* If you are invited to an informal or semi-formal or even a formal daytime
wedding, that is, morning, early afternoon or tea time wedding you may wear
a dress shirt and slacks and bring a sports jacket.

あなたがインフォーマルかセミ・フォーマルの昼の結婚式に招待されたのなら、たとえば朝と
か、時間の早い午後とかなら、あなたは、ドレス・シャツとスラックス、それにスポーツジャケット
をもっていくとよいでしょう。

Take cues from the other guests. If most do not wear sport jackets then it
is your option not to wear yours. If the majority does wear jackets, then
you are prepared. Either way, don't forget the tie.

他のゲストを参考にしてください。もしみなが、スポーツジャケットを着ていないなら、あなたもそ
うしなさい。もし大多数が、ジャケットを着ているなら、用意しておきなさい。どちらにせよ、ネク
タイは、忘れないように。

If you are invited to a formal daytime an informal or semi-formal evening
wedding, wear a suit and tie.

もしあなたが昼のフォーマルの結婚式、もしくは、夕刻(日没後)のインフォーマル、あるいはセ
ミ・フォーマルの結婚式に招待されているなら、スーツとネクタイを着用しなさい。

If you are invited to a formal evening or a black-tie affair wear a dark
suit and either a straight or a bow tie.

もしフォーマルの夕刻の結婚式に招待されているなら、黒いスーツに、黒いネクタイを着用しな
さい。どちらのばあいも、ネクタイか、ボウタイ(蝶ネクタイ)を着用しなさい。

Unless you are in the wedding party, do not wear a tuxedo, unless the
invitation specifically stated "Black-Tie".

結婚式のパーティでなければ、とくに招待状に、「黒いネクタイ」と書いてなければ、タキシード
を着用しなさい。

If you are not sure how formal the wedding reception is, a dark suit with a
conservative tie are always appropriate.

結婚披露宴が、どの程度、フォーマルかわからないときは、黒いスーツに、地味なネクタイが、
望ましいです。

If the reception will be outdoors, bring a change of clothing and follow the
groom's cues.

もし披露宴が、アウトドアでなされるなら、替えの服を用意して、新郎のようにしなさい。

If the groom changes to sportswear, it is perfectly ok for the guest to do
the same.

新郎がスポーツウェアに替えたなら、客も同じようにして、まったくかまいません。

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やはりネクタイは、黒にしよう。しかし今までに使ったのではなく、新しいのにしよう。それが結
論。一応、念のために、銀色のネクタイも、もっていくつもり。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

【今朝・あれこれ】(2月22日)

●自分の体は、自分で守る

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ガス湯沸かし器による一酸化炭素中毒による、
事故死について、各会社は、ひた隠しに
隠しつづけていたらしい。

R社、P社につづいて、こんどは、日本でも
最大手のM社の製品でも、事故死が起きて
いたという。しかも驚くなかれ、その数、
27件! 48人も死亡!

++++++++++++++++++

 ヤフー・ニュースは、つぎのように伝える。

 「M電器産業が製造した小型ガス湯沸かし器で、1986年以降、一酸化炭素(CO)中毒によ
る死亡事故が27件発生、48人が死亡していたことがわかった。

 小型湯沸かし器によるCO中毒の危険性は、R(名古屋市)製品での一連の事故発覚でクロ
ーズアップされたが、M社の事故は、件数、死者数とも、リンナイの約5倍にのぼっている。

日本ガス石油機器工業会が今月19日に加盟各社の事故データを開示するまで、M社はこれ
らの事故を公表しておらず、重大事故を『使い方に問題があった』として片づけてきた、ガス機
器業界の対応の甘さが、改めて露呈した形となった」と。

 ……この記事を読んで、まず頭の中にひらめいたのは、「では、石油(灯油)ストーブは安全
なのか」という疑問。

 この冬、私は、隣の町に住む、ある知人の家を訪ねた。そのときのこと。部屋へ入るとすぐ、
むっとするような石油の燃えたにおい。見ると、その家では、石油ストーブを使っていた。熱気
はじゅうぶんだったが、どこか息苦しい。

 私は、石油ストーブにあたっていると、アレルギー反応が起きる。そこであれこれ理由をつけ
て、何とか、知人の家から退散したものの、そのときすでに頭痛が始まっていた。危険といえ
ば、石油ストーブも、同じようなもの。火力が弱い分だけ、一酸化炭素中毒になる可能性は少
ない。しかし簡単に言えば、部屋の中で焚き火をするようなもの。体によいはずはない。

 とくに子どもにはよくない?

 石油は燃えると、水と二酸化炭素に分解する。もちろんもろもろの不純物も含まれているか
ら、それが燃焼して、ススや煙となる。酸素がじゅうぶん供給されていれば、問題はないと思わ
れるが、そうでなければそうでない。

 脳みそは、常に、じゅぶんな酸素を必要とする。実際、石油ストーブのある部屋に長くいる
と、頭の中がボーッとしてくる。自分でも脳みその活動が低下していくのが、よくわかる。石油ス
トーブと電動のファンがくっついた、電動ファンヒーターというのもある。室内の二酸化炭素が多
くなってくると、「換気してください」というような音声が流れる。

 つまり、それだけ危険だから、こうした警告の音声が流れる。しかし大半の、安価な石油スト
ーブには、それがない。

 だいじょうぶか? 本当に安全なのか?

 あの天下のM社の製品でも、48人が死亡していたという。けっして、油断してはいけない。つ
まり自分の体は自分で守る。子どもの脳みそは、私たち親が守る。とくに根拠があるわけでは
ないが、子ども部屋では、石油ストーブは、使わないほうがよいのでは……? できれば、暖
房には、安全な電機ストーブを使ったほうがよい。

 私も、こんな事件を経験している。はっきりとした根拠があるわけではないが、酸欠状態が、
子どもの脳みそにはよくない例として、聞いてほしい。

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 昔、J君という中学1年生の生徒がいた。その生徒だが、夏休みを境に、まるで別人のよう
に、反応がなくなってしまった。どこか顔に膜がかかったような状態になってしまった。

 何を話しかけても、ただボーッとしているだけ。

 そこで母親に相談すると、母親は、「そう言えば……」と言って、こんな話をしてくれた。

 夏休みの間に、J君の家では、家を改築したという。そのとき、J君は、自分の部屋を使えなく
なってしまった。そこでそれまで物置部屋として使っていた部屋を、J君の部屋として使うことに
なった。部屋といっても、3畳もない部屋だったという。しかも、部屋の中には、「物」がぎっしり
と詰まっていた。

 ある朝のこと、その部屋からJ君が、まっさおな顔をして、まるで幽霊のようになって出てきた
という。母親がびっくりして声をかけたのだが、しばらくJ君は、半分眠っているのか、気を失っ
ているのかわからないような状態だったという。

 J君は、その狭い部屋の中で、一晩中、クーラーにあたって寝ていたらしい。

ふつう、酸素が不足してくると、寝苦しくなって、体がほてってくる。無意識のうちにも、窓をあけ
て、外の空気を中に入れようとする。が、J君は、それをしなかった(?)。そのため脳の中が、
一時的に酸欠状態になったらしい。

 ……これはあくまでも私の憶測による意見だが、『疑わしきは罰する』。子ども部屋は、常に、
換気に注意すること。3畳もない部屋で、クーラーをかけたまま、窓を閉め切って寝るなどとい
うことは、脳みそにとっては、自殺行為に等しい。

 ただJ君のケースでは、そのあと、数週間〜1か月ほどで、またもとの状態にもどったからよ
かった。しかしあぶなかったことは、事実。みなさんも、くれぐれも、ご注意。自分の体は、自分
で守るしかない!

 M電器産業が製造した小型ガス湯沸かし器による事故死にしても、ひょっとしたら、ほんの氷
山の一角かもしれない。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●K国の核開発問題

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安易な妥協に突っ走った、
ヒル国務次官補。その稚拙さが、
日を追うごとに、はっきり
してきた。

2月22日、記す。

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 先の6か国協議で、アメリカ代表のヒル国務次官補は、安易な妥協に突っ走ってしまった。報
道によれば、アメリカ側は、ブッシュ大統領→ライス国務次官→ヒル国務次官補の3人だけ
で、協議に臨んだという。つまりアメリカ国内の、強硬派はもちろん、核開発の専門家まで、除
外してしまった。

 しかもヒル国務次官補は、6か国協議に先立ち、秘密裏に、K国のKとベルリンで会談し、覚
書までかわし、かつその覚書に、サインまでしていたという。

 これは日本に対するたいへんな背信行為と考えてよい。もっと言えば、裏切り行為。この時
点で、アメリカは、日本を切り捨てたということになる。

 そのため、このところ、日を追うごとに、先の共同声明で発表された内容の稚拙さが、はっき
りしてきた。つまり得をするのは、K国だけという図式が明確になってきた。たとえばYにある、
核施設にしても、韓国の亡命したファン・ジャンヨプ氏(元労働党国際担当書記)は、自由北朝
鮮放送を通じて、こう述べている。「10年前にすでに必要がなくなっている施設」と(2月19
日)。

 そのYにある核施設の不能化措置に対する補償として、K国は、重油100万トンを受け取る
ことになっている。

 さらにパキスタンのシャラフ大統領でさえ、昨年出版した回顧録『イン・ザ・ライン・オブ・ファイ
アー(攻撃にさらされて)』で、「カーン博士が1990年代以降、K国に約20個(nearly two 
dozens)のウラン濃縮用P1、P2遠心分離機を引き渡した」と証言しているにもかかわらず、ウ
ラン濃縮については、不問にしてしまった。

現在、自宅軟禁中のカーン博士は、北朝鮮を13回も訪問したという記録がある。

 こんな状況で、K国にモノだけ、与えつづけてもよいものか。今ごろ、いちばん笑いが止まら
ないのは、ひょっとしたら、あの金xxかもしれない。

 で、そのアメリカだが、怒り狂う日本をなだめるためか、沖縄にF22ステルス戦闘機を派遣し
てみせたり、副大統領を訪日させたりしている。しかし時、すでに遅し。一度こわれた信頼関係
は、そうはすぐには、修復されない。

 ところで韓国のことだが、韓国政府は、「K国の核開発問題が解決されるのは、2020年ご
ろ」(東亜N報)と考えているようである。「核兵器よりも、朝鮮半島の不安定化のほうが心配」
と。

 東亜N報は、つぎのように伝える。

「K国が2020年まで核武装を強化しつづける可能性を排除できず、最終的な解決は、統一が
実現した後に、旧ソ連崩壊後にウクライナの核問題が解決された方法で履行される可能性が
高い」と(2月21日)。

 ならば、何のための6か国協議か、ということになる。韓国のN大統領は、外遊先のヨーロッ
パで、K国援助を、マーシャルプランになぞらえて、「K国がほしがるものは、何でも与えてや
る」「韓国がすべて負担する」とまで言い切っている。

 本来なら、日本は、6か国協議を離脱し、「拉致問題が解決するまで、援助なし」という姿勢を
貫くべきかもしれない。しかし悲しいかな、この日本には、それだけの外交力も実力もない。表
面的には、日米友好を装いながら、アメリカに追従していくしかない。何とも情けない話だが、
それしかない。

 しかしどの道、今回の6か国協議でなされた合意は、霧散する。金xxが実権をにぎっている
間は、K国は、ぜったいに核開発を放棄しない。ヒル国務次官補も、やがてそれを知るときが
やってくる。

日本は、じっと、今はがまんのとき。静観のとき。「バカだ」「アホだ」と言われても、ノラリクラリ
と言葉をかわしながら、時の推移を見守ればよい。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1821)

●今朝・あれこれ(2月24日)

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昨日、衝動買いのようなものだが、
しかし前からほしかった、デジタルカメラを
買った。

P社製の、FZ−50。プロ使用のカメラ
というよりは、セミプロ用。

マニュアルで、シャッター優先モード、
絞り優先モードが選択できる。

あとは、もろもろ……。

今日は、母がデイサービスに行ったあと、
近くの公園で、花を撮影してくるつもり。

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 カメラには不思議な魅力がある。若いころから、私は、カメラが大好き。一時は、一眼レフカ
メラを、数台もっていたこともある。自慢のカメラは、ペンタックスのEZ−1、だった。

 当時のお金で、本体だけで、10数万円もした。プラス、レンズ。たいした写真は撮れなかった
が、もっているだけで楽しかった。

 それが今では、デジタルカメラになった。カシオのEZ1を皮切りに、つぎつぎと新しい機種を
買い求めている。(EZ1というのは、日本最初のデジタルカメラ。)で、古いのは、そのまま息子
たちに。そういう意味では、子どもは多ければ多いほど、よい。

 で、再び、一眼レフカメラに。(デジタルカメラは、構造的には、すべて一眼レフカメラだが…
…。)

 しかしあのデジタルカメラが、ここまで進化するとは夢にも思っていなかった。今では、往年の
一眼レフカメラに勝るとも劣らない画質の写真を撮れるようになった。

 昨夜は、そのカメラを磨きながら、眠った。しばらく枕元に置いて、いっしょに寝てやるつもり。

 そうそうこのところの株価の上昇で、少し小銭が入ったので……。それで買った。


●息子がパイロットに!

 何かといやなニュースがつづいて、落ちこんでいた。が、そこへ久々に、朗報。息子が、JAL
に就職が内定した。よかった。うれしかった。

 息子は、私のかなえられなかった夢を、かなえてくれた。今回は、航空大学でも、3人しかJA
Lに入社できなかったそうだ。ANAは、1人。ここ数年、航空大学の入試倍率は、10倍前後と
なっている。テレビのトレンディドラマの影響である。

 しかしそのJAL、内情は、たいへんらしい。「だいじょうぶか?」と聞くと、「パイロットと整備
は、関係ない」とのこと。息子の目的は、国際線のパイロットになること。そのためにJALに入
社したかったそうだ。つまり空を飛べれば、それでよいらしい。

 仕事は、名誉でも、地位でもない。お金でもない。好きなことをできるというのが、最高! そ
れを可能にした息子が、うらやましい。

 息子ははっきり言わないが、つぎの夢は、最高のパイロットになることらしい。できれば、宇
宙船のパイロットにもなりたいとも言っている。空には、無限の可能性がある。

 親としては、複雑な気持ちだが……。


●ほがらかに生きる

 ほがらかに生きるといっても、何かと、たいへん! そのつど、感情に押し流されてしまう。昨
夜も、ワイフとこんな会話をした。

私「ぼくと結婚して、後悔していないか?」
ワ「……してないわ」
私「もっとやさしい人と結婚していれば、楽な人生を歩めたのに……」
ワ「これが私の運命だったと思っているわ」
私「ごめんな」と。

 このところワイフに、「ごめん」と言うことが多くなった。私はいつも、自分の感情に押し流され
ている。つまり感情のおもむくまま、生きている。それがワイフを悲しませる。それが自分でもよ
くわかっている。

 晃子、ごめんな! これからは、……というよりは、今日1日だけでも、ほがらかに生きる
よ! 


●義兄

 昨日、市内に住む義兄が遊びに寄ってくれた。そしてそのまま健康談義。

 年齢の近い人と会うと、このところいつも、そのまま健康談義になる。……なってしまう。義兄
は一度、脳梗塞を起こしている。幸い、措置が的確で、完治した。が、そうでなかったら、一命
を落としたところだという。

 その予防法というか、前兆をどうとらえるかという話を、義兄がしてくれた。いつもなら、ゲラゲ
ラ笑うような話が多いが、そんなわけで、昨日は、私のほうが、ただしんみりと、聞くだけ。

 私も、あぶない。気をつけよう。


●黒いネクタイ

 少し前、黒いネクタイについて書いた。欧米では、結婚式には、男性は、黒いネクタイをす
る。しかし……。

 いくら何でも、いつも葬式に使っていたネクタイを、そのまま結婚式に使うわけにはいかな
い。私は、ものごとは合理的に考えるほうだが、しかしどうも、すっきりしない。黒いネクタイに
は、線香のにおいがしみこんでいる(?)。

 で、新しいネクタイを買うことにした。それなら、いい。オーストラリアの別の友人に聞くと、今
では、好きなカラーのネクタイをする人もふえてきたとか……。


●BLOG

 楽天のBLOGで、一昨日、700件近い、アクセスを記録した。数年前に開設したときには、
よくて1日、30件。そんなものだった。あるいは1日、10〜20件。

 それが今では、平均して、1日、300件前後。これはすごいことだと思う。(ときどき、どこか
のロボット・サーチが入るときには、けた外れのアクセス数になることがある。が、これは例
外。)

 読者のみなさん、ありがとう!


●教育基本法


 くだらない話ばかりしていてはいけないので、カタイ話も、ひとつ。

 2006年の秋の臨時国会で、政府提出による教育基本法の全面的な改定案が成立した。そ
の教育基本法の中で最大の焦点と言えば、何と言っても、「愛国心」についての部分である。

 旧教育基本法には、愛国心についての記述はなかった。それが今回の改正案では、つぎの
ようになっている。

 「我が国と郷土を愛する態度を養う」と。

 つい先日も、「教育再生会議」なる会議では、「金を出す以上、(国は)、教育委員会にも口を
出す」というような発言が飛び出している。つまり国が、もっと、教育を支配する、と。

 あの、教育再生会議って、何? それはともかくも、教育基本法は、教育の憲法。国民に与
える影響ということになると、憲法以上のパワーを秘めている。一度決まってしまえば、それを
楯に、文科省は、好き勝手なことができる。

 我が国と郷土を愛する態度を養うために、国旗を掲揚しましょう。
 我が国と郷土を愛する態度を養うために、国歌を斉唱しましょう。
 ついでに、我が国と郷土を愛する態度を養う証(あかし)に、胸には、日本国のバッジをつけ
ましょう。我が国と郷土を愛する態度を養うために、靖国神社を毎年参拝しましょう、と。

 この程度の通達なら、文科省の課長程度でもできることになっている。つまりこうして国民
は、作られていく。戦前の日本のように!

 あのね、世界はね、教育の自由化の方向に向って、まっしぐらに進んでいるのですよ。どうし
てこの日本の教育だけが、うしろ向きなのですか?


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1822)

●黄砂(こうさ)現象

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地球温暖化の影響か?
すでに今年も、黄砂現象が
始まっている。

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 地球温暖化の影響か? すでに今年も、黄砂現象が始まっている(2月24日現在)。北風に
乗って、何となく空が黄色いと思ったら、黄砂現象と考えてよい。

 時期が毎年、早まっているだけではない。回数もふえている。80年代後半までは、観測延べ
日数が、300日を超えることはなかったというが、最近では、03年度をのぞき、毎年、400回
を超えているという。

 原因は、中国内陸部にある、ゴビ砂漠やタクラマカン砂漠の乾燥化である。

 以前だと、今ごろは、まだ雪の下で、ダスト・ストーム(砂塵嵐)が起きることはなかった。しか
し温暖化で、雪が早く解けるようになった。その分だけ、黄砂現象が起きる時期が、早くなっ
た。回数も多くなった。今では、西日本のみならず、東京でも黄砂現象が観察されるようになっ
た(06年4月)。

 そのときの様子を、たまたま飛行機の上から見ていた息子は、こう表現した。「キモイ」と。空
からの写真で見ると、まるで巨大な生き物のように、丸く地表を覆っていた。

 で、この黄砂現象を何とか食い止めようと、各国が「黄砂対策プロジェクト」なるものを開始し
ている。日本も、中国向けの開発援助を利用して、この問題と取り組んでいる。手っ取りばや
い方法としては、植林、植草がある。あるいは防風林をつくったり、柵をつくったりするという方
法もある。

 が、どれも、焼け石に水というか、植林をするより速く、砂漠化が進んでいるという。

 で、問題は、黄砂現象による影響だが、これがどうも、はっきりしない。相手はこまかい砂だ
から、悪い影響ばかりが指摘されるが、中には、地表を冷やす効果もあると説く学者もいる。
あるいは鉄分を多く含んでいるため、プランクトンの生育を増進すると説く学者もいる。

 しかしどうであるにせよ、こと地球環境という規模で考えるなら、急激な変化は、かならず何
かしらの副次的作用というか、二次的被害をもたらす。地球温暖化が原因というのなら、なおさ
らである。

 それにしても、こうまでつぎからつぎへと問題が起きてきて、これから先、地球はどうなるのだ
ろう。黄砂現象にしても、10年前に、今の現象を予想した人は、いただろうか。言いかえると、
これから先、今はまだ予想できない問題が、つぎからつぎへと起きてくる可能性がある。その
たびに、人間は、対策を考えて、あたふたと行動を開始する。

 が、やがてそれも限界にくるかもしれない。こわいのは、そのあとだ。限界を超えて、人々が
無気力になったとき、地球温暖化は、一気に加速する。たとえて言うなら、借金を返そうと、ま
だがんばっている間はよい。しかしその借金も限界を超えると、働く気力そのものが失せる。

 「黄砂対策プロジェクト」は、その試金石になるかもしれない。現在このプロジェクトには、日
本、中国のほか、韓国、モンゴル、それに国連などの国際機関が参加しているという。

 がんばれ、黄砂対策プロジェクト!

(追記)

 私も一度だけだが、ダスト・ストームを経験している。オーストラリアのメルボルンにいたとき
のことである。

 砂の嵐が、まるでカーテンのようになって、遠くからどんどんと近づいてきた。「カーテン」とい
うか、巨大な海の波のような感じ。

 それがしばらくすると、強風に変わり、あたりがボーッとかすんでしまった。もちろん目を開け
ていることはできない。息をすると、口の中は、すぐ砂だらけ。みな、家の中に避難した。

 日本とちがって、大陸では、起きることは、スケールがちがう。不謹慎な言い方になるかもし
れないが、タクラマカン砂漠で起きるダスト・ストームは、どんなものだろう。一度、見てみたい
気がする。タクラマカン砂漠だけでも、日本の何十倍もある。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1823)

●浜松市長選挙

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浜松市の市長選挙が、動き出した。
現職は、K氏。元外務官僚。そのK氏に対して、
民主党のS氏が、一騎打ちをいどんでいる。

最初にK氏をかつぎ出したという、
S自動車製造会社の社長のS氏自身が、
今度は、対立候補のS氏を推しているという。
2人の間には、いろいろあったらしい。
あくまでも、巷(ちまた)のうわさだが……。

政治の世界は、まさに一寸先は、闇。
昨日の友は、今日の敵、……ということか。

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 現職のK氏に、すべての責任があるというわけではないが、工業の町、浜松市が、いつの間
にか、(楽器の町)から、(音楽の町)になってしまった。さらに楽器産業が斜陽になってくると、
今度は、(花と緑の町)になってしまった。

 浜松市の衰退は、著しい。HONDA、SUZUKI、YAMAHAという日本を代表する企業の工
場は、軒並み、浜松市を離れ、近郊の都市に移転してしまった。おかげで今では、その時間帯
になると、市内から郊外をめざす、いわゆる逆ラッシュアワー現象が起きている。

 そのことを浜松市役所に勤める友人に話すと、友人は、こう言った。「土地がないからです
よ」と。

 本当に、そうか? どの自治体も、工場を誘致しようと血眼(ちまなこ)になっている。努力して
いる。土地がなければ、山を削ってまで、誘致しようとしている。土地代をただで提供している
自治体すらある。しかしこの浜松市では、そういう話を聞いたことがない。つまりそういう努力
を、していない。

たとえば浜名湖の北に、ガーデンパークという公園がある。2年前、花博でにぎわったところで
ある。今は、ガーデンパークとなっているが、たとえばあそこに、今、巨大な自動車工場があっ
たとしても、何ら、おかしくない。

 ここに浜松市のなす行政の、最大の欠陥がある。(音楽の町)で、メシを食えるのか? (花と
緑の町)で、メシは食えるのか? この浜松市が再生するためには、浜松市を、もう一度、工
業の町に戻すこと。大企業の工場を、再誘致すること。

 が、浜松市の行政は、どこか、おかしい。毎年、莫大な予算を使って、駅前の整備ばかりして
いる。ノー天気な人たちは、浜松駅前の豪華なビルや建物を見て、「浜松は発展している」と思
うかもしれない。が、実際のところ、台所は火の車。

 今、浜松の市民が求めている市長は、この浜松市に「実利」をもたらす市長である。(音楽の
町)や(花と緑の町)もけっこうだが、今は、そういう道楽にうつつを抜かしているばあいではな
い。

 ……という危機感をもった市長を、私たちは求めている。現職のK氏が優勢なのか、それと
もS自動車製造会社のS氏に推されたS氏が優勢なのか、今のところ、よくわからない。私も、
どちらかを応援しているわけではない。しかしこれだけは言える。

 政治は私たち1人ひとりがつくるもの。そのためには、私たち1人ひとりが考えなければなら
ない。その(考える力)が、政治家に届いたとき、政治は変わる。ついで市が変わり、日本が変
わる。けっして政治家が口にする美辞麗句に、私たちは踊らされてはいけない。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●介護記

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母の介護をしてみて、いくつか気がついた
ことがある。

その第一。介護をしたことがある人のみが、
介護について語る資格があるということ。

++++++++++++++++++

 これはケア・マネージャーをしている人から聞いた話である。そのケア・マネージャーが事務
所を構えるケア施設には、常時、5〜6人のボランティアがいる。ボランティアで、老人の世話
をしている人たちである。

 その中の1人。神様のように思われていた女性がいた。当時、年齢は50歳くらいだったとい
う。面倒見がよく、毎週、ひとり住まいの老人の家を訪ねては、御用聞きのようなことをしてい
たという。ときには、その老人のために、その老人の親戚中を回って、必要な書類などを集め
たこともあるという。何かの相続問題が起きたときのことである。

 そのため、その女性は、その世界では、ここにも書いたように、神様のように思われるように
なった。周囲の尊敬を、一身に集めるようになった。

 が、その女性が突然、変わった。その女性が、実の父親の介護をするようになった。それま
では、その女性の父親は、兄の家にいたのだが、その兄が、脳内出血で倒れ、ほぼ寝たきり
の状態になってしまった。それでその女性が、父親を引き取ることになった。

 それまでボランティアではあるにせよ、その女性は、介護の仕事を手伝っていた。だから介
護については、かなりの知識と経験があったということになる。ところが、である。自分で自分
の父親を介護するようになってからというもの、毎日、父親と喧嘩ばかり。たとえば父親が、廊
下で小便を漏らしただけで、その女性は、父親をはげしく叱ったりした。

 わかりやすく言えば、自分の父親の介護をするようになって、それまでの仮面というか、化け
の皮がはがれたということになる。ケア・マネージャーの人は、こう言った。

 「介護だけは、言うは易く、なすは難(かた)しですよ」と。つまり口で言うのは、簡単なこと。実
際自分で介護をしてみて、介護のたいへんさがわかる、と。

 これは介護のことではないが、子どもの世界でも、似たようなことを、よく経験する。たとえば
幼稚園などでも、「親の顔を見てみたい」とか、「親のしつけがなっていない」などとこぼすの
は、たいてい、自分では子育てを経験したことがない先生である。自分で子育てを経験してみ
ると、そのたいへんさがよくわかる。口が重くなる。

 思うようにならないのが、子育て。介護も、またしかり。

 合わせて、こういうことも言える。

 介護にせよ、子育てにせよ、だれかに相談するにしても、それを実際にしたことがある人に
相談すること。その経験もない人に相談したところで、何の助けにもならない。同時に、もしあ
なたが、自分で介護をしたことがないのなら、(あるいは子育てをしたことがないのなら)、他人
の介護に、口を出すのは、やめたほうがよい。(他人の子育てに、口を出すのを、やめたほう
がよい。)

 今回も、母の介護をするに先立って、あれこれ言ってきた人が何人かいた。中には、私に説
教をした人もいる。しかしそういう人にかぎって、自分では介護をした経験がない。ないから、
無責任なことを、平気で口にする。

 で、その私だが、(ワイフも、まったく、同意見)、運命というのは、割り切って受けいれてしま
えば、何でもないということ。運命に逆らうから、波が立つ。気が重くなる。不平、不満も口から
出てくる。

 しかし受けいれてしまえば、悪魔は、向こうからシッポを巻いて退散していく。当然、世話はか
かる。いろいろ忙しくなる。が、しかしそこまで。考えようによっては、子育てより、はるかに楽。
デイ・サービスにしても、子どもが学校に通うようなもの。持ち物を用意して、介護士の人に、そ
れを渡せばよい。

 あとは割り切って、自分の生活を大切にする。どうせやらなければならないことは、やらなけ
ればならない。もちろん愛情も大切。信頼関係も大切。それがそろえば、あとは自然体。

 数日前も、私は、母とこんな会話をした。ベッドのまわりに、塩化ビニールのパイプで、手すり
を取りつけたときのこと。母が移動しやすいように、パイプに輪をつけて、それにタオルを結ん
だ。タオルをもって移動すれば、ころぶこともない。が、母は、「これは何だ?」と聞いた。

私「あのな、これはお前がクビをつって、死ぬためのもんだよ」
母「それはいいな。ありがと」
私「お前なんか、生きていてもしかたないだろ」
母「そうやな」
私「だから、生きるのがいやになったら、このタオルに首をかけて、死ねばいい」
母「ありがと」と。

 こういう冗談が言いあえることこそ、大切。母は、その夜から、そのパイプを使って、自分で歩
行練習を始めた。自分で立って移動できるようになったことが、よほど、うれしかったらしい。

 それを見て、私は、またこう言ってやった。「あのな、お前は、あと10年は生きても、110歳
までは生きるなよ。そこまでは、めんどう、みないからな」と。

 介護をしたことがない人が、この会話を聞いたら、「何てこと言う息子だ!」と思うかもしれな
い。しかし自分で介護をしたことがある人は、そうは思わない。「めんどう、みないから」と言っ
たのは、その少し前、おむつを替えてやっているとき、私の顔に、腸内ガスをぶっかけたから
だ。この話を、義兄と義姉に話してやると、義兄と義姉は、笑ってこう言った。

 「ハハハ、オレたちと同じこと言っているな」と。義兄と義姉も、親の介護で、さんざん苦労を
重ねた。だから笑った。

 介護をするものは、遠慮せず、言いたいことを言えばよい。したいことをすればよい。がまん
するのは、何かにつけて、「腹ふくるわざ」(徒然草)ということになる。つまり「ストレスがたま
る」。

これも、介護をするときの、コツのひとつということになる。つまり仮面をかぶらない。偽善者に
ならない。たがいに、真正面から、自然体でぶつかる。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●韓国のひがみ節

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韓国という国は、日本が何をしても
おもしろくないらしい。

たとえば今日(2月24日)、日本は
H2ロケットを使って、偵察衛星を
打ち上げた。

それについて、「韓国の偵察が目的」
「中国の衛星破壊実験は、日本の
衛星を想定したもの」と。

まさに言いたい放題。

+++++++++++++++++

 まず韓国、朝鮮N報の記事を、そのまま紹介しよう。前段、3分の2ほどで、日本の偵察衛星
打ち上げを非難したあと、こうつづけている。

 『日本の偵察衛星打ち上げは、K国のミサイル発射がきっかけとなった。K国が98年に長距
離弾道ミサイルのテポドン1号を、太平洋に発射すると、日本はK国のミサイル脅威論を名分
として、「韓半島監視」を主な任務とする、偵察衛星打ち上げ計画の実行に入った。その後8年
半かけて、偵察衛星システムを整備するのに、総額5050億円が投入された。

 日本は09年には、現在の1メートルの大きさを識別できる性能から60センチにまで解像度
を上げ、監視対象を様々な角度から観測可能な、制御能力を大幅に向上させた新型の偵察
衛星も打ち上げる計画だ。

 さらに中国が1月にミサイルによる衛星破壊実験を行ったのは、日本の偵察衛星を狙ったも
のとの警戒心も高まっている。日本の偵察衛星は中国が破壊に成功した高度865キロよりも
低空にある。一方、ミサイル発射を感知する米国の衛星は高度3万6000キロにある』と。

 つまり「日本は、K国のミサイル発射実験を口実に、韓国を監視する偵察衛星を打ち上げ
た」と。

 本当かな? K国は、日本に向けてミサイルをすでに実戦配備している。日本がそれに対し
て、監視衛星を打ち上げるのは、当然のことではないのか。

 さらに「?」なのは、「中国が1月にミサイルによる衛星破壊実験を行ったのは、日本の偵察
衛星を狙ったものとの警戒心も高まっている」という部分。この日本で、警戒心が高まってい
る? 日本に住んで、毎日報道記事に目を通しているが、そんなことを書いている記事など、
見たこともない。つまりこれは朝鮮N報の(憶測記事)。もっと言えば、(被害妄想記事)。さらに
言えば、韓国独特の、(ひがみ節)。

 韓国という国は、日本という国が、ねたましくて、ねたましくてならないらしい。日本が何をして
も、文句を言う。

 韓国の人たちの日本観を知る上において、たいへん興味深い記事である。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●子どものリズムをつかむ 

子ども自身がもつ、学習のリズムは、みな、ちがう。数分きざみに、騒いだり、しゃべったりする
子どももいれば、5分くらい静かに作業したあと、1〜2分、休んだりする。勉強にとりかかるま
でに、10分以上かかる子どももいれば、すぐ、勉強に入れる子どもいる。大切なことは、それ
ぞれのリズムに合わせて、指導するということ。とくに子どもが小さいうちは、そうする。


●ささいなミスは、許す

たとえば20問、計算問題をする。そのとき、1、2問くらいなら、まちがっていても、何も言わな
い。「よくがんばったね」と、ねぎらう。そして大きな丸を描いてすます。とくに子どもが、懸命にし
たときは、そうする。正解よりも、この時期大切なのは、達成感。その達成感が、子どもを伸ば
す。こまごまとした神経質な指導は、一見、親切に見えるが、かえって子どもの伸びる芽をつん
でしまうこともあるので注意する。


●テーマは、一つ

子どもに何かを教えようとするときは、いつも、テーマは、一つにする。あれこれ、同時に指示
を与えても、意味がないばかりか、かえって、「二兎を追うもの、一兎……」ということになりか
ねない。たとえば作文練習のときは、作文の内容だけを見て、文字のまちがいなどは、無視す
る。作文の内容だけを見て、判断する。


●子どもを伸ばすのは、子ども

子どもを伸ばすのは、子ども。しかしその子どもをつぶすのも、これまた子ども。とても残念な
ことだが、「質」のよい子どももいれば、そうでない子どももいる。質がよいというのは、おだや
かで、知性的。自己管理能力もしっかりしていて、もの静か。そういう子どもは、そういう子ども
どうし集まる傾向がある。で、もしあなたの子どもが、そういう子どもであれば、努力して、そう
いう子どもどうしが集まれるような環境をつくってやるとよい。あなたの子どもは、さらに伸び
る。
(はやし浩司 子供の冴え)


●冴(さ)えを伸ばす

子どもが、「アレッ」と思うようなヒラメキを示したときは、すかさず、それをほめて、伸ばす。こ
の時期、あとあと子どもほど、思考が柔軟で、臨機応変に、ものごとに対処できる。趣味も多
く、多芸多才。興味の範囲は広く、何か新しいことを見せると、「やる!」「やりたい!」と食いつ
いてくる。この時期、することと言えば、テレビゲームだけ。友だちも少ないというのは、子ども
にとっては、望ましいことではない。


●一歩手前で、やめる

子どもが30分ほど、勉強しそうだったら、20分くらいのところで、やめる。ワークを10ページく
らいしそうだったら、7〜8ページくらいのところで、やめる。子どもを伸ばすコツは、無理をしな
い。強制をしない。もしあなたが、「子どもというのは、しぼればしぼるほど伸びる」とか、「子ど
もの勉強には、きびしさが必要」と考えているなら、それは、とんでもない誤解。どこかの総本
山での、小僧教育ならともかくも、今は、そういう時代ではない。


●バカなフリをして伸ばす

おとなは、決して、おとなの優位性を子どもに、見せつけてはいけない。押しつけてはいけな
い。子どもにとって、最大の喜びは、父親や、母親を、何かのことで、負かすことである。親の
立場でいえば、子どもに負けることを、恥じることはない。反対に、ときには、バカな親のフリを
して、子どもに自信をもたせる。「こんな親では、アテにできない」と子どもが思うようになった
ら、しめたもの。


●集中力も「力」のうち

よく、「うちの子は、集中力がありません。集中力をつけるには、どうしたらいいでしょうか」とい
う質問をもらう。しかし集中力も、「力」のうち。頭をよくする方法が、そんなにないように、集中
力をつける方法というのも、それほど、ない。あれば、私が知りたいくらいである。ただ指導の
し方によって、子どもを、ぐいぐいとこちらのペースに引きこんでいくことはできる。しかし集中力
のある・なしは、子どもの問題ではなく、指導する側の問題ということになる。
(はやし浩司 子供の集中力)


●一貫性

内容がどうであれ、よき親と、そうでない親のちがいといえば、一貫性のある、なしで、決まる。
権威主義的なら権威主義的でもかまわない。(本当は、そうでないほうがよいが……。)親にそ
の一貫性があれば、やがて子どものほうが、それに合わせる。私の叔父の中には、権威主義
のかたまりのような人がいた。しかし私は、その叔父は叔父として、認めることで、良好な人間
関係をつくることができた。それなりに尊敬もしている。子どもの前では、いつも、同じ親である
こと。それが子どもの心に、大きな安定感を与える。
(はやし浩司 一貫性)


●子育ては工夫

 子育ては工夫に始まって、工夫に終わる。わかりやすく言えば、知恵比べ。この知恵比べに
よって、子どもは、伸びる。が、それだけではない。何か問題が起きたときも、同じ。家庭環境
は千差万別。状態も状況も、みなちがう。子どもについて言うなら、性格も性質も、みなちがう。
能力もちがう。そんなわけで、「子育ては知恵くらべ」と心得る。この知恵比べを、前向きにでき
る人を、賢い親という。


●内政不干渉

 たとえ親類でも、兄弟でも、内政については、干渉しない。相手が相談をもちかけてきたとき
は別として、こちらからあれこれアドバイスしたり、口を出したりしてはいけない。相手を説教す
るなどということは、タブー中のタブー。ばあいによっては、それだけで、人間関係は、破壊され
る。それぞれの家庭には、人には言うに言われぬ事情というものがある。その事情も知らない
で、つまり自分の頭の中だけで考えてものを言うのは、たいへん危険なことである。


●受験についての話は、タブー

 「受験家族は、病人家族」と心得るべし。受験生をもつ親に向かって、「どこを受験するの?」
「合格したの?」と聞くことは、病人に向かって、「病名は何?」「寿命はどれくらい?」と聞くのと
同じくらい、失礼なこと。相手のほうから話題にするばあいは、べつとして、そうでなければ、そ
れについて触れるのは、タブー。出身校、学歴についても、同じ。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

【付記:世界の教育格言】

●種を蒔いたように……

As you sow, so we shall you reap. 「あなたが種を蒔いたように、あなたはそれを刈らねばなら
ない」。イギリスの教育格言。つまり因果応報ということか。子育てについて言えば、ほとんどの
親は、子どもに何か問題が起きると、「子どもをなおそう」とする。しかしなおすべきは、子ども
のほうではなく、親のほうである。そういう視点から、子どもの問題を見つめなおしてみる。


●引いて、発(はな)たず

孟子(紀元前3世紀ごろの、中国の思想家。著書『孟子』は、儒学の経典のひとつとされる)が
残した言葉である。子どもに矢の射り方を教えるときは、矢の引き方までは教える。しかし、そ
の矢を放つところまでは見せてはいけないという意味。教育といっても、やりすぎはよくない。た
とえば手取り、足取り教える教育法がある。一見、親切な指導法に見えるかもしれないが、か
えって子どものためにならない。


●子どもは人の父

The Child is Father of the Man. 「子どもは人の父」、イギリスのワーズワースの詩の一節であ
る。子どもが成長し、やがておとなになっていくのを見ていると、この感を強くする。つまり、子ど
もは、人の父、と。子育てというのは、子どもを育てることではない。子どもに、子育ての仕方を
見せておく。見本を見せておく。「あなたが親になったら、こういうふうに、子どもを育てるのです
よ」と。それが子育て。


●食欲がないときに……

『食欲がないときに食べれば、健康をそこなうように、意欲をともなわない勉強は、記憶をそこ
ない、また記憶されない』。Studying without an inquiring desire will be not retained in ones' 
memory. レオナルド・ダ・ビンチ(1452〜1519)の言葉である。子どもの学習指導の常識と
言ってもよい。日本では教育というと、「教え育てる」が基本になっているが、それは昔の話。子
どもから意欲を引き出し、それをじょうずに育てる。あとは子ども自身がもつ「力」に任せればよ
い。


●忠告は密かに……

Give advice secretly, and praise children openly. 「忠告は密かに、賞賛はおおやけに」。古代
ローマの劇作家、シルスの言葉である。子どもを叱ったり、子どもの名誉をキズつけるような行
為は、だれもいないところでせよ。しかし子どもをほめるときは、みなの前でせよ、という意味で
ある。子育ての行動規範のひとつとして覚えておくとよい。


●教育の秘法

あのエマーソン(アメリカの詩人、思想家、1803〜1882)は、こう書いている。『教育に秘法
があるとするなら、それは生活を尊重することである』と。欧米では、「自立したよき家庭人」を
育てるのが、教育の柱になっている。とくにアメリカでは、デューイの時代から、より実用的なこ
とを教えるのが、教育の柱になっている。生活に根ざさない教育は、そも役に立たない。生活
を尊重してこそ、そこに真の教育があるというわけである。


●かわいくば……

『かわいくば、五つ数えて三つほめ、二つ叱って良き人となせ』(二宮尊徳、江戸時代後期の農
政家、1787〜1856)と。「子どもがかわいいと思ったら、叱るときでも、一呼吸おいて、まず
よいところを三つみつけて、それをほめる。そしてそのあと、二つくらいの割合で、叱れ」という
意味。子どもをほめる、子どもを叱る……。それは家庭教育の要(かなめ)と言ってもよい。


●最初に受けた印象が……

First impressions are most lasting. イギリスの教育格言。つまりものごとは、第一印象が大切
ということ。とくに子どもの教育では、そうである。その第一印象で、すべてが決まるといって
も、過言ではない。だから子育てをしていて、「はじめの一歩」を感じたときは、とくに慎重に! 
コツは、叱らない、おどさない。「小学校はきびしいのよ」「先生はこわいわよ」と教えたため、学
校へ行きたがらなくなる子どもは少なくない。


●玉、磨かざれば……

『玉、磨かざれば、器(うつわ)ならず。人、学ばざれば、道知らず』(礼記、中国五経の一つ)。
脳の健康は、肉体の健康と似ている。究極の健康法などというものはない。同じように、究極
の思想などというものはない。運動を怠ったら、その日から、健康はくだり坂に向かう。同じよう
に考えることを怠ったら、その日から、脳は老化する。人は、日々に研鑽(けんさん)してこそ、
人でありえる。学ばない人、考えない人は、それだけで、大切な人生を無駄にしていると言え
る。


●馬を水場に……

A man may lead a horse to the water, but he cannot make it drink. 「馬を水場に連れて行くこ
とはできても、その馬に水を飲ませることはできない」。イギリスの教育格言である。子どもを伸
ばす最大の秘訣は、まず楽しませること。楽しむことによって、自発的行動(オペラント)が生ま
れ、それが強化の原理となって、子どもを伸ばす(スキナー)。しかし無理は禁物。無理をして
も、意味がない。それがこの格言の意味ということになる。


●ビロードのクッションより……

It is better to sit on a pumpkin in the field rather than to sit on the soft velvet cushion of 
the palace. 『ビロードのクッションより、カボチャの上に座っているほうがよい』(ソロー、アメリカ
の随筆家、1812〜1862)。子どもにとって家庭とは、すべからく、カボチャのようでなくてはな
らない。子どももある程度の年齢になったら、家庭は、しつけの場から、心を癒す、憩いの場と
なる。またそうでなくては、いけない。


●教育は、母のひざに始まり……

I・バロー(17世紀のイギリスの数学者)は、こう言っている。「Education starts in mother's lap 
and what children hear in those days will form their character.(教育は母のひざに始まり、幼
年時代に伝え聞くすべての言葉が、性格を形成する)」と。この時期、母親の子どもへの影響
は、絶対的なものであり、絶大である。母親が、子どもの方向性のすべてを決定づけると言っ
ても過言ではない。子どもの教育は、子どもをひざに抱いたときから始まると、バローは言って
いる。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●炎上

++++++++++++++++++++

BlogやWebsite(HP)には、
書いてよいことと、書いていけないことが
ある。

たとえば「予定」。

「○月○日、午前xx時より、講演会」と
書くのは、ドロボーに向かって、「その日に
うちへおいでください」と書くようなもの。

私も、それを知人に指摘されるまで、気がつか
なかった。

それから、今となっては、もうどうしようも
ないが、自分のメールアドレスを書き込むのも
タブー。

どうしても書きたいときは、つぎの方法が
あるそうだ。たとえば、

HiroshiHayashi@mail.google.co

のときは、たとえば、

(1)デザイン文字をつかう。
(2)文字をわざと1文字、別の文字にして、
   たとえばHiroshiHayashi@mail.google.com
   とした上で、「最後のmを取ってください」
   と注意書きを添える。
(3)同じように、アドレスにスペースを入れて、
   たとえばHiroshi Hayashi @mail.google.co
   とした上で、「スペースを取ってください」
   と注意書きを添える、など。

 でないと、私のように、毎日、何百通という
 スパムメールに悩まされることになる。

 フィルターをかけても、かけても、追いつかない。

 そういうばあいは、(つまり私のばあいは)、
 一度、すべてのメールを削除フォルダーに
 移動するように設定したあと、そうでない
 メールのほうを、それぞれのフォルダーに
 移動させるようにしている。

 ほかにも、いくつかのタブーがある。

++++++++++++++++++++++

 BlogやWebsite(ホームページ)に記事を書くときには、いくつかのタブーがある。

 最大のタブーは、個人や団体を非難するときは、ぜったいに固有名詞を書かないということ。
個人や団体が特定できるような内容の記事もまずい。書くなら書くで、それなりの覚悟と、裏づ
けをしっかりと取っておくこと。

 たとえば私の世界では、その子どもの実名を出して、「○○君は、学習障害の疑いがありま
す」などと書くのは、タブー中のタブー。もしそんなことを書いたら、その日に、Websiteは、閉
鎖に追い込まれる。追い込まれても、文句は言えない。が、それだけではすまない。ついでに、
名誉毀損で、莫大な損害賠償を請求される。

 以下、物書きのハシクレにいる者からの、アドバイス。

(1)読者対象を、しっかりと見極める。

 自分の書いている記事が、どういう人を対象にしているものかを、しっかりと把握しながら書く
こと。

(2)きわめてプライベートなことは書かない

 いくら家族のことでも、書いてよいことと、そうでないことがある。自己開示することによって、
友を得たいという気持ちが働くこともあるが、不特定多数の人に自己開示することは、同時
に、たいへん危険なことでもある。とくに、実名を明らかにしている人は、気をつけたほうがよ
い。

(3)インターネットで友を求めない

 私生活の中で、友の少ない人が、インターネットで友を得られると考えるのは、幻想でしかな
い。インターネットだけでは、親しくなるにも、限度がある。その限度を超えて、親しくなることは
ありえない。その限度をしっかりとわきまえること。インターネットがきっかけで、たがいに直接
会いながら親しくなるということはある。

(4)文字だけの交際は、危険

 文字を読むとき、読む側は、自分の感情をその中に移入して読む。たとえば書いた側は、冗
談のつもりで、「お前は、バカだなあ」と書いたとしても、読む側は、そのときの自分の気分で、
その文を読む。結果、「バカとは、何だ!」となる。

 だから、これは私のばあいだが、知りあいとのやりとりは、できるだけ電話を使うようにしてい
る。メールのやりとりがつづいたときには、とくに、そうしている。文字で、自分の思いや感情を
的確に相手に伝えることができるのは、その道のプロだけ。

 ときどきその人が不注意に書いた文章が、インターネットの世界で、大問題になることがあ
る。それをこの世界では「炎上」と呼ぶ。インターネット上に、文章を書くときは、世界に向かっ
て原稿を書いているという意識を、いつも、しっかりともつこと。「個人のBLOGだから、何を書
いてもいい」という甘えは許されない。

 みなさんも、くれぐれも、ご注意のほどを!


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

【今朝・あれこれ】(2月28日)

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今朝は、寒々とした曇天。
朝食後、することもないので、
こうしてコタツに座って、
原稿を書く。

日曜日。昨夜は、ワイフと2人で
DVDを見た。

パイロットの戦争映画だった。
が、途中で、気分が悪くなって、
中止。私は近く、オーストラリアへ
行くことになっている。

飛行機がどんどんと撃墜されていく、
そんな映画を見るのは、つらい。
だから中止。

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●息子と話す

 ウィルコムどうしの携帯電話だと、いくら話しても、無料。(追加料金なしということ。)だから今
朝、息子と、1時間ほど、電話で話をした。電話料金を気にせずに話ができるというのは、よい
ことだ。……といっても、それほど話すこともないが……。

 そういう現実を前にすると、では、以前は、何だったのかということになる。少し前まで、電話
料金は、距離によって、こまかく細分化されていた。隣町というだけで、料金がちがっていた。
(今でも、そうだが……。)

 そのたびに、私は「?」と思った。郵便料金だって、全国一律。どうして電話料金は、一律で
はないのか、と。

 結局はその分、NTTの収入になっていた。独占事業体の強みというか、それでNTTは、莫大
な利益をあげていた。電話通信の自由化に徹底的に抗戦したのは、言うまでもない。おかげで
インターネットの普及にしても、欧米どころか、このアジアの中においてですら、10年は遅れ
た。

 アメリカでは、市内通話は、どこでも無料。長距離電話にしても、数千キロ離れたところにか
けても、1通話、10〜20円程度。規制緩和……つまり官僚主義の是正がいかに大切かは、
この一例をとっても、わかるはず。

 さて息子との電話。いろいろ話した。話しながら、ふと、さみしさを覚えた。「これでぼくも、用
なしになるのだなア」と。

 とくに息子、つまり三男は、私も三男だったこともあり、かつ、ちょうど、年齢も、私の父との差
と同じということもあり、どこか私自身のように感ずることがよくある。私の父は、私が、29歳と
き死んでいる。享年64歳。つまり三男が、29歳になったとき、私はその64歳になる。そんな
わけで、「ぼくの寿命も、あと4年かア」と。

 少し前まで、負け戦(いくさ)をつづけるのが、つらかった。しかし今は、その負け戦をするの
にも、疲れた。投げやりな気持ち。それから生まれる無気力感。虚脱感。あえて言うなら、私の
今の心の状態は、今朝の曇天のようなもの。コタツの中から伝わる、わずかなぬくもりだけが、
心の片隅を、暖めてくれる。

 私がそうであったように、息子たちは、みな、それぞれ自分の道を歩み始めている。これから
先、何かとつらいことや、きびしいことがあるだろう。あって、当たり前。今の私にできることとい
えば、そういう息子たちのために、重荷にならないこと。じゃまにならないこと。それに、心配を
かけないこと。

 そうそう、健康にだけは、注意したい。昨夜も、寝床で、ワイフとそんな話をして、たがいに誓
いあう。「健康には、気をつけようね」「息子たちに、迷惑をかけないようにしようね」と。

 さあて、家の中でくすぶっていてもいけないから、これから風呂にでも入って、どこかへ行って
くるかア。

 私は、ヤング・オールド・マンなのだア!!


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●おばあちゃんの尻

+++++++++++++++

毎日、一日数回は、母の尿取りパット
を取り替えている。そのたびに、当然の
ことながら、母の尻を見る。

母も、昔は、(女性)だった。しかし
今は、見る影もない。

だから、ときどき、ふと、こう思う。
「ワイフもいつか、こうなるのかなア」と。

で、そう思ったつぎの瞬間、
ワイフの尻が、美しく思えるから不思議。

+++++++++++++++

私「あのなあ、ぼくね、最近、お前の尻が、きれいに見えるようになってきた」
ワ「あら、どうして?」
私「毎日、バーサンの尻を見ているうちに、そう見えるようになってきた」
ワ「お母さんのお尻と、比較しないでよ」
私「うん。それはわかっている。でも、母だって、昔は、女性だったんだよ」
ワ「当然でしょ」
私「でも、今は、見る影もない。形も、丸めた新聞紙みたいだし、色もすすけている……」

ワ「だれだって、90になったら、そうなるわよ」
私「お前の尻も、そうなるのか?」
ワ「あのね、女性のお尻というのは、もともと、そんな、きれいなものじゃないのよ」
私「そんなことはない。女性の尻は、きれいだよ。白く、脂がのった女性の尻は、まさに芸術品
だよ」
ワ「女性には、わからないわ。……それが男の心理なのかもね」と。

 母の介護をするようになって、毎日、いろいろと、新しい発見をしている。副次的効果と書くべ
きか。母の尻を見ているうちに、それまでは気づかなかったが、ワイフの尻が、きれいに見える
ようになってきた

 しかし本当のところは、「尻」の話ではない。女性の「体」の話でもない。そういう会話をしなが
ら、私は本当は、ワイフに、こう言いたかった。「お前の尻が、どんな尻になっても、ぼくは、い
つまでもお前の尻を美しいと思うよ」と。

 しかしそんなことを言っても、ワイフは、ぜったいに、本気にしない。そういう話をすると、いつ
もケラケラと笑って、こう言う。「あなたは口がうまいから」と。だからそれ以上は、言わなかっ
た。

 しかしこんな自信はできた。

 いつか、ワイフが寝たきりのような状態になっても、私なら、ワイフの便の始末はできる、と。

 ……ということで、人は、歳を重ねながら、つぎの時代の準備を始める。若いときは、そんな
ことは考えもしなかった。とくに子育てに夢中になっているときは、そうだった。子どもの未来だ
けを考えて生きていた。が、ふと気がつくと、そこにあるのは老齢。

 老齢になるには、その準備が必要。今日は、母から、それを学んだ。

 ……とまあ、むずかしい話はさておき、ここで教訓。もしあなたが、あなたの妻のお尻を見飽
きたら、どこかの高齢な女性のお尻を見せてもらうといよい。ついでに、いろいろと介護してみ
るとよい。便の始末もしてみるとよい。あなたはあなたの妻のお尻を、かならずや見なおすこと
と思う。ホント!


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●子どもの鉛筆

++++++++++++++++++

鉛筆は、きわめて危険な道具である。
事故も多い。

鉛筆を口にくわえる。
鉛筆をもって手をあげる。
鉛筆をもって歩く、走る。

どれもそのまま事故につながる。

私も、この30年の間に、
数回、あわや……という事故を経験している。
徹底して注意していても、そうである。

いわんや、両端を鋭く削った鉛筆を
子どもにもたせるというのは、
危険というより、愚かな行為と考えてよい。

++++++++++++++++++

 T県のHさんより、こんなメールが、届いている。そのまま紹介させてもらう。

【Hさんより、はやし浩司へ】

教えて欲しいことがあります。

二女(4才)年中の幼稚園のことです。

先日保育参加に行ったのですが、子供たちが鉛筆を使っていました。それだけなら良いのです
が、HBのおろしたての鉛筆の両側を鋭くとがらせた物でした。

みんなで使えるようにそれが10本くらい、ペン立てに立ててあり、思い思いに使っていたので
すが、使っていたのは一部で、それ以外は、紙飛行機を飛ばしたり、ままごとをしたりしていま
した。

ときおり、その活動的な子供がまわりに来たり、近くを子供が通ったりしていたのですが、使っ
ている子たちも結構無防備で、持ち歩く子もいたので何だか危険な気がしました。

私の心配しすぎなのかもしれませんが何かあってからでは遅いので、先生に電話で片側だけ
削った物にしてもらえるようお願いしようと思っているのですが、ちょっと私が過保護過ぎるでし
ょうか。

幼稚園では鉛筆の扱いは両側を削るのは一般的ですか。教えてください。

+++++++++++++++++

【はやし浩司より、Hさんへ】

 詳しく調査したわけではありませんが、今、ほとんどの幼稚園では、鉛筆の使用をひかえてい
ます。とくに年中児以下はそうです。年長児になり、指導が行き届くようになってから、鉛筆の
使用を始めています。つまり、鉛筆は、それだけ危険な道具だからです。

 私も、何度か、あわや……と思うような事故を経験しています。

 ある女の子が、(男の子だったかもしれません)、鉛筆をもったまま、「ハ〜イ!」と言って手を
あげたときのことです。幼児は、まっすぐ上に手をあげないで、ななめ横にあげる子どもも少な
くありません。

 そのとき、横にいた別の女の子(その子は、女の子でした)が、その声に驚いて、鉛筆をもっ
た子どものほうを振り向いたのです。そのとき、鉛筆の先が、その女の子の頬を突き刺してし
まいました。頬の中で、芯(しん)が折れました。

 頬だからよかったものの、あれがもし目だったら……と考えると、今でも、ぞっと、します。

 鉛筆を、口にくわえるというのも危険です。だれかが、どんと体をぶつけたときのことを想像し
てみてください。あるいはころんだりしたときのことでも、結構です。ゾッとしますね。

 さらに両端を削った鉛筆ともなると、使っているときですら、危険にさらされることになります。
子どもにとって、20センチの長さの鉛筆でも、おとなの身長に換算すると、30センチということ
になります。そういう鉛筆を、顔と机の間に立てるというのは、まさに危険極まりない行為です。

 さらに、こわいのは、実は、鉛筆のキャップです。

 鉛筆のキャップをはずすと、たいていの子どもは、鉛筆のキャップを、鉛筆のお尻にかぶせ
ます。そこまでは、問題はありません。

 が、今度は、そのキャップをはずして、もとのほうにかぶせようとします。そのとき、事故が起
きます。

 子どもは両手で、鉛筆とキャップをにぎります。そして力いっぱい、それを両手で広げるように
して、はずそうとします。子どもの体はやわらかいため、そのまま両手が、左右、ほぼ180度
に広がってしまいます。そのとき、鉛筆の先で、隣の子どもの顔を、突き刺したりします。

 私のところでも、(結構、広い机を使っていても、ですが)、そういう事故が、何度か、起きてい
ます。そこで教訓。

(1)鉛筆の指導は、親に任す(年中児まで)。
(2)鉛筆は、使わないときは、筆箱に、もどす。徹底して、そう指導する。
(3)キャップは、使用禁止。
(4)両端を削った鉛筆は、厳禁。見つけしだい、とりあげて、捨てる。

 鉛筆を口にくわえたまま歩いたり、走ったりする子どももいますが、とんでもない行為であるこ
とは、今さら言うまでもありません。Hさんならずとも、だれでも、ゾッとして当然です。私なら、そ
の場で、先生に、注意を促します。事故が起きてからでは、遅すぎるからです。

 忘れてならないのは、鉛筆の芯は、「金属」であるということ。とがった刃物と同じであるという
こと。そういう視点を、いつも忘れないようにします。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●先生への苦言

++++++++++++++++++

鉛筆をもったまま、教室の中を走り回る……。
そういう光景を見て、T県に住んでいるHさんは、
ゾッとしたという。

ゾッとして、当然!

そこでHさんは、それを先生に告げるべきか
どうかで、迷ったという。

先生にも、プライドがあるだろう。そんな
思いが、ふと、Hさんの口を重くした(?)。

しかし、こういうケースのばあい、親は、
どう対処したらよいのだろうか?

++++++++++++++++++

 親の指導方針と、幼稚園(保育園)の先生との指導方針が、くいちがうというケースは、多
い。そういうとき、子どもを預かってもらう親のほうは、どう対処したらよいのか。当然、任すとこ
ろは、任す。しかしそうでないケースもある。

 たとえばT県に住んでいるHさんは、こんな経験をしている。幼稚園の参観日に行ったときの
こと。先が鋭くとがった鉛筆を手にもったまま、教室の中を歩き回っている子ども(年中児)がい
たという。

 それを見て、Hさんは、ゾッとした。そしてそれを先生に言うべきかどうかで、迷った、という。

 こういうケースでは、できるだけ早い時期に、先生に自分の気持ちを伝えたほうがよい。園長
に言うという方法もないわけではないが、こういうばあいは、直接、担任の先生に言うほうがよ
い。

 問題は、その言い方。

 間に子どもがいるため、言い方をまちがえると、あとあと(しこり)を残すことにもなりかねな
い。先生には、先生のプライドというものがある。自分の指導法を注意されたりすると、不愉快
に思う先生も、多い。

 そこでこういうばあいは、まず、家で、かがみに向かって、練習するとよい。コツは、にこやか
に、おだやかに、そしてやわらかく……。いきなり唐突に言うのではなく、ワンクッション置い
て、ものを言う。

 「あのう、先生、ちょっと気がついたのですが……。いえ、事故でも起きてからでは、遅いの
で、で、先生にお伝えしておいたほうがよいかと思いまして……」

 「実は、うちの子、先のとがった鉛筆をもったまま、歩いたり、走ったりすることがあります。私
は、それがあぶないと思って注意しているのですが……。先生は、どう思われますか……?」
とかなど。そのあと、ゆっくりと、「そう言えば、教室でも、そういう光景を見かけました。あれ
は、先生、あぶないですね……」と。

 私も、実は、こうした経験を、そのつど、何度かしている。

 たとえば新幹線の中などで、騒いでいるおばちゃんやおじちゃんたちを注意するとき。
 駐車場でないところに駐車している人たちを見かけたとき。
 道路にゴミやタバコの吸い殻を捨てている人を見かけたとき、など。

 最初は、勇気がいる。が、2度、3度とそれを重ねていると、うまく言えるようになる。コツは、
こちらがニコニコ笑いながら、相手の警戒心を解きながら、注意するということ。相手によって
は、こちらが、バカに見えるように演技することもある。とくに若い人たちを相手にするときは、
そうである。若いだけに、何かを注意したりすると、すぐカリカリする。

 で、大切なことは、「こちらが迷惑しています」とだけ言い、それ以上のこと、たとえば、「こん
なところに駐車してはいけません」「あちらに移動してください」などとは、言わないこと。あくまで
もそのあとの判断は、相手に任す。

 新幹線の中で騒いでいる、おばちゃんやおじちゃんに対しては、やはりにこやかな表情で、こ
う言う。「せっかく、お楽しみのところ、たいへん申しわけないのですが、もう少し、静かに話して
いただけると、ありがたいのですが……。よろしくお願いします」とか。少し間をおきながら、つ
まりどこか間(ま)の抜けた言い方をするのが、コツ。早口で、ガミガミ言ってはいけない。

 何度もそれを繰りかえしていると、やがてうまく言えるようになる。私のばあい、めったに相手
を怒らせることはない。ほとんどのばあい、相手に、「すみません」と言わせることができる。

 が、それには練習が必要。「かがみを見ながら、練習する」というのは、そういう意味。Hさん
も、ぜひ、試してみてほしい。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●アメリカの裏切り

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今回の6か国協議で、アメリカは、日本を
裏切った。

私は、協議の前から、そう書いていた。
そのことが、日を追うごとに、ますます
はっきりしてきた。

しかし問題は、なぜアメリカが日本を
裏切ったかではなく、そこまでアメリカを
追いつめたか、である。

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 共同通信は、つぎのように伝える(2月26日)。

 『K国核問題をめぐる最初の6か国合意文書案に、「核兵器廃棄」を明記しながら、K国の反
発で、アメリカが取りまとめた第2次案段階で、削除されていたことが2月25日、わかった。合
意文書では「高濃縮ウランによる核開発の放棄」の文言も、K国の反対で削除されたことが判
明しており、6カ国協議の目標が、「朝鮮半島の非核化」から、「核不拡散」に移っている実態
が、あらためて鮮明になった』と。

 つまり、

(1)アメリカは、K国の核兵器保有には、目をつぶった、ということ。

 これを日本への裏切り行為と言わずして、何という。K国は、かねてから、「核開発は日本向
けのもの」と公言している。この先日本は、K国の核兵器にビクビクしながら、単独で、そのK
国と対峙しなければならない。

 ついでに申し添えるなら、韓国も、「K国が核開発を放棄するのは、南北統一後の2020年ご
ろ」とまで言い出している。韓国は、内心では、K国の核兵器保有を容認している。現在のN政
権誕生直後、政府高官の1人が、「K国の核兵器保有は、統一後の朝鮮にとって、有利」という
発言をしている。そのことを忘れてはならない。

 わかりやすく言えば、日本だけが、K国の核兵器の脅威にさらされることになる。その上で
の、日朝交渉ということになる。すでに中国を通して打診してきた戦後補償額にしても、4兆円
とか、40兆円とかいう数字が出ている。

 仮に4兆円にしても、もうめちゃめちゃな、つまり桁外れの補償額ということになる。日本人1
人あたり、約4万円。4万円だぞ! 仮に40兆円なら、一人あたり、約40万円!

 しかし問題は、なぜアメリカが、日本を裏切ったかということ。見捨てたとか、そういうレベル
の話ではない。明らかに、裏切った。

 その一つのヒントが、今回来日した、アメリカの国防長官の動きにある。国防長官は、日本
の防衛相との会談を、事前より日程にあげることすらしなかった。つまり、アメリカは、日本を
怒っている。反対に言えば、日本は、何かのことで、アメリカを怒らせてしまった。防衛相の、お
バカ発言もその一つだが、そのほかにも、いろいろあったのだろう。

 (しかしあんな防衛相で、日本の平和と安全が本当に守れるのだろうか? 人は見た目で判
断してはいけないというが、知性、理性、鋭さ、そのどれをも、私は、感じない。)

 ともかくも、今回の6か国協議で、極東アジアの情勢は、急変してしまった。ほくそ笑むK国。
勢いづく韓国。極東アジアでの主導権を握った中国。

 さあ、どうする、日本? しかし……今のところ、打つ手なし。しかしそれにしても、こんなへた
くそな外交戦略は、見たことがない。今ごろ外務省内部では、毎日、意味のない小田原評定
(=いつまでたっても、話が進まず、結論もでない会議)が繰りかえされていることだろう。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1824)

【スタンフォード大学の監獄実験】

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今から、15年ほど前、アメリカの
スタンフォード大学で、興味ある
実験がなされた。

「スタンフォード監獄実験」というのが、
それである。

この実験を通して、改めて、人間のもつ
弱さというか、本来的な欠陥が明らかに
なった。

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 ウィキペディア百科事典から、直接、そのまま原稿を引用する。

【スタンフォード・監獄実験】

1971年8月14日から1971年8月20日まで、アメリカ・スタンフォード大学心理学部で、心理
学者フィリップ・ジンバルドー(Philip Zimbardo)の指導の下に、刑務所を舞台にして、普通の人
が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまう事を証明しようとし
た実験が行われた。模型の刑務所(実験監獄)はスタンフォード大学地下実験室を改造したも
ので、実験期間は2週間の予定だった。
新聞広告などで集めた普通の大学生などの70人から選ばれた被験者21人の内、11人を看
守役に、10人を受刑者役にグループ分けし、それぞれの役割を実際の刑務所に近い設備を
作って演じさせたところ、時間が経つに連れ、看守役の被験者はより看守らしく、受刑者役の
被験者はより受刑者らしい行動をとるようになるという事が証明された。
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●実験の内容

ジンバルドーは役割を与えられた者達に自ら与えられた役割をよりリアルに演じさせるため、
逮捕から始まり、囚人役に対して指紋をとり、シラミ駆除剤を拭きつけ、屈辱感を与えるために
下着を着用させず、トイレへ行くときは目隠しをさせ、看守役には表情が読まれないようサング
ラスを着用させたり、午前2時半などに囚人役を起こさせたりした。

次第に、看守役は誰かに指示されるわけでもなく、自ら囚人役に罰則を与え始める。反抗した
囚人の主犯格は、独房へ見立てた倉庫へ監禁し、その囚人役のグループにはバケツへ排便
するように強制され、耐えかねた囚人役の一人は実験の中止を求めるが、ジンバルドーはリア
リティを追求し、「仮釈放の審査」を囚人役に受けさせ、そのまま実験は継続された。

精神を錯乱させた囚人役が、1人実験から離脱。さらに、精神的に追い詰められたもう1人の
囚人役を、看守役は独房に見立てた倉庫へうつし、他の囚人役にその囚人に対しての非難を
強制し、まもなく離脱。

離脱した囚人役が、仲間を連れて襲撃するという情報が入り、一度地下1階の実験室から5階
へ移動されるが、実験中の囚人役のただの願望だったと判明。

 ●実験の中止

ジンバルドーは、実際の監獄でカウンセリングをしている牧師に、監獄実験の囚人役を診ても
らい、監獄実験と実際の監獄を比較させた。牧師は、監獄へいれられた囚人の初期症状と全
く同じで、実験にしては出来すぎていると非難。

看守役は、囚人役にさらに屈辱感を与えるため、素手でトイレ掃除(実際にはトイレットペーパ
の切れ端だけ)や靴磨きをさせ、ついには禁止されていた暴力が開始された。

ジンバルドーは、それを止めるどころか実験のリアリティに飲まれ実験を続行するが、牧師が
この危険な状況を家族へ連絡、家族たちは弁護士を連れて中止を訴え協議のすえ6日間で中
止された。しかし看守役は「話が違う」と続行を希望したという。

後のジンバルドーの会見で、自分自身がその状況に飲まれてしまい、危険な状態であると認
識できなかったと説明した。ジンバルドーは、実験終了から約10年間、それぞれの被験者をカ
ウンセリングし続け、今は後遺症が残っている者はいない。

●実験の結果

権力への服従 
強い権力を与えられた人間と力を持たない人間が、狭い空間で常に一緒にいると、次第に理
性の歯止めが利かなくなり、暴走してしまうのである。 

非個人化 
しかも、元々の性格とは関係なく、役割を与えられただけでそのような状態に陥ってしまう。 

+++++++++++++++

 以上が、『スタンフォード・監獄実験』
と呼ばれる実験の概要である。この実験
記事を読んで、私は、かなり前に書いた
原稿のことを思い出した。それをそのま
ま紹介する。

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自分の中の敵と戦え!

子どもに平和を語るとき 

●私の知人は七三一部隊の教授だった 

平和教育について一言……。

私の知人、(知人といっても、近所に住んでいた、男性だったが)、その知人は関東軍第七三
一部隊の教授だった。残虐非道な生体実験をした、あの細菌兵器研究部隊である。そのこと
がある本で暴露されたとき、知人の妻はその本を私に見せながら、人目もはばからず、大声で
泣いた。「父ちゃん(知人)が死んでいて、よかったア〜」と。知人はその少し前、脳内出血で死
んでいた。

●「貴様ア! 何抜かすかア!」

 ドイツのナチスは、1100万人のユダヤ人絶滅計画をたて、あのアウシュビッツの強制収容
所だけで、400万人のユダヤ人を殺した。そういう事実を見て、多くの日本人は、「私たち日本
人はそういうことをしない」と言う。しかし本当にそうか? ゲーテやシラー、さらにはベートーベ
ンまで生んだドイツですら狂った。この日本も狂った。狂って、同じようなことをした。

それがあの七三一部隊である。が、知人は私が知る限り、どこまでも穏やかでやさしい人だっ
た。将棋のし方を教えてくれた。子ども会の長もしていたので、よく遊びにも連れていってもらっ
た。いや、一度だけ、こんなことがあった。

ある夜、知人と一緒に夕食をとっていたときのこと。知人が新聞の切り抜きを見せてくれた。見
ると、知人がたったひとりで中国軍と戦い、30名の満州兵を殺したという記事だった。当時とし
てもたいへんな武勲で、そのため知人は国から勲章をもらった。記事はそのときのものだっ
た。

が、私が「おじさん、人を殺した話など自慢してはダメだ」と言うと、知人は突然激怒して、「貴様
ア! 何抜かすかア!」と叫んで、私を殴った。その夜私は、泣きながら家に帰った。

●敵は私たち自身の中に

 もしどこかの国と戦争をすることになっても、敵はその国ではない。その国の人たちでもな
い。敵は、戦争そのものである。あの知人にしても、私にとっては父のような存在だった。家も
近かった。いつだったか私は子どものころそういう知人と仲良くしていたことを知り、自分の胸
をかきむしったことがある。

時代が少し違えば、私がその教授になっていたかもしれない。いや、戦争が知人のような人間
を作った。知人を変えた。繰りかえすが、私の知っている知人は、どこまでも穏やかでやさしい
人だった。倒れたときも、中学校で柔道の指導をしていた。

知人だって、戦争の犠牲者なのだ。戦争という魔物に狂わされた被害者なのだ。つまり戦争に
は、そういう魔性がある。その魔性を知ること。その魔性を教えること。そしてその魔性と戦うこ
と。敵は私たちの中にいる。それを忘れて、平和教育は語れない。

(付記)

●戦争の責任論

 日本政府は戦後、一貫して自らの戦争責任を認めていない。責任論ということになると、その
責任は、天皇まで行ってしまう。象徴天皇を憲法にいだく日本としては、これは誠に都合が悪
い。

そこで戦後、政府は、たとえば「一億総ざんげ」という言葉を使って、その責任を国民に押しつ
けた。戦争責任は時の政府にではなく、国民にあるとしたわけである。が、それでは「日本はま
すます国際社会から孤立し、近隣諸国との友好関係は維持できなくなってしまう」(小泉総理大
臣)。

そこで、2001年の8月、小泉総理大臣は、「先の大戦で、わが国は、多くの国々、とりわけア
ジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」(第56回全国戦没者追悼式)と述べ、「わが
国」という言葉を使って、その戦争責任(加害主体)は「政府」にあることを、戦後はじめて認め
た。

が、しかし戦後、60年近くもたってからというのでは、あまりにも遅すぎるのではないだろうか。

(参考)

 この「平和教育を語るとき」の原稿と同時に書いたのが、次の「杉原千畝副領事のビザ発給
事件」である。

●杉原千畝副領事のビザ発給事件 
 
「1940年、カウナス(当時のリトアニアの首都)領事館の杉原千畝副領事は、ナチスの迫害か
ら逃れるために日本の通過を求めたユダヤ人6000人に対して、ビザ(査証)を発給した。こ
れに対して1985年、イスラエル政府から、ユダヤ建国に尽くした外国人に与えられる勲章、
『諸国民の中の正義の人賞(ヤド・バシェム賞)』を授与された」(郵政省発行20世紀デザイン
切手第九集より)。

●たたえること自体、偽善

 ナチス・ドイツは、ヨーロッパ全土で、1100万人のユダヤ人虐殺を計画。結果、アウシュビッ
ツの「ユダヤ人絶滅工場」だけでも、ソ連軍による解放時までに、約400万人ものユダヤ人が
虐殺されたとされる。杉原千畝副領事によるビザ発給事件は、そういう過程の中で起きたもの
だが、日本人はこの事件を、戦時中を飾る美談としてたたえる。郵政省発行の記念切手にも
なったことからも、それがわかる。が、しかし、この事件をたたえること自体、日本にとっては偽
善そのものと言ってよい。

●杉原副領事のしたことは、越権行為?

 当時日本とドイツは、日独防共協定(1936年)、日独伊防共協定(37年)を結んだあと、日
独伊三国同盟(40年)まで結んでいる。

こうした流れからもわかるように、杉原副領事のした行為は、まさに越権行為。日本政府への
背信行為であるのみならず、軍事同盟の協定違反の疑いすらある。杉原副領事のした行為を
正当化するということは、当時の日本政府がしたことはまちがっていると言うに等しい。その「ま
ちがっている」という部分を取りあげないで、今になって杉原副領事を善人としてたたえるの
は、まさに偽善。

いやこう書くからといって、私は杉原副領事のした行為がまちがっていたというのではない。問
題は、その先と言ったらとよいのか、その中味である。

当時の日本といえば、ドイツ以上にドイツ的だった。しかも今になっても、その体質はほとんど
変わっていない。どこかで日本があの戦争を反省したとか、あるいは戦争責任を誰かに追及し
たというのであれば、話はわかる。そうした事実がまったくないまま、杉原副領事のした行為を
たたえるというのは、「今の日本人と戦争をした日本人は、別の人種です」と言うのと同じくら
い、おかしなことなのだ。

●日本はだいじょうぶか?

 そこでこんな仮定をしてみよう。仮に、だ。仮にこの日本に、100万人単位の外国人不法入
国者がやってくるようになったとしよう。そしてそれらの不法入国者が、もちまえの勤勉さで、日
本の経済を動かすまでになったとしよう。さらに不法入国者が不法入国者を呼び、日本の人口
の何割かを占めるようになったとしよう。そしてあなたの隣に住み、あなたよりリッチな生活をし
始めたとしよう。

もうそのころになると、日本の経済も、彼らを無視するわけにいかない。が、彼らは日本に同化
せず、彼らの国の言葉を話し、彼らの宗教を信じ、さらに税金もしっかりと払わないとする。そ
のとき、だ。もしそうなったら、あなたならどうする? あなた自身のこととして考えてみてほし
い。あなたはそれでも平静でいられるだろうか。ヒットラーが政権を取ったころのドイツは、まさ
にそういう状況だった。

つまり私が言いたいことは、あのドイツですら、狂ったということ。この日本が狂わないという保
証はどこにもない。現に2000年の夏、東京都の石原都知事は、「第三国発言」をして、物議
をかもした。そして具体的に自衛隊を使った、総合(治安)防災訓練までしている(2000年9
月)。石原都知事のような日本を代表する文化人ですら、そうなのだ。

●「日本の発展はこれ以上望めない」

 ついでながら石原都知事の発言を受けて、アメリカのCNNは、次のように報道している。「日
本人に『ワレワレ』意識があるうちは、日本の発展はこれ以上望めない」と。そしてそれを受け
てその直後、アメリカのクリントン大統領は、「アメリカはすべての国からの移民を認める」と宣
言した。

日本へのあてこすりともとれるが、日本が杉原副知事をたたえるのは、あくまでも結果論。チグ
ハグな日本の姿勢を見ていると、どうもすっきりしない。石原都知事の発言は、「私たち日本人
も、外国で同じように差別されても文句は言いませんよ」と言っているのに等しい。

多くの経済学者は、2015年には日本と中国の経済的立場は逆転するだろうと予測している。
そうなればなったで、今度は日本人が中国へ出稼ぎに行かねばならない。そういうことも考え
ながら、この杉原千畝副領事によるビザ発給事件、さらには石原都知事の発言を考える必要
があるのではないだろうか。

++++++++++++++++++

 『善人も悪人も紙一重』。大きくちがうようで、それほど、ちがわない。子どもの世界もまた、し
かり。問題のある子どももいれば、そうでない子どももいる。大きくちがうようで、それほど、ち
がわない。

 置かれた環境、育てられ方、受けた教育で、よい子は、よい子になり、そうでない子は、そう
でなくなる。

 もしあなたが今、善人なら、それはたまたまそうであるにすぎない。もしあなたが今、悪人な
ら、それはたまたまそうであるにすぎない。

 『スタンフォードの監獄実験』は、心理学の教科書にもよく出てくる話である。この実験の内
容、経過を読めば読むほど、人間の心がもつ、本来的な魔性がよくわかる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 監獄
実験 スタンフォード大学 監獄 個性 権力への服従 非個人化)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●入社内定vsリストラ

++++++++++++++++++

リストラの嵐が吹き荒れる(?)J社に、
今度、息子が入社することになった。

息子は、入社内定を喜んでいたが、
リストラされる人たちは、どんな気持ちだろう。

入社内定を喜ぶエネルギーを、正のエネルギー
とするなら、リストラされて苦しむエネルギーは、
負のエネルギーということになる。

そのエネルギーの強さは、同じ。

++++++++++++++++++

 喜怒哀楽という言葉がある。これにあと3つの感情を加えて、漢方(東洋医学)では、「七情」
という。

 この感情にいちいち動揺していたのでは、心の平安を保つことはできない。ついでに健康を
保つことはできない。とくにこわいにが、激怒。

 私もつい先月、激怒ではないにしても、あることで頭にカーッと血がのぼるのを感じた。その
ときのこと。体全体がフワフワした感じになった。恐らく体内では、血圧が急上昇し、危険レベ
ルを超えていたにちがいない。

 その夜血圧を測ったら、下がxxmmHgもあった。ふだんより、20mmHg近くも高かった。
で、私は心に決めた。「ささいなことで激怒して、それで体をつぶしてしまったら、おしまい」と。
「脳内出血でも起こしたら、どうするのだ」と。

 以来、『まな板の上の鯉(こい)』の心境になった。「どうでもなれ」と、そのときどきにおいて、
運命に身を任すようにした。「なるようになれ」と、あとは、そのときどきの(流れ)に身を任すよ
うにした。とたん、血圧は、再び、正常値にもどった。

 今は、そういう状態。そんなとき、息子の就職先が決まった。新聞報道などによれば、リストラ
の嵐が吹き荒れている、あのJ社に決まったという。そのことを、息子と話す。

 「お前は、入社が決まって喜んでいるが、リストラされる人たちは、それと同じ、反対のエネル
ギーで苦しんでいるんだよ。そういう会社へ入るということは、たいへんなことなんだよ」と。

 実際、リストラが始まると、その会社の人たちは、仕事が手につかなくなるという。上司に呼
ばれただけで、心臓が止まる思いがすると言った人もいた。あるいは上司から、夕食に誘われ
ただけでも、そうなったという人もいた。サラリーマンにとっては、まさに地獄。それがリストラ。

 息子は、ただ空が飛びたいだけらしい。国際線のパイロットとなって、世界中を飛び回りたい
だけらしい。それ以上の野心はないらしい。幸せな息子だ。(したいこと)と、(していること)が
一致している。人は、本来、みな、こうでなくてはならない。もっと言えば、仕事というものは、本
来、みな、こうでなくてはならない。しかしそんなことができる人は、いったい、この世の中に、
何%いるのか?

 たいていの人は、稼ぐために働く。したくなくても、しなければならない。そういう仕事をする。

 そこでふと、自分のことを考える。「私は、したい仕事をしているのか?」と。

 答は、残念ながら、「NO!」。私が本来的にしたかった仕事というのは、モノづくりだった。中
学生から高校生にかけては、建築家になるのが夢だった。大工になりたかった。それが今、ど
ういうわけか、まったく異質の仕事をしている。

 話がそれたが、その仕事からも、追われる。それはその人にとっては、自己否定そのもの。
強烈な衝撃を与える。「君は、来月から、もうこの会社に来なくていい」と言われるのは、まさ
に、自己否定そのもの。

 カーッと血がのぼる程度では、すまない。最近、ある女性からメールをもらったが、その人の
父親は、定年退職したその2日後に、脳梗塞で倒れてしまったそうだ。私にはその父親の気持
ちというか、無念さが、痛いほど、よくわかる。

 ともかくも、感情は平坦に。それがこれからの老後を、楽しく、愉快に生きるコツのように思
う。プラス、脳みそは、いつも鍛えておくこと。心と体は、一心同体。「心」というのは、「脳みそ」
のことをいう。

 追記だが、脳みそを鍛えるためには、音読がよいそうだ。かいま見たテレビ番組の中で、だ
れかがそう言っていた(NHK)。さっそく、自分の書いた文章を、音読してみる。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●今朝・あれこれ(2月27日)

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このところ暇さえあれば、
カメラをいじってばかりいる。

P社のFZ50。昔の一眼レフ風の
デジタルカメラ。

以前は、F社、C社のカメラを使って
いたが、手ブレ防止機能がつくように
なってから、P社のカメラにした。

それからは、ずっと、もっぱら、
P社のカメラばかり。息子たちにも、
みな、P社のカメラを買ってやった。
(正確に言えば、払い下げ?)

当時は、驚いた。手ブレ防止機能が、
かくもすばらしいものだとは、
思ってもいなかった。

一度使ったら、ほかのメーカーの
カメラは使えない。それで
P社のカメラばかりになってしまった。

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 カメラには、不思議な魅力がある。ズシリとした重量感。ギッシリとつまった充実感。黒光りす
るボディに、ガシッガシッと決まるメカニックな動き。プラス、硬質プラスチックの肌ざわりのよ
さ。

 もちろんメカもすごい! FZ50は、光学で、21倍まで望遠がきく。昔なら、巨大なレンズをそ
のつど、装着しなければならなかった。21倍といえば、そんな倍率である。もちろん5センチま
での接写も可能。(いったい、どうなっているのだろう?)

 同じクラスの他社のカメラは、10万円〜もするが、このカメラは、2GBのメモリーカードをつ
けて、6万円弱。(店で、交渉して、その値段にしてもらったが……。)

 しかし私は、同じことを、今から20年前にもしていたのではなかったか? 当時、私は、4〜
5個のコンパクトカメラのほか、C社、A社、それにF社の一眼レフカメラをもっていた。そして今
と同じように、暇さえあれば、カメラをいじってばかりいた。

 そのころはもちろん、フィルムカメラ。今は、デジタルカメラ。中身はちがうが、見た感じは、そ
れほどちがわない。……ということは、この20年間、カメラは、というより、私は、何だったのか
ということになる。

 私が好きなのは、カメラであって、写真ではない。このあたりが、ワイフにも理解できないとこ
ろらしい。たとえて言うなら、ガン(銃)のコレクターのようなもの。撃つのが目的ではない。いじ
るのが目的。

 ただ私のばあい、指先に特殊な感覚があるようだ。こうしたモノにさわっているだけで、陶酔
感を覚える。反対に、何かにさわっていないと、落ち着かない。乳幼児にも似たような性癖があ
ることを知っている。いつも手に何かを握っている。それと同じ? 

 漢方(東洋医学)でも、指先には、経絡(けいらく)(ツボとツボをつなぐ観念的な線路のような
もの)が届いていると教える。その指先を刺激すると、脳の中で、モルヒネ様の物質(エンドロフ
ィン、エンケファリンなど)が放出されるという。そのことは、指しゃぶりをしている幼児を見れば
わかる。指しゃぶりをしている幼児は、実に気持ちよさそう。うっとりとした表情をしてみせる。

 つまり、モノをいじるということは、天然の(?)、精神安定剤ということになる。わかりやすく言
えば、おとなのマスターベーション(オナニー)と同じ。無理にやめさせると、精神そのものが、
不安定になる。子どもも、また同じ。たとえば指しゃぶりにしても、無理にやめさせると、情緒が
不安定になる。

 さて、この私。こうしてカメラをいじりながら、自ら、精神を安定させていることになる。が、そ
れだけではない。加えて脳みその老化防止にもなるそうだ。指先からの刺激が、脳みそにほど
よい刺激を与える。

 しかし、そのカメラを見ながら、ときどき、こう思う。「本当に、私と同じ人間が、こんなもの作っ
ているのか」と。日本人の、というより、人間がもつ技術力には、ものすごいものがある。そうし
た驚きも、また、カメラをいじるときの楽しみの一つでもある。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1825)

【日本の教育】

●英語教育

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外国人の客が、私の家にいるときは、
みな、英語で話すようにしている。

ワイフも、カタコト英語だが、懸命に
英語で話す。

それは客に不安感を与えないための、
最低限のマナーではないのか。

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●英語教育に「待った!」をかけた、文科相

 I文科相は、こう言った。「私は、(小学校での英語教育を)必修化する必要は、まったくないと
思う。美しい日本語ができないのに、外国の言葉をやったってダメ」と。

 こういうのを、パラドックスという。わかるかな?

 『張り紙を刷るな』という張り紙を張る。
 『私は逆らっていない』と言って、相手に逆らう。

 『美しい日本語ができないのに、外国の言葉をやったってダメ』と言って、きたない日本語を
話す。

 「外国の言葉をやったってダメ」? ……美しい日本語では、「外国の言葉を学んでも、意味
がありません」という。

 もう10数年も前から、同じような論理で、小学校での英語教育に反対している教授がいる。
しかし今どき、「英語教育が必要ない」なんて……!!

●予定では…… 

中央教育審議会の外国語専門部会は、2006年3月、「小学5年生から、週1時間程度、英語
教育を必修化する必要がある」という提言をまとめた。が、それに「待った」をかけたのが、ほ
かならぬ、I文科相だった。それが冒頭に書いた言葉である。

「やったって、ダメ」と。

 そこで各小学校では、総合学習の時間を利用して、英語教育というよりは、英語活動をする
ようになった。英語でゲームをしたり、リズム運動をしたりしている。結果、文科省の調べによ
れば、公立小学校の93・6%が、何らかの(英語の活動)を、授業の中に取り入れている。

 しかし現実には、過半数の学校では、月1回か、それ以下だという(以上、「朝日キーワード」
2007)。

●現実はどうか?

 日本が国際社会で勝ち抜き、生き残るためには、国際語としての英語教育は、MUST! 
数年前に書いた原稿を、そのままここに転載する。

++++++++++++++++++

●遅れた教育改革

 2002年1月の段階で、東証外国部に上場している外国企業は、たったの36社。この数は
ピーク時の約3分の1(90年は125社)。さらに2002年に入って、マクドナルド社やスイスの
ネスレ社、ドレスナー銀行やボルボも撤退を決めている。

理由は「売り上げ減少」と「コスト高」。売り上げが減少したのは不況によるものだが、コスト高
の要因の第一は、翻訳料だそうだ(毎日新聞)。悲しいかな英語がそのまま通用しない国だか
ら、外国企業は何かにつけて日本語に翻訳しなければならない。

 これに対して金融庁は、「投資家保護の観点から、上場先(日本)の母国語(日本語)による
情報開示は常識」(同新聞)と開き直っている。日本が世界を相手に仕事をしようとすれば。今
どき英語など常識なのだ。しかしその実力はアジアの中でも、あの北朝鮮とビリ2を争うしま
つ。日本より低い国はモンゴルだけだそうだ(TOEFL・国際英語検定試験で、日本人の成績
は、一六五か国中一五〇位・九九年)。

日本の教育は世界の最高水準と思いたい気持ちはわからないでもないが、それは数学や理
科など、ある特定の科目に限った話。日本の教育水準は、今ではさんたんたるもの。今では分
数の足し算、引き算ができない大学生など、珍しくも何ともない。「小学生レベルの問題で、正
解率は59%」(国立文系大学院生について調査、京大・西村)だそうだ。

●日本の現状

 東大のある教授(理学部)が、こんなことを話してくれた。「化学の分野には、1000近い分析
方法が確立されている。が、基本的に日本人が考えたものは、1つもない」と。

オーストラリアあたりでも、どの大学にも、ノーベル賞受賞者がゴロゴロしている。しかし日本に
は数えるほどしかいない。あの天下の東大には、一人もいない(2002年時)。

ちなみにアメリカだけでも、250人もの受賞者がいる。ヨーロッパ全体では、もっと多い。「日本
の教育は世界最高水準にある」と思うのはその人の勝手だが、その実態は、たいへんお粗
末。今では小学校の入学式当日からの学級崩壊は当たり前。はじめて小学校の参観日(小
1)に行った母親は、こう言った。「音楽の授業ということでしたが、まるでプロレスの授業でし
た」と。

●低下する教育力

 こうした傾向は、中学にも、そして高校にも見られる。やはり数年前だが、東京の都立高校
の教師との対話集会に出席したことがある。その席で、一人の教師が、こんなことを言った。
いわく、「うちの高校では、授業中、運動場でバイクに乗っているのがいる」と。すると別の教師
が、「運動場ならまだいいよ。うちなんか、廊下でバイクに乗っているのがいる」と。そこで私が
「では、ほかの生徒たちは何をしているのですか」と聞くと、「みんな、自動車の教習本を読んで
いる」と。

さらに大学もひどい。大学が遊園地になったという話は、もう15年以上も前のこと。日本では
大学生のアルバイトは、ごく日常的な光景だが、それを見たアメリカの大学生はこう言った。
「ぼくたちには考えられない」と。大学制度そのものも、日本のばあい、疲弊している! つまり
何だかんだといっても、「受験」が、かろうじて日本の教育を支えている。

もしこの日本から受験制度が消えたら、進学塾はもちろんのこと、学校教育そのものも崩壊す
る。確かに一部の学生は猛烈に勉強する。しかしそれはあくまでも「一部」。内閣府の調査で
も、「教育は悪い方向に向かっている」と答えた人は、26%もいる(2000年)。98年の調査よ
りも8%もふえた。むべなるかな、である。

●規制緩和は教育から

 日本の銀行は、護送船団方式でつぶれた。政府の手厚い保護を受け、その中でヌクヌクと
生きてきたため、国際競争力をなくしてしまった。しかし日本の教育は、銀行の比ではない。護
送船団ならぬ、丸抱え方式。教育というのは、20年先、30年先を見越して、「形」を作らねば
ならない。

が、文部科学省の教育改革は、すべて後手後手。南オーストラリア州にしても、すでに10年以
上も前から、小学3年生からコンピュータの授業をしている。

メルボルン市にある、ほとんどのグラマースクールでは、中学1年で、中国語、フランス語、ドイ
ツ語、インドネシア語、日本語の中から、一科目選択できるようになっている。もちろん数学、
英語、科学、地理、歴史などの科目もあるが、ほかに宗教、体育、芸術、コンピュータの科目も
ある。

芸術は、ドラマ、音楽、写真、美術の各科目に分かれ、さらに環境保護の科目もある。もう一つ
「キャンプ」という科目があったので、電話で問い合わせると、それも必須科目の一つとのこと
(メルボルン・ウェズリー・グラマースクール)。 

 さらにこんなニュースも伝わっている。外国の大学や高校で日本語を学ぶ学生が、急減して
いるという。カナダのバンクーバーで日本語学校の校長をしているM氏は、こう教えてくれた。
「どこの高等学校でも、日本語クラスの生徒が減っています。日本語クラスを閉鎖した学校もあ
ります」と。こういう現状を、日本人はいったいどれくらい知っているのだろうか。

●規制緩和が必要なのは教育界

 いろいろ言われているが、地方分権、規制緩和が一番必要なのは、実は教育の世界。もっと
はっきり言えば、文部科学省による中央集権体制を解体する。地方に任すものは地方に任
す。せめて県単位に任す。

だいたいにおいて、頭ガチガチの文部官僚たちが、日本の教育を支配するほうがおかしい。
日本では明治以来、「教育というのはそういうものだ」と思っている人が多い。が、それこそまさ
に世界の非常識。あの富国強兵時代の亡霊が、いまだに日本の教育界をのさばっている!

 今まではよかった。「社会に役立つ人間」「立派な社会人」という出世主義のもと、優良な会社
人間を作ることができた。「国のために命を落とせ」という教育が、姿を変えて、「会社のために
命を落とせ」という教育に置きかわった。企業戦士は、そういう教育の中から生まれた。が、こ
れからはそういう時代ではない。日本が国際社会で、「ふつうの国」「ふつうの国民」と認められ
るためには、今までのような教育観は、もう通用しない。いや、それとて、もう手遅れなのかもし
れない。

 いや、こうした私の意見に対して、D氏(65歳・私立小学校理事長)はこう言った。「まだ日本
語もよくわからない子どもに、英語を教える必要はない」と。

つまり小学校での英語教育は、ムダ、と。しかしこの論法がまかり通るなら、こうも言える。「日
本もまだよく旅行していないのに、外国旅行をするのはムダ」「地球のこともよくわかっていない
のに、火星に探査機を送るのはムダ」と。私がそう言うと、D氏は、「国語の時間をさいてまで
英語を教える必要はない。しっかりとした日本語が身についてから、英語の勉強をしても遅くは
ない」と。

●多様な未来に順応できるようにするのが教育

 これについて議論を深める前に、こんな事実がある。アメリカの中南部の各州の小学校で
は、公立小学校ですら、カリキュラムを教師と親が相談しながら決めている。

たとえばルイサ・E・ペリット公立小学校(アーカンソー州・アーカデルフィア)では、4歳児から子
どもを預かり、コンピュータの授業をしている。近くのヘンダーソン州立大学で講師をしている
知人にそのことについて聞くと、こう教えてくれた。

「アメリカでは、多様な社会にフレキシブル(柔軟)に対応できる子どもを育てるのが、教育の目
標だ」と。事情はイギリスも同じで、在日イギリス大使館のS・ジャック氏も次のように述べてい
る。「(教育の目的は)多様な未来に対応できる子どもたちを育てること」(長野県経営者協会
会合の席)と。

オーストラリアのほか、ドイツやカナダでも、学外クラブが発達していて、子どもたちは学校が
終わると、中国語クラブや日本語クラブへ通っている。こういう時代に、「英語を教える必要は
ない」とは!

●文法学者が作った体系

 ただ英語教育と言っても、問題がないわけではない。日本の英語教育は、将来英語の文法
学者になるには、すぐれた体系をもっている。数学も国語もそうだ。将来その道の学者になる
には、すぐれた体系をもっている。理由は簡単。

もともとその道の学者が作った体系だからだ。だからおもしろくない。だから役に立たない。こう
いう教育を「教育」と思い込まされている日本人はかわいそうだ。子どもたちはもっとかわいそ
うだ。たとえば英語という科目にしても、大切なことは、文字や言葉を使って、いかにして自分
の意思を相手に正確に伝えるか、だ。それを動詞だの、三人称単数だの、そんなことばかりに
こだわっているから、子どもたちはますます英語嫌いになる。ちなみに中学一年の入学時に
は、ほとんどの子どもが「英語、好き」と答える。が、一年の終わりには、ほとんどの子どもが、
「英語、嫌い」と答える。

●数学だって、無罪ではない 

 数学だって、無罪ではない。あの一次方程式や二次方程式にしても、それほど大切なものな
のか。さらに進んで、三角形の合同、さらには二次関数や円の性質が、それほど大切なものな
のか。仮に大切なものだとしても、そういうものが、実生活でどれほど役に立つというのか。こう
した教育を正当化する人は、「基礎学力」という言葉を使って、弁護する。

「社会生活を営む上で必要な基礎学力だ」と。

もしそうならそうで、一度子どもたちに、「それがどう必要なのか」、それを説明してほしい。「な
ぜ中学1年で一次方程式を学び、3年で二次方程式を学ぶのか。また学ばねばならないのか」
と、それを説明してほしい。その説明がないまま、問答無用式に上から押しつけても、子どもた
ちは納得しないだろう。

現に今、中学生の56・5%が、この数学も含めて、「どうしてこんなことを勉強しなければいけ
ないのかと思う」と、疑問に感じているという(ベネッセコーポレーション・「第3回学習基本調
査」2001年)。

●教育を自由化せよ

 さてさきほどの話。英語教育がムダとか、ムダでないという議論そのものが、意味がない。こ
ういう議論そのものが、学校万能主義、学校絶対主義の上にのっている。早くから英語を教え
たい親がいる。早くから教えたくない親もいる。早くから英語を学びたい子どもがいる。早くから
学びたくない子どももいる。早くから英語を教えるべきだという人がいる。早くから教える必要
はないという人もいる。

要は、それぞれの自由にすればよい。今、何が問題かと言えば、学校の先生がやる気をなくし
てしまっていることだ。雑務、雑務、その上、また雑務。しつけから家庭教育まで押しつけられ
て、学校の先生が今まさに窒息しようとしている。ある教師(小学5年担任、女性)はこう言っ
た。

「授業中だけが、体を休める場所です」と。「子どもの生きるの死ぬのという問題をかかえて、
何が教材研究ですか」とはき捨てた教師もいた。

そのためにはオーストラリアやドイツ、カナダのようにクラブ制にすればよい。またそれができ
る環境をつくればよい。「はじめに学校ありき」ではなく、「はじめに子どもありき」という発想で
考える。それがこれからの教育のあるべき姿ではないのか。

また教師の雑務について、たとえばカナダでは、教師から雑務を完全に解放している。教師は
学校での教育には責任をもつが、教室を離れたところでは一切、責任をもたないという制度が
徹底している。教師は自分の住所はおろか、電話番号すら、親には教えない(バンクーバー
市)。

だからたとえば親がその教師と連絡をとりたいときは、親はまず学校に電話をする。するとし
ばらくすると、教師のほうから親に電話がかかってくる。こういう方法がよいのか悪いのかにつ
いては、議論が分かれるところだが、しかし実際には、そういう国のほうが多いことも忘れては
いけない。

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 「英語を学んだから、日本語がおろそかになる」というのは、根拠のない、まったくのデマ。ウ
ソ。たしかに乳幼児期に、バイリンガルの環境で子どもを育てると、言語中枢そのものの発達
に、支障をきたすという報告は、しばしば耳にしている。しかし満5、6歳以上の子どもには、そ
うした影響はない。むしろこの時期のほうが、発音にせよ、感覚的に言語をとらえるため、すな
おに身につけてくれる。

 さらに言えば、「美しい日本語」というのは、母親の会話能力によって決まる。母親が、子ども
に向って、「テメエ、殺すぞ!」(実際、ある人がコンビニで耳にした会話)というような言い方を
していて、どうして子どもが美しい日本語を話すようになるというのか。

 文章能力(=作文力)にいたっては、英語を学ぶことによって、よい刺激を受けることはあっ
ても、それで文章がへたになるということは、ない。

 I文科相の発言を聞いていると、「日本もこの程度」と思うと同時に、「日本も、ここまでだな」と
思う。

 ちなみに、現在、アジアの経済の中心地は、東京から、シンガポールに移動している。アメリ
カでも、日本の経済ニュースですら、シンガポール発で、配信されている。

 ついでに日本の子どもたちの学力について。5年前に書いた原稿だが、その後、日本の子ど
もたちの学力が、よりさがったという話は聞くが、あがったという話は、聞いていない。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司
英語教育 日本の英語教育)

++++++++++++++++++

【公立小中学校・放課後補習について】

 文部科学省は、公立小中学校の放課後の補習を奨励するため、教員志望の教育学部の大
学生らが児童、生徒を個別指導する「放課後学習相談室」(仮称)制度を、二〇〇三年度から
導入する方針をかためた(〇二年八月)。

 文部科学省の説明によれば、「ゆとり重視」の教育を、「学力向上重視」に転換する一環で、
全国でモデル校二〇〇〜三〇〇校を指定し、「児童、生徒の学力に応じたきめ細かな指導を
行う」(読売新聞)という。「将来、教員になる人材に教育実習以外に、実戦経験をつませる一
石二鳥の効果をめざす」とも。父母の間に広まる学力低下への懸念を払しょくするのがねらい
だという。具体的には、つぎのようにするという。

 まず全国都道府県からモデル校を各五校を選び、(1)授業の理解が遅れている児童、生徒
に対する補習を行う、(2)逆に優秀な児童、生徒に高度で発展的な内容を教えたり、個々の学
力に応じて指導するという。

 しかし残念ながら、この「放課後補習」は、確実に失敗する。理由は、現場の教師なら、だれ
しも知っている。順に考えてみよう。

第一、学校での補習授業など、だれが受けたがるだろうか。たとえばこれに似た学習に、昔か
ら「残り勉強」というのがある。先生は子どものためにと思って、子どもに残り勉強を課するが、
子どもはそれを「バツ」ととらえる。「君は今日、残り勉強をします」と告げただけで泣き出す子
どもは、いくらでもいる。「授業の理解が遅れている児童、生徒」に対する補習授業となれば、
なおさらである。残り勉強が、子どもたちに嫌われ、ことごとく失敗しているのは、そのためであ
る。

第二、反対に「優秀な児童、生徒」に対する補習授業ということになると、親たちの間で、パニ
ックが起きる可能性がある。「どうしてうちの子は教えてもらえないのか」と。あるいはかえって
受験競争を助長することにもなりかねない。今の教育制度の中で、「優秀」というのは、「受験
勉強に強い子ども」をいう。どちらにせよ、こうした基準づくりと、生徒の選択をどうするかという
問題が、同時に起きてくる。

 文部科学省よ、親たちは、だれも、「学力の低下」など、心配していない。問題をすりかえない
でほしい。親たちが心配しているのは、「自分の子どもが受験で不利になること」なのだ。どうし
てそういうウソをつく! 新学習指導要領で、約三割の教科内容が削減された。わかりやすく
言えば、今まで小学四年で学んでいたことを、小学六年で学ぶことになる。

しかし一方、私立の小中学校は、従来どおりのカリキュラムで授業を進めている。不利か不利
でないかということになれば、公立小中学校の児童、生徒は、決定的に不利である。だから親
たちは心配しているのだ。

 非公式な話によれば、文部科学省の官僚の子弟は、ほぼ一〇〇%が、私立の中学校、高
校に通っているというではないか。私はこの話を、技官の一人から聞いて確認している! 「東
京の公立高校へ通っている子どもなど、(文部官僚の子どもの中には)、私の知る限りいませ
んよ」と。こういった身勝手なことばかりしているから、父母たちは文部科学省の改革(?)に不
信感をいだき、つぎつぎと異論を唱えているのだ。どうしてこんな簡単なことが、わからない!

 教育改革は、まず官僚政治の是正から始めなければならない。旧文部省だけで、いわゆる
天下り先として機能する外郭団体だけでも、一八〇〇団体近くある。この数は、全省庁の中で
もダントツに多い。文部官僚たちは、こっそりと静かに、こういった団体を渡り歩くことによって、
死ぬまで優雅な生活を送れる。……送っている。そういう特権階級を一方で温存しながら、「ゆ
とり学習」など考えるほうがおかしい。

この数年、大卒の就職先人気業種のナンバーワンが、公務員だ。なぜそうなのかというところ
にメスを入れないかぎり、教育改革など、いくらやってもムダ。ああ、私だって、この年齢になっ
てはじめてわかったが、公務員になっておけばよかった! 死ぬまで就職先と、年金が保証さ
れている! ……と、そういう不公平を、日本の親たちはいやというほど、思い知らされてい
る。だから子どもの受験に狂奔する。だから教育改革はいつも失敗する。

 もう一部の、ほんの一部の、中央官僚が、自分たちの権限と管轄にしがみつき、日本を支配
する時代は終わった。教育改革どころか、経済改革も外交も、さらに農政も厚生も、すべてボ
ロボロ。何かをすればするほど、自ら墓穴を掘っていく。その教育改革にしても、ドイツやカナ
ダ、さらにはアメリカのように自由化すればよい。学校は自由選択制の単位制度にして、午後
はクラブ制にすればよい(ドイツ)。学校も、地方自治体にカリキュラム、指導方針など任せれ
ばよい(アメリカ)。設立も設立条件も自由にすればよい(アメリカ)。いくらでも見習うべき見本
はあるではないか!

 今、欧米先進国で、国家による教科書の検定制度をもうけている国は、日本だけ。オースト
ラリアにも検定制度はあるが、州政府の委託を受けた民間団体が、その検定をしている。しか
し検定範囲は、露骨な性描写と暴力的表現のみ。歴史については、いっさい、検定してはいけ
ないしくみになっている。

世界の教育は、完全に自由化の流れの中で進んでいる。たとえばアメリカでは、大学入学後
の学部、学科の変更は自由。まったく自由。大学の転籍すら自由。まったく自由。学科はもち
ろんのこと、学部のスクラップアンドビュルド(創設と廃止)は、日常茶飯事。なのになぜ日本の
文部科学省は、そうした自由化には背を向け、自由化をかくも恐れるのか? あるいは自分た
ちの管轄と権限が縮小されることが、そんなにもこわいのか?

 改革をするたびに、あちこちにほころびができる。そこでまた新たな改革を試みる。「改革」と
いうよりも、「ほころびを縫うための自転車操業」というにふさわしい。もうすでに日本の教育は
にっちもさっちもいかないところにきている。このままいけば、あと一〇年を待たずして、その教
育レベルは、アジアでも最低になる。あるいはそれ以前にでも、最低になる。小中学校や高校
の話ではない。大学教育が、だ。

 皮肉なことに、国公立大学でも、理科系の学生はともかくも、文科系の学生は、ほとんど勉強
などしていない。していないことは、もしあなたが大学を出ているなら、一番よく知っている。そ
の文科系の学生の中でも、もっとも派手に遊びほけているのが、経済学部系の学生と、教育
学部系の学生である。このことも、もしあなたが大学を出ているなら、一番よく知っている。い
わんや私立大学の学生をや! そういう学生が、小中学校で補習授業とは!

 日本では大学生のアルバイトは、ごく日常的な光景だが、それを見たアメリカの大学生はこう
言った。「ぼくたちには考えられない」と。大学制度そのものも、日本の場合、疲弊している!

 何だかんだといっても、「受験」が、かろうじて日本の教育を支えている。もしこの日本から受
験制度が消えたら、進学塾はもちろんのこと、学校教育そのものも崩壊する。確かに一部の
学生は猛烈に勉強する。しかしそれはあくまでも「一部」。内閣府の調査でも、「教育は悪い方
向に向かっている」と答えた人は、二六%もいる(二〇〇〇年)。九八年の調査よりも八%もふ
えた。むべなるかな、である。

 もう補習をするとかしなとかいうレベルの話ではない。日本の教育改革は、三〇年は遅れ
た。しかも今、改革(?)しても、その結果が出るのは、さらに二〇年後。そのころ世界はどこま
で進んでいることやら! 

日本の文部科学省は、いまだに大本営発表よろしく、「日本の教育レベルはそれほど低くはな
い」(※1)と言っているが、そういう話は鵜呑みにしないほうがよい。今では分数の足し算、引
き算ができない大学生など、珍しくも何ともない。「小学生レベルの問題で、正解率は五九%」
(国立文系大学院生について調査、京都大学西村和雄氏)(※2)だそうだ。

 あるいはこんなショッキングな報告もある。世界的な標準にもなっている、TOEFL(国際英語
検定試験)で、日本人の成績は、一六五か国中、一五〇位(九九年)。「アジアで日本より成績
が悪い国は、モンゴルぐらい。北朝鮮とブービーを争うレベル」(週刊新潮)だそうだ。オースト
ラリアあたりでも、どの大学にも、ノーベル賞受賞者がゴロゴロしている。しかし日本には数え
るほどしかいない。あの天下の東大には、一人もいない。ちなみにアメリカだけでも、二五〇人
もの受賞者がいる。ヨーロッパ全体では、もっと多い(田丸謙二氏指摘)。

 「構造改革(官僚主導型の政治手法からの脱却)」という言葉がよく聞かれる。しかし今、この
日本でもっとも構造改革が遅れ、もっとも構造改革が求められているのが、文部行政である。
私はその改革について、つぎのように提案する。

(1)中学校、高校では、無学年制の単位履修制度にする。(アメリカ)
(2)中学校、高校では、授業は原則として午前中で終了する。(ドイツ、イタリアなど)
(3)有料だが、低価格の、各種無数のクラブをたちあげる。(ドイツ、カナダ)
(4)クラブ費用の補助。(ドイツ……チャイルドマネー、アメリカ……バウチャ券)
(5)大学入学後の学部変更、学科変更、転籍を自由化する。(欧米各国)
(6)教科書の検定制度の廃止。(各国共通)
(7)官僚主導型の教育体制を是正し、権限を大幅に市町村レベルに委譲する。
(8)学校法人の設立を、許認可制度から、届け出制度にし、自由化をはかる。

 が、何よりも先決させるべき重大な課題は、日本の社会のすみずみにまではびこる、不公平
である。この日本、公的な保護を受ける人は徹底的に受け、そうでない人は、まったくといって
よいほど、受けない。わかりやすく言えば、官僚社会の是正。官僚社会そのものが、不公平社
会の温床になっている。この問題を放置すれば、これらの改革は、すべて水泡に帰す。今の状
態で教育を自由化すれば、一部の受験産業だけがその恩恵をこうむり、またぞろ復活すること
になる。

 ざっと思いついたまま書いたので、細部では議論もあるかと思うが、ここまでしてはじめて「改
革」と言うにふさわしい。ここにあげた「放課後補習制度」にしても、アメリカでは、すでに教師の
インターン制度を導入して、私が知るかぎりでも、三〇年以上になる。オーストラリアでは、父
母の教育補助制度を導入して、二〇年以上になる(南オーストラリア州ほか)。

大半の日本人はそういう事実すら知らされていないから、「すごい改革」と思うかもしれないが、
こんな程度では、改革にはならない。少なくとも「改革」とおおげさに言うような改革ではない。
で、ここにあげた(1)〜(8)の改革案にしても、日本人にはまだ夢のような話かもしれないが、
こうした改革をしないかぎり、日本の教育に明日はない。日本に明日はない。なぜなら日本の
将来をつくるのは、今の子どもたちだからである。
(02−8−28)※
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(※1)
 国際教育到達度評価学会(IEA、本部オランダ・一九九九年)の調査によると、日本の中学
生の学力は、数学については、シンガポール、韓国、台湾、香港についで、第五位。以下、オ
ーストラリア、マレーシア、アメリカ、イギリスと続くそうだ。理科については、台湾、シンガポー
ルに次いで第三位。以下韓国、オーストラリア、イギリス、香港、アメリカ、マレーシア、と。

この結果をみて、文部科学省の徳久治彦中学校課長は、「順位はさがったが、(日本の教育
は)引き続き国際的にみてトップクラスを維持していると言える」(中日新聞)とコメントを寄せて
いる。東京大学大学院教授の苅谷剛彦氏が、「今の改革でだいじょうぶというメッセージを与え
るのは問題が残る」と述べていることとは、対照的である。

ちなみに、「数学が好き」と答えた割合は、日本の中学生が最低(四八%)。「理科が好き」と答
えた割合は、韓国についでビリ二であった(韓国五二%、日本五五%)。学校の外で勉強する
学外学習も、韓国に次いでビリ二。一方、その分、前回(九五年)と比べて、テレビやビデオを
見る時間が、二・六時間から三・一時間にふえている。

で、実際にはどうなのか。東京理科大学理学部の澤田利夫教授が、興味ある調査結果を公表
している。教授が調べた「学力調査の問題例と正答率」によると、つぎのような結果だそうだ。

この二〇年間(一九八二年から二〇〇〇年)だけで、簡単な分数の足し算の正解率は、小学
六年生で、八〇・八%から、六一・七%に低下。分数の割り算は、九〇・七%から六六・五%に
低下。小数の掛け算は、七七・二%から七〇・二%に低下。たしざんと掛け算の混合計算は、
三八・三%から三二・八%に低下。全体として、六八・九%から五七・五%に低下している(同じ
問題で調査)、と。

 いろいろ弁解がましい意見や、文部科学省を擁護した意見、あるいは文部科学省を批判し
た意見などが交錯しているが、日本の子どもたちの学力が低下していることは、もう疑いようが
ない。同じ澤田教授の調査だが、小学六年生についてみると、「算数が嫌い」と答えた子ども
が、二〇〇〇年度に三〇%を超えた(一九七七年は一三%前後)。

反対に「算数が好き」と答えた子どもは、年々低下し、二〇〇〇年度には三五%弱しかいな
い。原因はいろいろあるのだろうが、「日本の教育がこのままでいい」とは、だれも考えていな
い。少なくとも、「(日本の教育が)国際的にみてトップクラスを維持していると言える」というの
は、もはや幻想でしかない。

+++++++++++++++++++++

(※2)
 京都大学経済研究所の西村和雄教授(経済計画学)の調査によれば、次のようであったとい
う。

調査は一九九九年と二〇〇〇年の四月に実施。トップレベルの国立五大学で経済学などを研
究する大学院生約一三〇人に、中学、高校レベルの問題を解かせた。結果、二五点満点で平
均は、一六・八五点。同じ問題を、学部の学生にも解かせたが、ある国立大学の文学部一年
生で、二二・九四点。多くの大学の学部生が、大学院生より好成績をとったという。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 学力
 日本の子どもの学力 子供の学力 英語力)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1826)

【今日・あれこれ】(2月28日)

+++++++++++++++

今日で、2月もおしまい。
ここ数日、冬に逆戻りしたかのようだったが、
昨夜は、暑くて寝苦しかった。

「ストーブを止めたら?」とワイフに言ったら、
「ストーブは、使っていないわ」と。

+++++++++++++++

●ジジ・ババ受難の時代

++++++++++++++

年々、ジジ・ババへの風当たりが
強くなってきている(?)。

これから先、私たち高齢者予備軍は、
どのように社会とかかわりあって
いったらよいのか。

++++++++++++++

 私は感じている。ひょっとしたら、あなたも感じている。このところ、年を追うごとに、ジジ・ババ
への風当たりが強くなってきている。

 若者たちが書くBLOGにしても、「ジジイ」とか「ババア」という言葉を使って、年配者をののし
る表現が、最近、目につくようになってきた。ある交通事故の相談を専門に受けつけるBLOG
には、こんな書きこみすらあった。

 「先日、枯れ葉マークのジジイの車に追突された。おかげで、こちらは2週間も入院。そのジ
ジイが、2、3日ごとに見舞いにくるから、たまらねえ。あんなジジイに、何度も見舞いに来られ
て、うるさくてしかたねえ。こっちは、迷惑している」と。

 その若者は、バイクに乗っているところを、車で追突されたらしい。

 つまりこのところ、老齢者が、ますます、「粗大ゴミ」になってきた。そんな感じがする。老人医
療費用、介護費用の増大が、若者の目にも、それが「負担」とわかるようになってきた。加え
て、日本では、世代間における価値観の相違が、ますます顕著になってきた。若者たちは、程
度の差こそあれ、上の世代の犠牲になっているという意識をもっている。

 これに対して、たとえば私たち団塊の世代は、こう反論する。「現在の日本の繁栄を築きあげ
たのは、私たちの世代だ」と。

 しかしこれは、ウソ。団塊の世代の私が、そう言うのだから、まちがいない。

 たしかに結果的には、そうなった。つまりこうした論理は、結果論を正当化するための、身勝
手な論理にすぎない。私も含めて、だれが、「日本のため……」などと思って、がんばってきた
だろうか。私たちは私たちで、今までの時代を、「自分のために」、がんばってきた。結果として
日本は繁栄したが、それはあくまでも結果論。

 そういう私たちを、若い世代は、鋭く見抜いている。

 しかしこれは深刻な問題でもある。

 これから先、高齢者はもっとふえる。やがてすぐ、人口の3分の1以上が、満65歳以上にな
るとも言われている。そうなったとき、若者たちは、私たち老齢者を、どういう目で見るだろう
か。そのヒントが、先のBLOGに隠されているように思う。

 ジジ・ババは、ゴミ。
 ジジ・ババは、臭い。
 ジジ・ババは、ムダな人間、と。

 そういう意識を若者たちが共通してもつようになったら、私たち高齢者にとって、この日本は、
たいへん住みにくい国ということになる。そのうち老人虐待や老人虐殺が、日常的に起こるよう
になるかもしれない。

 では、どうすればよいのか。

 ……というより、高齢者のめんどうを、第一にみなければならないのは、実の子どもということ
になる。が、その子どもが成人になるころには、たいていの親子関係は、破壊されている。親
たちは気がついていないが、「そら、受験だ」「そら、成績だ」「そら、順位だ」などと言っているう
ちに、そうなる。

 中学生になる前に、ゾッとするほど、心が冷たくなってしまう子どもとなると、ゴマンといる。反
対に、できが悪く(?)、受験とは無縁の世界で育った子どもほど、心が暖かく、親思いになる。
ウソだと思うなら、あなたの周囲を見回してみればよい。あるいはあなた自身のことを考えてみ
ればよい。

 「親のめんどうなどみない」と宣言している若者もいる。「親の恩も遺産次第」と考えている若
者は、もっと多い。たいはんの若者は、「経済的に余裕があれば、親のめんどうをみる」と答え
ている。つまり「余裕がなければ、みない」※と。数年置きに、総理府が調査しているので、そ
のうち、これについての全国的な調査結果も出てくると思うが、これが現状と考えてよい。

 私はこのところ、近くの老人ケア・センターへ行く機会がふえた。そこでは、30〜40人の老
人を相手に、4、5人の若い男女が、忙しそうにあれこれと世話をしている。見た目には、のど
かで、のんびりとした世界だが、こんな世界も、いつまでつづくかわからない。

 すでに各自治体では、予算不足のため、老人介護のハードルをあげ始めている。補助金を
削減し始めている。10年後には、もっと、きびしくなる。20年後には、さらにきびしくなる。単純
に計算しても、今は30〜40人だが、それが90〜120人になる。

 そうなったとき、そのときの若者たちは、私たち高齢者を、どのような目で見るだろうか。また
どのように考えるだろうか。

 老齢になるまま、その老齢に負け、老人になってはいけない。ケア・センターでは、老人たち
が、幼稚園の年長児でもしないような簡単なゲームをしたり、手細工をしたりしている。ああい
うのを見ていると、「本当に、これでいいのか」と思う。

 高齢者は、人生の大先輩なはず。人生経験者のはず。そういう人たちが、手をたたいて、カ
ラオケで童謡を歌っている! つまりこれでは、「粗大ゴミ」と呼ばれても、文句は言えない。ま
た、そうであっては、いけない。

 わかりやすく言えば、高齢者は、高齢者としての(存在感)をつくらねばならない。社会とかか
わりをもちながら、その中で、役に立つ高齢者でなければならない。そういうかかわりあいとい
うか、若者たちとの(かみあい)ができたとき、私たち高齢者は、それなりにの(人間)として認
められるようになる。

 「私たちが、この日本を繁栄させたのだ」とか、「だれのおかげで、日本がここまで繁栄できた
か、それがわかっているか」とか、そういう高慢な気持ちは、さらさらもっていはいけない。

 私たち高齢者(実際には、高齢者予備軍)は、どこまでも、謙虚に! 姿勢を低くして、若者
や社会に対して、自分たちの人生を、還元していく。その努力を今から、怠ってはいけない。

++++++++++++++++

古い原稿を再掲載します。

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●本末転倒の世界

 「老人のような役立たずは、はやく死んでしまえばいい」と言った、高校生がいた。そこで私
が、「君だって、老人になるんだよ」と言うと、「ぼくは、人に迷惑をかけない。それにそれまでに
うんと、お金を稼いでおくからいい」と。

そこでさらに私が、「君は、親のめんどうをみないのか」と聞くと、こう言った。「それだけのお金
を残してくれるなら、めんどうをみる」と。親の恩も遺産次第というわけだが、今、こういう若者
がふえている。

 97年、総理府が成人式を迎えた青年を対象に、こんな意識調査をした。「親の老後のめん
どうを、あなたはみるか」と。

それに対して、「どんなことをしてでも、みる」と答えた若者は、たったの19%! この数字がい
かに低いかは、たとえばアメリカ人の若者の、60数%。さらに東南アジアの若者たちの、80
〜90%という数字と比較してみるとわかる。しかもこの数字は、その3年前(94年)の数字よ
り、4ポイントもさがっている。このことからもわかるように、若者たちのドラ息子化は、ますます
進行している。

 一方、日本では少子化の波を受けて、親たちはますます子どもに手をかけるようになった。
金もかける。今、東京などの都会へ大学生を一人、出すと、毎月の仕送り額だけでも、平均2
7万円。この額は、平均的サラリーマンの年収(1005万円)の、3割強。

だからどこの家でも、子どもが大学へ行くようになると、母親はパートに出て働く。それこそ爪に
灯をともすような生活を強いられる。が、肝心の大学生は、大学生とは名ばかり。大学という巨
大な遊園地で、遊びまくっている! 先日も京都に住む自分の息子の生活を、見て驚いた母
親がいた。春先だったというが、一日中、電気ストーブはつけっぱなし。毎月の電話代だけで
も、数万円も使っていたという。

 もちろん子どもたちにも言い分は、ある。「幼児のときから、勉強、勉強と言われてきた。何を
いまさら」ということになる。「親のために、大学へ行ってやる」と豪語する子どもすらいる。今、
行きたい大学で、したい勉強のできる高校生は、10%もいないのではないか。

大半の高校生は、「行ける大学」の「行ける学部」という視点で、大学を選ぶ。あるいはブランド
だけで、大学を選ぶ。だからますます遊ぶ。年に数日、講義に出ただけで卒業できたという学
生もいる(新聞の投書)。

 こういう話を、幼児をもつ親たちに懇談会の席でしたら、ある母親はこう言った。「先生、私た
ち夫婦が、そのドラ息子ドラ娘なんです。どうしたらよいでしょうか」と。

私の話は、すでに一世代前の話、というわけである。私があきれていると、その母親は、さらに
こう言った。「今でも、毎月実家から、生活費の援助を受けています。子どものおけいこ塾の費
用だけでも、月に4万円もかかります」と。しかし……。今、こういう親を、誰が笑うことができる
だろうか。

(親から大学生への支出額は、平均で年、319万円。月平均になおすと、約26・6万円。毎月
の仕送り額が、平均約12万円。そのうち生活費が6万5000円。大学生をかかえる親の平均
年収は1005万円。自宅外通学のばあい、親の27%が借金をし、平均借金額は、182万
円。99年、東京地区私立大学教職員組合連合調査。)


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1827)

【日々・あれこれ】

●安楽死

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安楽死をどう考えるか?

自分のことになると、そのときが
きたら、静かに死なせてほしいと
思う。

しかし、自分を離れて、そういう
ふうに考えることはできない。

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 犬のクッキーが、17歳になった。たいへんな高齢である。人間にたとえると、9倍して、153
歳! (犬の年齢は、9倍するという。)

 目も、ほとんど見えない。耳も聞こえない。ウンチは、庭のいたるところで、少量ずつ、する。
歩くのがやっという感じで、一日の大半は、眠ってばかりいる。

 その話をすると、オーストラリアの友人も、アメリカ人の友人も、「ヒロシ、安楽死をさせてや
れ」と言う。

 彼ら遊牧民族は、すぐそういう発想で、ものを考える。私たち日本人とは、かなりちがう。

 昔、オーストラリアの友人の牧場で休暇を過ごしていたときのこと。何の気になしに、散歩をし
ながら家の裏手にある林の中に入っていった。が、そこで私は、ゾーッとしたまま、足が立ちす
くんでしまった。

 見ると、死んだ子羊が、木にぶらさげてあった。皮をはがれ、ところどころ、肉がむき出しにな
っていた。その子羊は、その家族の食用の子羊だった。

 つまり彼らは、そういうことが平気でできる。だから、発想がちがう。家畜を殺すということに
ついて、特別の罪悪感は、ない。もう一人のアメリカ人の友人も、馬を飼っているが、けがなど
で歩けなくなると、殺すという。しかも銃で、ズドン!、と。

 「日本人は、そんなことできないよ」と言うと、ワイフは、「でも、殺してあげたほうが、結局は、
その犬にとっても、幸福なのかもね」と。恐ろしいことを考える。残念ながら、私には、そういう
発想はない。

 「犬だって、自然に死ぬのがいいよ。あわてて殺さなくても、そのときがきたら、静かに死ぬ
よ。点滴や手術までして、生かしてやろうとは、ぼくも思わないけど……」と。

 考えてみれば、彼ら白人は、ブタの丸焼きを平気で食べる。私も一度、それを見たことがあ
るが、見たとたん、食欲が、どこかへ吹っ飛んでしまった。気味が悪かった。その話をすると、
ワイフは、こう言った。

 「白人って、目のついた魚を食べることができないでしょ。それと同じじゃ、ない?」と。そうか
もしれない。そうでないかもしれない。つまり、意識というのは、それぞれ、みな、ちがうというこ
と。日本人だけの意識で、ものを考えてはいけない。反対に、白人だけの意識だけで、ものを
考えてはいけない。

 その人がもっている意識などというのは、あくまでも、その人だけのもの。そういう前提で考え
る。

 しかし私のばあいは、そのときがきたら、安楽死でもかまわない。私自身は、最後の最後ま
で生きたいと思うが、へたに長生きをすれば、家族のみんなに、迷惑をかけてしまう。そういう
長生きだけは、したくない。

 だから……。とってつけたような結論になるが、今、精一杯、懸命に生きていく。そのとき、後
悔しなくてもよいように……。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●高齢者への虐待

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やはり高齢者への虐待が
ふえているという。

これはこれからの世界を
生きる私たちにとっては、
深刻な問題である。

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 医療経済研究機構が、厚生省の委託を受けて調査したところ、全国1万6800か所の介護
サービス、病院で、1991事例もの、『高齢者虐待』の実態が、明るみになったという(03年11
月〜04年1月期)。

 わかりやすく言えば、氷山の一角とはいえ、10か所の施設につき、約1例の老人虐待があっ
たということになる。

 この調査によると、虐待された高齢者の平均年齢は、81・6歳。うち76%は、女性。

 虐待する加害者は、息子で、32%。息子の配偶者が、21%。娘、16%とつづく。夫が虐待
するケースもある(12%)。

 息子が虐待する背景には、息子の未婚化、リストラなどによる経済的負担があるという。

 これもわかりやすく言えば、息子が、実の母親を虐待するケースが、突出して多いということ
になる。

 で、その虐待にも、いろいろある。

(1)殴る蹴るなどの、身体的虐待
(2)ののしる、無視するなどの、心理的虐待
(3)食事を与えない、介護や世話をしないなどの、放棄、放任
(4)財産を勝手に使うなどの、経済的虐待など。

 何ともすさまじい親子関係が思い浮かんでくるが、決して、他人ごとではない。こうした虐待
は、これから先、ふえることはあっても、減ることは決してない。最近の若者のうち、「将来親の
めんどうをみる」と考えている人は、5人に1人もいない(総理府、内閣府の調査)。

 しかし考えてみれば、おかしなことではないか。今の若者たちほど、恵まれた環境の中で育っ
ている世代はいない。飽食とぜいたく、まさにそれらをほしいがままにしている。本来なら、親に
感謝して、何らおかしくない世代である。

 が、どこかでその歯車が、狂う。狂って、それがやがて高齢者虐待へと進む。

 私は、その原因の一つとして、子どもの受験競争をあげる。

 話はぐんと生々しくなるが、親は子どもに向かって、「勉強しなさい」「成績はどうだったの」「こ
んなことでは、A高校にはいれないでしょう」と叱る。

 しかしその言葉は、まさに「虐待」以外の何ものでもない。言葉の虐待である。

 親は、子どものためと思ってそう言う。(本当は、自分の不安や心配を解消するためにそう言
うのだが……。)子どもの側で考えてみれば、それがわかる。

 子どもは、学校で苦しんで家へ帰ってくる。しかしその家は、決して安住と、やすらぎの場では
ない。心もいやされない。むしろ、家にいると、不安や心配が、増幅される。これはもう、立派な
虐待と考えてよい。

 しかし親には、その自覚がない。ここにも書いたように、「子どものため」という確信をいだい
ている。それはもう、狂信的とさえ言ってもよい。子どもの心は、その受験期をさかいに、急速
に親から離れていく。しかも決定的と言えるほどまでに、離れていく。

 その結果だが……。

 あなたの身のまわりを、ゆっくりと見回してみてほしい。あなたの周辺には、心の暖かい人も
いれば、そうでない人もいる。概してみれば、子どものころ、受験競争と無縁でいた人ほど、
今、心の暖かい人であることを、あなたは知るはず。

 一方、ガリガリの受験勉強に追われた人ほど、そうでないことを知るはず。

 私も、一時期、約20年に渡って、幼稚園の年中児から大学受験をめざした高校3年生まで、
連続して教えたことがある。そういう子どもたちを通してみたとき、子どもの心がその受験期に
またがって、大きく変化するのを、まさに肌で感じることができた。

 この時期、つまり受験期を迎えると、子どもの心は急速に変化する。ものの考え方が、ドライ
で、合理的になる。はっきり言えば、冷たくなる。まさに「親の恩も、遺産次第」というような考え
方を、平気でするようになる。

 こうした受験競争がすべての原因だとは思わないが、しかし無縁であるとは、もっと言えな
い。つまり高齢者虐待の原因として、じゅうぶん考えてよい原因の一つと考えてよい。

 さて、みなさんは、どうか。それでも、あなたは子どもに向かって、「勉強しなさい」と言うだろう
か。……言うことができるだろうか。あなた自身の老後も念頭に置きながら、もう少し長い目
で、あなたの子育てをみてみてほしい。
(はやし浩司 老人虐待 高齢者虐待)

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少し古い原稿ですが、以前、中日新聞に
こんな原稿を載せてもらったことがあり
ます。

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●抑圧は悪魔を生む

 イギリスの諺(ことわざ)に、『抑圧は悪魔を生む』というのがある。

心の抑圧状態が続くと、ものの考え方が悪魔的になることを言ったものだが、この諺ほど、子
どもの心にあてはまる諺はない。きびしい勉強の強要など、子どもの能力をこえた過負担が続
くと、子どものものの考え方は、まさに悪魔的になる。こんな子ども(小4男児)がいた。

 その子どもは静かで、穏やかな子どもだった。人の目をたいへん気にする子どもで、いつも
他人の顔色をうかがっているようなところは、あるにはあった。しかしそれを除けば、ごくふつう
の子どもだった。が、ある日私はその子どものノートを見て、びっくりした。

何とそこには、血が飛び散ってもがき苦しむ人間の姿が、いっぱい描かれていた! 「命」と
か、「殺」とかいう文字もあった。しかも描かれた顔はどれも、口が大きく裂け、そこからは血が
タラタラと流れていた。ほかに首のない死体や爆弾など。原因は父親だった。

神経質な人で、毎日、2時間以上の学習を、その子どもに義務づけていた。そしてその日のノ
ルマになっているワークブックがしていないと、夜中でもその子どもをベッドの中から引きずり
出して、それをさせていた。

 神戸で起きた「淳君殺害事件」は、まだ記憶に新しいが、しかしそれを思わせるような残虐事
件は、現場ではいくらでもある。

その直後のことだが、浜松市内のある小学校で、こんな事件があった。一人の子ども(小二男
児)が、飼っていたウサギを、すべり台の上から落として殺してしまったというのだ。

この事件は時期が時期だけに、先生たちの間ではもちろんのこと、親たちの間でも大きな問題
になった。ほかに先生の湯飲み茶碗に、スプレーの殺虫剤を入れた子ども(中学生)もいた。
牛乳ビンに虫を入れ、それを投げつけて遊んでいた子ども(中学生)もいた。ネコやウサギをお
もしろ半分に殺す子どもとなると、いくらでもいる。ほかに、つかまえた虫の頭をもぎとって遊ん
でいた子ども(幼児)や、飼っていたハトに花火をつけて、殺してしまった子ども(小3男児)もい
た。

 親のきびしい過負担や過干渉が日常的に続くと、子どもは自分で考えるという力をなくし、い
わゆる常識はずれの子どもになりやすい。異常な自尊心や嫉妬心をもつこともある。

そういう症状の子どもが皆、過負担や過干渉でそうなったとは言えない。しかし過負担や過干
渉が原因でないとは、もっと言えない。子どもは自分の中にたまった欲求不満を何らかの形で
発散させようとする。いじめや家庭内暴力の原因も、結局は、これによって説明できる。

一般論として、はげしい受験勉強を通り抜けた子どもほど心が冷たくなることは、よく知られて
いる。合理的で打算的になる。

ウソだと思うなら、あなたの周囲を見回してみればよい。あなたの周囲には、心が温かい人も
いれば、そうでない人もいる。しかし学歴とは無縁の世界に生きている人ほど、心が温かいと
いうことを、あなたは知っている。子どもに「勉強しろ」と怒鳴りつけるのはしかたないとしても、
それから生ずる抑圧感が一方で、子どもの心をゆがめる。それを忘れてはならない。

【追記】

 受験競争は、たしかに子どもの心を破壊する。それは事実だが、破壊された子ども、あるい
はそのままおとなになった(おとな)が、それに気づくことは、まず、ない。

 この問題は、脳のCPU(中央演算装置)にからむ問題だからである。

 が、本当の問題は、実は、受験競争にあるのではない。本当の問題は、「では、なぜ、親たち
は、子どもの受験競争に狂奔するか」にある。

 なぜか? 理由など、もう改めて言うまでもない。

 日本は、明治以後、日本独特の学歴社会をつくりあげた。学歴のある人は、とことん得をし、
そうでない人は、とことん損をした。こうした不公平を、親たちは、自分たちの日常生活を通し
て、いやというほど、思い知らされている。だから親たちは、こう言う。

 「何だ、かんだと言ってもですねえ……(学歴は、必要です)」と。

 つまり子どもの受験競争に狂奔する親とて、その犠牲者にすぎない。

 しかし、こんな愚劣な社会は、もう私たちの世代で、終わりにしよう。意識を変え、制度を変
え、そして子どもたちを包む社会を変えよう。

 決してむずかしいことではない。おかしいものは、おかしいと思う。おかしいことは、「おかし
い」と言う。そういう日常的な常識で、ものを考え、行動していけばよい。それで日本は、変る。

 少し頭が熱くなったので、この話は、また別の機会に考えてみたい。しかしこれだけは言え
る。

 あなたが老人になって、いよいよというとき、あなたの息子や娘に虐待されてからでは、遅い
ということ。そのとき、気づいたのでは、遅いということ。今ここで、心豊かな親子関係とは、ど
んな関係をいうのか、それを改めて、考えなおしてみよう。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●受験競争の弊害

++++++++++++++++

受験競争の弊害をあげたら、キリがない。

問題は、しかし、受験競争そのものではなく、
それがわかっていても、なお、親たちは
子どもの受験競争に狂奔するか、である。

そのあたりまでメスを入れないと、
この問題がもつ本質的な意味を
理解することはできない。

+++++++++++++++++

 精神の完成度は、内面化の充実度で決まる。わかりやすく言えば、いかに、他人の立場で、
他人の心情でものを考えられるかということ。つまり他人への、協調性、共鳴性、同調性、調
和性などによって決まる。

 言いかえると、「利己」から、「利他」への度合によって決まるということになる。

 そういう意味では、依存性の強い人、自分勝手な人、自己中心的な人というのは、それだけ
精神の完成度が、低いということになる。さらに言いかえると、このあたりを正確に知ることに
より、その人の精神の完成度を知ることができる。

 子どもも、同じに考えてよい。

 子どもは、成長とともに、肉体的な完成を遂げる。これを「外面化」という。しかしこれは遺伝
子と、発育環境の問題。

 それに対して、ここでいう「内面化」というのは、まさに教育の問題ということになる。が、ここ
でいくつかの問題にぶつかる。

 一つは、内面化を阻害する要因。わかりやすく言えば、精神の完成を、かえってはばんでし
まう要因があること。

 二つ目に、この内面化に重要な働きをするのが親ということになるが、その親に、内面化の
自覚がないこと。

 内面化をはばむ要因に、たとえば受験競争がある。この受験競争は、どこまでも個人的なも
のであるという点で、「利己的」なものと考えてよい。子どもにかぎらず、利己的であればあるほ
ど、当然、「利他」から離れる。そしてその結果として、その子どもの内面化が遅れる。ばあい
によっては、「私」から「私」が離れてしまう、非個性化が始まることがある。

 ……と決めてかかるのも、危険なことかもしれないが、子どもの受験競争には、そういう側面
がある。ないとは、絶対に、言えない。たまに、自己開発、自己鍛錬のために、受験競争をす
る子どももいるのはいる。しかしそういう子どもは、例外。

(よく受験塾のパンフなどには、受験競争を美化したり、賛歌したりする言葉が書かれている。
『受験によってみがかれる、君の知性』『栄光への道』『努力こそが、勝利者に、君を導く』など。
それはここでいう例外的な子どもに焦点をあて、受験競争のもつ悪弊を、自己正当化している
だけ。

 その証拠に、それだけのきびしさを求める受験塾の経営者や講師が、それだけ人格的に高
邁な人たちかというと、それは疑わしい。疑わしいことは、あなた自身が一番、よく知っている。
こうした受験競争を賛美する美辞麗句に、決して、だまされてはいけない。)

 実際、受験競争を経験すると、子どもの心は、大きく変化する。

(1)利己的になる。(「自分さえよければ」というふうに、考える。)
(2)打算的になる。(点数だけで、ものを見るようになる。)
(3)功利的、合理的になる。(ものの考え方が、ドライになる。)
(4)独善的になる。(学んだことが、すべて正しく、それ以外は、無価値と考える。)
(5)追従的、迎合的になる。(よい点を取るには、どうすればよいかだけを考える。)
(6)見栄え、外面を気にする。(中身ではなく、ブランドを求めるようになる。)
(7)人間性の喪失。(弱者、敗者を、劣者として位置づける。)

 こうして弊害をあげたら、キリがない。

 が、最大の悲劇は、子どもを受験競争にかりたてながら、親に、その自覚がないこと。親自
身が、子どものころ、受験競争をするとことを、絶対的な善であると、徹底的にたたきこまれて
いる。それ以外の考え方をしたこともなしい、そのため、それ以外の考え方をすることができな
い。

 もっと言えば、親自身が、利己的、打算的、功利的、合理的。さらに独善的、追従的。迎合
的。

 そういう意味では、日本人の精神的骨格は、きわめて未熟で、未完成であるとみてよい。い
や、ひょっとしたら、昔の日本人のほうが、まだ、完成度が高かったのかもしれない。今でも、
農村地域へ行くと、牧歌的なぬくもりを、人の心の中に感ずることができる。

 一方、はげしい受験競争を経験したような、都会に住むエリートと呼ばれる人たちは、どこか
心が冷たい。いつも、他人を利用することだけしか、考えていない? またそうでないと、都会
では、生きていかれない? 

これも、こう決めてかかるのは、危険なことかもしれない。しかしこうした印象をもつのは、私だ
けではない。私のワイフも含め、みな、そう言っている。

 子どもを受験競争にかりたてるのは、この日本では、しかたのないこと。避けてはとおれない
こと。それに今の日本から、受験競争を取りのぞいたら、教育のそのものが、崩壊してしまう。
しかし心のどこかで、こうした弊害を知りながら、かりたてるのと、そうでないとのとでは、大きな
違いが出てくる。

 一度、私がいう「弊害」を、あなた自身の問題として、あなたの心に問いかけてみてほしい。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●「私は私」という意識
 
+++++++++++++++

教師によるわいせつ行為事件は、
つづく。

いくら管理を徹底しても、つづく。
つづくものは、つづく。

人間の「性(さが)」は、それほどまでに
強力。

+++++++++++++++

東京の小学校の男性教諭が、中学3年の男子生徒に現金をわたし、わいせつな行為をしたと
して警視庁に逮捕された(TBS・iNEWS)。

児童買春の疑いで逮捕されたのは、東京・杉並区の小学校に勤務するNM容疑者(32)。NM
容疑者は 去年10月、新宿公園で知り合った当時15歳の中学3年の男子生徒を渋谷区のま
んが喫茶に誘い、現金1万円を渡して下半身を触るなどの、わいせつな行為をした疑いがもた
れているという。
 
 NM容疑者は小学5年生のクラスを受け持ち、教育熱心な先生という評判だった。
 
 大学で性教育についての卒業論文を書いたのをきっかけに、男性に興味を持つようになった
という成田容疑者。新宿公園のことはインターネットで 知ったという。
 
  一方、「新宿公園で待っていれば、買ってくれる人が声をかけてくる」。男子生徒はインター
ネットでこうした書き込みを見て、小づかいいほしさに新宿公園に行っていたという。
 
 「一人でご飯とか食べていると、声はかけられますね。『暇なら一緒にどこか行かない?』と
か、『ホテル行かない?』とか」(公園の近所の男性)
 
 NM容疑者と男子生徒のわいせつ行為は、去年の8月以降5回に及び、NM容疑者はわい
せつ行為をデジタルカメラで撮影し、ディスクに保存していたという。
 
 NM容疑者は「男子生徒には申しわけないことをした。教え子に顔向けができない」と供述し
ているが、警視庁は、別の男子高校生らともわいせつ行為をしていたとみて、捜査していると
いう。(以上、TBS・iNEWSより)

 この事件で、私は、同性愛について、語るつもりはない。教師のハレンチ行為について、語る
つもりもない。

 こうしたおとなの行為で、キズつくのは、子ども。それはそれとして、私はこの事件を知ったと
き、「意識のズレというのは、こういうものか」と、思い知らされた。

 その男性教師は、中学生の男子に対して、お金を渡して、ワイセツ行為をしたという。どうい
う方法で、どういうことをしたかについては書いてないが、おおよその見当はつく。しかし、その
男子高校生は、男性教師とは、「同性」である。私が、どうにもこうにも、理解できないところ
は、ここである。

 私は、同じ「男」の中でも、「濃い男」である。この言い方は、私が発明した言い方だが、男に
もいろいろある。同性にまったく興味を示さない男もいれば、同性に興味を示す男もいる。同性
にはまったく興味を示さない男を、「濃い男」という。同性に興味を示す男を、「薄い男」という。
要するに、私は、「男にはまったく興味のない男」。

 そういう私から見ると、男子の下半身など、見たくもない。さわりたくもない。まったく興味がな
い。その男性教師は、デジタルカメラで、撮影したというが、私のばあい、「どうして?」と思うだ
けで、つぎの言葉が出てこない。

 一方、私は女性には、興味がある。あるものはあるのであって、どうしようもない。最近でこそ
元気がなくなってきたが、しかし今でも、ないわけではない。女性の体は、この年齢になっても、
魅力的に見える。すばらしい。

 問題は、ここである。

 その男性教師にしてみれば、男子生徒の下半身は、私にとっての女性の体と同じくらい、魅
力的に見えるらしいということ。私が女性の裸体を見たとき、ムラムラと感ずるような情欲を、
その男性教師は、男子中学生の下半身を見たときに感じたらしい。「らしい」というところまでは
わかるが、そこまで。その先が、理解できない。どうしてか? どうしてこんなちがいが生まれる
のか?

 言いかえると、私がもっている意識にしても、一つ立場がちがえば、180度変化することだっ
て、考えられる。その意識は、絶対的なものでもなければ、普遍的なものでもない。正常か、正
常でないかという判断すら、できなくなる。

 考えてみれば、男のばあい、射精する前と、射精するあととでは、女性、とくに女性の体に対
する思いは、まったくちがう。射精する前は、女性の体を、狂おしいほどに、いとおしく思う。し
かし射精したとたん、「どうしてこんなもの(失礼!)に興味をもったのだろう」と思う。

 こうして考えていくと、意識とは何か。ますますわからなくなる。

 そこで先の男性教師の話。その男性教師は、男子中学生のそれを、デジタルカメラで撮影し
たという。実は、私は、ここでもわからない。もしそれほどまでに見たかったら、自分のそれを、
カガミか何かに映して見ればよいのではないのか、と。

 あのフロイトは、私たち人間の行動の原点には、「性的エネルギー」があると説いた。つまり
その性的エネルギーが、さまざまなバリエーションをもって、私たちの生活のあらゆる部分に作
用している、と。男性のスポーツ選手が、スポーツでがんばるのも、女性が化粧をするのも、心
の奥深いところで、その性的エネルギーの命令を受けているからである。

 となると、今、私がもっている意識のほとんどは、「?」となってしまう。男性教師は、教職を棒
に振るという危険までおかして、(実際、棒に振ってしまったが……)、男子中学生のそれをデ
ジタルカメラに収めた。それは、ものすごいエネルギーと言ってもよい。

 で、そういうエネルギーが私にもないかというと、実は、ある。こうして毎日、パソコンを相手に
原稿を書いているのも、心の奥深いところで、何かしらの性的エネルギーの命令を受けている
ためかもしれない。

 事実、男性の読者から、感想文をもらうより、女性の読者から、感想文をもらうほうが、うれし
い。これは隠しようがない、事実である。が、その意識も、ここに書いたように、絶対的なもので
もなければ、普遍的なものでもない。何かのきっかけで、180度、変ることだって、ありえる。

 ……と考えていくと、ますますわからなくなってしまう。意識とは何か、と。あるいは、私は、私
でない、もっと深遠なる意識によって、動かされているだけかもしれない。もっと言えば、「私は
私」と思っているのは、表面的な「私」でしかなくて、「私」でないかもしれない。その男性教師だ
って、そうだ。

 恐らく、「私は、男子中学生のそれが見たい」と思って、デジタルカメラで、写真をとった。その
ときその男性教師は、「私は私」と思って、そうしたにちがいない。しかし本当のところは、その
男性教師の意思というよりは、その男性教師の中の、性的エネルギーに命令されて、行動した
だけかもしれない?

 話が繰りかえしになってきたので、この話は、ここまで。私は、このハレンチ事件をインターネ
ットで知ったとき、意識とは何か。それを改めて考えさせられた。ホント!
(はやし浩司 意識 意思 性的エネルギー)

【追記】

 私たちは、「私は私」と思って行動している。しかしその「私」が、私ではなく、心の奥底に潜
む、別の「私」に命令されいるとしたら……。

 たとえば若い女性が、化粧をして、ミニスカートをはいたとする。そのときその若い女性は、
自分の意思で、自分で考えてそうしていると思うかもしれない。

 しかし実際には、その女性は、さらに心の奥底に潜む、「性的エネルギー」の命令に従って、
そうしているだけかもしれない。ただ自分では、それに気づかないだけ。

 こうした例は、多い。つまり私たちが、「自分の意思」と思っていることでも、そうではないこと
も多いということ。そういう意味で、「意識」とは何か、それをつきつめていくと、わけがわからな
くなる。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司
 
●見苦しい老人たち

+++++++++++++++++

老齢になるから、人格が完成するということ
はない。

むしろそれまで内面に隠されていた、
邪悪な部分が、表面に現れてくることのほうが
多い。

+++++++++++++++++

 こんな話を聞いた。

 Aさん(50歳)のグループは、ボランティア活動として、炊事が満足にできない老人たちのた
めに、昼の弁当を届けている。

 料金は、一食、500円。それを、老人たちに、毎日、配達している。利益など、まったくない。
配達の労費を考えるなら、赤字。

 そのAさんが、毎日、弁当を届けている人に、Xさん(83歳)と、Xさんの妹(76歳)がいる。X
さんと、Xさんの妹は、いろいろな理由があって、今は、同居している。

 が、Xさんと、Xさんの妹は、毎日のように、「私の弁当の残りを食べた」「いや、食べていな
い」「どこへやった?」「知らない」と、喧嘩ばかりをしているという。

 言い忘れたが、その500円の料金(二人分で1000円)は、Xさんの息子(53歳)が、負担し
ている。

 Aさんは、こう言う。「本当に、見苦しいですね」と。「ただで食べているんだから、文句を言っ
てはいけないと思うのです。でも、そういう感謝の念は、まったくないみたいですね」とも。

 この話をワイフにすると、ワイフも、こう言った。「もう先が長くないのだから、穏やかに生きる
ことはできないのかしら?」と。

 しかしそういう状態になればなるほど、老人によっては、我欲が強く現れるようになる。理由
は私にもわからないが、そうなる。巨億の資産をもちながら、わずかな土地の権利のことで、
裁判で争っている老人がいる。近所の人が、車を道路に一時的にとめるたびに、警察に電話
をかけて、パトカーを呼んでいる老人もいる。

ワイフ「歳をとればとるほど、その人の地(=内面)が表に出てくるということかしら?」
私「ぼくも、そう思う。自分の中の悪い面を隠そうという意欲や気力が弱くなってくる。だから、
悪い面ばかりが外に出てくるようになる」
ワ「死ねば、すべてをなくすということが、わからないのかしら?」
私「そういう老人は、そうは思っていない。死後の世界を、しっかりと信じている」と。

 この一例だけではないが、老人が、人生の先輩だとか、経験者だとかいうのは、まちがい。
ウソ。幻想。もちろん大半の老人は、すばらしい人たちである。しかし老人になればなるほど、
Xさんや、Xさんの妹のように、むしろ見苦しくなっていく人も、少なくない。

 もっとも、それは本人たちの問題だから、部外者の私たちが、とやかく言う必要はない。本人
がそれでよいのなら、それでよい。

 しかし人生も晩年になって、弁当の残りを取りあって争うなどということが、本当にあるべき老
後なのかどうかということになると、だれも、そうは思わない。だれだって、静かで、穏やかで、
心豊かな晩年を送りたいと思うはず。死が近づけば、なおさらそうだ。

 で、そのちがいは、どこにあるかというと、私は、(前向きに生きる人)と、(そうでない人)のち
がいではないかと思う。「思う」というだけで、確信はないが、そう思う。これは老人にかぎらない
ことだが、人は、うしろ向きに生き始めたとたん、その生きザマは、見苦しくなる。

 わずかな財産にこだわったり、過去の名誉や地位にぶらさがり、それをいばって見せたりす
るなど。

 それに生きザマがうしろ向きになったとたん、その時点から、時間ばかりを浪費するようにな
る。はっきり言えば、いくら長生きしても、ムダ……という状態になる(失礼!)。「明日は、今日
よりも悪くなる」ということを繰りかえしながら、不幸に向かって、まっしぐらに進んでいく。

 で、Aさんは、ある日、見るに見かねて、Xさんにこう言ったという。「また明日、お弁当を届け
てあげますから、どうか喧嘩をしないでください」と。するとそれに答えて、Xさんは、つぎつぎ
と、Xさんの妹の悪口を言い始めたという。

 「でも、私が何も言わなかったら、K(=Xさんの妹)は、私の分まで、食べてしまう」「残ったの
を捨ててしまう」「この前も、冷蔵庫にしまっておいたおかずを、自分で食べてしまった」「妹は、
太りすぎだということがわかっていない」「胃が痛いと言って、夜中に泣かれるのは、困る」と。

 あまりにも低劣な話なので、Aさんは、思わず、耳をふさいでしまったという。そして私には、こ
う言った。「歳をとっても、ああはなりたくないです」と。

 最近、「じょうずに歳をとる」という言葉を、あちこちで耳にする。最初、その言葉を聞いたとき
は、私にはその意味が、よくわからなかった。が、このところ、少しずつだが、私にもわかるよう
になってきた。と、同時に、それがこれからの私にとっては、重要なテーマになるだろうというこ
とを知った。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

●子どもの英語教育(2)

++++++++++++++++++

中央教育審議会での話し合いなど、
どこ吹く風。

親たちの英語教育に対する関心は、
たいへん大きい。

公民館などでなされるプレスクール・
英会話教室などは、月謝が安いことも
あって、どこも満員。

英語だけで一日をすごす、英語プレ
スクールは、06年11月現在で、
214校(朝日新聞)もあるという。

この数は、01年の18校の約10倍
以上!

++++++++++++++++++

 中央教育審議会での話し合いなど、どこ吹く風。親たちの英語教育に対する関心は、たいへ
ん大きい。

公民館などでなされるプレスクール・英会話教室などは、月謝が安いこともあって、どこも満
員。

英語だけで一日をすごす、英語プレスクールは、06年11月現在で、214校(朝日新聞)もあ
るという。この数は、01年の18校の約10倍以上!

 で、私の意見。

 たとえば(海外留学)にしても、留学することの価値は、留学したものでなければわからない。
留学したことがない人に向って、留学することの価値をいくら説いても意味はない。中には、
「日本の中でも知らないことが多い。まず日本を知るべきだ」「日本語も満足に話せないのに、
外国語など学ぶ必要はない」などと反論する人もいる。

 こんな論理がまかり通るなら、こうも言える。

 「アジアの中でも知らないことが多い。まずアジアのことを知るべきだ」と。反対に、「この町の
中でも知らないことが多い。まずこの町のことを知るべきだ」でもよい。

 こうした意見が、トンデモナイ意見であることは、留学したことがある人なら、わかる。つまり
留学することには、想像以上の価値がある。観光客の立場で、旅行するのとは、わけがちが
う。

 そんなわけで、私の息子たちのばあい、3人とも、それぞれ、みな、外国に留学させた。半ば
強引に留学させた。「私の知らない世界を、見てきてほしい」と。

 そんなわけで、私は、子どもの英語教育についても、同じように考えている。ただ、だからとい
って、幼児期の英会話教育が役にたつとは思っていない。長い間、この問題を考えてきたが、
もっともよいのは、ある程度、英語の基本を学んだあと、高校生か、大学1、2年生のころに、
英語国で、1、2年の留学を経験するという方法である。

 それ以前でもあまり効果はないし、それ以後でも、あまり効果はない。ムダではないが、効率
という点を考えるなら、時期的には、そのころがもっとも適切ではないか。(異論、反論もあるか
と思うが……。)

 それに適性の問題もある。留学といっても、外国生活になじめる子どもと、そうでない子ども
がいる。その割合は、2:1くらいではないか。つまり3人に1人は、外国生活になじめないま
ま、はじき飛ばされてしまう。

 こう書くと、民族主義者たちの反感をかうと思うが、留学してみると、「日本は、本当に小さい
国」ということが、よくわかる。よく「日本は島国」というが、その「島国」であることを実感する。

 おそらく留学したことがない人は、「島国」と言われても、ピンとこないのではないか。反対に、
「島国で、何が悪い」と居直ってしまう人も多い。

 さらに言えば、留学したことがある人は、たとえば日本を考えるときも、いつも、日本の外から
見た日本を考える。日本の中から日本を考える人と、ばあいによっては、180度、ものの考え
方がちがうことさえある。

 話が脱線したが、子どものころから異文化に触れるということは、とても重要なことである。そ
ういう意味での英語教育ということであるなら、反対しなければならない理由など、どこにもな
い。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 英語
教育 子供の英語教育)

(補記)

 中央教育審議会のみなさんは、頭の中だけで教育を考えるのではなく、今、現状はどうなっ
ているか、それを前提に、ものを考えたらよい。「英語教育をやる・やらない」の議論だけで、0
2年から、5年間も議論をつづけていることのほうが、お・か・し・い。バカげている!

 現状は、審議会の討論など、どこ吹く風。もうとっくの昔に、ずっと先を進んでいる。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1828)

●日々・あれこれ(2)

++++++++++++++++++

このところ、敗北感を味わうことが
多くなった。

「こんなことをしていて何になるのだろう」
という虚しさ。それもある。

いくら叫んでも、私の声は、どこにも
届かない。こういうのを、「負け犬の
遠吠え」という。

そう、私は、ずっと、負け戦ばかりして
きた。今もしている。が、このところ、
その負け戦をするのも、疲れた。

負け戦でも、戦は戦。それなりのエネルギー
がいる。

そのエネルギーが、枯渇してきた。

++++++++++++++++

 昨日も、ある母親が、一冊の本を見せてくれた。子育ての本だった。そしてその母親は、こう
言った。「この人(=その本の著者)も、先生と同じようなことを書いていますよ」と。

 私はその本をパラパラとめくったあと、すぐ、その本をその母親に返した。「ぼくは、読みませ
ん。影響を受けたくないからです」と。

 が、本当のところは、瞬間、1ページをななめに読んだだけで、内容がわかった。つまらない
本だった。とるに足りない本だった。そんな本に書いてある内容が、私の書いていることと同
じ?

 さみしかった。「世の中って、こんなもの……」という思いが、胸をふさいだ。

 この先、いくらがんばっても、事情は、変わらない。それがこのところ、よくわかるようになって
きた。「どうしようか?」「どうしよう?」と考えたところで、この話は、おしまい。

 私は、自分のために書いている。頭がボケないよう、そのために書いている。たとえていうな
ら、毎日のジョギングのようなもの。他人が、どう思うと、私の知ったことではない。

 ところで、最近、私が通っている歯医者の先生が、入院してしまった。今朝も電話を入れる
と、留守番電話が、こう応答した。

 「先生が、入院、治療中のため、2月、3月は、お休みします」と。

 奥歯がシクシクと痛い。だからといって、ほかへ行く気がしない。30年間も、世話になった。
家族全員、世話になった。

 4月になるまで、がまんしよう。

 しかしあの先生、私と同年齢。2か月も休診するなんて、ふつうではない。どうか、どうか、元
気でまた医院へ戻ってきてほしい。そしていちばんに、私の歯を治してほしい。それまで、歯が
痛いのは、がまんする。


Hiroshi Hayashi+++++++++FEB.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1829)

●あきれた話だが……

++++++++++++++++++

どこかの大学の教授が、不要ゴミを
川原に捨てて、逮捕された。

ある大学の法学部の教授だったという。
警察官に事情を聞かれたとき、「礼状は
あるか」と、それを拒否したという。

あきれた話だが……。

++++++++++++++++++

ヤフー・ニュースは、つぎのように伝える。

『引っ越しの際に不要になったごみを、川岸に不法投棄したとして、広島県警広島北署は27
日、福岡県志摩町、広島S大法学部教授、松尾T憲容疑者(48)を、廃棄物処理法違反容疑
で逮捕した。容疑を認めているという。

 調べでは、松尾容疑者は、今年2月19日午後4時〜同5時半ごろ、広島市安佐南区沼田町
伴の奥畑川の岸に、車や徒歩などで数回にわたり、不要になった鍋や衣類、カーペット、書類
などのごみ計67キロを投棄した疑い。

 松尾容疑者は民事訴訟法を専攻し、03年4月から同大に勤務。単身赴任で投棄現場近くの
アパートに住んでいたが、今年3月末で退職し、自宅のある福岡県に引っ越しをする作業をし
ていた。

松尾容疑者はごみを捨てる姿を近所の住民に目撃されており、同署が事情を聴こうとしたとこ
ろ、「令状はあるのか」と拒否。そのまま福岡県に転居していたという』と。

++++++++++++++++++++

 こうしたエッセーでは、実名を出さないことにしているが、あまりにもあきれた事件なので、実
名をそのまま載せることにした。

 「法学部の教授がねえ?」というのが、率直な感想だが、世は、インターネット時代。「松雄T
憲」で検索すると、150近い検索結果が出てきた。というのも、法学部の教授といっても、いろ
いろなタイプがある。

 純粋に学者畑を歩いて教授になった人もいれば、法曹(弁護士、検事)を経て、教授になった
人もいる。松雄なる教授は、有斐閣という、法律の専門書を出版する出版社から、何冊かの専
門書を出している。学者畑を歩いてなった教授のようである。

 あまりにもあきれた事件なので、これ以上のコメントのしようがない。ないが、これを読んだと
き、ムラムラと大きな怒りを私は覚えた。つい先日も、私の家の横の空き地に、ダブルベットを
放棄していった人がいた。その処分をするのに、私とワイフで、3、4時間もかかった。こういう
のを心理学の世界でも、「同一視」という。「転移」でもよい。『坊主、憎ければ、袈裟まで憎い』
という、それである。

 今でも、夜中にこっそりやってきて、大きなゴミを捨てていく人は絶えない。物干し台や、自転
車など。少し前には、車を捨てていった人もいた! この記事を読んだとき、そのとき覚えた怒
りが、そのままムラムラと起きてきた。

 が、さらにあきれるのは、警察官が事情を聞こうとしたところ、「礼状はあるか」と、それを拒
否した点。

 いるいる……こういう権威主義者! バカ者! 広島ではなく、福岡で逮捕されたということ
だから、一応、福岡まで、逃げていったらしい。

 法律家の法律知らずとは、まさに松雄教授のような人間をいう。このタイプの人間は、常識で
ものを考える前に、「まず、法律ありき」という考え方をする。わかりやすく言えば、法律家とし
て、失格。こういう人間が、法学部の教授として、教壇に立っていたかと思うと、ぞっとする。

 で、もうひとつ、インターネットのこわいところ。こうして実名が報道され、あちこちで記事が引
用されると、「松雄T憲」という名前は、ほぼ永遠に、そのまま残ってしまうということ。「松雄T
憲、ゴミの不法投棄で逮捕」と。つまり法律家としての彼の生命は、それで終わり。

 便利な世の中になったが、考えてみれば、これも、恐ろしい話ではないか。昔は、『人のうわ
さも、45日』と言った。今は、永遠。

(補記)
 私はちゃんと、「松雄T憲」と、名前を伏せたぞ!


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●今朝あれこれ

+++++++++++++++

昨日、上海株が、大暴落した。
9%前後の、大暴落だったという。
で、その影響を受けて、日本の
株価も、暴落。

が、一転、今日は、アメリカの
株価が、急反騰。……ということは、
日本の株価も、急反騰するはず?、
……と思って、3月1日の株価を
見ているが、動きが鈍い。

私のような素人では、理解しがい
何かが、起きている!

+++++++++++++++

 わかりやすく言えば、今、中国は、お金がジャブジャブの状態。そのお金が行き場を失って、
株式市場に流れこんでいる。中国における株価の上昇は、尋常ではない。それと同時進行の
形で、中国の外貨準備高が、2006年10月末現在で、1兆ドルを超えた。日本を抜いて、世
界一の規模を更新している。

 少し経済をおさらいしてみよう。

●流入する外貨

 中国には今、ぼう大な額の外貨が流入している。わかりやすく言えば、こうだ。

 もしあなたが手元に、100万円をもっていたとする。何か、投資に向くものをさがす。そこで
中国の人民元に目をつける。その100万円で、中国の人民元を買う。やがてその人民元の価
値があがることを知っているからだ。

 こうして世界中の人たちが、人民元を買う。それが外貨となって、どっと中国に流入する。

●ドルを買う中国人民銀行

 そのままにしておけば、人民元の価値は高まり、人民元の上昇をもたらす。が、人民元が上
昇すれば、中国にとっては、輸出に不利になる。05年度の外貨の増加分の約2100億ドルの
うち、約半分が、輸出によって稼いだお金である。

 ご存知のように、(100円ショップでもわかるように)、中国は安い製品を作って、それで世界
中からお金を稼ぎまくっている。

 そこで人民元の価値をあげないよう、中国人民銀行(=日本の日銀)は、ドルを買って、人民
元を下げようとする。繰りかえし市場介入をつづける。

 その結果、中国人民銀行には、ドルがたまる。そのまま外貨準備高となって、数字の上に表
れる。それが1兆ドル。

●人民元をなぜ、あげない

 ならば、人民元を元高にもっていけばよいのでは……ということになるが、中国では、農村地
区から、ぼう大な数の労働者が都市部に集まってきている。こうした人たちに仕事を与えるた
めにも、中国は、最低でも、7〜10%程度の成長率を維持しなければならない。

 わかりやすく言えば、本来なら、1人分の給料を、10人の労働者に分けてでも、職場を用意
しなければならない。

 もし成長率がさがるようなことにでもなれば、こうした労働者を吸収できなくなる。とたん、それ
は暴動に発展するかもしれない。中国政府は、それを恐れている。

●行き先を求めてさまよう外貨

 06年に1兆ドルを超えた外貨だが、中国とて、それをタンス預金しておくわけにはいかない。
つまりこのお金が、チャイナマネーとして、動き出している。具体的には、海外での企業や資源
の買収など。海外で土地(資産)を購入したり、海外での投資へと向っている。

 中国、恐るべし……ということになる。

●救済されるアメリカ

 一方、アメリカは、これまたぼう大な額の貿易赤字に苦しんでいる。その額、毎年、8000億
ドル前後。が、どっこい。この赤字額を埋め合わせるかのように、このアジアでは、日本も含め
て、輸出産業の競争力を維持するため、せっこら、せっこらと、ドルを買いこんでいる。

 わかりやすく言えば、紙くず同然のドル紙幣を、みんなが買い支えている。

 こうしてアメリカとアジアは今、もちつ、もたれつの関係で、成りたっている。が、それほど、基
盤は、しっかりとしていない。ささいな(うわさ)だけで、株価が暴騰したり、反対に暴落したりす
る。

 今回の上海株式の暴落は、そうして起きた。

●(金)価格の上昇

 要するに、アメリカもアジアも、マネーと呼ばれる札が、ジャブジャブの状態になっているとい
うこと。わかりやすく言えば、世界中の中央銀行が、フル回転で、札を増刷しているということ。

 が、紙は、紙。そんなものでは、燃料にもならない。食料にもならない。そこでそのお金が、
「金(きん)」へと向っている(?)。

 田中貴金属工業の貴金属相場によれば、去る2月27日、この10年間で、「金(きん)」は、
最高値のグラム2819円を記録している。

 その翌日の2月28日には、123円安という暴落を記録したが、今朝、再び、上昇に転じた。
3月1日の価格は、グラム、2737円。各国の中央銀行は、「金(きん)」を売却しつづけている
が、それ以上に、中国、さらにはインドでの需要のほうが大きいということ。

 このようにアジアの金融情勢は、今、めまぐるしく動いている。「この先、どうなるか……」とい
うことよりも、「私たちは、どう資産を守り、ふやしていったらよいか」ということ。

 で、今朝は株価はどうなるかと、注視してみた。アメリカの株価が急反騰したから、(130ドル
超の上昇)、日本も……と思っていたが、まったく予想ははずれた。日本の株価は、昨日暴落
した価格のまま。

 「?……」。

 そこで調べてみると、上海をのぞいて、韓国、香港、タイ。ジャカルタ市場ともに、みな、値を
さげているのがわかる。

 ……私には、理由がわからない……ということで、冒頭に書いた話にもどる。私には理解し
がたい、何かが、このアジアで起きている。

(付記)

 要するに、それだけたがいの不信感が強いということか。疑心暗鬼の世界で、株価だけが、
勝手に乱高下しているといった感じ。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●老人医療(終末期医療)

+++++++++++++++++

要するに政府は、

高齢者の医療費を、もうこれ以上、
負担できないということらしい。

はっきり言えば、お金がナ〜イ。

高齢者医療制度もそのひとつ。

75歳以上の高齢者でも、保険料を1割
負担するということになっているが、
実際には、そのお金は、家族が支払うこと
になる。

+++++++++++++++++

 母を介護してみて、いろいろ気がついた点がある。一見すばらしく見える制度だが、中身は、
矛盾だらけ。75歳以上の高齢者が1割支払うという、高齢者医療制度にしても、結局は、その
家族が支払うことになる。一方で老齢年金を受け取りながら、その一方で、保険料を払う?

 さらに(流れ)をみると、負担増に苦しむ国が、抑制策に四苦八苦している姿が、浮かびあが
ってくる。たとえば05年末に、政府は、突然、「介護病床を廃止する」と発表した。

 それまでは、高齢者の長期入院医療が可能だったが、それができなくなった。これについて
は、私も、「しかたない」と思っていた。どこの大病院も、長期入院を繰りかえす高齢者で、あふ
れかえるようになったからである。つまり病院そのものが、行き場を失った高齢者の養護施設
のようになってしまった。

 しかし一律、廃止してしまったのも、どうかと思う。それまで38万床もあった、介護保険、医療
保険の適用病床が、15万床の医療病床だけになってしまった。つまり長期入院を繰りかえし
ていた高齢者たちは、そのまま介護施設に移された。

 わかりやすく言えば、パンク状態だった医療保険を、国は、こうして救済した。さらにわかりや
すく言えば、国民に、医療保険と介護保険の2本立てで、負担を強いることによって、医療保険
を救済した。

 つまりその分、国民は、負担増を強いられることになった。現に今、若い世代は、医療保険と
介護保険の、両方の保険料を、支払わねばならない。さらにここにきて、高齢者医療制度であ
る。

 一応建て前は、75歳以上の高齢者ということになっているが、実際に支払うのは、その家
族。私の家庭でいえば、私ということになる。その上、医療費の3割負担!

 要するに国は、こう言いたいのだ。「お金が、ナ〜イ」と。

 では、どうすればよいのか。

 私の母にしても、寝たきりの状態になるのは、時間の問題。そうなれば、私ではもう世話はで
きない。特別擁護老人施設への入居ということになるが、それも簡単ではない。「緊急性の高
い人から入居できます」ということだが、言いかえると、「緊急性」とは、「終末性」ということにな
る。

 死ぬ間際でないと、入居できないということらしい。つまり、「それまでは、在宅で世話をしろ」
と。

 施設で過ごさせるよりも、在宅で世話をしたほうが、高齢者にとってもよいことはわかる。しか
し在宅医療制度も、今、始まったばかり。在宅医療制度に対応した診療所にしても、ひどいとこ
ろ、たとえば富山県では、5000人につき1か所しかない。

 わかるか?
 
 75歳以上の高齢者5000人につき、1か所しかないのだぞ! どうやって、1か所の診療所
が、5000人もの高齢者のめんどうをみることができるというのか?

 これから先、ますます住みにくくなる、この日本。とくに私たちの世代は、そうだ。この先のこと
を想像すると、ぞっとする。心暖かな家族に恵まれ、たがいに世話をしあうような家庭環境があ
れば、まだよい。しかし実際には、そういう家庭は、さがさなければ見つからないほど、少ない。

 少し前にも書いたが、私たち高齢者が、社会の粗大ゴミになる時代は、すぐそこまできてい
る。

 どうすればいいのだ! どうしたらいいのだ!、と叫んだところで、この話はおしまい。要する
に、自分の老後は、自分で守るしかないということ。国なんて、まったく、アテにならない!

(補記)

 育児BLOGが、いつの間にか、老人介護BLOGになってしまった。おかしなことだ。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●「生」の原点

+++++++++++++++++

90歳になった母。
その母を見ていて、重大なことに気がついた。

+++++++++++++++++

 デイサービスに行かない日は、母は、1日中、自分の部屋にこもって、好き勝手なことをして
いる。寝たり、起きたり、ソファに座ったり、ときおり、便器に座ったり……。

 いろいろ試してはみたが、母は、もう、何にも興味を示さない。テレビを見せても、うつろな目
で、ながめるだけ。写真や本はなおさらで、見るといっても、瞬間的。ときどき衝動的に、「M町
(=郷里)に帰りたい」とか、「○○さん(=友人)に会いたい」などと言うが、つぎの瞬間には、
それを忘れてしまう。

 「何のために生きているのだろう?」と、ときどき思う。「もし私が母なら、退屈すぎて、気がへ
んになってしまうだろう」とも。しかし母は、平気。まったく何もしないまま、1日を過ごす。

 そんな母だが、目の色を変えるときがある。まるで別人のような反応を示す。そのとき、母
は、ふだんは見せないような行動をとる。たとえば朝などは、ベッドから体を起こすだけでも、た
いへん。たいへんというより、起きあがれない。しかしそのときは、ちがう。体をひょいと起こし、
ベッドの下におりる。

 食事のときである。

 私が食事を届け、ソファの横の台の上に置く。そのとき母は、ベッドの上で休んでいる。そこ
で私は、「おなかがすいたら、食べるんだよ」と声をかける。が、もうそのときには、母は、ベッド
から体を起こし、ソファに向かって歩こうとする。

 こんなことがあった。

 夕食がすんで、あと片づけもすんだころのこと。私は小さなケーキをもって、母の部屋に入っ
た。母は、食事がすむと、いつも、そのままベッドに入って、横になる。そこで私はそのケーキ
を、台の上に置き、そっとその場を離れようとした。大きな電気を消し、枕もとの小さな明かりだ
けにした。

 母が、「何や?」と言ったので、「ケーキや」とだけ答えた。が、それを聞くと、母が体をがばっ
と起こしたではないか! 先にも書いたが、ふだんは見せない行動である。

 私は何かしら背筋に冷たいものを感じた。その場を離れた。部屋から出て、ドアを閉めた。

 が、気になった。あちこちの部屋の戸締りをしたあと、透き間から、母の部屋をのぞいた。そ
のとき背筋の冷たいものが、体中に広がった。ぞっとした。あの母が、両手で、ケーキをむさぼ
っているではないか。「食べている」というような、上品な雰囲気ではなかった。しかも床の上に
正座したまま……。

 薄暗い部屋だったこともある。私は見てはいけないものを見たような気分になった。その場を
離れた。

 ワイフにそのことを話すと、ワイフも、「そう言えば……」と言って、こう言った。「お母さんた
ら、食べ物には、ものすごい執着心を見せるわね」と。

 しばらくしてからまた、私は母の部屋にもどった。あと片づけをするためである。母は、再びベ
ッドの中に入っていた。ケーキで汚れた手を、テッシュペーパーで拭いたらしい。それがひとか
たまりになって、皿の上にあった。が、ひとかけら、ケーキが床の上に落ちていた。

 私はそれをつまんで、皿の上に載せようとした。その瞬間、母の声が聞こえた。「それを、く
れ!」と。見ると母が、ものすごい目つきで、そのケーキをにらんでいるではないか。

私「落ちていたから、捨てる」
母「いいから、くれ」
私「捨てる」
母「食べるから、くれ」と。

 私はまだ背筋に冷たいものを感じていた。母の意思を無視して、それを紙でくるむと、そのま
まゴミ箱に捨てた。が、すぐ取り出した。そのときの母なら、ゴミ箱から取り出してでも、それを
食べただろう。そんな気がした。

 あのフロイトは、「生命力」の原点に、「性的エネルギーがある」と説いた。若い人たちを見て
いると、それはそうだろうと思う。人間の生きるすべてのエネルギーは、どこかで「性」と結びつ
いている。

 しかし老人は、どうだ? 母に性的エネルギーがあるとは、とても思えない。しかし食欲に見
せる、あの貪欲までのエネルギーは何か。そこでフロイトの弟子のユングは、フロイトの説を修
正して、「性的エネルギーではなく、生的エネルギーである」と説いた。結果、この子弟は、袂
(たもと)を分かつことになった。

 母を見ていると、それがよくわかる。つまりなぜユングが、「生的エネルギー」と言ったか、そ
の意味がよくわかる。今の母にしてみれば、食事だけがゆいいつの楽しみ。食べることだけ
が、生きがい。あるいは生きているという証(あかし)。母にとって、生きるということは、食べる
こと。その原点にあるのが、「生的エネルギー」ということになる。

 フロイトとユングのどちらが正しいかということになれば、こと、老人を見るかぎり、ユングの
ほうが正しいということになる。言うなれば、「性的エネルギー」も、「生きたいというエネルギー」
が基本にあって、そこから生まれると考える方が、自然である。

 つまり母のばあい、らっきょうの皮のように、母の心を包んでいたものが、つぎつぎとはがさ
れた。そのあと、最後に残っていたものが、「食欲」ということになる。私の母は、社交的で、ほ
んの少し前までは、1日中、あちこちの友人宅を飛び回っていた。多芸多才で、趣味も多かっ
た。そういう母が、今は、無気力になったまま、1日中、自分の部屋にこもっている。

 そんなわけで、「腹、減った」という言葉が、今の母の口グセにもなっている。ときどき、「昼飯
を食べておらん」というようなことまで言う。その数分前に食事を終えたはずなのに、そう言う。

 母というより、人間が本来的にもつ「欲望」の強さに、改めて、驚く。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●今朝・あれこれ

【いじめ】

+++++++++++++++++++

管理、管理、また管理。

子どもたちが窒息している。
おまけにあろうことか、教育再生会議なる
会議が、それに拍車をかけようとしている。

あやういところで流れたが、
教育長の国の任命制度なども、それ。

そこで子どもたちは、不満の
はけ口を、弱いもの、少数なものに
向けようとする。

本来なら、そうしたエネルギーは、
親に向かい、教師に向かい、
さらには社会に向かわねばならない

が、それができない。その力もなければ、
方法も知らない。
できないから、そのエネルギーは、
子どもどうしの仲間に向かう。

これが、いじめる側の、
いじめの構造と考えてよい。

++++++++++++++++++

 昨夜(3月3日)、NHKで、「いじめ問題」の特集番組を流していた。いろいろな専門家が集ま
り、いろいろな意見を述べていた。「いじめはなくなるか、なくならないか」と、(YES・NO)方式
で、そのつど、アンケート調査もしていた。(YES・NOで答えられるような問題でもないと思うの
だが……。)

 最初の部分と、最後の部分は見ていないので、こう言い切るのは危険なことかもしれない。
が、(いじめる側)を擁護する意見が、まったくなかったのには驚いた。「いじめる子どもは絶対
的な悪である」という大前提が、まず、はじめにありき。その上で、「どうしよう」「こうしよう」と。

 「擁護」と言っても、誤解しないでほしい。私は何も、「いじめが悪いことではない」と言ってい
るのではない。いじめは悪である。それはそうだ。ただ、しかしいじめる子どもにしても、それな
りの背景というか、理由があるということ。もっと言えば、この問題は、(いじめる側)の子どもの
心の奥深くまで、メスを入れないと、解決しないということ。

 善人も悪人も、紙一重。

 何度も書くが、『抑圧は、悪魔をつくる』(イギリスの教育格言)。つまり抑圧された状態が長く
つづくと、人の心は悪魔的になる。ものの考え方、行動が、悪魔的になる。人間の心の奥底に
隠されている邪悪な部分が、抑圧によって、えぐり出されるためと考えてよい。

子どもの世界とて、例外ではない。今、子どもたちは、(学校)という場で、窒息している。管理、
管理、また管理。さらに(受験競争)という(勉強)が、子どもたちをしめつけている。本来なら自
由化に向わねばならないはずの教育が、今、逆行しようとしている。教育再生会議なる会議
も、そういう方向に向っている。

 あやうく流れたからよいものの、教育長の国の任命権もそのひとつ。とんでもない話である。

 先日も、ある小学校の校長がこう言った。「昔は、学校帰りに道草を食いながら、遊んで帰る
というのが、当たり前だった。しかし今は、それができない。まっすぐ家に帰るよう、親も教師
も、そう指導している」と。

 私も、小学生のころは、めったに、まっすぐ家に帰ったことはない。学校の門を出たところで、
私たちはすべてから解放された。好き勝手なことをした。ザリガニを取ったり、ドジョウを取った
りした。夏の暑い日だと、魚釣りをして帰ったこともある。

 そういうことが、当時は、まだ自由にできた。

 ただ、当時もいじめは、あったと思う。私もいじめられたし、(私にはその意識はなかった
が)、だれかをいじめたこともあると思う。しかしそうした解放感にひたることによって、(抑圧)
の大部分は、解消されたと思う。いじめる側にしても、またいじめられる側にしても、だ。

 さらに言えば、いじめる側の子どもの心は、私たちが考えているほど、単純なものではない。
そこには、人間が動物としてもっている、(本能)の問題もからんでいる。集団で行動しようとす
る(群れ意識)、さらには、弱くて、力のないものを、ふるい落とそうとする(種族選択意識)、さ
らには、自分より弱者を身近に置くことによって、安心感を得たいという(優越意識)などなど。

 群れの中にいることによって安心感を覚える。(とくにアジア人種はそうか?)半面、その群れ
からはずれるものを許さない。自分とは異質なものを、許さない。群れを否定するものに対して
は、それを徹底的に攻撃する。

 より優勢な種族を残そうと、弱いものや、劣等なものを、ふるい落とそうという意識も働く。動
物の世界では、よく見られる現象である。たとえば私の庭には、毎年、ドバトがやってきて巣を
つくる。たいてい2羽のヒナがかえるが、うち1羽のヒナは、ある時期になると、もう1羽のヒナに
巣から落とされ、殺される。

 さらに自分より弱いものをそばに置いておくということは、それだけで、安全が担保される。ま
ずその弱いものが犠牲になり、つづいて、自分となる。だから人間は、ほかの動物たちと同じ
ように、自分より弱いもの、劣等なものを身近に用意することによって、自分の安全を担保しよ
うとする。

 人間は、「私たちは、ほかの動物たちとはちがう」と考えがちだが、人間がほかの動物たち
と、ちがうと考えるほうが、おかしい。むしろ、動物そのもの。ときには、動物以下にもなる。動
物でもしないような愚かなことを、平気ですることさえある。

 いじめには、こうした問題が複雑にからんでいる。

 例によって例のごとく、じめられた経験のある子どもたちが、涙ながらに、「いじめられるもの
の苦しみをわかってください」と訴えていた。その気持ちは痛いほど、よくわかる。いじめは、根
絶しなければならない。繰りかえすが、悪である。

が、ではその子どもたちが、反対の立場になったら、どうなのだろう。はたしてじめをしない、す
ばらしい子どもになるだろうか。この問題は、個人というワクをこえて、その向こうにある、人間
を見て考えなければならない。いじめの問題には、人間が人間であるがゆえにかかえる、本来
的もつ問題がからんでいる。

 ある教師はこう言っていた。「じめは、努力でなくなります」と。

 しかし本当に、そうか? 現実には、教師の間のいじめほど、すさまじく、はげしいものはな
い。そんなことは学校教育にたずさわっているものなら、みな、知っている。わかりやすく言え
ば、教師どうしが、いじめに明け暮れていて、どうして子どものいじめをなくすことができるか、
ということ。私はこの意見には、「?」を、10個ほど、感じた。

 たいへんきわどい問題である。それはわかっている。

 しかしこれだけは言える。抑圧された心は、そのはけ口を、どこかに向ける。向けなければ、
その人自身が窒息してしまう。子どもとて、同じ。

 そこで本来ならそのエネルギーは、親や教師に向かうべき。あるいは社会に向かうべき。「ど
うして勉強なんか、させるのだ」「受験競争をなくしてほしい」と。しかし子どもには、その力がな
い。方法も知らない。だからそのエネルギーは、内へと向かう。中の世界へと向かす。自分より
弱いもの、かつ少数なものに向かう。それが(いじめる側の、いじめの構造)である。

 つまりこの部分にまでメスを入れないと、いじめの問題は解決しない。

 むずかしい話はさておき、一方で、子どもたちを受験競争でギューギューにしめつけながら、
その一方で、「いじめをなくすにはどうしたらいいか」は、ない。抑圧と、いじめは、相関関係に
ある。そう言い切ってもよい。

つまり、現象として表れる、いじめだけを問題にしても、ナンセンス。たとえて言うなら、熱を出し
ている患者の熱だけを見て、病気を論ずるようなもの。私には、その番組を見ていて、そう感じ
た。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 いじ
め いじめの問題 いじめる側の論理)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●自分の中の邪悪さ

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遠い昔、
私は、母の子だった。

しかしその母と別れて住むようになって、
40年以上。

が、どういうわけか今また、私は
母といっしょに暮らしている。

その母を見ていると、そこに、ときどき、
自分の(過去)が、そこにあることを知る。

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 遠い昔、私は、母の子だった。しかしその母と別れて住むようになって、40年以上。盆暮れ
のときには、そのつど帰っていたが、しかしその程度。その私が、今、どういうわけか、その母
といっしょに暮らしている。

 その母を見ていると、そこに、ときどき、自分の(過去)が、そこにあることを知る。

 よい部分もあれば、そうでない部分もある。私は、母に溺愛されて育った。それはそれで感謝
しなければならないことかもしれない。が、溺愛は、決して、「愛」ではない。私は、母のモノとし
て、つまり、母を慰めるための道具として、育てられた。

 少年時代は、母の期待にこたえることだけが、私の生き様(ざま)だったように思う。が、それ
だけではない。私は、母のもつよい部分はもちろんのこと、そうでない部分まで、そっくりそのま
ま引きついでしまった。

 そうでない部分の多くは、邪悪な部分といってもよい。母と別れて住むようになって、私はそ
の部分と、ずっと自分の中で戦ってきたように思う。母はまだ生きているので、それについて詳
しくここに書くことはできない。しかしいつだったか、これももう、ずいぶんと前のことだが、こう
思ったことがある。

 「母だって、ただの女性ではないか」と。何も、(ただの女性)であることが悪いというのではな
い。「親である」という幻想に振りまわされて、過大な期待はしてはいけないということ。それに
気がついた。

 以来、私は母を冷静に見ることができるようになった。と、同時に、自分の中の邪悪な部分に
ついても、冷静に見ることができるようになった。

 邪悪な部分……しかし、それはけっして、単純な問題ではない。自分の心の中に、顔のシミ
のように、しみついている。ある時期は、自分の中のそれと戦うために、もがき苦しんだことも
ある。そういう部分を、今、母は、平気で私に見せる。

 頭に、カチンとくることもある。心だけが、過剰に反応することもある。しかし母は、母。しかも
90歳をすぎている。脳みその働きも、よくない。つまり私が本気で相手にしなければならないよ
うな相手ではない。だから、瞬間的にはカチンときても、つぎの瞬間には、笑ってすます。

私「あのバーさん、またやったよ」
ワ「放っておきなさいよ」
私「わかってる……」と。

 親といえども、けっして(親である)という立場に甘えてはいけない。親だって、1人の人間。い
つかその親も、1人の人間として、子どもに評価されるようになる。つまりそのとき、その評価に
耐えられるような親であれば、それはそれでよし。そうでなければ、そうでない。結局は、さみし
い思いをするのは、親自身、つまりあなた自身である。

 ところで今、あの森Sが歌う、『おふくろさん』が、世間の話題になっている。何でも森Sと、作
詞家の間の関係が、険悪なものになっているという。ときどき、私はあの『おふくろさん』を、批
評する。日本的な、実に日本的な歌であるという意味で、批評する。

 ここに書いたこととあまり関係ないかもしれないが、それについて書いた原稿を、ここに添付
する。(中日新聞発表済み)

++++++++++++++++

日本人の依存性を考えるとき
 
●森Sの『おくふろさん』

 森Sが歌う『おふくろさん』は、よい歌だ。あの歌を聞きながら、涙を流す人も多い。しかし…
…。

日本人は、ちょうど野生の鳥でも手なずけるかのようにして、子どもを育てる。これは日本人独
特の子育て法と言ってもよい。あるアメリカの教育家はそれを評して、「日本の親たちは、子ど
もに依存心をもたせるのに、あまりにも無関心すぎる」と言った。

そして結果として、日本では昔から、親にベタベタと甘える子どもを、かわいい子イコール、「よ
い子」とし、一方、独立心が旺盛な子どもを、「鬼っ子」として嫌う。

●保護と依存の親子関係

 こうした日本人の子育て観の根底にあるのが、親子の上下意識。「親が上で、子どもが下」
と。この上下意識は、もともと保護と依存の関係で成り立っている。親が子どもに対して保護意
識、つまり親意識をもてばもつほど、子どもは親に依存するようになる。こんな子ども(年中男
児)がいた。

生活力がまったくないというか、言葉の意味すら通じない子どもである。服の脱ぎ着はもちろん
のこと、トイレで用を足しても、お尻をふくことすらできない。パンツをさげたまま、教室に戻って
きたりする。

あるいは給食の時間になっても、スプーンを自分の袋から取り出すこともできない。できないと
いうより、じっと待っているだけ。多分、家でそうすれば、家族の誰かが助けてくれるのだろう。

そこであれこれ指示をするのだが、それがどこかチグハグになってしまう。こぼしたミルクを服
でふいたり、使ったタオルをそのままゴミ箱へ捨ててしまったりするなど。

 それがよいのか悪いのかという議論はさておき、アメリカ、とくにアングロサクソン系の家庭で
は、子どもが赤ん坊のうちから、親とは寝室を別にする。「親は親、子どもは子ども」という考え
方が徹底している。こんなことがあった。

一度、あるオランダ人の家庭に招待されたときのこと。そのとき母親は本を読んでいたのだ
が、五歳になる娘が、その母親に何かを話しかけてきた。母親はひととおり娘の話に耳を傾け
たあと、しかしこう言った。「私は今、本を読んでいるのよ。じゃましないでね」と。

●子育ての目標は「よき家庭人」

 子育ての目標をどこに置くかによって育て方も違うが、「子どもをよき家庭人として自立させる
こと」と考えるなら、依存心は、できるだけもたせないほうがよい。そこであなたの子どもはどう
だろうか。

依存心の強い子どもは、特有の言い方をする。「何とかしてくれ言葉」というのが、それである。
たとえばお腹がすいたときも、「食べ物がほしい」とは言わない。「お腹がすいたア〜(だから何
とかしてくれ)」と言う。

ほかに「のどがかわいたア〜(だから何とかしてくれ)」と言う。もう少し依存心が強くなると、こう
いう言い方をする。

私「この問題をやりなおしなさい」
子「ケシで消してからするのですか」
私「そうだ」
子「きれいに消すのですか」
私「そうだ」子「全部消すのですか」
私「自分で考えなさい」
子「どこを消すのですか」と。

実際私が、小学四年生の男児とした会話である。こういう問答が、いつまでも続く。

 さて森Sの歌に戻る。よい年齢になったおとなが、空を見あげながら、「♪おふくろさんよ…
…」と泣くのは、世界の中でも日本人ぐらいなものではないか。よい歌だが、その背後には、日
本人独特の子育て観が見え隠れする。一度、じっくりと歌ってみてほしい。

(参考)

●夫婦別称制度

 日本人の上下意識は、近年、急速に崩れ始めている。とくに夫婦の間の上下意識にそれが
顕著に表れている。内閣府は、夫婦別姓問題(選択的夫婦別姓制度)について、次のような世
論調査結果を発表した(二〇〇一年)。それによると、同制度導入のための法律改正に賛成
するという回答は四二・一%で、反対した人(二九・九%)を上回った。前回調査(九六年)では
反対派が多数だったが、賛成派が逆転。さらに職場や各種証明書などで旧姓(通称)を使用す
る法改正について容認する人も含めれば、肯定派は計六五・一%(前回五五・〇%)にあがっ
たというのだ。

調査によると、旧姓使用を含め法律改正を容認する人は女性が六八・一%と男性(六一・
八%)より多く、世代別では、三〇代女性の八六・六%が最高。別姓問題に直面する可能性が
高い二〇代、三〇代では、男女とも容認回答が八割前後の高率。「姓が違うと家族の一体感
に影響が出るか」の質問では、過半数の五二・〇%が「影響がない」と答え、「一体感が弱ま
る」(四一・六%)との差は前回調査より広がった。

ただ、夫婦別姓が子供に与える影響については、「好ましくない影響がある」が六六・〇%で、
「影響はない」の二六・八%を大きく上回った。調査は二〇〇一年五月、全国の二〇歳以上の
五〇〇〇人を対象に実施され、回収率は六九・四%だった。なお夫婦別姓制度導入のための
法改正に賛成する人に対し、実現したばあいに結婚前の姓を名乗ることを希望するかどうか
尋ねたところ、希望者は一八・二%にとどまったという。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1831)

●今日・あれこれ(3月5日)

+++++++++++++++++

春のような陽気。
どんより曇った灰色の空。
しかし春は、春。

昨日、まだ3月のはじめというのに、
この浜松市では、気温24度を記録した。

暑さを感ずるほど。

そのせいか、周囲の緑がいっせいに、
活気づいた。

桜の開花も、桃の開花も、みな、
例年より2〜3週間以上、早いという。

+++++++++++++++++

●偏頭痛

 今朝は、7時半に起きる。夜中に、頭痛。いつもの偏頭痛(?)。がまんして目を閉じていた
ら、そのまま熟睡。起きたときには、痛みは、ほとんど消えていた。よかった!

 偏頭痛は、眠っていても痛い。これがほかの頭痛、たとえば二日酔いによるものとか、風邪
によるものとかのちがい。

 朝、起きて、市販のB剤をのむ。あとは、お茶をたてつづけに、1リットルほど。一度、水分を
大量に補給して、血管を拡張させる。そのあと、排尿で、一気に、収縮させる。私のばあい、軽
い偏頭痛は、こうして治している。(どうか、まねをしないように!)

 偏頭痛というのは、血管が拡張して、周囲の神経を圧迫するために起こる。私の治療法は、
それなりに理屈にかなっている。


●花粉症

 今年の、花粉飛散量は、例年になく多いそうだ。私は、12年ほど前までは、その花粉症で苦
しんだ。が、今は、初期だけ。つまり最初の1週間程度だけ。あとは、そのまま、症状が消えて
しまう。

 花粉症が消えたとき、春のすばらしさを、改めて満喫するようになった。それまでは、冬が終
わることから、憂うつでならなかった。が、今はちがう。かつて苦しんだ分だけ、春をすばらしく
思うようになった。

 花粉症で苦しんでいる人には、申し訳ないが……。


●長男と浜名湖一週

 4月に、長男と、浜名湖一周を計画している。「してみないか?」と声をかけると、「暖かくなっ
たら、いい」と。

 おそらく、私にとっては、最初で最後の冒険になるだろう。新しい自転車を1台、新調するつも
り。今朝、そのことをワイフに話すと、「あなたは鍛えているからいいけど、Sには、無理かもし
れないわ」と。

 「いいよ、ぼくは、Sのペースで、うしろを走るから」と。今日にでも、地図を買ってきて、計画を
練るつもり。


●EのBLOG

 息子のEが、正式に、JALのパイロットとして、就職が決まった。最初の勤務地は、成田。国
際線パイロットに1歩、近づいた。

 が、問題が起きた。JALの職員の人に、「JALの内部のことは書かないように」と。息子のE
は、この2年間、ずっと、日記風のBLOGを書いている。それがJALの人の目にもとまってい
たようだ。

 私も、同意見。これからは学生ではない。息子は気をつかって、「J社」と書いていたが、「J
社」でもまずい。だれが読んでも、JALとわかってしまう。「世界の旅行記でも書いたら?」と、
私は提案しているが……。


●株価、大暴落!

 ここ1週間、株価の動きが異常。飛行機にたとえるなら、積乱雲か何かにつかまってしまい、
乱高下しているような感じ。あるいは地面にたたきつけられているような感じ。

 私のように、小遣いの範囲で株の売買を楽しんでいる人には、そうではないが、一方で、今ご
ろ、まっさおになって、対策を考えている人もいるはず。全財産を失った人もいるかもしれな
い。とくに証券会社に踊らされて、中国株を買った人など。

 ちなみに3月5日、午前11時(日本時間)現在、世界の株価は、つぎのようになっている。

日本    ……364円安      2・2%↓
韓国    ……韓国23ポイント安  1・7%↓
台湾    ……114ポイント安   1・5%↓
シンガポール……85ポイント安    2・8%↓

問題の中国・上海株(B株式指数)は、4・6ポイント安で、2・7%↓。

 日本の株価は、さがりすぎ? ほんの少し金利をあげただけで、急激な円高を招いてしまっ
た。それが株価(輸出関連株)の下落につながった。1週間前に、私は、「まだ切りあげの時期
が、早すぎる」と書いた。それがはからずも、当たってしまった。

 (私には、結構、先見の明があるのだぞ。損得勘定なしに、無我、無益の状態で、ものを書い
ているからね。)

 では、どうなるか?

 ここ1か月は、大混乱がつづく。私のような素人は、株を塩漬けにして、嵐が過ぎ去るのを待
ったほうがよい。


●ISO・3200

 今度のデジカメ(P社のFZ50)は、すごい。超高感度に設定すると、ISO・3200にまで、感
度をあげられる。

 これで夜空をとると、まるで、昼間のような写真がとれる。

 昨夜、その写真をワイフに見せると、「これ昼間にとったのでしょ」と言った。私の言うことを信
じなかった。しかし夜の写真である。月は明るかったが、夜は、夜。

 そこで気がついた。

 夜でも、超高感度のカメラ(目)で見ると、昼のように見える。

 ……よく宇宙人の目は、大きいという。宇宙という暗い空間を行き来しているうちに、目だけ
が大きくなったらしい。だから宇宙人は、みな、目に、サングラスとして働く、透過性の膜を張っ
ているという。

 あくまでも、SF的な話のひとつだが……。

 しかし宇宙人には、夜でも、昼間のように明るくものが、見えるはず。夜中でも、空は、水色
の空に見えるはず。

 超高感度のカメラで、夜空をとると、その空が、水色になっていた。これには、驚いた。夜で
も、空は、青いのだ。水色なのだ!


●失言外交

+++++++++++++++++

日本の国際外交のお粗末さには、あきれる。
ホント!

すべてが、後手、後手。今は、打つ手なし!

「拉致問題が解決しなければ、援助はいっさいしない」と、
いくら声高に叫んでも、今となっては、負け犬の遠吠え。

競技場の外から、ワォー、ワォーと叫ぶだけ。

アメリカに裏切られても、文句、ひとつ言えない。
おまけに、失言つづき。

一連の失言が、日本を窮地に陥(おとしい)れた。
称して、「失言外交」。

+++++++++++++++++

 「黙っていても、アメリカは日本を助けてくれるだろう」という夢に、日本はとりつかれていた。
日本は、何もしなかった。しないばかりか、アメリカの批判までしてみせた。あの防衛相は、あ
ろうことか、ブッシュの一般教書演説のその直後に、それをやってしまった! 「アメリカのイラ
ク政策は、幼稚」「まちがっていた」「アメリカは根回しをしらない」と。ブッシュ大統領が、怒って
当たり前。

 とたん、極東アジア情勢が、急変した。ドイツで米朝2国間協議がなされ、裏取り引きで、覚
書まで交わされた。「まさか、そこまではしないだろう」と、日本政府は思っていたにちがいな
い。甘いと言えば、甘い。当時、日本におけるアメリカ軍の基地移転問題は、こじれにこじれて
いた。

 現在、韓国とK国の間の、南北閣僚級会談は、終了したところ(3月3日)。「南北閣僚級会談
は、成果なく終わった」(日本の報道機関)ということになっているが、だれがそんな話を信ずる
か? 

 K国のP市を離れるとき、K国の代表たちは、みな、韓国の代表たちに、にこやかに手を振っ
ていたという。K国の代表は、大声で笑っていたという。

 一方、今、ニューヨークで米朝会談が進められている。米朝会談は、今後「今後、定例化され
る」という。……となると、日本は、どこに身を置いたらよいのかということになる。日本の居場
所すらない。言うなれば、住所不定。そんな状態。

 しかしまあ、それにしても、お粗末な外交。小泉さんから安倍さんにバトンタッチしただけで、
かくも、極東情勢が急変するとは! 実のところ私にも予想していなかった。小泉さんは、イギ
リスへの留学経験がある。安倍さんは大学を卒業したあと、会社員をしていたという。世界を
見る目が、180度、ちがっていたということか?

 どうして日本の外務省は、アメリカの心変わりを、先に読めなかったのか。同時に、どうして
何らかの手を打てなかったのか。国際外交の世界には、いつもウラがある。ウラのそのまたウ
ラがある。

 すでに今ごろは、こんなウラ取り引きがなされていることだろう。
 
●南北統一後も、K国は、核兵器をもってもよい。(アメリカ、中国)
●K国への補償は、すべて日本にさせる。(他の4か国)
●日朝交渉は、日本の問題。(アメリカ)
●米中で、アジアの富を、2分する、と。(アメリカ、中国)
●K国の憎悪の念は、日本に向けさせる。(韓国)

ここまで追いつめられると、日本にとって考えられる、つぎの手は、つぎの3つ。(1)交戦覚悟
で、日朝交渉に臨む。(2)韓国経済を破綻にもちこむ。(3)アメリカから日本の債権を引きあ
げる。「引きあげる」と脅すだけでもよい。

 しかしどれも今は、実行不可能なことばかり。そんなわけで、ここは静かに、時の流れを待つ
しかない。将棋にたとえるなら、王将を左右に動かしながら、相手の出方を待つしかない。

 どこかでスキが生じたら、そのスキに割って入る。今は、それしかない。

 それにしても、日朝交渉の部会が、ハノイでなされるとは! どうしてハノイなのか……という
ところから読めば、この先、日本がどうなるか、おおかたの予想はつくはず。あやうし、日本!
 どうする、日本!


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1832)

●交流分析

 人とのかかわり方を見て、その人の性格を分析しようというのが、「交流分析」。たとえば、事
業か何かで失敗した人がいたとする。

 その人との濃密度にもよるが、そのとき、その人への接し方には、さまざまなパターンに分か
れる。

 精神分析学者のバーンは、つぎの3つに分類した。

(1)親の心(P)
(2)おとなの心(A)
(3)子どもの心(C)

 「そんなことでは、ダメでしょ」「ちゃんとがんばりなさいよ」と、親の立場で、叱ったり励ましたり
するのが、親の心(P)。「失敗はだれにでもある」「では、こうしたらどうかな」と、冷静に判断し
て、理性的に解決策を考えたりするのが、おとなの心(A)。「ワー、どうしたらいいの」「あなた
はこのままダメになってしまう」と、子どものように、取り乱して、相手を責めるのが、子どもの
心(C)ということになる。

 子どもの心(C)が、悪いというわけではない。ときには、子どもの心(C)にかえり、自然や芸
術に感動することも必要。またおとなの心(A)が、よいというわけではない。おとなの心(A)が
強すぎると、権威主義的なものの考え方をするようになったりする。

 大切なのは、「バランス」(バーン)。

 この3つの心をじょうずに使い分け、そのつど、臨機応変に対処していく。たとえばみなで、楽
しく騒ぐときは、いっしょに騒ぐ。しかし必要に応じて、威厳を保ち、相手を指導すべきときは、
指導する。それがうまくできる人、つまりほどよくバランスのとれた人を、「協調性のある人」と
いう。人格の完成度の高い人という。

 これら3つの心は、そのつど、微妙に変化する。変化して、当然。たとえば子どもが何かの失
敗をしたとする。お茶をこぼしたときを考えてみればよい。

 そういうとき、ときには、カッと頭に血がのぼり、子どもをはげしく叱ることもあるだろう。また
べつのときには、冷静に、「これからは、気をつけよう」と諭すこともあるだろう。

 そういう変化をコントロールするのが、自己管理能力ということになる。最近の研究によれ
ば、大脳の前頭前野がその管理能力に、深くかかわっているそうだ。

 ……そう言えば、あのフロイトも、(超自我の人)、(自我の人)、(エスの人)という言葉を使っ
て、同じようなことを説明していた。

 ともかくも、人は、他者とのかかわりをもってはじめて、人となる。いくら人格的に高邁(こうま
い)でも、他者とのかかわりをもたない人は、人でないと断言してもよい。交流分析は、その(か
かわり方)をみて、その人の性格を分析する方法と考えてよい。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 交流
分析 バーン 性格 性格論 おとなの心 子どもの心 親の心)


●超自我の人、自我の人、そしてエスの人。

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超自我の人、自我の人、そしてエスの人。

「エスの人」というのは、自分の本能の
命ずるまま、欲望に溺れて生きる人をいう。

++++++++++++++++++++

●エスの人

 フロイトは、人格、つまりその人のパーソナリティを、(1)自我の人、(2)超自我の人、(3)エ
スの人に分けた。

 たとえば(1)自我の人は、つぎのように行動する。

 目の前に裸の美しい女性がいる。まんざらあなたのことを、嫌いでもなさそうだ。あなたとの
セックスを求めている。一夜の浮気なら、妻にバレることもないだろう。男にとっては、セックス
は、まさに排泄行為。トイレで小便を排出するのと同じ。あなたは、そう割り切って、その場を楽
しむ。その女性と、セックスをする。

 これに対して(2)超自我の人は、つぎのように考えて行動する。

 いくら妻にバレなくても、心で妻を裏切ることになる。それにそうした行為は、自分の人生をけ
がすことになる。性欲はじゅうぶんあり、その女性とセックスをしたい気持ちもないわけではな
い。しかしその場を、自分の信念に従って、立ち去る。

 また(3)エスの人は、つぎのように行動する。

 妻の存在など、頭にない。バレたときは、バレたとき。気にしない。平気。今までも、何度か浮
気をしている。妻にバレたこともある。「チャンスがあれば、したいことをするのが男」と考えて、
その女性とのセックスを楽しむ。あとで後悔することは、ない。

 これら三つの要素は、それぞれ一人の人の中に同居する。完全に超自我の人はいない。い
つもいつもエスの人もいない。

 これについて、京都府に住んでいる、Fさんから、こんな質問をもらった。

 Fさんには、10歳年上の兄がいるのだが、その兄の行動が、だらしなくて困るという。

 「今年、40歳になるのですが、たとえばお歳暮などでもらったものでも、無断であけて食べて
しまうのです。先日は、私の夫が、同窓会用に用意した洋酒を、フタをあけて飲んでしまいまし
た」と。

 その兄は、独身。Fさん夫婦と同居しているという。Fさんは、「うちの兄は、していいことと悪
いことの判断ができません」と書いていた。すべての面において、享楽的で、衝動的。その場だ
けを楽しめばよいといったふうだという。仕事も定食につかず、アルバイト人生を送っていると
いう。

 そのFさんの兄に、フロイトの理論を当てはめれば、Fさんの兄は、まさに「エスの強い人」と
いうことになる。乳幼児期から少年期にかけて、子どもは自我を確立するが、その自我の確立
が遅れた人とみてよい。親の溺愛、過干渉、過関心などが、その原因と考えてよい。もう少し
専門的には、精神の内面化が遅れた。

 こうしたパーソナリティは、あくまでも本人の問題。本人がそれをどう自覚するかに、かかって
いる。つまり自分のだらしなさに自分で気づいて、それを自分でコントロールするしかない。外
の人たちがとやかく言っても、ほとんど、効果がない。とくに成人した人のばあいは、そうだ。

 だからといって、超自我の人が、よいというわけではない。日本語では、このタイプの人を、
「カタブツ人間」という。

 超自我が強すぎると、社会に対する適応性がなくなってしまうこともある。だから、大切なの
は、バランスの問題。ときには、ハメをはずしてバカ騒ぎをすることもある。冗談も言いあう。し
かし守るべき道徳や倫理は守る。

 そういうバランスをたくみに操りながら、自分をコントロールしていく。残念ながら、Fさんの相
談には、私としては、答えようがない。「手遅れ」という言い方は失礼かもしれないが、相手が、
それなりの(おとな)であるなら、私には、どうしてよいか、わからない。(ごめんなさい!)

++++++++++++++++++

 バーンが考えた、(1)親の心、(2)おとなの心、(3)子どもの心を、フロイトのこの理論に当て
はめると、親の心は自我の人の心、おとなの心は超自我の人の心、子どもの心というのは、エ
スの人の心ということになる。(必ずしも一致するわけではないが……。)

 「エス」というのは、体の中心部から人間を動かす原動力のようなものを考えたらよい。フロイ
トは、それを「性的エネルギー」と呼んだ。つまり本能のこと。

 いつだったか、私は、「理性(前頭前野)の力で、この性的エネルギーをコントロールすること
は、容易なことではない」と書いた。その気持ちは、今も、変わっていない。つまりその力は、そ
れほどまでに強力なものであるということ。

 だからEQ論でも、人格の完成度を、その管理能力をみて、判断する。自己を管理する能力
の高い人を、人格の完成度の高い人といい、そうでない人を、そうでないという。


●赤ちゃんがえりのあとに……

 下の子どもが生まれると、上の子どもが、赤ちゃんがえりを起こすことは、よくある。それはそ
れだが、そのとき、上の子どもが、下の子どもに、執拗な攻撃性を示すことがある。

 ふつうの攻撃性ではない。「殺す」寸前のところまでする。そのため、下の子どもが、上の子
どもに、恐怖心さえもつようになることがある。

 ……という話は、この世界では常識だが、今日、こんなメールを、ある女性(埼玉県U市在
住、TEさん)から、もらった。

 その女性は、三人兄弟(上から、兄、自分、妹)の、まん中の子どもだった。兄とは、4歳ちが
い。妹ととは、1歳ちがいだった。いわく……。

 「私は、もの心つくころから、兄にいじめられました。そんな記憶しかありません。父や母に訴
えても、相手にしてもらえませんでした。兄は、父や母の前では、借りてきたネコの子のように、
おとなしく、静かだったからです。

 で、私は毎日、学校から家に帰るのがいやでなりませんでした。兄は、父や母の目を盗んで
は、私と妹を、(とくに私を)、いじめました。何をどういじめたかわからないようないじめ方でし
た。意地悪というか、いやがらせというか、そういういじめ方でした。

 よく覚えているのは、私が飲んだ牛乳に、兄が、何かへんなものを入れたことです。おかしな
味がしたので、すぐ吐き出したのですが、かえって母に叱られてしまいました。『どうして、そん
なもったいないことをするのか!』とです。

 で、私が中学生になったとき、とうとうキレてしまいました。兄ととっくみあいの喧嘩になり、兄
の顔に、花瓶をぶつけてしまいました。そのため兄は、下あごの骨を折ってしまいました。

 たいへんな事件でしたが、それ以後は、兄のいじめは止まりました」と。

 ……と書いて、私は、今、おかしな気分でいる。

 今の仕事を35年近くもしてきたにもかかわらず、こういう問題があることに気づかなかった。
自分の盲点をつかれた感じである。赤ちゃんがえりを起こした子どもについては、よく考えてき
た。が、しかし、その赤ちゃんがえりを起こした兄や姉の下で、いじめに苦しんだ、弟や妹のこ
とについては、考えたことがなかった。

 つまり赤ちゃんがえりを起こす子どもの側だけで、私は、ものを考えてきた。そして赤ちゃん
がえりを起こした子どもについて、「被害者」という前提で、その対処法を書いてきた。しかしそ
の赤ちゃんがえりを起こした子どもは、一方で、下の子どもに対しては、加害者でもあった。

 実際、このタイプの子どものいじめには、ものすごいものがある。ここにも書いたように、(下
の子どもを殺す)寸前までのことをする。そういう意味で、動物がもつ嫉妬という感情は、恐ろし
い。人間がもつ本性そのものまで、狂わす。

 弟を、家のスミで、逆さづりにして、頭から落とした例。自転車で体当たりした例。シャープペ
ンシルで、妹の手を突き刺した例。チョークをこまかく割って、妹の口の中につっこんだ例など
がある。

 このタイプのいじめには、つぎのような特徴がある。

(1)執拗性……繰りかえし、つづく。
(2)攻撃的……下の子を、殺す寸前までのことをする。
(3)仮面性……上の子が、親の前では、仮面をかぶり、いい子ぶる。
(4)計画的……策略的で、「まさか」と思うような計画性をもつ。
(5)陰湿性……ネチネチと陰でいじめる。

 この中で、とくに注意したいのが、(3)の仮面性である。もともと親の愛情を、自分に取りかえ
すための無意識下の行為であるため、親の前ではいい子ぶることが多い。そのため下の子ど
もが、上の子どものいじめを訴えても、親が、それをはねのけてしまう。親自身が、「まさか」と
思ってしまう。

 で、さらに一歩、踏みこんで考えてみると、実は、こうした陰湿な攻撃性をもつことによって、
上の子ども自身も、心のキズを負うということ。将来にわたって、対人関係において、支障をも
ちやすい。こうした陰湿な攻撃性は、外の世界でも、別の形で現れやすい。

 たとえば学校などで、陰湿ないじめを繰りかえす子どもというのは、たいてい、長男、長女と
みてよい。

 そういう意味でも、人間の心は、それほど、器用にはできていない。結局は、その子ども自身
も、苦しむということになる。

 さらにいじめられた下の子どもも、大きな心のキズをもつ。たとえば兄に対してそういう恐怖
心をもったとする。その恐怖心が潜在意識としてその人の心の中にもぐり、その潜在意識が、
自分が親となったとき、自分の子どもへのゆがんだ感情となって、再現されるということも考え
られる。

 実はここに書いた、埼玉県のTEさんも、そうだ。最初は、「上の兄(8歳)を、どうしても愛する
ことができない」という悩みを、私に訴えてきた。その理由としては、TEさん自身の子ども時代
の体験が、じゅうぶん、考えられる。断定はできないが、その可能性は高い。

 何度も今までにそう書いてきたが、決して赤ちゃんがえりを、軽く考えてはいけない。この問
題は、乳幼児期の子どもの心理においては、重大な問題と考えてよい。
(はやし浩司 赤ちゃんがえり 赤ちゃん返り 負の性格 下の子いじめ 攻撃性)


●負の性格

 「負の性格」という言葉は、私が考えた。

 その人がもつ、好ましくない性格を、「負の性格」という。たとえば、いじけやすい、ひがみやす
い、つっぱりやすい、ひがみやすい、くじけやすい、こだわりやすいなど。

 こうした性格は、その人を、長い時間をかけて、負の方向にひっぱっていく。他人との関係
で、いろいろなトラブルの原因となることもある。

 問題は、こうした負の性格があることではなく、そういう負の性格に気づかないことである。気
づかないまま、その負の性格に、操られる。そして自分では気づかないまま、同じ失敗を繰り
かえす。

 こうした現象は、子どもたちを見ていると、よくわかる。ひとつのパターンに沿って、子どもは
行動しているのだが、子ども自身は、自分の意思でそうしていると思いこんでいる。
 
 ただここで注意しなければならないのは、仮にひがみやすい性格であっても、その子どもが、
いつも、そうだということにはならないということ。

 相手によっては、素直になることもある。明るく振る舞うこともある。そういう意味で、人間の
心というのは、カガミのようなものかもしれない。相手に応じて、さまざまに変化する。

 言いかえると、子どもを伸ばそうと考えたら、この性質をうまく利用する。こうした変化は、子
どもほど、顕著に現れる。そして仮に負の性格があっても、それをなおそうとは考えないこと。
簡単にはなおらないし、また「それが悪い」と決めてかかると、子ども自身も、自信をなくす。

 で、問題は、私たちおとなである。

 こうした子どもの問題を考えていくと、その先には、いつも、私たちがいる。「私たち自身はど
うか?」と。

 考えてみれば、私も、いじけやすい、くじけやすい、それにひがみやすい。そういう負の性格
をいっぱい、かかえている。で、そういう性格が、おとなになってから、なおったかというと、そう
いうことはない。今でも、いじけやすい、くじけやすい、それにひがみやすい。

 ただ、そういう自分であることを知った上で、じょうずにつきあっている。どこか、ふと袋小路
に入りそうになると、「ああ、これは本当の私ではないぞ」と思いなおすようにしている。「自分を
知る」ということは、そういうことをいう。

 だれしも、二つや三つ、四つや五つ、負の性格をもっている。ない人は、いない。要は、それ
といかにじょうずにつきあうかということ。そういうこと。
(はやし浩司 負の性格 いじけやすい ひがみやすい)


●精神不安

 S県のKKさん(女性)が、精神不安で悩んでいるという。

 「何をしても落ちつきません。夫は『気はもちようだ』と言います。わかっていますが、この不安
感は、どうしようもありません。とくに何か、問題があるというわけではないのですが、不安でな
りません」と。

 不安イコール、情緒不安と考えてよいのでは……? 精神そのものが、不安定になってい
る。そこへ心配ごとや、不安なごとが入ると、情緒は、その心配ごとや、不安なことを解消しよう
と、一気に不安定になる。

 イライラしたり、反対に怒りっぽくなったりする。突発的に、喜怒哀楽がはげしくなったりする。
ささいなことで、激怒することもある。

 こうした症状は、だれにでもあるのでは……? 私は、花粉の季節(毎年2月末〜3月)にな
ると、心身のだるさを覚え、ついで精神状態が、不安定になる。毎年のことだから、このところ
は、自分で自分をコントロールする方法を、身につけた。「ああ、今の自分は、本当の自分では
ないぞ」と。

 幸いにも、ワイフが、きわめて安定した女性なので、そういうときは、すべての判断をワイフに
任す。「お前は、どう思う?」「お前なら、どうする?」と。たいていの問題は、それで解決する。

 あとはCA、MGの多い食生活にこころがける。CAの錠剤も、私には、効果的である。戦前ま
では、CA剤は、精神安定剤として使われていたという。

 もともと私は、基底不安型の人間だから、心配性。そのため、いつも不安とは、隣りあわせに
いる。とくに、今は、いろいろ問題があって、何かにつけて、落ちつかない。

私の欠陥は、いくつかの問題が同時に起きたりすると、パニック状態になること。具体的には、
大きな問題も、小さな問題も、同時に悩んでしまう。

 だからそうなる前に、つまり自分がそうならないように、気をつける。この世界でも、予防こそ
が、最大の治療法なのである。だから、あまり変ったことはしない。「平凡」を感じたら、それが
ベストだと思うようにしている。そしてその状態を、できるだけ長く守るようにしている。あとは、
よく眠る。運動も効果的。

 あまり参考にならないかもしれない。どうか、めげないで、前に向って進んでほしい。



●義理の兄夫婦の離婚問題

 もう一通、N県にお住まいの、SHさん(女性、35歳)からのメール。いわく、「義理の兄夫婦
が、離婚寸前。仲が悪そう。こういうとき、私は、どうしたらいいか。毎月のように離婚騒動を繰
りかえしている。しかし離婚はしないようだ……」と。

 夫婦というのは、おかしなもので、結論を言えば、夫婦のことは、夫婦にしかわからないとい
うこと。殴られても、蹴られても、「今の夫がいい」と言う妻がいる。あるいはまったく収入がな
く、一日中パチンコばかりしている夫でも、「今の夫がいい」と言う妻がいる。

 もちろんその反対の妻もいるだろう。要するに、夫婦の問題は、どこまでも夫婦の問題。その
夫婦に任せるしかない。

 では、夫婦を最後の最後で結ぶ、「絆(きずな)」は何か。

 私は(やすらぎ)だと思う。その(やすらぎ)が、ほんの瞬間でもあれば、夫婦は夫婦でいられ
る。反対にそれがないと、いくら体裁をとりつくろっても、夫婦の関係は、やがて崩壊する。

 で、私たち夫婦のばあい、その(やすらぎ)とは何かを、私はよく考える。

 これは結婚当初からの習慣になっているが、どちらかが夜、床にはいるときは、必ず、いっし
ょに入るようにしている。とくに、冬の寒い日は、ワイフのぬくもりは、ありがたい。つまりそれが
私にとっては、(やすらぎ)であるように思う。

 この(やすらぎ)があるから、あとは一日中、それぞれが勝手なことをしていても、私たちは夫
婦でいられる。仮に見た目には、大喧嘩をしても、また元のサヤに収まることができる。夫婦と
いうのは、そういうものか?

 多分、SHさんの義理の兄夫婦にも、どこかにその(やすらぎ)があるのかもしれない。またそ
れがあるからこそ、離婚しないで、最後のところで、たがいにふんばっているのかもしれない。
外見だけを見て、その夫婦を判断してはいけない。

 その点、欧米人の夫婦には、学ぶべき点が多い。たとえば寝室にしても、ほとんどがダブル
ベッドで寝ている。50歳になっても60歳になっても、そうだ。つまり一日のうちの三分の一か
ら、四分の一を、いっしょに過ごすことで、夫婦の絆を守っている?

 誤解のないように言っておくが、アメリカは別として、今では、日本の夫婦の離婚率のほう
が、ヨーロッパ各国の夫婦の離婚率より高いことを忘れてはならない。

 さてあなたは、今の夫(妻)に、どこでどのような(やすらぎ)を覚えているだろうか。これは私
の勝手な解釈によるもので、何も参考にならないかもしれない。しかし今の私の考えによれ
ば、その(やすらぎ)を、どこかで覚えれば、それでよし。そうでなければ、ひょっとしたら、あな
たも、離婚予備軍かもしれない。

 反対に言うと、たがいにその(やすらぎ)をもつということは、夫婦円満のカギになるというこ
と。毎晩、同じベッドで、たがいの寒さを防ぎあって寝るというのも、その一つの方法かもしれな
い。

 そう言えば、ここ数日、暖かいと言っても、夜は寒い。しばらくストーブを使っていなかったが、
ここ数日は、使っている。そのせいか、昨夜は、改めてワイフの体のぬくもりを、ありがたく感じ
た。
(はやし浩司 夫婦絆 夫婦のきずな やすらぎ 夫婦のやすらぎ)


●生徒の依存性

 教える立場のあるものは、いつも、生徒の依存性に注意を払わなければならない。はっきり
言えば、「生徒に、依存心をもたせてはいけない」。

 仮に教師が、生徒に依存性をもたせると、(教育)というよりも、それは(カルト)に近い関係に
なる。教師は、どこまでも教師。カルト教団の教祖であっては、いけない。

 たとえば教師と生徒は、いつかどこかで出会い、そして別れる。わかりやすく言えば、教師と
生徒の関係は、その出会ってから、別れるまでの関係である。つまり、教える側も、学ぶ側も、
その(別れ)をいつも、心のどこかに用意して、教え、そして学ぶ。

 そういう意味では、(教育)というのは、その人の(土台)のようなもの。

 私は中学時代、M氏という、バリバリの共産党員の先生に習った。塾の先生だった。何度も
市長に立候補したが、最後まで当選することはなかった。

 しかし私は、心の中で、いくらその先生を尊敬していても、私自身は、共産党員にはならなか
った。私が尊敬したのは、そのM先生の生きザマだった。

 たとえばM先生は、正月の年賀状も、自分で歩いて配達していた。夏になると、毎日、長良
川で水泳をしていた。そういう生きザマだった。事実、M先生は、(当然のことだが……)、塾の
中では、共産党の話は、まったくしなかった。マルクスの「マ」の字も、話さなかった。

 だから私は、M先生を尊敬しながらも、M先生を自分の土台とすることができた。恐らく私
も、M先生も、いつかくる(別れ)を予想しながら、つきあっていたのだと思う。

 そんなわけで、教師は、生徒に依存心をもたせてはいけない。「いつか、そのときがきたら、
あなたはあなたで勝手に生きていきなさい。あとのことは、私は知らない」と。そういうクールさ
(=ニヒリズム)をもつ。

 それが私は、教師と生徒の、あるべき関係だと思う。余計なお節介かもしれないが……。
(はやし浩司 理想の教師 教師と生徒 生徒と教師)

++++++++++++++++

(補記)

 今、ふと、こんなことを思った。

 M先生は、そのあと何度か市長選に出たが、毎回、破れた。つまりそれなりの人物だったと
いうことになる。が、私たちの前では、共産主義の「キ」の字も話題にしなかった。

 しかしそれは、つまりM先生が、仕事と主義を分けていたのではなく、私たちのような子ども
を相手にしていなかったと考えるほうが、正しい。

 私も同じような場面に、よく出会う。たとえば子どもが、私に向って、「先生は、バカだなあ」と
言ったとする。しかしそういうとき、私は、「君たちなんか、相手にしてないよ」と、心の中で思う。

 こちらはその子どもの心のスミのスミまでわかる。しかしそんなことを説明しても意味はない。
説明するとしても、何年もかかるだろう。それは乾電池のつなぎ方をやっと覚えた子どもに、ラ
ジオの回路の話をするようなものかもしれない。

 あのM先生も、いつも、そう思いながら、私たちを見ていたにちがいない。私は見たことがな
いが、市議会の場などでも、M先生は、かなりはげしい議論をしていたそうだ。私たちの前で
は、静かで、学者のような先生だったが……。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1833)

【今朝・あれこれ】(3月7日)

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昨夜は12時ごろまで、HPのタイトルを作りなおして、
遊んでいた。

FLASHを使って、動きのあるタイトルに
した。

それが結構、楽しかった。

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●HPのタイトル

 FLASHを使うと、動きのある画像を、HP上に載せることができる。このところ安価なソフトが
出てきた。以前は、FLASH作成ソフトというと、4〜5万円はした。今は、1万円弱で買える。

 で、それを使って、HPのタイトルを作りなおしてみた。興味のある人は、どうか、私のHPをの
ぞいてみてほしい。

 で、こういうことに夢中になっているときというのは、時間が過ぎていくのを忘れる。床につい
てからも、「ああしよう」「こうしよう」と考える。そのまま眠ってしまう。


●青い空

 ここ数日は、空ばかり見ている。青い空に、白い雲。風が強い日は、空も美しい。私のような
人も少なくないと思う。私は、白い雲が好き。そんなわけで、ここ数日は、ヒマさえあれば、雲ば
かり、撮影している。

 そうそう、木々の若葉が、少しだが、吹き出してきた。春の気配を、あちこちに感ずる。新しい
デジカメも手に入った。よい写真を撮って、マガジンに載せたい!


●卒業式

 息子の大学の卒業式が近づいてきた。ホテルとチケットの予約を、今日の午後、すます。無
事、就職先も決まった。よかった。

 それにしても、長い大学生活だった。横浜のY大学に3年。それからオーストラリアに1年。航
空大学に2年。計、6年。息子は息子なりに、よくがんばった。


●教育長の任命制度

 教育再生会議なる(会議)の動きに、みなさんも、注意したらよい。どうも、おかしい? どこ
か、ヘン? 各地で行われた公開討論会も、やらせだったという。しかも出てくる答申が、どれ
も「?」。各県の教育長にしても、任命制度にするとか、しないとか。

 完全に、時代の流れに逆行している。(欧米では、教育は自由化の方向に向っているぞ!)

 どうして中央官僚たちは、こうまで日本人を管理したがるのか? むしろ逆で、文科相を、選
挙で選ぶようにしてはどうか。地方の市町村クラスの教育長が、選挙で選ぶ、とか。

 I文科相に失言には、うんざり。

 「大和民族がずっと日本の国を統治してきたことは、まちがいない」「日本はきわめて、同質
的な国」(長崎県N町での自民党支部大会・07年2月25日)と。

 その上で、こんな発言まで!

 「どんなに栄養があっても、毎日バターばかり食べていれば、メタボリック症候群になる。人権
は大切だが、尊重しすぎたら、日本社会は、人権メタボリック症候群になる」とも。

 とんでもない発言だが、そういうことを、文科相という、(知的世界のトップ)に立つ人が口にす
るから、恐ろしい。そうでなくても、日本人がもつ人権意識は、低い。低いまま、こういうことを
堂々と言ってのける。文科相というより、政治家の知的レベルの低さに、ただただあきれる。

 
●今日も始まった!

 Eマガの読者が、3人、ふえた。うれしかった。大きなことは望まない。望みようもない。今は、
こうして少しでも、Eマガの読者がふえることだけが、楽しみ。励みになる。

 今日も、がんばる! 今日、新たに購読を申しこんでくれた3人のみなさん、どうもありがと
う!

(付記)

 この日本で、文科相のような人を批評、批判できるのは、私のような立場のものだけ。学校
社会では、文科相といえば、宗教団体の中における法主(ほっす)のようなもの。クビまでは飛
ばないが、かなりヤバイ。

 どこの組織にも属さず、好き勝手なことが書ける。これが私の強み。利点。私の特権。


●老人の赤ちゃん返り

++++++++++++++++++

下の子どもが生まれると、上の子どもが、
赤ちゃん返りを起こすことがある。

つまり本能的な部分で、このタイプの子どもは、自らを、
赤ちゃんぽくして、親の愛(=本能的な愛)を、
自分に取りもどそうとする。

本能的であるがゆえに、叱っても意味はない。
子ども自身にも、その自覚はない。
意識的な行動というよりは、無意識的な行動である。

同じように、老人にも、赤ちゃん返りに似た
現象が起きることを発見した。

称して、「老人の赤ちゃん返り」。

++++++++++++++++++

 生後直後の赤ちゃんでも、親に対して愛着行動(アタッチメント)を繰りかえすことが、最近の
研究でわかってきた。わかってきたというより、常識。親から子、子から親へと、相互に働くこと
から、相互愛着(ミューチュアル・アッタチメント)という。

 (それまでは、愛着行動は、親から子への一方的なものと考えられていた。)

 つまり赤ちゃんは、本能的な部分で、(かわいさ)を演出し、親の愛(=本能的な愛)を呼び起
こそうとする。つまりこうして赤ちゃんは、親の愛を自分にひきつけ、親にめんどうをみてもらう
とする。

 もしこの段階で、赤ちゃんが、親に向って、「コノヤロー、テメエ、早く、乳、よこせ!」というよ
うな態度をとったら、親は、子どもを育てない。つまり、その時点で、人類は、絶滅していたこと
になる。

 だから赤ちゃんは、親にとっては、かわいい。かわいいから、親は、赤ちゃんを育てる。ほと
んどの母親が、赤ちゃんの泣き声を聞いたとき、いたたまれないような愛くるしさを覚えるの
は、そのためと考えてよい。

 人類が、(ほとんどの動物も同じように考えてよいが)、過去、数十万年という長い歴史の中
を生き抜いてくるこができたのは、この(かわいさ)があったためということになる。

 で、その(愛)に不安を感じたとき、子どもは、赤ちゃん返りを起こす。よくある例は、下の子ど
もが生まれたようなとき。嫉妬(しっと)は、子どもの心をゆがめる。ゆがめるだけならまだしも、
自分の生存がおびやかされるような不安を感ずると、本能そのものが、目覚める。

 それが赤ちゃん返りである。つまり子どもは、もう一度、赤ちゃんにもどり、親の愛を取りもど
そうとする。赤ちゃんらしくして、親の本能をくすぐろうとする。

 ……というのは、子どもの世界の話。実は、老人にも、似たような現象があるのがわかる。現
在の私の母が、そうである。

 現在、私の母は、90歳。ベッドから半径3〜4メートル以上は、離れることができない。少し
前までは、這って行動していたというが、私の家では、しない。手すりから手すりへと、つたって
歩いている。下半身も不自由になったが、脳の中の三半規管に、問題があるようだ。手すりに
つかまっていても、まっすぐ立っていることができない。

 母は、私たちの介護なしでは、生きていくことはできない。そういう母だが、懸命に、やさしい
母を演じながら、私たちの関心をひこうとする。いや、最初は、「やさしい母」と思ったが、よく観
察してみると、どうもそうではない。

 絶えず同情を買うような、表情、しぐさをしてみせる。私たちがそばにいるとわかると、突然、
変化する。弱々しく、ひ弱な母に変身する。変身するというより、それが身についてしまってい
る。

 ただ私は、子どものころから、そういう母を、うしろから見て育っている。表では、今にも死に
そうな声で、「浩司、元気……?」と言ったあと、私が何か口答えでもしようものなら、突然キレ
る。怒鳴り散らす。「何だ、子どものクセに、親に向ってエ!」と。

 今の母は、言うなれば、仮面をかぶった母ということになる。しかもその仮面を、取りはずす
ことを忘れてしまっている。だから私たちと同居するようになって、もう、3か月になろうというの
に、心の交流がない。心を閉ざしたまま、それを開こうともしない。

 よい母は、よい母なのだが、まるで他人のよう。他人に接するように、私たちに接する。「よい
母に見せるためには、どうあるべきか」……ということだけを考えて行動している。そんな感じ
すらする。長い間、老人をつづけているうちに、どうやら、そうなってしまったらしい。

 その(よい母)は、まるで、赤ちゃん。オギャーオギャーとまでは泣かないが、それに近い行動
をとる。ベッドから起きあがるときも、わざと体を二転、三転させたりする。そして手を私のほう
に差し出し、「助けてくれエ……」と。

 ネチネチとした言い方、甘え方は、まるで赤ちゃん。が、どこか不自然。そのどこか不自然な
ところが、本物の赤ちゃんとちがうところ。つまり赤ちゃん返りを起こしている幼児、そっくり。

 つまり母は母で、そういう形で、私たちの愛を、自分に向けさせようとしている。

 ……こうして考えてみると、人間が本能的にもつ性(しょう)というのは、そうは簡単には変わ
らない。変えられない。人間の脳みその奥深くにまで、しみこんでいる。そしてそれが、90歳と
いう年齢になっても、必要に応じて外に出てくる。

 対する私は、「どうせ、本気で相手にしてもしかたないから……」と、適当にあしらってすます。
ときに、冷たく、突き放すこともある。「自分のことは、自分でしな!」と。そういうとき瞬間、母の
目は、鋭く冷たい眼光を放つ。いくら笑顔をとりつくろっても、目だけは、笑わない。暗く沈んで
いる。が、私は、無視する。

 つまりそうすることのほが、かえって母には、よい。運動にもなる。そのあと、戸のすきまから
のぞいて見ていると、まるで別人のように、自分で起きあがって、好き勝手なことをしている。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 老人
の赤ちゃん返り、赤ちゃん帰り、あかちゃんがえり)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1834)

●家計負債が、72兆円!

+++++++++++++++++

「世界にもっとも、(好影響)を与えている
国は、カナダと日本」だ、そうだ。

こういう事実を、韓国のN大統領は、
どこまで知っているのだろう?

韓国のN大統領も、狭い世界の中だけで
ものを考えず、少しは、井戸の中から、
顔を出してみてはどうだろうか。

+++++++++++++++++

「世界に最も好影響を与えている国は、カナダと日本」という、そんな調査結果が、このほど、
公表された」(読売新聞、07年3月7日)。

 読売新聞の記事をそのまま紹介する。

『イギリスのBBC放送と、アメリカのメリーランド大学が、27か国の約2万8000人を対象に行
った世論調査で、日本の国際的影響力が高い評価を得ていることがわかった。

 調査は、昨年11月〜今年1月の間に実施され、英国、カナダ、中国、フランス、インド、イラ
ン、イスラエル、日本、北朝鮮、ロシア、米国、ベネズエラ、欧州連合(EU)のそれぞれについ
て、世界に「好影響を与えているか」「悪影響を与えているか」を聞いた。

 「好影響」は、カナダと日本が54%で並んでトップ。EU(53%)、フランス(50%)がつづい
た。日本について「悪影響」との回答は20%。「悪影響」との回答の方が多かったのは、中国
と韓国だけだった』(YOMIURI ONLINE)と。

 ここで注目すべき点は、「悪影響との回答の方が多かったのは、中国と韓国だけだった」とい
う点(原文のまま)。

 こうしたニュースは、中国はもちろん、韓国の中では、ぜったいに報道されない。戦後、アメリ
カ、そして日本が、敷いてきた自由貿易体制の中で、今、経済的繁栄を謳歌しながら、反日、
反米を説くおかしさ。そのおかしさを、少しは、中国も韓国も知るべきではないのか。

 とくに、韓国。N大統領。「反日」を唱えれば、それだけで支持率があがると、いまだに思いこ
んでいる。しかも何をしても、「日本は悪い」と。アメリカで、アメリカの議員が、従軍慰安婦問題
をとりあげれば、「ありがとう」と。そして「日本は必死で、ロビー活動を展開し、この問題をもみ
消そうとしている」(東亜N報)とも。

 東亜N報は、つぎのように報道している。

 『日本は、首相官邸主導で、アメリカ政府や関係議員に、「採択阻止の協力」を要請してい
る。安倍首相の訪米日程を当初の予定より多少繰りあげる方向で調整しているのも、これと無
関係ではない』(3月3日)と。

 これほどまでに、憶測と被害妄想のかたまりのような記事はない。今どき、ロビー活動をする
のは、世界の常識ではないか。しかも韓国は、つごうのよいときだけ、新米的になる。反米なら
反米でよいから、アメリカの議会の動きなど、気にしないこと。

それにしても、安倍首相が、採択阻止のために、訪米の日程を繰りあがている? フ〜ン。知
らなかった……。

 が、日本は、そうまで悪者なのか? 韓国の新聞記事を読んでいると、おかしな錯覚にとらわ
れる。たとえば日本が偵察衛星をあげたことについても、「K国の核開発にかこつけて」と、「か
こつけて」という言葉を使って、報道している(朝鮮N報)。

 つまり「K国の核開発にかこつけて、韓国をも偵察する衛星を打ちあげた」と。少し前には、
「中国が衛星破壊実験をしたのは、日本の偵察衛星の破壊実験が目的だった」(朝鮮N報)と
も。

 まさに言いたい放題。つまり韓国では、こうして韓国内の反日感情をもりあげている。

 しかし世界の人たちは、日本をそうは見ていない。見ていないことは、今回の調査結果でも
わかるはず。

 どうにもこうにも、仲よくできない国、それが韓国。そしてK国。心理学の世界にも、「好意の
返報性」という言葉がある。「魚心あれば、水心」ともいう。相手の感情に応じて、こちらの感情
も形成される。日本の私たちのもつ、反韓国感情のほとんどは、韓国の人たち自らが作りだし
ていると考えてよい。

 (私は、現在のN大統領政権になってから、ますます韓国が嫌いになったぞ!)

 その韓国。韓国銀行の統計によれば、昨年末(06年)現在で、家計での借入など借金の総
額が、581兆9635億ウォン(約71兆7094億円)となり、前年比では60兆4676億ウォン
(約7兆4508億円)=11・6 %=増加したという。

 家計の借金が、史上最大規模の、72兆円にも達したというのだ(朝鮮N報・3月7日)。

 日本は、バブル経済期に、銀行が不良債権をかかえたが、韓国では、家庭が不良債権をか
かていることになる。しかしそれにしても、72兆円とは! 日本の人口規模に換算すると、21
0兆円! 210兆円だぞ!

 ハハハ、私たち日本人の知ったことかア!

 いいか、日本政府! 今度韓国経済が破綻しても、ぜったいに日本のほうから助け舟を出す
な! 相手が頭をさげて頼みにくるまで、出すな! ぜったいに、出すな!


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●赤ちゃん返り

+++++++++++++++

愛着行動は、親から子どもへの
一方的なものではない。

子どもも、実は、親へ、愛着行動を
繰りかえす。

親にとってかわいい子であることを、
子どもは本能的な部分で、演出しよう
とする。

+++++++++++++++

 子どもの世界には、「赤ちゃん返り」と呼ばれる、よく知られた症状がある。下の子どもが生ま
れたことが原因で、上の子どもが、赤ちゃんのようになる症状をいう。それまでしなかったおも
らしを、再び、し始めたり、態度、しぐさ、それにものの言い方などが、赤ちゃんのようになる。
「ママ」のことを、「ウマーマー」と言ってみせたりするなど、言い方そのものが、ネチネチとした
言い方になることも多い。

 本能的な嫉妬心が、子どもの心をゆがめると考えるとわかりやすい。つまり生まれたばかり
の赤ちゃんは、自分のかわいさを親にアピールすることで、親の保護を受けようとする。こうし
た行為は、意思的な行為というよりは、本能的な行為と考えるのが正しい。つまりこの時期、愛
着行動は、親から赤ちゃんに対してだけではなく、赤ちゃんからも親に対してと、その双方向に
おいてなされる。

 それを「ミューチュアル・アタッチメント(相互愛着)」と呼ぶ学者もいる。

 で、下の子どもが生まれたりすると、上の子どもは、もう一度、親の愛情を自分のものにしよ
うと、本能的な部分で、親への働きかけ(アタッチメント)を始める。それが「赤ちゃん返り」であ
る。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●人間の刷り込み

+++++++++++++++++

人間の脳にも、刷り込みがあるという。
生後直後から、数週間の間に、
それがなされるという。

この期間を、「敏感期」と呼んでいる。
親子の関係を築く、とくに重要な時期と
考えてよい。

+++++++++++++++++

●刷り込み(インプリンティング)

 中学生が使う英語の教科書に、「インプリンティング(刷り込み)」の話が出ていた。オーストリ
ア人の動物学者のコンラット・ローレンツ(1973年にノーベル医学・生理学賞受賞者)という学
者の体験談である。

もう15年近く前のことだが、私は、それまでインプリンティングのことは、知らなかった。最初
に、「ほほう、そんなおもしろいことがあるのか」と感心しながら、辞書を調べたのを覚えてい
る。

 が、当時は、英語の辞書にも、その説明はなかったように思う。だから子どもたちには、「そ
んなこともあるんだね」というような言い方で、教えていたと思う。

 刷り込み……アヒルやカモなど、孵化後、すぐ歩き始める鳥類は、最初に見たり、聞いたりし
たものを、親や、親の声だと思うようになるという。しかしその時期は、孵化後すぐから、24時
間以内だという。その短時間の間に、脳の中に、刷り込まれるという。

 そしてここが重要だが、一度、その刷り込みが行われると、それ自体が、やりなおしがきかな
くなるという。だから「刷り込み」のことを、(やりなおしのきかない学習)と呼ぶ学者もいる。その
鳥は、生涯にわたって、その刷り込みに支配されるようになる。

 実は、人間にも、そういう刷り込みに似た現象が起きていることが、わかっている。生後直後
から、数週間の間だと、いわれている。「敏感期」と呼ばれる時期がそれである。新生児は、生
後直後から、この敏感期に入り、やがてすぐ、どの人が自分の親であるかを、脳の中に刷り込
むと言われている。

 が、それだけではない。その刷り込みと同じに考えてよいのかどうかはわからないが、新生
児特有の現象に、「アタッチメント(愛着)」がある。

 子どもは生まれるとすぐから、母親との間で、濃密な情愛行動を繰りかえしながら、愛情の絆
(きずな)を築く。アタッチメントという言葉は、イギリスの精神科医のボウルビーが使い出した
言葉である。

 しかし何らかの理由で、この愛着の形成に失敗すると、子どもには、さまざまな精神的、肉体
的な問題が起こるといわれている。ホスピタリズムも、その一つ。日本では、「施設児症候群」
と呼ばれている。

ホスピタリズムというのは、生後まもなくから、乳児院や養護施設など、親の手元を離れて育て
られた子どもに広く見られる、特有の症状をいう。

 このホスピタリズムには、つぎの10項目があるとされる(渋谷昌三「心理学辞典」・かんき出
版)。

(1)身体発育の不良
(2)知能の発達の遅れ
(3)情緒発達の遅滞と情緒不安定
(4)社会的発達の遅滞
(5)神経症的傾向(指しゃぶり、爪かみ、夜尿、遺尿、夜泣き、かんしゃく)
(6)睡眠不良
(7)協調性の欠如
(8)自発性の欠如と依存性
(9)攻撃的傾向
(10)逃避的傾向

 親の育児拒否、冷淡、無視などが原因で、濃密な愛着を築くことに失敗した子どもも、似たよ
うな症状を示す。そして一度、この時期に、子どもの心にキズをつけてしまうと、そのキズは、
一生の間、子どもの性癖となって残ってしまう。

 先に書いた刷り込みと、どこか似ている。つまり一度、そのころ心が形成されると、(やりなお
しのきかない学習)となって、その人を一生に渡って、支配する。

 ……と書くと、実は、この問題は、子どもの問題ではなく、私たちおとなの問題であることに気
づく。その「やりなおしのきかないキズ」を負ったまま、おとなになった人は、多い。言いかえる
と、私たちおとなの何割かは、新生児の時代につけられたキズを、そのまま、引きずっている
ことになる。

 たとえば今、あなたが、体が弱く、情緒が不安定で、人間関係に苦しみ、睡眠調整に苦しん
でいるなら、ひょっとしたら、その原因は、あなた自身というより、あなた自身の乳幼児期にあ
るかもしれないということになる。

 さらに反対に、おとなになってからも、あなたの母親との濃密すぎるほどの絆(きずな)に苦し
んでいるなら、その絆は、あなたの乳幼児期につくられたということも考えられる。

 実は、私が話したいのは、この部分である。

 そうした(あなた)は、はたして(本当のあなた)かどうかということになる。

 少し前、(私)には、(私であって私でない部分)と、(私であって私である部分)があると書い
た。もしあなたという人が、その新生児のころ作られたとするなら、その(作られた部分)は、
(あなたであって、あなたでない部分)ということになる。

 仮に、あなたが、今、どこか冷淡で、どこか合理的で、どこか自分勝手だとしても、それは(あ
なた)ではない。反対に、あなたが、今、心がやさしく、人情味に厚く、いつも他人のことを考え
ているとしても、それも(あなた)ではないということになる。

 あなたは生まれてから、今に至るまで、まわりの人や環境の中で、今のあなたに作られてき
た。……と、まあ、そういうふうに考えることもできる。

 このことには、二つの重要な意味が含まれる。

 一つは、だから、育児は重要だという考え方。もう一つは、では「私」とは何かという問題であ
る。

 かなり話が、三段跳びに飛躍してしまった感じがしないでもない。しかし子どもを知れば知る
ほど、その奥深さに驚くことがある。ここにあげたのが、その一例ということになる。

 そこであなたの中の「私」を知るための、一つのヒントとして、あなた自身はどうだったかを、
ここで思いなおしてみるとよい。あなたの乳幼児期を知ることは、そのままあなた自身を知る、
一つの手がかりになる。

 まとまりのない原稿になってしまったので、ボツにしようかと考えたが、いつか再度、この原稿
は、書きなおしてみたいと思っている。それまで、今日は、この原稿で、ごめん!
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 アタッ
チメント ホスピタリズム 敏感期 刷り込み インプリンティング 刷りこみ)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1835)

【読者の方より……】

 埼玉県にお住まいの、SY子さんから、こんな質問がありました。

+++++++++++++

毎回楽しみに読ませていただいています。

少し前のマガジンになりますが、カレンダーのお話が載っていて母からの話を思い出しました。

日本人は働いてから休む。だから月曜日から始まって最後が日曜日。でも欧米は休んでから
働く。だから日曜から始まると・・・。

本当なのかはわかりません。母は他界しているのでどこからその話を知ったのかも分からない
のですが、「だから頑張ってから休む、頑張ってからご褒美がもらえるのよ」と言う話に、納得し
た記憶があります。

先生はこの説、どうお考えになるでしょうか?? 先生のご意見が聞けたらまた勉強になるか
と思います。

+++++++++++++

★日曜日か、月曜日か?

 そこでインターネットを使って、調べてみた。

 西暦1年1月1日は、何曜日だったか? それがわかれば、カレンダーは、月曜日から始ま
るのか、日曜日から始まるのか、それがわかるはず。

 で、私は若いころ、何かの雑誌で、西暦1年の1月1日は、日曜日だったと読んだことがあ
る。もし、そうなら、カレンダーは、日曜日から始まるのが正しいということになる。

 が、しかし実際のところ、本当のことは、よくわからないそうだ。現在のグレゴリオ暦が使われ
るようになったのは、西暦1582年の10月15日以後のこと。(14日以後という説もある。)そ
れ以前は、ユリウス暦が使われていたという。

 ただ、東京天文台の公式見解では、西暦1年の1月1日は、土曜日だったという。

 カレンダーは、月曜日から始まるのか。それとも日曜日から始まるのか。

 ……という議論は、あまり意味がないのでは……?

★文化のちがい

 ここまで書いて思い出したが、こうした「ちがい」というのは、カレンダーだけではない。生活の
あらゆる場面で経験する。

 アメリカ人やオーストラリア人は、包丁やナイフを、押しながら、ものを切る。日本人は、引き
ながら切る。

 同じように、刀で相手を殺すとき、欧米人は、刺しながら、相手を殺す。日本人は、一度刀を
前に出し、引きながら、相手を殺す。

 ヨーロッパでは、車は左側を通行する。これは馬に乗った騎士が、たがいに相手と戦いやす
い位置に自分を置くためである。それを説明したのが、下の図である。

 (日本でも、車は左側を通行する。刀は左側にさして、右手で抜く。そのためすれちがうとき
は、相手を自分の右側に置かねばならない。それで左側を通行するようになった。)

 (馬に乗って、右手で剣をもった姿勢を頭の中で、想像してみてほしい。馬どうしは、たがいに
左側通行になる。)

         ■■●■→
            I      
                 I
              ←■●■■

(●が剣士。■が馬。Iが刀)

 一方、アメリカでは、車は右側を通行する。これは馬車をひっぱる人が、たがいに馬車をぶ
つけないように、すれちがったためである。馬車をひっぱる人は、馬の左側先頭に立つ。たが
いに右側を通行すると、すれちがうとき、たがいに顔を合わせることができる。

          ← ■■■
           ●
 
          ●
       ■■■ →

(●が馬車を引く人、■■■が、馬車。反対だと、たがいにすれちがいにくくなる。それで右側
通行になったという。)

 ほかにもたとえば、日本人は、あいさつをするとき、頭をさげる。これは相手に、「頭を切られ
ても、文句ありません」ということを伝えるためだそうだ。

 一方、欧米では、握手をする。それは、たがいに剣をもっていないという示すためだそうだ。

 それぞれの文化には、さらにその背景となる文化がある。そうした文化が無数に積み重なっ
て、今の文化をつくりあげている。

★日曜日は、安息日

 ……と考えていくと、カレンダーにも、無数の文化が凝縮されていることがわかる。毎日、働
きづめでは、体がもたない。だから日曜日という、安息日をもうけた。この日は、皆が、休息で
きるようにした。

 そう言えば、私がオーストラリアにいたころは、日曜日といえば、メルボルン市内の商店街
は、すべて、店を閉めていた。(最近は、日曜日にも開店している店が多くなったと聞く。)

 一方、日本には、大安、友引、仏滅……などという言い方がある。今でも、それに応じて、そ
の日の行動を決めている人は多い。これは、一つの寺で、たとえば葬式と結婚式が重ならない
ようにするためであった。

 いろいろ、ある。

 で、SY子さんのメール。こう書いてある。

 「日本人は働いてから休む。だから月曜日から始まって最後が日曜日。でも欧米は休んでか
ら働く。だから日曜から始まると……」と。

 しかし本当にそうだろうか。私が知るかぎり、私が子どものころでさえ、日曜日などは、あって
も、ないようなものだった。その前の、つまり江戸時代から、戦前にかけては、盆と正月しか、
休みのない人もいたという。日曜日イコール、休みという考え方が定着したのは、戦後のことで
はないか。

 さらにこのところ、正月の三が日ですら、仕事をする人がふえてきた。私が子どものころに
は、正月の三が日というのは、絶対的な休日になっていた。商店街の「初売り」にしても、たし
か正月の3日の午後か、もしくは4日ではなかったか。

 が、今は、ちがう。どうちがうかは、みなさん、すでにご存知のとおりである。

 便利になったというか、めちゃめちゃになったというか……。曜日というものが、あまり意味を
もたなくなってきた。

★私は、日曜日始まりが、好き

 で、私のばあいだが、やはり、カレンダーは日曜日始まりのものがよい。月曜日始まりのカレ
ンダーをたまに使ったりすると、かえって混乱してしまう。(実は、もう、何度も失敗している。)

 SY子さんは、はたしてどうだろうか? しかしSY子さんのお母さんは、すばらしいお母さんだ
と思う。それが正しいかどうかという問題は、さておき、そういう指導ができる母親というのは、
そうはいない。

 「休んでからがんばる」より、「がんばってから休む」。そのほうが、何となく、合理的である。
私自身も、そういう生きザマのほうが、性(しょう)にあっているような気がするのだが……。

++++++++++++++++

【異論・反論】

 欧米人は、「休んでから働く」という。(本当は、どちらとも言えないのだが……)、ここまで書
いて思い出したのが、『休息を求めて疲れる』という、イギリスの格言である。この格言は、愚
かな生き方の代名詞にもなっている。

 「いつか楽になろう、いつか楽になろう」と思ってがんばっているうちに、気がついてみたら、
自分の人生が終わっていたという生きザマである。

 これについて、以前、一度、原稿を書いたことがある。

+++++++++++++++

●今を生きる子育て論

 英語に、『休息を求めて疲れる』という格言がある。愚かな生き方の代名詞のようにもなって
いる格言である。「いつか楽になろう、なろうと思ってがんばっているうちに、疲れてしまって、結
局は何もできなくなる」という意味だが、この格言は、言外で、「そういう生き方をしてはいけま
せん」と教えている。

 たとえば子どもの教育。幼稚園教育は、小学校へ入るための準備教育と考えている人がい
る。同じように、小学校は、中学校へ入るため。中学校は、高校へ入るため。高校は大学へ入
るため。そして大学は、よき社会人になるため、と。

こうした子育て観、つまり常に「現在」を「未来」のために犠牲にするという生き方は、ここでいう
愚かな生き方そのものと言ってもよい。いつまでたっても子どもたちは、自分の人生を、自分
のものにすることができない。あるいは社会へ出てからも、そういう生き方が基本になっている
から、結局は自分の人生を無駄にしてしまう。

「やっと楽になったと思ったら、人生も終わっていた……」と。

 ロビン・ウィリアムズが主演する、『今を生きる』という映画があった。「今という時を、偽らずに
生きよう」と教える教師。一方、進学指導中心の学校教育。この二つのはざまで、一人の高校
生が自殺に追いこまれるという映画である。

この「今を生きる」という生き方が、『休息を求めて疲れる』という生き方の、正反対の位置にあ
る。これは私の勝手な解釈によるもので、異論のある人もいるかもしれない。しかし今、あなた
の周囲を見回してみてほしい。あなたの目に映るのは、「今」という現実であって、過去や未来
などというものは、どこにもない。あると思うのは、心の中だけ。だったら精一杯、この「今」の
中で、自分を輝かせて生きることこそ、大切ではないのか。

子どもたちとて同じ。子どもたちにはすばらしい感性がある。しかも純粋で健康だ。そういう子
ども時代は子ども時代として、精一杯その時代を、心豊かに生きることこそ、大切ではないの
か。

 もちろん私は、未来に向かって努力することまで否定しているのではない。「今を生きる」とい
うことは、享楽的に生きるということではない。しかし同じように努力するといっても、そのつどな
すべきことをするという姿勢に変えれば、ものの考え方が一変する。

たとえば私は生徒たちには、いつもこう言っている。「今、やるべきことをやろうではないか。そ
れでいい。結果はあとからついてくるもの。学歴や名誉や地位などといったものを、真っ先に追
い求めたら、君たちの人生は、見苦しくなる」と。
 
同じく英語には、こんな言い方がある。子どもが受験勉強などで苦しんでいると、親たちは子ど
もに、こう言う。「ティク・イッツ・イージィ(気楽にしなさい)」と。日本では「がんばれ!」と拍車を
かけるのがふつうだが、反対に、「そんなにがんばらなくてもいいのよ」と。

ごくふつうの日常会話だが、私はこういう会話の中に、欧米と日本の、子育て観の基本的な違
いを感ずる。その違いまで理解しないと、『休息を求めて疲れる』の本当の意味がわからない
のではないか……と、私は心配する。

+++++++++++++++

 この生きザマは、おとなだけのものではない。小学校の勉強は、中学入試のため。中学校の
勉強は、高校入試のため。そして高校での勉強は、大学入試のため……。そういうふうに、
「未来のために現在を犠牲にする」という生きザマを繰りかえしていると、いつまでたっても、そ
の「時」を、自分のものとすることができなくなる。

 さらに、このことは、「生きるために働くのか」、それとも、「働くために生きるのか」という問題
にまで、行きつく。

 その点、欧米人の生きザマは、わかりやすい。彼らの考え方の基本にあるのは、「自分の生
活を楽しむために、お金を稼ぐ」。その前提で、彼らは仕事をする。だから、土日はもちろんの
こと、1、2か月もつづくバカンスでも、目いっぱい、楽しむ。

 一方、日本人は、そうではない。「仕事がある」と言えば、たいていの家事は、免除される。子
どもでも、「宿題がある」「勉強がある」と言えば、家事の手伝いが免除される。仕事第一主義
が悪いというのではない。しかし日本人は、仕事のためなら、家庭を犠牲にすることをいとわな
い。少なくとも、少し前までの日本では、そうだった。

 しかしなぜ仕事をするかといえば、それで得たお金で、家族と楽しく過ごすためではないの
か。お金はお金。どこでどう稼いだかは、問題ではない。が、日本では、その中身も、問題にな
る。

 これは私自身のことだが、私は、若いころ、がむしゃらに働いた。1か月のうち、休みが1日だ
けということも、長くつづいた。が、それでも、私の収入は、大手企業に勤める同年齢のサラリ
ーマンの給料と、ほぼ同額だった。それはそれとして、そのときのこと。私は、ふと、こう思っ
た。

 「サラリーマンがもらう10万円も、私が手にする10万円も、10万円は10万円。何もちがわ
ない」と。

 しかし世間は、そうは見なかった。「大企業から給料としてもらう10万円と、今でいうフリータ
ーが手にする10万円はちがう」と。おかしなことだが、当時は、まだ、そういう風潮が根強く残
っていた。そのころ私に面と向かって、こう言った男性(50歳くらい)さえいた。

 「お前は、学生運動か何かをしていて、どうせロクな仕事にも、つけなかったんだろう」と。

 仕事に、ロクな仕事も、ロクでない仕事もない。あるいは、何を基準にして、仕事をそういうふ
うに、より分けるのか。

 ……というふうに考えていくと、仕事をしたあと、褒美(ほうび)として、休みをもらうよりも、楽
しんでから、仕事をいたほうが、よいということになる。事実、私の年齢になると、ポツポツと、
他界していく人が現れるようになった。

 これは私の姉の友人のことだが、その友人は、死ぬまで、まさに(仕事の虫)。明けてもも暮
れても、仕事ばかりの人生を送っていたという。で、そこそこの財産を作ったが、ある日、車を
運転しているときに心筋梗塞を起こし、そのまま死んでしまった。

 その友人について、私の姉はこう言った。「何のための人生だったのかねえ……?」と。つま
り、仕事、仕事で明け暮れて、その最後にポックリと死んでしまった友人を思い浮かべなら、そ
の友人の人生は、何だったのか、と。

 こう書くと、SY子さんのお母さんの意見を否定することになる。しかしそれもつらい。

 そこで折衷(せっちゅう)案ということになる。

 日曜日から始まるカレンダーも、おかしい。しかし月曜日から始まるカレンダーも、おかしい。
だったら、水曜日から始まるカレンダーを作ってみたらどうだろうか。

 水、木、金、土、日ときて、つぎに、月、火とつづく。考えるだけでも、楽しいではないか。

 こうすれば、仕事も、褒美も半々ということになる。仕事のために、家庭を犠牲にすることもな
いし、反対に、遊んでばかりいて、仕事をしなくなるということもない。

 要するに、ほどほどに仕事をし、ほどほどに人生も楽しむということ。

 何でもないメールだったが、(最初はそう思ったが……)、SY子さんのメールは、たいへん意
味のある、つまり考えさせられるメールだった。

 SY子さん、ありがとうございました。

【補記】

 戦後の日本といえば、日本全体が、基底不安型の国家になっていたのでは……。敗戦によ
って、日本人は、精神的基盤というか、バックボーンをなくしてしまった。

 その結果、大半の人は、「マネー信仰教」というカルトに走った。新興宗教が、雨後の竹の子
のように生まれたのも、この時期である。

 「働いていないと、不安」「せっかくの休みになっても、休み明けの仕事を考えると心配で、ゆ
っくり休むこともできない」と。

 こうして働き蜂が生まれ、仕事中毒の人が生まれた。周囲の社会も、そういう人たちを、「企
業戦士」とたたえた。

 その結果、今に見る、繁栄した国家が生まれたが、心の空白感はそのままだった。「何か、
おかしいぞ」「どこか、へんだぞ」と思いながらも、それが何であるかさえ、わからないままだっ
た。ずるずると生きてきた。現代に至った。

 が、ここにきて、今、日本人の心に、一大革命が起こりつつある。権威の崩壊と、出世主義
の崩壊である。

 それにかわって、新家族主義が台頭してきた。「仕事よりも家族が重要」と考える人は、99
年ごろには、40%(文部省)前後にすぎなかった。が、最近の各種調査によれば、それが80
〜90%までにふえている。

 日本人は、内面社会に、より充実した幸福感を求めようとしている。もっとも、今は、まだ模索
段階で、そこに確固たる信念を見いだしたわけではない。「今までの生きザマは、どこかおかし
いぞ」「まちがっていたのでは?」という思いが、新・家族主義へ走る原動力になっている。

 こうした流れの一方で、過激な復古主義が、勢力を伸ばしつつあるのも、事実。

 江戸時代の武士道をたたえたり、明治時代に入ってからもてはやされた、徳育教育を教育
の柱に持ち出す人も、多い。さらには、戦前の、民族主義を先頭にかかげる人もいる。天皇制
復活の動きも、あちこちに見られる。

 たしかに今の日本の世相は、混乱している。バックボーンをなくした状態というのは、こうした
状態のことをいう。

 しかし、ここで重要なことは、私たちは、前に進むということ。「混乱したから、過去にもどる」
のではなく、「混乱の中から、未来に向かって、何かを生み出す」ということ。言うまでもなく、改
革思想は、こうした混乱期に生まれる。安定期には、生まれない。

 言いかえると、今こそ、そのチャンスということになる。新しい日本を生み出す、好機というこ
とになる。

 さあ、私たちは、失敗にめげないで、前に進もう! 新生、日本のために!

【補記2】

 みながみな、そうではないが、しかし、今、日本へビジネスマンとしてやってくる、あの中国の
人たちの見苦しさは、いったい、何か? おかしいというより、狂っている。

 口を開けば、「マネー」「マネー」。明けても暮れても、「マネー」「マネー」。考えることは、すべ
て、「マネー」「マネー」。まさに金の亡者。体中を札束でくるんだような人ばかり。まるでマネー
という獲物をねらう、ハゲタカのよう。

 しかしその姿は、30年前、40年前の、私たち日本人の姿そのもの。と言うより、今の中国人
たちを見ていると、あのころの日本人を、そのまま思い出す。私たちも、実は、そうだった。

 そう言えば、当時、どこかの会社のカレンダーには日曜日がなく、「月・月・火・水……」となっ
ていた。実のところ、私の家もそうだった。ハハハ。(笑って、ごまかす。)

 決して中国の人を笑っているのではない。私自身の過去を笑っている。ハハハ。得たもの
も、多いが、そのため、犠牲にしたものも、多い。今から思うと、もう少しましな方法で、人生を
楽しむことができたのではないかと思う。

 何か、不便なことがあれば、すぐモノを買って、解決する。そんな世相だった。おかげで、私
の狭い家の中には、モノがあふれ、自由に歩くことさえ、ままならなかった。

 今回の、SY子さんが投げかけてくれたカレンダーの問題には、本当に、いろいろ考えさせら
れる。SY子さん、重ねて、ありがとうございました。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●兄弟(姉妹)

++++++++++++++

兄弟は、他人の始まりともいう。

親にすれば、どの子も、わが子。
しかし兄弟どうしの間では、
その論理は、通用しない。

中には……というより、その多くは、
他人以上の他人になる。

「兄弟だから……」という、『ダカラ論』
ほど、アテにならないものはない。

+++++++++++++++

 兄弟(姉妹)には、つぎの7つの関係がある。

(1)対立関係(兄弟同士が、対立する)
(2)協調関係(たがいに力を合わせて行動する)
(3)相補関係(たがいに足りないところを補いあう)
(4)競争関係(たがいに競争する)
(5)主従関係(上の子が、下の子を従わせる)
(6)類似関係(たがいに、よく似てくる。まねをする)
(7)依存関係(たがいに、依存しあう)

 「兄(姉)だから……」「弟(妹)だから……」という、ダカラ論は、できるだけしない。良好な兄
弟関係をつくるためには、これは鉄則である。

 たとえば長男が、長男らしくなるのは、日常的に、「あなたは長男だから……」と言われること
による。親は、長男に、長男としての自覚をもたせるためにそう言うが、しかしこうしたダカラ論
は、思わぬところで、その子どもを追いつめることになり、ついで苦しめることになる。

 よく知られた例に、反動形成がある。「あなたは兄だから……」と言われつづけると、子ども
は、本来の自分とは反対側の自分を、自分の中につくりあげてしまう。たとえば弟(妹)の前
で、ことさらよい兄(姉)を演じてみせるなど。

 そこまで行かなくても、仮面をかぶったり、心を偽ったりするようになる。こうした現象が日常
的につづくと、子どもの心は、本来そうである自分から、遊離してしまう。そしてその結果とし
て、兄弟関係を、ぎくしゃくとさせる。

 「兄弟(姉妹)は、仲がよいほうがいい」……というのは、当然であるとするなら、いくつかのコ
ツがある。

●上下意識は、もたない

 兄(姉)が上で、弟(妹)が下という、上下意識をもたない。……といっても、日本人からこの意
識を抜くのは、容易なことではない。伝統的に、そういう意識をたたきこまれている。今でも、長
子相続を本気で考えている人は多い。もしあなたがどこか権威主義的なものの考え方をしてい
るようなら、まず、それを改める。

●子どもの名前で、子どもを呼ぶ

 「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」ではなく、兄でも、姉でも、子ども自身の名前で、子どもを呼ぶ。
たとえば子どもの名前が太郎だったら、「太郎」と呼ぶ。一般的に、たがいに名前で呼びあう兄
弟(姉妹)は、仲がよいと言われている。

●差別しない

 長男、長女は、下の子が生まれたときから、恒常的な愛情不足、欲求不満の状態に置かれ
る。親は「平等」というが、長男、長女にしてみれば、平等ということが、不平等なのである。そ
ういう前提で、長男(長女)の心理を理解する。つまり長男(長女)のほうが、不平等に対して、
きわめて敏感に反応しやすい。

●嫉妬はタブー

 兄弟(姉妹)の間で、嫉妬感情をもたせない。これは子育ての鉄則と考えてよい。嫉妬は、確
実に子どもの心をゆがめる。原始的な感情であるがゆえに、扱い方もむずかしい。この嫉妬
がゆがむと、相手を殺すところまでする。兄弟(姉妹)を別々に扱うときも、たがいに嫉妬させな
いようにする。

●たがいを喜ばせる

 兄弟を仲よくさせる方法として、「たがいを喜ばせる」がある。たとえばうち1人を買い物に連
れていったときでも、「これがあると○○君、喜ぶわね」「△△ちゃん、喜ぶわね」というような買
い与え方をする。いつも相手を喜ばすようにしむける。これはたがいの思いやりの心を育てる
ためにも、重要である。

●決して批判しない

 子どもどうしの悪口を、決して言わない。聞かない。聞いても、判断しない。たとえば兄に何か
問題があっても、それを絶対に(絶対に)、弟に告げ口してはいけない。告げ口した段階で、あ
なたと兄の関係は、壊れる。反対に兄が弟のことで、何か告げ口をしても、あなたは聞くだけ。
決して相づちを打ったり、いっしょになって、兄を批判してはいけない。

 いくら兄弟でも、同じように育つというわけではない。たとえば兄が、C小学校で、弟が名門
(こういう言い方は不愉快だが……)のS小学校へというケースは、少なくない。

 そういうとき親は、「兄がひがまないでしょうか?」とよく相談してくる。

 仮にひがむとしても、しかしそういう下地をつくったのは、親自身である。そのことを棚にあげ
て、「ひがまないでしょうか?」は、ない。

 つまりそういう下地を、日ごろから、作らないこと。「あなたはお兄ちゃんだから、がんばってS
小学校へ入ってね」とは、たとえば、言ってはいけない。弟に対しては、「あなたもがんばって、
お兄ちゃんと同じS小学校に入ろうね」とは、たとえば、言ってはいけない。

 兄弟どうしの問題は、たいへん重要であると同時に、デリケートな問題である。決して、安易
に考えてはいけない。
(はやし浩司 兄弟 兄弟の問題 兄弟の育て方 育てかた)
(041124)

【補記】

 ワイフには、ワイフを入れて7人の兄弟(2男5女)がいる。

 その兄弟を見ていて、気がついたことがある。つまりワイフの兄弟は、本当に仲がよい。信じ
られないくらい、仲がよい。

 その秘訣の一つが、長女のE子さんをのぞいて、上下意識がまったくないということ。E子さん
は、ワイフの家族の中では、母親がわりだった。それでどこか家父長意識がある。しかしそれ
でも、仲がよい。(ワイフの母親は。、若くして他界。)

 で、気がついたのは、ワイフの兄弟は、たがいに、ずべて名前で呼びあっているということ。
「兄」とか、「姉」という言葉を、私は、聞いたことがない。

 一方、私が生まれ育ったG県は、何かにつけて、上下意識が強い。あらゆるところに、身分
意識が入ってくる。そのため、兄弟でも、「上の兄」「下の兄」「三番目の兄」というふうに呼びあ
ったりする。序列をつける。そしてその序列に従って、上下関係、つまり命令と服従の関係をつ
くる。

 みながみな、そうではないと思うが、この静岡県とG県を、おおざっぱに比較すると、それだけ
静岡県は、G県と比較すると、開放的ということになる。

 そんなわけで、やはり子どもは、名前で呼んだほうがよい。そのほうが、兄弟(姉妹)は、うま
くいく。が、それだけではない。

 子どもは、自分の立場を無意識のうちにも、自分の役割を形成していく。男の子は男のらし
く、女の子は女の子らしくなっていくのが、それである。

 それを役割形成というが、その役割形成がよいものであれば、問題はない。しかしその役割
形成によって、子ども自身が、不必要な役割をつくり、その重圧に苦しむことがある。

 先日もある女性から、こんなメールが届いた。いわく、「私の兄は子どものころから、長男、長
男と、耳にタコができるほど、言われつづけました。妹がもう1人いますが、兄は、家の跡継ぎ
になるのが当然といったふうに育てられました。家のあとをつぐのは、当然、親のめんどうをみ
るのは、当然、と。そういう兄をみていると、かわいそうです」と。

 いまだに長子相続的な考え方が残っていること自体、おかしなことだ。江戸時代の身分制度
の亡霊そのものといってよい。

 最近になって、江戸時代の武士道を礼さんする人が、たくさん出てきたが、封建時代がもって
いた負の遺産を清算することなく、一方的に、こうした武士道を礼さんすることは、危険なことで
もある。

 あの江戸時代という時代は、世界でも類をみないほど、自由と人権が抑圧された、暗黒の時
代であってことを、忘れてはいけない。人々は、移動することもできず、職業選択の自由もな
く、思ったことも言えなかった……などなど。厳格な身分制度も、その一つ。

 話は少し過激になったが、大切なことは、子どもに上下はないということ。人間に上下はない
ということ。おかしな上下意識は、もう、このあたりで、捨てよう!

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 兄弟
 兄弟論)

Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●子どもの国語力

++++++++++++++++++

子どもの国語力は、親が決める。

親が、「テメエ、殺すぞ!」というような
言い方をしていて、どうして、子どもに、
国語力が育つというのか。

++++++++++++++++++

 先日、ある小学校で講演をしたら、その学校の校長が、こんなエピソードを話してくれた。

 その校長が、コンビニのレジの前で並んでいたときのこと。前に立った若い母親が、子ども
を、こう言って、叱っていたという。

 「テメエ、殺すぞ!」と。

 子どもは、5歳くらい。何かのことで、母親の言うことを聞かなかったらしい。それでその母親
は、そう言った。

 校長は、その言葉に驚いた。そして私に、こう言った。「今の若いお母さんたちは、ああいう言
い方をしているんですねえ」と。

 子どもの国語力は、母親の会話能力によって、決まる。それについて書いたのが、つぎの原
稿である。

+++++++++++++++++

【子どもの国語力が決まるとき】

●幼児期に、どう指導したらいいの?

 以前……と言っても、もう二〇年近くも前のことだが、私は国語力が基本的に劣っていると思
われる子どもたちに集まってもらい、その子どもたちがほかの子どもたちと、どこがどう違うか
を調べたことがある。結果、次の三つの特徴があるのがわかった。

(1)使う言葉がだらしない……ある男の子(小二)は、「ぼくジャン、行くジャン、学校ジャン」と
いうような話し方をしていた。「ジャン」を取ると、「ぼく、行く、学校」となる。たまたま『戦国自衛
隊』という映画を見てきた中学生がいたので、「どんな映画だった?」と聞くと、その子どもはこ
う言った。「先生、スゴイ、スゴイ! バババ……戦車……バンバン。ヘリコプター、バリバリ」
と。何度か聞きなおしてみたが、映画の内容は、まったくわからなかった。

(2)使う言葉の数が少ない……ある女の子(小四)は、家の中でも「ウン、ダメ、ウウン」だけで
会話が終わるとか。何を聞いても、「まあまあ」と言う、など。母「学校はどうだったの?」、娘「ま
あまあ」、母「テストはどうだったの?」、娘「まあまあ」と。

(3)正しい言葉で話せない……そこでいろいろと正しい言い方で話させようとしてみたが、どの
子どもも外国語でも話すかのように、照れてしまった。それはちょうど日本語を習う外国人のよ
うにたどたどしかった。私「山の上に、白い雲がありますと、言ってごらん」、子「山ア……、上に
イ〜、白い……へへへへ」と。

 原因はすぐわかった。たまたま子どもを迎えにきていた母親がいたので、その母親にそのこ
とを告げると、その母親はこう言った。「ダメネエ、うちの子ったら、ダメネエ。ホントにモウ、ダ
メネエ、ダメネエ」と。原因は母親だった!

●国語能力は幼児期に決まる

子どもの国語能力は、家庭環境で決まる。なかんずく母親の言葉能力によって決まる。毎日、
「帽子、帽子、ハンカチ、ハンカチ! バス、バス、ほらバス!」というような話し方をしていて、
どうして子どもに国語能力が身につくというのだろうか。

こういうケースでは、たとえめんどうでも、「帽子をかぶりましたか。ハンカチを持っていますか。
もうすぐバスが来ます」と言ってあげねばならない。……と書くと、決まってこう言う親がいる。
「うちの子はだいじょうぶ。毎晩、本を読んであげているから」と。

 言葉というのは、自分で使ってみて、はじめて身につく。毎日、ドイツ語の放送を聞いている
からといって、ドイツ語が話せるようにはならない。また年中児ともなると、それこそ立て板に水
のように、本をスラスラと読む子どもが現れる。しかしたいていは文字を音にかえているだけ。
内容はまったく理解していない。

なお文字を覚えたての子どもは、黙読では文を理解できない。一度文字を音にかえ、その音を
自分の耳で聞いて、その音で理解する。音読は左脳がつかさどる。一方黙読は文字を「形」と
して認識するため、一度右脳を経由する。音読と黙読とでは、脳の中でも使う部分が違う。そ
んなわけである程度文字を読めるようになったら、黙読の練習をするとよい。具体的には「口
を閉じて読んでごらん」と、口を閉じさせて本を読ませる。

●幼児教育は大学教育より奥が深い

 今回はたいへん実用的なことを書いたが、幼児教育はそれだけ大切だということをわかって
もらいたいために、書いた。相手が幼児だから、幼稚なことを教えるのが幼児教育だと思って
いる人は多い。私が「幼稚園児を教えています」と言ったときのこと。

ある男(五四歳)はこう言った。「そんなの誰にだってできるでしょう」と。しかし、この国語力も含
めて、あらゆる「力」の基本と方向性は、幼児期に決まる。そういう意味では、幼児教育は大学
教育より重要だし、奥が深い。それを少しはわかってほしかった。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 子供
の国語力 子どもの国語力 言語能力 言葉能力)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1836)

●依存性

+++++++++++++++++++

人間が動物としてもっている、(群れ意識)、
それが、依存性に転化した。

その依存性は、本能的であるがゆえに、
なかなか、その輪郭(りんかく)を外には現さない。

そのため、「私は独立心が旺盛だ」と思って
いる人でも、依存性の強い人は、多い。

+++++++++++++++++++

 「よい人間でいよう」「よい夫でいよう」「よい妻でいよう」、さらには、「よい親でいよう」と思うこ
と自体、すでに、それが依存性の表れとみてよい。人間は、だれかを意識し、自分の立場を意
識したとたん、そこに(保護)と(依存)の関係をつくる。

 誤解してはいけないのは、保護意識が強いからといって、依存性が弱いということにはならな
い。「だれかに保護してもらいたい」「だれかに依存したい」という意識が転じて、得てして、それ
が他人を保護するという意識に変わる。そういった例は、親子の間で、よく観察される。

 たとえば子どもの受験競争に狂奔する親。このタイプの親は、一見すると、保護意識が強く、
その分だけ、独立心が旺盛のように見える。しかし実際には、子どもに依存したいという意識
が基本にあって、それが転じて、親をして、子どもの受験競争に駆り立てる。もう少しわかりや
すく言えば、子どもを1人の人間として認めていない。つまりはそれだけ子離れできない、未熟
な親ということになる。

 が、だからといって、依存性のない人はいない。だれでも、多かれ少なかれ、依存性を、体質
としてもっている。実際には、「私は私」と、自分を確立しながら生きるのは、この世界では、容
易なことではない。子どもについて言えば、「うちの子は、うちの子」と、子どもを守りながら生き
るのは、この世界では容易なことではない。

人に依存して生きることによって、自らがもつ重荷を、軽減することができる。その分だけ、気
が楽になる。

 半面、独立的であろうと思えば思うほど、そこにあるのは、(孤独)。言いかえると、依存性が
もつ甘美な世界と、独立性がもつ孤独な世界は、ちょうど対照関係にある。だから人は、無意
識のうちにも、独立的であろうとするよりは、だれかに依存しながら、楽に生きる道を選ぼうと
する。冒頭に書いた、(群れ意識)というのも、そこから生まれた。

 私は、これを昔から、「甘い誘惑」と呼んでいる。が、その甘い誘惑から自分を切り離し、独立
して生きることは、容易なことではない。たとえば(自由)という言葉がある。人が真に自由を求
めようとするなら、まず、この甘い誘惑から自分を切り離さなければならない。

 話がわかりにくくなってきたので、もう少しわかりやすい例で考えてみよう。

 ある教会に、1人の信者がやってきた。その信者は、白内障で、視力がかなり低下していた。
が、その少し前、手術で、白内障が治った。

 その信者は、教会の祭壇の前に正座すると、こう言った。「神様が私を守ってくださったおか
げです」と。何度も何度も手を合わせ、祭壇に向って、礼拝した。

 しかし白内障を治したのは、実は、神ではない。病院のドクターである。しかし依存性、この
ばあい、神への依存性の強い人には、それがわからない。「神様が、白内障を治してくれた」と
考える。しかも白内障といっても、今では、簡単な手術で治すことができる。

 しかしその信者は、自分では、けっして神に依存しているとは、思っていない。「神を信じてい
る」とは言うが、「依存している」とは言わない。しかし依存は、依存。それがわからなければ、
子どもの受験について、合格祈念をしている親の姿を思い浮かべてみればよい。

 そんなことに(力)を貸す仏や神がいたとするなら、その仏や神は、エセと考えてよい。常識の
ある人なら、そう考える。しかし依存性が強くなると、それがわからなくなる。そして子どもが運
よく(?)、目的の学校に合格できたりすると、「仏様のおかげ」「神様のおかげ」と喜ぶ。

 子どもの能力ではない。子どもの努力でもない。仏や神のおかげと、それを喜ぶ。

 こうした依存性と戦うためには、まず自分の中の、依存性に気づくこと。たとえばあなたが子
どもの歓心を買うために、何か高価なプレゼントを買い与える場面を想像してみるとよい。そ
のときあなたは、心のどこかで、「買ってやる」という、(やる意識)をもつかもしれない。

 それも立派な、依存性である。だから子どもがあなたの期待に応えなかったりすると、「あん
な高価なものを買ってやったのに」と、子どもを叱ったりする。子どもが高校受験に失敗した日
に、私にこう言った母親さえいた。「子どものころから、音楽教室や体操教室に通わせました
が、みんな、ムダに終わりました」と。……ムダ?

 さらにそれが高じてくると、子どもに向って、「産んでやった」「育ててやった」「大学まで出して
やった」となる。が、それについては、もう、何度も書いてきたので、ここでは省略する。

 話をもどす。

 概していえば、日本人は、民族学的な視点からしても、依存性のたいへん強い国民である。
日本人独特の集団意識、ムラ意識などに、その例をみる。「みなで渡れば、こわくない」という
発想を共にもつ。つまりそれだけ日本人は、独立心が弱く、さらにその分だけ、(自由)というも
のがどういうものであるか、それを知らないでいる。自由とは、もともとは、「自らに由(よ)る」と
いう意味である。

 ……以上、思いついたまま、メモ風に書いたので、どこかチグハグな感じがしないでもない。
雑感として、ここに記録する。(07年3月9日)

+++++++++++++++++

つぎの原稿を書いてから、もう4年に
なる。

同じ、(依存性)をテーマにした原稿だが、
そのままここに紹介する。

+++++++++++++++++

●依存心

 依存心の強い子どもは、独特の話し方をする。おなかがすいても、「○○を食べたい」とは言
わない。「おなかが、すいたア〜」と言う。言外に、(だから何とかしろ)と、相手に要求する。

 おとなでも、依存心の強い人はいくらでもいる。ある女性(67歳)は、だれかに電話をするた
びに、「私も、年をとったからネエ〜」を口グセにしている。このばあいも、言外に、(だから何と
かしろ)と、相手に要求していることになる。

 依存性の強い人は、いつも心のどこかで、だれかに何かをしてもらうのを、待っている。そう
いう生きざまが、すべての面に渡っているので、独特の考え方をするようになる。つい先日も、
ある女性(60歳)と、K国について話しあったが、その女性は、こう言った。「アメリカが何とかし
てくれますよ」と。

 自立した人間どうしが、助けあうのは、「助けあい」という。しかし依存心の強い人間どうしが、
助けあうのは、「助けあい」とは言わない。「なぐさめあい」という。一見、なごやかな世界に見え
るかもしれないが、おたがいに心の弱さを、なぐさめあっているだけ。総じて言えば、日本人が
もつ、独特の「邑(むら)意識」や「邑社会」というのは、その依存性が結集したものとみてよい。
「長いものには巻かれろ」「みんなで渡ればこわくない」「ほかの人と違ったことをしていると嫌
われる」「世間体が悪い」「世間が笑う」など。こうした世界では、好んで使われる言葉である。

 こうした依存性の強い人を見分けるのは、それほどむずかしいことではない。

●してもらうのが、当然……「してもらうのが当然」「助けてもらうのが当然」と考える。あるいは
相手を、そういう方向に誘導していく。よい人ぶったり、それを演じたり、あるいは同情を買った
りする。「〜〜してあげたから、〜〜してくれるハズ」「〜〜してあげたから、感謝しているハズ」
と、「ハズ論」で行動することが多い。

●自分では何もしない……自分から、積極的に何かをしていくというよりは、相手が何かをして
くれるのを、待つ。あるいは自分にとって、居心地のよい世界を好んで求める。それ以外の世
界には、同化できない。人間関係も、敵をつくらないことだけを考える。ものごとを、ナーナーで
すまそうとする。

●子育てに反映される……依存性の強い人は、子どもが自分に対して依存性をもつことに、ど
うしても甘くなる。そして依存性が強く、ベタベタと親に甘える子どもを、かわいい子イコール、で
きのよい子と位置づける。

●親孝行を必要以上に美化する……このタイプの人は、自分の依存性(あるいはマザコン性)
を正当化するため、必要以上に、親孝行を美化する。親に対して犠牲的であればあるほど、
美徳と考える。しかし脳のCPUがズレているため、自分でそれに気づくことは、まずない。だれ
かが親の批判でもしようものなら、猛烈にそれに反発したりする。

依存性の強い社会は、ある意味で、温もりのある居心地のよい世界かもしれない。しかし今、
日本人に一番欠けている部分は何かと言われれば、「個の確立」。個人が個人として確立して
いない。あるいは個性的な生き方をすることを、許さない。いまだに戦前、あるいは封建時代
の全体主義的な要素を、あちこちで引きずっている。そしてこうした国民性が、外の世界から
みて、日本や日本人を、実にわかりにくいものにしている。つまりいつまでたっても、日本人が
国際人の仲間に入れない本当の理由は、ここにある。
(03−1−2)

●人情は依存性を歓迎し、義理は人々を依存的な関係に縛る。義理人情が支配的なモラルで
ある日本の社会は、かくして甘えの弥慢化した世界であった。(土居健郎「甘えの構造」)

+++++++++++++++

ついでにもう1作。
中日新聞発表済み。

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●己こそ、己のよるべ

 法句経の一節に、『己こそ、己のよるべ。己をおきて、誰によるべぞ』というのがある。法句経
というのは、釈迦の生誕地に残る、原始経典の一つだと思えばよい。釈迦は、「自分こそが、
自分が頼るところ。その自分をさておいて、誰に頼るべきか」と。つまり「自分のことは自分でせ
よ」と教えている。

 この釈迦の言葉を一語で言いかえると、「自由」ということになる。自由というのは、もともと
「自らに由る」という意味である。つまり自由というのは、「自分で考え、自分で行動し、自分で
責任をとる」ことをいう。好き勝手なことを気ままにすることを、自由とは言わない。子育ての基
本は、この「自由」にある。

 子どもを自立させるためには、子どもを自由にする。が、いわゆる過干渉ママと呼ばれるタイ
プの母親は、それを許さない。先生が子どもに話しかけても、すぐ横から割り込んでくる。

私、子どもに向かって、「きのうは、どこへ行ったのかな」
母、横から、「おばあちゃんの家でしょ。おばあちゃんの家。そうでしょ。だったら、そう言いなさ
い」
私、再び、子どもに向かって、「楽しかったかな」
母、再び割り込んできて、「楽しかったわよね。そうでしょ。だったら、そう言いなさい」と。

 このタイプの母親は、子どもに対して、根強い不信感をもっている。その不信感が姿を変え
て、過干渉となる。大きなわだかまりが、過干渉の原因となることもある。ある母親は今の夫と
いやいや結婚した。だから子どもが何か失敗するたびに、「いつになったら、あなたは、ちゃん
とできるようになるの!」と、はげしく叱っていた。

 次に過保護ママと呼ばれるタイプの母親は、子どもに自分で結論を出させない。あるいは自
分で行動させない。いろいろな過保護があるが、子どもに大きな影響を与えるのが、精神面で
の過保護。「乱暴な子とは遊ばせたくない」ということで、親の庇護のもとだけで子育てをするな
ど。子どもは精神的に未熟になり、ひ弱になる。俗にいう「温室育ち」というタイプの子どもにな
る。外へ出すと、すぐ風邪をひく。

 さらに溺愛タイプの母親は、子どもに責任をとらせない。自分と子どもの間に垣根がない。自
分イコール、子どもというような考え方をする。ある母親はこう言った。「子ども同士が喧嘩をし
ているのを見ると、自分もその中に飛び込んでいって、相手の子どもを殴り飛ばしたい衝動に
かられます」と。

また別の母親は、自分の息子(中2)が傷害事件をひき起こし補導されたときのこと。警察で最
後の最後まで、相手の子どものほうが悪いと言って、一歩も譲らなかった。たまたまその場に
居あわせた人が、「母親は錯乱状態になり、ワーワーと泣き叫んだり、机を叩いたりして、手が
つけられなかった」と話してくれた。

 己のことは己によらせる。一見冷たい子育てに見えるかもしれないが、子育ての基本は、子
どもを自立させること。その原点をふみはずして、子育てはありえない。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●子どもの言葉(乱れる言葉)

+++++++++++++++++

昨日、生徒たちと、こんな会話をした。
だれかが、「先生、トイレ!」と言ったときのこと。

私は、「もう少し、言葉を、ていねいに話そう」と
指導した。そしていろいろな例をあげて、
日本語のおかしさを、指摘した。

つぎの原稿は、そうした視点から書いたもの。

+++++++++++++++++

ある夏の暑い日、1人の女の子(小2)がこう言った。「私、今日、プール、ない!」と。ほかの子
どもが、「今日、私、プール、あった」と言った言葉に対してそう言った。私はそのときふと、「こ
ういうとき、IBMの翻訳ソフトなら、こういう会話をどう翻訳するだろうか」と考えた。ちなみに、
私がもっているソフトで、実際、翻訳してみた。つぎのがそれである。

 「私、今日、プール、ない!」……"Pool and there is nothing me and today." (プール、私と
今日、何もない)
「今日、私、プール、あった」……"today and me -- a pool -- "(今日と私……プール)

 仮にもう少し原文に忠実に翻訳して、たとえばアメリカ人に、「Me, today, pool, no!」「Today 
me, pool, yes」と言っても、多分その意味は通じないだろう。

 そこで私はその女の子に、つぎのように質問しながら、正しい言葉で言いなおさせた。

私「あなたはプールをもっていないの?」
女「私が、もってるんじゃ、ない」
私「プールがどうしたの?」
女「プールがなかった」
私「どこになかったの?」
女「そうじゃなくて、プールはあるけど、プールのレッスンはなかったということ」

私「プールがレッスンするの?」
女「あのねえ、私がプールへ行かなかったということ」
私「どうして?」
女「だからさあ、プールがなかったの」
私「プールがなくなってしまったの?」

女「そうじゃなくてエ〜、今日は水泳のレッスンはなかったということ」
私「だったら、最初から、そう言ってね」と。

 こういうとき英語では、「私は今日、スイミングのレッスンには行かなかった」というような言い
方をする。IBMの翻訳ソフトで、翻訳させると、今度はちゃんと、「"I did not go to the lesson 
of swimming today."」と翻訳できた。

今、書店へ行くと、日本語についての本がたくさん並んでいる。その理由が、少しは理解できた
ような気がした。
(02−7−25)


●友だち親子

++++++++++++++++

友だち親子がよくないという意見もある。

「よい」という意見もある。

しかし人間に、上下はない。そういう
視点でみると、「どうして友だち親子が
悪いのか」ということになる。

はっきり言えば、親の権威など、クソ
食らえ!

++++++++++++++++

 02年の3月、玩具メーカーのバンダイが、こんな調査をした。「理想の親子関係」についての
調査だが、それによると……。

 一緒にいると安心する ……94%
 何でもおしゃべりする ……87%
 友だちのように仲がよい……77%
 親は偉くて権威がある ……68%

(全国の小学4〜6年生、200人、および五歳以上の子どもをもつ30〜44歳の父母600人
を対象に、インターネットを使ってアンケート方式で調査。)

 一方で「現実の親子関係」では、

 子どもと何でもおしゃべりすると答えた父親 ……72%
 父親と何でもおしゃべりすると答えた子ども ……49%

 この調査からわかることは、子どもは親に、「友だち親子」を求めているということ。それにつ
いて、バンダイキャラクター研究所の土居由希子氏は、「友だちのような親子関係は、『家族の
機能が失われつつある』という文脈で語られることが多いが、実はそうではない。家族がひとつ
にまとまるために、これまでの伝統や習慣にかわって、仲のよさや、共通の趣味や話題が必
要となっているようだ」(読売新聞)とコメントを寄せている。

 また父親の72%が、子どもと何でもおしゃべりすると答えているのに対して、子どもの側は、
49%であることも注目したい。父親と子どもの意識が、微妙にすれているのが、ここでわか
る。

 親には3つの役目がある。ガイドとして、子どもの前を歩く。保護者として、子どものうしろを歩
く。そして友として、子どもの横を歩く。日本人は、総合的にみても、子どもの前やうしろを歩く
のは得意だが、子どもの横を歩くのは、苦手。バンダイの調査に対して、「親の威厳こそ大切」
という意見もある。しかしこうした封建時代の遺物をひきずっているかぎり、子どもは親の前で
心を開くことはない。はからずも、「いっしょにいると、
安心する」を、94%の親子が支持している。この数字のもつ意味は大きい。
(02−7−25)


+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


●倫理規範

+++++++++++++++++

弱者にいかに温かい世界かで、
その世界の優劣が決まる。

弱者に冷たい世界は、それだけで、
劣った社会と考える。

+++++++++++++++++

 昨日、テレビの「討論バトル」という番組をみた(〇二年七月)。今回は、暴走族と、4人の講
師(?)たちとのバトルだった。チャンネルをかえていたら、たまたまその番組が飛び込んでき
た。

 案の定、4人の講師たちは、暴走族の若者たちを完全否定。ジャッジ役のおとなたちも、完
全否定。暴走族の若者が、1人の講師に向かってあれこれ反発すると、40歳くらいの女性は
こう言った。「あなたがたは、人生の先輩者の意見を、もっと前向きに聞くことができないの!」
と。

 私は、暴走族の若者たちをかばう気持ちは、毛頭ない。好きか嫌いかと言われれば、嫌いに
決まっている。しかしああまで一方的に、彼らを否定することもできない。

理由の第一は、彼らは、一見「強者」のフリをしているが、その実、社会の底辺を生きる、「弱
者」でしかないということ。学校の先生から見放され、親たちからも見放され、将来への夢や希
望も、ことごとくつぶされた若者たちである。それだけに将来に対する不安や心配も大きい。運
転免許証以外、資格をもっている若者はいないだろう。身を寄せる、温かい家庭すらもってい
ない。彼らは彼らなりに、精一杯、自己主張しているだけ。

ゆいいつ心を開くことができる相手というのは、自分と同じような立場で、同じような苦しみのわ
かる仲間だけ。そういう仲間の間で、たがいに慰めあっている。不安や心配と戦っている。もし
それが悪いというのなら、では、ほかに彼らには、どんな方法があるというのか。

 はからずも1人の若者がこう叫んだ。「お前たち(おとな)に、偉そうなことを言う資格などある
のかよ!」と。その通り。私たちおとなに、彼らを責める資格などない。この日本だけをみても、
不正義と不公平が満ち満ちている。コースに乗っただけという理由で、その恩恵を受ける人
は、とことん受ける。そうでない人は、少しばかりがんばったところで、どうにもならない。こうし
た無力感は、多かれ少なかれ、だれで感じている。が、若いがゆえに、彼らはそれを人一倍、
強く感ずるのだろう。それを彼らは、暴走させているだけだ。

 いや、実のところ、この私とて、毎日、暴走しそうな自分を必死に押し殺して生きている。体に
は無数のクサリががんじがらめに取り巻いている。こうしたクサリから解放されたら、どれほど
気が楽になることか。できるなら私も、バイクの音をバリバリとたてながら、天下の国道を、思う
存分、自由気ままに走り回ってみたい。

しかし現実は、どこへ行っても、規制、また規制。生きることすらままならない。何をするにも、
資格だの認可だの許可がいる。職をなくしたから、では明日からリヤカーでも引いて、屋台の
ラーメン屋でもしたいと思っても、それは不可能。調理師の免許、保健所や市役所への届け
出、検査、認可が必要である。尾崎豊の言葉を借りるなら、私たちはまさに「しくまれた自由」
(「卒業」)の中で、あがきもがいているだけ?

 今の日本のしくみの中では、ある一定の割合で、彼らのような若者が生まれる。学校での勉
強でも、いまだに「みんなが百点でも困る。差がつかないから。しかしみんなが0点だともっと困
る。差がわからないから」が基本になっている。10%のエリートを生み出す一方、10%の落ち
こぼれが、必然的に生まれる。そういうしくみになっている。

言いかえると、彼らこそ、こうしたゆがんだ教育体制の犠牲者にすぎない。もっと言えば、彼ら
が彼らであるのは、彼らから夢や希望を奪ってしまった私たちにこそ、その責任がある。さらに
もっと言えば、彼らは重い心の病気にかかっている。そういう若者を、一方的に否定することは
できない。いや、否定したところで、問題は何も解決しない。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1837)

【4年前の正月】

+++++++++++++++

原稿の整理をしていたら、
たまたま4年間に書いた原稿が出てきた。

「おもしろい」と思った。
自分で書いた原稿を自分で評価するのも
おかしなことだが、そう思った。

++++++++++++++

●演歌の世界

 02年度も、最後の部分だけだが、NHKの紅白歌合戦を見た。私が子どものころは、視聴率
も、80%以上あったという。あの番組は、まさに国民的番組であった。が、今は、見る影もな
い。どういうわけだか、おもしろくない。時代が変わったのか? 私の趣向が変わったのか? 
それとも番組自体が、つまらないのか?

 こう書くと、紅白歌合戦を楽しんだ人には失礼になるかもしれない。「何、言ってるの! 私は
楽しんだわ」と。

 こういうエッセーを書くとき、一番神経をつかうのは、「私はこうだから……」という理由だけ
で、ものごとを決めてかかってはいけないということ。個人的な好き嫌いを、ほかの人に押しつ
けてはいけない。

紅白歌合戦についても、そうで、「私がそう思うから」という理由だけで、「つまらない」と書いて
はいけない。それに「つまらない」と書く以上、それにかわる案なり、方法を提示しなければなら
ない。批判したり、批評したりする程度なら、だれにでもできる。


 「紅白」の紅白というのは、もともと、女性の生理の血の赤と、男性の精液の白を意味してい
るそうだ。外国では通用しない、日本独特の色彩観である。(あるいは中国からきた色彩観
か?)たとえばアメリカでは、結婚式でも、花婿、花嫁以外は、男性はダークのスーツだが、女
性は、ブルーとかオレンジに、色がある程度、限定されている。これは花嫁の美しさを目立た
せるためではないか。日本でも、結婚式では、そういう気配りをする。

……というように、あれこれ思い浮かべても、「男は白、女は赤」という場面は見たことがない。
そう言えば、私の二男の結婚式で驚いたのは、列席してくれた男性たちが、皆、黒いネクタイ
をしていたことだ。「日本では、葬式のときに黒いネクタイをする」と言いかけたが、この話は、
だれにもしなかった。

さて、本題。紅白歌合戦では、最後(トリ)を、演歌歌手が占めた。男性は、演歌歌手のK氏に
つづいて、I氏。女性は、Iさんだった。私が紅白歌合戦をつまらないと思ったのは、もともと演歌
が好きでないこともある。人間の心を、安っぽい論理で、決めてかかるところが、好きでない。
酒、夜、女、雨が、テーマになることも多い。

私は酒は飲めない。夜は苦手。女は関係ないし、雨より、青い空が好き。それに若いころか
ら、義理とか人情とかいう言葉が好きではなかった。昔、『甘えの構造』という本を書いた土居
健郎氏は、「人情は依存性を歓迎し、義理は人々を依存的な関係に縛る。義理人情が支配的
なモラルである日本の社会は、かくして甘えの弥慢化した世界であった」と述べている(「甘え
の構造」)。そういう点では、演歌は、どれもネチネチしている。カラッとしていない。

 ……とまあ、私は、またまたひどいことを書いてしまった。日本の民族的音楽である、演歌を
批判してしまった。きっとこのエッセーを読んで、怒っている人もいることだろう。もしそうなら、
許してほしい。だからといって、私が正しいとか、こうあるべきだとかと書いているのではない。
あくまでもひとつの意見として読んでほしい。

 ただこうした私の趣向の背景、つまり演歌がどうしても好きになれない理由には、こんなこと
がある。

 私の父は酒乱で、数日おきに酒を飲んで暴れた。そしてそれは私が5歳くらいのときから、私
が中学2年生くらいになるときまでつづいた。そのあとは、父も肝臓を悪くし、酒が飲めなくなっ
たが、そんなわけで、私は今でも、酒臭い人間が、大嫌い。ゾッとするほど、大嫌い。

だから何かの理由で、酒場のようなところに入ると、その酒臭さに、耐えられなくなる。演歌は、
そういう酒場のようなところで歌われることが多い。カラオケができてからは、なお一層、その
傾向が強くなった。だから、演歌を聞くと、生理的な嫌悪感を覚える。この嫌悪感だけは、どう
しようもない。演歌に、そういうイメージが焼きついてしまった。そう言えば、ワイフと結婚する前
も、私はワイフにこう聞いた。「あなたは、演歌が好きですか?」と。するとワイフは、「大嫌い」
と。それだけではないが、それで私はワイフと、安心して結婚することができた。

 ただ、美空ひばりだけは好きだった。とくに「悲しい酒」だけは、好きだった。美空ひばりは、
演歌歌手というレベルを超えた歌手だった。「悲しい酒」にハマったときは、ワイフといっしょに
風呂につかりながら、歌い方を何時間も練習した。これは私の唯一の例外か?
(03−1−2)

●あとで聞いたら、02年度の紅白歌合戦は、演歌ばかりではなかったそうだ。しかしたまたま
私が見たときは、演歌ばかりだった。不運な偶然が重なったのかもしれない。少なくとも、ここ1
5年くらいは、紅白歌合戦は、ほとんど見ていない。

+++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩


●正月2日

 たき火をしようと居間におりたが、外を見ると、強風。そこでワイフに、ふと、「ドライブでもして
こようか?」と声をかけると、「いいね」と。そこで正月2日だったが、ドライブにでかけた。

 車は、トヨタのビッツ。私たちは、勝手に、「ビンツ」と呼んでいる。ドイツのベンツをもじって、
そう呼んでいる。

 コースは、浜松市内から、国道1号線に入り、そこからバイパスを通って、新居まで行く。そし
てそこから浜名湖1周コースに入る。このコースだと、ドライブをしている間中、右側に海が見
える。

 途中、浜名湖鉄道のK駅で、昼食。駅を改造したレストランで、マスコミにもよく紹介される。
料理は……と書きたいが、ここから先は書けない。(だからといって、推薦しているわけではな
いので、誤解のないように!)

 それからまた走って、細江町へ抜け、そこから姫街道を通って、市内へもどる。時間にして、
ちょうど2時間半のコースだった。ちょっとドライブというときには、よい距離だ。気分転換にな
る。

 途中、ワイフといろいろな話をする。たいていは、くだらないバカ話だが、ときどき哲学的な話
もする。あとは、ただひたすら雑談、また雑談。「若いときは、よくドライブをしたわね」とワイフ。
「そうだね、毎晩したね」と私。

 私たちは、よく真夜中にドライブにでかけた。夜中の11時とか、12時に、である。そしてあち
こちを回ったあと、明け方に帰ってくることもあった。自由業とは、まさに私のような仕事をい
う。そういう点では、私たちは、本当に好き勝手なことができた。

 当時は、貯金もしなかった。翻訳料で少しでも、予定外のお金が手に入ったりすると、そのお
金をもって、隣の浜北市の旅館で1泊してきたりした。そして翌日は、また幼稚園へ……。収入
も、仕事も不安定だったが、私たちには、こわいものは、何もなかった。不安もなかった。今で
も、こうしてドライブをしていると、あのころの自由奔放(ほんぽう)さが、そのまま心の中によみ
がえってくる。

 明日からは、人に会わなければならない。行かねばならないところもいくつかある。それに正
月明けの仕事の準備もしなければならない。こうしてゆっくりと原稿を書けるのも、今夜まで。
……といっても、こういうふうにヒマなときほど、原稿は書けないもの。頭の回転がどこか鈍る。
私は、仕事をしていたほうが、頭の調子はよいようだ。だから、今は、こんなどうしようもない駄
文しか、書けない。ここまで読んでくれた人には申し訳ないと思う。どうか許してほしい。
(03−1−2)※


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●人生は、無数の選択

 ときどきふと、考える。どうして今の私は、今の私なのか、と。そして同時に、「もし、あのとき
……」とも考える。「もし、あのとき、別の選択をしていたら、私の人生は、大きく変わっていた
かもしれない」と。

 しかし私は、こうも考える。私はそのつど、無数の選択を繰り返してきた。それはC・ダーウィ
ンの進化論のようなものだ。今の私は、そういう無数の選択をくぐりぬけながら、今の私になっ
た。しかしその選択をしたのは、私自身であって、ほかのだれでもない、と。

 たとえば私があのままM物産という商社で働いていたら、私は「社畜」(会社の家畜という意
味)になって、いまごろは、狂い死にしていたかもしれない。私という人間は、そういうタイプの
人間だった。いや、死なないまでも、今ごろはどこかの精神病院に入院しているか、心筋梗塞
(こうそく)か何かで、倒れていたかもしれない。つまり私がM物産という会社を飛び出したの
は、私自身が、そういう未来を避けるために、そのように選択したからだ。

 だから、ひょっとしたら、私でなくても、私のような人間が、同じような立場に置かれたら、やは
り私と同じような運命をたどったであろうということ。そう、それを「運命」というなら、たしかに運
命というのは、ある。

 私は、結局は、たいした人間にはなれなかった。これからもなれそうもない。このH市という、
地方都市にうずもれて、このまま人生を終えることになる。それは私の本望ではないが、しかし
これが私の限界なのだ。私は私なりに、精一杯、生きてきた。その精一杯生きる過程で、無数
の選択を繰り返してきた。今も、毎日のように選択を繰り返している。しかしいくらがんばって
も、その限界を超えた選択は、私にはできない。

 たとえばこの正月になって、どうも体の調子が悪い。原因は、運動不足だということはよくわ
かっている。しかし私ができることといえば、せいぜい、犬のハナと散歩に行くこと。本当なら、
トレーナーを着て、10キロくらいランニングするのがよいのだろうが、この寒さでは、それもで
きない。する気が起きない。そこで私は、自分の限界を感ずる。その限界の中で、私はハナと
の散歩を選択した。つまり、こうして、無数の選択が積み重なって、私の運命が決まっていく。

 いろいろ私自身についての不満もある。後悔というほどのものではないが、「ああすればよか
った」「こうすればよかった」と思うこともある。しかし私はそのつど、最善を尽くしてきた。そのと
きどきに、その限界の中で、最善の選択を繰りかえしてきた。その結果が、今の私であるとす
るなら、私には、ほかにどんな道があったというのか。

 もちろん私にも、その限界を超えた「夢」がある。しかし夢は夢。しょせん、かなわぬ夢。そこ
には私の実力がからんでくる。運、不運もある。私の精神的欠陥や性格的欠陥もある。そうい
うものを総合的に考えてみると、やはり今が、限界。この程度が限界。あるいは今以上に、私
は、何を望むことができるのか。

 私が今、できることは、その限界状況と戦いながら、よりよい選択をそのつど、していくしかな
い。たとえばハナと散歩にでかけても、いつもより距離をのばしてみるとか。いつもより、より速
くいっしょに走ってみるとか。ささいなことだが、こうした選択をすることで、明日が決まる。だか
ら過去をほじくりかえして、後悔しても、意味はない。後悔する必要もない。あの宮本武蔵も、
『我が事に於て後悔せず』(「独行道」)と書いているが、私も、自分のことでは、後悔しない。…
…したくない。
(03−1−2)※

(追記)ときどきワイフにこう聞く。「お前は、ぼくと結婚して、後悔していないか? もっと別の人
生を歩きたかったのではないないか?」と。

するとワイフは、「これが私の人生だから」と言う。ときどき、「私は家族のみんなが、それぞれ
幸せになってくれれば、それでいいの」と言うときもある。そこでさらに私が、「何か、やり残した
ことはないか?」と聞くと、「私は家族が幸せになるのを見届けたいだけ」と。

実は、私も同じように考えるようになってきた。残りの人生は、家族や、ほかの人たちのために
使いたい。

+++++++++++++++++

(後記)

4年前の原稿だから、「未熟だったなあ」と
思う部分もあれば、「なかなか鋭いなあ」と
思う部分もある。

原稿も、古い原稿になると、自分で書いたと
いう意識は、あまりない。(書いたことすら
忘れてしまっているので……。)

しかし読んでいると、何というか、
スーッと、脳みその奥の奥までしみこんで
いくのがわかる。

それもそのはず。いくら忘れたとはいえ、
その過去の上に、今の私がある。

文体も、私のもの。

+++++++++++++++++

Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1838)

●日本人のあいまいさ

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嫁のデニーズ(アメリカ人)が、先ほど、
こんなメールを書いてきた。

ある人にスカイプ英会話の案内をした。
もう数日になるのに、返事がない。

どうしたらいいか、と。

つまりデニーズは、もう一度、メールを
書くべきかどうかで悩んでいる。

+++++++++++++++++++++

 アメリカのばあい、大統領に手紙を出すと、必ずといってよいほど、返事がかえってくる。(も
ちろん大統領自身からではないが……。)

 オーストラリアでもそうである。欧米諸国は、みな、そうである。

 しかしこの日本では、そうではない。私のBW教室でも、つぎのようなことが、よくある。

 「教室を見学をしたい」というから見学をしてもらう。しかし大半の親子は、そのまま帰ってしま
う。私のほうとしては、「入会してもらえるかどうか、その意思表示をしてほしい」と思っている
が、そのまま帰ってしまう。何も言わないで、帰ってしまう。

 で、こちらのほうが不安になって、「どうしますか?」と聞くと、「家へ帰ってから、相談して決め
ます」と。

 見学についてもそうだが、案内書についてもそうである。「案内書がほしい」と言うから、送
る。しかしそのあと、そのままという人が多い。

 が、アメリカには、そういう習慣(?)は、ない。ないというか、こういうケースのばあい、けっし
て、あいまいなままにしておかない。教室の見学をすれば、その場で、YES・NOをしっかりと意
思表示する。案内書を送れば、かならずそれに対する返事をくれる。

 「日本は礼儀の国」とは言うが、ことこの部分についての、礼儀はない。

 だからデニーズには、こう返事を書いた。

 「日本人は、YES・NOをはっきり言うのを嫌う国民です。ものごとをあいまいなままにしておく
のを、より好む国民です。だから相手から何か言ってくるまで、待つのがいいです」と。

 ついでに、日本人のダブル・マインド(心の二重構造性)についても、書いた。いわゆる、(本
音と建て前論)である。

 しかし今は、そういう時代でもないと思うのだが……。

++++++++++++++++++

本音と建て前で思い出したのが、
教師言葉。この教師言葉ほど、
本音と建て前を使い分けるものもない。

++++++++++++++++++

●教師言葉

 子ども(小2男児)がもらう成績表の通信欄。そこには、こうある。「運動は活発にできました。
授業にも集中できるようになりました。1学期は飼育係をし、友だちと協力して動物を育て、思
いやる心を学びました。2学期は学習面での飛躍が期待されます」と。

 この世界には、「教師言葉」というのがある。先生というのは、奥歯にものがはさまったような
言い方をする。たとえば能力が遅れている子どもの親には、決して「能力が遅れています」とは
言わない。……言えない。言えば、たいへんなことになってしまう。

こういうとき先生は、「お宅の子どもは、運動面はすばらしいのですが……(勉強は、さっぱりで
きない)」「私のほうでも努力してみますが……(家庭で何とかしろ)」と言う。

あるいは問題のある子どもの親に向かっては、「先生方の間でも、注目されています……(悪
い意味で目立つ)」「元気で活発なのはいいのですが……(困り果てている)」「私の力不足です
……(もうギブアップしている)」「ほかの父母からの苦情は、私にほうでおさえておきます……
(問題児だ)」などと言う。ほかに「静かな指導になじまないようです……(指導が不可能だ)」
「女の子に、もう少し人気があってもいいのですが……(嫌われている)」「協調性に欠けるとこ
ろがあります……(わがままで苦労している)」「ほかの面では問題はないのですが……(学習
面では問題あり)」というのもある。

 一方、先生というのは、子どもをほめるときには、本音でほめる。先生に、「いい子ですね」と
言われたときは、すなおに喜んでよい。

先生は、おせじではほめない。おせじを使わなければならない理由そのもがない。裏を返して
言うと、もしあなたの子どもが、園や学校の先生にほめられたことがないというのであれば、子
どものどこかに問題がないか、それを疑ってみたほうがよい。

幼児のばあい1つの目安として、誕生パーティがある。あなたの子どもが、ほかの子どもの誕
生パーティによく招待されるならよし。そうでないのなら、かなりの問題のある子どもとみてよ
い。実際、誰を招待するかを決めるのは親。その親は、自分の子どもや先生から耳にする、日
ごろの評判を基準にして、それを決める。

 さて冒頭の通信欄だが、プロはこう読む。「運動は活発にできました……(学習面はさっぱり
ダメ)」「授業にも集中できるようになりました……(集中力がなく、問題児だ)」「一学期は飼育
係をし、友だちと協力して動物を育て……(一人では責任ある行動ができない)」「思いやる心
を学びました……(自分勝手でわがままだ)」「二学期は学習面での飛躍が期待されます……
(今は、学習のほうは、さっぱりダメ。家庭で何とかしろ)」と。

 今回は生々しい話になってしまったが、もともと教育というのは、そういうもの。親と教師の価
値観やエゴが、互いに真正面からぶつかり合う。ふつうの世界と違うのは、そこに「子ども」が
介在すること。だから本音と建前が、複雑に交錯する。こうした教師言葉は、そういう世界から
必然的に生まれた。ある意味でやむをえないもの。

だいたいにおいて、あなたという「親」だって、先生の前では本音を言わない。……言えない。
言えば、たいへんなことになってしまう。それをあなたは、よく知っているはずだ。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 教師
言葉 本音論 建て前論)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●デニーズへ、

+++++++++++++++++++

ときとして、デニーズは、日本の風習に
とまどうことがある。

YES・NOをはっきり言わない日本人。
ものごとを、あいまいなまますまそうとする
日本人。

そういう日本人を見て、いらだつことも
多いらしい。

反省!

+++++++++++++++++++

デニースへ、

アメリカのばあい、大統領に手紙を書くと、必ず、大統領から返事がきますね。大統領以下、
みな、そうです。上院議員、下院議員、それに州知事も、みな、そうです。そういうシステムが、
できあがっているのですね。

以前、こんなことがありました。

私の生徒が、オーストラリアへの大学への進学を希望したときのことです。私は、何校かの願
書を取り寄せてやりました。で、うち一校については、願書を出し、その大学付属の語学校(ラ
ンゲージ・スクール)の入学の手続きを、すませました。

あとの数校については、日本流に、無視。が、こうした行為が、相手の大学の入学登録事務所
(レジストレーション・オフィス)の担当の人を怒らせてしまいました。「キャンセルするならする
で、どうして返事をくれないのか」とです。

こうしたトラブルは、よく経験します。たとえばいくつかの出版社に、原稿を送ったとします。日
本では、そうした行為に対して、返事をくれる出版社は、まずありません。ほとんどのばあい、
無視されて、ポイ、です。返事をくれるときは、「出版、OK」というばあいだけです。相手の出版
社にしてみれば、「あなたが勝手に送り届けてきたのだから、返事をする必要はない」というこ
とになります。

ですから、日本人とビジネスするときは、(忍耐)が必要です。とくに、日本人は、YES・NOをは
っきり言うのを、きらいます。あいまいなまま、その場をやりすごそうとします。さらに、YESと言
いながら、NOのばあいがあったり、NOと言いながら、YESのばあいがあったりします。

これも実際あった話しですが、アメリカの外交官が、あることで、日本の政治家に決断を迫った
ときのことです。その日本の政治家は、こう答えました。「前向きに検討してみましょう」と。

そこでアメリカの外交官は、YESかNOかと迫ったというのです。で、再び、その日本の政治家
は、「前向きということは、前向き。検討してみます」と。

おかしな問答ですが、このばあい、アメリカ人の外交官には、日本の政治家の返事が、「NO」
に聞こえたかもしれません。日本の政治家は、「YES」のつもりで答えたのですが……。

そんなわけで、日本でビジネスをするときは、繰りかえしますが、(忍耐)が必要です。相手が
返事をしてくれるまで、じっと待ちます。が、だからといって、誤解しないでください。日本人が、
(ていねいな国民)ではないということでは、ありません。

結論が出るまで、時間がかかるということです。そしてそれまでは、できるだけ、あいまいにして
おこうという心理的作用が働くためです。YES・NOをはっきり言って、結論を出すよりは、日本
人は、そのほうが人間関係が、スムーズに流れると考えるわけですね。

日本流に言えば、「やるべきことはしながら、あとは時間を待つ」です。これは日本人とつきあう
ときのコツです。よく覚えておくとよいでしょう。多分、息子のSにも、そういう部分が残っている
と思います。

【デニーズからの返事】

Thank you very much for the information! I know of people being vague 
about answering yes and no in Japan; Soichi and I have talked about that 
before. But when I asked him about what to do about a non-responsive 
customer, he didn't have any idea. Perhaps it is because he has not had 
a chance to live as an adult in Japan yet. Maybe he never quite caught 
onto that courtesy.

情報、ありがとうございます。日本では、YES・NOをはっきり言わないで、あいまいにしておくと
いうことを、知っています。ソーイチと私は、以前、それについて、話しあったことがあります。し
かし何か連絡しても、返事のない人には、どうしたらいいのかと、ソーイチにたずねたことがあ
ります。しかし彼には、わかりませんでした。

たぶんそれは、ソーイチが、日本で、おとなとして生活した経験がないからではないかと思いま
す。そういうような(日本流の)礼儀作法を知らないのでしょう。

I honestly thought that in Japan, people probably returned emails right 
away, even more quickly than in America, because of how prompt and 
punctual people are about being on time for work. Here people do not 
worry so much about that. If we're a few minutes late, we'll make up 
for it at the end of the day. 

私は、日本では、人々が、すぐ返事をくれるものだとばかり、思っていました。アメリカ人より
も、早くです。というのも、日本人というのは、仕事面で、時間に正確で、迅速な国民と思ってい
たからです。アメリカでは、だれかが、2、3分遅れただけで、その日の終わりには、それをつぐ
なおうとします。

It's very interesting to me to find all of the little differences in the 
cultures. I appreciate your letting me know. That's very helpful!!!!

文化について、ささいなことでも、そのちがいを知ることは、とても興味深いことです。私に教え
てくれたことを感謝します。とても助かりました。ありがとうございました。

Denise


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●孤立する日本

++++++++++++++++

失言につづく、失言。
今度は、日本のA総理の失言。
失言というより、あまりにも、
タイミングが悪かった。

おかげで、アメリカでは、
反日の大合唱。

ボストン・グローブ紙まで、
「日本に裏切られた」という
社説をあげるまでになっている。

++++++++++++++++

 産経新聞は、つぎのように伝える(3月10日)。

『米下院でのいわゆる慰安婦問題に関する決議案は、慰安婦を、「日本政府による軍の強制
売春システム」と定義し、日本政府の公式謝罪と、歴史責任の受諾、若年世代に対する教育
強化−などを求める内容だ。

(中略)

最近のアメリカリベラル紙の対日非難は、慰安婦問題の強制性を裏付ける証拠を否定した、
安倍晋三首相の発言に的を絞っている。これらメディアはもともと、首相を、「民族主義者」とみ
る傾向が強く、強制性の否定や再度の謝罪拒否という発言が、固定観念を刺激した形だ。

 決議案について、下院では月内に外交委員会での採決を経て、4月の安倍首相の訪米日程
をにらみながら、本会議採択を目指すとの見方が強い。首相発言の影響で、決議を阻止する
のは厳しくなったとの懸念も出ている』と。

さらに、8日付のボストン・グローブ紙社説は、首相発言が、「近隣アジア諸国にとどまらず、同
盟国たるアメリカの信頼も失った」と決めつけ、ロサンゼルス・タイムズ紙の社説(7日付)が、
天皇の謝罪を公然と要求するなど、リベラル系メディアを中心とした対日非難は、エスカレート
している(ヤフーニュース)。

 ここで注目すべき点は、アメリカのマスコミは、はっきりと(天皇の戦争責任)を追及し始めて
いるという点。いくら日本国内で、日本人が、「そうでない!」と叫んでも、そういう声は、届かな
い。それが、世界の常識ということになる。

 が、なぜ、戦後60年以上もたって、(今)なのか? 時、同じくして、6か国協議の部会が、開
かれている。日本は、日朝部会の席で、「拉致問題の解決なくして、国交正常化はありえない」
「援助もしない」と主張している。そしてアメリカには、「拉致問題の前進なしでは、テロ支援指
定解除をしないでほしい」と、要請している。

 しかしすでに、米朝間では、テロ支援指定解除の話しあいが、進んでしまっている。韓国の聯
合ニュースは、9日、つぎのように伝えている。

『先の米朝国交正常化に関する作業部会で、K国が年内に核施設を「無能力化」する措置を
取ることができるとの立場を示し、アメリカがこうした措置に呼応して、テロ支援国指定解除と
対敵通商法の適用終了を履行することで、双方が原則的に一致した』と。

 以上を、簡単にまとめてみると、こうなる。

(1)アメリカは、米朝の2国間協議を始めてしまった。
(2)アメリカは、拉致問題にこだわる日本を無視して、テロ支援指定国家解除の道筋をつけて
しまった。
(3)アメリカにとっての国益は、「核の解除」から、「核の拡散」へと、移動してしまった。
(4)アメリカには、日朝間の話しあいの仲介をする意図は、まったくない。

 アメリカのヒル国務次官補は、米朝交渉の中で、拉致問題を取りあげたと言っている(日本
側報道)。しかし肝心のK国の代表は、「拉致問題の話はなかった」と言っている。どちらが本
当のことを言い、どちらがウソを言っているのか。

 日本政府は、「日本は孤立していない」とさかんに言っているが、日本は、今、完全に孤立し
ている。しかし問題は、なぜこうまで孤立したかではなく、アメリカに、こうまで裏切られたか、で
ある。

 外務大臣、防衛大臣、それに総理大臣の失言につづく失言が、その背景にあったことは言う
までもない。とくに、今度の安倍総理大臣の発言は、あまりにもタイミングが悪かった。安倍総
理大臣は、「(アメリカの下院で非難決議が採択されても)、謝罪しない」と言い切ってしまった。

 アメリカが激怒して、当然。ボヤボヤと反日感情が、くすぶっていた。そこへ安倍総理大臣
は、ガソリンをまいてしまった。これで一気に、日本非難が、加速してしまった! 簡単に言え
ば、そういうことになる。

 では、どうするか? 日本は、どうなるか?

 6か国のうち、日本をのぞく5か国は、日本を悪者にしたてながら、K国の核開発問題に取り
組むことになる。アメリカは、(そして韓国も中国も)、「現在、K国がもっている核兵器について
は不問にし、開発と拡散だけを抑え込もうとしている」。一方、K国は、「アメリカとの国交正常
化を最優先にし、6か国協議をつづけようとしている」。最近の国際情勢の動きをみていると、
どうやらそれが結論ということになる。

 つまり、日本にとっては、最悪のシナリオということになる。今後、日本は、核兵器の影におび
えながら、日朝交渉を進めることになる。莫大な戦後補償を支払うことになる。

 私は、もう4、5年前から、こう書いてきた。「拉致問題にからめて、K国を制裁してはいけな
い。人権問題として、世界に訴えていくことこそ、重要」と。「拉致被害者の気持ちは、わからな
いわけではないが、制裁では解決しない」と。

 それがいつの間にか、核開発問題による制裁と、区別がつかなくなってしまった。そして今
は、「拉致問題に前進がなければ、K国援助はない」ということになってしまった。

 そこで日本がとるべき手段は、ただひとつ。

 国際外交の常識として、ここは、静かに、嵐が過ぎ去るのを待つのがよい。謝罪すべきこと
は、謝罪し、姿勢を低くして、嵐が過ぎ去るのを待つがよい。そしてK国が、シッポを出すまで、
じっと、がまんする。

 米朝交渉は、かならず、行きづまる。すでにアメリカの国務省の中には、米朝交渉を重荷に
感ずる雰囲気が大きくなっているという。その重圧感は、今後、ますます大きくなるはず。そう
なったとき、そこに、スキができる。

 そのとき、日本が、そのスキに割って入ればよい。それまでじっと、がまんする。大切なこと
は、これ以上、日米関係を悪化させないこと。理由は、簡単。今の日本にとって、頼れる相手
は、アメリカしか、いない。「バカだ」「アホだ」と言われても、アメリカの足元にすがるしかない。
悲しいかな、それが今の日本の置かれた、きびしい現実ということになる。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●3月x日

++++++++++++++++++

今日、偶然にも、2人の友人に会った。

1人は、H氏。50歳くらい。
もう1人は、N氏、60歳くらい。

本当は年齢を知っているが、あえて
あいまいにしておく。

長いつきあいだ。

別れるとき、N氏とは、今度、いっしょに
食事をすることにした。

H氏には、まだ話していないが、奥さんと
近く、山荘に、来てもらうつもり。

4月に入ったら、連絡しよう。

++++++++++++++++++

●浜名湖1周

 今度、長男と、浜名湖を自転車で一周することにした。「やってみようか?」と声をかけると、
「暖かくなったら、いいよ」と。「あまり暑くなってからでもしかたないので、4月にしよう」と言うと、
「うん」と。

 浜名湖の周囲には、その浜名湖をぐるりと1周する形で、自転車道が完成している。1度はし
てみたいと思っていた。「これがぼくの人生で、最初で最後の思い出になるかもしれない」と、私
は言ったら、長男も、そう思ったらしい。意外とあっさりと、同意してくれた。

 が、私は毎日、自転車で体を鍛えている。一周できるだろう。しかし長男は、そうでない。いく
ら若くても、鍛えていなければ、そうでない。一周は、無理かもしれない。

 ともかくも、楽しみだ。ざっと計算してみると、一周、60〜80キロはある。曲がりくねった道だ
から、道のりは、もっとあるかもしれない。時速10〜15キロで走っても、6〜8時間はかかる。
かなりきつい行程だ。休みながら走れば、何とかなるだろう。

●GOOD NEWS

 それからGOOD NEWS! 今日、三男の就職先が正式に決まった。航空会社のJ社。勤
務地は、成田空港だそうだ。今日、昼食をとりながら、ワイフと2人で、静かに乾杯した。

 あとは、いつもどおりの1日。午前中は、O幼稚園で、講演。午後は、仕事。夜は、DVD鑑
賞。液晶テレビを買ってから、映画館へは、ほとんど足を運んでいない。それまでは毎週金曜
日の夜は、ワイフといつも映画を見に行っていた。金曜日の夜は、満50歳以上は、入場料金
が半額になる。

●新年度

 今年も、インターネットを通して、たくさんの生徒が入会してくれた。毎年2月になると、「BW
も、今年度でおしまいかな」と思う。が、3月末になると、息を吹きかえす。この20年間、その繰
りかえし。それがBW。

 N氏にそのことを話す。体力的にも、そろそろ限界に近づいてきた。無理はできない。とくに
今は、精神の安定に心がけている。

●株価暴落

 ところで話は、ぐんと深刻になるが、ここ数日、株価が、全世界的に暴落している。むずかし
い理論など、必要ない。アメリカへ行ったことがある人なら、だれでもわかると思うが、こういう
こと。

 「どうして、そんなに働きもしないアメリカ人が、こんないい生活ができるのだろう」と。

 一方、中国やインドでは、それが反対になる。東南アジアの国々へ行けば、さらに、それがよ
くわかる。「どうしてみんな、こんなに一生懸命働いているのに、生活が貧しいのだろう」と。

 この日本について言うなら、どちらかというと、アメリカに近い。全体としてみると、それほど働
いていないのに、みな、そこそこに、よい生活をしている。

 つまり世界は、(富)をもつものと、もたないものの間で、不公平が起きている。それが今、世
界的な株価の暴落で、調整期に入った(?)。

 日本は、アメリカに近いから、その分だけ、下に落ちるということか。

●韓国のおバカ大統領

 で、問題は韓国だ。あのN大統領が、またまた、おかしなことを言いだした。どうしてあの人
は、こうまでものの考え方が、うしろ向きなのだろう。今度は、日本に向かって、「誠意を見せ
ろ」(3月1日)と。天皇や日本の首相が訪韓するたびに、「謝罪しろ」「謝罪しろ」の大合唱。い
ったい日本は、何度、それも、いつまで謝罪しつづけたら、韓国は気がすむのか。

 要するに、今の日本は、韓国とは、仲よくできないということ。ついでにK国とも。

 目下、その韓国だが、日本との間で、し烈極まりない経済戦争が進行している。まさに「死
闘」というにふさわしい。勝つか、負けるか。

 ノー天気なオバチャンたちは、「イー様」「ヨン様」と浮かれている。よい年齢のオバチャンたち
だ。そんなオバチャンたちが、(追っかけ)までしている。本当にどうかしている。日本が今、こ
の極東アジアでどんな立場にあるか、それが少しでもわかったら、そんなアホなことはできない
はず。(私は、あえて「アホなこと!」と断言するぞ!)

 いいか! この戦争に破れたら、日本の明日はないのだぞ! それがわかっているのか
ア!

 少し頭が熱くなったので、軽い話をしよう。

●自転車屋

 私は、当然のことながら、自転車に興味がある。実家の稼業は、その自転車屋だった。その
自転車だが、少し前まで、1万円の自転車に驚いていたが、最近では、7500円のものまであ
る。7500円だぞ! (私が子どものころでさえ、1万円というのは、破格の値段だった。)

 ところで私がいつも修理を頼んでいる自転車屋だが、どうも、元気がない。毎年、店に並ぶ自
転車の数が、どんどんと減っている。店のおやじも、元気がない。近くのショッピングセンターで
は、100台とか200台もの自転車を、並べて売っている。値段も、安い。最近では、サービス
もよくなった。これでは個人の自転車店には、勝ち目はない。

 では、どうすればよいのか?

(1)道路沿いの、車のホコリをかぶっているような店では、勝ち目はない。(油で汚れた店も、
勝ち目はない。)
(2)歳をとったおじさんが、セーターを着て仕事をしているような店では、勝ち目はない。(ふだ
ん着で仕事をしている店では、さらに勝ち目はない。) 
(3)値段があやしげな店では、勝ち目はない。
(4)自店で、独自のカラー印刷の広告を出せないようでは、勝ち目はない。

 この反対の店にすれば、個人の店でも、生き残ることができる。つまり、それなりのセンスが
あり、若い店員が生き生きと仕事をしている。そして雑誌にも、値段が載っているようなメーカ
ー品の自転車を並べている。そんな店なら、勝ち目はある。あとは、高級品で勝負するという
方法もあるが、個人の店では、たいてい失敗する、

 ただし、近くに大型のショッピングセンターがないこと。いくらなんでも、近くに大型のショッピン
グセンターがあったら、勝ち目はない。

 私という素人の商店評論だが、それほど、まちがってはいないと思う。私は子どものころか
ら、先にも書いたように、その自転車屋を見て育った。

●貧乏人vs金持ち

 あまりバカな話ばかり書いていてはいけないので、シメに、少し、有益な話(?)をひとつ。

 金持ちが、それなりの人格者になるのは、当たり前。また人格者のフリをするのは、簡単。し
かし貧乏人が、人格者になるのは、むずかしい。人格者のフリをしても、すぐボロがでる。……
これは私の意見ではない。論語の中に、そういうようなことが書いてある。

 それを、今、思い出しながら、自分の意見を書き加える。

 ……というより、今日、ワイフとそのことを話題にした。「貧しいと、人間性まで狂ってくるか
ら、いやだね」と。

 たとえば生活が貧しくなると、ひがみやすく、ねたみやすくなる。それ以上に、人を恨みやすく
なる。こうしてその人の精神は、少しずつ、蝕(むしば)まれていく。結果として、人格者とは、ほ
ど遠い人間になってしまう。みながみなというわけではないが、そうなる可能性は低くはない。

ワ「生活に余裕がなくなるからね」
私「そうなんだよな。つまるところ、余裕の問題ということになる」と。

 言いかえると、いくら生活が貧しくても、心の余裕さえあれば、自分の人格を保持することが
できる。みがくこともできる。反対に、いくら生活が豊かでも、心の余裕のない人は、そうでな
い。高級車に乗って、御殿に住んでいても、人格に疑問符のつく人は、いくらでもいる。

 では、心の余裕とは何か? どうすれば、心に余裕をもつことができるか?

 ひとつの方法として、『運命を受けいれる』というのがある。自分の置かれた立場、境遇、環
境を、そのまま受けいれる。不平、不満をもたず、日々に、満足して生きる。

 私がここでいう「運命」というのは、その人をつないでいる、無数の「糸」をいう。家族という
糸、親類という糸、地域、社会、国という糸、それに日本人という糸など。私自身の肉体、健康
という糸もある。そういう無数の糸が、それぞれの人を、からみながら、その人の生きる道を定
めている。それが「運命」ということになる。

 それを先に受けいれてしまう。「何もベンツに乗れなくても、ビッツでじゅうぶんではないか」
と。(これは、私自身のことだが……。)

 要するに無理をしないということ。そういう気構えが、心の余裕をつくりだす。

ワ「論語って、すごいことが書いてあるのね」
私「ホント」、……ということで、今朝の雑感は、おしまい。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●誠実論

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「誠実」には、2つの意味がある。

他人に対する誠実。
そして自分に対する誠実。

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 どこかの学校に講演に行ったら、その校長室に、「誠実に生きる」という、校訓がかかげてあ
った。私はその校訓を見ながら、しばし、考え込んでしまった。

 「誠実」には、ふたつの方向性がある。他人に対する誠実と、自分に対する誠実である。他人
に対する誠実は、わかりやすい。ウソをつかない。約束を守る。たいていこの二つで、こと足り
る。

 問題は、自分に対する誠実である。わかりやすく言えば、自分の心を偽らないということ。と
なると、ここに大きな問題が、立ちはだかる。自分に誠実であるためには、その大前提として、
自分自身が、それにふさわしい誠実な人間でなければならない。

 たとえば、道路に、サイフが落ちていたとする。だれも見ていない。で、サイフの中を見ると、
一〇万円。そのときだ。そのお金を手にしたとき、あなたは、どう考えるか。どう思うか。

 だれだって、お金はほしい。少なくとも、お金が嫌いな人はいない。私だって、嫌いではない。
そこである人が、その心に誠実(?)に従い、そのお金を自分のものにしたとする。そのとき
だ。その人は、本当に誠実な人と言えるのか。

 ここで登場するのが、道徳ということになる。「お金を落として、困っている人がいる」というこ
とがわかると、その人の気持ちになって、ブレーキが働く。「そのまま自分のものにするのは、
悪いことだ」と。

 この段階で、二つの心が、自分の中で、葛藤(かっとう)する。「ほしいから、もらってしまおう」
という気持ちと、「自分のものにしてはだめだ」という気持ちである。こういうとき、自分は、どち
らの自分に誠実であったらよいのか。

 ……これは落ちていたサイフの話だが、実は、私たちは日常茶飯事的に、こういう場面によく
立たされる。自分に誠実に生きようと思うのだが、どれが本当の自分かわからなくなってしまう
ことがある。あるいは相反した自分が、二つも三つもあって、どれに誠実であったらよいのか、
わからなくなってしまうこともある。

 そこで世界の賢者たちは、どう考えたか、耳を傾けてみよう。

 まず目についたのが、論語。そこにはこうある。いわく『君子は、本(もと)を努む。本立ちて道
生ず』と。「賢者というのは、まず根本的な道徳を求める。その道徳があってこそ、進むべき道
が決まる」と。論語によれば、誠実であるかどうかということを問題にする前に、まず基本的な
道徳を確立しなければならないということになる。道徳あっての、誠実ということか。

 論語の解釈は、たいへんむずかしい。むずかしいというより、専門に研究している学者が多
く、安易な解釈を加えると、それだけで轟々(ごうごう)の非難を受ける。もっとも私など、もとも
と相手にされていないから、そういうことはめったにないが、それでも慎重でなければならな
い。ここで私は、「道徳あっての誠実」と説いたが、そんなわけで、本当のところ自信はない。

 しかし論語がどう説いているにせよ、「道徳あっての誠実」という考え方は、正しいと思う。今
のところ「思う」としか書きようがないが、このあたりが私の限界かもしれない。つまり自分に誠
実であることは、とても大切なことだが、その前に、自分自身の道徳を確立しなければならな
い。もし私たちが、意のおもむくまま、好き勝手なことをしていたら、それこそたいへんなことに
なってしまう。みんなが、拾ったサイフを、自分のものにし、それで満足してしまっていたら、こ
の世は、まさに闇(やみ)? 言いかえると、道徳のない人には、誠実な人間はいないというこ
とになるのか?

 何だか、話が複雑になってきたが、私のばあい、こうしている。

 たとえばサイフにせよ、お金にせよ、そういうものを拾ったら、迷わず、一番近くの、関係のあ
りそうな人に届けることにしている。コンビニの前であれば、コンビニの店長に。駅の構内であ
れば、駅員に。迷うのもいやだし、葛藤するのは、もっといやだ。何も考えないようにしている。
どこかの店で、つり銭を多く出されたときもそうだ。迷わず、返すようにしている。本当の私は、
もう少しずるいが、そういうずるさと戦うのも、疲れた。だから、教条的に、そう決めている。そ
れはもちろん道徳ではない。ただ論語で説くような、高邁(こうまい)な境地に達するには、まだ
まだ時間もかかるだろう。一生、到達することはできないかもしれない。だから、そうしている。

 子どもたちに向かって、「誠実に生きろ」と言うのは簡単なこと。しかしその中身は、深い。そ
れがわかってもらえれば、うれしい。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

【正解のない世界】

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もともと生きることに、正解など、ない。
ないのに、いつも、人は、正解を求めようとする。

子どもの世界とて、同じ。

今の教育は、正解などあるはずもないのに、
その正解を押しつけようとする。

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●二枚の絵

玄関先に、一人の男の人(おとな)が立っている。手前に子ども(幼児)がいる。そんな一枚の
絵を見せながら、子ども(年長児)たちに、「この絵の中の二人は、どんな話をしていますか?」
と質問。すると、一人の男の子が、こう答えた。

子「(男の人が)入ってもいいですか?」と言った。
私「でも、玄関は、もうあいているよ」
子「うん、そう」
私「では、子どもは何と言っているの?」
子「帰ってください」
私「ということは、その男の人は、何?」
子「どろぼう」と。

今度は別の絵。一人の女の子(幼児)が、ふとんの中で寝ている。そのそばに男の子(幼児)
が立っている。同じように、「この二人は、どんな話をしていますか?」と質問。すると今度は、
一人の女の子が、こう答えた。

子「(女の子は)遊ぼうと言っている」
私「どこで?」
子「おふとんの中で……」
私「じゃあ、男の子は、何と言っているの?」
子「うふん……」
私「まさか……、ラブラブ?」
子「ちがうわよ!」

 ときとして、子どもたちは、こちらが意図しない考えをもつ。最初の絵は、お客さんが来たとこ
ろを想定し、「こんにちは」「いらしゃいませ」と答えるのを、期待していた。二枚目の絵は、「早く
元気になってね」「ありがとう」と答えるのを、期待していた。しかし子どもたちは、ここに書いた
ように答えた。もちろん私は爆笑。ゲラゲラ笑ってしまったので、授業にならなかった。

●本音と建て前

 「すなおな考え方」とは何か。五、六年も前のことだが、小学一年生の生活科のテストに、こ
んなのがあった。

 あなたのお母さんが、台所で料理をしています。あなたはどうしますか。つぎの三つの絵の中
から、答を選んでください。
(1)そのままテレビを見ている絵。
(2)お母さんを手伝う絵。
(3)本を読んでいる絵。

 この問題の正解は、(2)のお母さんを手伝う絵ということになる。しかしほとんどの子どもは、
(1)もしくは、(3)に丸をつけた。このことを父母との懇談会で話題にすると、ひとりの母親がこ
う言った。「手伝ってほしいとは思いますが、しかし実際には、台所のまわりでウロウロされる
と、かえってじゃまです。テレビでも見ていてくれたほうが、楽です」と。つまり建て前では、(2)
が正解だが、本音では、(1)が正解だ、と。

 そこで本題。冒頭にあげた絵の問題では、子どもたちは私の意図した答とは、別の答を出し
た。正解か正解でないかということになれば、正解ではない。また小学一年生のテストでは、本
音と建て前が分かれた。こういうとき、どう考えたらよいのか。

●正解のない世界

 ……と考える、必要はない。悩む必要もない。もともとこの世の中に、「正解」などというもの
は、ない。ないにもかかわらず、私たちは何かにつけて、正解を大切にする。正解を求めようと
する。とくに教育の世界ではそうで、その状態は、高校三年生までつづく。が、それで終わるわ
けではない。ある東大の教授が、学生たちに、答のない問題を出したときのこと。一人の学生
が、「答のない問題を出さないでくれ」と、その教授に、くってかかったという。その教授は、「こ
の世界のできごとは、九九・九九%、正解のないことばかり。なぜ今の学生は、正解にこだわ
るのか」と笑っていた。

 そこで今、教育の世界では、「答のない問題」が、クローズアップされている。私立大学だが、
T理科大学の面接試験では、こんな問題が出された。「塩と砂糖と砂が混ざってしまった。この
状態で、塩と砂糖と砂を分離するには、どうしたらよいか」と。

 こうした問題を与えられたとき、日ごろから、考えるクセのある子どもは、あれこれ分離方法
を言うが、そうでない子どもは、そうでない。さらに入学試験のとき、教科書や参考書もちこみ
OKという大学もふえてきた。「知識」よりも、「考える力」を大切にするというもくろみがある。当
然のことながら、これからはこの傾向は、ますます強くなる。さきの教授は、こう話してくれた。
「これだけインターネットが発達してくると、知識の価値は、ますますさがってくる。大切なのは、
いかにその知識を組みたて、新しい考えを生みだすかです」と。

 私たちは子どもたちと接しながら、あまりにも、答を押しつけすぎているのではないだろうか。
そしてそういうのが、教育と思いこみすぎているのではないだろうか。子どもたちにかぎらず、
私たちは、もっと自由な発想で、自由な答を求めてもいいのではないだろうか。私は子どもたち
の前で、爆笑してしまったが、爆笑そのものの中に、未来につながるものの考え方の、大きな
ヒントが隠されているような気がする。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

【雑感】

●ある母親の相談

 今日、一人の母親から、こんな相談を受けた。何でも三歳になる娘が、父親になつかなくて、
困っているというのだ。「父親は、子どもが起きる前に仕事に行き、いつも子どもが寝てから、
仕事から帰ってきます。それで父子が接触する時間がないのです」と。

 しかしこの母親は、大きな誤解している。娘が父親になつかないのは、接触時間が少ないか
らだと、この母親は言う。これが誤解の第一。

 ずいぶんと前だが、私は接触時間と、子どもへの影響を調べたことがある。その結果、「愛
情は、量ではなく、質の問題である」という結論を出した。こんな例がある。

 その子ども(年中男児)は、やはり父親との接触時間がほとんどなかった。母親は、「うちは
疑似母子家庭です」と笑っていたが、そういう環境であるにもかかわらず、その子どもには、心
のゆがみが、ほとんどみられなかった。そこで母親にその秘訣(ひけつ)を聞くと、こう話してく
れた。

 「夫(父親)は、休みなど、たまに顔をあわせると、子どもを力いっぱい、抱きます。そして休
みの日などは、いつもベタベタしています」と。

 要するに子どもの側からみて、絶対的な安心感があるかどうかということ。この絶対的な安
心感があれば、子どもの心はゆがまない。「絶対的」というのは、その疑いすらいだかないとい
う意味。そういうわけで、愛情は、量ではなく、質の問題ということがわかった。

 で、冒頭の母親の話だが、子どもの様子を聞くと、こう話してくれた。

 「私のひざなら、何時間でもじっと座っているのですが、夫(父親)のひざだと、すぐ体を起こし
て逃げていきます。そこでエサで魚を釣るように、娘がほしがりそうなものを見せて、抱っこしよ
うとするのですが、それでも、うまくいきません」と。

●心を開く

 ふつう子どもがスキンシップを避けるという背景には、親か、子か、あるいは両方かもしれな
いが、たがいに心を開いていないことがある。このことがわからなければ、男女の関係を思い
浮かべてみればよい。夫婦でも、こまやかな情愛が行き交い、たがいに心を開きあっていると
きは、抱きあうと、体がしっくりとたがいになじむ。しかしそうでないときは、男の側からみると、
何かしら丸太を抱いているような感じになる。抱き心地がたいへん悪い。

 子どももそうで、たがい心を開いているときは、子どもを抱くと、子どもはそのままベッタリと親
に体をすりよせてくる。さらに心が通いあうと、呼吸のリズム、さらには心臓の鼓動のリズムま
で同調してくる。こういう状態のとき、子どもの心は、絶対的な安心感に包まれていると考えて
よい。もちろん情緒も安定している。

 が、抱いても、抱き心地が悪いとか、あるいは抱っこしても、子どもがすぐ逃げていくというの
であれば、どちらかが心を開いていないということになる。このケースのばあい、子どもが心を
開いていないということになるが、実は、その原因は、子どもにあるのではない。父親のほうに
ある。子どもが心を開けない状態を、父親自身がつくりだしている。もっとはっきり言えば、父
親が、心の開き方を知らない。子どもは、それに応じているだけ。

●原因は父親の幼児期に

 このケースでは、私はここまでしか話を聞かなかったので、これ以上のことは書けない。しか
し一般論として、こういうケースでは、父親自身の幼児期を疑ってみる。たいてい、父親自身
が、何らかの理由で、その親から、じゅうぶんな愛情を受けていないことが多い。そういう意味
で、親像というのは、親から子へと、代々、受け継がれていく。よくあるケースは、その親の親
が、昔風の権威主義的なものの考え方をしていたようなとき。

 A氏(四〇歳)の父親は、昔からの醤油屋を経営していた。祖父は、旧陸軍の少将にまでなっ
た人だった。そういう家風だから、家族の序列も、厳格だった。風呂でも、祖父が一番、ついで
父が二番、そのA氏(長男)が三番が……と。祖父はおろか、父親にさえ口答えするなどという
ことは、考えられなかったという。

 そういう家庭でA氏は、生まれ育ったから、「親子の間で、心を開きあう」ということなどという
ことは、ありえなかった。この話を私がA氏に話したときも、A氏は、「心を開く」という意味すら
理解できなかった。そればかりか、自分自身も、そういう権威主義的なものの考え方にどっぷ
りとつかっていて、「父親には、父親としてのデンとした権威が必要でではないでしょうか」など
と、私に言ったりした。

 たしかに権威主義は、「家」の秩序を守るには、たいへんうまく機能する。しかし「人間」を考
えると、権威主義は、弊害になることはあっても、利点は何もない。

 だからA氏の子育ては、いつもギクシャクしていた。A氏の妻が、現代的な女性で、権威を認
めないような人だったから、ときどき夫婦ではげしく対立したこともある。A氏は家事はもちろん
のこと、子どもの世話も、まったくといってよいほどしなかった。子どもの運動会や遊戯会、さら
には父親参観会にも、一度も顔を出したことがない。それはA氏の体にしみこんだ「質」のよう
なものだった。「父親がそんなことするものではない」という意識があったのかもしれない。い
や、その意識以前に、そういう親像そのものが、頭の中になかった。

●親像がない?

 これは私の推察だが、冒頭にあげた父親にしても、父親としての親像の入っていない親とみ
てよい。不幸にして、不幸な家庭に育ったのかもしれない。あるいは今の年代の親の親たち
は、日本がちょうど高度成長期を迎え、だれもかれもが、仕事、仕事で、子育てなどかまってい
るヒマさえなかった。そういうことがあったのかもしれない。ともかくも、親像がないため、どうし
ても子育てが、ギクシャクしてくる。(これとは反対に、自然な形で親像が入っている親は、これ
また自然な形で子育てができる。)

 こういうケースでは、「子どもが親になつかない」という視点で考えるのではなく、親自身が、
子どもに対して、いかにして心を開くかという視点で、問題を考える。とくにここに書いたように、
心のどこかで権威主義的なものの考え方をする人は、つい「親に向かって」とか、「私は親だ」
という親意識を出してしまう。その親意識が、子どもの心を閉ざしてしまう。

 ……と書いても、この問題の根は深い。本当に深い。日本人が、民族の基盤としてもってい
る土台にまで、その根がおよんでいる。だから、そんなに簡単にはなおらない。「では明日か
ら、権威主義を捨て、対等の立場で、子どもには心を開きます」とは、いかない。私もその母親
と別れるとき、一応言うべきことは言ったが、内心では、「むずかしいだろうな」と思った。ただ
最後にこう言った。「今度、父親を相手にした講演会で、そういう話をしてください」と。

Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●一日の交通費、1万1000円!

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数年前のことだが、この浜松市でも、
市議会議員の交通費が、1日(1日だぞ!)、
「片道、5000円」ということになった。

片道、5000円ということは、往復で、
1万円。議員が、どんな方法で議会に
来ようが、1万円ということ。

(この数字については、記憶によるもの
なので、正確ではない。)

当時、私は、その金額に驚いた。
仮に10日間、議会に顔を出せば、
それだけで、10万円、と!

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地方議会に出席した議員には、交通費が支払われている。日額で支払われることが多く、そ
れを「費用弁償」という。

この「費用弁償」ほど、不透明なものはない。読売新聞の全国調査によれば、47都道府県・1
5政令市議会のうち、廃止しているのは大阪、堺両市だけ。実費のみの支給も鳥取県と静岡
市にとどまるという(07年3月11日)。

それによれば……、

 『40都道府県・12市は、一律または自宅からの距離に応じて定額を支給している。このうち
15都道県・7市は自宅が近い議員にも1万円以上を支払っており、実態とかけ離れた高額支
給が鮮明になった。交通手段を問わず、たとえ歩いたとしても定額が支払われる仕組みだ。

 調査は2月末現在で実施した。一律で定額支給しているのは10市。最高は広島市の1万1
000円で、札幌、仙台、横浜、名古屋、京都、福岡市が1万円』(読売新聞)と。

 しかしこんなメチャメチャな交通費が、どこにあるだろうか? ……とだれしも、思う。思って当
たり前。しかし、こうして市議会の議員にそれなりのウラがある。わかりやすく言えば、役人側
の、(議員懐柔策)。議員にアメをしゃぶらせながら、役人たちは、自分たちの特権を、拡大す
る……。

 この浜松市でも、数年前、市議会議員の交通費が、「片道、5000円」という条例が可決され
た。当時、それを私に教えてくれた議員の人(女性)は、こう言った。「(議会では)、だれも、反
対しなかった」と。

 が、こうした条例の改正案の可決には、ウラがある。つまりこうした改正案が出されるとき
は、ほとんどのばあい、役人の待遇向上(?)のための法案が、抱き合わせになることが多
い。

 ご存知の方も多いと思うが、議会といっても、質問書も、答弁書も、実は、担当の役人が書く
ことが多い。つまり議員は、役人の作った質問書を読み、その一方で、これまた役人の作った
答弁書を読む。

 国会ですら、そうなのだから、いわんや、地方議会をや、ということになる。「作文力のある議
員は、ほとんどいない」「いや、その前に、役人が、情報をしっかりとにぎっているから、議員
は、役人に頭をさげるしかない」と。そんな声も、よく聞かれる。

 役人が、なぜ役人なのかといえば、(情報)を握っているからである。役人に嫌われたら、情
報に接することすら、できない。

 この浜松市がそうであるというのではないが、そんなわけで、実際に、地方議会を牛耳ってい
るのは、役人たちと考えてよい。少なくとも、役人たちは、そう考えている。

 そこでたとえば、役人たちは、自分たちの特権を拡大するとき、一方で、議員側にも、それな
りのアメを用意する。用意しながら、「あなたたちも、いい思いをさせてあげるから、同時に、こ
の法案を通してくれ」と言う。

 私は憶測で書いているのでは、ない。こんなことは、この日本では、常識! 役人と議員は、
いつもそのウラで、談合を繰りかえしている。(談合だぞ!)繰りかえしながら、長い時間をかけ
て、自分たちにとって都合のよい世界を、作りあげる。

 今回、読売新聞社は、全国調査をして、「1万1000円」という金額を公表した。しかし私が知
るかぎり、こんなのは氷山の一角。さらに言えば、その奥には、さらに巨額な特権、つまり役人
の特権が隠されている。

 少し前にも話題になったが、役人の世界には、8年間で、たった5日、勤務しただけで、その
間、ずっと、満額の給料を手にしていた人すらいる。5年間で、8日だったか? どちらにせよ、
これを役人の特権と言わずして、何と言う。しかしそんな例は、いくらでもある。あちこちにゴロ
ゴロしている。

 ……ということで、私たちは、もう少し、怒ってもよいのではないだろうか? その(怒り)なくし
て、民主主義の発展は、ない!


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●中教審答申

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中教審の答申が、公表された。
それによれば、

(1)義務教育の目標に「我が国と郷土を愛する態度」を新設する。
(2)教育長任命時の国の承認制度復活には反対する、だそうだ。

+++++++++++++++++

●教審答申のポイント

 ◇学校教育法◇

・義務教育の目標に「我が国と郷土を愛する
態度」を新設する。
・義務教育年限は9年の現行通りとする。
・学校は自らの評価制度を設けるべきだとの努
 力義務規定を新設する。情報開示規定も新設する。
・副校長、主幹などの設置規定を新設する。

 ◇教員免許法◇

・免許状の有効期間は10年間とする。
・分限免職処分を受けた場合は免許状失効する。
・更新時の講習時間は30時間程度とする。

 ◇地方教育行政法◇

・教育で著しい不適切行為がある場合、国が
 教育に関する責務を果たすための仕組みが
 必要(教委への勧告・指示権限に関し賛否両論併
 記)。
・教育委員に必ず保護者を含むようにする。
・教委は第三者らによる点検・評価を受けて
 議会に報告する。
・教育長任命時の国の承認制度復活には反対する。
・教委が私学に指導する制度には反対する。
・文化とスポーツの管轄は教委から首長に移
 すことを可能とする。

(以上、毎日新聞 07−03−10)

 今回の中教審のポイントを、さらにしぼると、つぎの2点に集約される。

(1)義務教育の目標に「我が国と郷土を愛する態度」を新設する。
(2)教育長任命時の国の承認制度復活には反対する。

 ここで重要なのは、「態度」の内容。そしてだれかが、中教審に対して、「承認制度の復活」を
協議するように働きかけたという点。言うまでもなく、その(だれか)というのは、文部科学省の
官僚たちである。

 どうして国=官僚たちは、こうまで国民を束縛したがるのだろう? 「自由」を一方で標榜(ひ
ょうぼう)しながら、やっていることは、(しめつけ)一辺倒。EUにせよ、アメリカにせよ、世界の
教育は、自由化に向けて、まっしぐらに進んでいる。カナダでは、学校の設立そのものが、ほと
んど自由化されている。

 教科書検定にしても、欧米の国々の中で、それをしている国が、どこにある? アメリカで
は、公立の学校ですら、PTAで、自由にカリキュラムを組んでいる。

 これでは外国から見れば、日本もK国も、同じ。区別のしようがない。あるいは、あなたなら、
シリアとクウェートのちがいを言うことができるだろうか?

 が、問題なのは、「我が国と郷土を愛する態度」の「態度」。

 これから文部科学省はこの答申を受けて、したい放題のことをしてくるはず。拡大解釈は、官
僚たちの常套(じょうとう)手段。国歌、国旗の問題にとどまらないだろう。へたをすれば、その
うち、学校の各教室に、天皇、皇后の写真が、並べて飾られるようになるかもしれない。

 だいたい、どういう基準で、またどうして、中教審のメンバーたちが選ばれたか、それすら明
確ではない。「選ばれた」という時点で、すでに、(イエス・マン)だけが選ばれたと考えるのが、
自然である。

 そういう人たちが、文部科学省の意向に沿った答申をし、それを受け取った官僚たちは、「お
墨付きを得た」とばかり、それをもとに、好き勝手なことを始める。

 このやり方は、大正デモクラシーを押しつぶしながら、軍国主義への道を歩んだ、あの時代
に官僚が見せた手法と同じではないか。……と言っても、官僚ばかりを責めるわけには、いか
ない。私たち国民にしても、(考えること)を、放棄してしまっている。賢い国民というよりは、ま
すます愚かになりつつある。どこかのお笑いタレントが、県知事になったとしても、それを何ら
疑問に思わない国民である。

 この国民にして、この国家である。

 いったい、この先、この日本は、どうなっていくのか? 忘れてならないのは、貴族政治にせ
よ、独裁政治にせよ、為政者がまず手をつけるのが、(教育)だということ。戦前の日本も、そう
である。

 あの軍国主義を、先頭に立ち、もっとも過激に日本を先導したのが、ほかならぬ当時の文部
省である。

 あえて評価するなら、「教育長任命時の国の承認制度復活には反対する」という部分。いくら
イエス・マンの集団とはいえ、最後のところで、一縷(いちる)の良心が残っていたということか。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1839)

●欲望一元論

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食欲、性欲、物欲……、
それぞれ形はちがうが、中身は、同じ。
そう考えると、欲望というのが、
どういうものか、わかる。

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 今日、ワイフと、スーパーへ買い物に行った。それまでは、食欲は、ほとんど、なかった。朝
食が遅かったこともある。「昼は、簡単でいいよ」と、私は、2度、3度、そう言った。

 が、その気持ちは、突然、消えた。スーパーの入り口で、焼きそばの実演販売をしていた。濃
いソースが、熱で焼けるにおい。そばが鉄板の上で、油をはじく音。それを見たとたん、ムラム
ラと食欲がわいてきた。

私「昼は、焼きそばにしよう」
ワ「そうね」と。

 それはちょうど、若い男が、(若くなくてもそうだが)、女性のヌードか何かを見たときの気持ち
に似ている。似ているというより、同じ。それまではその気がなくても、女性のヌードをみたとた
ん、ムラムラと性欲がわいてくる。

 ここで私は食欲と性欲を分けて書いたが、形こそちがうが、中身は、同じ。ちがうと考えるほ
うが、おかしい。(おいしそうな焼きそばを見る)→(食欲がわいてくる)。(若い女性のヌードを
見る)→(性欲がわいてくる)。

 この時点で、つまり、おいしそうな焼きそばを見たり、あるいは女性のヌードを見たりしたと
き、その欲望を、うまくコントロールできる人は、意外と少ないのではないだろうか。ほとんどの
人は、そのまま、焼きそばを食べる。そのまま、女性を抱く。

 つまりここで自制心の問題が、生まれる。欲望をうまくコントロールできる人を、自制心のある
人という。そうでない人を、自制心のない人という。わかりやすく言えば、このとき、頭の中で、
本能と理性が、はげしくぶつかりあう。

 この(葛藤)こそが、人間が、人間である証(あかし)ということになる。ほかの動物たちと、ち
がう点ということになる。

 そこで本題。

 食欲、性欲と並んで、物欲というのもある。たとえば、あなたが政府の高官か何かであったと
する。そのあなたの前にある日、建設会社のだれかがやってきて、500万円単位の現金を、
あなたの机に積んだとする。1000万円でもよい。5000万円でもよい。

 ワイロだ。公共事業にからんだ、ワイロだ。あなたはそれを知っている。が、相手の男は、
「あなたの政治資金として使ってほしい」「このことは、私以外、だれも知らない」と言ったとす
る。

そのとき、あなたは、それを断ることができるだろうか? あなたが食欲や性欲をコントロール
できるように、物欲(それを物欲と言ってよいかどうかという問題もあるが……)、その物欲を、
コントロールできるだろうか?

 そこで私は、(欲望一元論)を説く。

 つまり欲望をコントロールする力は、一元的なもの。食欲や性欲をコントロールできる人は、
同じように、物欲をコントロールできる。食欲や性欲はコントロールできないが、物欲はコントロ
ールできる人というのは、いないと考えてよい。あるいは反対に、食欲や性欲はコントロールで
きるが、物欲はコントロールできない人というのは、いないと考えてよい。

 もっとわかりやすく言えば、一事が万事。食欲や性欲をコントロールできる人は、物欲もコント
ロールできる。食欲や性欲をコントロールできない人は、物欲もコントロールできない。

 人間の脳みそは、一見複雑に見えるかもしれないが、それほど、器用にはできていない。

 そこでたとえばある県のある知事を念頭に置いて、ものを考えてみる。どこの知事というわけ
ではない。あくまでも架空の知事である。その知事は、自分の名誉欲、出世欲を満たすため
に、知事になったとする。たまたま知名度もあった。その流れに乗って、知事になったとする。

 うわさでは、いろいろと女性問題も起きているようである。今は離婚しているが、東京にも、ま
た地元にも、それぞれ愛人がいるという。俗な言い方をすれば、女にだらしない。そういうこと
から、その知事は、性欲のコントロールが、甘い人と考えてよい。

 今は、知事になったばかりで、それなりに品行方正だが、そういう知事のところへだれかがや
ってきて、たとえば机の上に、大金を積んだとする。地元の建設会社の社長である。そういうと
き、その知事は、ここでいう自制心を、うまく発揮できるだろうか。

 私の(欲望一元論)に従えば、答は「NO!」ということになる。食欲や性欲にだらしない人は、
同じように物欲にもだらしないと考えてよい。反対に考えれば、知事になるような人は、それな
りに、あらゆる場面で、品行方正でなければならない。またそういう人物を、知事として、選ぶ
べきである。

 繰りかえすが、(女性にだらしない人)が、(ワイロにはきびしい)ということは、ありえない。欲
望というのは、そういうもの。形はちがっても、中身は、同じ。

 もしそういう知事が、現実にいたとするなら、やがて、何年か先には、ボロを出すはず。実
際、そういう知事は、過去にも、何人かいた。よく知られている例として、大阪府の知事をした、
YNがいる。

 見るからにだらしなさそうな顔つきをしていたが、最後は、選挙運動を手伝っていた女性にセ
クハラ行為をはたらき、政界から追い出されている。

 昼の焼きそばを食べながら、ワイフにその話をする。つまり(欲望一元論)の話をする。それ
について、ワイフは、こう言った。

 「若いときは、食欲と性欲は別のものと考えていたわ。物欲も、そう。でも、歳をとると、食欲
や性欲、とくに性欲を客観的に見ることができるようになるのね。そして自分に気がつくのよ。
みな、同じ」と。

 ただ性欲や物欲はともかくとして、食欲だけは、死ぬまでつづく。今の私の母がそうである。
今の母に、食べ物を見せると、それだけで顔つきが、おかいいほど、変化する。目つきそのも
のが変化する。まるで獲物を見つけた動物のような、鋭い目つきになる。

 もともと欲望に対するコントロールが苦手な人だった。それが今、90歳という年齢を超えて、
食欲という形になって現れている。つまり、そういうことはある。

 が、欲望一元論は、欲望一元論。人間がもつ欲望は、もともとは、同じものと考えてよい。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●文部科学大臣からのお願い

2007年の11月、日本の文部科学省のI大臣は、全国すべての公立学校にあてて、つぎのよ
うな通達文を送った。

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文部科学大臣からのお願い

未来のある君たちへ
弱いたちばの友だちや同級生をいじめるのは、はずかしいこと。
仲間といっしょに友だちをいじめるのは、ひきょうなこと。
君たちもいじめられるたちばになることもあるんだよ。後になって、なぜあんなはずかしいこと
をしたのだろう、ばかだったなあと思うより、今、やっているいじめをすぐにやめよう。

いじめられて苦しんでいる君は、けっして一人ぼっちじゃないんだよ。
お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、きょうだい、学校の先生、学校や近所の友
達、だれにでもいいから、はずかしがらず、一人でくるしまず、いじめられていることを話すゆう
きをもとう。話せば楽になるからね。きっとみんなが助けてくれる。

お父さん、お母さん、ご家族の皆さん、学校や塾の先生、スポーツ指導者、地域のみなさん
へ、

このところ「いじめ」による自殺が続き、まことに痛ましい限りです、いじめられている子どもにも
プライドがあり、いじめの事実をなかなか保護者等に訴えられないとも言われます。

一つしかない生命。その誕生を慶び、胸に抱き取った生命。無限の可能性を持つ子どもたち
を大切に育てたいものです。子どもの示す小さな変化を見つけるためにも、毎日少しでも言葉
をかけ、子どもとの対話をして下さい。

子どもの心の中に自殺の連鎖を生じさせぬよう、連絡し合い、子どもの生命を護る責任をお互
いに再確認したいものです。

平成十八年十一月十七日

文部科学大臣 伊吹B明

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 この通達文を読んで、まず気がつくのは、2つのキーワード。「恥」そして「卑怯」。もう一度、
繰りかえす。「恥」そして「卑怯」。

 その部分だけを、もう一度、読んでみてほしい。

 『弱いたちばの友だちや同級生をいじめるのは、はずかしいこと。仲間といっしょに友だちを
いじめるのは、ひきょうなこと。君たちもいじめられるたちばになることもあるんだよ。後になっ
て、なぜあんなはずかしいことをしたのだろう、ばかだったなあと思うより、今、やっているいじ
めをすぐにやめよう』と。

 あなたはこの2つのキーワードを読んで、何か、思い当たることはないだろうか? しかしもし
あなたが、220万人の1人なら、思いあたることがあるはず。そう、あの本である。2006年、
日本一のベストセラー書になった、あの本である。

 藤原M氏の書いた、『国家のH格』という、あの本である。藤原氏は、いじめについても、「卑
怯」を教えれば、それで解決できるというようなことを書いている。

 私はこの一文を読んだとき、『国家のH格』が、この通達文書とつながっているのを感じた。
感じたというだけで、それ以上の根拠はない。100%、私の推察。私の憶測? あくまでも、私
の「勘」である。

 しかしもし私の勘が正しいとするなら、『国家のH格』という本と、この文部科学省の大臣の通
達文書とは、どこかでつながっている。仮にもしそうであるとするなら、日本人の心が、私たち
の知りえない、巨大な策謀の中で、だれかによって、よいように操られている?

 しかし、これはあくまでも私の推察。私の憶測?

 そうでないことを願う。もちろんだからといって、藤原氏が、その策謀の片棒をかついだとか、
そういう失敬なことを言っているのではない。藤原氏の本は、あくまでも藤原氏の本。かりにど
こかでつながっているとしても、それは結果論。藤原氏の本は、利用されただけということにな
る。

 そこで改めて、この通達文書について考えてみる。言いたいことは、つぎの4点。

(1)友だちをいじめるのは、恥ずかしいこと。
(2)そういういじめをすると、あとで後悔するということ。
(3)いじめられている子は、だれかに話そう。
(4)それを話すことは、恥ずかしいことでも何でもないということ。

 ……なるほど。ウ〜ン。

 書きたいことは山ほどある。が、しかしここまで。が、あえて言うなら、今どき、「恥」だとか、
「卑怯」だとか……。私には、こういう言葉に、どうしてもついていけない。仮に恥じるとしても、
それは自分に対してのもの。また「卑怯」という言葉にしても、それは「愛」という言葉ほど、あい
まいもことして、つかみどころのない言葉はない。

 だったら、もっと端的に、「友だちを愛しましょう」と、なぜ、I文部大臣は、言わないのだろう。
そのほうが、ずっと、わかりやすい。説得力もあるし、国際的にも通用する。まさかI文部大臣
も、日本式の武士道の信者? もしそうなら、話はわかる。藤原氏の書いた本に、強く感銘を
受けたとしても、私は、驚かない。

 今の日本の動きを見ていると、日本全体が、どこか右へ、右へと流されていくように感ずる。
それとも、私が、左へ、左へと傾いているのか。それはよくわからないが、……というのも、私
は、自分では中立だと思っているので、ともかくも、今、日本は、戦前歩いた、その同じ道を再
び歩もうとしているのではないか。この通達文を読むと、私には、そんな感じがしてならない。

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批判ばかりしていてはいけないので、
私が書いた文を、ここに掲載します。

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●子どもたちへ

 魚は陸にあがらないよね。
 鳥は水の中に入らないよね。
 そんなことをすれば死んでしまうこと、
 みんな、知っているからね。
 そういうのを常識って言うんだよね。

 みんなもね、自分の心に
 静かに耳を傾けてみてごらん。
 きっとその常識の声が聞こえてくるよ。
 してはいけないこと、
 しなければならないこと、
 それを教えてくれるよ。

 ほかの人へのやさしさや思いやりは、
 ここちよい響きがするだろ。
 ほかの人を裏切ったり、
 いじめたりすることは、
 いやな響きがするだろ。
 みんなの心は、もうそれを知っているんだよ。
 
 あとはその常識に従えばいい。
 だってね、人間はね、
 その常識のおかげで、
 何十万年もの間、生きてきたんだもの。
 これからもその常識に従えばね、
 みんな仲よく、生きられるよ。
 わかったかな。
 そういう自分自身の常識を、
 もっともっとみがいて、
 そしてそれを、大切にしようね。

 この詩の中で私は、善悪の感覚は、乳幼児期につくられることを言いたかった、です。つまり
善悪の判断の基本となる、「ここちよい響き」「いやな響き」というのは、すでに乳幼児期に作ら
れるということです。よく「善悪の判断は、学校で、しかも道徳の時間に学ぶもの」と考えている
人がいますが、それは頭の中で考える「善悪の判断」です。もちろんそれがムダだとは思いま
せんが、その前提として、こうした「響き」があるかないかが、その子どもの心の基本になりま
す。子どもは心豊かで、愛情にあふれた、静かで、思いやりのある環境で心をはぐくみます。
乳幼児期の「心の環境」を大切にしてください。(この詩は、「子どものページ」にも掲載してあり
ます。)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●今朝・あれこれ(3月14日)

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昨日は、寒かった。その一言。東北地方では
雪まで降ったという。

そんな夜、ワイフが、仕事場まで、迎えに
きてくれた。自転車で帰るつもりだったが、
私の意志は、それほど、強くない。

一応、「自転車で帰るからいい」とは言ったものの、
そのまま、「じゃあ、今夜は車で帰る」となって
しまった。

このところ、(寒さ)に、強くなったように思う。
冬の冷気を、心地よく感ずることすら、ある。

英語では、「フレッシュ・エアー」という。
昔、友人のN君が、いつもそう言っていた。

N君は、ひとり旅が好きで、いつも、ひとりで
旅をしていた。

冬の日も、雨の日も。キャンピング道具一式を
もって、ひとりで、キャンプにでかけていた。

雨が降っているにもかかわらず、出かけていくので、
私は驚いた。が、N君は、こう言った。

「ヒロシ、ぼくは、雨の音が好きなんだ」と。

最近になって、私は、やっとN君の気持ちが、
理解できるようになった。

自然に、夏も冬もない。晴れも雨もない。

人間にとってつごうのよい季節だけが、季節ではない。

冬の寒さもしかり。

おとといも、風呂から出ると、パンツ一枚で、
庭の真ん中に立って、星空を見あげてみた。
心のどこかで、ふと、「寒中水泳みたい」と
思ったが、そんな感じだった。

おかげで、今朝になって、のどと、腰が痛い。
どうやら、それで風邪をひいてしまったらしい。

それで昨日、ワイフがそれを心配して、仕事場まで、
迎えにきてくれた。

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●世の中、暗いニュースばかり?

 このところ、明るいニュースが、少ない。今朝(3月14日)も、株価は、大暴落。何がどうなっ
ているのか、私にも、よくわからない。わからないというより、もう、どうでもよくなってしまった。

 が、性分というか、習慣というのは、こわいもの。私はいつものように、パソコンを立ち上げる
と、読みたくもないのに、政治ニュース、経済ニュースに目を通す。そしてあれこれ考え始め
る。

 ときどき別の声が、こうささやく。「お前が書いたところで、どうせだれも、気にしない」「お前
は、だれにも相手にされていない」と。

 私のしていることは、町のおやじさんたちの、政治談議のようなもの。おばさんたちの、井戸
端会議のようなもの。

 まあ、あえて言うなら、頭の体操。今風に言えば、IQサプリ。私は考えることによって、脳みそ
を活性化させている。(多分?)読んでくれる人がいれば、それでよし。だれも読んでくれていな
いとしても、それも、それでよし。

 そこで、まず、拉致問題について、考えてみる。

●拉致問題

 拉致被害者の気持ちはよくわかる。それはそれとして、なぜ、拉致事件が起きたかといえ
ば、国防の怠慢(たいまん)。それが第一に、あげられる。その前後には、いくつかの不審な事
件が、たてつづけに起きていた。しかし警察はもちろんのこと、政府も、何ら手を打たなかっ
た。

 中には、K国に拉致された被害者から届いた手紙を、わざわざ朝鮮S連の幹部に届けた政
党すらある。A新聞などは、「拉致事件は、日本政府のデッチあげ」という論陣を張っていた。

 で、拉致事件が発覚した。拉致被害者の家族たちが、動き出した。ここまでは、私にも理解
できる。が、その運動が、いつの間にか、自民党の中でも右派と呼ばれる人たちと結びつい
た。「制裁」という言葉も、その流れの中から、飛び出した。

 拉致被害者が、先頭に立って、「制裁」という言葉を使うこともある。

 たまたまK国への風当たりが強くなっていた時期と重なる。K国の核兵器開発問題が、それ
にからんできた。つまり、話が、ゴチャゴチャしてきた。(拉致)→(制裁)→(K国の核兵器開発
問題)→(制裁)、と。

 それが「拉致問題の前進なくして、援助はありえない」という、日本政府の基本姿勢に変わっ
た。

 しかし拉致問題は、制裁では、けっして解決しない。そのことは、この日本を見れば、わか
る。いまだに日本政府は、(戦争責任)すら認めていない。もし認めるようなことをすると、その
(責任)は、(天皇)にまで及んでしまう。官僚主義国家を内含する日本政府としては、これは、
まことにまずい。

 (天皇)という絶対的権威者を頂点にあおいでこそ、官僚主義国家は、官僚主義国家として、
成りたつ。

 拉致問題の最高責任者は、言うまでもなく、K国の金xxである。この事件には、国家のトップ
がからんでいる。K国が、拉致問題の責任を認めない理由は、ここにある。(今さら、私が説明
するまでもないことだが……。)

 で、ここからは私の意見。ときどき拉致被害者がマスコミに向かって会見を開くことがある。
つい先日も、そうである、それはそれとして、このところ、必ずといってよいほど、その横に、何
人かの政治家たちが並ぶ。

 問題は、その政治家である。先にも書いたように、自民党の中でも、右派と呼ばれる政治家
たちである。つまり拉致被害者たちが、いつの間か、そうした政治家たちと結びついてしまって
いる。もっと言えば、拉致被害者の人たちの活動が、どこか右翼的色彩を強めている(?)。も
っとわかりやすく言えば、(拉致問題)という(人権問題)が、いつの間にか、(人権問題)にかこ
つけた、(反共運動)にすりかえられてしまっている。(政治活動)と言ってもよい(注※1)。

 その会見でも、「対米追従外交は、許さない」などというようなことを、拉致被害者たちが口に
していた。(横にすわっていた、政治家だったかもしれない。)

 本当はそうではないのかもしれないが、一般社会では、そのように誤解され始めている。が、
これは拉致被害者の人たちにとっても、マイナスにこそなれ、あまりプラスにはならないのでは
ないか。

 そこで世界の人たちは、日本の拉致問題を、どう見ているか。

 たとえば韓国の人たちは、こう考えている。「戦前に日本がしたことを考えるなら、日本は、
『人権』『人権』と、偉そうなこと言うな」と。中国も、同じように考えている。さらにここにきて、ア
メリカ内部にも、(従軍慰安婦問題)にからんで、こうした動きに同調する人たちがふえてきて
いる。

 無理やりであったにせよ、あるいは、なかったにせよ、外国の女性たちを、(慰安婦)として戦
地へ送りこんだ、日本政府。考えるだけも、ゾッとする。そしてその(慰安婦)を抱いた、兵隊た
ち。それを考えると、さらに、ゾッとする。

 日本の中でも、80代、90代の人たちの中には、その(慰安婦)を抱いた人もいるはず。そう
いう人たちが、音なしの構えで、だんまりを決めこんでいる。それを考えると、さらにさらに、ゾッ
とする。

 K国が、拉致問題をあいまいなまま終わらせようとする背景には、そんな心情的反発もある。

 さて、先の日朝首脳会談で、K国側は、拉致被害者の存在を認め、うち何人かを、日本へ返
してきた。その日朝首脳会談の席で、当時の小泉首相が、10兆円にも及ぶ、経済援助を申し
出ていたという。そんなニュースが、数日前、韓国の報道機関から流れた(注※2)。

 経済援助の内容が、ことこまかく記されていたところを見ると、恐らくこの情報は、K国側がリ
ークした(=漏らした)ものらしい。それにしても、会談のウラで、こういう密約がなされていたと
は? しかも10兆円!

 別にK国を擁護するわけではないが、もし、この話が事実とするなら、K国が、「日本はウソ
ばかりついている」と騒ぐ理由は、こんなところにもあるのではないか。日本の政治家たちのや
っていることも、どうも、信用できない。

 マカオのBDA銀行は、全額、K国に凍結資金を返還しようとしている。韓国は、早々と、K国
への支援を始めている。ひとり「制裁」「制裁」と叫んでいるのは、日本だけ。今となっては、そ
の声も、どこか、むなしく響く。

(補記)

 ……と書いていたら、今朝(13日)、こんな情報が飛びこんできた。アメリカの財務省が、BD
Aを、「懸念対象銀行」から、「対象」銀行へ変えたというのだ。わかりやすく言えば、国務省の
K国寄り政策に対して、財務省(もともと反K国的)が、BDAをつぶしにかかったということ(注
※3)。

 私は、これが世界の良識だと思う。BDAは、K国からのにせ札をにせ札と知りながら、マネ
ーロンダリングに手を貸していた。そんなマネーを「返せ」というK国もK国だが、制裁を解除す
るという国務省も、国務省である。

 正義は、どこへ消えた?

 財務省と国務省の対立。その対立を、ブッシュ大統領は、どのように調整するというのだろう
か。ここ1両日は、このニュースから、目を離せない。

(3月14日記、この原稿がマガジンに載るころには、国際情勢は大きく変化しているかもしれ
ません。なお、この原稿は、3月14日に、楽天日記のほうに掲載しておきます。)

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注※1…… 北朝鮮による拉致被害者の家族会メンバーが、3月11日、都内で開かれた支援
組織「救う会」の全国会議に参加し、米国にならって日本が独自に北朝鮮を「テロ支援国家」に
指定できるようにする法整備を政府や国会議員に働きかけることなど、当面の活動方針を決
めた。(以上、ヤフーニュースより。)

注※2……日本政府は02年9月に、当時の小泉純一郎首相がK国・平壌を訪問するに当た
り、日朝関係が正常化し経済協力を行うことになれば100億ドル(約10兆円)規模の無償支
援を行うとの意向を事前に北朝鮮側に伝えていたとする主張が出された。 

 この対K国経済協力資金は現金ではなく、役務と財務を10年間で分割し100億ドルを提供
するというものだったという。

これとは別途に有償で輸入決済資金、プロジェクト借款、公共事業推進借款などの円借款も
提供し、最貧困国向けの0・75%という低金利を適用し、10年据え置き30年償還の条件を付
けるとしていたとの主張だ。

過去の補償問題についても日朝がともに財産請求権を放棄した上で、こうした日本の資金提
供に合意し、実務的な手続きを残し妥決した状態だったと強調した。金xxが日本人拉致の事
実を認めたのもこのためだとしている(以上、韓国、統一部事務官論文より。)

注※3……米財務省が、マネーロンダリング(資金洗浄)などK国の違法資金取引疑惑を受け
ていた、マカオの銀行バンコ・デルタ・アジア(BDA)に対する制裁措置として、米国内行とBDA
の取引を禁じる方針を固めたようだ。北朝鮮の凍結口座の解除問題にからみ、核問題にどの
ような影響がもたらされるか注目される。 

 米財務省官僚は13日、聯合ニュースの電話取材に対し、BDAに関する決定が14日か15
日にも正式に発表されるだろうと述べた。米国はBDAをマネーロンダリングの「懸念対象」か
ら、「対象」機関に指定する予定で、マネーロンダリングに関与したBDAの主要幹部を起訴す
ることも検討しているという。

こうした措置が取られた場合、BDAの外国為替取引機能が停止され破産する可能性も高く、
マカオの金融当局は清算のため売却や買収合併(M&A)手続きに入ることが予想される。(以
上、聯合ニュースより。)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1840)

●あわてふためく日本政府

+++++++++++++++++

対米追従外交はしないとがんばった、
安倍総理大臣、A外務大臣、自民党の
右派勢力。

総理大臣になって、もう8か月に
なろうというのに、総理大臣は、いまだに、
アメリカ詣(もうで)すら、していない。

4月に日米首脳会談が開かれるが、
今ごろアメリカへ行って、どうなる
というのか?

総理大臣は、何を話しあうというのか?

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●つげ口をされた私

 国際政治は、どこまでも現実的でなければならない。このことは、もう、何十回も書いてきた。

 ところで最近、こんなことがあった。

 もう20年ほど、つきあってきた人(=Aさん、女性)だが、私の書いた本を別の人(B氏、男
性)に見せ、「あの林が、こんなことを書いている」と、その別の人に、つげ口をしたという。

 私は、何も、そのB氏のことを書いたのではない。似たような話は、いくらでもある。が、B氏
は、自分のことを書かれたと思い、私に電話をしてきた。私は、B氏に、事情を、ていねいに説
明した。

 が、私が感じた怒りは、そのままだった。そのAさんというのは、そのあとも、あたかも私のフ
ァンであるかのように、振る舞っていた。私は、Aさんとは、絶交した。

 こうした信義に反する行為は、とことん、相手を怒らせる。とくに、今は、そうだ。アメリカは、
多くの犠牲者を出しながら、あのイラクで戦争をつづけている。正しいとか、まちがっていると
か、そういうことを論議しても、意味はない。それが現実。そういう最中、日本のA外務大臣や、
K防衛大臣は、そのアメリカを陰で、批判した。

●対米追従外交?

 対米追従外交と批判されようが、笑われようが、今の日本は、アメリカに追従するしかない。
でないというのなら、どこのだれが、日本にかわって、K国の核兵器開発問題を抑えてくれると
いうのか?

 中国か、ロシアか、EUか? 答は、NO!

 このことも、もう何十回も書いてきた。しかも私は、今回の6か国協議の前に、そう書いてき
た。

 本来なら、安倍総理大臣は、就任直後、イのいちばんに、ワシントン詣(もうで)をすべきだっ
た。ブッシュ大統領に、あいさつすべきだった。

 それを「対米追従外交」と、一部の右派勢力というより、そのまた右にいる極右勢力の批判
に流されるまま、中国を先に訪問し、ついで、ヨーロッパを先に訪問してしまった。8か月間も、
アメリカ詣でをしていないということ自体、歴代の首相の中でも、異常事態としか、言いようがな
い。

 おまけに、A外務大臣、K防衛大臣らの、失言につづく、失言。「アメリカは幼稚」「アメリカの
イラク政策は、まちがっていた」「アメリカは、根回しというものを知らない」などなど。

 ブッシュ大統領が、日本を見限ったところで、何ら、おかしくない。それがわからなければ、相
手の立場で、ものを考えてみることだ。どうしてアメリカが、日本の平和と安全に、責任をもた
ねばならないのか?

●孤立無援の日本

 で、この極東アジアにおいて、今では、日本は、孤立無援の状態。アメリカにさえ裏切られ
た。

 今朝(3月16日)のヤフー・ニュース(産経新聞)を読むと、日本政府の狼狽(ろうばい)ぶり
が、よくわかる。

 『日本政府は、米国がK国への金融制裁問題で、凍結されていたK国関連口座の解除を事
実上容認したことを、比較的冷静に受け止めている。ただ、米国の譲歩に乗じて、K国が強気
に出る懸念もある。このため、政府は今後、核放棄に向けた具体的措置をK国がきちんと履
行するかどうかを、注視していく。また、拉致問題解決への進展がなければK国の要求に応じ
ない考えで、安倍晋三首相は15日、「日本の制裁は今後とも続ける」と語った。

 A外相も参院外交防衛委員会で「(米国が)譲った形になるが、朝鮮半島の非核化のために
協議が動いた点は評価すべきだ。少なくとも寧辺の核施設の停止の話などが進み始めるなら
いい」と述べた。

 政府は金融制裁問題での米朝協議の進展が、核施設の停止・封印などで合意した2月の6
カ国協議につながったとみてきた。今回の措置も織り込み済みといえ、首相は日本の対応へ
の「影響はない」としている。ただ、K国が改めて金融制裁の全面解除に固執するなど、国際
社会の圧力を逆手にとった駆け引きを演じる懸念は残る。

 政府が警戒するのは、金融制裁解除をきっかけに関係国が態度を軟化させることだ。この
ため6カ国協議の場などで、米中韓露に連携強化を働きかける。特にK国とテロ支援国家指
定の解除について協議を始めたアメリカには、拉致問題解決を解除の条件とするよう強く求め
続ける方針だ』と。

 まさに、打つ手なし。首相は日本の対応への「影響はない」としているというが、どこまでがん
ばれることやら? そう言わざるをえないところまで、今、日本は、追いこまれている。

 K国は、アメリカと国交をある程度正常化したあと、つぎに日本の料理にとりかかる。核兵器
で脅しながら、日本から巨額の賠償金を手に入れる。そのための準備を、着々と進めている。
中国も、韓国も、それに協力し始めている。どうしてこんな簡単なことが、日本の総理大臣に、
わからないのか。
(3月16日記)

【付記】

 少し前まで、極右団体の間では、「アメリカは、日本を51番目の州にしようとしている」という
意見が、よく聞かれた。「だから、アメリカを排斥せよ」と。

 しかし私が知るかぎり、アメリカ人は、だれもそんなことを言っていない。つまりそれは日本人
の、勝手な被害妄想。誇大妄想。「誇大妄想」というのは、だれも、日本のような小さな島国な
ど、相手にしていない。

 そのことがわからなければ、自分の目を、ワシントン市に置いてみることだ。ハリウッドがある
カルフォルニア州にではなく、ワシントン市だ。

 そのワシントン市から日本を見ると、日本は、ヨーロッパの向こうの、シベリア大陸のそのま
た向こうの、中国の果てにある。それがわかる。

 どうしてそんな国の、平和と安全を、アメリカという国が、守らねばならないのか。「51番目の
州」などという発想は、とんでもない発想と考えてよい。

 が、極右勢力の核にいる、民族主義者たちには、それがわからない。いまだに、「大和民族
が、どうのこうのとか、あるいは日本を統治してきたのは、大和民族」などと、チンプンカンプン
なことを口にしている。

 安倍総理大臣も、A外務大臣も、自民党右派というよりは、そのまたさらに右にいる右派と考
えてよい。あくまでも結果論だが、今となってみると、そんな感じがしてならない。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●定年

+++++++++++++++++++++

子どもというのは、先生の年齢を、たいへん
気にしている。

父親や母親の年齢以上に、先生の年齢を気にしている。
これは子どもの、どういう心理的作用によるものか。

いくら私が、「49歳だ」と言っても、
子どもたちは、信じない。「先生は、59歳だ」と
言いかえす。

なおかつ、最近では、「先生は、いつ、定年退職
するの?」と聞く子どもも多い。

この時期は、とくに、それが話題になる。

+++++++++++++++++++++

 ときどき私は、ボケたフリをして、レッスンを進めることがある。そういう私を見て、子どもたち
は、不安そうな表情をしてみせる。「先生、だいじょうぶ?」と。

私「もし、ぼくがボケたら、どうする?」
子「先生が、生徒より頭が悪いなんて、おかしい」
私「そうだよね」と。

 実のところ、4、5年前までは、高校生も教えていた。しかしもうやめた。教えられなくはない
が、体力の消耗がはげしい。「消耗」というよりは、教えたあと、脳みそが興奮状態になってしま
う。そのまま夜、寝つかれなくなってしまう。高校生を教えるのは、たいてい、7〜10時の時間
帯になる。もちろん、夜中の、である。

 今のところ、ボケた感じはない。頭の回転も、高校を受験する生徒たちよりも、速い。質問に
は、スパスパと切りかえすことができる。しかし最近、ふと、そんな自分に自信がなくなるときが
ある。

 何かの説明をしているとき、(わかりやすく説明する)というよりは、(説明だけをして、おしま
い)ということがふえてきた。子どもの立場になって考えるのが、おっくうになってきた。どことな
く、ボーッとしたまま、教えることがある。

 集中力が鈍ってきたということか? よくわからないが、どうやら、そういうことらしい。

 が、その一方で、教え方が、穏やかになったように思う。若いころは、「何度、説明したらわか
るんだ」というような教え方をしていたと思う。今は、同じことでも、何度も、繰りかえし、教えるこ
とができるようになった。子どものほうも、わかるまで、繰りかえし、聞きにくる。

 ところで、子どもというのは、先生の年齢を、よく知っている。いろいろと気になるらしい。先日
も、ある子ども(小5)が、こう言った。「先生、もうすぐ定年退職?」と。

 この言葉には、ドキッとした。「今の仕事は、無理だから、やめろ」というふうに聞こえた。「どう
して、そんなことを、子どもが話題にするのだ」とも、思った。

 老人は、自ら老人になるのではない。まわりの人たちによって、老人に仕立てられていく。あ
るいは、(老人)というワクの中に、押しこめられていく。発達心理学の世界にも、(役割形成)と
いう言葉がある。それに近いものと考えてよい。

 いくら「私は老人ではない」とがんばっても、まわりの人たちが、それを許してくれない。「老人
は、老人らしく……」というふうにして、私をして、老人にしてしまう。

 そこで私は私なりに、精一杯、それに抵抗してみせる。しかしその力にも、限界がある。子ど
もたちだけではなく、若い母親にしても、私は、ジジイなのだ。「ジジイの先生より、若い先生の
ほうがいい」となる。

 つまり、こうして私は、自分の定年を迎えつつある。

 まあ、こういう不平、不満、愚痴は、もうやめよう。「健康で、仕事ができる」というだけも、御
の字。感謝しなければいけない。あるいは、それ以上に、いったい、何を望むことができるの
か。

 で、子どもたちは、私を、「クソジジイ」と呼ぶ。私は、それに対して、「ぼくは、クソジジイでは
ない。大クソジジイだ。わかったかア!」と言いかえす。この時期になると、そういうやり取りが
多くなる。私にとっても、3月というのは、いやな季節だ。

++++++++++++++++++++

●書店で……

+++++++++++++++++++++

書店へ行くと、まっさきに足を運ぶのが、
パソコンの雑誌コーナー。

そのあとは、週刊誌コーナー。

で、そのあとのことだが、私は、できるだけ
場違いのコーナーを回るようにしている。
ときには、女性月刊誌のコーナーも。

これはとても重要なことだと思う。
私にとって、一番こわいのは、脳みその
かたより。

+++++++++++++++++++++

 ここ数か月、月刊誌をほとんど、買っていない。よく読む月刊誌は、「現代」「諸君」など。「Sa
ピオ」は面白いが、どこかかたよっている。「諸君」も、以前は、毎月欠かさず買っていたが、こ
のところ、その(かたより)を感ずるようになった。過激になってきたというか、右翼的になってき
た(?)。

 いつも、バカなことしか書いてないのが、女性週刊誌。若いころは、主婦と生活社で出してい
た、(今でも出しているが)、「J」という女性週刊誌のフリーの記者もしていた。これは、本当だ
ぞ。ちゃんと、名詞まで、もっていた。

 しかし一応、目を通しておく必要がある。ほかに、子どもの雑誌など。私にとって、一番こわい
のは、脳みそのかたより。ものの考え方が、偏屈になること。そういう老人を、(若くても、偏屈
になる人は多いが……)、もう何百人と見てきた。

 脳みそというのは、やわらかければ、やわらかいほど、よい。そのためには、いろいろな分野
について知り、考えること。そのためには、書店では、できるだけ、いろいろなコーナーを回る
ようにしている。

 が、育児書コーナーだけには、ぜったいに、近づかない。本も読まない。理由は、いくつかあ
る。

 その1。他人の育児法の影響を受けたくない。
 その2。他人の育児法を読んで、カリカリしたくない。
 その3。あとで、パクッたとか、盗作したとか、思われたくない。

 ときどき、親切にも(?)、他人の書いた育児書を送り届けてくれる人がいる。しかし私は、そ
のまま本箱の隅にしまってしまう。育児雑誌も、そうである。読みたくもない。読む価値もない。
私は、どこまでいっても、私。そういう本や雑誌で、あれこれわずらわされるのは、ゴメン。

 ……と書くと、「はやし浩司の育児論は、かたよっている」と思う人がいるかもしれない。しかし
私の(師)は、いつも子どもたち自身だった。今も、そうだ。何かわからないことがあると、かな
らず、子どもたちに、それを問うようにしている。いつも子どもを見ながら、ものを考えている。

 画家にたとえて言うなら、写真を見ながら絵を描く人もいるかもしれない。しかしそれ以上に
大切なのは、その場の雰囲気というか、空気の流れ、風の匂い。それを肌で感じながら、絵を
描く。育児論にしても、同じようなことが言える。

 子どもを実際教えたことのない、どこかの大学の教授が書いたような育児書など、私には、
意味がない。興味もない。(そういう本のほうが、よく売れるが……。)

 ああ、また愚痴ぽくなってきた。今朝の私は、どこか、へん。ものの考え方が、沈んでいる。
昨夕から断食しているせいかもしれない。空腹感がものすごい。血糖値がさがっている。その
ためイライラする。今朝は、健康診断がある。それまでは、「お湯しかだめ」ということになって
いる。


●校長が万引き

++++++++++++++++++

どこかの高校の校長が、万引きをしていて
逮捕された。

が、驚いたのは、万引きしたという事実ではない。
その校長が校長をしている
高校のHPを見たときのこと。

教師陣が紹介されていたが、その紹介欄が
すごい。

++++++++++++++++++

 どこかの高校の校長が、万引きをしていて、逮捕された。それえ自体は、何でもないニュー
ス。万引きなど、今どき、珍しくも、何ともない。どこかの校長がそれをしたとしても、驚かない。
以下はそのニュース。News−iより、そのまま引用。

++++++++++++

 千葉県君津市の食料品店で、ハチミツや調味料を万引きしたとして、私立高校の校長の男
が逮捕されました。男は「ストレスがたまっていた」などと話しているということです。

 窃盗で現行犯逮捕されたのは、千葉県鴨川市の私立高校「千葉M高校」の校長・鈴木Y容疑
者(48)です。

 調べによりますと、鈴木容疑者は今月12日、君津市の食料品店でハチミツ1ビンと、うま味
調味料1ビンを上着の中に隠し、店の外に持ち出そうとしました。

 しかし、従業員の男性に発見され、その場から逃げ出したものの、100メートル先の田んぼ
の中で取り押さえられたということです。

 逮捕された当初、鈴木容疑者は、「職についていない」などと話していましたが、14日になっ
て高校の校長であることを明かしたということです。

 鈴木容疑者は「学校に迷惑がかかると思い言えなかった」「ストレスがたまってやってしまっ
た」と話しているということです。

 そこでその千葉M高校のHPを開いてみた。読んでみた。そして驚いた。万引き事件に驚い
たのではない。その教師陣の紹介コーナーには、つぎのようにある。

 冒頭には、「東京、超一流校の教員頭脳が、本校に集結」とある。そして教員紹介のところに
は、7人の教員が紹介されている。

 まず万引きをした、鈴木Y校長について……。

【鈴木Y】

D蔭学園(毎年東大合格者は常にトップ10に入り、一橋大学、東京工業大学、国公私立医学
部、早稲田、慶応、上智、東京理科大などで全国トップの実績を挙げている学校です)では、
毎年東大100名前後、早慶上智はそれぞれ数百名という合格者を出して来た受験数学のエ
キスパート。

偏差値を大幅にアップさせる「教科書と受験レベルのギャップを埋める指導法」には定評があ
ります。結果として、偏差値60以下の生徒を数多く東大等に合格させてきた実績があります。
また、D蔭学園のオリジナルテキスト(数学関係)の大半を執筆してきた実績にも目を見張るも
のがあります。受験数学指導のエキスパートと言えるでしょう。また、12桁までの暗算が可能
な、暗算の達人でもあります。D蔭学園時代は、サッカー部の顧問もしており、教え子で、現在
Jリーグで活躍している選手も数多くいます。

【国語科 X】

法政大学文学部大学院博士課程修了。代々Gゼミナール(45年におよび進学指導の第一線
で活躍する予備校で高校や大学から依頼を受けて、さまざまな側面から教育のサポートをして
いる)と、駿台Rンデンスクールの看板教員。分かりやすい教え方、特に古文・漢文の入試の
ポイント指導には、抜群の定評があります。予備校時代は、生徒が溢れて満室になるくらいの
人気講師でした。受験国語のエキスパート教員です。趣味は、水泳です。

【英語科Y】

上智大学文学部大学院博士課程卒。埼玉の進学校 浦W第一女子高等学校(生徒の進路希
望の実現をめざし、授業改革に取り組むひとつとして「生徒による授業評価」を行っている学校
で、国公立大学に現役100名超える合格者を出している学校である)にて、英語科の看板教
員として活躍されていました。特に受験英語の指導については、この先生の講義を受講すれ
ば参考書がいらないと言う位、文法指導、読解指導、英作文指導どのジャンルをとっても抜群
の指導力です。また、教え方も丁寧で、難解なことを理解しやすく教えてくれるとの評判も高い
英語のエキスパート教員です。特進コースの担任をしています。

【数学科Z】

日本大学理工学部修士課程修了。渋谷M張シンガポール校や開C学園(最難関大学に現役
で合格する、中高一貫教育カリキュラム教育をとり、東京大学現役合格率埼玉県内、NO1の
学校)にて教鞭をとられた数学科のエキスパートです。また、中学校時代から、数学研究会で
活躍された経歴もあり、受験数学は言うまでもなく、パズルや、知的数理のジャンルにも精通し
ています。数学の、受験と研究、両方の力を兼ね備えた教員です。

 ……とつづく。

 これだけ読んでも、いったい、この高校は何かと思ってしまう。ホント! ものすごい高校であ
ることにはちがいないが、まるで予備校が、そのまま全日制の高校になったような感じ。

 へ〜と驚くだけ。つまり校長が万引きしても、私は驚かない。今は、そういう時代である。しか
し、こういう高校を、はたして、(教育機関)と呼んでよいのか。またそこでしていることを、(教
育)と呼んでよいのか。

 今では、こういう高校のほうが、繁盛するらしい。しかしこういう高校で育った(?)、子どもた
ちが、やがて日本の中枢部を担うようになると思うと、ゾッとする。

 「いいのかなあ?」と思ったところで、この話は、おしまい。それにしても、日本の教育、どこ
か、おかしいぞ!
 

Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1841)

●自己同一性(アイデンティティ)

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(自分はこうあるべきだ)というのが自己概念。
その自己概念に対して、そこには、
現実の自分(=現実自己)がいる。

この自己概念と現実自己が、どの程度一致しているか。

それが、「自己同一性」の問題ということになる。

「アイデンティティ」の訳語である。

「自己同一性」を、「自我同一性」と書く
研究者もいる。

アイデンティティの確立した子どもは、
どっしりとした落ち着きがある。そうでない
子どもは、そうでない。

いつも将来に対する、ばくぜんとした
不安感に襲われる。自発的、自主的な
行動ができなくなる。

しかしこれは、子どもだけの問題ではない。

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●子どもの問題
 
(自分はこうあるべきだ)(こうありたい)と、自分が心の中に描く自己像を、(自己概念)という。

 たとえて言うなら、恋愛期を思い浮かべてみればよい。恋愛前には、ほとんどの男女は、(理
想の異性)を、頭の中に描く。

 一方、そこには、現実の自分、つまり現実自己がある。いくら理想の異性を頭の中に思い浮
かべても、その前に、理想の異性が現れなければ、どうしようもない。仮に現れても、相手にさ
れるかどうか、わからない。

 もちろん電撃に撃たれるような恋をして、相思相愛で、結ばれるカップルもいる。そういう状態
を、自己概念と現実自己の一致した状態という。

 で、子どものばあい、つぎの4期を経て、アイデンティティを確立する。

(1)人形期
(2)反抗期
(3)模索期(モラトリアム期)
(4)同一性の確立
 
(1)人形期……親の期待に応え、親の希望どおりになろうと努力する時期。年齢的には、〜満
10歳(小学3、4年生)。
(2)反抗期……やがて子どもは、自ら自己概念を描き始める。そして現実の自分とのギャップ
を知り、葛藤する。親からの呪縛感に反抗する。年齢的には、〜18歳前後。
(3)模索期……自己概念に自分を近づけようとしたり、あるいは自己概念そのものを求めて
模索する。年齢的には、〜24、5歳前後。
(4)同一性の確立……(自分のしたいこと)と(自分のしていること)を一致させる。

 ここに年齢を、例としてあげたが、同一性が確立する時期は、それぞれみな、ちがう。中学、
高校生ぐらいのときに、すでに方向性の定まっているいる子どももいれば、30歳を過ぎても、
方向性の定まらない子どももいる。

 ひとつの例をあげて考えてみる。

 A君(年長児)は、クラスでもよく目立つほど、聡明な子どもだった。母親は、「将来は、医者に
したい」と言った。A君も、「ぼくは、医者になる」と言った。

 この時期、子どもは、親の価値観をそのまま受けいれ、親に好かれようと、無意識のうちに
も、親の描く(自己像)を受けいれようとする。

 が、小学4年生になったとき、変化が起きた。A君は、サッカーが好きだった。それまでは、近
所の子どもたちとサッカーをして遊ぶことが多かった。が、母親が、無理やりA君を進学塾に入
れた。週3回の塾である。

 そのため、母親はA君に、「サッカーをやめるように」と言った。A君はそれについて不満だっ
た。が、母親に従った。

 小さなキレツだったが、やがてそのキレツは大きくなった。塾から返されるテスト結果を見て、
母親は、A君を叱ることが多くなった。「こんなことでは、S中学に入れないわよ!」と。A君に
は、それが「こんなことでは医者になれないわよ」と聞えた。

 こうしてA君は、やがて反抗期へと突入していった。それまでは母親に従順だったのだが、そ
の母親に対して暴言を吐いたり、ときには、ものを投げつけるなどの暴力行為を働くようになっ
た。

 何とかA中学に入学したものの、A君の心の中には、挫折感が残ったままだった。母親に反
抗しながらも、その母親の期待に応えられなかったという挫折感。A君は、悶々とした気分で、
毎日を過ごした。

 が、ある日、A君は、遊園地で、数人の男女が、着ぐるみ身を包み、舞台の上で踊っている
のを見た。楽しそうだった。と、そのとき、A君の心の中で、何かが光るのを感じた。最初は小
さな光だったが、やがてその光は、心の中全体を照らすようになった。

 A君は、そのままA高校へと進学した。が、勉強はつまらないものだった。勉強に興味をもつ
ことができなかった。で、親に内緒で、あちこちの養成所の案内書を手に入れた。A君はある
日、その案内書を母親に見せた。「ぼくも、この仕事がしたい」「学校をやめて、養成所に通う」
と。

 母親は、絶望感から、半狂乱になってしまった。父親を巻きこんで、それに猛反対した。が、
A君の意思はかたかった。「ぼくは、どうしても、そこへ行く」と。

 家出寸前のところで、親のほうが、折れた。「そこまで思っているなら……」ということで、親
は、養成所の近くにワンルームマンションを借りてやった。A君は、そのまま高校を中退した。

 で、そのA君だが、現在は、その劇団でも指導的な立場について、活躍している。全国のイベ
ント会場で、踊っている。

 以上が、A君の例だが、どこからどこまでが、人形期で、どこからどこまでが反抗期。さらに
は、どこからどこまでが、模索期かということは、ここに改めて説明するまでもない。A君は、こ
うして自己の同一性を確立した。

●退職者の問題

 しかし自己同一性の問題は、何も、子どもだけの問題ではない。近くに、こんな知人がいる。

 その知人は、最近定年で退職したのだが、退職してからも、それまでと同じように、かばんを
もって、会社に行く。もちろん会社に行くのではない。行くフリをしているだけ。電車に乗って、
街までは行くのだが、あとは、何をするでもなし、何もしないでもなし。一日をそうして過ごして、
そして夕方には、家に帰ってくる。

 妻や子どもたちには、「職さがし……」と言っていたそうだ。いや、退職直後は、その会社の
子会社の倉庫会社で、倉庫番の仕事をしていたのだが、1週間もつづかなかったという。

 この退職者のばあい、それまでは会社一筋で、仕事をしていた。「一社懸命」という言葉も、
よく使った。が、退職と同時に、その(糸)が切れてしまった。と、同時に、アイデンティティがば
らばらになってしまった。心理学の用語を使うなら、(アイデンティティの拡散)ということになる。

 子どもでも、アイデンティティが拡散すると、心理的にもきわめて不安定になることが知られて
いる。将来に対して大きな不安感をもち、自主的、自発的な行動がとれなくなる。

 その知人も、同じように考えてよい。家にいても、することがない。家族からは、ゴミのように
思われている。(それはその知人の被害妄想のようなものだったが……。)かといって、自分が
したいことすら、はっきりしない。だから当然、自分で何をしてよいのかわからない。心そのもの
が、宙ぶらりんのような状態になる。

 では、どうすればよいのか?
 
 実は、この問題は、私自身の問題でもある。

 ときどき私は、「いったい、私は何をしたいのか」と思い悩むことがある。そこでいくつかそれ
を頭の中で、思い描いてみる。

☆オーストラリアへ移住したい。
☆世界中を旅行してみたい。
☆旅行記を書いてみたい、など。

 しかしそのあとがつづかない。「だからどうなの?」「それがどうしたの?」と聞かれると、返答
に困ってしまう。その前に、生活費の問題もある。健康の問題もある。私が本当にしたいこと、
あるいはすべきことは、もっとほかにあるように思うのだが、それがはっきりとしない。つまり退
職後の自己概念が、どうしても描けない。

 自己概念が描けないのに、どうして、現実の自分を、その自己概念に近づけることができる
のか?

 「有名になりたい」という気持ちは、今でもないわけではない。それにお金は嫌いではない。し
かしそれとて、「だから、どうなの?」と聞かれると、これまたはたと、返答に困ってしまう。

 言いかえると、定年退職をするということは、同時に、どうやって自己概念をもつかという問題
ということになる。それがはっきりしないまま退職してしまうと、ここに書いた知人のようになって
しまう。

 しかし老後は長い。人によっては、退職後、20年とか、30年もつづく。それだけの年月を、
無益に過ごしてしまうというのも、どうか?

 そこで青年期には、模索期(モラトリアム)という時期がある。わかりやすく言えば、(私さがし
の時期)ということになる。この時期を通して、青年は、(私)をさがし求め、その(私)に行きつ
く。

 同じように、退職者にも、模索期(モラトリアム)があってもよいのではないか。……といって
も、青年のように、時の流れに身を任せ、のんびりしていることはできない。残された時間に
は、かぎりがある。青年期とちがい、時間の流れが、速い。あっという間に、1年とか、2年が過
ぎていく。加えて、体力、気力ともに、衰えてくる。

 で、再び、私のばあいだが、実のところ、(したいこと)が、はっきりしない。今まで、生活に追
われるまま、そんなことを考える余裕すらなかった。(したいこと)そのものが、土の中に埋もれ
てしまっている。そんな感じがする。

 そんなわけで、今も、こう考えている。「私は、何をしたいのか」「何をすべきなのか」と。まさに
私は、模索期(モラトリアム)に入ったことになる。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 自己
の同一性 自己同一性 自我同一性 自己概念 現実自己 モラトリアム)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●常識


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もしあなたが、どこかの銀行マンだったとする。
そのあなたが、にせ札をつかまされたとする。

額は、1億円。精巧なにせ札である。
もし、あなたがそういうことをされたら、
あなたはどうするだろうか?

 ものごとは、常識で考えればよい。

+++++++++++++++++++

 もしあなたが、どこかの銀行マンだったとする。そのあなたが、にせ札をつかまされたとする。
額は、1億円。きわめて精巧なにせ札である。ふつうの鑑定機では、鑑別できない。

 もしあなたが、そういうことをされたら、あなたは、どうするだろうか? そのときあなたは、「よ
くあることだ」「しかたないさ」と、笑って過ごすことができるだろうか。もし、あなたがもう少し悪
人なら、知らぬ顔をして、そのにせ札を、別の銀行マンに渡すことも考えられる。あるいは、そ
のお金を、ほかの決済に使うことも考えられる。

 もしバレたら、そのときはそのとき。「私も知りませんでした」と言えばよい。

 が、ふつうの銀行マンなら、怒る。まともな銀行マンなら、怒る。銀行という業種は、信用が第
一。にせ札を取り扱っていたとなれば、信用度は、地に落ちる。だれかがにせ札と指摘した段
階で、そのにせ札を渡した相手に、食ってかかるにちがいない。「どうして、お前は、こんなもの
を、私に渡したのだ!」と。

 私なら、そのにせ札を相手に叩きかえしてやる。叩きかえした上で、損害が発生しているな
ら、損害賠償を求める。もちろん、取り引きは停止。世界に向かって、「あいつは、ひどいやつ
だ」と声を大きくして叫ぶにちがいない。

 その(あなた)と、マカオのBDA銀行を、置きかえて考えてみればよい。ここにいたって、BD
A銀行は、「K国との取り引きは、正当なものだった」「マネーロンダリング(資金洗浄)はしてい
なかった」「逆に、アメリカを訴えてやる」と、息巻いている。

 しかしどう考えても、お・か・し・い?

 当初、アメリカが、BDA銀行との取り引きを中止したとき、BDA銀行は、それに反発するどこ
ろか、すなおに、K国との取り引きを停止してしまった。K国に対して、怒った形跡すらない。ま
ったく、ない。

 それを見た、世界中の銀行が、「K国は信用できない」と、K国との取り引きを停止してしまっ
た。これはアメリカにしてみれば、予想外のできごとだった。まさに予期せぬ波及効果が現れ
たことになる。

 BDA銀行は、はじめから、それがにせ札と知っていた。知っていたからこそ、即、K国との取
り引きを停止した。もし知らなかったというなら、その時点で、アメリカに反発したはず。K国に
対しては、激怒したはず。アメリカに対しては、「私は知らなかった」と主張し。K国に対しては、
「よくも、だましたな!」と怒ったはず。

 しかしそういう形跡は、いっさい、ない。ないから、やはり、BDA銀行は、グルだったということ
になる。ものごとは、常識で考えればよい。常識が、ときに、何万もの証拠より、正確に事実を
言い当てることがある。今回も、そのひとつと考えてよい。

 私の推理によれば、こうだ。

 あるとき、K国の政府高官(あるいは外交官でもよい)がBDA銀行にやってきた。「にせ札を
買わないか」ともちかけられた。額は、10億ドル。そこでBDA銀行の幹部は、そのにせ札を調
べる。が、どこをどう見ても、ホンモノ。ホンモノそっくり!

 「これならいける!」と、BDA銀行の幹部は、判断する。買値は、半額の5億ドル。つまり差
額の5億ドルは、そのまま、まるまる、BDA銀行のふところに入る。こんなおいしい話はない。

 BDA銀行の幹部は、そのあと、その10億ドルを、あちこちにバラまく。何かの決済をとおし
て、バラまく。

 実際には、最初は小額から始まったにちがいない。やがてそれがふくらみ、1億ドル、10億ド
ルとなったにちがいない。長い時間をかけて、BDA銀行は、K国のにせ札の洗浄に、手を貸し
たことになる。

 これはあくまでも、私の推理である。しかし荒唐無稽な推理かというと、そうではない。ほとん
ど事実に近い推理と考えてよいのでは……。

 BDA銀行にしても、今さら、「マネーロンダリングに手を貸していました」とも言えまい。だか
ら、精一杯の虚勢を張って、「アメリカ政府を訴える」という姿勢に転じた。しかし実際に、訴え
ることはないだろう。それこそ、自ら墓穴を掘ることになる。ヤブヘビになるかもしれない。

 今ごろ、BDA銀行は、大ジレンマに落ちているはず。24億ドル全額は、返したくない。大半
はにせ札だから、真正なドル札を、どこから仕入れてこなければならない。しかし正当な預金で
あるとするなら、24ドル全額、返却しなければならない。 

 恐らく中国政府は、「24億ドル、全額、返してやれ」と、BDA銀行に迫っているはず。しかしそ
んな現金、どこにある? アメリカにしてみれば、ハシタ金だが、マカオ第4位の銀行にしてみ
れば、大金。

 考えられる唯一の方法は、中国政府が、裏金で、BDA銀行を援助すること。が、もしそんな
動きを、世界の銀行が知ったら、世界の銀行は、ますますK国と取り引きをしなくなる。事実上
の経済制裁は、つづくことになる。

 ここ数日の、BDA銀行の動きは、まさに見ものである。
(3月18記)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●今日・あれこれ

++++++++++++++++

背筋が寒い。
風邪?
そんなわけで、今日は遠出もせず、
(買い物には行ってきたが……)、
家でおとなしくしていた。

熱はない。
ほかに症状もない。
花粉症による寒気と似ている。

気をつけよう!

++++++++++++++++

●モニター

パソコンの、モニターを取りかえた。19インチ・ワイドのモニターにした。広い。大きい。見やす
い。
 
 ほんの数年前には、「1インチ、1万円」と言われていた。が、今は、19インチ・ワイドのモニタ
ーが、2万9000円。つまり1インチ、1600円弱。そう言えば、今朝のチラシには、8GのUSB
メモリーが、8800円とあった。

 これも数年前には、考えられなかった値段である。

 ほかにもある。SDカードにしても、今では、2GBのものが、やはり、何と、9000円前後で手
に入る。

 で、モニターの話。日本のB社製とあるが、実際には、台湾製。パソコンのモニターとして使う
には、申し分、ない。

 ところでワイフが、「パソコンを買いかえたら?」と、さかんに言ってくれる。GOOD WIFE!
 しかし、古いパソコンには、それなりの愛着、というものがある。指にもなじんでいる。今、こ
の文章を打っているパソコンは、もう、8年近くも使っている。人間にたとえるなら、80歳という
ところか?

 その間、内部の部品は、マザーボード以外は、ほとんど取りかえた。ハードディスク、CDドラ
イブ、メモリーなどなど。その上、改造に改造を重ねた。つまりその分だけ、捨てがたい。

 そんなわけで、もうしばらく、このパソコンを使ってみる。

(注)私は、安全のため、文書作成用のパソコン、インターネット用のパソコン、HP編集用のパ
ソコンと、それぞれ使い分けている。今日、モニターを取りかえたのは、その中の、文書作成用
のパソコン。


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

【心の傷】

●心を司る脳

++++++++++++++++++

脳みその中心部に、辺縁系と呼ばれる組織体がある。
昔は、「原始脳」と呼ばれ、機能を失った脳という
ことになっていた。 

しかしそれがとんでもないまちがいであることが、
最近の研究でわかってきた。

原始脳どころか、人間の心を司っている。

++++++++++++++++++

 今までに、「辺縁系」について私が書いた原稿を、いくつか検索してみた。内容が、かなりの
部分でダブるが、許してほしい。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●知識と思考

 知識は、記憶の量によって決まる。その記憶は、大脳生理学の分野では、長期記憶と短期
記憶、さらにそのタイプによって、認知記憶と手続記憶に分類される。

認知記憶というのは、過去に見た景色や本の内容を記憶することをいい、手続記憶というの
は、ピアノをうまく弾くなどの、いわゆる体が覚えた記憶をいう。条件反射もこれに含まれる。

で、それぞれの記憶は、脳の中でも、それぞれの部分が分担している。たとえば長期記憶は
大脳連合野(連合野といっても、たいへん広い)、短期記憶は海馬、さらに手続記憶は「体の運
動」として小脳を中心とした神経回路で形成される(以上、「脳のしくみ」(日本実業出版社)参
考、新井康允氏)。

 でそれぞれの記憶が有機的につながり、それが知識となる。もっとも記憶された情報だけで
は、価値がない。その情報をいかに臨機応変に、かつ必要に応じて取り出すかが問題によっ
て、その価値が決まる。

たとえばAさんが、あなたにボールを投げつけたとする。そのときAさんがAさんであると認識す
るのは、側頭連合野。ボールを認識するのも、側頭連合野。しかしボールが近づいてくるのを
判断するのは、頭頂葉連合野ということになる。

これらが瞬時に相互に機能しあって、「Aさんがボールを投げた。このままでは顔に当たる。あ
ぶないから手で受け止めろ」ということになって、人は手でそれを受け止める。しかしこの段階
で、手で受け止めることができない人は、危険を感じ、体をよける。この危険を察知するのは、
前頭葉と大脳辺縁系。体を条件反射的に動かすのは、小脳ということになる。

人は行動をしながら、そのつど、「Aさん」「ボール」「危険」などという記憶を呼び起こしながら、
それを脳の中で有機的に結びつける。

 こうしたメカニズムは、比較的わかりやすい。しかし問題は、「思考」である。一般論として、思
考は大脳連合野でなされるというが、脳の中でも連合野は大部分を占める。で、最近の研究で
は、その連合野の中でも、「新・新皮質部」で思考がなされるということがわかってきた(伊藤正
男氏)。

伊藤氏の「思考システム」によれば、大脳新皮質部の「新・新皮質」というところで思考がなされ
るが、それには、帯状回(動機づけ)、海馬(記憶)、扁桃体(価値判断)なども総合的に作用す
るという。

 少し回りくどい言い方になったが、要するに大脳生理学の分野でも、「知識」と「思考」は別の
ものであるということ。まったく別とはいえないが、少なくとも、知識の量が多いから思考能力が
高いとか、反対に思考能力が高いから、知識の量が多いということにはならない。

もっと言えば、たとえば一人の園児が掛け算の九九をペラペラと言ったとしても、算数ができる
子どもということにはならないということ。いわんや頭がよいとか、賢い子どもということにはなら
ない。そのことを説明したくて、あえて大脳生理学の本をここでひも解いてみた。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●馬に水を飲ますことはできない

 イギリスの格言に、『馬を水場へ連れて行くことはできても、水を飲ますことはできない』という
のがある。要するに最終的に子どもが勉強するかしないかは、子どもの問題であって、親の問
題ではないということ。いわんや教師の問題でもない。大脳生理学の分野でも、つぎのように
説明されている。

 大脳半球の中心部に、間脳や脳梁という部分がある。それらを包み込んでいるのが、大脳
辺縁系といわれるところだが、ただの「包み」ではない。認知記憶をつかさどる海馬もこの中に
あるが、ほかに価値判断をする扁桃体、さらに動機づけを決める帯状回という組織があるとい
う(伊藤正男氏)。

つまり「やる気」のあるなしも、大脳生理学の分野では、大脳の活動のひとつとして説明されて
いる。(もともと辺縁系は、脳の中でも古い部分であり、従来は生命維持と種族維持などを維
持するための機関と考えられていた。)

 思考をつかさどるのは、大脳皮質の連合野。しかも高度な知的な思考は新皮質(大脳新皮
質の新新皮質)の中のみで行われるというのが、一般的な考え方だが、それは「必ずしも的確
ではない」(新井康允氏)ということになる。

脳というのは、あらゆる部分がそれぞれに仕事を分担しながら、有機的に機能している。いくら
大脳皮質の連合野がすぐれていても、やる気が起こらなかったら、その機能は十分な結果は
得られない。つまり『水を飲む気のない馬に、水を飲ませることはできない』のである。

 新井氏の説にもう少し耳を傾けてみよう。「考えるにしても、一生懸命で、乗り気で考えるばあ
いと、いやいや考えるばあいとでは、自ずと結果が違うでしょうし、結果がよければさらに乗り
気になるというように、動機づけが大切であり、これを行っているのが帯状回なのです」(日本
実業出版社「脳のしくみ」)と。

 親はよく「うちの子はやればできるはず」と言う。それはそうだが、伊藤氏らの説によれば、し
かしそのやる気も、能力のうちということになる。能力を引き出すということは、そういう意味
で、やる気の問題ということにもなる。やる気があれば、「できる」。やる気がなければ、「できな
い」。それだけのことかもしれない。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●思考のメカニズム

 古来中国では、人間の思考作用をつぎのように分けて考える(はやし浩司著「目で見る漢方
診断」「霊枢本神篇」飛鳥新社)。

 意……「何かをしたい」という意欲
 志……その意欲に方向性をもたせる力
 思……思考作用、考える力
 慮……深く考え、あれこれと配慮する力
 智……考えをまとめ、思想にする力

 最近の大脳生理学でも、つぎのようなことがわかってきた。人間の大脳は、さまざまな部分が
それぞれ仕事を分担し、有機的に機能しあいながら人間の精神活動を構成しているというの
だ(伊藤正男氏)。たとえば……。

 大脳連合野の新・新皮質……思考をつかさどる
 扁桃体……思考の結果に対して、満足、不満足の価値判断をする
 帯状回……思考の動機づけをつかさどる
 海馬……新・新皮質で考え出したアイディアをバックアップして記憶する

 これら扁桃体、帯状回、海馬は、大脳の中でも「辺縁系」と呼ばれる、新皮質とは区別される
古いシステムと考えられてきた。しかし実際には、これら古いシステムが、人間の思考作用を
コントロールしているというのだ。まだ研究が始まったばかりなので、この段階で結論を出すの
は危険だが、しかしこの発想は、先の漢方で考える思考作用と共通している。あえて結びつけ
ると、つぎのようになる。

 大脳皮質では、言語機能、情報の分析と順序推理(以上、左脳)、空間認知、図形認知、情
報の総合的、感覚的処理(以上、右脳)などの活動をつかさどる(新井康允氏)。

これは漢方でいう、「思」「慮」にあたる。で、この「思」「慮」と並行しながら、それを満足に思っ
たり、不満足に思ったりしながら、人間の思考をコントロールするのが扁桃体ということにな
る。もちろんいくら頭がよくても、やる気がなければどうしようもない。その動機づけを決めるの
が、帯状回ということになる。これは漢方でいうところの「意」「志」にあたる。日本語でも「思慮
深い人」というときは、ただ単に知恵や知識が豊富な人というよりは、ものごとを深く考える人
のことをいう。

が、考えろといっても、考えられるものではないし、考えるといっても、方向性が大切である。そ
れぞれが扁桃体・帯状回・海馬の働きによって、やがて「智」へとつながっていくというわけであ
る。 

 どこかこじつけのような感じがしないでもないが、要するに人間の精神活動も、肉体活動の一
部としてみる点では、漢方も、最近の大脳生理学も一致している。人間の精神活動(漢方では
「神」)を理解するための一つの参考的意見になればうれしい。

Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●無理に水を飲ますことはできない

 イギリスの格言に、『馬を水場へ連れて行くことはできても、水を飲ますことはできない』という
のがある。要するに最終的に子どもが勉強するかしないかは、子どもの問題であって、親の問
題ではないということ。いわんや教師の問題でもない。大脳生理学の分野でも、つぎのように
説明されている。

●動機づけを決める帯状回?

 大脳半球の中心部に、間脳とか脳梁とか呼ばれている部分がある。それらを包み込んでい
るのが、大脳辺縁系といわれるところだが、ただの「包み」ではない。認知記憶をつかさどる海
馬もこの中にあるが、ほかに価値判断をする扁桃体、さらに動機づけを決める帯状回という組
織がある。つまり「やる気」のあるなしも、大脳生理学の分野では、大脳の活動のひとつとして
説明されている。(もともと辺縁系は、脳の中でも古い部分であり、従来は生命維持と種族維
持などを維持するための機関と考えられていた。しかし最近の研究では、それぞれにも独立し
た働きがあることがわかってきた(伊藤正男氏ほか)。)

●やる気が思考力を決める

 思考をつかさどるのは、大脳皮質の連合野。しかも高度な知的な思考は新皮質(大脳新皮
質の新新皮質)の中のみで行われるというのが、一般的な考え方だが、それは「必ずしも的確
ではない」(新井康允氏)ということになる。脳というのは、あらゆる部分がそれぞれに仕事を分
担しながら、有機的に機能している。いくら大脳皮質の連合野がすぐれていても、やる気が起
こらなかったら、その機能は十分な結果は得られない。つまり『水を飲む気のない馬に、水を
飲ませることはできない』のである。

●乗り気にさせるのが伸ばすコツ

 新井氏の説にもう少し耳を傾けてみよう。新井氏はこう書いている。「考えるにしても、一生懸
命で、乗り気で考えるばあいと、いやいや考えるばあいとでは、自ずと結果が違うでしょうし、結
果がよければさらに乗り気になるというように、動機づけが大切であり、これを行っているのが
帯状回なのです」(日本実業出版社「脳のしくみ」)と。

 親はよく「うちの子はやればできるはず」と言う。それはそうだが、伊藤氏らの説によれば、し
かしそのやる気も、能力のうちということになる。能力を引き出すということは、そういう意味
で、やる気の問題ということにもなる。やる気があれば、「できる」。やる気がなければ、「できな
い」。それだけのことかもしれない。

Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司

●脳と心と快感

 人間の体は、数十万年という、まさに気が遠くなるほどの年月を経て、ここまで進化してき
た。指一本、爪の形や位置にしても、そこには、長い進化の歴史が刻まれている。それは常識
だが、実は、人間の心も、環境に適応するため、そのつど進化してきたと考えるのが、正しい。

 私は今、脳の中心部にある、扁桃体と呼ばれている部分に、たいへん興味をもっている。
(扁桃核ともいう。)

この扁桃体というのは、大脳の辺縁系の中、つまり新皮質部の下にある原始的な脳の一部だ
と思えばよい。(原始的という言い方は正しくないかもしれない。大脳連合野の新皮質部が比
較的あとになって発達した脳であることに対して、そう言う。新皮質部は、人間の思考など、知
的活動をつかさどる。)

この扁桃体が、人間の情動活動に、たいへん深く関わっているということが、最近の研究でわ
かってきた(伊藤正男氏の思考システムより)。

 たとえばこの扁桃体を、サルの実験などで、刺激したり、反対に破壊したりすると、情動的な
大きな変化が起こるという(新井康允氏)。「サルの扁桃体とその周囲の大脳皮質を壊すと、情
緒的反応性の低下が見られ、ヘビやイヌをふだんは怖がるのに、扁桃体を破壊されたサル
は、ヘビやイヌを近づけても、平気になってしまう」「扁桃体とその周囲の大脳皮質を壊された
雄ネコは、ウサギに交尾しようとしたり、ばあいによっては、ヒトに性行動を示した例も報告され
ています」(新井康允氏「脳のしくみ」)と。

 こうした事実から、新井康允氏は、つぎのように結論づけている。

 「このようなことから、扁桃体は、外から入ってくる刺激について、それぞれ生物学的な意味
づけや、生物学的価値判断をくだし、快、不快、恐怖といった情動反応を起こさせるメカニズム
があると考えられます」(同書)と。

 伊藤正男氏も、「(思考は大脳連合野がつかさどるが)、満足、不満足の価値判断は、新皮
質が行うのではなく、扁桃体の快、不快システムを転用して、満足、不満足の価値判断をくだし
ているのではないか」(同書)と述べている。

つまり私たちのもつ常識的な反応は、知的な活動によるものというよりは、もっと原始的なレベ
ルで、脳の機能の一部として起きているのではないかということ。たとえば人に親切にしたり、
やさしくしたりすると、たしかに気持ちがよいが、そうした快感は、脳そのものが判断していると
いうことだ。で、もしこれが事実なら、これは重大な意味をもつ。

 仮に、これはあくまでもこれは仮定の問題だが、もし人間が、仲間を殺すことに快感を覚える
ようなシステムをもっていたとするなら、人間はとっくの昔に絶滅していただろうということ。もし
人間が、仲間に意地悪をしたり、いじめることに快感を覚えるようなシステムをもっていたとし
たら、人間はとっくの昔に絶滅していただろうということ。人間が今の今、こうして生き延びてい
ること自体、脳のシステムの中で、それを判断するしくみが働いたということになる。たがいに
助けあい、たがいに誠実であることに快感を覚えるようになっているということになる。つまりこ
うした扁桃体があるということが、まさに進化の結果といえるのではないのか。

 もしこのことがわからなければ、今、こんな実験をしてみるとよい。どんなことでもよい。あな
たの身の回りのことで、何か問題がおきたとき、正直に、そして誠実に、その問題に対処して
みてほしい。人に親切にするのもよい。そのとき、あなたは今まで感じなかった、快感を覚える
はずである。この快感の根源こそが、新井氏や伊東氏のいうところによる、(多分? まちがっ
ているかもしれないが……)、扁桃体の快、不快システムによるものということになる。私はこ
のことを、こんな事件を通して、学んだ。

 少し前だが、私は100円のペンを7本買って、1000円札を出した。で、レジの女性からつり
銭を渡され、店を出ようとするとき、手の中を見ると、つり銭が300円以上あるのに気づいた。
私は瞬間、「アッ」と思った。が、1、2歩、歩いたところで、振りかえり、「あのう……」と言った。
見ると、いつの間にか店長の女性もそこに立っていて、ニコニコ笑いながら、こう言った。「今、
すべての商品を10%引きにしていますから」と。

 私はその一言で、心の中が晴れ晴れとした。そうした状態を、快感というのなら、それはまさ
に快感だった。私もニコニコ笑いながら、「そうですか。ありがとうございます」と頭をさげたが、
その快感は、私の大脳連合野によるもの、つまり知的活動によるものというよりは、もっと深い
ところから湧(わ)きあがってくるものだった。

 だから……、というのは失礼かもしれないが、(というのも、すでにそんなことを実践している
人も多いと思うので)、こうした知識を一度頭に入れながら、あなたも一度、心の実験をしてみ
てほしい。何かのことで、そういう立場に立たされたら、正直に、そして誠実に対処してみてほ
しい。人に親切にしてあげたり、やさしくしてあげるのもよい。そしてそのとき、あなたの心(情
動活動)が、あなたの中でどう反応するかを静かに観察してみてほしい。それが、あなたの中
の扁桃体による作用ということになる。

 むずかしい話になってしまったが、以上をまとめると、こういうことになる。

●人に親切にしてあげたり、やさしくしてあげると、気持ちがよい。
●人に正直に接したり、誠実に接すると、気持ちがよい。
●その快感は、大脳辺縁系の扁桃体が判断して、生み出す。

つまりそういう機能があるがため、人間は今日の今日まで、進化の過程で生き延びることがで
きた。そうでなければ、もうとっくの昔に絶滅していたはずである。進化論というと、肉体という
「形」ばかりが問題になるが、「心」もまた、問題とされるべきである。

それがわからなければ、あなたも心の実験をしてみるとよい。だれかに、親切に。だれかに、
やさしく。だれかに、正直に。だれかに、誠実に。あなたもきっと、今までにない快感を覚えるは
ずだ。あなたの脳の中には、そういうシステムがすでに、できている。それを信じて、一度実験
してみてほしい。私がここに書いたことの意味を理解してもらえるはずである。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●性善説と性悪説

 胎児は母親の胎内で、過去数十万年の進化の過程を、そのまま繰り返す。ある時期は、魚
そっくりのときもあるそうだ。
 同じように、生まれてから、知能の発達とは別に、人間は、「心の進化」を、そのまま繰り返
す。……というのは、私の説だが、乳幼児を観察していると、そういうことを思わせる場面に、
よく出会う。

たとえば生後まもなくの新生児には、喜怒哀楽の情はない。しかし成長するにつれて、さまざま
な感情をもつようになる。よく知られた現象に、「天使の微笑み」というのがある。眠っている赤
子が、何を思うのか、ニコニコと笑うことがある。こうした「心」の発達を段階的に繰り返しなが
ら、子どもは成長する。

 最近の研究では、こうした心の情動をコントロールしているのが、大脳の辺縁系の中の、扁
桃体(へんとうたい)であるということがわかってきた。確かに知的活動(大脳連合野の新新皮
質部)と、情動活動は、違う。たとえば一人の幼児を、皆の前でほめたとする。するとその幼児
は、こぼれんばかりの笑顔を、顔中に浮かべる。その表情を観察してみると、それは知的な判
断がそうさせているというよりは、もっと根源的な、つまり本能的な部分によってそうしていこと
がわかる。が、それだけではない。

 幼児、なかんずく4〜6歳児を観察してみると、人間は、生まれながらにして善人であることが
わかる。中に、いろいろ問題のある子どもはいるが、しかしそういう子どもでも、生まれながら
にそうであったというよりは、その後の、育て方に問題があってそうなったと考えるのが正しい。
子どもというのは、あるべき環境の中で、あるがままに育てれば、絶対に悪い子どもにはなら
ない。(こう断言するのは、勇気がいることだが、あえてそう断言する。)

 こうした幼児の特質を、先の「心の進化」論にあてはめてみると、さらにその特質がよくわか
る。

 仮に人間が、生まれながらにして悪人なら……と仮定してみよう。たとえば仲間を殺しても、
それを快感に覚えるとか。人に意地悪をしたり、人をいじめても、それを快感に覚えるとか。新
生児についていうなら、生まれながらにして、親に向かって、「ババア、早くミルクをよこしやが
れ。よこさないとぶっ殺すぞ」と言ったとする。もしそうなら、人間はとっくの昔に、絶滅していた
はずである。つまり今、私たちがここに存在するということは、とりもなおさず、私たちが善人で
あるという証拠ということになる。私はこのことを、アリの動きを観察していて発見した。

 ある夏の暑い日のことだった。私は軒先にできた蜂の巣を落とした。私もワイフも、この1、2
年で1度ハチに刺されている。今度ハチに刺されたら、アレルギー反応が起きて、場合によっ
ては、命取りになるかもしれない。それで落とした。殺虫剤をかけて、その巣の中の幼虫を地
面に放り出した。そのときのこと。時間にすれば10分もたたないうちに、無数の小さなアリが
集まってきて、その幼虫を自分たちの巣に運び始めた。

 最初はアリたちはまわりを取り囲んでいただけだが、やがてどこでどういう号令がかかってい
るのか、アリたちは、一方向に動き出した。するとあの自分の体の数百倍以上はあるハチの
幼虫が、動き出したのである!

 私はその光景を見ながら、最初は、アリたちにはそういう行動本能があり、それに従っている
だけだと思った。しかしそのうち、自分という人間にあてはめてみたとき、どうもそれだけではな
いように感じた。

たとえば私たちは夫婦でセックスをする。そのとき本能のままだったら、それは単なる排泄行
為に過ぎない。しかし私たちはセックスをしながら、相手を楽しませようと考える。そして相手が
楽しんだことを確認しながら、自分も満足する。同じように、私はアリたちにも、同じような作用
が働いているのではないかと思った。

つまりアリたちは、ただ単に行動本能に従っているだけではなく、「皆と力を合わせて行動する
喜び」を感じているのではないか、と。またその喜びがあるからこそ、そういった重労働をする
ことができる、と。

 この段階で、もし、アリたちがたがいに敵対し、憎みあっていたら、アリはとっくの昔に絶滅し
ていたはずである。言いかえると、アリはアリで、たがいに助けあう楽しみや喜びを感じている
に違いない。またそういう感情(?)があるから、そうした単純な、しかも過酷な肉体労働をする
ことができるのだ、と。

 もう結論は出たようなものだ。人間の性質について、もともと善なのか(性善説)、それとも悪
なのか(性悪説)という議論がよくなされる。しかし人間は、もともと「善なる存在」なのである。
私たちが今、ここに存在するということが、何よりも、その動かぬ証拠である。繰り返すが、もし
私たち人間が生まれながらにして悪なら、私たちはとっくの昔に、恐らくアメーバのような生物
にもなれない前に、絶滅していたはずである。

 私たち人間は、そういう意味でも、もっと自分を信じてよい。自分の中の自分を信じてよい。
自分と戦う必要はない。自分の中の自分に静かに耳を傾けて、その声を聞き、それに従って
行動すればよい。もともと人間は、つまりあらゆる人々は、善人なのである。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●やる気論

 人にやる気を起こさせるものに、二つある。一つは、自我の追求。もう一つは、絶壁(ぜっぺ
き)性。

 大脳生理学の分野では、人のやる気は、大脳辺縁系の中にある、帯状回という組織が、重
要なカギを握っているとされている(伊藤正男氏)。が、問題は、何がその帯状回を刺激する
か、だ。そこで私は、ここで(1)自我の追求と、(2)絶壁性をあげる。

 自我の追求というのは、自己的利益の追求ということになる。ビジネスマンがビジネスをとお
して利潤を追求するというのが、もっともわかりやすい例ということになる。科学者にとっては、
名誉、政治家にとっては、地位、あるいは芸術家にとっては、評価ということになるのか。こう
決めてかかることは危険なことかもしれないが、わかりやすく言えば、そういうことになる。こう
した自己的利益の追求が、原動力となって、その人の帯状回(あくまでも伊藤氏の説に従えば
ということだが)を刺激する。

 しかしこれだけでは足りない。人間は追いつめられてはじめて、やる気を発揮する。これを私
は「絶壁性」と呼んでいる。つまり崖っぷちに立たされるという危機感があって、人ははじめて
やる気を出す。たとえば生活が安定し、来月の生活も、さらに来年の生活も変わりなく保障さ
れるというような状態では、やる気は生まれない。「明日はどうなるかわからない」「来月はどう
なるかわからない」という、切羽つまった思いがあるから、人はがんばる。が、それがなけれ
ば、そうでない。

 さて私のこと。私がなぜ、こうして毎日、文を書いているかといえば、結局は、この二つに集
約される。「その先に何があるかを知りたい」というのは、立派な我欲である。ただ私のばあ
い、名誉や地位はほとんど関係ない。とくにインターネットに原稿を載せても、利益はほとん
ど、ない。ふつうの人の我欲とは、少し内容が違うが、ともかくも、その自我が原動力になって
いることはまちがいない。

 つぎに絶壁性だが、これはもうはっきりしている。私のように、まったく保障のワクの外で生き
ている人間にとっては、病気や事故が一番、恐ろしい。明日、病気か事故で倒れれば、それで
おしまい。そういう危機感があるから、健康や安全に最大限の注意を払う。毎日、自転車で体
を鍛えているのも、そのひとつということになる。あるいは必要最低限の生活をしながら、余力
をいつも未来のためにとっておく。そういう生活態度も、そういう危機感の中から生まれた。もし
この絶壁性がなかったら、私はこうまでがんばらないだろうと思う。

 そこで子どものこと。子どものやる気がよく話題になるが、要は、いかにすれば、その我欲の
追求性を子どもに自覚させ、ほどよい危機感をもたせるか、ということ。順に考えてみよう。

(自我の追求)

 教育の世界では、(1)動機づけ、(2)忍耐性(努力)、(3)達成感という、三つの段階に分け
て、子どもを導く。幼児期にとくに大切なのは、動機づけである。この動機づけがうまくいけば、
あとは子ども自身が、自らの力で伸びる。英語流の言い方をすれば、『種をまいて、引き出す』
の要領である。

 忍耐力は、いやなことをする力のことをいう。そのためには、『子どもは使えば使うほどいい
子』と覚えておくとよい。多くの日本人は、「子どもにいい思いをさせること」「子どもに楽をさせ
ること」が、「子どもをかわいがること」「親子のキズナ(きずな)を太くするコツ」と考えている。し
かしこれは誤解。まったくの誤解。

 3つ目に、達成感。「やりとげた」という思いが、子どもをつぎに前向きに引っぱっていく原動
力となる。もっとも効果的な方法は、それを前向きに評価し、ほめること。

(絶壁性)

 酸素もエサも自動的に与えられ、水温も調整されたような水槽のような世界では、子どもは
伸びない。子どもを伸ばすためには、ある程度の危機感をもたせる。(しかし危機感をもたせ
すぎると、今度は失敗する。)日本では、受験勉強がそれにあたるが、しかし問題も多い。

 そこでどうすれば、子どもがその危機感を自覚するか、だ。しかし残念ながら、ここまで飽食
とぜいたくが蔓延(まんえん)すると、その危機感をもたせること自体、むずかしい。仮に生活
の質を落としたりすると、子どもは、それを不満に転化させてしまう。子どもの心をコントロール
するのは、そういう意味でもむずかしい。

 とこかくも、子どものみならず、人は追いつめられてはじめて自分の力を奮い立たせる。E君
という子どもだが、こんなことがあった。

 小学六年のとき、何かの会で、スピーチをすることになった。そのときのE君は、はたから見
ても、かわいそうなくらい緊張したという。数日前から不眠症になり、当日は朝食もとらず、会場
へでかけていった。で、結果は、結構、自分でも満足するようなできだったらしい。それ以後、
度胸がついたというか、自信をもったというか、児童会長(小学校)や、生徒会長(中学校)、文
化祭実行委員長(高校)を、総ナメにしながら、大きくなっていった。そのときどきは、親としてつ
らいときもあるが、子どもをある程度、その絶壁に立たせるというのは、子どもを伸ばすために
は大切なことではないか。

 つきつめれば、子どもを伸ばすということは、いかにしてやる気を引き出すかということ。その
一言につきる。この問題は、これから先、もう少し煮つめてみたい。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●生きがいを決めるのは、帯状回?

 脳の中に、辺縁系と呼ばれる古い脳がある。脳のこの部分は、人間が原始動物であったと
きからあるものらしい。イヌやネコにも、たいへんよく似た脳がある。

その辺縁系の中に、帯状回とか扁桃体と呼ばれるところがある。最近の研究によれば、どうや
ら人間の「やる気」に、これらの帯状回や扁桃体が関係していることがわかってきた(伊藤正男
氏)。

 たとえば人にほめられたりとすると、人は快感を覚える。反対にみなの前でけなされたりする
と、不快感を覚える。その快感や不快感を覚えるのが、扁桃体だそうだ。その快感や不快感を
受けて、大脳連合野の新皮質部が、満足したり、満足しなかったりする。

一方、その扁桃体の感覚を受けて、「やる気」を命令するのが、帯状回だそうだ(同氏)。やる
気があれば、ものごとは前に進み、それに楽しい。しかしいやいやにしていれば、何をするのも
苦痛になる。

 これは脳のメカニズムの話だが、現象的にも、この説には合理性がある。たとえば他人にや
さしくしたり、親切にしたりすると、心地よい響きがする。しかし反対に、他人をいじめたり、意
地悪したりすると、後味が悪い。この感覚は、きわめて原始的なもので、つまりは理屈では説
明できないような感覚である。しかしそういう感覚を、人間がまだ原始動物のときからもってい
たと考えるのは、進化論から考えても正しい。もし人間が、もともと邪悪な感覚をもっていたら、
たとえば仲間を殺しても、平気でいられるような感覚をもっていたら、とっくの昔に絶滅していた
はずである。

 こうした快感や不快感を受けて、つぎに大脳連合野の新皮質部が判断をくだす。新皮質部と
いうのは、いわゆる知的な活動をする部分である。たとえば正直に生きたとする。すると、その
あとすがすがしい気分になる。このすがすがしい気分は、扁桃体によるものだが、それを受け
て、新皮質部が、「もっと正直に生きよう」「どうすれば正直に生きられるか」とか考える。そして
それをもとに、自分を律したり、行動の中身を決めたりする。

 そしていよいよ帯状回の出番である。帯状回は、こうした扁桃体の感覚や、新皮質部の判断
を受けて、やる気を引き起こす。「もっとやろう」とか、「やってやろう」とか、そういう前向きな姿
勢を生み出す。そしてそういう感覚が、反対にまた新皮質部に働きかけ、思考や行動を活発に
したりする。

●私のばあい

 さて私のこと。こうしてマガジンを発行することによって、読者の数がふえるということは、ひょ
っとしたら、それだけ役にたっているということになる。(中には、「コノヤロー」と怒っている人も
いるかもしれないが……。)

さらに読者の方や、講演に来てくれた人から、礼状などが届いたりすると、どういうわけだか、
それがうれしい。そのうれしさが、私の脳(新皮質部)を刺激し、脳細胞を活発化する。そしてそ
れが私のやる気を引き起こす。そしてそのやる気が、ますますこうしてマガジンを発行しようと
いう意欲に結びついてくる。が、読者が減ったり、ふえなかったりすると、扁桃体が活動せず、
つづいて新皮質部の機能が低下する。そしてそれが帯状回の機能を低下させる。

 何とも理屈っぽい話になってしまったが、こうして考えることによって、同時に、子どものやる
気を考えることができる。よく「子どもにはプラスの暗示をかけろ」「子どもはほめて伸ばせ」「子
どもは前向きに伸ばせ」というが、なぜそうなのかということは、脳の機能そのものが、そうなっ
ているからである。

 さてさて私のマガジンのこと。私のばあい、「やる気」というレベルを超えて、「やらなければな
らない」という気持ちが強い。では、その気持ちは、どこから生まれてくるのか。ここでいう「やる
気論」だけでは説明できない。どこか絶壁に立たされたかのような緊張感がある。では、その
緊張感はどこから生まれるのか。

●ほどよいストレスが、その人を伸ばす

 ある種のストレスが加えられると、副腎髄質からアドレナリンの分泌が始まる。このアドレナリ
ンが、心拍を高め、脳や筋肉の活動を高める。そして脳や筋肉により多くの酸素を送りこみ、
危急の行動を可能にする。こうしたストレス反応が過剰になることは、決して好ましいことでは
ない。そうした状態が長く続くと、副腎機能が亢進し、免疫機能の低下や低体温などの、さまざ
まの弊害が現れてくる。しかし一方で、ほどよいストレスが、全体の機能を高めることも事実
で、要は、そのストレスの内容と量ということになる。

 たとえば同じ「追われる」といっても、借金取りに借金の催促をされながら、毎月5万円を返済
するのと、家を建てるため、毎月5万円ずつ貯金するのとでは、気持ちはまるで違う。子どもの
成績でいうなら、いつも100点を取っていた子どもが80点を取るのと、いつも50点しか取れな
かった子どもが、80点を取るのとでは、同じ80点でも、子どものよって、感じ方はまったく違
う。

私のばあい、マガジンの読者の数が、やっと100人を超えたときのうれしさを忘れることができ
ない一方、450人から445人に減ったときのさみしさも忘れることができない。100人を超え
たときには、モリモリとやる気が起きてきた。しかし445人に減ったときは、そのやる気を支え
るだけで精一杯だった。

●子どものやる気

 子どものやる気も同じに考えてよい。そのやる気を引き出すためには、子どもにある程度の
緊張感を与える。しかしその緊張感は、子ども自身が、その内部から沸き起こるような緊張感
でなければならない。私のばあい、「自分の時間が、どんどん短くなってきているように感ずる。
ひょっとしたら、明日にでも死の宣告を受けるかもしれない。あるいは交通事故にあうかもしれ
ない」というのが、ほどよく自分に作用しているのではないかと思う。

 人は、何らかの使命を自分に課し、そしてその使命感で、自分で自分にムチを打って、前に
進むものか。そうした努力も一方でしないと、結局はやる気もしぼんでしまう。ただパンと水だ
けを与えられ、「がんばれ」と言われても、がんばれるものではない。今、こうして自分のマガジ
ンを発行しながら、私はそんなことを考えている。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●私とは何か

 「私」とは何かと考える。どこからどこまでが私で、どこからどこまでが私ではないかと。よく
「私の手」とか、「私の顔」とか言うが、その手にしても、顔にしても、本当に「私」なのか。手に
生える一本の毛にしても、私には、それを自分でつくったという覚え(意識)がない。あるはずも
ない。

ただ顔については、長い間の生き様が、そこに反映されることはある。だから、「私の顔」と言
えなくもない。しかしほかの部分はどうなのか。あるいは心は。あるいは思想は。

 たとえば私は今、こうしてものを書いている。しかしなぜ書くかといえば、それがわからない。
多分私の中にひそむ、貪欲さや闘争心が、そうさせているのかもしれない。それはサッカー選
手が、サッカーの試合をするのに似ている。本人は自分の意思で動いていると思っているかも
しれないが、実際には、その選手は「私」であって「私」でないものに、動かされているだけ? 

同じように私も、こうしてものを書いているが、私であって私でないものに動かされているだけ
かもしれない。となると、ますますわからなくなる。私とは何か。

 もう少しわかりやすい例で考えてみよう。映画『タイタニック』に出てくる、ジャックとローズを思
い浮かべてみよう。彼らは電撃に打たれるような恋をして、そして結ばれる。そして数日のうち
に、あの運命の日を迎える。

 その事件が、あの映画の柱になっていて、それによって起こる悲劇が、多くの観客の心をと
らえた。それはわかるが、あのジャックとローズにしても、もとはといえば、本能に翻弄(ほんろ
う)されただけかもしれない。電撃的な恋そのものにしても、本人たちの意思というよりは、その
意思すらも支配する、本能によって引き起こされたと考えられる。

いや、だいたい男と女の関係は、すべてそうであると考えてよい。つまりジャックにしてもローズ
にしても、「私は私」と思ってそうしたかもしれないが、実はそうではなく、もっと別の力によっ
て、そのように動かされただけということになる。このことは、子どもたちを観察してみると、わ
かる。

 幼児期、だいたい満四歳半から五歳半にかけて、子どもは、大きく変化する。この時期は、
乳幼児から少年、少女期への移行期と考えるとわかりやすい。この時期をすぎると、子どもは
急に生意気になる。人格の「核」形成がすすみ、教える側からみても、「この子はこういう子だ」
という、とらえどころができてくる。そのころから自意識による記憶も残るようになる。(それ以前
の子どもには、自意識による記憶は残らないとされる。これは脳の中の、辺縁系にある海馬と
いう組織が、まだ未発達のためと言われている。)

 で、その時期にあわせて、もちろん個人差や、程度の差はあるが、もろもろの、いわゆるふ
つうの人間がもっている感情や、行動パターンができてくる。ここに書いた、貪欲さや闘争心
も、それに含まれる。嫉妬心(しっとしん)や猜疑心(さいぎしん)も含まれる。

子ども、一人ひとりは、「私は私だ」と思って、そうしているかもしれないが、もう少し高い視点か
ら見ると、どの子どもも、それほど変わらない。ある一定のワクの中で動いている。もちろん方
向性が違うということはある。ある子どもは、作文で、あるいは別の子どもは、運動で、というよ
うに、そうした貪欲さや闘争心を、昇華させていく。反対に中には、昇華できないで、くじけた
り、いじけたり、さらには心をゆがめる子どももいる。しかし全体としてみれば、やはり人間とい
うハバの中で、そうしているにすぎない。

 となると、私は、どうなのか。私は今、こうしてものを書いているが、それとて、結局はそのハ
バの中で踊らされているだけなのか。もっと言えば、私は私だと思っているが、本当に私は私
なのか。もしそうだとするなら、どこからどこまでが私で、どこから先が私ではないのか。

 ……実のところ、この問題は、すでに今朝から数時間も考えている。ムダにした原稿も、もう
一〇枚(1600字x10枚)以上になる。どうやら、私はたいへんな問題にぶつかってしまったよ
うだ。手ごわいというか、そう簡単には結論が出ないような気がする。これから先、ゆっくりと時
間をかけて、この問題と取り組んでみたい。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●私とは何か

 たとえば腹が減る。すると私は立ちあがり、台所へでかけ、何かの食べ物をさがす。カップヌ
ードルか、パンか。

 そのとき、私は自分の意思で動いていると思うが、実際には、空腹という本能に命じられて、
そうしているだけ。つまり、それは、「私」ではない。

 さらに台所へ行って、何もなければどうする? サイフからいくらかのお金を取り出して、近く
のコンビニへ向かう。そしてそこで何かの食物を買う。これも、私であって、「私」ではない。だ
れでも多少形は違うだろうが、そういう状況に置かれた同じような行動をする。

 が、そのとき、お金がなかったどうする? 私は何かの仕事をして、そのお金を手に入れる。
となると、働くという行為も、これまた必然であって、やはり「私」でないということになる。

 こうして考えていくと、「私」と思っている大部分のものは、実は、「私」ではないことになる。そ
のことは、野山を飛びかうスズメを見ればわかる。

 北海道のスズメも、九州のスズメも、それほど姿や形は違わない。そしてどこでどう連絡しあ
っているのか、行動パターンもよく似ている。違いを見だすほうが、むずかしい。しかしどのスズ
メも、それぞれが別の行動をし、別の生活をしている。スズメにはそういう意識はないだろう
が、恐らくスズメも、もし言葉をもっているなら、こう考えるだろう。「私は私よ」と。

 ……と考えて、もう一度、人間に戻る。そしてこう考える。私たちは、何をもって、「私」というの
か、と。

 街を歩きながら、若い人たちの会話に耳を傾ける。たまたま今日は日曜日で、広場には楽器
をもった人たちが集まっている。ふと、「場違いなところへきたな」と思うほど、まわりは若さで華
やいでいる。

「Aさん、今、どうしてる?」
「ああ、多分、今日、来てくれるわ」
「ああ、そう……」と。

 楽器とアンプをつなぎながら、そんな会話をしている。しかしそれは言葉という道具を使って、
コミュニケーションしているにすぎない。もっと言えば、スズメがチッチッと鳴きあうのと、それほ
ど、違わない。本人たちは、「私は私」と思っているかもしれないが、「私」ではない。

 私が私であるためには、私を動かす、その裏にあるものを超えなければならない。その裏に
あるものを、超えたとき、私は私となる。

 ここまで書いて、私はワイフに相談した。「その裏になるものというのを、どう表現したらいい
のかね」と。本能ではおかしい。潜在意識では、もっとおかしい。私たちを、その裏から基本的
に操っているもの。それは何か。ワイフは、「さあねエ……。何か、新しい言葉をつくらないとい
けないね」と。

 ひとつのヒントが、コンピュータにあった。コンピュータには、OSと呼ばれる部分がある。「オ
ペレーティングシステム」のことだが、日本語では、「基本ソフト」という。いわばコンピュータの
ハードウエアと、その上で動くソフトウエアを総合的に管理するプログラムと考えるとわかりや
すい。コンピュータというのは、いわば、スイッチのかたまりにすぎない。そのスイッチを機能的
に動かすのが、OSということになる。人間の脳にある神経細胞からのびる無数のシナプスも、
このスイッチにたいへんよく似ている。

 そこで人間の脳にも、そのスイッチを統合するようなシステムがあるとするなら、「脳のOS」と
表現できる。つまり私たちは、意識するとしないにかかわらず、その脳のOSに支配され、その
範囲で行動している。つまりその範囲で行動している間は、「私」ではない。

 では、どうすれば、私は、自分自身の脳のOSを超えることができるか。その前に、それは可
能なのか。可能だとするなら、方法はあるのか。

 たまたま私は、「私」という問題にぶつかってしまったが、この問題は、本当に大きい。のんび
りと山の散歩道を歩いていたら、突然、道をふさぐ、巨大な岩石に行き当たったような感じだ。
とても今日だけでは、考えられそうもない。このつづきは、一度、頭を冷やしてから考える。
(02−10−27)※

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●私とは何か

 「私」というのは、昔から、哲学の世界では、大きなテーマだった。スパルタの七賢人の一人
のキロンも、『汝自身を知れ』と言っている。自分を知ることが、哲学の究極の目的というわけ
だ。ほかに調べてみると、たとえばパスカル(フランスの哲学者、1623−62)も、『パンセ』の
中で、こう書いている。

 「人間は不断に学ぶ、唯一の存在である」と。別のところでは、「思考が人間の偉大さをなす」
ともある。

 この言葉を裏から読むと、「不断に学ぶからこそ、人間」ということになる。この言葉は、釈迦
が説いた、「精進」という言葉に共通する。精進というのは、「一心に仏道に修行すること。ひた
すら努力すること」(講談社「日本語大辞典」)という意味である。釈迦は「死ぬまで精進しろ。そ
れが仏の道だ」(「ダンマパダ」)というようなことを言い残している。

となると、答は出たようなものか。つまり「私」というのは、その「考える部分」ということになる。
もう少しわかりやすい例で考えてみよう。

 あなたが今、政治家であったとする。そんなある日、一人の事業家がやってきて、あなたの
目の前に大金を積んで、こう言ったとする。「今度の工事のことで、私に便宜(べんぎ)をはかっ
てほしい」と。

 このとき、考えない人間は、エサに飛びつく魚のように、その大金を手にしながら、こう言うに
ちがいない。「わかりました。私にまかせておきなさい」と。

 しかしこれでは、脳のOS(基本ソフト)の範囲内での行動である。そこであなたという政治家
が、人間であるためには、考えなければならない。考えて、脳のOSの外に出なくてはいけな
い。そしてあれこれ考えながら、「私はそういうまちがったことはできない」と言って、そのお金を
つき返したら、そのとき、その部分が「私」ということになる。

 これはほんの一例だが、こうした場面は、私たちの日常生活の中では、茶飯事的に起こる。
そのとき、何も考えないで、同じようなことをしていれば、その人には、「私」はないことになる。
しかしそのつど考え、そしてその考えに従って行動すれば、その人には「私」があることにな
る。

 そこで私にとって「私」は何かということになる。考えるといっても、あまりにも漠然(ばくぜん)
としている。つかみどころがない。考えというのは、方法をまちがえると、ループ状態に入ってし
まう。同じことを繰り返し考えたりする。いくら考えても、同じことを繰り返し考えるというのであ
れば、それは何も考えていないのと同じである。

 そこで私は、「考えることは、書くことである」という、一つの方法を導いた。そのヒントとなった
のが、モンテーニュ(フランスの哲学者、1533−92)の『随想録』である。彼は、こう書いてい
る。

 「私は『考える』という言葉を聞くが、私は何かを書いているときのほか、考えたことがない」
と。

 思想は言葉によるものだから、それを考えるには、言葉しかない。そのために「書く」というこ
とか。私はいつしか、こうしてものを書くことで、「考える」ようになった。もちろんこれは私の方
法であり、それぞれの人には、それぞれの方法があって、少しもおかしくない。しかしあえて言
うなら、書くことによって、人ははじめてものごとを論理的に考えることができる。書くことイコー
ル、考えることと言ってもよい。

 「私」が私であるためには、考えること。そしてその考えるためには、書くこと。今のところ、そ
れが私の結論ということになるが、昨年(〇一年)、こんなエッセーを書いた。中日新聞で掲載
してもらった、『子どもの世界』(タイトル)で、最後を飾った記事である。書いたのは、ちょうど一
年前だが、ここに書いた気持ちは、今も、まったく変わっていない。

++++++++++++++++++++

〜02年終わりまでだけでも、これだけの
原稿が集まった。

それ以後も、現在に至るまで、たびたび、
私は辺縁系について書いてきた。

最後に、こんな興味ある研究結果が公表されたので、
ここに紹介する。

「いじめは、立派な傷害罪」という内容の
記事である。

++++++++++++++++++++

 東北大学名誉教授の松沢大樹(80)氏によれば、「すべての精神疾患は、脳内の扁桃核に
生ずる傷によって起きると結論づけている。

 松沢氏によれば、「深刻ないじめによっても、子どもたちの扁桃核に傷は生じている」というの
である。

 傷といっても、本物の傷。最近は、脳の奥深くを、MRI(磁気共鳴断層撮影)や、PET(ポジト
ロン断層撮影)などで、映像化して調べることができる。実際、その(傷)が、こうした機器を使
って、撮影されている。

 中日新聞の記事をそのまま紹介する(07年3月18日)。

 『扁桃核に傷がつくと、愛が憎しみに変わる。さらに記憶認識系、意志行動系など、およそ心
身のあらゆることに影響を与える。……松沢氏は、念を押すように繰りかえした。『いじめは、
脳を壊す。だからいじめは犯罪行為、れっきとした傷害罪なんです』と。

 今、(心)そのものが、大脳生理学の分野で解明されようよしている。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 扁桃
体 辺縁系 扁桃核 心 心の傷)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1842)

【基底不安】

++++++++++++++++++

(不安)そのものが、心の病気と考えて
よい。

アメリカの精神医学会の手引書(DSM−IV)
「精神障害の分類と診断の手引き」でも、
(不安が強い人)を、人格障害の人と
クラス分けしている。

+++++++++++++++++

 不安感の強い人は多い。心が安定した状態を、(健康な心)とするなら、(不安)そのものは、
(心の病気による症状のひとつ)と考えてよい。アメリカの精神医学会の手引書(DSM−IV)
「精神障害の分類と診断の手引き」(第4版)でも、(不安感が強い人)を、人格障害者のひとつ
として、クラス分けしている。

 その(不安感が強い人)は、(1)回避性人格障害、(2)依存性人格障害、(3)強迫性人格障
害に分けて考えられている(同、手引書)。

 清水弘司氏の「性格心理学」(ナツメ社)をもとに、自己診断項目を並べてみると、つぎのよう
になる。(本書の中の記述を、自己診断風に、箇条書きにしてみた。)

(1)回避性人格障害

□自分に対する評価が低い。
□自分が傷つくことを恐れて、人との関わりを避ける。
□自己否定的な意識が強い。
□対人関係において、極端に臆病になる。
□その一方で自尊心が強い。
□批判されたり、恥をかいたりするのを嫌う。
□自分を確実に受け入れてくれる場以外には、出たがらない。

(2)依存性人格障害

□自分に自信がない。
□他人への依存心が強い。
□自分で何かを計画して実行することが少ない。
□失敗を他人のせいにする。
□保護を失うことを恐れて、他人に迎合することが多い。
□親しい人が離れていこうとすると、必死にしがみつこうとする。

(3)強迫性人格障害

□極端な完全主義者
□考え方にも行動にも、柔軟性が欠ける。
□規則、順序、予定などを守らないと気がすまない。
□細部にこだわりやすい。
□融通がきかないため、不要な回り道をすることがある。
□他人にも完全主義を強要することが多い。
□他人に仕事を任せられず、自分自身は仕事中毒になりやすい。

 以上の項目に、いくつか当てはまれば、あなたは、人格障害の疑いがあるということになる。
つまりこうしたテストは、自分をさらに知るためのひとつの手がかりになる。

 で、私のばあいだが、自分の過去を振りかえってみたとき、いつも(不安)が、心の基底にあ
ったのがわかる。それがあるときは、回避性障害的な症状となって、外に出てきたり、また別
のときは、依存性人格障害的な症状となって、外に出てきた。強迫性人格障害的な症状となっ
て、外に出てきたこともあるように思う。

 そのときは、そういう自分に気がつくということはなかった。ただ幸いなことに、極端な状態に
なるということはなかった。言いかえると、だれしも、そのときの状況に応じて、そういった精神
状態になるということ。それは肉体の病気に似ている。

 風邪をひいたこともある。食あたりで、下痢をしたこともある。偏頭痛に苦しんだこともある。
つまり人間の心というのも、そのつど、いろいろな病気にかかるということ。だから一部だけを
みて、自分が精神障害者と決めつけるのは、正しくない。

 むしろこわいのは、(病識)、つまり、「自分が病気である」という意識がないケース。このタイ
プの人は、まず、こうした文を読まない。その前に、自分を知ろうともしない。多くは、その知
力、能力そのものに欠ける。

 言いかえると、この文を読み、自己診断をした人は、それだけ症状が軽いということになる。

 さて、あなたは、どうか?

 ついでに言うと、ここでいう(不安)、もしくは(不安感)は、自分の努力で解消できるような生
易しいものではない。心理学の世界にも、(基底不安)という言葉がある。その人の心の奥底
に住みつき、生涯にわたって、その人を苦しめる。

 で、大切なことは、そういう(不安)、あるいは(不安感)があるにしても、それを解消しようと考
えるのでなく、じょうずにつきあうこと。心の傷というのは、すべて、そういうもの。

+++++++++++++++++

過去に、「基底不安」について書いた
原稿をここに収録しておきます。

+++++++++++++++++

●心を許さない子ども

 無視、冷淡、親の拒否的態度は、子どもに深刻な影響を与える。乳幼児期に、心のさらけ出
しができないため、親のみならず、他人と良好な人間関係を結べなくなる。

子どもは、絶対的な信頼関係のある親子関係の中で、心をはぐくむことができる。「絶対的な
信頼関係」というのは、どんなことをしても、また何をしても、許されるという信頼関係である。親
に対して疑いをいだかない安心感をいう。

 この信頼関係が欠落すると、子どもは絶対的な安心感を得られなくなり、不安を基底とした
心理状態になる。これを「基底不安」というが、その不安を解消しようと、子どもはさまざまな方
法で、心を防衛する。(1)服従的態度(ヘラヘラとへつらう)、(2)攻撃的態度(威圧したり、暴
力で相手を屈服させる)、(3)回避的行動(引きこもる)、(4)依存的行動(同情を求める)など
がある。これを「防衛機制」という。自分の心を守るために働く、無意識下の行動と考えるとわ
かりやすい。

 このタイプの子どもは、孤独と不安を繰りかえしながら、そのつど相手を求めたり、拒絶した
りする。まさに「近づけば遠ざかり、遠ざかれば近づく」の人間関係をつくる。本人はそれでよい
としても、困惑するのは、周囲の人たちである。あるときはベタベタと近づいてきたかと思うと、
つぎに会うと、一転、冷酷な態度をとったりする。親しみと憎しみ、依存と拒絶、密着と離反、親
切と不親切が、同居しているように感ずることもある。

 が、悲劇はつづく。

 他者とのつながりがうまく結べない分だけ、独善的、独断的な行動が多くなる。一見すると主
体的な生き方に見えるかもしれないが、その主体そのものがない。私の印象に残っている女
の子(中2)に、Bさんという子どもがいた。

 Bさんは、がんばり屋だった。能力的には、それほどでもなかったが、そのため勉強も、よくで
きた。親は、そんなBさんを、よくほめた。先生も、ほめた。とくに気になったのは、融通(ゆうづ
う)がきかなかったこと。ジョークを言っても、通じない。このタイプの子どもは、自分だけのカラ
に閉じこもりやすく、がんこになりやすい。

 そのBさんが、ここに書いた、決して心を許さないタイプの子どもだった。そのときまでに、す
でに私のところへ5、6年、通っていたが、いつも心を風呂敷で包んだような感じがした。俗にい
う「いい子」ではあったが、何を考えているか、よくわからなかった。

 決して勉強が好きというわけではなかった。しかしBさんにとっての勉強は、まさに自己主張
の道具だった。(勉強ができる)=(優秀であるという証明)=(みなにチヤホヤされる)というよ
うに、である。ここにも書いたように、一見、主体性があるようで、どこにもない。Bさんは、いつ
も自分の評価を他人の目の中でしていた。

 もうおわかりかと思う。このBさんが、とっていた一連の行為は、自分の心の中の不安を解消
するためであった。勉強という手段を用いて、他人に対して優位に立つことにより、自分にとっ
て居心地のよい世界を、まわりに作るためであった。先にあげた防衛機制の中の、(2)攻撃
的態度の一つということになる。

 Bさんは、勉強がよくできる分だけ、孤独だった。友だちもいなかった。しかも自分より目立つ
仲間は、すべてライバルだった。Bさんの前で、ほかの子どもをほめたりすると、嫉妬心から
か、Bさんは、よく顔をしかめた。が、そのBさんが、ある日、とうとう勉強でつまずいてしまっ
た。最初は「勉強がわからない」と、よくこぼした。つぎに数か月先のテストのことを心配したり
した。親はBさんに頼まれるまま、進学塾をもう一つふやし、家庭教師もつけた。しかしそうす
ればするほど、Bさんの勉強は空回りをし始めた。

 とたん、Bさんは、プツンしてしまった。ふつうの燃え尽き症候群と違うのは、無気力症状は出
てこないこと。別の形で、攻撃的になるということ。Bさんのケースでは、そのまま、本当にあっ
という間に、非行の道へ入ってしまった。髪の毛を染め、ツメにマニキュアをし、そしてあやしげ
な下着を身につけるようになった。と、同時に、私の教室をやめた。しばらくしてから、ほかの
子どもたちに、Bさんが、学校でも札つきのワルになったという話を聞いた。

 Bさんを知る、ほかの母親たちは、こう言う。「えっ? あのBさんが、ですか?」と。実のとこ
ろ、この私ですら、その変化に驚いたほどである。授業中でも、先生を汚い言葉で罵倒(ばと
う)して、部屋から出て行くこともあるという。

 ……では、どうするかということではない。あなたの子どもは、だいじょうぶかということ。あな
たの子どもは、乳幼児のとき(2〜4歳の第一反抗期)から、あなたに対して、好き勝手なことを
していただろうか。わがままというのではない。言いたいことを言い、したいことをしたかというこ
と。もしそうなら、それでよし。しかし乳幼児のとき、どこかおとなしく、仮面をかぶり、手がかか
らない子どもだったとしたら、ここでいう「心を許せない子ども」を疑ってみたらよい。そして今
は、その「いい子」かもしれないが、そのうちそうでなくなるかもしれないと、警戒をしたほうがよ
い。

 心の問題は、簡単にはなおらない。なおらないが、警戒するだけでも、仮に問題が起きたとき
でも、原因がわかっているから、対処しやすいはず。またあなたの子どもが〇〜二歳であるな
ら、これからの反抗期を、うまく通り過ぎることを考える。この時期は、子どもの心を形成すると
いう意味で、きわめて重要な時期である。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

【「私」論】

++++++++++++++++++

だれも、「私のことは私がいちばん、
よく知っている」と言う。

しかし本当に、そうか?

そう言い切ってよいか?

むしろ(私)をいちばん知らないのは、
私自身ではないのか?

そんなことを知ってもらうため、
「私論」を書いてみた。

+++++++++++++++++

●基底不安

 家庭という形が、まだない時代だった。少なくとも、戦後生まれの私には、そうだった。今でこ
そ、「家族旅行」などいうのは、当たり前の言葉になったが、私の時代には、それすらなかっ
た。記憶にあるかぎり、私の家族がいっしょに旅行にでかけたのは、ただの一度だけ。伊勢参
りがそれだった。が、その伊勢参りにしても、夕方になって父が酒を飲んで暴れたため、私た
ちは夜中に、家に帰ってきてしまった。

 私はそんなわけで、子どものころから、温かい家庭に飢えていた。同時に、家にいても、いつ
も不安でならなかった。自分の落ちつく場所(部屋)すら、なかった。

 ……ということで、私は、どこかふつうでない幼児期、少年期を過ごすことになった。たとえば
私は、父に、ただの一度も抱かれたことがない。母が抱かせなかった。父が結核をわずらって
いたこともある。しかしそれ以上に、父と母の関係は、完全に冷えていた。そんな私だが、かろ
うじてゆがまなかった(?)のは、祖父母と同居していたからにほかならない。祖父が私にとっ
ては、父親がわりのようなところがあった。

 心理学の世界には、「基底不安」という言葉がある。生まれながらにして、不安が基底になっ
ていて、そのためさまざまな症状を示すことをいう。絶対的な安心感があって、子どもの心とい
うのは、はぐくまれる。しかし何らかの理由で、その安心感がゆらぐと、それ以後、「不安」が基
本になった生活態度になる。たとえば心を開くことができなくなる、人との信頼関係が結べなく
なる、など。私のばあいも、そうだった。

●ウソつきだった私

 よく私は子どものころ、「浩司は、商人の子だからな」と、言われた。つまり私は、そう言われ
るほど、愛想がよかった。その場で波長をあわせ、相手に応じて、自分を変えることができた。
「よく気がつく子だ」「おもしろい子だ」と言われたのを、記憶のどこかで覚えている。笑わせじょ
うずで、口も達者だった。当然、ウソもよくついた。

 もともと商人は、ウソのかたまりと思ってよい。とくに私の郷里のM市は、大阪商人の影響を
強く受けた土地柄である。ものの売買でも、「値段」など、あってないようなもの。たがいのかけ
引きで、値段が決まった。

客「これ、いくらになる?」
店「そうですね、いつも世話になっているから、1000円でどう? 特別に勉強(=安く)しておき
ますよ」
客「じゃあ、2つで、1500円でどう?」
店「きついねえ。2つで、1800円。まあ、いいでしょう。それでうちも仕入れ値だよ」と。

 実際には、仕入れ値は、500円。2個売って、800円のもうけとなる。こうしたかけ引きは、
日常茶飯事というより、すべてがその「かけ引き」の中で動いていた。商売だけではなく、近所
づきあい、親戚づきあい、そして親子関係も、である。

 もっとも、私がそういう「ウソの体質」に気づいたのは、郷里のM市を離れてからのことであ
る。学生時代を過ごした金沢でも、そして留学時代を過ごしたオーストラリアでも、この種のウ
ソは、まったく通用しなかった。通用しないばかりか、それによって、私はみなに、嫌われた。さ
らに、この浜松でも、そうだ。距離にして、郷里から、数100キロしか離れていないのに、たと
えばこの浜松では、「かけ引き」というのをまったくしない。この浜松に住んで、30年以上にな
るが、私は、客が店先で値段のかけ引きをしているのを、見たことがない。

 私はウソつきだった。それはまさに病的なウソつきと言ってもよい。私は自分を飾り、相手を
楽しませるために、よくウソをついた。しかし誤解しないでほしいのは、決して相手をだますた
めにウソをついたのではないということ。金銭関係にしても、私は生涯において、モノやお金を
借りたことは、ただの一度もない。いや、一度だけ、10円玉を借りたことがある。緊急ための
電話代だった。

●防衛機制

 こうした心理状態を、「防衛機制」という。自分の身のまわりに、自分にとって居心地のよい世
界をつくり、その結果として、自分の心を防衛する。私によく似た例としては、施設児がいる。
生後まもなくから施設などに預けられ、親子の相互愛着に欠けた子どもをいう。このタイプの子
どもも、愛想がよくなることが知られている。

 一方、親の愛情をたっぷりと受けて育ったような子どもは、どこかどっしりとしていて、態度が
大きい。ふてぶてしい。これは犬もそうで、愛犬家のもとで、ていねいに育てられたような犬は、
番犬になる。しかしそうでない犬は、だれにでもシッポを振り、番犬にならない。私は、そういう
意味では、番犬にならないタイプの人間だった。

 ほかに私の特徴としては、子どものころから、忠誠心がほとんどないことがある。その場、そ
の場で、相手に合わせてしまうため、結果として、ほかのだれかを裏切ることになる。そのとき
は気づかなかったが、今から思い出すと、そういう場面は、よくあった。

だから学生時代、おかしなことだが、あのヤクザの世界に、どこかあこがれたのを覚えてい
る。映画の中で、義理だ、人情だなどと言っているのを見たとき、自分にない感覚であっただけ
に、新鮮な感じがした。

 が、もっとも大きな特徴は、そういう自分でありながら、決して、他人には、心を許さなかった
ということ。表面的には、ヘラヘラと、ときにはセカセカとうまくつきあうことはできたが、その
実、いつも自分を偽っていた。相手を疑っていた。そのため、相手と、信頼関係を結ぶことがで
きなかった。いつも心のどこかで、「損得」を考えて行動していた。しかしこのことも、当時の私
が、知る由もないことであった。私は、自分のそういう面を、母を通して、知った。

●母の影響

 私の母も、よくウソをついた。で、ある日、私の中に「ウソの体質」があるのは、母の影響だと
いうことがわかった。が、それだけではなかった。私の母は、私という息子にさえ、心を開くこと
をしない。詳しくは書けないが、80歳をすぎた今でも、私やワイフの前で、自分を飾り、自分を
ごまかしている。そういう母を見たとき、母が、以前の私そっくりなのを知った。つまりそういう母
を通して、過去の自分を知った。

 が、そういう私という夫をもつことで、一番苦しんだのは、私のワイフである。私たちは、何と
なく結婚した。そういうような結婚のし方をした。まさにハプニング的な結婚という感じである。
電撃に打たれるような衝撃を感じて結婚したというのではない。そのためか、私たちは、当初
から、どこか友だち的な夫婦だった。いっしょにいれば、楽しいという程度の夫婦だった。

 そういうこともあって、私は、ワイフと、夫婦でありながら、信頼関係を築くことができなかっ
た。「この女性が、私のそばにいるのは、お金が目的だ」「この女性は、もし私に生活力がなけ
れば、いつでも私から去っていくだろう」と。そんなふうに考えたこともある。

同時に、私は嫉妬(しっと)深く、猜疑心(さいぎしん)が強かった。町内会の男たちとワイフが、
親しげに話しているのを見ただけで、頭にカーッと血がのぼるのを感じたこともある。

 まるで他人のような夫婦。当時を振りかえってみると、そんな感じがする。それだけに皮肉な
ことだが、新鮮といえば、新鮮な感じがした。おかげで、結婚後、5年たっても、10年たっても、
新婚当初のままのような夫婦生活をつづけることができた。これは男女のどういう心理による
ものかは知らないが、事実、そうだった。

 が、そういう自分に気づくときがやってきた。私は幸運(?)にも、幼児教育を一方でしてき
た。その流れの中で、子どもの心理を勉強するようになった。私はいつしか、自分の子ども時
代によく似ている子どもを、さがすようになった。と、言っても、これは決して、簡単なことではな
い。

●自分をさがす

 「自分を知る」……これは、たいへんむずかしいことである。何か特別な事情でもないかぎ
り、実際には、不可能ではないか。どの人も、自分のことを知っているつもりで、実は知らな
い。私はここで「自分の子ども時代によく似ている子ども」と書いたが、本当のところ、それはわ
からない。無数の子どもの中から、「そうではないか?」と思う子どもを選び、さらにその子ども
の中から共通点をさがしだし、つぎの子どもを求めていく……。こうした作業を、これまた無数
に繰りかえす。

 手がかりがないわけではない。

 私は毎日、真っ暗になるまで、外で遊んでいた。
 私は毎日、家には、まっすぐ帰らなかった。
 私は休みごとに、母の実家のある、I村に行くのが何よりも楽しみだった。

 こうした事実から、私は、帰宅拒否児であったことがわかる。

 私は泣くと、いつもそのあとシャックリをしていた。
 静かな議論が苦手で、喧嘩(けんか)になると、すぐ興奮状態になった。
 私は喧嘩をすると、相手の家の奥までおいかけていって、相手をたたいた。

 こうした事実から、私は、かんしゃく発作のもち主か、興奮性の強い子どもであったことがわ
かる。

 私はいつも母のフトンか、祖父母のフトンの中に入って寝ていた。
 町内の旅行先で、母のうしろ姿を追いかけていたのを覚えている。
 従兄弟(いとこ)たちと寝るときも、こわくてひとりでは、寝られなかった。

 こうした事実から、私は分離不安のもち主だったことがわかる。

 ……こうした事実を積み重ねながら、「自分」を発見する。そしてそうした「自分」に似た子ども
をさがす。そしてそういう子どもがいたら、なぜ、その子どもがそうなったかを、さぐってみる。印
象に残っている子ども(年長男児)に、T君という男の子がいた。
 
●T君

 T君は、いつも祖母につられて、私の教室にやってきた。どこかの病院では、自閉症と診断さ
れたというが、私はそうではないと思った。こきざみな多動性はあったが、それは家庭不和など
からくる、落ち着きなさであった。脳の機能障害によるものなら、子どもの気分で、静かになっ
たり、あるいはおとなしくなったりはしない。T君は、私がうまくのせると、ほかの子どもたちと同
じように、ゲラゲラと笑ったり、あるいは気が向くと、静かにプリント学習に取りくんだりした。

 そのT君の祖母からいつも、こんなことを言われていた。「母親が会いにきても、絶対に会わ
せないでほしい」と。その少し前、T君の両親は、離婚していた。が、その日が、やってきた。

 まずT君の母親の姉がやってきて、こう言った。「妹(T君の母親)に、授業を参観させてほし
い」と。私は祖母との約束があったので、それを断った。断りながら、姉を廊下のほうへ、押し
出した。私はそこにT君の母親が泣き崩れてかがんでいるのを見た。私はつらかったが、どう
しようもなかった。T君が母親の姿を見たら、T君は、もっと動揺しただろう。そのころ、T君は、
やっと静かな落ち着きを取りもどしつつあった。

 T君が病院で、自閉症と誤診されたのは、T君に、それらしい症状がいくつかあったことによ
る。決して病院を責めているのではない。短時間で、正確な診断をすることは、むずかしい。こ
うした心の問題は、長い時間をかけて、子どもの様子を観察しながら診断するのがよい。しか
し一方、私には、その診断する権限がない。診断名を口にすることすら、許されない。私はT君
の祖母には、「自閉症ではないと思います」ということしか、言えなかった。

●T君の中の私

 T君は、暴力的行為を、極度に恐れた。私は、よくしゃもじをもって、子どもたちのまわりを歩
く。背中のまがっている子どもを、ピタンとたたくためである。決して痛くはないし、体罰でもな
い。

 しかしT君は、私がそのしゃもじをもちあげただけで、おびえた。そのおびえ方が、異常だっ
た。私がしゃもじをもっただけで、体を震わせ、興奮状態になった。そして私から体をそらし、手
をバタつかせた。私が、「T君、君はいい子だから、たたかないよ。心配しなくてもいいよ」となだ
めても、状態は同じだった。一度、そうなると、手がつかられない。私はしゃもじを手から離し、
それをT君から見えないところに隠した。

 こういうのを「恐怖症」という。私は、T君を観察しながら、私にも、似たような恐怖症があるの
を知った。

 私は子どものころ、夕日が嫌いだった。赤い夕日を見ると、こわかった。
 私は子どものころ、酒のにおいが嫌いだった。酒臭い、小便も嫌いだった。
 私は毎晩、父の暴力を恐れていた。

 私の父は、私が5歳くらいになるころから、アルコール中毒になり、数晩おきに近くの酒屋で
酒を飲んできては、暴れた。ふだんは静かな人だったが、酒を飲むと、人が変わった。そして
食卓のある部屋で暴れたり、大声で叫びながら、近所を歩きまわったりした。私と姉は、その
たびに、家の中を逃げまわった。

●フラシュバック

 そんなわけで今でも、ときどき、あのころの恐怖が、もどってくることがある。一度、とくに強烈
に覚えているのは、私が6歳のときではなかったかと思う。姉もその夜のことをよく覚えていて、
「浩ちゃん、あれは、あんたが6歳のときよ」と教えてくれた。

 私は父の暴力を恐れて、2階の1番奥にある、物干し台に姉と2人で隠れた。そこへ母が逃
げてきた。が、階下から父が、「T子(母の名)! T子!」と呼ぶ声がしたとき、母だけ、別のと
ころへ逃げてしまった。

 そこには私と姉だけになってしまった。私は姉に抱かれると、「姉ちゃん、こわいよ、姉ちゃ
ん、こわいよ」と声を震わせた。

 やがて父は私たちが隠れている隣の部屋までやってきた。そして怒鳴り散らしながら、また
別の部屋に行き、また戻ってきた。怒鳴り声と、はげしい足音。そしてそのつど、バリバリと家
具をこわす音。私は声をあげることもできず、声を震わせて泣いた……。

 声を震わせた……今でも、ときどきあの夜のことを思い出すと、そのままあの夜の状態にな
る。そういうときワイフが横にいて、「あなた、何でもないのよ」と、なだめて私を抱いてくれる。
私は年がいもなく、ワイフの乳房に口をあて、それを無心で吸う。そうして吸いながら、気分を
やすめる。

 数年前、そのことを姉に話すと、姉は笑ってこう言った。「そんなの気のせいよ」「昔のことでし
ょ」「忘れなさいよ」と。残念ながら、姉には、「心の病気」についての理解は、ほとんどない。な
いから、私が受けた心のキズの深さが理解できない。

●ふるさと

 私にとって、そんなわけで、「ふるさと」という言葉には、ほかの人とは異なった響きがある。ど
こかの学校へ行くと、「郷土を愛する」とか何とか書いてあることがあるが、心のどこかで、「そ
れができなくて苦しんでいる人もいる」と思ってしまう。

 私はいつからか、M市を出ることだけしか考えなくなった。M市というより、実家から逃げるこ
とばかりを考えるようになった。今でも、つまり55歳という年齢になっても、あのM市にもどると
いうだけでも、ゾーッとした恐怖感がつのる。実際には、盆暮れに帰るとき、M市に近づくと、心
臓の鼓動がはげしくなる。40歳代のころよりは、多少落ち着いてはきたが、その状態はほとん
ど変わっていない。

 しかし無神経な従兄弟(いとこ)というのは、どこにでもいる。先日もあれこれ電話をしてきた。
「浩司君、君が、あの林家の跡取りになるんだから、墓の世話は君がするんだよ」と言ってき
た。しかし私自身は、死んでも、あの墓には入りたくない。M市に葬られるのもいやだが、あの
家族の中にもどるのは、もっといやだ。私は、あの家に生まれ育ったため、自分のプライドす
ら、ズタズタにされた。

 私が今でも、夕日が嫌いなのは、その時刻になると、いつも父が酒を飲んで、フラフラと通り
を歩いていたからだ。学校から帰ってくるときも、そのあたりで、何だかんだと理由をつけて、
友だちと別れた。ほかの時代ならともかくも、私にとってもっとも大切な時期に、そうだった。

●自分を知る

 そういう自分に気づき、そういう自分と戦い、そういう自分を克服する。私にはずっと大きなテ
ーマだった。しかし自分の心のキズに気づくのは、容易なことではない。心のキズのことを、心
理学の世界では、トラウマ(心的外傷)という。仮に心にキズがあっても、それ自体が心である
ため、そのキズには気づかない。それはサングラスのようなものではないか。青いサングラス
でも、ずっとかけたままだと、サングラスをかけていることすら忘れてしまう。サングラスをかけ
ていても、赤は、それなりに赤に見えてくる。黄色も、それなりに黄色に見えてくる。

 たとえば私は子どものころ、頭にカーッと血がのぼると、よく破滅的なことを考えた。すべてを
破壊してしまいたいような衝動にかられたこともある。こうした衝動性は、自分の心の内部から
発生するため、どこからが自分の意思で、どこから先が、自分の意思でないのか、それがわか
らない。あるいはすべてが自分の意思だと思ってしまう。

 あるいは自分の思っていることを伝えるとき、ときとして興奮状態になり、落ちついて話せなく
なることがあった。一番よく覚えているのは、中学2年になり、生徒会長に立候補したときのこ
と。壇上へあがって演説を始めたとたん、何がなんだか、わからなくなってしまった。そのとき
は、「あがり性」と思ったが、そんな簡単なものではなかった。頭の中が混乱してしまい、口だけ
が勝手に動いた。

 私がほかの人たちと違うということを発見したのは、やはり結婚してからではないか。ワイフと
いう人間を、至近距離で見ることによって、自分という人間を逆に、浮かびあがらせることがで
きた。そういう点では、私のワイフは、きわめて常識的な女性だった。情緒は、私よりはるかに
安定していた。精神力も強い。たとえば結婚して、もう30年以上になるが、私はいまだかって、
ワイフが自分を取り乱して、ワーワーと泣いたり、叫んだりしたのを、見たことがない。

 一方、私は、よく泣いたり、叫んだりした。情緒も不安定で、何かあると、すぐふさいだり、落
ちこんだりする。精神力も弱い。すぐくじけたり、いらだったりする。私はそういう自分を知りな
がら、他人も似たようなものだと思っていた。少なくとも、私が身近で知る人間は、私によく似て
いた。祖母も、父も、母も、姉も。だから私が、ほかの人と違うなどというのは、思ったことはな
い。違っていても、それは「誤差」の範囲だと思っていた。

●衝撃

 ふつうだと思っていた自分は、実は、ふつうではなかった。……もっとも、私は、他人から見
れば、ごくうつうの人間に見えたと思う。幸いなことにというか、心の中がどうであれ、人前で
は、私は自分で自分をコントロールすることができた。たとえばいくらワイフと言い争っていて
も、電話がかかってきたりすると、その瞬間、ごくふつうの状態で、その電話に出ることができ
た。

 自分がふつうでないことを知るのは、衝撃的なことだ。私の中に、別の他人がいる……という
ほど、大げさなことではないが、それに近いといってもよい。自分であって、自分でない部分で
ある。それが自分の中にある! そのことは、子どもたちを見ているとわかる。

 ひがみやすい子ども、いじけやすい子ども、つっぱりやすい子どもなど。いろいろな子どもが
いる。そういう子どもは、自分で自分の意思を決定しているつもりでいるかもしれないが、本当
のところは、自分でない自分にコントロールされている。そういう子どもを見ていると、「では、私
はどうなのか?」という疑問にぶつかる。

 この時点で、私も含めて、たいていの人は、「私は私」「私はだいじょうぶ」と思う。しかしそう
は言い切れない。言い切れないことは、子どもたちを見ていれば、わかる。それぞれの子ども
は、それぞれの問題をかかえ、その問題が、その子どもたちを、裏から操っている。たとえば
分離不安の子どもがいる。親の姿が見えなくなると、ギャーッとものすごい声を張りあげて、あ
とを追いかけたりする。先にあげた、T君も、その一人だ。

 その分離不安の子どもは、なぜそうなるのか。また自分で、なぜそうしているかという自覚は
あるのか。さらにその子どもがおとなになったとき、その後遺症はないのか、などなど。

●なぜ自分を知るか

 ここまで書いて、ワイフに話すと、ワイフは、こう言った。「あなたは自分を知れと言うけど、知
ったところで、それがどうなの?」と。

 自分を知ることで、少なくとも、不完全な自分を正すことができる。人間の行動というのは、一
見、複雑に見えるが、その実、同じようなパターンの繰りかえし。その繰りかえしが、こわい。本
来なら、「思考」が、そのパターンをコントロールするが、その思考が働く前に、同じパターンを
繰りかえしてしまう。もっとわかりやすく言えば、人間は、ほとんどの行動を、ほとんど何も考え
ることなしに、繰りかえす。

 そのパターンを裏から操るのが、ここでいう「自分であって、自分でない部分」ということにな
る。よい例が、子どもを虐待する親である。

●子どもを虐待する親

 子どもを虐待する親と話していて不思議だなと思うのは、そうして話している間は、そういう親
でも、ごくふつうの親であるということ。とくに変わったことはない。ない、というより、むしろ、子
どものことを、深く考えている。もちろん虐待についての認識もある。「虐待は悪いことだ」とも
言う。しかしその瞬間になると、その行動をコントロールできなくなるという。

 ある母親(30歳)は、子ども(小1)が、服のソデをつかんだだけで、その子どもをはり倒して
いた。その衝撃で、子どもは倒れ、カベに頭を打つ。そして泣き叫ぶ。そのとたん、その母親
は、自分のしたことに気づき、あわてて子どもを抱きかかえる。

 その母親は、私のところに相談にきた。数回、話しあってみたが、理由がわからなかった。し
かし3度目のカウンセリングで、母親は、自分の過去を話し始めた。それによるとこうだった。

 その母親は、高校を卒業すると同時に、一人の男性と交際を始めた。しばらくはうまく(?)い
ったが、そのうち、その母親は、その男性が、自分のタイプでないことに気づいた。それで遠ざ
かろうとした。が、とたん、相手の男性は、今でいうストーカー行為を繰りかえすようになった。

 執拗(しつよう)なストーカー行為だった。で、数年がすぎた。が、その状態は、変わらなかっ
た。本来なら、その母親はその男性と、結婚などすべきではなかった。しかしその母親は、心
のやさしい女性だった。「結婚を断れば、実家の親たちに迷惑がかかるかもしれない」というこ
とで、結婚してしまった。

 「味気ない結婚でした」と、その母親は言った。そこで「子どもができれば、その味気なさから
解放されるだろう」ということで、子どもをもうけた。それがその子どもだった。

 このケースでは、夫との大きなわだかまりが、虐待の原因だった。子どもが母親のソデをつ
かんだとき、その母親は、無意識のうちにも、結婚前の心の様子を、再現していた。

●だれでも、キズはある

 だれでも、キズの1つや2つはある。キズのない人は、いない。だから問題は、キズがあるこ
とではなく、そのキズに気づかないまま、そのキズに振りまわされること。そして同じ失敗を繰り
かえすこと。これがこわい。

 そのためにも、自分を知る。自分が、いつ、どのような形で、今の自分になったかを知る。知
ることにより、その失敗から解放される。

 ここにあげた母親も、しばらくしてから私のほうから電話をすると、こう話してくれた。「そのと
きはショックでしたが、そこを原点にして、立ちなおることができました」と。

 しかし自分を知ることには、もう一つの重要な意味がある。

●真の自由を求めて

 自分の中から、自分でないものを取り去ることによって、その人は、真の自由を手に入れる
ことができる。別の言葉で言うと、自分の中に、自分でない部分がある間は、その人は、真の
自由人ということにはならない。

 たとえば本能で考えてみる。わかりやすい。

 今、目の前にたいへんすてきな女性がいる。(あなたが女性なら、男性ということになる。)そ
の女性と、肌をすりあわせたら、どんなに気持ちがよいだろうと、あなたは頭の中で想像する。

 ……そのときだ。あなたは本能によって、心を奪われ、その本能によって行動していることに
なる。極端な言い方をすれば、その瞬間、本能の奴隷(どれい)になっていることになる。(だか
らといって、本能を否定しているのではない。誤解のないように!)

 人間の行動は、こうした本能にかぎらず、そのほとんどが、実は、「私は私」と思いつつ、結局
は、私でないものに操られている。1日の行動を見ても、それがわかる。

 家事をする。仕事をする。育児をする。すべての行為が何らかの形で、私であって私でない
部分によって、操られている。スーパーで、値ごろなスーツを買い求めるような行為にしても、も
ろもろの情報に操られているといってもよい。もっともそういう行為は、生活の一部であり、問
題とすべきではない。

 問題は、「思想」である。思想面でこそ、あらゆる束縛から解放されたとき、その人は、真の
自由を、手に入れることになる。少し飛躍した結論に聞こえるかもしれないが、その第1歩が、
「自分を知る」ということになる。

●自分を知る

 私は私なのか。本当に、私と言えるのか。どこからどこまでが本当の私であり、どこから先
が、私であって私でない部分なのか。

 私は嫉妬深い。その嫉妬にしても、それは本当に私なのか。あるいはもっと別の何かによっ
て、動かされているだけなのか。今、私はこうして「私」論を書いている。自分では自分で考えて
書いているつもりだが、ひょっとしたら、もっと別の力に動かされているだけではないのか。

 もともと私はさみしがり屋だ。人といるとわずらわしく感ずるくせに、そうかといって、ひとりで
いることができない。ショーペンハウエルの「ヤマアラシの話」※は、どこかで書いた。私は、そ
のヤマアラシに似ている。まさにヤマアラシそのものと言ってもよい。となると、私はいつ、その
ようなヤマアラシになったのか。今、こうして「私」論を書いていることについても、自分の孤独
をまぎらわすためではないのか。またこうして書くことによって、その孤独をまぎらわすことがで
きるのか。

 自分を知るということは、本当にむずかしい。しかしそれをしないで、その人は、真の自由を
手に入れることはできない。それが、私の、ここまでの結論ということになる。

●私とは……

 私は、今も戦っている。私の体や心を取り巻く、無数のクサリと戦っている。好むと好まざると
にかかわらず、過去のわだかまりや、しがらみを引きずっている。そしてそういう過去が、これ
また無数に積み重なって、今の私がある。

 その私に少しでも近づくために、この「私」論を書いてみた。
(030304)※

※ショーペンハウエルの「ヤマアラシの話」……寒い夜だった。二匹のヤマアラシは、たがいに
寄り添って、体を温めようとした。しかしくっつきすぎると、たがいのハリで相手の体を傷つけて
しまう。しかし離れすぎると、体が温まらない。そこで二匹のヤマアラシは、一晩中、つかず離
れずを繰りかえしながら、ほどよいところで、体を温めあった。

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●ある母親からの相談より

+++++++++++++

傷つく子どもの心。
しかしそれに気づく親は、少ない。

が、だからといって、親を責めては
いけない。

親は親で、そのつど、懸命に考え、
もがきながら、子育てをしている。

つまりこうして親は、賢くなっていく。
その過程では、いろいろあるだろうが、
それはそれ。

以前、こんな相談があった。

+++++++++++++++++

名はHKと申します。
  
 早生まれで2月の、先月四歳になりました、息子が1人おります。
 F男という名前です。
 
 めぐりめぐってはやし先生のHPにたどり着いた次第でございます。
 どうぞよろしくお願い致します。
 
 まずは息子の事から話します。
 
 2歳になるころにうちのF男にどもりの症状が出ました。
 そのときは1週間くらいで治り、今も全くそういうチックは無く、生活しております。
 
 昔から育児サークルへ行っても私のそばから離れず、神経質っぽく、
 すぐ、よく泣く子供でした。今もちょっと言われただけですぐ泣く子です。

 公園に行っても、お母さんも一緒にというのがもう口癖のようになっていました。
 早生まれで3歳になってすぐ3年保育の保育園へ通わせるようになりました。
 最初のうちは泣きましたが、他にも泣いている子どもがいるので、
 そのまま通わせました。
 
でも思いのほかすぐに泣かずにバスに乗れるようになりましたが、
 いまいち、保育参観なども見ていても、覇気が無く、
 つまらなそうでした。
 
そのうち、お遊戯会などがあり、楽しいというようになりました。
 でも、冬休み明けにまた嫌がるようになり、
 しぶしぶ行くといった感じでした。
 
幼稚園でのお友達も、同じ学年の年少さんとではなく、
 1つ下の、小さい年少さんが5人ほどいるのですが、その子達と遊んでいるようです。
 同じ年少さんは遊んでくれないと言っています。
 
家では、1人で遊ぶ時間もちょっと出てきましたが、
 じっくり1人遊びができなくて悩んでいます。
 ちょっと遊んでも、すぐ「お母さん、一緒に遊ぼう」「遊んで」というのが
 口癖です。私も私で、遊んでやればいいのですが、家事もあったりして、
 少しの合間に遊んであげてもまた次の用事があるときに
 離れるときに泣かれるとやなので、
 遊んであげない事がほとんどです。

 遊んでいても、自分の思うとおりにいかないと、すぐ息子の機嫌が悪くなり泣いたり、
怒ったりして、 
 不安定だなと感じます。
 私もどちらかと言うと、イライラしがちな短気な性格です。
 先生のHPを見ていてこれだと思ったのが、自分がブランコを使っていても、
 自分より強そうな子だと、ニヤニヤしながら貸してしまう、そういうタイプの子です。
 
 先日、2月の保育参観と、役員会の時にむすこの幼稚園での生活の様子で
気になった事があるので、相談したいと思い、メールをさせて頂きました。

家でひとり遊びができないといいましたが、園でもそうみたいでした。
 だいたいの年少さんは、皆それぞれひとり遊びをやりながら
友達とかかわっているといった感じなのですが、
 
うちの子だけ、その日、との時によっても違うのですが、
 この子と思うと、そのこに執拗について回ります。
 ついてこられる子は迷惑そうな感じで、やめて! ついてこないで!と言われても
 ニコニコして、ついて回っています。 
 それはいかがなものでしょうか?

 ひとり遊びができないというのは、私が十分に遊んでやらなかったからでしょうか?
 どうも、相手にされてないようで、
うちの子が入っていっても遊びに入れてくれないので、
 お友達同士が遊んでいる後ろを、まねしてついてまわっいることも多いようです。
 
  
 昔からママ友達5人ほどで集まることが多いのですが、
 自然に子供は10人ほど集まります。
 ほとんど男の子ばかりなのですが、その中でも皆は2階で遊んでいるのに、
 うちの子だけ未だに溶け込めず、ひとりで下でもてあましているといった感じです。

 でも、昔はずっと私のひざの上から離れなかったということを考えると、
離れるだけましと考えているのですが……
 
親としてはもっともっとと欲が出てきてしまうのですね。
 良くないですよね。
 
 私もこういうHPを見れば見るほど、神経質になってしまい、
 あ〜しなければ、こ〜しなければ、今こう言ったら機嫌悪くなりそうとか、
 いちいち考えてしまい、
 自然に息子と接することができなくなってきました。
 
 もっと、ゆっくり、息子を見てやろうと思うのですが、
ちょっとした事がすぐ気になってしまい、
 いちいち考え過ぎてしまいます。
 
自分の悪い癖です。
 先生の話にもあった、息子と2人で歩いていても息子のペースが
遅すぎていつも私が先に立って歩くタイプです。

 父親もそういうタイプです。
 先生のHPを見てからは気をつけています!
 あまり過干渉にならないようにも気をつけています!
 子供と遊ぶのが苦手な方です。
 でも、もう1人子供が欲しいのですが、もう2度も流産していて、
 もうそろそろまた頑張ろうかと思っているところです。
 
 長々と聞いて頂きまして、有難うございました。
 ほんとはもっともっと話したいことが沢山あるのですが、まとまらないので、
 この辺で。
 
 アドバイス、お待ちしております。
 どうか、よろしくお願い申し上げます!
 
    兵庫県H市、HKより

++++++++++++++++++++++++++

【HKさんへ】

HKさんの問題点を整理してみると、つぎのようになる。
 
●2歳になるころにうちのF男にどもりの症状が出ました。
 そのときは1週間くらいで治り、今も全くそういうチックは無く、生活しております。
 
●昔から育児サークルへ行っても私のそばから離れず、神経質っぽく、
 すぐ、よく泣く子供でした。今もちょっと言われただけですぐ泣く子です。
 
●幼稚園でのお友達も、同じ学年の年少さんとではなく、
 1つ下の、小さい年少さんが五人ほどいるのですが、その子達と遊んでいるようです。
 同じ年少さんは遊んでくれないと言っています。
 
●じっくりひとり遊びができなくて悩んでいます。
 ちょっと遊んでも、すぐ「お母さん、一緒に遊ぼう」「遊んで」というのが口癖です。
 
●遊んでいても、自分の思うとおりにいかないと、すぐ息子の機嫌が悪くなり泣いたり、
怒ったりして、 不安定だなと感じます。
 
●私もどちらかと言うと、イライラしがちな短気な性格です。

●家でひとり遊びができないといいましたが、園でもそうみたいでした。
 だいたいの年少さんは、皆それぞれひとり遊びをやりながら
友達とかかわっているといった感じなのですが、
 
●うちの子だけ、その日、その時によっても違うのですが、
 この子と思うと、そのこに執拗について回ります。
 ついてこられる子は迷惑そうな感じで、やめて! ついてこないで!と言われても
 ニコニコして、ついて回っています。 
 それはいかがなものでしょうか?

●ひとり遊びができないというのは、私が十分に遊んでやらなかったからでしょうか?
 どうも、相手にされてないようで、
うちの子が入っていっても遊びに入れてくれないので、
 お友達同士が遊んでいる後ろを、まねしてついてまわっいることも多いようです。
 
●ほとんど男の子ばかりなのですが、その中でも皆は2階で遊んでいるのに、
 うちの子だけ未だに溶け込めず、ひとりで下でもてあましているといった感じです。

●先生の話にもあった、息子と2人で歩いていても息子のペースが
遅すぎていつも私が先に立って歩くタイプです。

●父親もそういうタイプです。
 先生のHPを見てからは気をつけています!
 あまり過干渉にならないようにも気をつけています!
 子供と遊ぶのが苦手な方です。
 でも、もう1人子供が欲しいのですが、もう2度も流産していて、
 もうそろそろまた頑張ろうかと思っているところです。
 
++++++++++++++++++

●HKさんのお子さんのF男君について、考えてみる。

 2歳のときに、吃音(どもり)が出たということから、F男君を包む家庭環境が、どこか神経質
であったことがうかがわれる。子どもの側からみて、全幅の安心感を得られないような状況と
考えられる。

 症状だけをみると、母子分離不安をまず疑ってみるべきでしょう。ギャーッと大声を出して、
親を追いかけるプラス型。ジクジクとして、情緒がきわめて不安定になるマイナス型に分けて考
えます。

 ……と言っても、第1子のばあい、ほとんどの親は、神経質な子育てをする。不安先行型、心
配先行型の子育てである。しかしこれはある意味では、当然のことであって、だからといって、
親を責めることはできない。(HKさんも、自分を責めてはいけない。)

 メールを読んで、気になるのは、親子のリズムが、合っていないこと。どこかにHKさんの「設
計図」があり、HKさんは、その設計図に合わせて、子どもを「作ろう」という意識が強いこと。た
とえば子どもが泣くことについても、「泣いてはだめ」という前提で考えてしまう? なぜ、泣くの
か、あるいは「泣いても、私がガードしてあげよう」という視点が、あまり感じられない?

 子どもが泣くのは、子ども側から、それ自体が親への働きかけとみると同時に、ストレスの発
散をしながら、心の調整(バランス)をとっていると考える。またその前提として、F男君が、やや
情緒が不安定になっているとみる。

 幼児のばあい、情緒不安は、(1)攻撃型、(2)内閉型、(3)固執型に分けて考える。ささいな
ことが引き金となって、(とくに不安、心配)、子どもの心は一挙に不安定になる。不安や心配を
解消するためである。

 「泣く」という行為は、風邪にたとえると、「熱」のようなもの。熱だけを冷ます方法もないわけ
ではないが、しかし熱をさげたからといって、病気がなおるわけではない。同じように、「泣く」と
いう行為だけをみて、それをなおそうとしても、意味はない。ないなばかりか、かえって症状をこ
じらせてしまう。

 F男君のケースでは、乳児期に、何らかの原因で、不安(基底不安)を覚えてしまったことが
考えられる。親自身が、それに気づかないことが多い。軽い置き去り、拒否的態度など。迷子
かもしれないし、無視(親はその気がなくても)、冷淡など。分離不安的な症状、孤立恐怖症的
な症状が、F男君には、みられる。

 こうした不安が基本にあって、いくつかの恐怖症を併発している。対人恐怖症も、その一つ。
仲間と遊べないが、年下の子どもと遊べるというのは、年下の子どもとの世界のほうが、居心
地がよいからである。一般論から言えば、より年下の子どもとの世界を求めるのは、愛情不足
(愛情を求める代償行為)が原因と考える。親にはその自覚がなくても、子どもは満足していな
いということ。

 親のイライラほど、子どもの心に悪影響を与えるものはない。もっとも約70%の母親が、何
らかの形でイライラしているから、だからといって、HKさんは、自分を責めてはいけない。

 しかし疑ってみるべきは、母親自身の欲求不満。家庭に閉じ込められることから発生する不
満、結婚生活の心配、望まない結婚であったとか、望まない子どもであったとか、など。そうい
う欲求不満が、ときとして、イライラに転ずることもある。そういう自分自身の欲求不満を、F男
君にぶつけていないか? 

 ひとり遊びができないのは、あくまでも、その結果でしかない。F男君は、不安なのだ。基本的
に不安なのだ。母子の間に、絶対的な安心感を覚えることができないでいる。絶対的というの
は、「疑いをいだかない」という意味。

●では、どうするか?

 濃密なスキンシップを、大切にする。その前に、HKさん自身の中にある、不安や心配、「うち
の子は問題がある」式の心配を、払拭(ふっしょく)する。そのために、子どもの前では、「あな
たはいい子」を繰り返すとよい。

 方法としては、添い寝、手つなぎ、抱っこをふやす。子どもが求めてきたときは、子どものほう
から、体を放そうというそぶりをみせるまで、力強く、抱く。「もういい?」と、声をかけてあげると
よい。

 とにかく、F男君自身が、いだいているであろう、「不安」と戦うこと。F男君のことではない。あ
なたの不安でもない。F男君の不安である。そのために、F男君には、全幅の安心感を与える
ことだけを考える。まさに何があっても、「許して忘れる」こと。

 HKさんは、「私は短気だ」と言っているが、戦うべきは、その短気ということになる。しかし心
配してはいけない。子どもは、満4歳半くらいから、幼児期から少年少女期への移行期に入
る。このとき、もう一度、子どもの性格そのものを、つくりかえることができる。この時期をのが
してはいけない。最後のチャンスと考えてよい。

 大きな失敗ではないが、しかしHKさんは、心配先行型、不安先行型の子育てをし、どこかで
F男君の心を置き去りにしてきた。それはそれとして、これからは、それを改める。F男君のうし
ろを、1歩退いて、歩く。これから1年半が勝負と、思うこと。この時期をのがすと、悪い面も、す
べて性格として定着してしまうので、注意する。それこそずっと、ハキのない子どもになってしま
う。

 私のHPを読んで不安になるというのは、むしろよいこと。不安になることを、不安に思っては
いけない。HKさん自身が、自分の問題点に気づき、それを改めようとしているためと考えてよ
い。しかしこの不安も、「私は、子どもを愛している」「子どもが好きだ」「どんなことがあっても、
許して忘れる」と宣言すれば、消える。そしてそのときから、私のHPを、気楽に読めるようにな
る。

(マガジンも発行しています。どうかご購読ください。無料です。)

 こうした問題を考えるとき、大切なことは、何が「原因」で、何が、「随伴症状」かということ。た
とえば分離不安にしても、ひとり遊びができない(孤立恐怖症)にしても、さらには対人恐怖症
にしても、その症状だけを問題にすると、「原因」を見失ってしまう。そして対症療法ばかりを繰
り返しているうちに、かえって症状をこじらせてしまう。

 原因は、ここにも書いたように、子ども自身がもっている、「基底不安」。その不安だけを見す
えながら、親子のあり方を、再構築するとよい。あとの問題は、それが解決すれば、自然消滅
する。

●具体的には……

(1)濃密なスキンシップを与える。とくに子どもが求めてきたときは、いやがらず、力いっぱい、
抱く。
(2)「あなたはいい子」「すばらしい子」を口ぐせにする。
(3)CA、MG分の多い、食生活にこころがける。甘い食品をひかえる。
(4)HKさん自身の心の問題と戦う。過去を冷静にみつめ、その過去と決別する。何か、わだ
かまりがあるときは、それに気づく。気づくだけで、よい。子どもを育てるのではない。これから
生涯の友を育てるのだと考える。そういう意味で、子どもの横に立ったものの考え方をする。
(5)随伴症状(ひとり遊びができない。よく泣く)は、子どもが安心感を覚え、満足感を覚えるよ
うになった段階で、消えるので、この際、無視。おおらかに受けとめること。
(6)母子分離不安による症状が強いばあいには、「なおそう」と考えるのではなく、今の状態を
今以上に悪くしないことだけを考えて、こまめに愛情表現を繰りかえします。

 さあ、HKさん、自信をもって、前に進みましょう。あなたはこれから先、子どもと人生を分かち
あうのです。子どもを子どもと思うのではなく、友として、迎えいれるのです。親の気負いなど、
どこかへ捨てなさい。子どもに教えられることを、恥じてはいけません。謙虚になるのです。親
意識も、捨てなさい。あなたの子どもがさみしそうだったら、親友として、そのさみしさを共有す
ればいいのです。そうすれば、あなたの不安も、解消します。約束します。

(HKさんへ)

 以上のように、HKさんからのメール、および、私の返信を、次回のマガジン(xx号、予定)に
掲載しますが、よろしいでしょうか。よろしくご理解の上、ご協力いただけたらと思います。ご都
合の悪い点があれば、改めますので、できるだけ早く、お教えいただけたらと思います。勝手
なお願いですみません。マガジンの購読申し込みは、私のHPのトップページからできます。
(030311)


Hiroshi Hayashi+++++++++MAR.07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1843)

●2050年までに、2度!

++++++++++++++++++++

国際的な権威機関(ヤフー・ニュース)
の最新研究結果によれば、

「今後も温室効果ガスの抑制ができなければ、
地表温度は2050年に2度、世紀末には、
5度上昇するだろう。

2度の上昇は氷河の融解と、海水の体積膨張を促し、
海面が急上昇する恐れがある」とのこと。

++++++++++++++++++++

 このほど上海を訪れた、イギリス「ガーディアン」紙記者の、ポール・ブラウン氏は、つぎのよ
うに発言した。

「今後も温室効果ガスの抑制ができなければ、地表温度は2050年に2度、世紀末には5度
上昇するだろう。2度の上昇は氷河の融解と、海水の体積膨張を促し、海面が急上昇する恐
れがある。上海のような海抜の低い沿海都市は、水没の危機に瀕するだろう。広州の平均気
温があと3度上昇したら、真夏はエアコンなしでは到底耐えられない暑さになる」(ヤフー・ニュ
ース)と。

「地球表面温度があと2度上昇すれば、上海は水没する!」とも。

2007年3月17日に開かれた、広州市科学技術協会と英国領事館が共同で開催したシンポ
ジウムでの発言である。「同氏は16年間一貫して、地球の温度変化に着目してきた環境専門
記者。今回の訪中には、国際的な権威機関の最新研究結果を携えてきた」(同・ニュース)とい
う。

 とうとうここまできたかというのが、地球温暖化の問題。

学生時代、ローマ会議に出席してきたという学者が、私がいたカレッジに寄ったことがある。ロ
ーマ会議というのは、世界の賢人たちが集まって開く会議である。

 その秘密会で、地球温暖化と食糧危機の問題が討議されたという。が、当時は、食糧危機
のほうが、深刻な問題とされていた。1970年のことである。

 地球温暖化については、「ハワイでの観測によれば、二酸化炭素は、ほとんどふえていない
ので、心配しなくてもいい」ということだった。

 が、それ以後、地球温暖化は、予想を上回る速度で、進んだ。20代、30代の人にはわから
ないかもしれないが、50代以上の人なら、みな、知っている。この日本にしても、私たちが子ど
ものころよりも、はるかに暖かくなった。

 しかし本当の問題は、地球温暖化ではない。そのため、人類が絶滅することでもない。その
過程で、人類は、まさに地獄を経験するだろうということ。

 人々はわずかな食料と水を求めて、殺しあうようにさえなるかもしれない。現に、K国を脱北
したある女性は、こんな証言している。

 「自分の息子(数歳)が、いなくなった。母親が、血眼になってさがしたが見つからなかった。
が、数日後、肉類などを売る闇市へ行ってみると、自分の息子の手が、店先につりさげられ
て、売られているのを知った」と。

 こういうことが日常茶飯事に起こるようになると、人間の心は、マヒする。そのマヒした状態
が、積み重なって、さらに大きな地獄絵図へとつながっていく。そうした状況に、人類は、いつま
でもちこたえることができるだろうか。

 社会秩序は崩壊し、道徳、倫理も地に落ちる。人類はかぎりなく動物化し、醜い争いを繰りか
えすようになる。頭の狂った独裁者が現われ、核兵器のような武器を使って、情け容赦なく、敵
対する国々を滅ぼすかもかもしれない。

 地球温暖化には、そういう問題も含まれる。ヤフー・ニュースは、「真夏はエアコンなしでは到
底耐えられない暑さになる」というが、エアコンの能力にも限界がある。説明書などによれば、
(45度が限界)というようなことが書いてある。つまりエアコンがエアコンとして機能するのは、
45度までということ。

 「45度!」と聞いて、驚いてはいけない。今年(07年)の夏、オーストラリアの各地では、40
度以上の気温を記録している! 風呂でも、42、3度が限界。

 が、そこで地球温暖化が止まるわけではない。今、ここで人類がいっせいに、化石燃料の使
用をやめたとしても、地球の気温は、2100年以後も上昇しつづける。そのころには、私やあ
なたは生きていないかもしれないが、あなたの孫や、ひ孫は生きている。

 しかし今度の発言は、2050年についてである。あと43年。その2050年ですら、地球の気
温は、2度も上昇するという。

 何度も書くが、「2度」という数字を甘く見てはいけない。ほんの0コンマ数度あがっただけで、
今のような変化をもたらした。2度も上昇したら、地球は、どうなることやら。

 不測の事態が、別の不測の事態を引き起こし、地球環境そのものが、メチャメチャになって
しまうかもしれない。たとえばツンドラの凍土が溶けて、メタンガスが大量に発生するとか、海
流の流れそのものが変化するとかなど。

 私やあなたはともかくも、2050年といえば、あなたの子どもは、確実に生きている。そういう
子どもたちが、ここでいう地獄を経験しないという保証は、どこにもない。

 恐ろしい話を書いてしまったが、何か、打つ手はないのか?

 ただ個人的なことを言えば、私はこの35年以上、ずっと自転車に乗っている。どこへ行くに
も、できるだけ自転車に乗っている。ときどきワイフの小型車に乗ることはあるが、それはやむ
をえないばあいだけ。だから、意外と、サバサバとしている。またそういう気分になれる。

 「まあ、しかたないな」と。「人間は、あまりにも好き勝手なことをしすぎた。これも自業自得と
いうもの」と。

 これからも死ぬまで、私個人は、地球環境をできるだけ破壊しないように行動したい。

【提案】

 みんなが、自分でできる範囲で、環境保護に、力を入れよう。大きなことはできないが、身の
まわりには、できることが、たくさんあるはず。そこで私のささやかな提案。

●公官署の役人、学校の教師たちは、自転車通勤をする。車に乗るときも、相乗りをする。
●民間でも、自転車通勤を奨励する。車に乗るときも、相乗りを奨励する。
●快適な生活そのものが(悪)であるという前提で、ものを考えるようにする。


Hiroshi Hayashi+++++++++Mar 07+++++++++++はやし浩司

●息子のBLOGより

++++++++++++++++++++

人には、コースというものがある。
そのコースに入っているときには、
それがわからない。

そのコースからはずれたとき、はじめて、
そこにコースがあったことを知る。

息子は、もう、あの飛行機には乗れないと
いう。

……いつか、私も同じような思いを

したことがある。それを思い出しながら、
息子のBLOGを読む。

+++++++++++++++++++++

【EのBLOGより】


 最終技能審査にも無事合格し、これで僕は晴れて、この航空大学校を卒業できることとなっ
た。事業用操縦士免許(飛行機・陸上・多発)と計器飛行証明の資格を引き下げて。

 試験は散々だったけど、講評が終わり審査官が部屋を去った後、共にC'Kを受けたきんにく
んと握手し抱き合って卒業おめでとうを言い合った。試験中は最後のフライトをかみ締める余
裕なんてなくて、降機後もゆっくり飛行機と話せなかった。このときようやく落ち着いて『終わり』
を感じることが出来て、『すべての終わり』を感じることが出来て、溜まっていた涙があふれ出
た。

 総飛行時間220時間30分、総着陸回数483回。

 苦しかった時間、数千時間。涙を流した回数、数百回。もう飛びたくないと思った回数、数十
回。上空でお腹が痛くなった回数、数回。もう諦めようと思った回数、0回。

 夕べ僕は夢を見た。空を飛ぶ夢だった。航大に入学する直前まで、僕は夢の中では自由自
在に飛べていた。飛べることが前提になっていた。どんな夢でも、飛べることに変わりはなかっ
た。それが、航大に入った途端、飛べなくなってしまった。というか、飛ぶ夢を見なくなってしま
った。

 久しぶりに見た空を飛ぶ夢。ビルの屋上から、両手を広げ、フワリと浮き上がる。どこへ向か
うでもなく、特別高いところでもなく、ただ飛ぶことが目的の、短い空中遊泳。『これくらいはいい
よね』みたいな後ろめたさを感じていた気がする。飛べなかったのではなく、もしかしたら我慢
をしていたのかもしれない。夢見ることを我慢して、現実だけを見つめてきた。僕は久しぶり
に、夢を見た。

 目が覚めて、思い出す。もう航大の空は飛べない。ランウェイ・エンドまで暇つぶしに散歩し
た。下から見上げた同期のC'K機。僕はもうあそこには行けない。西日の中に消えていくやけ
に大きなC90とゆっくりと流れる金色の雲。頭上をかすめる旅客機。柵の中で風に揺れるスス
キが、何だか羨ましく思えた。僕もずっとここにいたい。ずっとここで夢を見ていたい。でも先に
進まなきゃ。

 次の夢を探しに行こう。


Hiroshi Hayashi+++++++++Mar 07+++++++++++はやし浩司

●安倍内閣の国際外交

++++++++++++++++

安倍内閣の国際外交のまずさは、
今回の6か国協議に集約されている。

理由の第一。安倍総理大臣は、自民党の
中でも右派と目されている。その安倍総理大臣が、
さらに右派と呼ばれる人たちと、くっついて
しまった。

いわゆる極右民族主義者と呼ばれる人たちと
である。

これらの人たちは、「武士道こそが日本が誇るべき
民族精神」と説く。「対米追従外交反対」と説く。

おまけに拉致被害者たちまでもが、これらの
人たちと、くっついてしまった。

それがわからなければ、被害者同盟の人たちが、
壇上で、どういう政治家たちと並んで座って
いるか、それを見ればよい。

これでよいのか、安倍総理大臣!
拉致被害者のみなさん!

+++++++++++++++++

 あなたにはブッシュ大統領の怒りが、わかるだろうか? 今ごろ、……というよりは、昨年の
終わりごろ、ブッシュ大統領は、こう思っていたにちがいない。

 「日本に、思い知らせてやれ!」と。

 あろうことか、日本の防衛大臣や外務大臣は、ブッシュ大統領が一般教書演説をしたその直
後、イラク戦争を批判してしまった。「まちがっていた」「幼稚だ」と。

 本来なら、安倍総理大臣は、就任直後、ブッシュ大統領に会うべきだった。あいさつすべきだ
った。しかし自民党の中でも、極右勢力の言うがままに、就任後、この8か月、一度も、アメリカ
へ行っていない。来月4月に日米首脳会談が開かれることになっているが、今ごろ、ノコノコと
アメリカへでかけていって、何ができるというのか。何が変わるというのか。

 たった1年前、ブッシュ大統領は、こう言っていた。

 「K国への金融制裁解除は、ぜったいにしない」と。

 それが今、あっさりと、くつがえされてしまった。しかも、「現在、K国がもっている核兵器につ
いては、不問にする」とまで!

 韓国の高麗大学の姜教授は、「アメリカの目的が、『K国の過去の核は問題視しないが、そ
の代わり核物質の外部流出を防止する』という方針に変わったのかもしれない」(朝鮮N報・3
月19日)と述べている。

 わかりやすく言えば、アメリカは、自国の国益を最優先させながら、その一方で、「日本や、
韓国のことなど、知ったことか!」と。

 日本の極右勢力のみなさん、もっと、現実を見ろ! これが現実。

 今日(20日)も、日本は、孤立無援のまま、6か国協議に出席している。今の日本にできるこ
とは、中国に泣きつき、アメリカに泣きつくこと。それだけ。しかし中国もアメリカも、日本を完全
に見放している。この先、日本は、どうやって、あのK国と、単独で対峙していくつもりなのか。

 だいたい、日本の外務大臣ともあろう人物が、英語で、まともに演説したり、議論できないと
いうところがおかしい。文科大臣までもが、「(小学校での)英語教育は必要ない」と言ってい
る。

 私たちは、極東アジアの、その島国に住む、土着民族のままでよいのか?


Hiroshi Hayashi+++++++++Mar 07+++++++++++はやし浩司

●ふつうこそ、最善

+++++++++++++++

ふつうこそ、最善。
ふつうの価値は、それをなくしたとき、
はじめて、知る。

賢い人は、それをなくす前に知る。
愚かな人は、なくしてから、知る。

+++++++++++++++

 ふつうに生きて、ふつうに生活する。子どももふつうなら、その子育ても、またふつう。賢明な
人は、そのふつうの価値を、なくす前に気づき、愚かな人は、なくしてから気づく。

 そう、それは健康論に似ている。健康も、それをなくしてはじめて、その価値に気づく。それま
ではわからない。私も少し前、バイクに乗っていて、転倒し、足の腱を切ったことがある。その
ため、歩くことそのものができなくなった。その私から見ると、スイスイと歩いている人が信じら
れなかった。「歩く」という何でもない行為が、そのときほど、それまでとは違って見えたことはな
い。

 子育ても、また同じ。その子育てには、苦労はつきもの。だれだって苦労はいやだ。できるな
ら楽をしたい。しかしその苦労とて、それができなくなってはじめて、その価値がわかる。平凡
は美徳だが、その平凡からは何も生まれない。あとで振りかえって、人生の中で光り輝くのは、
平凡であったことではなく、苦労を乗り越えたという実感である。

 今は冬で、風も冷たい。夜などは、肌を切るような冷たさを感ずる。自転車通勤には、つら
い。苦労といえば苦労だが、一方で、その結果として健康というものがあるなら、それは喜びに
変わる。楽しみに変わる。要は、その価値に、いつ気がつくかということ。

こんなことを書くと、その苦労の渦中にいる親たちに、叱られるかもしれない。「人の苦労も知
らないくせに。言うだけなら、だれにだって言える」と。しかしこれだけは頭に入れておくとよい。

子育てに夢中になっているときは、時の流れを忘れることができる。あるいは子どもの成長を
望みながら、時が流れていくのを納得することができる。「早くおとなになれ」と望みながら、同
時に自分が歳をとっていくのを、あきらめることができる。しかしその子育てが終わると、とたん
に、そこに老後が待っている。そうなると今度は、時の流れが、容赦なく、あなたを責め始め
る。「何をしているんだ!」「時間がないぞ!」と。それは恐ろしいほどの重圧感と言ってもよ
い。

 私は、今、三人の息子たちに、ときどきこう言う。「お前たちのおかげで、人生を楽しく過ごす
ことができた。いろいろ教えられた。もしお前たちがいなかったら、私の人生は、何と味気なく、
つまらないものであったことか。ありがとう」と。私はそれを、子育てがほぼ終わりかけたときに
気づいた。

子育てには、子育ての価値がある。そしてそれから生まれる苦労には、苦労の価値がある。そ
のときはわからない。私も、そのときはそれに気づかなかった。つまりかく言う私も、偉そうなこ
とは言えない。私とて、子育てが終わってからそれに気づいた、まさに愚かな人ということにな
る。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●子育ては目標さがし

++++++++++++

子育てをしながら、常に、
親は、目標をさがす。

子育ては、まさに目標さがし。

++++++++++++

「目標」といっても、中身はさまざま。しかし目標のない子育てほど、こわいものはない。そのと
きどきの流れの中で、流されるまま、右往左往してしまう。が、そんな状態で、どうして子育てが
できるだろうか。たとえば、隣の子が水泳教室へ入った。それを聞いて、言いようのない不安
にかられた。そこで自分の子どもも、水泳教室に入れた、と。

 目標をもつためには、まず視点を高くもつ。高ければ高いほど、よい。私はこれを『心の地
図』と呼んでいる。視点が高ければ高いほど、視野が広がる。そしてその視野が広ければ広い
ほど、地図も広くなり、道に迷うことがない。

 問題は、どうすれば、その心の地図をもつことができるか、だ。それにはいつも情報に対し
て、心の窓を開いておくこと。風とおしをよくしておくこと。まずいのは、自分が受けた子育てが
最善と信ずるあまり、ほかの情報を遮断(しゃだん)してしまうこと。そして自分だけの子ども
観、教育観だけをもって、子育てをしてしまうこと

そういう点では、「私の子どものことは私が一番よく知っている」「私の子育て法は絶対、正し
い」と豪語する親ほど、子育てで失敗しやすい。この世界には、そういうジンクス(=悪い縁起)
がある。つまり心の地図を広くするためには、謙虚であればあるほど、よい。

 そこで子育ての目標は、どこに置くか。心の地図の目的地といってもよい。ひとつのヒントとし
て、私は、『自立したよき家庭人』をあげる。子どもを、よき家庭人として自立させることこそ、ま
さに子育ての目標である、と。

 これについては、もうあちこちに書いてきたので、ここでは省略する。が、『自立したよき家庭
人』という考え方は、もう世界の常識とみてよい。アメリカでも、オーストラリアでも、カナダでも、
ドイツでも、そしてフランスでも、そうだ。これらの国々については、私が直接、確認した。フラン
ス人の女性はこう言った。私が「具体的には、どう指導するのですか?」と聞いたときのこと。
「そんなのは、常識です」と。

 日本では、いまだに、出世主義がはびこっている。よい例がNHKのあの大河ドラマ。歴史は
歴史だから、それなりに冷静に判断しなければならない。しかしああまで封建時代の圧制暴君
たちを美化してよいものか。ああした暴君の陰で、いかに多くの民衆が苦しみ、殺されたこと
か! 江戸時代という時代は、世界の歴史の中でも、類をみないほど、恐怖政治の時代だっ
た。それを忘れてはならない。

 話はそれたが、今、日本は大きく変わりつつある。また変わらねばならない。学歴社会から、
能力社会へ。権威主義社会から、個人主義社会へ。上下社会から、平等社会へ。そして出世
主義社会から、家族主義社会へ。

 地図を広くもつということは、そうした主義の世界にまで足を踏み入れることをいう。そしてそ
の地図ができれば、目的地もわかる。それがここでいう「子育ての目標」ということになる。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●限界を知る

++++++++++++++

限界を知ることは、敗北を認める
ことではない。

むしろ限界を知らない親のほうが、
こわい。子育てで失敗する確率の
ほうがずっと、高い。

++++++++++++++

 子どもの限界を知り、限界を認めることは、決して敗北を認めることではない。自分のことな
らともかくも、こと子どもについてはそうで、何が子どもを苦しめるかといって、親の過剰期待ほ
ど、子どもを苦しめるものはない。

そんなわけで、「うちの子は、やればできるはず」と思ったら、すかさず「やってここまで」と思い
なおす。もっとはっきり言えば、「まあ、うちの子はこんなもの」とあきらめる。その思いっきりの
よさが、子どもの心に風をとおし、子どもを伸ばす。いや、その時点から、子どもは前向きに伸
び始める。

 もちろんその限界は、親だけの秘密。子どもに向かって、「あんたは、やってここまで」などと
言う必要はない。また言ってはならない。しかし親が限界を認めると、そのときから、親の言い
方が変わってくる。「がんばれ、がんばれ」と言っていたのが、「よくがんばっている、よくがんば
ったわね」と言うようになる。そのやさしさが、子どもを伸ばす。子ども自身が、その限界のカベ
を破ろうとするからだ。それがわからなければ、自分のことで考えてみればよい。

 あなたの夫が、あなたの料理を食べるたびに、「まずい、まずい」と言えば、あなただってやる
気をなくすだろう。あるいはあなたの妻が、あなたが仕事から帰ってくるたびに、「もっと働きな
さい」と言ったら、あなただってやる気をなくすだろう。

 もちろん子どもを伸ばすためには、ある程度の緊張感は必要。そのための、ある程度の無
理や強制は必要。それは認める。しかし限界を認めているか認めていないかで、親の態度は
大きく変わる。たとえば認めないと、親の希望は、際限なくふくらむ。「何とかB中学に……」と
思っていた親でも、子どもがB中学へ入れそうだとわかると、今度は「何とかA中学に……」とな
る。一方、限界を認めると、「いいよ、いいよ、B中学で。無理することないよ」となる。

 ……こう書く理由は、今、子どもの能力を超えて、高望みする親があまりにも多いということ
(失礼!)。そしてそのため子どもの伸びる芽をかえって摘んでしまう親があまりにも多いという
こと(失礼!)。それだけではない。そのため、親子の絆(きずな)すら、こなごなに破壊してしま
う親があまりにも多いということ(失礼)。さらに、行きつくところまで行って、はじめて気がつく親
があまりにも多いということ(失礼!)。またそこまで行かないと、気がつかない親が、あまりに
も多いということ(失礼)。それを避けるためにも、親は、できるだけ早く子どもの限界を知る。
限界を認める。親としては、つらい作業だが、その度量の深さが、親の愛の深さということにな
る。

(追記)今では、親に、「やればできるはず」と思わせつつ、自分の立場をとりつくろう子どもも
少なくない。ある男の子(小五)は、親の過剰期待もさることながら、親にそう期待させながら、
自分のわがままをとおしていた。

その男の子は、よい成績だけを親に見せ、悪い成績を隠した。先生にほめられたことだけを話
し、叱られたことは話さなかった。

 私は長い間、それに気づかなかった。そこで私はある日、その男の子に、「君の力は、君が
いちばんよく知っているはず。自分の力のことを、正直にお父さんに話したら」と言った。その
男の子は、親の過剰期待で苦しんでいると思った。しかしその男の子は、それを父親には言わ
なかった。言えば言ったで、自分の立場がなくなることを、その男の子はよく知っていた。

 しかし、こうした仮面は、子どもを疲れさせるだけではなく、やがて終局を迎える。仮面がはが
れたとき、同時に親子の絆(きずな)は破壊される。破壊されるというより、子どものほうが自ら
親から遠ざかる。その結果として、親子の関係は、疎遠になる。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●仮面に注意

+++++++++++++++

仮面にご注意!

だれしも人前では、ある程度の
仮面をかぶるもの。
しかし仮面は、仮面。

それを脱ぎ忘れたとき、
その人は、自分を見失う。

子どもも、またしかり。

+++++++++++++++

もしあなたが「うちの子は、できのいい子だ」と思っているなら、気をつけたほうがよい。それ
は、まず、仮面と思ってよい。だいたい幼児や小学生で、「できのいい子」など、いない。「でき
がいい、悪い」は、ずっとおとなになってから、それも無数の苦労を経た結果として決まること
で、幼児や小学生の段階で決まるはずもない。

 ある女の子は、小学二年生のときから、学級委員長をつとめた。勉強もよくできた。先生の
指示にもよく従った。そういう女の子を見て、母親は、「うちの子は優秀」と思いこんだ。たしか
に優秀(?)だったが、私には、気になる点がいくつかあった。小学五年生のときのこと。これ
から夏休みというとき、その女の子は、夏休み明けのテストのことを心配していた。

私が「そんな先のことは心配してはいけない」と何度も言ったのだが、その女の子にしてみれ
ば、それが彼女のリズムだった。母親にも私はそう言ったが、母親はむしろそれを喜んでいる
ふうだった。「あの子は、大学の医学部へ行くと言っています。あの子の望みをかなえさせてあ
げたいです」と。
 しかしその女の子は、中学へ入ると同時に、プッツンしてしまった。不登校、節食障害(過食、
拒食)、回避性障害(人に会うのを避ける)を繰りかえすうちに、自分の部屋に引きこもるように
なってしまった。

こうした例は、多い。本当に多い。しかしこういうケースとて、その途中にいる親は、それに気づ
かない。親は、自分の子どもはすばらしいと思いこむ。そして子どもは子どもで、親がそう思う
の分だけ、仮面をかぶる。この仮面が、やがて子どもの心をゆがめる。
 もしつぎの項目のうち、あなたの子どもに思い当たることが三つ以上あれば、あなたの子ども
は、あなたの前で仮面をかぶっていると思ってよい。

(1)あなたは自分の子どもを、できのいい子だと思っている。勉強もスポーツもよくできる。マナ
ーもわきまえている。人前では礼儀正しい。

(2)幼稚園や学校では、「いい子ですね」と、先生にほめられることが多い。親や先生の指示
に従順で、指示されたことを、うまくやりこなす。

(3)わがままを言ったり、大声で自己主張することもなく、一方、あなたに甘えたり、ぐずったり
することも少なく、独立心が旺盛にみえる。

(4)ときどき何を考えているかわからないところがある。感情をストレートに表現することが少
ない。万事にがまん強い。

(5)ときどき子育てがこんなに楽でいいものかと思うときがある。うちの子は、このまま優秀な
まま、おとなになっていくと思うことが多い。

 子どもが仮面をかぶっているのがわかったら、家庭のあり方をかなり反省しなければならな
い。子どもの仮面は、子どもの責任ではない。仮面をかぶらせる、親の責任である。もちろん
子ども自身の問題もある。仮面をかぶるタイプの子どもは、親にすら心を開くことができない子
どもとみる。しかしそれとて、新生児から乳幼児期にかけて、親子の相互愛着行動のどこかに
問題があったとみる。子どもの側からみて、満たされない愛、あるいは大きなわだかまりや、欲
求不満が、その背景にあったとみる。

 しかし過去は過去。もしあなたの子どもが、今、仮面をかぶっているようなら、まず子どもの
心を溶かすことだけを考える。言いたいことを言わせ、やりたいことをやらせる。その時期は早
ければ早いほどよい。子どもが小学生になってからだと、むずかしい。……というより、なおす
のは不可能。それがそのまま子どもの性格として、定着してしまうからである。そういう覚悟で、
時間をかけて対処する。

 しかし本当の被害者は、仮面をかぶる子ども自身である。ある母親(三五歳)は、こう言っ
た。「今でも実家の父と母を前にすると、心が緊張します。ですから、実家には、二晩連続でと
まることはできません。何だかんだと理由をつけて、できるだけ日帰りで帰ってきます」と。

 この母親も、親には、ずっとできのいい娘と思われていた。今もそう思われているという。そ
のため、「父親や母親のそばにいるだけで、心底疲れます」と。今、こういう例は、本当に多
い。

 そんなわけで、今、あなたが自分の子どもを、できの悪い、どこかチャランポランな、いいか
げんな子どもと思っているなら、むしろそれを喜んだらよい。ワーワーとうるさいほど自己主張
し、親を親とも思わないようなことを言い、態度も大きく、ふてぶてしいなら、むしろそれを喜ん
だらいい。これは皮肉でも何でもない。本来、子どもというのは、そういうもの。そうであるべ
き。またそういう前提で、子どもをみなおしてみる。


+++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩


●「こまかい指導は、子どもをつぶす」
 
++++++++++++++

子育ては、おおらかに!

こまかいことは、ガミガミ言わない。
そのおおらかさが、子どもを伸ばす。

++++++++++++++

★文字を覚えたての子どもは、親から見てもメチャメチャな文字を書く。形や
 書き順は言うにおよばず、逆さ文字、鏡文字など。このとき大切なことは、
 こまかい指導はしないこと。日本人はとかく「型」にこだわりやすい。トメ、
 ハネ、ハライがそれだが、今どき毛筆時代の名残をこうまでこだわらねばな
 らない必要はない。……というようなことを書くと、「君は日本語がもつ美
 しさを否定するのか」と言う人が必ずいる。あるいは「はじめに書き順など
 をしっかりと覚えておかないと、あとからたいへん」と言う人がいる。しか
 し文字の使命は、自分の意思を相手に伝えること。「美しい」とか「美しく
 ない」というのは、それは主観の問題でしかない。また、これだけパソコン
 が発達してくると、書き順とは何か、そこまで考えてしまう。

 一〇年ほど前、オーストラリアの小学校を訪れたときのこと。壁に張られた
 作文を見て、私はびっくりした。スペルはもちろん、文法的におかしなもの
 がいっぱいあった。そこで私がそのクラスの先生(小三担当)に、「なおさ
 ないのですか」と聞くと、その先生はこう言った。「シェークスピアの時代
 から正しいスペルなんてものはないのです。音が伝わればいいのです。また
 ルール(文法)をきつく言うと、子どもたちは書く意欲をなくします」と。

 私もときどき、親や祖父母から抗議を受ける。「メチャメチャな文字に、丸
 をつけないでほしい。ちゃんとなおしてほしい」と。しかしこの時期大切な
 ことは、「文字はおもしろい」「文字は楽しい」という思いを、子どもがもつ
 こと。そういう「思い」が、子どもを伸ばす原動力となる。このタイプの親
 や祖父母は、エビでタイを釣る前に、そのエビを食べようとするもの。現に
 今、「作文は大嫌い」という子どもはいても、「作文は大好き」という子ど
 もは少ない。よく日本のアニメは世界一というが、その背景に子どもたちの
 作文嫌いがあるとするなら、喜んでばかりはおれない。

 ある程度文字を書けるようになったら、少しずつ機会をみて、なおすところ
 はなおせばよい。またそれでじゅうぶん間に合う。そういうおおらかさが子
 どもを勉強好きにする。

 

(補足)もともと「学ぶ」は、「マネブ(まねをする)」に、由来するという。つまり日本では、「先人
のマネをする」が、「学ぶ」の基本になっている。そのひとつが、日本独特の「型」教育。日本人
は、子どもを、型にあてはめることを教育と思い込んでいる。少なくとも、その傾向は、外国と
比べても、はるかに強い。そのよい例が、英語の書き順。

 たとえば「U」は、まず左半半分を上から下へ書き、つぎに右半分を上から下に書いて、底の
部分でつなげる。つまり二画だそうだ。同じように、「M」「W」は、四画だそうだ。こういう英語国
にもない書き順が、日本にはある! 驚くというより、あきれる。ホント!

 そのため、日本では、今でも、先生は、「わかったか?」「では、つぎ!」と授業を進める。アメ
リカやオーストラリアでは、先生は、「君はどう思う?」「それはいい考えだ」と授業を進める。こ
の違いは、大きい。またその根は、深い。

 もうトメ、ハネ、ハライなど、もうなくしたらよい。それを守りたいという人に任せて、少なくとも、
学校教育の場からは、なくしたらよい。(もう二〇年前から、私は、そう主張しているのだが…
…。)書き順にしても、それにこだわらなければならない理由など、もう、ない。守りたい人が守
ればよい。守りたくない人は、守らなくてもよい。それよりももっと大切なことがある。その「大切
な部分」を、教えるのが教育ということになる。この「ワンポイントアドバイス」の中では、それを
書いた。

 ただこういう私の意見に対して、「日本語の美しさを君は否定するのか?」という反論もある
のも、事実。とくに書道教育関係者からの反論が、ものすごい。しかしこのアドバイスの中にも
書いたように、「美しい」とか、「美しくない」とか思うのは、その人の勝手。それを他人、なかん
ずく子どもに押しつけるのは、どうか。私は、トメ、ハネ、ハライがあるから文字が美しいとか、
ないから美しくないとか、そういうふうには、思わない。みなさんは、この問題を、どう考えるだろ
うか?


●国語の勉強は、読書に始まり、読書に終わる。アメリカの小中学校へ行って驚くのは、どの
学校にも、図書室が、学校の中心部にあること。(たいていは玄関を入ると、そのすぐ近くにあ
る。)そして小学校の場合、週一回は、「ライブラリー」という勉強がある。これはまさに読書指
導の時間と思えばよい。さらに驚くべきことは、この読書指導をする教師は、ふつうの教師より
もワンランク上の、「修士号取得者」があたることになっている。このあたりにも、日本とアメリカ
の教育に対する考え方の違いが、大きく出ている。もちろん、アメリカには、英語の書き順など
ない。(また書き順と構えなければならないほど、文字の数がない。)※

+++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司※

●親の愛情不足?

++++++++++++++

ある講演会場で、1人の父親が、
こんな質問をしてきた。

++++++++++++++

Q:私がテレビを見ていると、四歳の娘がすぐひざの上にのってきます。どう対処したらいいで
しょうか。(父親、IセンターA保育園での講演後の質問より)

A:よく誤解されるが、親に愛情がないから、子どもが愛情不足の症状(欲求不満など)を示す
のではない。子ども側から、働きかけがあり、そのとき、親が拒否的な態度に出たりすると、子
どもは愛情不足の症状を示すようになる。もう少しわかりやすく説明すると、こうなる。

 親子の愛情(たがいの愛着行動)は、相互的なものである。親は子どもに対して、愛着行動
を示す。たとえば子どもを抱きあげ、「かわいい、かわいい」と言って、頬ずりするのがそれ。一
方、ここで重要なのは、子どもも、親に対して愛着行動を示すということ。

最近の研究では、生まれたばかりの新生児ですら、親に対して、愛着行動を働きかけているこ
とがわかっている(イギリス、ボウルビー、ケンネル※)。親に微笑みかけたり、手足をバタつか
せたり、あるいは泣いて甘えたりするなど。

 この子どもからの愛着行動の働きかけがあったとき、親がそれを受け止めてやるかやらない
かで、愛情不足かどうかが決まる。つまりこのとき、子どもの側から見て、それを親に受けいれ
てもらえないとき、その時点で、子どもは「不満足感」を、欲求不満症状に変える。このことは、
つぎの点で重要な意味をもつ。

(愛情表現)

子どもを抱きながら、「かわいい、かわいい」と言って、頬ずりするのは、ここにも書いたよう
に、親側から子どもへの愛着行動ということになる。しかしそのとき、子どもがそれを望んでい
ないとしたら、子ども側からみれば、それは迷惑な行為ということになる。親は、「子どもは喜ん
でいるハズ」「うれしがっているハズ」と考えてそうするが、それは親の身勝手というもの。また
そういうことをしたからといって、子どもが満足したり、深い親の愛を感ずるということにはなら
ない。それがわからなければ、あなた自身のことで考えてみればよい。

 もしあなたが妻で、今、部屋を掃除していたとする。そのとき夫がうしろからやってきて、あな
たにその気もないのに、あなたを抱き、「愛している、愛している」と、体中をさわり始めたとす
る。そのとき、あなたは夫に愛されていると感じ、それを喜ぶだろうか。喜ぶ人もいるかもしれ
ないが、しかし大半は、それを迷惑に思うに違いない。

 しかしあなたが反対に、体の中に燃えるものを感じ、それとなく夫の体に触れたとする。その
ときあなたの夫が、「うるさいな……」というような表情をして、あなたの体を払いのけたとする。
つまり夫に拒否されたとする。そのときあなたはどう感ずるだろうか。

 つまり子どもも同じで、子どもが愛情不足を感ずるのは、子ども側から何かの働きかけをし、
それが親に拒否されたときである。言いかえると、子どもが何らかの形で、親に対して愛着行
動の働きかけがあったときこそ、親側の愛情表現の見せどころということになる。いくつかの例
で考えてみる。

●子どもが親のひざの上に座ろうとするとき
●子どもが親に甘え、体をすりよせてくるとき
●子どもがぐずり、わけのわからないことを言って、ダダをこねるとき
●何か新しいことができるようになて、それを親に見せにきたようなとき

こうした働きかけは、必ずしも平和的なものばかりではない。中には、わざと親を困らせたり、
あるいは攻撃的、暴力的な方法で表現する子どももいる。こういうときどのように対処したらよ
いかは、また別に考えるとして、基本的には、子どもの心を大切に受け止めてあげること。つま
り相談(冒頭)のケースでは、父親は、ある程度子どもが満足するまで、そのままの姿勢を保つ
のがよい。

 というのも、こうしたケースでは、子どもが親のひざに抱かれたいと思うのは、あくまでも症状
とみる。もっと言えば、情緒を安定させるための、代償行為と考える。だからこの段階で、父親
が、娘を拒否すれば、その時点で、子どもの情緒は一挙に不安定になる。言いかえると、子ど
もはこうした代償行為(よく知られた例に、指しゃぶりなどがある)を繰りかえすことで、自分の
情緒を安定させようとする。もっと言えば、「なぜ抱かれてくるか」という原因をさぐってみること
こそ大切。その原因を放置したまま、症状だけを攻撃しても意味はない。それはたとえて言うな
ら、肺炎で熱を出して苦しんでいる子どもに、「熱をさます」という理由で、水をかけるようなも
の。

(愛情は量ではなく質)

よく「私は子どもを愛せない」と悩む親がいる。しかし問題は、愛せないことではない。問題は、
子どもが親に対して何らかの愛着行動を働きかけてきたとき、それに答えることができるかど
うかである。つまりその答え方ができれば、それでよし。しかしそれができないときに、問題が
起きる。たとえば子どもが、母親の服のゾデを引っぱりながら、「ママ〜」と甘えてきたとする。
そのとき大切なのは、その瞬間だけでもよいから、子どもの甘えを受け止めてあげること。そし
て子どもの側からみて、「絶対的な安心感」を覚えられるような状態にすること。「絶対的」とい
うのは、「疑いをいだかない」という意味。

 そういう意味では、愛情は、量の問題ではなく、質の問題である。ベタベタの愛情が、好まし
いわけではない。先にも書いたように、親側の一方的な愛情は、子どもにとっては、迷惑ですら
ある。つまり愛情が多いからよいというのでも、また少ないから悪いというのでもない。要は、子
どもがそれで安心感を得られるかどうかである。その点だけ注意すれば、「子どもを愛していな
い」ということに悩む必要はない。(愛していれば、それに越し
たことはないが……。)

 結論から言えば、子どもが親のひざのなかに入ってきて、甘えるしぐさを見せたら、子どもが
ある程度満足するまで、抱いてあげる。子どもにとって、父親のひざは、まさにいこいの場。体
を休め、心をいやす場。それだけではない。親子の情愛も、それで深めることができる。また
親の立場からしても、子どもの体のぬくもりを感ずることは、とても大切なことである。こういう
時期は、その渦中にいると、長く見えるが、終わってみると、あっという間のできごと。あとあと
人生の中で、光り輝くすばらしい瞬間となる。だからそういう時期は、そういう時期として、子育
てとは別に、大切にしたらよい。

※……母親は新生児を愛し、いつくしむ。これを愛着行動(attachment)という。これはよく知ら
れた現象だが、最近の研究では、新生児の側からも、母親に「働きかけ行動」があることがわ
かってきた(イギリス、ボウルビー、ケンネルほか)。こうした母子間の相互作用が、新生児の
発育には必要不可欠であり、それが阻害されると、子どもには顕著な情緒的、精神的欠陥が
現れるという。

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●マリアの処女懐胎について

++++++++++++++

どうして、キリスト教では、
父親、ヨセフの影が薄いのか?

私なら、妻が、私の知らないところで
「妊娠した」と言ったら、それだけで
離婚を考える。

「神の子」と言ったら、「お前は、アホか!」と
言って、妻を家から、たたき出す。(多分?)

あなたなら、どうするか?

それについて……

++++++++++++++++

 マリアの処女解体について、オーストラリアの友人(M大学教授、E・I氏)から、こんな情報が
入ったので、報告する。

Dear Hiroshi,

Thank you for your phone call and for your concern. Melbourne is in no
danger. The fires are about 300 kilometers away. There was a lot of
smoke over Melbourne yesterday but today the sky is clear.
Australia will have severe bush fires about every 20 years I think.
As for the virgin birth and Mary, some scholars say this is based on a
mistranslation of the Greek New Testament. They say the word should be
be "young woman" not "virgin". Roman Catholics believe in the Virgin
Mary but many other Christians have a different view of this. There has
been a lot of discussion of this in recent years.
Dennis

浩司へ

心配してくれてありがとう。
メルボルンは心配ありません。
山火事からは300キロ離れています。
昨日は煙が届きましたが、今日の空はきれいです。
オーストラリアは20年ごとに、大きな山火事に襲われます。

処女懐胎をメアリー(マリア)についてですが、
「ギリシャ語の新約聖書の誤訳である」という説もあります。
その語は、「処女(バージン)」ではなく、「若い女性」と翻訳すべきだというのです。
ローマカトリック教会は、「処女」を信じていますが、多くのほかの
宗派は、違った見解をもっています。
最近、この点についての議論がたくさんなされています。
DDより

+++++++++++++++

 こうした誤訳の中で、私自身が発見したものに、つぎのようものがある。

 ミケランジェロが彫刻した「ダビデ王の像」には、額のところに、二つのコブ状の角(つの)が
ある。それとよく似た角が、中国の神農(炎帝のこと。黄帝はこの炎帝を倒して位についたとさ
れる。

神農は、漢方医学の神様と言われている)の額にもある。不思議な一致である。そこでその共
通点の根拠をさぐってみたところ、ミケランジェロは、当時の常識に従って、ダビデ王の額にコ
ブ状の角をつくったのがわかった。しかし、それは「角」ではなく、「光線(RAY)」だった。つまり
誤訳だった。

つまりダビデ王は、頭から光線を出していたという。その「光線」が「角」と誤訳され、ヨーロッパ
には、「コブ状の角」として伝わった。このことは、私が直接、あちこちの領事館に問い合わせ
て知ったことである。

それでミケランジェロは、ダビデ王の額に、コブ状の角をつくった。話せば長くなるが、結論を
簡単に言えば、そういうことになる。

 こうした誤訳を私自身も確認しているので、「若い女性」を、「処女」と誤訳したと聞いても、私
は驚かない。キリスト教徒の人には悪いが、こうした誤訳は、聖書(とくに旧約聖書)の中には、
いたるところにある。

+++++++++++++++

 さて本題。

 あなたが夫であるとする。結婚という結婚ではないにしても、一応結婚していたとする。同棲
(どうせい)という形でもよい。ともかくも、ある日、突然、妻が妊娠した。あなたには、セックスを
した覚えはない。そこであなたは妻に、「だれの子だ!」と問いつめた。すると妻は、「神の子
だ」と。

 このとき、妻の言葉をそのまま受け入れるのは、たいへんなことだ。私なら、「何をバカなこと
を言うか!」と、妻を一蹴(いっしゅう)するに違いない。が、ヨセフは、父親として、イエスを受け
入れた。そしてイエスを育てた。それはたいへんな苦悩であったに違いない。「違いない」と書く
のも、はばかれるが、しかし私なら、耐えられない。一説によると、マリアは神の啓示を受けた
というが、ヨセフは受けていない。またヨセフは、一説によると、イエスが神の子としての仕事を
始める前に、他界している。私は、オーストラリアの友人にそのことについて聞いた。「ヨセフ
は、君たちの世界では、どう理解されているのか」と。それについての返事が、冒頭にあげた、
メールである。

 あなたはこの問題を、どう考えるだろうか。「おもしろい問題」と言うと少し語弊がある。キリス
ト教徒の人たちは、不愉快に思うかもしれない。しかし考えるテーマとしては、おもしろい。この
問題は、これから先、機会を見つけて考えてみたい。また新しい情報が入ったら、報告する。
なお、D君の意見では、「マリアを祭るのは、主にローマンカトリックだ」とのこと。参考までに。

++++++++++++++

Dear my friend, DD,

Thank you for your mail.
The reason why I have been interested in Maria and Joseph, Mother and Father of Jesus 
Christ is that the concept of family is different between mothers and children, and between 
fathers and children. I mean hereby that the Austrian psychologist Dr. Froid once wrote in is 
book, that the relationship between mothers and children is stable but the relation between 
fathers and children is less stable. Then I have come to notice that in Christianity people 
worship Maria, not but so often Joseph. So I wondered why? Wasn't Joseph a father of 
Jesus Christ? Everybody says the father of Jesus Christ is God himself, not Joseph. If not 
then, what was he? For what he was with Maria and Jesus Christ? Some people say that 
Joseph was not met by angels as Maria was, and Joseph passed away before Jesus Christ 
started his job as a son of God. Then what was Joseph? Could he accept Maria with Jesus 
Christ? If I had been Joseph, I would not have been able to accept it, but frankly would 
have kicked out my wife when she had said that she had got pregnant but the baby was not 
my son. I can understand the concept of marriage was not the same as we have now. But 
still there are lots of un-understandable facts, about which I asked you over the phone. So I 
have been thinking about this. Thank you for your comments, which is very helpful.

Hiroshi

メール、ありがとう。
なぜ今、ぼくがマリアとヨセフに興味があるかといえば、母親と子ども、父親と子どもの関係
は、違うのではないかということを考えているからです。
フロイトも、そう言っています。
キリスト教では、マリアを祭りますが、それに比べてヨセフの影は、薄いですね。
それでキリスト教国では、どのように考えているかと興味をもったわけです。
ヨセフは、イエスの父親ではなかったのか、と。
一説によると、ヨセフは、マリアのように、神の啓示を受けていない。
またイエスが神の子としての仕事を始める前に、ヨセフは死んでいる。
となると、ますますわからなくなります。当時の結婚の形態が今と違うことは、ぼくにも理解でき
ます。
しかし理解できない面もたくさんあります。で、このことをずっと考えていました。コメントを送っ
てくれて、ありがとう。

浩司より

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●親の悩み

 オーストラリアの別の友人のJJから、こんなメールが届いている。このところ息子(23歳)の
婚約のことで悩んでいる。毎日のように、メールを交換している。今朝も、こんなメールが、届
いた。

 JJが言うには、息子(SS)の婚約者(LL)と、彼のワイフ(NN)と娘(RR)との折り合いが悪いと
いうことらしい。息子の婚約者が、あからさまに、息子に、「私は、あんたのお母さんと、妹が嫌
い」と言っているらしい。それで友人のJJは、その調整に苦しんでいる。これは私が何度かアド
バイスしたあとの、友人からのメールである。

「Thanks for your reply.

We have essentially taken the view that you have advised.

基本的には、君の忠告に従う。

NN(his wife) in particular has spoken her mind to SS (his son) and LL(his fiance) in her 
usual very frank manner. Now the engagement is announced she has decided to "step out 
of the picture", not interfere any more and give what support is necessary.

私の妻はいつものフランクな言い方で、息子とフィアンセには、話しかけてはいる。しかし婚約
が発表されてしまった今、フィアンセは、「写真の中から飛び出した」(いい子ぶるのをやめた)
ようだ。で、私は彼らにあまり干渉しないで、必要なことはする。

I don't think LL is a particularly Bad person, just that she lives on her emotions and needs 
all attention focused on her. Especially SS's. NN and RR (his daughter) are a bit more 
skeptical about her.

フィアンセは、とくに悪い女性ではないと思う。ただ彼女は息子の関心を自分にひきたいため、
感情に任せて生きている。それで妻や妹は、彼女に懐疑的になっている。

I find I can't "connect" with LL. There is not much feeling comfortable or communicating 
easily with her.

フィアンセのLLとよい関係を保つことはできない。彼女といっしょにいても、私は居心地は悪い
し、気が休まらない。

Let's hope they both "grow up" and see the world and particularly NN and RR in less 
black and white terms.

彼らが成長し、彼女がワイフや娘を、あまり白黒はっきりとした目で見ないようにするのを望む
しかない。

My job is to keep talking to SS and LL and try to push them gently in the right direction. 
There is no particular "bust up" between them and me.

私がすべきことは、息子やフィアンセが、ワイフや娘に正しい方向でやさしく接するように、話す
こと。彼らと私の間は、とくに悪いというわけではない。

Things are even more complicated though, since RR 's new boyfriend, DD, is partners with 
SS in a building construction business. Worse than that he is a long time friend and ex-
boyfriend of LL's!!!!

が、さらに悪いことに、もっと事情は複雑。というのも、娘の新しいボーイフレンドのDDは、息子
のSSの仕事仲間。そのボーイフレンドのDDは、息子のフィアンセのLLの、前のボーイフレン
ド!!! 長くつきあっていた。

Oh what a tangled web we weave!!!

何とからんだクモの巣を、私たちは編むことか!

JJ

JJより」

 こうしたメールの内容はともかくも、私がいつも不思議に思うのは、つぎのこと。

このJJ君にしても、日本では考えられないほど、すばらしい環境の中に住んでいる。今度新し
い二階建ての家を建てたが、周囲には、ほかに家が見当たらない。少し離れたところには、小
さな湖がある。もちろんそれも彼の敷地の一部である。奥さんは女医で、自分は、政府の農業
指導員をしている。息子はアデレード大学を卒業し、建築技術者。娘は、今、同じ大学の医学
部に通っている。そういう彼が、「どうして悩むのか?」と。

「ない人」には、ないことがわかるが、「ある人」には、あることがわからない。私から見れば、そ
の友人は、まさに夢のような生活をしている。いや、私も若いころ、いつかオーストラリアに移
住して、そんな生活をしてみたいと何度も思った。しかしその友人にしてみれば、それがふつう
の生活であり、何でもない生活ということになる。だから私はこうしたメールを交換しながらも、
つい、こう言いそうになる。「君たちはうらやましいような生活をしているのだから、まずそれに
感謝しなければいけない。息子が多少、気に入らない女性と結婚することになっても、がまんし
なければいけない」と。

  しかし、もちろん、当の本人にとっては、そうではない。深刻な問題である。私にはその「深
刻さ」が、不思議でならない。

●幸福というのは、遠くの未来にあるかぎり光彩を放つが、つかまえてみると、もう何でもな
い。……幸福を追っかけるなどは、言葉のうえ以外には、不可能なことなのである。(エミール・
アラン「幸福語録」、1861−1951、フランスの哲学者)

アランは、「幸福などというものは、手にしたとたん、幸福ではなくなる」と。……となると、これ
は、そのまま私たちの問題となる。今、私は幸福でないと思っている部分は多い。しかしその
中には、人もうらやむような幸福があるかもしれないということ。それについては、老子(中国、
道家の根本書物、「老子道徳経」ともいう)は、こんなふうに書いている。

●不幸は、幸福の上に立ち、幸福は不幸の上に横たわる、と。

つまり不幸があるから、幸福がわかり、幸福があるから、不幸がわかる、と。もう少しわかりや
すい例では、他人の不幸を見ながら、自分の幸福を実感する人は、いくらでもいる。そういう点
では、人間は残酷な生きものである。ラ・ロシェフーコ(フランス人作家)も、「われわれはみな、
他人の不幸を平気で見ていられるほど、強い」(「道徳的反省」)と言っている。

これらは、いわゆる幸福相対論だが、相対論だけではすまされないところが、幸福論の、また
深遠なるところである。こう書いている神学者がいる。

●ささいなことで喜びをもちうることは、子どものみではなく、不幸な者の、高貴な特権である。
(リチャード・ローテ「箴言(しんげん)」、1799−1867、ドイツの神学者)

少し皮肉的な言い方だが、ローテが言っているのは、こういうことだ。

 子どもはささいなことで喜ぶ。同じように不幸な人は、身のまわりから、ささいな喜びをさがし
て、それを幸福とすることができる、と。つまり幸福というのは、相対的なものであると同時に、
視点の違いによって、どうにでもなるということ。幸福だと思っている人でも、視点を変えてさが
せば、不幸なことはいくらでもある。同じように不幸だと思っている人でも、視点を変えてさがせ
ば、幸福なことはいくらでもある。もっと言えば、「幸福」などというものは、得体の知れないも
の。さらに言えば、実体のない幻想ということになる。

 友人のメールを読みながら、その内容もさることながら、私は幸福論について、改めて考えて
なおしてみた。多くの文人や哲学者たちが、人生最大のテーマとして考え、そして考えてきた
「幸福論」。これで結論が出たわけではないが、今日はここまででひとつの区切りとしたい。こ
のつづきは、また別の機会に考えてみる。

 しかしそれにしても、まずい。娘のボーイフレンドが、息子のフィアンセの、元ボーイフレンドと
いうのは! 向こうで「ボーイフレンド」というときは、性的関係のある人をいう。日本では、こう
いうのを、「腐れ縁」という。こういう腐れ縁は、何かにつけてトラブルのもと。しかしこの問題だ
けは、親でもフタをすることはできない。言うべきことは言いながらも、あとは様子を見るしかな
い。まさに「何とからんだクモの巣を、私たちは編むことか!」ということになる。


Hiroshi Hayashi+++++++++Mar 07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1845)

●気うつ症の子ども

+++++++++++++++++

元気がない。
ハキがない。
もちろん目標も、目的もない。

そんな子どものことを思い出した。

+++++++++++++++++

 もうあれから五年になるだろうか。夏休みの間だけ、預かってほしいと頼まれたので、私はそ
の子ども(中二男子)を、一か月だけ教えた。そのときの記録が、ファイルの中から出てきた。

A君の症状

●子どもらしいハツラツとしたハキがない。何かを問いかければ、ニンマリと笑ってそれに答え
るが、どこか痛々しい。
●「何が心配だ」と聞くと、「テスト」と答える。頭の中は、テストのことばかりといったふう。「がん
ばって、それでだめなら、いいじゃない」と言うと、「夏休みあけのテストで悪かったら、ガックリ
すると思う。そういう自分がこわい」と。
●「どんな夢を見るの?」と聞くと、「ときどき、こわい夢」と。そこで「どんな内容かな?」と聞く
と、「内容は覚えていない。でも、こわい夢」と。何度問いただしても、「こわい夢」というだけで、
内容はわからなかった。
●「家では、だれがこわい人から?」と聞くと、「お父さん」と。「どうして?」と聞くと、「テストの点
が悪いと、しかられる」と。
●「今、一番、何をしたいのかな?」と聞くと、「写真を撮りたい」と。彼の趣味は、カメラをいじる
ことだった。写真を撮るというよりも、毎日、自分のカメラをみがいていた。カメラは、一五台くら
いもっているとのこと。
●学習は、すべて受け身。私が「〜〜しよう」と声をかけないと、そのままじっと座っているだけ
といったふう。無気力。「最近、大声で笑ったことがあるか?」と聞くと、「あまりない」と。
●「睡眠はどうかな?」と聞くと、「ときどき、朝の三時か四時ごろまで眠られないことがある」
「朝早く、目が覚めてしまうことがある」と。
●「家の中で、一番、気が休まるところはどこかな?」と聞くと、「ふとんの中……」と。「お母さん
はこわくないの?」と聞くと、「お母さんもお父さんの仕事を手伝っているから、家にいない」と。
●「食事はどう?」と聞くと、「このところあまり食べない」と。しかしA君は、ポッテリと太った肥
満型タイプ。水泳部に属しているということだが、筋肉のしまりがない。「結構、太っているんじ
ゃないの? 何を食べているの?」と聞くと、「あまり食べていない」と。この年齢の子どもは、も
う少し身なりに神経をつかうものだが、髪の毛はボサボサ。無精ひげはのび放題のびていた。
強い口臭もあった。

A君の症状で一番気になったのは、ここにも書いたように、ハツラツさがなく、どこかもの思い
げに、暗く沈んでいたこと。ため息ばかりついて、私が指示しなければ、何も自分ではしようとし
なかったこと。一度は、本人が何かをするまで待っていたことがあるが、ほぼ三〇分間、何もし
ないでボーッと座ったままだった。

 こういうケースでも、私はドクターではないから、「診断」するということはできない。夏休みが
終わる少し前、迎えに来た母親に、「負担を軽くしてあげたほうがいいのでは……」と言うと、母
親は笑いながら、「今が、(受験勉強では)一番、大切な時期ですから、あの子にはがんばって
もらわないと」と言った。

 結局、子育てというのは、行き着くところまで行かないと、親は気づかない。たいていの親は、
「うちの子に限って」「まさか……」「うちはだいじょうぶ」と思って、その場、その場で無理をして
しまう。この無理が、子どもをやがて、奈落の底にたたき落としてしまう。私は別れるとき、「こ
の子は、もう勉強についてはあきらめたほうがよい。またそうすることがその子どものために最
善」と思った。思ったが、結局は言えなかった。

 ……それから三年。久しぶりにその子どものうわさを聞いた。今は、私立高校(このあたりで
も、公立高校よりもランクが下と言われるD高校)に通っているということだそうだ。「元気か
な?」と聞くと、彼をよく知っている高校生はこう言った。「うん、あいつは元気だよ」と。私はほ
っとすると同時に、「そんなはずはない」と思った。何か大きな問題をかかえているはず。しかし
それ以上は、聞かなかった。かえってこの時期、不登校でも起こしてくれたほうが、あとあとの
症状は軽くすむ。問題を先送りにすればするほど、症状は重くなり、なおるのに長期化する。
今、青年期に、精神的な問題を起こす子どもが、ものすごくふえている。「ものすごく」としか書
きようがないが、あなたの周辺にも、一人や二人は必ずいるはず。私はそれを心配した。

(子どもの気うつ症)

●親の過負担、神経質な過関心、威圧的な過干渉、価値観の押しつけ、権威主義が、慢性的
につづくのが原因として起こる。
●気うつ症に先立って、神経症を起こすことが知られている。チック、吃音(どもり)、夜尿、頻
尿など。腹痛、頭痛もよく知られた症状である。
●症状としては、ノイローゼ、うつ病に準じて考えられている。

(1)気感情(ハツラツとした感情)の沈滞、思考障害(頭が働かない、思考がまとまらない、迷
う、堂々巡りばかりする、記憶力の低下)、
(2)神障害(感情の鈍化、楽しみや喜びなどの欠如、悲観的になる、趣味や興味の喪失、日
常活動への興味の喪失)、
(3)睡眠障害(早朝覚醒に不眠)など。
さらにその状態が進むと、
(4)ぼんやりとして事故を起こす(注意力欠陥障害)、
(5)ムダ買いや目的のない外出を繰り返す(行為障害)、
(6)ささいなことで極度の不安状態になる(不安障害)、
(7)同じようにささいなことで激怒したり、ぐすったりする(感情障害)、
(8)他人との接触を嫌う(回避性障害)、
(9)過食や拒食(摂食障害)を起こしたりするようになる。
(10)また必要以上に自分を責めたり、罪悪感をもつこともある(妄想性)。こうした兆候が見ら
れたら、黄信号ととらえる。

要はその前兆をいかにとらえるかだが、これがむずかしい。多分、あなたも、「うちの子はだい
じょうぶ」「私はだいじょうぶ」と思っている。親というのは、そういうもので、自分で失敗し、行き
つくところまで行かないと、わからない。自分では気がつかない。これは子育てが本来的にも
つ、宿命のようなものと考えてよい。


++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司


●笑い話

++++++++++++++++

あなたの子育てチェック!

++++++++++++++++

 ある日一人の男が、そのあたりでも有名な精神科医のところへやってきた。そしてこう言っ
た。
 
「ドクター、私は、夜もよく眠られません。人と顔を合わせるのも、おっくうになりました。生きて
いるのもつらいです。どうしたらいいでしょうか」と。

 するとその精神科医は、こう言った。「そういうときは、笑うことです。大声で笑うことです。そう
言えば、遊園地に道化師ショーというのがありますから、あそこへ行ってみたらどうでしょう。あ
そこには、おもしろい道化師がいます。みんな、腹をかかえて笑っています。あなたもあそこへ
行って、大声で笑ってみてはどうでしょうか」と。

 するとその男は、こう言った。「いえ、ドクター、それが私にはできないのです。私がその道化
師ですから……」と。

●私のばあい
 
 私にもこんな経験がある。浜松に住むようになって、近所のH内科医院にずっと世話になって
いるが、ある日、そのドクターに、こう相談した。

 「先生、最近、こまかいことが気になると、そればかりを考え、頭から離れないことがありま
す。どうしてでしょう?」と。

 するとそのH医師は、あれこれ症状を並べ始めた。「夜、眠られないでしょう」「はい」「朝、早く
目が覚めることがあるでしょう」「はい」「気が滅入って、テレビや新聞を見るのもいやになること
があるでしょう」「はい」と。

 私はさすがドクターだと感心した。よくもまあ、他人の症状がこうまで、正確にわかるものだ
と。そこで私はそのH医師にこう言った。「さすが、先生ですね。よく私の症状がわかりますね」
と。するとそのドクターは、こう言った。「いえね、林さん、実は私もそうなんですよ、ハハハ」と。

●自分のこと

 子育てをしていると、子どもの中に、自分の過去を見るときがある。「ある」というより、その連
続。そういうとき私はいつも、「自分もそうだったから……」と、ヘンに納得してしまう。たとえば
息子の一人が、金庫から、一〇万円単位のお金を盗み、それを使っていたことがある。そのと
きも、私は息子を叱りながらも、「ああ、私もそういうことをしたことがある」と思った。一〇万円
という大金ではないが、私も子どものころ、五円とか、一〇円とか、ときどき店の金庫から、お
金を盗んで使ったことがある。

 こういう心の操作は、子育てをしていく上では、とても大切なことだ。ふつうは、「自分はどうだ
ったか」「自分ならできるか」「自分ならどうするだろうか」という視点で見る。そうすると、それま
では見えていなかった子どもの心が見えてくる。

 最近でも、子ども(生徒)たちが、カード集めに夢中になっているのを見たときのこと。私はふ
と、自分の子ども時代を思い出した。私が子どものころは、相撲取りのカードとか、プロ野球の
選手のカードを集めていた。岐阜のほうでは、パンコと呼んでいたが、メンコも人気があった。
そういう記憶が心のどこかに残っているから、「くだらないから、やめろ」とは、とても言えない。
一応叱りながらも、心のどこかでそれを許す。

 実はこうした操作は、それができる親には、ごく自然にできるものだが、できない親にはでき
ない。とくに子ども時代、とくに悪いこともしなかったという親ほど、できない。それだけ許容範
囲が狭いということになる。さらに子ども時代、優等生だったという親ほど、できない。そういう
意味では、子ども時代に、男の子でいえば、わんぱくで、いろいろなサブカルチャ(非行などの
下位文化)を経験した子どもほど、親になると、よい親になる。

 私も、子ども時代、とくに小学六年生ごろまでは、目いっぱい、わんぱく少年で育った。わが
ままで、傲慢で、自分勝手で、自己中心的な部分もあったが、それだけに、子どもの世界を広
く知っていた。当時、子どもの世界で流行した遊びは、すべて経験した。そういう私だから、今、
わんぱくな男の子を見たりすると、正直言って、ほっとするような懐(なつ)かしさを覚える。つい
先日も、こんなことがあった。

 今、S君(小三)という子ども(生徒)が、私の教室に来ている。存在感のある子どもで、ワー
ワーと騒いでばかりいる。その子どもが実に楽しい。ユーモアのセンスも抜群だし、感受性も強
い。親はホトホト手を焼いているようだが、私はそうでない。その子どもをからかったり、反対に
からかわれていたりすると、そのままストレスがどこかへ吹っ飛んでしまう。そんなある日、母
親がやってきて、こう言った。

 「先生、すみません。うちの子はああいう子で、何かとたいへんでしょう」と。

 そこで私はこう言った。「いいえ、ぜんぜん。S君は、私の子ども時代、そっくりの少年です。
かえって教えやすいです」と。そう、私はそのS君の心が、まさに手に取るようにわかる。わか
るから、教えやすい。

(補足)
 もちろん嫌いなタイプもある。ネチネチしたり、グズグズしたりするタイプ。いい子ぶるタイプ。
つげ口をする子どもなど、卑怯(ひきょう)なことをするタイプ。とくに私はつげ口が嫌い。私にあ
れこれつげ口をしてくる子どももいるが、そういうときは、「つげ口をするのはもっと悪いこと。自
分で相手に文句を言いなさい」とはねのけることにしている。ホント。つげ口は、いやなもの!

【あなたのチェックテスト】

 あなたの子育て失敗危険度をチェックしてみよう。あなたの子ども時代は、どうであったか。

(1)ずっと優等生で、勉強もよくでき、親にも、期待された。
(2)それなりの範囲の、できのよい友だちとだけいつも、つきあっていた。
(3)中学、高校、大学と、わりとスンナリと、進学した。
(4)結婚も、みなに祝福され、これといって問題なく、した。
(5)今の生活は、平均以上だと思うし、これといって問題はない。

 このテストで、三〜四個、当てはまるようであれば、それだけ子育ての許容範囲がせまいと
みる。あなたの子どもがその範囲に収まっていれば問題はないが、その範囲を超えたとき、あ
なたはそうでない人より大きなショックを受ける。そしてそのショックが、家庭騒動、さらには親
子の間にキレツを入れる原因となる。くれぐれも、ご注意!


+++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩


●相撲(すもう)

++++++++++++++

4年前だが、相撲について書いた
原稿が、これ。

今、読みかえしてみると、
「ますます、そうだ」と
思える点が多い。

++++++++++++++

 私は子どものころ、相撲が大好きだった。私だけではない。日本中が、大好きだった。テレビ
で相撲の中継が始まると、みな、テレビの前に集まった。相撲は、まさに日本の国技だった。

 しかしそれから五〇年。この模様は、すっかり変わった。今では、子どもでも、相撲を見る子
どもは、ほとんどいない。実のところ、私も、この三〇年、ほとんど見ていない。何がどう変わっ
たのかは知らないが、興味をなくした。

 そういう中、先日、横綱のT関が、引退した。そのニュースは、NHKの昼の定時ニュースのト
ップで、報じられた(〇三年一月)。私は時計を見ていたが、そのニュースだけで六分間! そ
してそのあと、怒涛のように、T関のニュース、またニュース。NHKでも、その夜、T関の特集を
組んで報道していた。

 しかし、だ。たかが横綱が引退したくらいのことで、そんなに大騒ぎしなければならないのだろ
うか。常識で考えても、おかしい。「国技」ということはわかるが、それほどまでに国技にこだわ
らなければならない理由など、どこにもない。たとえば今は、冬場所だが、BS放送でも、午後
一時前後から、夕方六時前後まで、実況中継している。毎日、五時間である! NHKと日本
相撲協会の関係は、きわめて深い。どう深いかは、また別のところで書くとして、何ともうさん臭
いものを感ずる。

で、その結果、相撲業界の裏では、億単位の現金が乱舞しているという。ときどきマスコミにも
漏れ、そのつど話題になるが、そういうのはまさに氷山の一角? 数年前だが、「金による八
百長は、日常茶飯事」と暴露した、元力士もいた。

 私は何も、相撲の実況中継に反対しているのではない。しかし「程度」というものがある。今、
日本人の何%の人が、そういう実況中継を、午後一時から見たがっているのか、一度調査し
てみたらよい。報道の世界にも、需要と供給のバランスというものがあるのではないのか。相
撲の実況中継に毎日五時間も取られる分だけ、ほかの報道がなおざりになる。少なくとも、ま
だ観客がほとんどいないうちから、中継を始めなければならない理由など、ない。ちなみに昨
年(〇二年一一月場所)の観客動員数は、六割前後※(1)(読売新聞)。どの場所も空席ばか
りが目立つ、さみしい状況となっている。

 相撲は残念ながら、スポーツではない。興行である。興行である以上、金儲けが目的。金儲
けが悪いと言っているのではない。金儲けなら金儲けでよいが、だったら、そこには一線を引く
べきではないのか。こうまで国やNHKが、相撲協会を助けなければならない理由など、ない。
また、助けてはいけない。反対にスポーツというなら、もう少しわかりやすくしてはどうか。少なく
とも柔道とか、剣道のように、だ。今のやり方は、税金の使われ方という意味においても、公平
さを欠いている。少なくとも、民主的ではない。

 ……こう書くと、「相撲こそ、日本の伝統文化だ」と反論する人がいる。型、型、型でがんじが
らめになった、あの相撲を、だ。ならば、私は反対に問題にしたい。なぜ、日本人は、こうまで
「型」にこだわるのか、と。型が文化であると思い込んでいる人すら、いる。あるいは型を守るこ
とが、伝統文化を守ることだと錯覚している人すら、いる。しかし型は文化ではない。文化とい
うのは、観念をいう。考え方をいう。たとえばベネディクトは、『菊と刀』の中で、「キリスト教的欧
米文化は、罪の文化である。日本の文化は、恥の文化である」と書いている。そういうのを文
化という。

 だからといって繰りかえすが、私は相撲を否定しているのではない。それを守りたいという人
がいて、それを守るという人がいるなら、それはそれでよいことだ。私のような人間がとやかく
言っても始まらない。相撲によく似ているが、私も学生時代、宝生(ほうしょう)クラブという、謡
(うたい)のクラブに入っていた。京都の能舞台で、うなったこともある。それはそれで結構楽し
かったし、よい思い出になっている。

 ただ私が心配するのは、型にこだわるあまり、日本人は、どうしても生きザマがうしろ向きに
なりやすいということ。ときには型が、ブレーキになることもある。何かにつけて型を決めてから
行動しようとする。そのため、その分、進歩が遅れてしまう。決しておおげさなことを言っている
のではない。あの堺屋太一氏も、「(日本の社会)は、厳しい新規参入の制限、伝統的様式に
よる規格化、独占の管理機構(日本相撲協会)という、市場原理の働かない(相撲型社会であ
る)」(講談社刊「大変な時代」)と書いている。堺屋氏は相撲型社会を決して、ほめているので
はない。「このままでは日本はダメになる」と警告しているのである。

教育の世界とて、例外ではない。たとえば文字の、トメ、ハネ、ハライがある。その上、書き順
まである。こういうものに子どもたちは神経をすり減らしているから、文字を書いて考えたり、自
分を表現したりすることが、どうしてもなおざりになってしまう。恐らく世界でも、もっとも思考能
力のない民族はといえば、私たち日本人ではないのか。ロンドン大学の森嶋名誉教授も、そう
書いている。「(日本の学生は)、自分で考え、判断する訓練が、もっとも欠如している※(2)」
と。

 相撲から文化論、さらには教育論にまで、話が飛躍してしまったが、NHKや日本相撲協会
が、必死になって、観客需要をつくろうとしても、それは無理というもの。なぜなら、それを決め
るのは、一部の指導者ではなく、私たち民衆だからである。いくら「相撲はおもしろぞ」と私たち
を扇動しようとしても、私たちが「おもしろくない」と思えば、それまでのこと。その意識そのもの
が、まさに文化ということになる。

 冒頭にも書いたように、私も子どものころは、相撲が大好きだった。そういう私でも、このとこ
ろ相撲が低調ということについて、それほど悲しいという思いはない。理由のひとつとして、金
まみれのスキャンダルがつづいたこと。今の今でも、ここにも書いたように、相撲業界の裏で
は、億単位の現金が乱舞しているという。そういう話を聞かされるたびに、「結局は私たちは、
だれかの金儲けのために利用されただけ」という思いにかられる。つまり私のばあい、そういう
思いが消えないかぎり、再び相撲が好きになることはないと思う。
(03−1−25)

※(1)……〇二年一一月場所、観客動員数(読売新聞調べ)
    初日     ……6310人
    二日目〜六日目……5050人〜5850人
         (満席で8720人)

※(2)……ロンドン大学の森嶋通夫名誉教授も、「日本の教育は世界で一番教え過ぎの教育
である。自分で考え、自分で判断する訓練がもっとも欠如している。自分で考え、横並びでない
自己判断のできる人間を育てなければ、二〇五〇年の日本は本当にダメになる」(「コウとうけ
ん」・九八年)と。

●伝統が創造されるといふのは、それが形を変化するといふことである。伝統を作り得るもの
はまた伝統を毀(こわ)し得るものでなければならぬ。(三木清「哲学ノート」)

++++++++++++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●伝統論

+++++++++++++++

保守主義者たちは、「伝統」という
言葉を使って、自分たちを正当化する。

「伝統」という言葉を口にすれば、
それですべてが解決すると
信じている。

しかし果たして、それでよいのか。

+++++++++++++++

 伝統は、それ自体は、経験の集合である。先人たちの積み重ねてきた知恵や情報が、その
中には、ぎっしりとつまっている。

 しかしその伝統にしばられるのは、正しくない。伝統は、いつも、よりよい伝統によって置き換
えられなければならない。またそうであるなら、それ以前の伝統が否定されても、何ら悲しむべ
きことではない。なぜなら、伝統そのものも、無数の取捨選択の結果でしかないからである。相
撲を例にあげて考えてみよう。

 相撲はまさに日本の伝統的スポーツ。しかしその相撲は、ある日突然現れ、そして完成した
わけではない。今に見る相撲になるまでに、無数の人たちと、無数の試行錯誤が繰りかえされ
た。しかしどこかで完成されたわけではない。今の今も、その試行錯誤の過程にあるとみるの
が正しい。だとするなら、過去にこだわるあまり、「完成した」とみるのは正しくない。改良すべき
点があるなら、どんどんと改良していったらよい。

 たとえば相撲では、けがをする人が絶えない。理由は、土俵が上に盛りあがっているから
だ。だったらなぜ、土俵を地面と同じ高さにしないのか。あるいは、ころんでもけがをしないよう
に、同じ高さのワクを広げてもよい。またあのマワシにしても、どうしてそれがパンツではいけな
いのか。こういう意見はどこか極論に聞こえるかもしれないが、「過程」というのは、そういう意
味である。過去にこだわりすぎるあまり、試行錯誤する過程を否定してはいけない。

 もちろん伝統を頭から否定してはいけない。それはいわば、無数の石で積みあげられた塔の
ようなもの。こわすのは、だれにだってできる。それに簡単だ。大切なことは、こわすならこわす
で、それに代わるもの、あるいはもっとすばらしいものを用意しなければならない。「相撲はつ
まらないからやめてしまえ」と言ってはいけない。私たちが考えるべきことは、「どうすれば、もっ
とおもしろくできるか」ということ。

 もっとも相撲のばあい、「伝統」という言葉を、逆手にとって利用している面がある。「伝統だ
から守ろう」という立場ではなく、「伝統だから守るべき」、さらには、「伝統だから、ありがたく思
え」というふうにである。この傲慢(ごうまん)さは、いったい、どこからくるのか。

私はその理由の一つとして、「興行」という名のもとの「金儲け」をあげる。つまり今の相撲は、
伝統を守ろうとか、守らないとかいうレベルの話ではなく、むしろ「伝統」という言葉を利用して、
金儲けの道具に使われている。よい例が、外人力士たちだ。彼らは日本の伝統を守るため
に、日本へやってきて、力士になったのではない。ボランティア精神など、みじんもない。あくま
でも、金儲けだ。わかりやすいと言えばわかりやすいが、そのわかりやすい分だけ、そこに不
純なものが、にじみ出てくる。その不純なものを、おおい隠すために、むしろ「伝統」という言葉
が利用されている。

 だったら、なぜ、相撲を、もっと前向きにとらえないのか。柔道や空手のように、国際的なスポ
ーツにするという方法もある。少なくとも、組織まで、かたくなに守らねばならないという理由は
ない。もっとも組織にメスを入れたら、その組織の中で安穏としていた人には、大打撃になる。
だから当然のことながら抵抗するだろう。つまりその抵抗の道具として、ここでも「伝統」という
言葉が利用されている。

 こうした例は、日本の中に、無数に残っている。相撲だけではない。伝統という言葉を利用し
て、既得権を守る。排他的になる。独善的になる。そして改革をこばむ。三木清(哲学者、189
7−1945)は、それではいけないと言っている。彼はこう書いている。「伝統が創造されるとい
ふのは、それが形を変化するといふことである。伝統を作り得るものはまた伝統を毀(こわ)し
得るものでなければならぬ」(「哲学ノート」)と。つまり伝統というのは、形を変え、また壊しうる
ものでなければならない、と。

 私たち日本人は、「伝統」という言葉にあまりにも、おびえすぎているのではないのか。あるい
は、子どものときから、ことあるごとに、そう洗脳されつづけてきた? あなたも子どものころ、
学校や近隣で、耳にタコができるほど、「伝統を守ろう」という言葉を聞かされてきたと思う。そ
してその結果、ちょうどどこかの宗教団体の信者が、本尊におびえるように、「伝統」という言葉
におびえるようになってしまった? しかし何も恐れることはない。もし今までの伝統より、すば
らしいものを用意できるなら、その伝統にこだわる必要はない。またこだわってはいけない。

 そこでここでの結論として、私はこう考える。

 伝統とは、それ自体が、伝統の種である。種であるから、心のどこかにまいてこそ、意味があ
る。やがて実をつけることができる。決してその種を手の中で、握ったままにしておいてはいけ
ない。握ったままにすれば、腐るだけ。腐って滅びるだけ。
(03−1−25)


Hiroshi Hayashi+++++++++Mar 07+++++++++++はやし浩司

●暴論は疑う

++++++++++++++

子育ての世界には、暴論と
呼ばれるメチャメチャな
育児法がある。

そうした暴論には、みなさん、
くれぐれも、ご注意!

++++++++++++++

 少し前、子どもの不登校や情緒障害を、怒鳴り散らして「治す(?)」という指導者がいた。テ
レビでも何度か紹介されたことがあるが、ただただ(?)クェスチョンマークだけが並ぶような指
導法だった。

 ときとしてこういう暴論が、世間をにぎわす。少し前には、Tヨットスクールというのがあった。
死者まで出す、めちゃめちゃな指導法だったが、当初は、マスコミにも取りあげられ、結構話題
になった。
 
 私はずっと子育てや、育児論を最前線で見てきたが、結論はただひとつ。「暴論は疑う」だ。

 子どもの心は、ときとしてガラス箱のように、デリケートでこわれやすい。そしてこわれた心
は、こわれたガラス箱のように、簡単には、もとに戻らない。それこそ一年単位の時間と努力
が必要。それを数回、怒鳴っただけで治す(?)とは! 私もその指導者が書いた本を、二冊
買って読んだが、正直言って、「?」の本だった。一冊は、自分が高校生のとき、父親の車を盗
んで、無免許で乗り回したとか、そういう話が書いてあった。つまり「そういう経験が、今、役に
たっている」と。

 それ以上のことは私にはわからないので、反論のしようがないが、子育てには、近道も抜け
道もない。あるとすれば、あなたがそこにいて、子どもがそこにいるという事実。その事実だけ
を冷静に見つめて、子育てをすればよい。仮に子どもに問題があったとしても、「なおそう」と
か、「なおしてやろう」とか、さらには、「なおさなければ」と思う必要はない。今ある事実を、ある
がままに受け入れて、その中で、あなたとあなたの子どもの人間関係をつくればよい。

 つぎの原稿は、こうした暴論について書いたもの。

+++++++++++++++++++++++

(暴論1)

スパルタ方式への疑問

 スパルタ(古代ギリシアのポリスのひとつ)では、労働はへロットと呼ばれた国有奴隷に任
せ、男子は集団生活を営みながら、もっぱら軍事教練、肉体鍛錬にはげんでいた。そのきびし
い兵営的な教育はよく知られ、それを「スパルタ教育」という。

 そこで最近、この日本でも、このスパルタ教育を見なおす機運が高まってきた。自己中心的
で、利己的な子どもがふえてきたのが、その理由。「甘やかして育てたのが原因」と主張する評
論家もいる。しかしきびしく育てれば、それだけ「子どもは鍛えられる」と考えるのは、あまりに
も短絡的。あまりにも子どもの心理を知らない人の暴論と考えてよい。やり方をまちがえると、
かえって子どもの心にとりかえしのつかないキズをつける。

 むしろこうした子どもがふえたのは、家庭教育の欠陥と考える。(失敗ではない!)その欠陥
のひとつは、仕事第一主義のもと、家庭の機能をあまりにも軽視したことによる。たとえばこの
日本では、「仕事がある」と言えば、男たちはすべてが免除される。子どもでも、「宿題がある」
「勉強する」と言えば、家での手伝いのすべてが免除される。こうした日本独特のおかしさは、
外国の子育てと比較してみると、よくわかる。ニュージラーンドやオーストラリアでは、子どもた
ちは学校が終わり家に帰ったあとは、夕食がすむまで家事を手伝うのが日課になっている。こ
ういう国々では、学校の宿題よりも、家事のほうが優先される。が、この日本では、何かにつけ
て、仕事優先。勉強優先。そしてその一方で、生活は便利になったが、その分、子どものでき
る仕事が減った。

私が「もっと家事を手伝わせなさい」と言ったときのこと、ある母親は、こう言った。「何をさせれ
ばいいのですか」と。聞くと、「掃除は掃除機でものの一〇分ですんでしまう。料理も、電子レン
ジですんでしまう。洗濯は、全自動。さらに食材は、食材屋さんが届けてくれます」と。こういうス
キをついて、子どもはドラ息子、ドラ娘になる。で、ここからが問題だが、ではそういう形でドラ
息子、ドラ娘になった子どもを、「なおす」ことができるか、である。

 が、ここ登場するのが、「三つ子の魂、一〇〇まで」論である。実際、一度ドラ息子、ドラ娘に
なった子どもをなおすのは、容易ではない。不可能に近いとさえ言ってもよい。それはちょうど
一度野性化した鳥を、もう一度、カゴに戻すようなものである。戻せば戻したで、子どもはたい
へんなストレスをかかえこむ。本来なら失敗する前に、その失敗に気づかねばならない。が、
乳幼児期に、さんざん、目いっぱいのことを子どもにしておき、ある程度大きくなってから、「あ
なたをなおします」というのは、あまりにも親の身勝手というもの。子どもの問題というより、日
本人が全体としてかかえる問題と考えたほうがよい。だから私は「欠陥」という。いわんやスパ
ルタ教育というのは! もしその教育をしたかったら、親は自分自身にしてみることだ。子ども
にすべき教育ではない。

+++++++++++++++++++++++

(暴論2)

「親だから」という論理

 先日テレビを見ていたら、一人の評論家(五五歳くらい)が、三〇歳前後の若者を叱責してい
る場面があった。三〇歳くらいの若者が、「親を好きになれない」と言ったことに対して、その評
論家が、「親を好きでないというのは、何ということだ! お前は産んでもらったあと、だれに言
葉を習った! (その恩を忘れるな!)」と。それに対して、その若者は額から汗をタラタラと流
すだけで、何も答えられなかった(〇二年五月)。

 私はその評論家の、そういう言い方は卑怯(ひきょう)だと思う。強い立場のものが、一方的
に弱い立場のものを、一見正論風の暴論をもってたたみかける。もしこれが正論だとするな
ら、子どもは親を嫌ってはいけないのかということになる。親子も、つきつめれば一対一の人間
関係。昔の人は、「親子の縁は切れない」と言ったが、親子の縁でも切れるときには切れる。
切れないと思っているのは、親だけで、親はその幻想の上に安住しているだけ。そのため子ど
もの心を見失うケースはいくらでもある。仕事第一主義の夫が、妻に向かって、「お前はだれの
おかげでメシを食っていかれるか、それがわかっているか!」と言うのと同じ。たしかにそうか
もしれないが、夫がそれを口にしたら、おしまい。親についていうなら、子どもを育て、子どもに
言葉を教えるのは、親として当たり前のことではないか。

 日本人ほど、「親意識」の強い民族は、そうはいない。たとえば「親に向かって何だ」という言
い方にしても、英語には、そういう言い方そのものがない。仮に翻訳しても、まったく別のニュア
ンスになってしまう。少なくとも英語国では、子どもといえども、生まれながらにして対等の人間
としてみる。それに子育てというのは、親から子への一方的なものではない。親自身も、子育て
をすることにより、育てられる。無数のドラマもそこから生まれる。人生そのものがうるおい豊
かなものになる。

私は今、三人の息子たちの子育てをほぼ終えつつあるが、私は「育ててやった」という意識は
ほとんどない。息子たちに向かって、「いろいろ楽しい思い出をありがとう」と言うことはあって
も、「育ててやった」と親の恩を押し売りするようなことは絶対にない。そういう気持ちはどこにも
ないと言えばウソだが、しかしそれを口にしたら、おしまい。

 私は子どもたちからの恩返しなど、はじめから期待していない。少なくとも私は自分の息子た
ちには、意識したわけではないが、無条件で接してきた。むしろこうして子育ても終わりに近づ
くと、できの悪い父親であったことを、わびたい気持ちのほうが強くなってくる。いわんや、「親
孝行」とは? 自分の息子たちが私に孝行などしてくれなくても、私は一向に構わない。「そん
なヒマがあったら、前向きに生きろ」といつも、息子たちにはそう教えている。この私自身が、そ
の重圧感で苦しんだからだ。

 私はそんなわけで、先の評論家の意見には、生理的な嫌悪感を覚えた。ぞっとするような嫌
悪感だ。しばらく胸クソの悪さを消すのに苦労した。

++++++++++++++++++++++++

(暴論3)(少し前に掲載した原稿です)

子どもにはナイフを渡せ!

●墓では人骨を見せろ?

 ある日、一人の母親(三〇歳)が心配そうな顔をして私のところへやってきた。見ると一冊の
本を手にしていた。日本を代表するH大学のK教授の書いた本だった。題は「子どもにやる気
を起こす法」(仮称)。

 そしてその母親はこう言った。「あのう、お墓で、故人の遺骨を見せたほうがよいのでしょう
か」と。私が驚いていると、母親はこう言った。「この本の中に、命の尊さを教えるためには、お
墓へつれていったら、子どもには遺骨を見せるとよい」と。その本にはほかにもこんなことが書
いてあった。

●遊園地で子どもを迷子にさせろ?

 親子のきずなを深めるためには、遊園地などで、子どもをわざと迷子にさせてみるとよい。家
族のありがたさを教えるために、子どもは、二、三日、家から追い出してみるとよい、など。本
の体裁からして、読者対象は幼児をもつ親のようだった。が、きわめつけは、「夫婦喧嘩は子
どもの前でするとよい。意見の対立を教えるのによい機会だ」と。これにはさすがの私も驚い
た。

●子どもにはナイフをもたせろ?

 その一つずつに反論したいが、正直言って、あまりのレベルの低さに、どう反論してよいかわ
からない。その前後にこんなことを書く別の評論家もいた。「子どもにはナイフを渡せ」と。「子
どもにナイフを渡すのは、親が子どもを信じている証(あかし)になる」と。そのあとしばらくして
から、関東周辺で、中学生によるナイフ殺傷事件がつづくと、さすがにこの評論家は自説をひ
っこめざるをえなかったのだろう。ナイフの話はやめてしまった。しかし証拠は残った。その評
論は、日本を代表するM新聞社の小冊子として発行された。その小冊子は今も私の手元にあ
る。

●ゴーストライターの書いた本

 これはまた元教師の話だが、数一〇万部を超えるベストセラーを何冊かもっている評論家が
いた。彼の教育論も、これまたユニーク(?)なものだった。「子どもの勉強に対する姿勢は、筆
箱の中を見ればわかる」とか、「たまには(老人用の)オムツをして、幼児の気持ちを理解する
ことも大切」とかなど。「筆箱の中を見る」というのは、それで子どもの勉強への姿勢を知ること
ができるというもの。たしかにそういう面はあるが、しかしそういうスパイのような行為をしてよ
いものかどうか? そう言えば、こうも書いていた。「私は家庭訪問のとき、必ずその家ではトイ
レを借りることにしていた。トイレを見れば、その家の家庭環境がすべてわかった」と。たまたま
私が仕事をしていたG社でも、彼の本を出した担当者がいたので、その担当者に話を聞くと、
こう教えてくれた。

 「ああ、あの本ね。実はあれはあの先生が書いた本ではないのですよ。どこかのゴーストライ
ターが書いてね、それにあの先生の名前を載せただけですよ」と。そのG社には、その先生専
用のライター(担当者)がいて、そのライターがその評論家のために原稿を書いているとのこと
だった。もう二〇年も前のことだが、彼の書いた(?)数学パズルブックは、やがてアメリカの雑
誌からの翻訳ではないかと疑われ、表に出ることはなかったが、出版界ではかなり話題になっ
たことがある。

●タレント教授の出世術

 先のタレント教授は、つぎのようにして本を書く。まず外国の文献を手に入れる。それを学生
に翻訳させる。その翻訳を読んで、あちこちの数字を適当に変えて、自分の原稿にする。そし
て本を出す。こうした手法は半ば常識で、私自身も、医学の世界でこのタイプのゴーストライタ
ーをした経験があるので、内情をよく知っている。

 こうした常識ハズレな教授は、決して少数派ではない。数年前だが私がH社に原稿を持ちこ
んだときのこと、編集部の若い男は遠慮がちに、しかしどこか人を見くだしたような言い方で、
こう言った。「あのう、N大学のI名誉教授の名前でなら、この本を出してもいいのですが……」
と。もちろん私はそれを断った。

が、それから数年後のこと。近くの本屋へ行くと、入り口のところでH社の本が山積みになって
いた。ワゴンセールというのである。見ると、その中にはI教授の書いた(?)本が、五〜六冊あ
った。手にとってパラパラと読んでみたが、しかしとても八〇歳を過ぎた老人が書いたとは思わ
れないような本ばかりだった。漢字づかいはもちろんのこと、文体にしても、若々しさに満ちあ
ふれていた。

●インチキと断言してもよい

 こうしたインチキ、もうインチキと断言してよいのだろうが、こうしたインチキは、この世界では
常識。とくに文科系の大学では、その出版点数によって教官の質が評価されるしくみになって
いる。(理科系の大学では論文数や、その論文が権威ある雑誌などでどれだけ引用されてい
るかで評価される。)だから文科系の教官は、こぞって本を出したがる。そういう慣習が、こうし
たインチキを生み出したとも考えられる。が、本当の問題は、「肩書き」に弱い、日本人自身に
ある。

●私の反論

 私は相談にやってきた母親にこう言った。「遺骨なんか見せるものではないでしょ。また見せ
たからといって、生命の尊さを子どもが理解できるようにはなりません」と。一応、順に反論して
おく。

 生命の尊さは、子どものばあいは死をていねいに弔うことで教える。ペットでも何でも、子ども
と関係のあったものの死はていねいに弔う。そしてその死をいたむ。こうした習慣を通して、子
どもは「死」を知り、つづいて「生」を知る。

 また子どもをわざと遊園地で迷子にしてはいけない。もしそれがいつか子どもにわかったと
き、その時点で親子のきずなは、こなごなに破壊される。またこの種のやり方は、方法をまち
がえると、とりかえしのつかない心のキズを子どもに残す。分離不安にさえなるかもしれない。
親子のきずなは、信頼関係を基本にして、長い時間をかけてつくるもの。こうした方法は、子育
ての世界ではまさに邪道!

 さらに子どもを家から二、三日追い出すということが、いかに暴論かはあなた自身のこととし
て考えてみればよい。もしあなたの子どもが、半日、あるいは数時間でもいなくなったら、あな
たはどうするだろうか。あなたは捜索願だって出すかもしれない。

 最後に夫婦喧嘩など、子どもの前で見せるものではない。夫婦で哲学論争でもするならまだ
しも、夫婦喧嘩というのは、たいていは聞くに耐えない痴話喧嘩。そんなもの見せたからといっ
て、子どもが「意見の対立」など学ばない。学ぶはずもない。ナイフをもたせろと説いた評論家
の意見については、もう書いた。

●批判力をもたない母親たち

 しかし本当の問題は、先にも書いたように、こうした教授や評論家にあるのではなく、そういう
とんでもない意見に対して、批判力をもたない親たちにある。こうした親たちが世間の風が吹く
たびに、右へ左へと流される。そしてそれが子育てをゆがめる。子どもをゆがめる。

++++++++++++++++++++++

 こうした暴論がなぜ生まれるか。その背景には、独断と独善がある。だからといって、私の意
見が正論とは思わないが、私のばあい、すべての授業を公開することで、つまりいつも親の視
線と監視のもとに自分の教育を置くことで、そのつど軌道修正してきた。いまだかって、非公開
で授業をしたことはないし、参観を断ったことがない。これは教育を組みたてるときには、たい
へん重要なことだと思う。あえていうなら、世間的な常識の注入ということになる。これがない
と、教育者も評論家も、軌道を踏みはずすことになる。理由は、簡単。英語でも、教師のこと
を、「子どもの王(King of Kids)」という。つまり独裁者。世間的な常識の注入がないと、その独
裁者になりやすい。


Hiroshi Hayashi+++++++++Mar 07+++++++++++はやし浩司

●自然教育

+++++++++++++++

自然教育は、どうあるべきか。
その前に、「自然」を、私たちは、
どう考えたらよいのか?

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 地球温暖化の問題は、年々、深刻さをましている。しかしこういう言い方は、ほかの国の人た
ちには失礼かもしれないが、日本ほど、ラッキーな国はない。

 四方を海に囲まれ、しかも中央には、三〇〇〇メートル級の山々を連ねている。これから
先、地球温暖化の問題が起きてくるとしても、日本に被害がおよぶのは、最後の最後。海面上
昇にしても、また水不足にしても、当面は心配ない。が、油断してはいけない。そのひとつ。食
料とエネルギーの確保。

 ……というようなことは、私が書いても意味がない。そこでここでは、もう一歩、先に話を進め
る。

 いろいろ誤解があるようだが、世界の中でも、日本人ほど、自然に対して破壊的な民族は、
そうはいない。よく「日本人は自然を愛する民族だ」というが、これはウソ。日本に緑が多いの
は、たまたま放っておいても緑だけは育つという、恵まれた環境だからにほかならない。

 つぎに「自然を大切にしましょう」と、声高に叫ぶのは勝手だが、その「自然」がやさしいの
は、ごく限られた国々でしかない。たとえばアラブの、つまり砂漠の国々へ行って、「自然を大
切に」などと言おうものなら、「お前、アホか!」と言われる。ほとんどの国では、自然というの
は、人間が戦うべき「脅威」ということになっている。つまり、これらの点でも、日本は、本当にラ
ッキーな国である。

 しかしもともと日本人は、自然に対して、受け身の民族であった。が、その姿勢が大きく変化
したのは、戦後のことである。それについて書いたのが、つぎのエッセー。

+++++++++++++++++++++++

この私の自然論は、
少し難解なため
興味のある方だけ、
お読みください。

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自然論

 フランシス・ベーコン(1561−1626、イギリスの哲学者)は、「ノーヴェム・オルガヌム」の中
で、こう書いている。「まず、自然に従え。そして自然を征服せよ」と。このベーコンの自然論の
基本は、人間と自然を、相対した関係に置いているというところ、つまり人間がその意識の中
で、自然とは別の存在であると位置づけているところにある。

それまでのイギリスは、ある意味で自然に翻弄されつづけていたとも言える。つまりベーコン
は、人間の意識を自然から乖離(かいり)させることこそが、人間の意識の確立と考えた※。こ
の考えは、その後多くの自然科学者に支持され、そしてそれはその後さらに、イギリスの海洋
冒険主義、植民地政策、さらには1740年ごろから始まった産業革命の原動力となっていっ
た。

 一方、ドイツはまったく別の道を歩んだ。ベーコンの死後から約100年後に生まれたゲーテ
(1749−1832)ですら、こう書き残している。「自然は絶えずわれわれと語るが、その秘密を
打ち明けはしない。われわれは常に自然に働きかけ、しかもそれを支配する、何の力ももって
いない」(「自然に関する断片」)と。さらにこうも言っている。「神と自然から離れて行動すること
は困難であり、危険でもある。なぜなら、われわれは自然をとおしてのみ、神を意識するからで
ある」(「シュトラースヴェルグ時代の感想」)と。

ここでゲーテがいう「神」とは、まさに「自己の魂との対面」そのものと考えてよい。つまり自己の
魂と対面するにしても、自然から離れてはありえないと。こうしたイギリスとドイツの違いは、海
洋民族と農耕民族の違いに求めることもできる。海洋民族にとって自然は、常に脅威であり、
農耕民族にとっては自然は、常に感嘆でしかない。海洋民族にとっては自然は、常に戦うべき
相手であり、農耕民族にとっては自然は、常に受け入れるべき相手でしかない。が、問題は、
イギリスでも、ドイツでもない。私たち日本人はどうだったかということ。

 日本人は元来農耕民族である。ドイツと違う点があるとするなら、日本は徳川時代という、世
界の歴史の中でも類をみないほどの暗黒かつ恐怖政治を体験したということ。そのためその
民族は、限りなく従順化された。日本人独特の隷属的な相互依存性はこうして説明されるが、
それに反してイギリス人は、人間と自然を分離し、人間が自然にアクティブに挑戦していくこと
を善とした。ドイツ人はしかし自然を受け入れ、やがてやってくる産業革命の息吹をどこかで感
じながらも、自然との同居をめざした。

ドイツ人が「自然主義」を口にするとき、それは、自然への畏敬の念を意味する。「自然にある
すべてのものは法とともに行動する」「大自然の秩序は宇宙の建築家の存在を立証する」(「断
片」)と書いたカント(1724−1804)に、その一例を見ることができる。一方、日本人は、自然
を従うべき相手として、自らを自然の中に組み入れてしまった。その考えを象徴するのが、長
岡半太郎(1865−1950)である。物理学者の彼ですら、こんな随筆を残している。「自然に
人情は露ほども無い。之に抗するものは、容赦なく蹴飛ばされる。之に順ふものは、恩恵に浴
する」と。

日本人は自然の僕(しもべ)になることによって、自然をその中に受け入れるというきわめてパ
ッシブな方法を選んだ。が、この自然観は、戦後、アメリカ式の民主主義が導入されると同時
に、大きく変貌することになる。その象徴的なできごとが、田中角栄元首相(1972年・自民党
総裁に就任)の「日本列島改造論」(都市政策大綱、新全総、国土庁の設置、さらには新全総
総点検作業を含む)である。

 田中角栄氏の無鉄砲とも思える、短絡的な国家主義が、当時の日本に受け入れられたの
は、「展望」をなくした日本人の拝金思想があったことは、だれも疑いようがない。しかしこれは
同時に、イギリスからアメリカを経て日本に導入されたベーコンイズムの始まりでもあった。日
本人は自らを自然と分離することによって、その改造論を正当化した。それはまさに欧米では
すでに禁句となりつつあった、ハーヴェィズム(「文明とは、要するに自然に対する一連の勝利
のことである」とハーヴェィ※2は説いた)の再来といってもよい。

日本人の自然破壊は、これまた世界の歴史でも類をみないほど、容赦ないものであった。そ
れはちょうどそれまでに鬱積していた不満が、一挙に爆発したかのようにみえる。だれもが競
って、野や山を削ってそれをコンクリートのかたまりに変えた。たとえば埼玉県のばあい、昭和
三五年からの四〇年間だけでも、約二九万ヘクタールから、約二一万ヘクタールへと、森林や
農地の約三〇%が消失している※3。田中角栄氏が首相に就任した1972年以来、さらにそ
れが加速された。(イギリスにおいても、ベーコンの時代に深刻な森林の減少を経験してい
る。)そこで台頭したのが、自然調和論であるが、この調和論とて、ベーコンイズムの変形でし
かない。基本的には、人間と自然を対照的な存在としてとらえている点では、何ら変わりない。
そこで私たちがめざすべきは、調和論ではなく、ベーコンイズムの放棄である。そして人間を自
然の一部として再認識することである。私が好きな一節にこんなのがある。ファーブルの「昆虫
記」の中の文章である。

「人間というものは、進歩に進歩を重ねたあげくの果てに、文明と名づけられるものの行き過ぎ
によって自滅して、つぶれてしまう日がくるように思われる」と。

ファーブルはまさにベーコンイズムの限界、もっと言えばベーコン流の文明論の限界を指摘し
たともいえる。言い換えると、ベーコンイズムの放棄は、結局は自然救済につながり、かつ人
間救済につながる。人間は自然と調和するのではない。人間は自然と融和する。そして融和す
ることによってのみ、自らの存在を確立できる。自然であることの不完全、自然であることの不
便さ、自然であることの不都合を受け入れる。そして人間自身もまた、自然の一部であること
を認識する。たとえば野原に道を一本通すにしても、そこに住む生きとし生きるすべての動植
物の許可をもってする。そういう姿勢があってこそ、人間は、この地球という大自然の中で生き
延びることができる。
 
※……ベーコンは「知識は力である」という有名な言葉を残している。「ベーコンは、ルネッサン
ス以来、革新的な試行に哲学的根拠を与えた人物としても知られ、『自然科学の主目的は、人
生を豊かにすることにある』とし、その目標を『自然を制御し、操作すること』においた。この哲
学が、自然科学のイメージを高め、将来における科学の応用、さらには技術や工学の可能性
を探求するための哲学的根拠となった」(金沢工業大学蔵書目録解説より)。

※2……ウィリアム・ハーヴェイ(1578−1657)、医学会のコペルニクスとも言われる人物。
彼は「自然の支配者であり、所有者としての役割は、人類に捧げられたものである」と説いた。

※3……埼玉県の「森林および農地」は、昭和35年に296・224ヘクタールであったが、平成
11年現在は、211・568ヘクタールになっている(「彩の国豊かな自然環境づくり計画基礎調
査解説書」平成九年度版)。


Hiroshi Hayashi+++++++++Mar 07+++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1846)

【オーストラリア】

+++++++++++++++++

2007年3月22日(木)、
私は、オーストラリアへと旅立った。

友人のお譲さんの結婚式に
出席するためである。

その友人と会うのは、15年ぶりかな?
よくわからないが……。

+++++++++++++++++

●オーストラリアへ

 静かな朝だった。薄いモヤのかかった山々を、ぼんやりとした光が照らしていた。行く筋にも
延びる、低い雲。ひんやりとした冷気。3月22日。木曜日。私はこれから、オーストラリアのメ
ルボルンへと向かう。

 ワイフと東名西インターで別れ、そのまま中部国際空港行きの高速バスに。窓の外の景色を
見ながら、考えるのは、37年前のこと。しかし頭の中は、まだ眠ったまま。ぼんやりとした景色
が、気ぜわしく、目の前を流れていく。

●記憶

 記憶というのは、タマネギのようなもの。中心に若いころの記憶が残っていて、そのあと、皮
を重ねるように、記憶が重なっていく。新しい記憶ほど、外側を包む。

 が、歳をとると、今度は反対に、外側から記憶から、皮がはがれるように消えていく。あるい
はバケツの底にあいた穴のようなもの。新しい記憶が重なるたびに、それ以上の記憶が、その
穴からどこかへ漏れていく。

 そんなわけで、古い記憶だけが、そのまま残る。より鮮明に、記憶に残る。

●37年

 ちょうど37年前の今月、私は、オーストラリアへ渡った。当時は羽田から、シドニーへ。そこ
から飛行機を乗り継いで、メルボルンへ。

 懸命に、そのとき覚えた感動を思い起こそうとする。が、どうもつかみどころがない。そこにあ
るはずなのに、そのままスーッとどこかへ逃げてしまう。あのときは、夢と希望に満ち溢れてい
た。すべてが金色に輝いていた。

 私は天にも昇るような気持で、飛行機に乗った。

●中部国際空港

 空港へは、2時間ほど前に着いた。ロビーは混雑していたが、手続きをすましたあとは、一変
した。中は、閑散としていた。国際線の出発ロビーは、左側。目の前には、コリアン・エアーの
ジャンボジェットが、どこかくすんだ、水色の機体を、横たえていた。

 その向こうに、JAL機が数機。そんなとき、ふと、「国際って何だろう」と思った。「世界」でもよ
い。この空港にも、世界中の飛行機が集まっている。まわりを通り過ぎる人たちも、それぞれ
の国の言葉を話している。

 37年前とは、大きく、事情が変わった。あのころの私は、外へ飛び出すこと。それしか考えて
いなかった。「大学はどこにしたい」と聞かれたときも、一番、遠い、メルボルン大学を選んだ。
とにかく、遠くへ行きたかった。

●友人の娘

 あさって、友人の長女が結婚式をあげる。それに招待された。しかし本当は、友人の妻の葬
儀に参列するつもりだった。しかし航空券が取れなかった。友人の妻がなくなったのは、12月
の終わりだった。

 メールで何度かやりとりしているとき、友人が、3月に娘が結婚するという話をした。それで3
月にした。葬儀と結婚式。日本では、正反対に考えられている。こうした意識が、オーストラリア
でも同じかどうかは知らないが、私が行くことで、友人の悲しみが少しでも和らげばよい。

 結婚式に出るのは、あくまでも口実? 

●メルボルン

 メルボルンは、私にとっては、とても大切な町だ。私の青春時代のすべてがそこにある。私の
人生は、あのメルボルンで始まった。

 で、先に書いたタマネギの話だが、タマネギにも、いろいろな大きさがある。大きなタマネギも
あれば、小さなタマネギもある。もしあのころ、あのまま、大学を卒業して商社マンか何かにな
っていたとしたら、私は、大きなタマネギを知らないまま、それなりの人生を送っていたかもしれ
ない。

 私はあるとき、友人に、こんな手紙を書いた。「ここでの1日は、金沢で学生だったころの1年
のように長く感ずる」と。

 決して、オーバーなことを書いたのではない。本当にそう思ったから、そう書いた。

●飛行機恐怖症

 私は飛行機恐怖症である。飛行機に乗るたびに、おかしな緊張感にとらわれる。体がカチカ
チになる。一度、飛行機事故を経験してから、そうなった。

 それ以後もたびたび飛行機に乗ってはいるが、旅先で、不眠症になってしまう。そのため、海
外へ行くときは、睡眠薬(睡眠導入剤)は欠かせない。

 その私が、また飛行機に乗った。いやな気分だ。このままだったら、偏頭痛が始まるかもしれ
ない。そんな雰囲気だった。私は、水を、1時間あたり、1リットルの割合で飲んだ。座席が通
路側だったのが、よかった。そのつど、トイレへ足を運んだ。

 が、シンガポールのチャンギ空港に着くころからその偏頭痛が始まった。若いころは、偏頭
痛で苦しんだ。

 今は、よい薬がある。

 第一段階。まずB錠Aで痛みを抑える。それで聞かなければ、C剤。それでも効かなければ、
Z剤。1錠、500円(保険価格)という高価な薬である。

●チャンギ空港

 チャンギ空港(Singapore Changi Airport)は、大荒れの天気だった。一度着陸に失敗し
たあと、飛行機は、空港上空を、30〜40分ほど、旋回した。ときどき、稲妻の閃光が走るの
が見える。機体が大きく揺れる。

 隣の若い男女は、のんきにガイドブックを読んでいる。それがおかしいほどに、不釣合いな様
子に見えた。

 2、3度、積乱雲に入ったようなダウンバースト(急降下)を経験する。そのたびに、飛行機
は、パワー全開にして、また機首を上に向ける。この繰りかえし。息子がいつか言った。

 「高度、x00メートルまでさがって、視程がx000メートル以下だったら、着陸は許可されな
い」と。

 xの部分の数字は、忘れたが、こういうときのために、こまかいルールが設定されている。

 が、ともかくも、飛行機は着陸した。私は飛行機を出ると、トランスファー(乗り継ぎ)ルームへ
と向かった。

●死ぬこと

 飛行機が空港の上を旋回しているときのこと。私は、ふと、死ぬことを考えた。このあたり
が、私の、かなりうつ的なところ。あるいは飛行機恐怖症のせいかもしれない?

 しかしどういうわけか、こわくなかった。死ぬ覚悟はできていた。「このまま死んでも、構わな
い」とさえ思った。死ぬといっても、一瞬だ。脳みそに痛みが届く前に、私は気を失い、そのまま
死ぬ。

 ジタバタしても、しかたない。おかしなことだが、「私はじゅうぶん、人生を楽しんだ」「これ以
上、何を望むのか」と。そういう思いが、交互に頭の中をかけめぐり、死への恐怖をやわらげ
る。

 人には、それぞれ運命というものがある。その運命のほとんどは、私が知らないところで、私
の力の及ばないところで、決まる。死も、そのひとつ。死ぬときは、死ぬ。死なないときは、死な
ない。そんな運命を、だれが、避けることができるだろうか。

●チャンギ空港(2)

 トランスファー・ルームをあちこち歩いて、やっと、パソコンコーナーを見つけた。無料のインタ
ーネット・コーナーはいくつかあったが、電源を用意したデスクは、一か所だけだった。運良く、
ひとつだけ席があいていた。

 英語では、「Laptop Access」というらしい。そういう表示が、デスクの上に書かれていた。
ナルホド!

 隣の席の男性は、シンガポール英語を話す日本人だった。ときどき携帯電話で、だれかと連
絡を取りながら、パソコンのキーボードをたたいていた。

 キンキンと、語尾を短く切る英語。インド英語にも似ているが、かなりちがう。慣れないと、聞
きづらい。

 先ほど、案内人に、「待ち時間が5時間もある」とこぼしたら、「シンガポール観光をしてきき
たら」とすすめられた。「2時間でできるから」と。私は、礼だけは言ったが、「No」と答えた。

 この雨だ。それに軽い頭痛が残っていた。まずB錠Aを試してみる。それを口の中で、かじり
ながらのむ。

●シンガポール

 シンガポールには、何人か友人がいる。学生時代からの友人である。しかし今回は、連絡を
取らなかった。オーストラリアの友人たちにも、連絡を取らなかった。

 葬儀のかわりに結婚式に出る私が、観光旅行など、できるわけがない。私がすべきことは、
静かに、友人の指示に従うことだ。何もすることがなければ、静かに、家の中で、彼の帰りを待
つこと。

 しかしシンガポールが、ここまで発展するとは! 37年前に、だれが予想しただろうか。大き
さで言えば、名古屋の中部国際空港の2、3倍程度といった感じだろうか。アジアのハブ空港を
自負するだけあった、さすがに大きい。デスクから見たところでは、滑走路が平行して2本、走
っているのがわかった。

 ハブ空港……。自転車のハブのほうに、世界中の飛行機が、ここに集まるようになっている。
(それにしては、私が見ている間、それほど、頻繁に飛行機が離発着しているといったふうでも
なかったが……。)

 こんな小さな国が、韓国の数倍もの、貿易黒字をたたき出している(06年)。

●私の人生

 私の人生は、前にも書いたが、オーストラリア留学時代に始まった。それが、結局は、その時
代で終わる。少し前までは、「終わるような気がする」と書いたが、最近は、それが確信に変わ
ってきた。

 あの時代が、暗闇を照らす灯台のように、それからの私の人生を、照らしてくれた。方向を示
してくれた。今までも、何度か足を踏み外しそうになったことがある。が、あの時代が、再び私
をもとのコースにもどしてくれた。

 私は根っからの善人ではない。悪人でもないが、少なくとも、善人ではない。もし私にあの時
代がなかったとしたら、今の私は、大きく変わっていただろう。

 それに私は、歳とともに、ワイフのすばらしさが、よくわかるようになった。そんな私を、ワイフ
が支えてくれた。私のワイフは、私の心を写すカガミのようなもの。私の美しい面も、そして醜
い面も、そのまま映しだしてくれる。

 私はそれを見て、自分を軌道修正することができた。

●日本人

 少し前、日本人のことを、「極東アジアの島国に住む原住民」と書いた。この言葉を聞いて、
ムッときた人もいるかもしれない。しかし世界から見れば、それに近い。

 先日も、ワイフが、「(浜松から)東京まで、飛行機で30分!」と驚いていたが、地図で見て
も、そんなもの。世界で見る世界は広いし、世界で見る日本は、小さい。これはどうしようもない
事実であって、さからいようがない。

 このシンガポールから見ても、日本は、はるか北にある島国でしかない。一方、シンガポール
は、インドネシアやインドとの交流も深い。東南アジアの中心部に、どっしりと自分の位置を確
保している。

 すでに経済の中心は、このアジアでは、日本の東京から、このシンガポールに移動してい
る。このことはアメリカに住んでみるとわかる。アジアのニュースは、日本のニュースも含めて、
このシンガポール経由で、アメリカに流れている。東京ではない。シンガポール、だ。

●気温29度

 シンガポールの気温は、29度。空港の窓のガラスに手で触れてみたが、それほど、熱気は
なかった。雨で気温がさがったのか?

 若いときは、シンガポールの異国情緒に、たまらないほどのいとおしさを覚えた。W・サマーセ
ット・モームの小説を読んだこともある。今、その名前を思い出せない。モームは、このシンガ
ポールにも、長期滞在している。

 そんなこともあって、ふと今、「もし、私がここに住んだら……」と考える。しかし空港というとこ
ろは、一見、華やかだが、その一方で、恐ろしく孤独を感じさせる。

 私という植物の(根)が切られてしまったかのような孤独感である。たとえばこんなところで、
日本の武士道を説いたら、どうなるのだろう。ニュージーランドのマオリ族がするダンスのよう
に、思われるかもしれない。おもしろいが、それだけ。

●インド

 今度は、横にインド人の若いビジネスマンが座った。自信に満ちあふれ、マナーもよい。これ
も37年前には考えられなかったことだ。

 インドの経済発展は、すさまじい。やがては中国以上の経済大国になるかもしれない。もとも
とイギリスの植民地だったところだから、身のこなし方も、どこかイギリス風。彼らは、「紳士」の
見本を見て育っている。

 で、気になるのが、6か国協議。今ごろ北京では、その6か国協議が行われているはず。あ
の金xxは、たったの28億円にこだわって、昨日は、会議そのものを、ボイコットしてしまった。

 今ごろは、どうなっていることやら?

 だいたいにおいて、あの金xxが、核開発を断念するはずがない。核兵器は、まさに彼の力の
シンボル。本尊。核兵器あっての、K国である。今の今も、核兵器がなかったら、だれがあんな
国など相手にするか? 金xxも、それをよく知っている。

●英語

 英語というのは、不思議なものだ。私のばあい、外人の顔を見たとたん、頭の中が英語モー
ドになってしまう。

 よく地方の郷里に帰ると、その地方の方言で話すという人がいる。私も、若いころ、それを経
験した。しかし同じ日本語ということもあって、40〜50歳をすぎるころからは、郷里の岐阜に
帰っても、浜松弁を話すようになった。

 少し無理をすれば、岐阜弁を思い出すことはできる。が、最近では、違和感を覚えることのほ
うが多い。

 が、英語はちがう。一説によると、日本語は、左脳に格納されているという。一方、英語は、
右脳に格納されているという。使っている脳みそそのものが、ちがう。

 そう言えば、このところ、英語を日本語に翻訳するのが苦痛になってきた。これは右脳と左脳
をつなぐ、脳梁(のうりょう)の機能が衰えてきたためかもしれない。

 多分、友人のD君に会ったとたん、私の脳みそは、100%、英語モードになるはず。言葉だ
けではない。ジェスチャも、発想も、そしてジョークも。

●心を許す

 このことと関係があるのかもしれないが、私は、日本語で話している間は、その人に対して、
心を開くことができない。

 しかし英語だと、心をそのまま開くことができる。たとえば違法駐車した人がいたとする。相手
が日本人だと、こちらのほうが緊張してしまい、うまく、それを注意をすることができない。

 しかし相手が欧米人だったりすると、ごく自然な形で、つまり相手に不快感を与えないような
言い方で、それを注意することができる。相手も、ニッコリ笑って、それに従ってくれる。

 これは私が留学時代、彼らの世界に、何も考えずに飛び込んでいったせいではないか。私は
すべてをさらけ出し、彼らの世界の中に、飛び込んでいった。もちろん自分が日本人であること
さえ忘れた。

 今、そういう意味で、私が心を開ける相手は、少ない。私のワイフのほか、数人の友人でしか
ない。友人というのは、オーストラリア人である。

 彼らなら、言いたいことがそのまま言える。彼らも、言いたいことをそのまま、言う。D君は、
大学の教授職にありながら、私のことをいまだに、「Fuck and Bloddy Bastard」(こんちく
しょう)と呼んでいる。彼にしても、ほかの世界では、めったに使わない言葉である。

●空港

 空港で見る世界は、まるで別世界だ。以前。アメリカのヒューストン空港で、こんなことを感じ
たことがある。「ここはまるで、スターウォーズの世界だ」と。

 その空港よりはまだよい。しかしどの人も、それなりの服装で身を飾っている。ときどき、ハッ
とするようなスタイルの女性を見たりする。「これが私と同じ人間か」と思うと同時に、自分の姿
を横に想像して、落胆する。

 しかし空港は空港。横にいる若いインド人にしても、ここで別れたら、二度と会うことはないだ
ろう。午後8時の便で、インドへ帰るという。昨日まで、香港で、電子部品の商談をまとめてい
たという。

 が、もし私が今、20代なら、すぐ名刺を交換して、何らかのビジネスに話をつなげたかもしれ
ない。が、今は、もうその元気はない。ないというより、これから先、何ができるというのか。

●携帯電話
 
 ところで隣のインド人のところに、電話がかかってきた。それでしばらく。携帯電話の話になっ
た。そのあと、そのインド人に聞いた話。

 日本のみなさん、驚くな!

 インド人がインドで、携帯電話を購入したとする。ごくふつうの、どこの店でも売っている携帯
電話である。

 その携帯電話は、シンガポールでも、ごくふつうに使える。香港でも、台湾でも、オーストラリ
アでも、ごくふつうに使える。料金は、国際ルーミング・ファシリティという組織を通して、カード
で、支払うそうだ。

 プリペイド(先払い)ではなく、ポウストペイド(後払い)だ、そうだ。

 彼は、言った。「日本だけは、例外。日本だけでは、使えない」と。

 こうした事実を、いったい、どれほど多くの日本人が知っているか。日本は、島国だ。いまだ
に鎖国している?

●ラウンジ

 空港内のラウンジで、生演奏が始まった。曲は、映画『南太平洋』から、『魅惑の宵』。ここか
らバリ島までは、近い。バリ島へ行く人は、一度、このチャンギ空港を経由する。

 ロマンチックな曲だ。日本で聞くのと、どこかちがう。たまたま外は、夕暮れ時。ランプは、雨
でしっとりと濡れている。

 三男は、やがてすぐ、こういう空港を職場にして働くようになる。世界中を飛び回るようにな
る。3、4年もすれば、今の私のとは、まったくちがった国際感覚をもつようになるにちがいな
い。どんな感覚をもつようになるだろう。

 きっと私の知らない世界を、無数に見るにちがいない。(すでに、私の知らない世界を見てい
るが……。)

 ときどき三男に会って、私の知らない世界のことを聞くのが、これからの私の楽しみのひとつ
になるだろう。

●明日はオーストラリア

 シンガポールからメルボルンまで、私は窓側の席にすわる。「〜〜A」という席である。窓側で
もよいが、水分の摂取は、ひかえめにしなければならない。だいじょうぶかな。

 朝、目がさめるころ、眼下には、真っ赤な大地が見えるはず。37年前には、それを見て驚い
た。本当の驚いた。

 その感激が、もう一度、よみがえってくればいい。私は、そのとき、こう思った。「この下では、
みな、英語を話している」と。

 そのときは、それがとても不思議な感じがした。

 さあ、これから簡単な食事をして、搭乗手続きをすまさねばならない。

 時刻は、午後7時20分。日本は、午後8時20分。あたりは、まだ何となく明るい。

●暗闇の世界

 飛行機は、現地時間で、午後9時に飛び立った。久々に、ジャンボジェットである。席は、ほと
んど最後尾の、窓側。

 最悪だった。狭い。窮屈。隣に、オーストラリア人の若いカップルが座った。イギリスからの帰
りだという。しばらく話が、はずむ。

 離陸後、窓の外をながめる。飛行機は、ジャワ島を横切って、まっすぐ下へ南下。うとうとし始
めたところで、夕食が始まった。狭い。窮屈。食事のトレイを置いたら、それでひざの上はいっ
ぱい。

 私は、窓に顔をこすりつけて、眼下の景色や、空を見た。そこには、何もさえぎるものがな
い、満天の星空が、広がっていた。

●白人の世界

 白人の世界では、日本で言うような、ファジーな情というものが通じない。YESと言えば、YE
S。NOと言えば、NO。白黒がはっきりしている。

 あいまいな言い方が、通じない。ときとして、日本人の私は、それに戸惑う。が、それに慣れ
れば、あとは、楽。そういう意味では、彼らは、彼らの言葉を借りるなら、インディペンデント(独
立的)な民族である。

 日本人が農耕民族なら、彼らは、狩猟民族ということになる。農耕文化圏では、たがい助け
あわないと生きていかれない。一方、狩猟文化圏では、荒野の中で、ひとりで生きていかねば
ならない。

 となりの若いカップルと話していて、ふと、それを感じた。親切な人たちで、こちらが質問する
と、ケカケラと明るい笑顔を振りまきながら、あれこれ教えてくれる。が、しっかりと一線を引い
ている。

 もっとも白人といっても、いろいろな白人がいる。概して言えば、イギリス系は、ドライ。ドイツ
系は、イギリス系よりも、どこか日本的。

●一路、南下

 飛行機は、オーストラリア大陸を横断するかと思ったが、そのまま南下。これは、気流にうまく
乗るためではないか。あるいは、万が一のために、飛行場のあるところをつなぎながら、飛ぶ
ためではないか。

 よくわからないが、地図の上では、何かしら大回りしているような感じがした。

 で、そのころなると、満天の空が、さらに輝きを増した。地平線に、薄いモヤのようなものが
かかっているのさえ見えるが、その上は、まばたきもしない星の空。

 で、一度、南氷洋に出たあと、今度は、進路を、まっすぐ東に変えた。かなりの大回りだが、
しかし時速130〜50キロの追い風に乗ったらしい。対地速度は、950キロを超えていた。や
はり、気流に乗るために、大回りしたようだ。高度は、1万1200メートル。

●眠る?

 眠ったのか? それとも眠らなかったのか? よくわからない状態で、飛行機は、ビクトリア州
に入った。町ごとの明かりが、まるで島のようにところどころ見える。広大な国である。

 まだ、暗くて、朝日に照らし出された真っ赤な大地は見えなかった。やっと朝日が見えたとこ
ろで、飛行機は、着陸態勢に入った。高度をさげた。とたん、メルボルンの町並みが、見えてき
た。まだ薄暗い早朝だというのに、無数の車が道路を走っていた。

 不思議と感動はなかった。もっと感動するかと思っていたが、それはなかった。静かな朝だっ
た。それ以上に、頭の中がぼんやりとしていた。

●メルボルン空港

 通関をすませ、荷物を受け取ると、そのまま廊下へ。ゆるいスロープのついた廊下だった。こ
の廊下だけは、この37年、変わっていなかった。

 空港全体は、大きくなっていたが……。

 大きな金属製のドアを抜けると、人垣の向こうに、D君が立っていた。細くなった。その分、背
が高くなったよう思う。それをさっそく話題にすると、「糖尿病になってしまった」と教えてくれた。

●臭(にお)い

 それぞれの都市には、それぞれの臭いというものがある。それは飛行機を降りたったときだ
けわかる。昔、別のオーストラリア人の友人がこう言った。「羽田へ着いたとき、魚の臭いがし
た」と。

 メルボルンには、メルボルンの臭いがある。鉄がさびた臭いと、皮の臭い。それに乾いた土
の臭い。とくに土の臭いは強烈だ。

 もっとも、この臭いは、半日もすると、消える。鼻のほうが、においに慣れてしまうため。

 「今年は水不足でたいへんだった」と、D君が言った。途中、アルバート湖という小さな湖があ
ったが、「水位がかなりさがっている」とも。オーストラリアは、去年の終わりから、干ばつに襲
われている。

●D君の家

 D君の家は、メルボルン市の中心部から、車で30〜40分ほどのところにある。カーネギーと
いう名前の地区である。

 そのカーネギー自体が、ひとつの商圏を作っている。アメリカや日本のように、郊外に、巨大
なショッピングセンターがあるというわけではないらしい。通りの商店街の通りには、かなりの
人たちが、歩いていた。

 私は、近くの電気ショップで、コンセントにつけるアダプターを買った。コンセントの形状がち
がうため、オーストラリアでパソコンを動かしたり、電池に充電するときは、必要である。

 値段は、500円前後。こちらでは消費税は、10%ということらしい。あとは近くの店で、お菓
子類をたくさん買いこんだ。そのまま日本へのみやげにするつもり。

●落差

 この37年間、メルボルン市の中心部は、大きく変わった。しかし郊外は、そのままといったふ
う。そのせいか、37年前には、すばらしく立派に見えた家々が、今では、反対に、みすぼらしく
見える。

 相対的に、日本の家々が、よくなったためではないか。

 当時は、1ドルが、400円。今は、100円前後。一時は、50円以下になったこともある。37
年前には、スウェーデンについで、世界で、2番目にリッチな国ということになっていた。

 が、今では、通りこそ広いが、日本の家々のほうが立派に見える。快適さという点でも、日本
の家々のほうが、よいのでは? どの家も大雑把(ざっぱ)。地震のない国だから、どんな作り
方でも、建てられる。が、その分だけ、きめこまやかさがない。

 レンガを両側に積んで、木材を渡して、部屋をつくる。あとは屋根を作って……という感じの
家。

 「日本の家のほうがいいよオ〜」と思ったところで、この話は、おしまい。

●独立心

 オーストラリアでは、個人が、独立して仕事をするケースが多い。組織に属して、サラリーマン
になるというよりは、自分でする。

 車で走っていると、それらしい車と何台か、すれちがった。「掃除屋」「電気修理屋」など。

 車一台と、電話一本だけで仕事をしているらしい。あるいはインターネットだけ。日本だった
ら、行政が介入してきて、「管理」「管理」となるところだが、オーストラリアには、それがない。

●暑い秋

 D君が、「今日は暑い」と言った。「異常に暑い」と言った。昼をすぎるころには、シャツ一枚で
も、ジワジワと汗が体中からにじみ出てきた。

 日本が3月ということは、それに6か月を足したのが、メルボルンの季節ということになる。つ
まり、日本で考えれば、9月の23日。

 数年前だが、日本でも9月の終わりまで、30度近い気温だったから、今は、その反対のこと
が、メルボルンでも起きているのかもしれない。

 しかし強い日差しだった。紫外線をそのまま感じるような日差しだった。私はあたり構わず、
写真を撮った。

●日本

 当然のことながら、ここオーストラリアでは、日本の情報は、ほとんど入ってこない。念のため
にD君に、「6か国協議はどうなった?」と聞いてみた。元国防省の役人だった彼でさえ、「知ら
ない」と言った。

 今、オーストラリアには、多くの韓国人が住んでいる。通りを歩いても、ハングル文字の店が
目立つ。このカーネギー地区では、日本食のレストラン(テイク・アウトの店)は、1軒だけ。

 私も、ここ2日、日本にニュースは、まったく見ていない。あとで友人に頼んで、日本のニュー
スを見せてもらうつもりではいる。が、このメルボルンから見るところでは、日本も韓国も、同
じ。

 日本人にとって、ノルウェイも、スウェーデンも同じ。それと同じに考えてよい。

●移住

 日本人だけの単独の移住は、たいへんむずかしい。当然のことながら、オーストラリアも法治
国家。生きていくことには、無数の法律が、からんでくる。それをひとつずつ理解しながら生き
ていくのは、たいへん。だれかの手助けがないと、不可能。

 加えてここメルボルンでは、日本人だからという甘えは許されない。ベトナムやカンボジアか
らの移民と、基本的には、同じ。「私は日本人」と威張っていられるのは、どこかで、日本に
(根)を張っている人だけ。日本の会社名を背負ったサラリーマンとか、領事館の役人とか、そ
ういう人たちだけ。

 病気になったら、どうする? どうなる? 老後を迎えたら、どうする? どうなる? ……そん
なことを考えていくと、先がどんどんと暗くなる。

 やはりするとしても、長期滞在型の移住のほうがよい。たとえば3か月とか、長くても半年と
か。移住までして、オーストラリアに住むことはない。

 仕事や生きがいがあれば、話は別だが、こんなところで、何もすることもなく、ただぼんやりと
過ごしていても、意味はない。

 ……というのが、今の私の結論ということになる。つまり「移住は、やめよう」と。

●生活水準

 なにをもって、「高い」とか、「低い」とか言うのかわからないが、生活水準ということになれ
ば、日本とオーストラリアは、それほど、ちがわない。ただ日本では、貧富の差というか、(格
差)が大きい。ここ10年、その(格差)がますます大きくなったように思う。

 一方、オーストラリアでは、その(格差)をあまり感じない。ある一定以上の収入になると、突
然、税率が高くなる。そういうこともあって、みな、中産階級? ざっと見ても、そんな感じがす
る。

 そのことを、別の知人と話題にすると、その知人は、こう話してくれた。

 「オーストラリアでは、年収が6万ドルを超えると、所得税が、44%になる」と。

 そのためメチャメチャな金持ちもいない。しかしメチャメチャな貧乏人もいない。この国は、ラ
ッキーな国だ。資源が豊富だし、何といっても、国土が広い。同じ家にしても、全体的に見る
と、日本の2倍はある。そう、何もかも、2倍といった感じ。

●スコール

 ベッドに横になっていたら、突然、電車が走り抜けるような音がした。近くに、電車線路があ
る。「電車かな?」と思ったが、そうではなかった。

 スコールだった。突然の大雨だった。

 すごい大雨! ゴーッと降りだしたか思うと、地面をたたきつけるかのような音。トタン板でで
きている屋根が多いせいか、音もすごい。

 が、10〜20分ほどで、それが終わった。空は暗くなったままだが、先ほどまでの蒸し暑さ
は、どこかへ消えた。

 なぜ、私がこうして家にひとりでいるか? ……D君は、娘さんと、明日の結婚式のリハーサ
ルにでかけている。私が留守番というわけ。

●プレゼント

 こうした習慣は、アメリカだけかと思っていたが、ここオーストラリアでも、花嫁、花婿にあげる
プレゼントがダブらないよう、あげるプレゼントを、デパートに代理登録しておく制度がある。

(デパートで登録番号を言えば、その人にあげるプレゼントの一覧表が出てくるしくみになって
いる。一覧表は、インターネットでも検索できるようになっている。)

 たとえば電気ヒーターが2つあっても、しかたない。そこでAさんが、先に、電気ヒーターを買
い、先に登録しておくと、つぎに電気ヒーターをあげたいと思っているBさんは、リストを見なが
ら、別のものにする。

 日本ではお金をあげる習慣になっている。だったら、お金にすればよいと思うのだが……。
言い忘れたが、ここオーストラリアでも、リセプション(披露宴)のとき、お金を渡す習慣がある
そうだ。

 金額は、100ドル前後。日本円で、1万円くらいか。

 なおプレゼントは、結婚式の前日に、花婿の夫のほうが受け取るのだそうだ。そしてそのプレ
ゼントは、結婚式のあとの披露宴の席で、花嫁に渡されることになっている。プレゼントは、純
白の包装紙で包むのが慣わしだとか……。

●風邪気味

 どうも鼻水が抜けない。セキも出る。熱はないと思うが、その一歩手前で、グズグズしている
感じ。こういうとき、外国に出ていると、何かと心細い。

 正直言って、早く、日本に帰りたい。ふと、「どうしてぼくがここにいるんだろう」と思う。片道、
22時間。メルボルンは、遠い。距離的には、日本とニューヨークほどではないか。地球儀上で
の、直線距離にしての、話だが……。

 で、近くのレストランで、今日はダイエットも忘れて、肉類の多いチャーハンを食べた。あとは
風邪薬をのんだ。

 横になったところで、またまたスコール。しかたないので、体を起こして、パソコンに向かっ
て、文章を書くことにした。

●大学生

 近くにモナーシュ大学の分校がある。その分校に通う学生たちを見る。みな、天下を取ったよ
うな顔をして、食事をしたり、話しこんだりしている。

 私もかつてはそうだった。……と同時に、(時の流れ)を感ずる。私が学生のときには、影も
形もなかった連中である。そういう連中が、いつの間にか、この世に生まれ、私たちを追いや
り、そこにいる。

 「彼らはどこから来たのか?」と考えるのは、ヤボなこと。そういう私だって、どこから来たの
か、わからない。わからないまま、当時は、私なりに、結構、偉そうな顔をしていた。

●D君の奥さん

 D君の奥さんが亡くなって、もう3か月になる。で、そのD君の家に来てみて、気がついたこ
と。

 やはり(家)というのは、奥さんがいてはじめて、光る。台所にしても、まるで学生の寮のよう
に汚れ、乱雑になっていた。

 家具にしても、どれも、無造作にそこにあるだけといった感じ。で、私は、私のワイフがいなく
なったときのことを考える。多分、私の家も、このD君の家以上に、荒れるにちがいない。

 そのD君だが、もともと静かな男だった。しかし奥さんを亡くして、すっかり自信をなくしている
といったふう。声にもハリがない。自分の娘にさえ、どこか遠慮している。私には、そんな感じが
した。

 世の夫たちは、妻の前で威張っているかもしれないが、それは妻がいるからこそ、できるこ
と。夫婦の価値は、それがなくなってはじめて、わかること(?)。

 ……ところで、スコールが去って、秋の虫たちが鳴き始めた。日本では聞いたことのない声で
ある。いくつも鈴を、連続して鳴らしているかのような音。貝殻をすり合わせているかのような音
にも聞こえる。

 それからもうひとつ。このオーストラリアにも、日本で見るのとまったく同じドバトがいるのに
は、驚いた。よく見てみたが、区別がつかない。それほど、よく似ている。

●照明器具

 電化製品の質の悪さには、驚く。近くの店の中をのぞいてみたが、どこかみな、粗悪品といっ
た感じ。

 このオーストラリアでも、液晶テレビを売っている。日本のP社製のもあったが、その数倍の
数ほど、韓国のL社製のものが並んでいた。見た感じでは、L社製のほうが美しい画像を映して
いた。

 「本当にP社製かな?」と思った。ひょっとしたら、中国製のニセモノかもしれない。

 一方、韓国製って、意外にがんばっているといった感じ。

 で、その電気製品だが、全体的には、日本の10年前レベルといったところか? 家具も大雑
把(ざっぱ)。デリカシーを感じない。

 この部屋にも、小さな、裸電球が一個ついているが、それだけ。明るさはまあまあだが、直接
見ると、目が痛い。いわゆるハロゲンランプというのか。日本でいう、蛍光灯がほとんどないの
には、驚いた。

●アズ・ユー・ライク

 欧米では、客がくると、「好きにしなさい」というような、もてなし方をする。またそれが最高のも
てなし方ということになっている。

 友人のD君は、離れの一軒家を貸してくれた。冷蔵庫も置いてくれた。キッチンもトイレも、そ
のまま使える。

 そういう(もてなし方)を知らないわけではないが、日本人の私には、どこかさみしい。先ほど
も、自分でミネラル・ウォターを買ってきた。こういう部屋でひとりで飲んでいると、何となくさみし
い。つまらない。

 あちこちを引き回されるよりはよいが……。

 ただ私のばあいも、オーストラリアから友人が来たようなときには、「好きにしなさい」というよ
うなもてなし方をする。相手が何かを望むまで、こちらからは口を出さない。相手が何かを頼ん
できたら、それには、誠心誠意、応ずる。相手がやりたいようにさせる。

●老人介護

 オーストラリアでも、老人介護のことがよく話題になるそうだ。で、私が聞くと、D君は、こう教
えてくれた。

 みな、保険(インシュアランス)に入っているから、それで自分で自分の老後をみることになっ
ている、と。

 「日本では、子どもがいるときは、親のめんどうをみるのが義務化されているが、そういうこと
はないのか?」と聞くと、きっぱりと、こう言った。「ない」と。

 オーストラリアでは、子どもだからといって、親のめんどうをみなければならないということは、
ないようだ。

私「保険に入っていない人はどうするのか?」
D「国がめんどうをみてくれる。しかしサービスは限られたものになる」と。

●移民国家

 こうした移民国家に着てみると、民族とは何か、それがわからなくなる。日本にも、「武士道こ
そ、日本民族が誇るべき、精神的基盤」と説く人がいる。

 気持はわからないわけではない。しかし国際的にみると、「士」の意味すら、よくわからない。
中国では、「士」を、別の意味で考えている。もともと「士」という言葉は、中国からきた言葉だか
ら、日本が勝手に、まげて使っていることになる。

 弁護士、会計士の「士」と考えたほうが、より中国語の「士」の意味に近いのではないか。

 ともかくも、こんな国に来て、「私は日本人だ」といくらがんばっても意味はない。民族意識と
いうのは、そういうもの。いわんや、「大和民族のほうが、朝鮮民族よりすぐれている」と叫べ
ば、(その反対でもよいが……)、変人あつかいされるだけ。

 当のオーストラリア人たちには、そうした民族意識がない。

●日本

 このオーストラリアから見ると、日本が、小さな国に思えてくる。……思えてくるというよりは、
かつてそう思った自分を思い出す。そしてそれがそのまま、今の私の印象に変わる。

 しかしやはり、小さな国だ。しかしその一方で、それが私の国。その国では、日本語が通ず
る。習慣も、風習も、私に体にしみこんでいる。

 そういう国を大切にしなければならないことは、当然のこと。もし日本語が消えてなくなってし
まったら、私が今まで書いてきたことは、すべて、そのままツユと消えてなくなってしまう。私が
私でなくなってしまう

 何も愛国心なんて、ぎょうぎょうしいことを言わなくても、そんな(心)ならだれでも、もってい
る。いざとなれば、私たちは、日本人として、すべきことをする。

●3月24日

 今日は、結婚式。一生の間で、かくも緊張する日は、そうはない。結婚する当事者にとって
も、また、その親たちにとっても。

 昨夜は、D君は、午後8時ごろ、床についた。私も、それを聞いて、そのあとすぐベッドに横に
なった。睡眠薬を、4分の1錠ほどのんだ。2錠、のむことになっているが、2錠ものんだら、気
がヘンになってしまう。

 朝まで、ぐっすりと眠った。……というより、またまたあの屋根をたたきつけるような雨で目が
さめた。水不足で悩むオーストラリアにとっては、まさに恵みの雨。どれだけ多くの人たちが、
その音を待ち望んでいたことか。

 時計を見ると、午前4時。風呂タブに湯をはって、風呂に入る。

●部屋

 オーストラリア人の家は、どこも、大雑把(ざっぱ)。これについては、前にも書いた。壁も厚
く、床もしっかりとしているが、大雑把。日本でいうような、プレハブ工法の家は、まだ少ないよ
うだ。またそういう建て方には、なじまない。

 レンガ職人が、レンガを積み重ねて、家を建てる。そんな感じがする。

 で、掃除の仕方にもよるのだろうが、大きな家になると、どこも、ほこりまるけ。D君の家も、
奥さんが亡くなって、3か月になる。掃除らしい掃除は、していないらしい。

 それに加えると、間取りがメチャメチャ。日本でいうような「型」というものがない。ただあえて
言うなら、共通点としては、玄関を入ると、やや長い廊下があって、その両側に、部屋がある。
一番近い部屋が居間ということになる。その奥が台所にキッチン。さらにその奥が寝室といっ
たぐあいである。

 家の建て方は、イギリス流。しかしそこからが、問題。今朝も、髪をとかすクシをさがすため、
母屋(おもや)のほうへ行ってみたが、迷路の中に入ったような気分になった。何度か来たこと
がある家とはいえ、右へ迷ったり、左へ迷ったり……。

●無理ができない

 自分では若いつもりでオーストラリアへ来たが、どうもそうではないようだ。

 何をしても、疲れが先に立つ。幸いにも、昨夜は、すぐ眠ることができたが、それとて、簡単な
ことではない。加えて、風邪が抜けない。いまだに鼻水が出る。のどが痛い。

 観光旅行なんて、とても考えられない。ホテルに寝泊りしながら、その周辺を歩き回る程度
で、疲れてしまう。またそれでじゅうぶん。

 何かの目的があれば話は別だが、観光名所など、今の私には、ほとんど興味はない。

 このあたりでは、ヘアー・クリームは、理髪店で買うとか、子どもの遊び場(野外)には、コルク
が敷き詰めてあるとか、そういったことのほうが、おもしろい。ふだんの、何気ない生活の中に
こそ、見所がある。

 それにしても、無理ができなくなった。よく50歳をすぎて、単身赴任で、外国へ行く人がいる。
が、健康管理の面だけでも、たいへんなことだと思う。それがよくわかった。

●やはりホテルのほうがよい

 せっかく招待してくれたので、それについてとやかく言うことはできない。しかし次回からは、
ホテルに泊まることにする。

 ホームステイだと、いろいろ気をつかう。バスタブにしても、使いっぱなしというわけにはいか
ない。きれいに洗い流したあと、タオルもきちんとかけておかねばならない。使ったクシは、洗
って、もとの位置に置かねばならない。……などなど。

 ベッドにしても、そうだ。こちらでは、日本でいう布団のようなものは、使わない。寒いときは、
毛布を重ねて使う。その毛布を、そのたびに、たたまなくてはいけない。

 そういった作業が、結構、たいへん。めんどう。

 今さら親交を深めるということも、あまりない。会うときは会う。またその範囲で、会う。……そ
ういう意味では、D君は、私のことを、学生時代のままの私に思っているようだ。

 往復の旅費だけで、20万円弱。それにおみやげだ、祝儀だとかで、結局は30万円近い出
費。ホームステイをして、数万円の宿泊費を問題にして、それでどうなるというのか。気持ちは
うれしいが、気をつかうことで、かえって、疲れがたまってしまう。

●一転、冬の冷気

 大陸の気候は、急激に変化する。しかもその変化の仕方が、はげしい。

 昔、サンパウロに行ったときのこと。朝は、寒いので、セーターが必要だった。が、昼ごろにな
ると、今度は一転、夏の陽気。一日の間でも、寒暖の差がはげしい。

 今が、そうだ。昨日は、「異常な暑さ」だった。しかし今朝は、冬のような冷気を感ずる。これ
が大陸の気候の特徴。島国の日本では経験できない気候である。

 つまりその分だけ、彼らは彼らなりに、地球温暖化の問題について、敏感に反応する。30年
前には、世界一、気候が温暖なところとして知られていたメルボルン市だが、ここ10〜20年
で、大きく変化した。

 市内の議会前に立っている大理石の像にしてみ、酸性雨の影響らしく、見る影もなく、ボロボ
ロになっている。

 とても悲しいことだが、この地球は、確実に病み始めている。しかも急速な勢いで、病み始め
ている。

●書くということ

 パソコンをあちこちにもって歩くのはたいへんなことだが、しかしそれさえあれば、こうして自
由気ままに時間をつぶせるというのは、すばらしい。

 画家がスケッチをするようなものか。

 もし何もすることがなかったら、時間をどう過ごすか、それだけで、イライラしてしまうはず。し
かしパソコンに向かったとたん、指がキーボードを求めて、動き出す。とたん、退屈を忘れる。

 今回は、古いパソコンだが、私が一番気に入っているのが、P社のLet's Note。今回は、そ
れをもってきた。キーボードの感触が、よい。ストロークは浅いが、その分、疲れが少ない。

 で、こうして思いついたままを書く。ほとんど意味のない文章ばかりだが、頭の体操にはな
る。それに書いていると、それまで気がつかなかったことに、気がつくことが多い。

 ただD君は、本が好き。自分では、書かない。だからいつも本を読んでいる。一方、私自身
は、本は、あまり好きではない。興味のある本しか、読まない。

 これは、野球の中継を見て楽しむタイプの人と、自分でプレーをして楽しむタイプの人のちが
いではないか。

●早く日本へ帰りたい

 D君には悪いが、早く、日本へ帰りたい。そばにいると、空気みたいで、その存在価値がわ
からないが、ワイフがそばにいるのと、そうでないのとでは、私自身の精神状態は大きくちが
う。

 私が見たいというよりは、私がワイフに見せたいものが、ここには、山のようにある。「見せた
いのに、見せられない」……というのは、たしかにストレスだ。波にたとえるなら、さざ波のよう
なストレス。それがどこへ行っても、ザワザワと襲ってくる。

 次回は、必ず、ワイフを連れてくる。ワイフも、来たがっていた。

 昨日来たばかりなのに、今朝は、こう思う。「あと、1日のがまん」と。

●ネクタイ

 ネクタイには、最後まで迷ったが、結局は、正式の(?)、黒にした。D君が、茶色の縞模様の
を貸してくれたが、やはり、ここは正式の色でいこう。

 日本人は、礼に始まって、礼に終わる。……という言い方は好きではないが、せっかく日本か
らもってきたことだし、「黒でも悪くない」というのなら、黒でよい。

 ところで、失敗談が、いくつかある。

 オーストラリア人の家庭では、多くは、土足でもよいということになっている。それはそれで結
構なことだが、そのため、床が汚い。ドロとか、そういうもので汚れるということはないにしても、
ハウスダストや髪の毛、その他、もろもろのホコリがたまっている。

 大きな家になると、掃除もままならないらしい。

 で、日本から、日本型の礼服をもってきたが、これが100%、ウール。下にそれを落とすた
びに、ドカッと、礼服にホコリがつく。そのたびにタオルで、拭くのだが、拭いただけでは落ちな
い。しばらくすると、ホコリが全体に広がっているのがわかる。

 そこで礼服を、壁にかけるのだが、オーストラリアでは、床よりも壁のほうが汚れている。床
掃除をする人はいても、壁掃除する人はいない。

 しかたないので、またまたドアのサンに礼服をかける。しかしそのたびに、下へ、ドサッと落ち
る。

 あああ……。

 こんな作業だけで、何十分も無駄にした。やはり、日本の家のほうが、好きだ。

●6か月ぶりの雨

 昨夜の雨は、6か月ぶりの雨だったそうだ。驚いた。「6か月!」と驚いていたら、「もっとなる
かもしれない」と。

 オーストラリアの水不足は、かなり深刻なものだったようだ。

 で、朝起きると、私は近所の写真を撮りにでかけた。オーストラリアでは、ごくふつうの住宅地
とみてよい。どの家にも、たくさんの木が植えられていた。しかし問題は、水。きれいな庭木が
ある家の前には、たいていこんな標識が門のところにつけられている。

 「うちの庭木に与える水は、リサイクルしたものです」とか。

 そうでも書かないと、近所の人たちに、にらまれるのだろう。わかる、わかる、その気持。

●標識

 道路を歩いていて、おかしな標識に出会った。カメのマークでもあるようで、カメでもない。そ
の下には、時速20キロと書いてある。

 通りかかった人に、「あれは何のサインか」と聞くと、「先に、丘があるから」と言った。しかし
丘など、どこにも見えない。

 そこで「?」な顔をしていると、道路を指差した。そこには、道路を横切って、高さ、10センチ
ほどに、盛り土がしてある。つまり車が、スピードを落とすように、わざと盛り土をしてあった。

 速い速度だと、車が、バンプしてしまう。「いいアイデア」と感心する。

●売り家

 道路を歩いてみて、売り家が意外と多いのには、驚いた。このあたりの人たちは、収入に応
じて、つまりヤドカニのように、家から家へと渡り歩く。もちろん、貧しくなれば、貧しい家に移
る。

 日本でいうような「家意識」というのは、まったく、ない。昔、福沢諭吉が留学先で、「ワシントン
の子孫はどうしているか?」と聞いたときのこと。アメリカ政府の高官たちは、みな「知らない」と
言ったという。

 それを聞いて、福沢諭吉は、たいへん驚いたという。当時の日本の常識では、考えられない
ことだった。

 一方、日本では、いまだに、「家」にこだわる人が多い。人は何かの(心のより所)がないと生
きていけないのかもしれない。

 となると、オーストラリア人たちは、何を、(心のより所)として生きているのかということにな
る。

 D君にしても、過去の話は、ほとんどしない。自分のキャリアを自慢することもない。サバサバ
している。

●6か国協議

 先ほど、インターネットで、日本の「朝日ニュース」を見た。どうやら6か国協議は、休会に入
ったようである。

 よかった!

 これで中国のメンツは、丸つぶれ。韓国も、援助をしにくくなるだろう。ロシアは、先に抜けて
しまったようである。ひとりガッカリしているのがヒルさんらしいが、そんなことは、最初からわか
っていたはず。

 金xxは、まともではない。たった28億円のことで、その数十倍もの援助をフイにしている。こ
のあたりが、常人では理解できなところ。

 一方で、テロで脅しながら、「テロ国家指定を解除しろ」とは! しかもBDAで制裁解除して
も、ほかの銀行がそれに追従するとは限らない。「やっぱり、K国は信用できない」となれば、ま
すます制裁の度合いを高めるだけ。

 わかっていないな?

●ワイフ

 今ごろワイフは、ひとりでさみしがっているだろうか。それとも、「鬼のいない間に……」とか何
とかで、羽を伸ばしているだろうか。

 私にはわからないが、私のほうは、早く、ワイフに会いたい。何を見ても、ワイフに見せたい。
そんな気持ばかりが先に立つ。

 まあ、たまには、離れ離れになるのもいいだろう。「ひょっとしたら、飛行機事故で死ぬかもし
れない」とワイフに言うと、ワイフは、「生きて帰ってきてよ」と言った。

 うれしかった。

●結婚式

 結婚式は、市内近くの教会で行われた。それが午後2時半。

 それから私たちは、それぞれの車に分乗して、披露宴会場へと向かった。それが何と、車
で、1時間半もかかるところにある、遠くの会場!

 1時間半というが、オーストラリアでは、高速道路(フリ−ウェイ)を使っての1時間半である。
日本の感覚からすれば、2つも3つも離れた町で披露宴をするようなもの。これはアメリカでも
感じたが、こうした大陸では、距離感が、日本のそれとはまったくちがうようだ。

 で、その会場というのが、中世の城を思わせるような古い建物。シェークスピアの劇がそのま
まできるような建物だった。

 そういう建物が、まるで映画のセットのように並んでいる。オーストラリア人にとっては、何でも
ない雰囲気かもしれないが、私は感動した。1時間半もかかってきたというのに、それをすっか
り忘れて、私は夢中で、デジカメのシャッターを切りつづけた。

●明かり

 披露宴会場は、薄暗かった。それぞれのテーブルに、ローソクが3本ずつ。あとは周囲の壁
に、4、5本ずつ。部屋を暗くして、さらに暗くしたような感じだった。

 私が周囲のオーストラリア人に、「暗くないか?」と聞くと、「暗いが……」という返事がかえっ
てきた。しかし一向に気にする気配はない。「このほうが、落ち着いて話ができる」と。

 で、そのうち、欧米人と日本人のちがいの話になった。「私たちの目は、小さく細い」「君たち
は、北欧という、もともと太陽光線の少ないところで進化した」「だから薄暗いところでも平気な
のだ」と。

 彼らは日中ともなると、みな、サングラスをかける。日本人とオーストラリア人とでは、感ずる
まぶしさに、ちがいがあるようだ。

●花婿

 花婿は、市内で証明器具を扱う会社を経営している。個人でしているという。こうしたケース
は、オーストラリアでは珍しくない。若い人たちは、どこかの会社に属することよりも、独立して
何かの事業をおこすことを望む。

 国民性のちがいというよりは、教育の仕方のちがいによる。さらに言えば、もともとオーストラ
リアという国は、開拓の時代から、そういう国だった。アメリカにも、西部開拓史のような歴史が
あったが、オーストラリアにも、あった。

 そうした精神が、今でも力強く生きている。

 が、半面、弊害もある。オーストラリアでは、大きな組織が育たない。D君は、こう言った。

 「オーストラリアのような国は、アイデア(知恵)で勝負するしかない。そのためにも、個人の競
争は欠かせない」と。

 しかし雨後の竹の子のように、新しい事業が生まれ、同じ数ほどの事業が、つぎつぎとつぶ
れていく。これがオーストラリアの現状ではないか。

●ギリシア人街

 私がオーストラリアにはじめてきたころには、ギリシア人やイタリア人は、街の一角に集団で
住んでいた。どちらかというと貧しい人たちだった。

 それが今では、すっかりサマ変わりしていた。「ギリシア人たちはどこへ行ったのか?」と聞く
と、D君は、こう言った。「彼らは貧しいから、一生懸命に働いた。で、今では金持ちになった。
金持ちになって、それぞれが独立して暮らすようになった」と。

 皮肉なことに、今、オーストラリアでは、もとからいた白人、これをレイジー・オーストラリア人と
いうが、その白人が、相対的に、貧しくなりつつある。

 そのうち、中国系の移民や、インド系の移民、さらには韓国系の移民たちよりも、貧しくなる
かもしれない。

●インターナショナルハウス

 メルボルン(タラマリン)空港に向かう途中、D君が、インターナショナルハウスに寄ってくれ
た。時間は、15分。

 私は車から飛び出すと、カメラを前にもち、あたりかまわず写真を撮り始めた。

 が、昔のようにだれでも入れるわけではない。玄関のガラス窓越しに、たまたま近くにいた女
性に声をかけると、玄関を開けてくれた。

 「1970年の学生です」とだけ、自己紹介した。学生かと思ったが、その女性は、なまりのあ
る英語で、「チューターだ」と言った。

 カレッジでは、学生と同時に、年長の講師が、チューターとして、いっしょに寝泊りすることに
なっている。その女性が、あちこちを案内してくれた。……といっても、案内は必要なかった。

 ただおかしなことに、私はトイレがどこにあるかを忘れてしまった。毎日使っていたはずなの
に……。近くにいた女子学生に、場所を聞くと、地下室にあることがわかった。

●夢が、現実に!

 あの時代は、私にとっては、今では、夢のようなもの。本当にあの時代があったのだろうかと
ときどき、思う。

 しかし決して、(夢)ではなかった。インターナショナルハウスは、ちゃんと、そこにあった。何も
かも、そっくりそのままの形で、そこにあった。

 それは新鮮な驚きだった。体中が、時の流れを感じ、その流れが、サーッと心を洗っていくか
のように感じた。

 私は、37年前に、たしかにここにいた。そして今もここにいる。

 私はハウスで、ハウス・タイ(ハウスの紋章の入ったネクタイ)を買うつもりだったが、あいにく
の日曜日。事務所は閉まっていた。

 近くにいた学生が何人か、あれこれ骨折ってくれたが、事務員がいなかった。私はていねい
に礼を言うと、ハウスの外に出た。

●マルチカルチュアル

 オーストラリアは、多民族国家である。さまざまな人種が、たがいの領域を守りながら、共存
している。こんなことは、今さら説明すべきようなことでもない。

 で、改めて、民族とは何か、考えてみる。わかりやすく言えば、オーストラリアには、オーストラ
リア人と言われるオーストラリア人は、いない。オーストラリアに住んで、オーストラリア国籍を
取った人が、オーストラリア人ということになる。

 それこそ先祖をたどれば、メチャメチャ。祖父はイギリス人で、祖母はウクライナ人。父は、
中国系の女性と結婚して……というようなことが、この世界では、珍しくない。

 こんな世界で、「私は、日本人」と主張しても、ほとんど、意味がない。「アジア人」と言ったほう
が、彼らには、わかりやすい。実際、私は、1970年当時、そう言っていた。

 繰りかえすが、こんな世界で、へたに武士道なるものを強調すれば、変人扱いされる。どこま
でも無色、透明になって、彼らの世界に溶けこむこと。こういう世界で、楽しく生きていくために
は、それしかない。

●披露宴

 話が前後するが、許してほしい。

 披露宴は、メルボルン市の郊外にあるレストランで行われた。ゆるい坂をのぼった山の上
に、それがあった。

 10〜15戸くらいの家やレストランが散在していた。どの家も、中世の城を思わせるような建
物だった。

 しかしそこはさすが、オーストラリア人。1人の男性(60歳くらい)が、こう教えてくれた。

 「ミスター林、あの壁を見てごらん。黒い石と、白い石が、まだらに積まれているだろ。白い石
は、どこかの家を解体してもってきた石なんだよ」と。

 つまり中世の城に似せてつくってはあるが、廃材を組み合わせて作った建物ということにな
る。しかし私を感動させるには、じゅうぶん。

●美しい女性

 美の基準が、西欧化してしまっている以上、これはどうにもし方のないことかもしれない。しか
しその基準をさておいても、まるで絵から抜け出てきたような美しい人を、何人か見かけた。

 その中の1人が、レストランでメイドをしていた女性である。

 年齢は20歳前後か? 金髪というよりは、銀色の髪の毛だった。肌は透きとおるように白か
った。「どうしてこんな美しい人がこんなところにいるのだろう」と、正直、そう思った。

 美しさのレベルがちがう。彫りの深い顔。知性的な目つき。細く流れるように額を走るまゆ
げ。見ているだけで、うっとりする。まるで絵の中から飛び出したような女性だった。

(つづく)


Hiroshi Hayashi+++++++++Mar 07+++++++++++はやし浩司

●今朝・あれこれ

++++++++++++++++++++++

嵐のように過ぎた、10日間。忙しかった。
本当に忙しかった。

が、今日は、一段落。昨夜、やっと、9時間、
ぐっすりと休むことができた。

いろいろあった。たくさんあった。
ありすぎて、ここには、書ききれない。

しかし、原稿書き、再開!

これから1週間、思う存分、原稿を書く。
書ける。

バンザーイ!

++++++++++++++++++++++

●健康診断

 私の健康を心配した人もいるかもしれない。(キーボードを叩く、指が、どこかもどかしい。し
ばらくパソコンから遠ざかっていたためだろう。)

 しかし安心してほしい。先週、市の医療センターから、検診結果が届いた。結果は、1項目を
除いて、オール(A)!

 その1項目というのは、「脂質」。総コレステロールが、前回は283mg/dl、今回は、216m
g/dl。200mg以内が健康値だそうだ。それで(B)。

 ついでに、HDL(善玉コレステロール)は、47mg/dl。
 中性脂肪は、114mg/dl。ともに正常範囲。

 心電図、肝機能検査、血液検査、尿検査、すべて異常なし!


●思いつくまま

 今朝(4月1日)は、起きてきて、まず新聞に目を通す。大きなニュースはない。が、やはり気
になるのは、6か国協議。

 4月14日までに、初期段階を、アメリカとK国がすますことになっている。が、どうやら、それ
が事実上、不可能になりつつあるようだ。BDAにあるK国資産の移転を、中国銀行が拒否して
いるためらしい。

 文句があるなら、K国は、直接BDAへでかけて行き、自分で預金を引き出せばよい。しかし
それもできない。架空名義であったり、名義人がすでに死亡していたり、さらには、同一人物
が、別名でいくつもの口座をもっていたり……。

 あの国は、やることなすこと、すべてインチキ。デタラメ。

 韓国と中国は、かなりあせっているようだが、ここは、静観。日本がすべきことは、音なしの
構えで、様子をうかがうこと。もともと日本を蹴飛ばしてまで、合意にこぎつけた(?)、6か国協
議。日本は、無視すればよい。

 「どうぞ、ご勝手に!」。

 これでヒル国務次官補も、少しは、目が覚めたことだろう。このアジアで、日本をはずして、何
ができる?

●春休み

 今日から9日間の春休み。しかしこの10日間、本当に忙しかった。時間単位で、あちこちを
飛び回っていた感じ。新幹線に乗った回数だけでも、6回。その間に、日本とオーストラリアを
往復。講演2本。それに息子の大学の卒業式。

 今のところ、大きな予定はない。F市の友人夫妻が、遊びにくることになっているが、日時は、
未定。

 ワイフのほうが、「好きなことをしよう」と、はしゃいでいる。肝心の私は、のんびりしたいと思っ
ている。ともかくも今日は、家で、のんびりしたい。疲れた……というより、やっと一息ついた。

●畑

 ニンニクの茎が、ぐんぐんと太くなっている。ネギも芽を出してきた。インゲンは、どういうわけ
か、種をまいてから、2週間以上になるというのに、いまだに芽を出していない。カイワレダイコ
ンは、いっせいに芽を吹き出した。……などなど。

 このところ起きると一番に、畑へ行き、その様子を見る。どうということのない習慣だが、それ
が結構楽しい。

 今年は、畑を拡張するつもり。現在は、10坪程度の畑だが、できれば15坪くらいにしたい。
この春休み中に、しよう。

●浜名湖一周

 近く、長男と、浜名湖を一周するつもり。楽しみ。数日前、ワイフが地図を買ってきてくれた。
が、改めて、それを見て、ゾーッ。

 思ったより、距離がありそう。だいじょうぶかな?

●熟年離婚・定年離婚

 昨夜、恐る恐る、ワイフに聞いた。「お前、ぼくと、離婚したいか?」と。

 するとワイフは、「何、言っているの?」「楽しいのは、これからでしょ」と。

 どうも、私は、ワイフの言うことが信じられない。本当は、離婚を考えているのかもしれない。
今、熟年離婚、定年離婚というのが、ふえている。

 ちなみに、今朝の中日新聞の特集記事を読むと、(夫の)定年後の生活について、妻たちは
……、

 楽しみにしている   ……11・5%
 どちらかといえば楽しみ……49・6%
 どちらかというと憂うつ……35・0%
 憂うつ         ……3・8%、だそうだ。
(04年、博報堂、エルダービジネス推進室調べ)
 
 「どちらかというと憂うつ」と「憂うつ」を加えると、約40%の妻が、「憂うつ」と答えているとい
う。

 「そういうものかなア」と思ってみたり、「これが現実だろうなア」と納得してみたり……。

 気をつけよう。つまり、世の夫たちよ、「夫である」という権威主義を捨て、妻へのサービスを
充実しようではないか。「おい、お茶!」「飯!」「風呂!」では、妻のほうが逃げていくというこ
と。

 実のところ、私もあぶない(?)。

●ループ状態

 だれとは言わない。しかしボケていく人には、一定のパターンがあることがわかる。つまり思
考が、ループ状態になる。

 つまり思考が、同じところをぐるぐると回り始める。言っている内容は、そのつどちがう。が、
よくよく考えてみると、「同じ」ということになる。

 進歩がない。発展性もない。同じ悩みにしても、そのつど、ターゲットが変わるだけ。「Aさん
が悪い」と言い、そのAさんとの問題が片づくと、今度は、同じように、「Bさんが悪い」と言い出
す。

 あとは、この繰りかえし。

 もう少し整理してみると、こうなる。

(1)思考がループ状態になる。思考が堂々巡りして、先に進まない。
(2)思考のハバが狭くなる。こまかいことを気にする。針小棒大に考える。
(3)がんこになり、偏屈になる。「自分が絶対正しい」という妄想にとりつかれる。
(4)趣味や興味のハバがせまくなり、交友関係も貧弱になる。
(5)考えることを自ら、拒否するようになる。「本を読むと、頭が痛くなる」などと言う。
(6)学習能力が低下し、音楽を聞いたり、映画を見たりということが少なくなる。

 これらは、いわば、ボケの初期症状ということになる。あとは時間をかけて、ゆっくりと、本当
にボケていく。

 では、それを防ぐためには、どうすればよいのか。

 私は、チャレンジ精神こそ大切だと思うが、この先は、もう少し考えてから、書いてみたい。

●時計

 昨日、書店で、時計を買った。定期的に発売になる、時計雑誌である。その雑誌のおまけ
に、ホンモノの時計がついてくる。

 かなりの個数が、集まった。しかし昨日買ったのは、欠陥品。

 1時間で、何と、15〜20分も、進んでしまう。しかしこれではいくら、おもちゃでも、使いもの
にならない。

 で、夜になって返品に行く。幸いにも、レジの人がこころよく応じてくれたので、よかった。

 私は、子どものことから、時計が好き。こまかいメカを見ていると、それだけで、楽しくなる。

●息子の卒業式

 息子の大学の卒業式が、無事、すんだ。卒業生は、15人。来賓が30人近く。父母が40人
近く。あとは在校生が15人程度。

 厳粛な、ひさびさに見る、よい卒業式だった。

 父母は、みな、正装。来賓も、みな、正装。胸に赤いリボンをつけられたときには、ググーッと
熱いものが、こみあげてくるのを感じた。

 Eよ、おめでとう!

 しかしこれからはもう学生ではない。社会人として、自覚して、行動してほしい。軽率なミス
は、もう許されない。よく心して、先へ進んでほしい。

●OBのU君

 数日前、BWの卒業生のU君が、突然、BW教室へ寄ってくれた。今は、名古屋大学の医学
部に在籍しているという。今度、2年生になるという。

 幼児クラスのときから、小学6年生まで、BWへ来てくれた。そのとき父親の転勤で、名古屋
へ引っ越した。

 若いころは、教え子を、東大へ入れるのが私の夢だった。しかし当時は、いくらあせっても、
それができなかった。

 が、今は、ちがう。卒業生の消息を聞くと、「あいつは、東大で……」「あいつは、東京理科で
……」「阪大で……」という言葉が、簡単に返ってくる。みな、当たり前のように、有名大学(こう
いう言い方は、好きではないが……)へ、スイスイと入っていく。

 (だからといって、どうということはないが……。大切なことは、それぞれが、自分の夢を達成
すること。)

 幼児期に、いかにその方向性をつくるか。改めて、その方向性の重要性を、実感する。


Hiroshi Hayashi+++++++++Mar 07+++++++++++はやし浩司

●オーストラリア・雑談

+++++++++++++++++

オーストラリアでは、今後、裸電球の
販売が、禁止されるという。かわって、
蛍光灯の使用が奨励されるという。

地球温暖化の防止対策のひとつだという。

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 オーストラリアでの地球温暖化の影響には、かなり深刻なものがある。あのメルボルン市にし
ても、私が行ったとき、たまたま、雨が降った。ものすごい大雨だった。6か月ぶりの大雨だっ
たという(07年3月末)。

 かなりまとまった雨のようだったが、それでも足りない、とのこと。「こういう雨が1週間は降っ
てくれないと、水不足は解消されない」と。私の友人のD君は、そう言った。

 帰りに飛行機から、南オーストラリア州を見たが、砂漠につづく砂漠で、川らしいものは、どこ
にも見えなかった。オーストラリアの干ばつは、きわめて深刻なようだ。

 で、今度、オーストラリアでは、裸電球の販売が禁止され、かわりに、蛍光灯の使用が奨励さ
れるようになったという。今すぐ、裸電球が、使えなくなるということではない。しかし裸電球は、
熱をもつ。熱をもつ分だけ、環境を破壊する。

 裸電球……と聞くと、私たちは、日本型のフィラメント方式の電球を思い浮かべる。しかし現
地で見ると、彼らがいう「裸電球」というのは、日本でいうハロゲンランプのことであることがわ
かる。(あるいはそれを報道したニュース機関の、翻訳のミスか?)

 小さなランプだが、強烈な光を発する。そういうランプが、どこの家でも、天井や壁に、1〜2
個つけてある。明るさとしては十分だが、その分だけ、電力を消費する……らしい。そのランプ
の販売が禁止された。

 反対に、日本では、ハロゲンランプを使用している家は、少ない。私の家でも、防犯灯の中に
組みこまれている程度。小さなランプだが、見ると、200Wとか、300Wとか、書いてある。

 日本でも、ハロゲンランプの使用は、控えるべき時期にきているように思う。


●タバコが1箱、1000円!

 オーストラリアでは、タバコは、すべて一律、1000円。1箱、1000円。しかもパッケージの
裏には、カラーの写真入で、恐ろしいことが書いてある。

 『喫煙は、肺気腫を起こす。
  肺気腫というのは、肺の中の気泡が少しずつダメージを受け、やがて呼吸困難を引き起こ
す病気である。患者は、その病気を、生きる地獄と表現している。ほとんどすべての肺気腫
は、喫煙によってもたらされる。

 あなたも禁煙できる。131−848まで電話してほしい。あるいは医師に相談するか、www.
quitnow.info.auまで、連絡してほしい』と。

 このHPには、恐ろしい写真が、ズラリと並んでいる!

 日本でも、1箱1000円にすべきという意見がある。それに対して、「貧しい人が困るから、か
わいそう」という反対意見もある。

 しかし現に、1箱1000円(10ドル)にしている国がある。それでそれなりに効果をあげてい
る。日本も、そうしたところで、何も、おかしくない。1箱2000円でもよいのでは……?

 貧しい人たちが、タバコを吸って病気になり、さらに貧しくなる。「貧しい人が困るから」という
論理は、どこかおかしい?


●結婚・チン騒動

 オーストラリアでも、結婚式の当日、花嫁がどこかへ逃げてしまうという事件(?)が、よくある
そうだ。知人が、パーティの席で、そんな話をしてくれた。

 「日本でも、ときどきそういう話を聞く」と私が言うと、みな、驚いていた。「日本では、アレンジ・
マリジ(見合い結婚)がふつうというから、そういうことはないと思っていた」と。

 しかし、現実には、ある。

 私の知人の息子も、結婚式の当日、花嫁に逃げられてしまった。結婚式は、そのまま中止。
町の中に、マンションまで買って新婚生活に備えたというが、それが、ムダに終わってしまった
という。

 こういうケースのばあい、当然のことながら、慰謝料がからむ法律問題へと発展する。しかし
それも酷というもの。逃げるほうだけを一方的に責めるのも、どうかと思う。しょせんわからない
のが、男と女の関係。相思相愛で始まった恋愛でも、そのうち、熱が冷めることだって、ありえ
る。相手をだましたとか、だまさなかったとかいう話とは、わけがちがう。

 むしろ自分の心を偽って、ずるずると、意味のない結婚生活をつづけるほうが、罪というも
の。疑問に感じたら、たとえ結婚式当日でも、キャンセルすればよい。そのほうが、ずっとわか
りやすい。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1847)

●今日から4月

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今日から、4月。
(電子マガジンでは、4月30日号。)

静岡市では、今日、何と、31度の
真夏日を記録したそうだ。

4月1日に、気温、31度!

ギョーッ!

これはエイプリルフールではなく、
本当の話。

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●4月6日に、アメリカ軍が、イランを攻撃?

 外電だが、4月6日に、アメリカ軍が、イランを攻撃する予定だという。すでにアメリカは、臨戦
態勢に入ったとか。が、もしアメリカ軍がイランを攻撃するようなことにでもなれば、日本も、大
きな影響を受ける。そればかりか、アメリカ、イスラエルを片方に置いた、中東大戦争へと発展
する危険性すら、ある。

 イランの核兵器開発問題は、こじれにこじれ、もうにっちもさっちもいかないところまできてい
る。ドイツもフランスも、サジを投げた。ロシアも投げた。そこで危機感をいだいたイスラエル
が、アメリカを動かした(?)。

 明日からの国際ニュースから、目が離せない!

Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●少人数校の問題

++++++++++++++++

少人数校を嫌う親たちは多い。
しかしどうして少人数校では、
いけないのか?

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 よく少人数校が問題になる。昨日、講演をしたT小学校のI校長も、それを話題にした。

 そのT小学校のI校長は、こう言った。「親は、よく少人数校を問題にします。中学になって、大
規模な学校へ進学したときに、困ることはないのかとです。しかし、そういう問題は、入学時の
ときだけです。子どもたちは、すぐ新しい環境になれます」と。

 この日本で、小規模校や大規模校が問題になること自体、おかしい。総じてみれば、日本の
学校は、どこも、大規模校。国際的な水準でみれば、そうなる。

 オーストラリアの学校と比較するのもヤボなことだが、オーストラリアには、「無線学校(エアー
スクール)」というのもある。小学3年生ごろまでは、家庭で、無線で勉強する。スクーリングも、
週に1回程度。しかも集まって、10名前後。

 で、そういうところの子どもたちが、どこかおかしいかといえば、そういうことはない。むしろ、
人間関係が濃密で、その分だけ、人とのつながりを大切にする。私自身が、それを友人の家
で、体験している。

 一方、すさまじいのが、東南アジアの国々の学校。昔、香港で、中学生らしき子どもたちがゾ
ロゾロとビルの中へ入っていくのを見たことがある。日本の都会にあるような、ビルである。

 「何ごとか?」と思って見ると、それが中学校だった。もちろん校庭など、ない。「どこにある
か?」と聞くと、「運動は、屋上でする」とのこと。

 そういう学校とくらべると、日本の学校は、恵まれている。

 ……というようなことを総合すると、私の結論は、ただ一つ。小規模校であるからといって、問
題は、何もない。ただし、1クラス10人以下になると、子どもたちのもつエネルギーが、消沈し
てしまうのではないか? 私の経験では、1クラス12〜15人。1人の教師が、ほどよく把握で
きる。この人数だと、問題のある子どもの出現率も、だいたい1クラス1人程度におさえられ
る。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●浮気性

++++++++++++++

日々に進化するネットの世界。
ついていくだけで、やっと。
が、それだけではない。

ふと振りかえると、自分だけが
どんどんと取り残されていく。

今、発行している電子マガジンに
しても、すでに時代遅れ?

そんな感じがしてならない。

+++++++++++++++

 インターネットをしていると、つぎつぎと、新しいサービスが始まる。電子マガジンサービスや
ネットタウンサービス、それに携帯電話HPサービスなど。これらは、古いほうだが、それだけで
はない。今度は、F社から、「F・ネットワーク」というのが、始まった。

 いわゆる仲間づくりのためのサービスと考えると、わかりやすい。

 おもしろそうだったので、入会してみた。

 で、この世界、日進月歩というか、新しいサービスだけに、使いやすい。画面も見やすい。そ
れでついつい、「Fネットワーク」に、ハマってしまった!

 しかし我が身は、一つ。パソコンに向える時間にも、限りがある。そこで一つのサービスに熱
中し始めると、別のサービスが、おろそかになる。

 こうしておろそかになったものに、チャットがある。今は、ほとんど、していない。つぎに掲示板
もおろそかになってきた。今は、かろうじて、電子マガジンを発行しているが、会員数がふえな
い日がつづいたりすると、とたんに、やる気をなくす。

 仕事としてしていれば、そういうこともないのだろうが、もちろん仕事ではない。サービスという
より、ボランティア。ボランティアというより、脳ミソのジョギング。何とか、1000号までは、つづ
けたい。

 こうして考えてみると、私は、かなりの浮気性である。一つのことに夢中になり、それが一巡
すると、つぎのものへと興味の対象が、移動していく。

 ホームページにしても、今は、新しく、「はやし浩司の書斎」というのを、つくっている。今は、
それが楽しい。

 ただ、問題がないわけではない。

 それぞれのサービスを通して、それぞれの世界の人たちと知りあい(?)になる。それはそれ
で楽しいことだが、やがてどの人がどの人だったのか、わからなくなってしまう。それにせっかく
一つのサービスで知りあった人でも、そのサービスから遠ざかると、そのまま、疎遠になってし
まう。

 人間関係が希薄になったというか、なりつつある。もともと顔を見たこともない人たちだし、声
も聞いたことがない人たちである。だから忘れるのも早い。とくにこのところ、初老性のボケも
あるのか、よけいに早く忘れる。数週間も間をおいたりすると、「そんな人、いたかな?」(失
礼!)と思ってしまう。

 こうしたインターネットがもつ欠陥を克服するためには、どうしたらよいのか。いろいろ考える
が、妙案が浮かばない。というのも、これは私だけの問題ではないからだ。相手の人にとって
も、立場は同じ。私は忘れたくなくても、相手の人は、私のことなど、すぐ忘れる。

 そこで今は、こう割りきっている。

 相手の人も、私のことなど、すぐ忘れるだろう。だから、はじめから、何も期待しない、と。考
えてみれば、さみしい世界。ホント!

【補記】

 しかし、もう、電子マガジンの時代は、終わったのかもしれない。ある時期、つまりマガジンの
全盛期には、どのマガジンも、爆発的に、読者をふやすことができたという。が、私がマガジン
を発行したのは、その時期が過ぎて、下火になったころ。

 が、このところ、ますます下火になってきたのではないか?

 こうまでいろいろなサービスが出まわってくると、マガジンを出す意味が、どんどんと薄れてく
る。私自身も、ときどき、何かしらムダなことをしている気持ちに襲われる。

大きな流れとしては、発行者と読者との、相互コミュニケーション型のサービスの方に人気が
移りつつあるのではないか? またそういう方向に進んでいるのではないか? あくまでもそう
思うだけだが……。

 「マガジン」という以上、もう少し、雑誌型のマガジンにしてもよいのではないか。読み物あり、
コラムあり、と。今のやり方は、どちらかというと、報告書を、読者のみなさんに、ただ一方的に
送りつけているだけ。そんな感じがする。

 今日もまた、「これでいいのかなあ?」と疑問のまま、マガジンの発行予約を入れる。

 ……そうそう、もう一つ、問題点が浮かんできた。

 以前は、朝起きるとすぐに、パソコンにスイッチを入れ、ほとんどそのまま原稿を書き始める
ことができた。

 しかし今は、あちこちのサイトをチェックしたり、あるいは書いた原稿を、あちこちのサイトに
転送したりする手間に、かなりの時間をとられるようになってしまった。実際には、朝起きてか
ら、原稿を書き始めるまでに、何だかんだと、1時間ほど、時間がとられてしまう。

 これはかなりの時間のロスと考えてよい。

 そんなわけで、やはり、どこか一本に、活動の本拠地を、しぼらねばならない。浮気ばかりし
ていると、それこそ、わけがわからなくなってしまう。

 そういうことで、1000号までは、電子マガジンに、精力を傾けることにした。改めて、今、そ
う、自分に言ってきかせた。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●子どもや孫とのつきあい

+++++++++++++++++

孫と同居したがる日本人。

が、それは決して、世界の常識ではない。

+++++++++++++++++

 老後になったら、子どもや孫と、どのようにつきあえばよいのか?

 内閣府が、平成12年に調査した、「高齢化問題基礎調査」によれば、子どもや孫とのつきあ
いについて、日本人は、つぎのように考えていることがわかった。

(1)子どもや孫とは、いつもいっしょに、生活ができるほうがよい。

      日本人   …… 43・5%
      アメリカ人 ……  8・7%
      スウェーデン人…… 5・0%

(2)子どもや孫とは、ときどき会って、食事や会話をするのがよい。

日本人   …… 41・8%
      アメリカ人 …… 66・2%
      スウェーデン人……64・6%

 日本人は、欧米人よりも、はるかに「子どもや孫との同居を望んでいる」。それがこの調査結
果からもわかる。一方、欧米人は、老後は老後として、(1)子どもたちの世話にはならず、(2)
かつ自分たちの生活は生活として、楽しみたいと考えている。

 こんなところにも、日本人の依存性の問題が隠されている。長い歴史の中で、そうなったとも
考えられる。

 「老後は、子どもや孫に囲まれて、安楽に暮らしたい」と。

 そうそう、こんな話もある。

 このところ、その女性(48歳)の母親(79歳)の足が、急に弱くなったという。先日も、実家へ
帰って、母親といっしょに、レストランへ行ったのだが、そこでも、その母親は、みなに抱きかか
えられるようにして歩いたという。

 「10メートル足らずの距離を歩くのに、数分もかかったような感じでした」と。

 しかし、である。その娘の女性が、あることで、急用があって、実家に帰ることになった。母親
に連絡してから行こうと思ったが、あいにくと、連絡をとる間もなかった。

 で、電車で、駅をおりて、ビックリ!

 何とその母親が、母親の友人2人と、駅の構内をスタスタと歩いていたというのだ! 「まるで
別人かと思うような歩き方でした」と。

 が、驚いたのは、母親のほうだったかもしれない。娘のその女性がそこにいると知ると、「しま
った!」というような顔をして、突然、また、弱々しい歩き方で歩き始めたという。

 その母親は、娘のその女性の同情をかうために、その女性の前では、わざと、病弱で、あわ
れな母親を演じていたというわけである。

 こういう例は、多い。本当に、多い。依存性の強い人ほど、そうで、同情をかうために、半ば
無意識のうちにも、そうする。

 しかし、みながみなではない。

 反対に、子どもの前では、虚勢を張る親も、いる。「子どもには心配をかけたくない」という思
いから、そうする。

 どこでそう、そうなるのか? どこでどう、そう分かれるのか?

 私などは、いくら疲れていても、ワイフや息子たちの前では、虚勢を張ってみせるほうだか
ら、反対に、同情をかう親の心が、理解できない。気持ちはわかるが、しかしそれでよいとは思
わない。

 ひょっとしたら、この問題も、冒頭にあげた調査結果で、説明できるのではないか。少し脱線
したような感じだが、それほど大筋から離れていないようにも、思う。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●コンフリクト(葛藤)

+++++++++++++++

人はいつも、心の中で葛藤(コンフリクト)を
繰りかえしながら、生きている。

+++++++++++++++

 二つのことがらから、一つの選択を迫られたようなとき、心の中では、葛藤(コンフリクト)が
起きる。これがストレスの原因(ストレッサー)になる。

 コンフリクトには、(1)接近型、(2)回避型、(3)接近・回避型の3つがあるとされる。

 たとえば、旅行クーポン券が、手に入った。一枚は、3泊4日のグアム旅行。もう一枚は、2泊
3日のカナダ旅行。どちらも行きたい。しかし日が重なってしまった。どうしたらいいか。

 このばあい、グアム旅行も、カナダ旅行も、その人にとっては、正の方向から、ひきつけてい
ることになる。そのため、葛藤(コンフリクト)する。これを(1)の接近型という。

 反対に、借金がたまってしまった。取立て屋に追われている。取立て屋に追われるのもいや
だが、さりとて、自己破産の宣告もしたくない。どうしたらいいか。

 このばあいは、取り立て屋の恐怖も、自己破産も、その人にとっては、負の方向から、ひきつ
ける。そのため、葛藤(コンフリクト)する。これを(2)の逃避型という。

 また、グアム旅行のクーポン券が手に入ったが、このところ、体の調子がよくない。行けば、
さらに体の調子が悪くなるかもしれない。どうしたらいいのか……と悩むのが、(3)の接近・回
避型ということになる。「ステーキは食べたい」「しかし食べると、コレステロール値があがってし
まう」と悩むのも、接近・回避型ということになる。

 正の方からと、負の方からの、両方から、その人を、ひきつける。そのため、葛藤(コンフリク
ト)する。

 ……というような話は、心理学の本にも書いてある。

 では、実際には、どうか?

 たとえば私は、最近、こんな経験をした。

 ある人から、本の代筆を頼まれた。その人は、「私の人生論をまとめたい」と言った。知らな
い人ではなかったので、最初は、安易な気持ちで、それを引き受けた。

 が、実際、書き始めると、たいへんな苦痛に、襲われた。代筆といっても、どうしても、そこに
私の思想が、混入してしまう。文体も、私のものである。私はその人の原稿をまとめながら、何
かしら、娼婦になったような気分になった。

 お金のために体を売る、あの娼婦である。

 そのとき、私は、(3)の接近・逃避型のコンフリクトを経験したことになる。お金はほしい。し
かし魂は、売りたくない、と。が、実際には、コンフリクトと言うような、たやすいものではなかっ
た。心がバラバラになるような恐怖感に近かった。心というより、頭の中が、バラバラになるよう
な感じがした。

 あたかも自分の中に、別々の2人の人間がいて、けんかしあうような状態である。

 それはたいへんなストレスで、結局、その仕事は、途中でやめてしまった。つまりここでいうコ
ンフリクト(葛藤)というのは、そういうものをいう。

 ほかにも、いろいろある。

 たとえば講演などをしていると、私の話など聞かないで、ペチャペチャと、おしゃべりしている
人がいる。

 本人たちは、私がそれに気づかないと思っているかもしれないが、講師からは、それが実に
よくわかる。本当に、よくわかる。

 そういうとき、「そのまま話しつづければいい」という思いと、「気になってしかたない」という思
いが、頭の中で、衝突する。とたん、ものすごく神経をつかうようになる。実際、そういう講演会
が終わると、そうでないときよりも、何倍も強く、どっと疲れが、襲ってくる。

 自分でもそれがよくわかっているから、ますます、気になる。

 そこで、私のばあい、そういうふうにペチャペチャとおしゃべりする人がいたら、その場で、や
さしく、ニンマリと、注意することにしている。「すみませんが、おしゃべりをひかえてくださいね」
と。

 そうすることで、講演会のあとの疲労感を軽減するようにしている。これはあくまでも、余談だ
が……。

【補記】

 ストレスの原因(ストレッサー)を感じたら、あまりがまんしないで、ありのままを、すなおに言
ったらよい。そのほうが、自分のためにもなるし、相手のためにもなる。

 ここに書いたように、最近は、公演中にペチャペチャと話している人を見たら、私は、できる
だけ早く、注意するようにしている。本当は、「さっさと、出て行け!」と叫びたいが、そこまでは
言わない。

 で、おもしろいと思うのは、もともと私の話など、聞いていないから、数度、注意しても、知らぬ
顔をして、ペチャペチャと話しつづけている。そこで私も、その人たちが気がつくまで、数度、あ
るいは何度も、注意する。が、それでも気がつかない。

 すると、まわりの人たちが、そのおしゃべりをしている人のほうを、にらむ。おしゃべりしてい
る人は、どうして自分たちがにらまれているかわからないといった表情を見せる。

 このとき私は、改めて、言う。「すみませんが、少し、静かにしていてくださいね」と。

 しかし、本音を一言。だれかの講演に行って、私語をつづけるようなら、外に出たらよい。迷
惑といえば、迷惑。失礼といえば、失礼。これは講演を聞きに来た人の、最低限、守るべき、マ
ナーのように思う。

 もっとも、私の講演のように、つまらない講演なら、しかたないが……。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●息子や娘の結婚

++++++++++++++++

息子や娘の結婚、さらには結婚式に
ついて、どのように考えたら、よいのか。

自分の息子たちのこともあり、このところ、
それについて、よく考える。

++++++++++++++++

 息子や、娘の結婚について。結婚というより、その結婚相手について。最初、息子や娘に、そ
の相手を紹介されたとき、親は、何というか、絶壁に立たされたかのような、孤立感を覚える。

 これは、私だけの感覚か。

 最初に聞きたいのは、通俗的な言い方だが、どんな家庭環境に生まれ育ったかということ。
……ではないか?

 「まとも」という言い方は、あまり好きではないが、こと、結婚ということになると、保守的にな
る。「まともな家庭環境」という言葉が、自然な形で、口から出てくる。

 もちろん結婚というのは、当人たちの問題だし、その段階で、あれこれ口を出しても、意味が
ない。

 そこで、あえて聞かない。聞いたところで、どうにかなる問題ではないし、かえって取り越し苦
労をすることにもなりかえない。当人たちが、幸福になれば、それでよい。

 で、親は、そういうとき、(1)相手の家族構成、(2)相手の親たちの仕事、(3)生まれ育った
環境が、気になる。どんな教育を受けたかということで、(4)学歴も気になる。が、何よりも気に
なるのは、(5)その相手の性格、である。

 おだやかで、やさしい性格ならよい。情緒や、精神的に安定していれば、なおさら、よい。すな
おな心であれば、さらによい。

 ……と、相手ばかりに求めてはいけない。それはよくわかっているが、どうしても、それを求
めてしまう。

 ただ、これは私の実感だが、女性も、25歳をすぎると、急に、いろいろなクセが身につくもの
か? 18〜25歳までは、画用紙にたとえるなら、白紙。しかし25歳をすぎると、いろいろな模
様が、そこに現れるようになる。

 つまり計算高くなったり、攻略的になったりする。だからというわけではないが、どうせ結婚す
るなら、それまでの時期に、電撃的な衝撃をたがいに受けて、結婚するのがよい。映画『タイタ
ニック』の中の、ジャックとローズのように、である。


●結婚式(PART2)

 数日前、結婚式について、エッセーを書いた。それについて、何人かの人たちから、コメント
が届いている。

 「おかしい」「考えさせられた」と。1人、結婚式場で働いていたことがあるという女性からは、
こんなものも……。

 「結婚式場って、儲かるのですよ。何でも、追加料金で、すみますから」と。

 で、昨日、オーストラリアの友人の長男が、その結婚式をした。日本円で、総額、40万円程
度とのこと。それでも、豪華なほうだという。

 二男も、数年前、アメリカで結婚式をしたが、総額で、30万円程度。貸衣装などに、10万
円。教会(チャペル)と牧師さんへの費用が、10万円。そのあとの飲み食いパーティに、10万
円程度。計、総額で、30万円弱。

 もう一度、数日前に書いた原稿を、ここに載せておく。

++++++++++++++++++

●結婚式に、350万円プラス150万円!

 知人の息子が結婚式をあげた。浜松市内の、あるホテルであげた。費用は、350万円プラ
ス150万円!

 これでも安いほうだそうだ。

 知人いわく、「最初、350万円と聞いていたので、その範囲ですむかと思ったていたら、それ
は基本料金。テーブルクロス一つにしても、ピンからキリまであり、値段も、みな、ちがってい
た。追加料金で、150万円も取られた」と。「あんなのサギだ」とも。

 日本のみなさん、こんなバカげた風習は、もうやめよう! みんなで、1、2の3でやめれば、
それですむ。

 あんな結婚式に、どれほどの意味があるというのか。意味だけでは、ない。まったくのムダづ
かい! 新郎新婦のほうは、祝儀でその費用をまかなえると思っているかもしれないが、世間
に甘えるのも、ほどほどにしたらよい。

 大切なのは、2人だ。中身だ。

 ……というのは、少し過激な意見かもしれない。しかしもう少し、おとなになれば、こうした結
婚式が、いかにつまらないものか、わかるはず。聖書すら読んだこともない2人が、にわかクリ
スチャンになりすまし、張りぼての教会で、ニセの祭儀をあげる。もちろん牧師もニセモノ。

 (オーストラリアでは、ニセ牧師を演じて、お金を取ると、逮捕されるそうだ。)

 ワイフは、こう言った。「狭くても、みすぼらしくても、自分の家で、質素に、本当に岩ってくれる
人だけが集まって、結婚式をすればいい」と。

 私もそう思う。日本人独特の、「家」意識。それに見栄、メンツ、世間体が融合して、今に見
る、日本歌型結婚式の「形」ができた。もし、それでもハデな結婚式をしたいというのなら、自分
たちで稼いで、自分たちですればよい。

 どこまで親のスネをかじったら、気がすむのだ!

 知人の息子の結婚式の話をしながら、さらにワイフは、こう言った。「今では、祝儀も、3万円
から5万円。夫婦で出席すれば、その倍よ。みんな、そんなお金、出せないわよ」と。

 ……と、書いたが、これはあくまでも、参考意見。かく言いながらも、私は、今まで、数え切れ
ないほどの結婚式に、出席してきた。それに私の息子たちはともかくも、相手の女性の両親
が、「そういう結婚式をしたい」と言えば、それに従わざるをえない。へんにがんばっても、角が
立つ。

 妥協するところは妥協しながら、あまり深く考えないで、ナーナーですますのも、処世術の一
つかもしれない。ハハハ。(ここは、笑ってごまかす。)

++++++++++++++++

【追記】

 結婚式場では、「○○家」「△△家」と、書くならわしになっている。私は、あれを見るたびに、
「結婚式って、何だろう?」と考えてしまう。

 昔の武家なら、それなりの意味もあるのだろう。そこらの町民や農民が、武家のマネをして、
どうなる? どうする? こんな伝統や文化、本当に、それが日本人の伝統や文化なのだろう
か。守らなければならないような、伝統や文化なのだろうか。

 アメリカ人の友人に、こう聞いたことがある。「どうして、アメリカには、日本のような、結婚式
のような結婚式がないのか?」と。アメリカでは、結婚する2人が、自分たちで、ほとんどを準備
する。

 すると、その女性(30歳)は、こう言った。

 「カルフォニア州の大都市なんかへ行くと、そういうビジネスもあるようだけど、アメリカには、
定着しないでしょうね」と。

 そして結婚式と言えば、お決まりの、ヨイショ。ただ騒々しいだけの、ヨイショ。新郎、新婦の
友人たちが集まって、ギャーギャーと、騒ぐだけ。安物のバラエティ番組風。「祝う」という意味
が、ちがうのではないのか?

 いろいろ考えさせられる。

 ちなみに、私たち夫婦は、その結婚式をしていない。貯金が、当時、10万円しかなかった。
それでワイフに、「結婚式をしたいか。それとも、このお金で、香港へ行きたいか」と聞いたら、
「香港へ行きたい」と。それで、おしまい。

 毎月、収入の半分を、実家へ仕送りしている身分だった。どうして、親のスネをかじることな
ど、できただろうか。
 

Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

●もう一人の私

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心の状態と表情の一致している
人を、すなおな人という。

そうでない人を、そうでないという。

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 情意(心)と、表情が遊離してくると、人間性そのものが、バラバラになる。

わかりやすく言うと、本心と外ヅラを使い分け、表ヅラばかりとりつくろっていると、本当の自分
がわからなくなってしまう。つまりこうして、自分の中に、もう一人の、自分でない自分が生まれ
てくる。

 こうした二面性は、その立場にある人に、よく見られる。ある程度は、しかたのないことかもし
れないが、そういう立場の中でも、もっともその危険性の高いのが、実は、教師ということにな
る。

心理学の世界にも、「反動形成」という言葉がある。みなから、「あなたは先生だ」と言われてい
るうちに、「そうであってはいけない、ニセの自分」を、その反動として、作ってしまう。

 たとえば牧師という職業がある。聖職者ということで、「セックス(性)」の話を、ことさら、嫌っ
てみせたりする。本当にそうなのかもしれないが、中には、自分をつくってしまう人がいる。

 まあ、どんな職業にも、仮面というものが、ある。みんな、それぞれ何らかの仮面をかぶりな
がら、仕事をしている。「コノヤロー」「バカヤロー」と思っても、顔では、にこやかに笑いながら、
その人と応対する。

 実は、教育の世界には、それが多い。教育というよりは、教師という職業は、もともとそういう
もの。反対に、もし教師が、親や生徒に本音でぶつかっていたら、それこそ、たいへんなことに
なってしまう。

 たとえば私は、幼児教育にたいへん興味がある。しかし「幼児が好きか?」と聞かれれば、そ
の質問には、答えようがない。医者が、「病人が好きか」と聞かれるようなものではないか。あ
るいは、仕事を離れては、幼児の姿を見たくない。それはたとえて言うなら、外科医が、焼肉を
嫌うのと似ている。(焼肉の好きな外科医もいるが……。)あるいは、ウナギの蒲焼き屋のおや
じが、ウナ丼を食べないのに、似ている?

 しかし一度、幼児に、仕事として接すれば、幼児教育家モードになる。子ども、とくに幼児の世
界は、底なしに深い。奥が、深い。そういうおもしろさに、ハマる。私にとっての幼児教育という
のは、そういうものである。

 ただ、もう一つ、誤解してほしくないのは、同じ教育の中でも、幼児教育は、特殊であるという
こと。いくら人間対人間の仕事といっても、相手は、幼児。いわゆる、ふつうの世界でいうところ
の人間関係というのは、育たない。

 話が少し脱線したが、私が、自分の中に、こうした二面性があるのを知ったのは、30歳くら
いのことではなかったか。

 自分の息子たちに対する態度と、他人の子どもたちに対する態度が、かなりちがっていたか
らだ。ときには、冒頭にも書いたように、自分の人間性が、バラバラになっているように感じた
こともある。「コノヤロー」「バカヤロー」と言いたくても、顔では、ニッコリと笑って、別のことを言
う。毎日が、その連続だった。

 しかし脳ミソというのは、それほど、器用にはできていない。二つの自分が、たがいに頭の中
で衝突するようになると、疲れるなどというものではない。情緒不安、精神不安、おまけに偏頭
痛などなど。まさにいいことなしの状態になる。

 だから、結局は、(ありのままの自分)にもどることになる。

 が、これとて、簡単なことではなかった。それこそ数年単位の努力が、必要だった。私は、ま
さに反動形成でつくられた(自分)を演じていただけだった。高邁で、高徳で、人格者の教師
を、である。

 しかし本当の私は、まあ、何というか、薄汚い、インチキ男……とまでは、いかないが、それ
に近かったのでは……。

 そこで(ありのままの自分)を出すことにしたが、悲しいかな、(ありのままの自分)は、とても
外に出せるようなものではなかった! そこで私は、(ありのままの自分)を出すために、別の
意味で、(自分)づくりをしなければならなかった。

 今も、その過程の途中にあるということになる。

 で、その今も、もう1人の私が、私の中に同居している。いやな「私」だ。できれば早く別れた
いと思っている。ときどき、「出て行け」と叫びたくなる。そんな「私」だ。妙に善人ぶって、自分を
飾っている。

 どこかのインチキ牧師みたいで、ああ、いやだ! ホント!

 ……ということで、本当の自分を知ることを、むずかしい。この文章を読んでいる、みなさん
は、はたして、どうだろうか? ありのままの自分で、生きているだろうか?


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●ギルフォードの立体知能モデル

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子どもの知能は、多方面から、
多角的に判断しなければならない。

ある一面だけを見て、一方的に
判断すると、子どもを見誤る
原因となる。

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 ギルフォードは、知能因子を、4x5x6=120の立体モデルで、表現した。1967年のことだ
った。

 私が、最初に、その立体モデルの模式図を見たのは、ある出版社でのこと。そこの編集部員
が、「林さん、こんなのがありますよ」と言って見せてくれた。

 それが1978年ごろのころではなかったか。私は、その立体モデルを見たとき、強い衝撃を
受けた。

 そこで私は、その120の知能因子にそった、教材というか、知恵ワークを考えた。それらは
すぐ、学研の『幼児の学習』という雑誌に、採用された。その雑誌は、やがて、『なかよし学習』
という雑誌とともに、毎月47万部も売れた。

 ギルフォードの「立体知能モデル」。

 今では、もう古典的なモデルになっている。というのも、縦軸に、認知能力、記憶、拡散的思
考……、横軸に、図形、記号、言語……、高さに、単位、類、関係……と分けているが、具体
性が、ほとんどなかった。

 今から思うと、「どこか思いつき?」という印象すら、もつ。しかしそれはともかくも、知能因子
を、このように分けた意義は大きい。

 というのも、それまでは、知能因子は、スピアマンの「知能因子、2因子説」や、サーストンの
「多因子説」などがあった程度。知能因子のとらえ方そのものが、まだばくぜんとしていた。

 それを120の知能因子に分けた! それ自体、画期的なことだった!

 で、それから25年以上。今では、この分野の研究が進み、IQとか、さらにはEQという言葉も
生まれ、常識化している。さらには、これらの数値では、測定できない、つまり因子と言えない
因子も考えられるようになった。

 たとえばヒラメキや、直感力、直観性、創造性、思考の柔軟性など。そこで教育の分野だけ
ではなく、大脳生理学の分野でも、因子についての研究が、始まっている。昨今、右脳教育と
いう言葉がもてはやされているが、それもその一つ。

 今の段階では、知能の内容も、複雑で、奥が深いということ、その程度しか、ここに書くことが
できない。あるいはもともと思考の内容を、パターン化しようとするほうが、無理なのかもしれな
い。

 人間の脳の中には、約100億個の神経細胞がある。そしてそれぞれの神経細胞が、10万
個のシナプスをもっている。つまりこれだけで、10の15乗のシナプスの数になる。その数は、
10の9乗〜10乗と言われているDNAの遺伝情報の数を超えている! 思考の可能性を、ワ
クの中で考えることのほうが、おかしい。

 ギルフォードの立体知能モデルを見るたびに、そう思う。
(はやし浩司 ギルフォード 立体知能モデル 神経細胞 シナプス)


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●幻惑からの脱出

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親子であるがゆえに生まれる、
強烈な関係。そしてそれが生まれる
束縛感。

これを心理学の世界では、「幻惑」という。
しかし実際には、そうでない親子も多い。

そうでないというのは、親子関係と
いっても、心理学の教科書どおりには
いかないケースも、あるということ。

++++++++++++++++
 
テレビ局のレポーターが、一人の少女に話しかけた。

レポーター「学校は、行っているの?」
少女「行ってない」
レ「いつから?」
少「もう、3か月になるかなア」

レ「中学生でしょう?」
少「一応ね」
レ「お父さんや、お母さんは、心配してないの?」
少「心配してないヨ〜」

 東京の、あるたまり場。まわりでは、それらしき仲間が、じっと二人の会話を聞いている。そ
の少女は、埼玉県のA市から来ているという。家出をして、すでに3か月。居場所も転々と、か
えているらしい。

レ「おうちに電話してみようかしら?」
少「ハハハ、無駄よ」
レ「無駄って?」
少「だって、さア〜」と。

 「家族」には、家族というひとつの、まとまりがある。そのまとまりは、ある種の束縛をともな
う。それを「家族自我群」という。しかしその束縛というか、それから生まれる束縛感には、相当
なものがある。

 たとえば親子という関係で考えてみよう。

 いくら親子関係がこじれたとしても、親子は親子……と、だれしも考える。そのだれしも考える
ところが、「家族自我群」というところになる。

 しかしさらにその関係がこじれてくると、親子は、その幻惑に苦しむようになる。こんな例があ
る。

 ある父親には、生活力がなかった。バクチが好きだった。そこでその父親は、生活費が必要
になると、息子の勤める会社まで行って、小遣いをせびった。息子は、東京都内でも、大企業
のエリートサラリーマンだった。父親はそこで、息子が仕事を終えて出てくるのを待っていた。

 息子は、そういう父親に苦しんだが、しかし父親は父親。そのつど、いくらかの生活費を渡し
ていた。

 多分、「お父さん、もう、かんべんしてくれよ」、「いや、今度だけだよ。すまん、すまん」というよ
うな会話をしていたのだろうと思う。もちろん、その反対の例もある。

 ある息子(30歳)は、道楽息子で、放蕩(ほうとう)息子。仕事らしい仕事もせず、遊びまわっ
ていた。いつも女性問題で、両親を困らせていた。

 そういう息子でも、息子は息子。両親は、息子にせびられるまま、小遣いを渡し、新車まで買
い与えていた。

 これらの例からもわかるように、親子であるがゆえに、それが理由で、そのどちらかが苦しむ
ことがある。「縁を切る」という言葉もあるが、その縁というのは、簡単には切れない。もちろん
親子関係も、それなりにうまくいっている間は、問題は、ない。むしろ親子であるため、絆(きず
な)も太くなる。が、そうでないときは、そうでない。ときには、人格否定、自己否定にまで進んで
しまう。

 ある地方では、一度、「親捨て」のレッテルを張られると、親戚づきあいはもちろんのこと、近
所づきあいもしてもらえないという。実際には、郷里にすら帰れなくなるという。

 反対にある男性(現在、50歳くらい)は、いろいろ事情があって、実の母親の葬儀に出ること
ができなかった。以後、その男性は、それを理由にして、ことあるごとに、「自分は人間として、
失格者だ」と、苦しんでいる。

 家族自我群から発生する幻惑というのは、それほどまでに強力なものである。

 が、親子の関係も、絶対的なものではない。切れるときには、切れる。行きつくところまで行く
と、切れる。またそこまで行かないと、親であるにせよ、子どもであるにせよ、この幻惑から、の
がれることはできない。

 冒頭の少女は、何とか、レポーターに説得されて、母親に電話をすることになった。これから
は、私が実際、テレビで聞いた会話である。そうでない親子には信じられないような会話かもし
れないが、実際には、こういう親子もいる。

少女「やあ、私よ…」
母親「何よ、今ごろ、電話なんか、してきて…」
少「だからさあ、テレビ局の人に言われて…」
母「それがどうしたのよ。あんたなんか、帰ってこなくていいからね」

 その少女の話によれば、父親は、ごくふつうのサラリーマン。家庭も、どこにでもあるような、
ごくふつうのサラリーマン家庭だという。

 そこで少女にかわって、レポーターが電話に出た。

レポーター「いろいろあったとは思うのですが、お嬢さんのこと、心配じゃありませんか?」
母親「自分で勝手に、家を出ていったんですから…」
レ「そうは言ってもですねえ、家出して3か月になるというし…。まだ中学生でしょう?」
母「それがどうかしましたか? あなたには、関係のないことでしょう。どうか、私たちのことは、
ほうっておいてください」と。

 こうした幻惑から逃れる方法は、ただひとつ。相手が親であるにせよ、子どもであるにせよ、
「どうでもなれ」と、最後の最後まで、行きつくことである。もちろんそれまでに、無数のという
か、常人には理解できない葛藤というものがある。その葛藤の結果として、行きつくところま
で、行く。またそうしないと、親子の縁は切れない。

 「もう、親なんて、クソ食らえ。のたれ死んでも知るものか」「娘なんて、クソ食らえ。どこかで殺
人事件に巻きこまれても知るものか」と、そこまで行く。行かないと、この幻惑から逃れることは
できない。

 が、問題は、そこまで行かないで、その幻惑の中で、悶々と苦しんでいる人が多いというこ
と。たいへん多い。ある女性は、見るに見かねて、自分の母親のめんどうをみている。母親
は、今年、80歳を超えた。

 その女性が、こう言った。

 「近所の人に、あなたは親孝行な方ですねと言われるくらい、つらいことはない。私は、何も、
親孝行をしたくて、しているのではない。ただ見るにみかねて、そうしているだけ。本当は、あん
な母親は、早く死んでしまえばいいと、いつも思っている。だから親孝行だなんてほめられる
と、かえって、みんなに、請求されているみたいで、不愉快」と。

 あなたは、この女性の気持ちが理解できるだろうか。もしできるなら、親子の問題に、かなり
深い理解力のある人と考えてよい。

 もしあなたが今、相手が親であるにせよ、子どもであるにせよ、ここでいう幻惑に苦しんでい
るなら、方法はただひとつ。徹底的に行きつくところまで行く。そしてそのあとは割り切って、つ
きあう。それしかない。

 この家族自我群による幻惑には、そういう問題が含まれる。

 で、ここまで話したら、ワイフがこう言った。

 「夫婦の間にも、同じような幻惑があるのではないかしら?」と。つまり夫婦でも、同じような幻
惑に苦しむことがあるのではないか、と。

 いくら夫婦げんかをしても、どこかで相手のことを心配する。もし心配しなければ、そそのと
き、夫婦関係は終わる。そのまま離婚ということになる、と。

ワイフ「夫婦のばあいは、最終的には、別れることができるからね。でも、親子ではそれができ
ないでしょう。少なくとも、簡単にはできないわ。だから、よけいに、苦しむのね」と。
私「ぼくも、そう思う。つまりそれくらい、家族自我群による幻惑は、強力なものだよ」と。

 幻惑……今も、多くの人が、家族という(しがらみ)(重圧感)の中で苦しんでいる。しかしそれ
は、どこか東洋的。どこか日本的。

 あなたという親が幻惑に苦しむのは、しかたないとしても、あなたの子どもは、この幻惑から
解放してやらねばならない。具体的には、子どもが、親離れを始める時期には、親自身が、子
どもに親離れができるように、仕向けてあげる。

 こうすることによって、将来、子どもが、その幻惑に苦しむのを防ぐ。まちがっても、ベタベタ
の親子関係で、子どもをしばってはいけない。親孝行を子どもに求めたり、それを強要しては
いけない。いつか子ども自身が自分で考えて、親孝行をするというのであれば、それは子ども
の問題。子どもの勝手。

 世界的にみても、日本人ほど、親子の癒着度が高い民族はそうはいない。それがよい面に
作用することもあるが、そうでないことも多い。それが本来あるべき、(人間)の姿かというと、
そうではないのではないか。議論もあるだろうと思うが、ここで、一度、家族自我群というものが
どういうものか、考えてみることは、決して無駄なことではないように思う。

 先の少女について、ワイフはこう言った。「実の娘でも、そこまで言い切る母親がいるのね。
何があったのかしら?」と。

【付記】

 心理学の世界でも、「幻惑」という言葉を使う。家族という、強力な束縛感から生まれる、重圧
感をいう。

 この重圧感は、ここにも書いたが、それで苦しんでいる人にとっては、相当なものである。

 ある女性(35歳)は、その夜、たまたま事情があって、家に帰っていた。その間に、父親が、
息を引き取ってしまった。「その夜だけ、5歳になる娘のことが心配で、家に帰ったのですが…
…」と。

 そのことを、義理の父親が、はげしく責めた。「父親の死に目にも立ち会えなかったお前は、
人間として、失格者だ」「娘なら、寝ずの看病をするのが、当然だ」と。

 以来、その女性は、ずっと、そのことで悩んでいる。苦しんでいる。そう言われたことで、心に
大きなキズを負った。

しかし、だ。その義理の父親氏は、そういう言い方をしながら、「自分のときは、そういうことを
するな」と言いたかったのだ。家族自我群をうまく利用して、子どもをしばりつける人が、よく用
いる話法である。自分の保身のために、である。だから私は、その女性にこう言った。

 「そんな老人の言うことなど、気にしないこと。私があなたの父親なら、こう言いますよ。『ま
た、あの世で会おうね。ゆっくり、おいで』と」と。

 この自我群は、親・絶対教の基本意識にもなっている。つまり、カルト。それだけに、扱い方
がむずかしい。ひとつまちがえると、こちらのほうが、はじき飛ばされてしまう。だから、適当
に、妥協するところはして、そういう人たちとつきあうしかない。そういう人たちに抵抗しても、意
味はないし、この問題は、もともと、あなたや私の手に負えるような問題ではない。

 ただつぎの世代の人たちは、この家族自我群でしばってはいけない。少なくとも、子どもが、
いつか、自我群で苦しむような下地を、つくってはいけない。

 いつか、あなたの子どもが巣立つとき、あなたは、こう言う。

 「たった一度しかない人生だから、思う存分、この広い世界を、はばたいてみなさい。親孝
行? くだらないことは考えなくていいから、前だけを見て、まっすぐ、進みなさい。家の心配?
 バカなことは考えなくていいから、お前たちは、お前たちの人生を生きていきなさい」と。

 こうして子どもの背中をたたいてあげてこそ、親は、親としての義務を果たしたことになる。

 親としては、どこかさみしいかもしれないが、そのさみしさにじっと耐えるのが、親の愛というも
のではないだろうか。

【付記2】

 家族自我群から生まれる幻惑を、うまく使って、親としての保身をはかる人は多い。このタイ
プの親は、独特の言い方をする。

 わざと息子や娘の聞こえるようなところで、ほかの親孝行の息子や娘を、ほめるのも、それ。
「Aさんとこの息子は、偉いものだ。親に、今度、離れを新築してやったそうな」とか。

 さらにそれがすすむと、親の恩を着せる。「産んでやった」「育ててやった」「大学まで、出して
やった」と。「だから、ちゃんと、恩をかえせ」と。あるいは生活や子育てで苦労している姿を、
「親のうしろ姿」というが、わざと、それを子どもに見せつける親もいる。

 が、それだけではない。最近、聞いた話に、こんなのがあった。

 一人の娘(50歳くらい)に、その母親(75歳くらい)が、こう言ったという。「○夫(その母親の
長男)に、バチが当たらなければいいがね」と。

 その長男は、最近、盆や暮れに、帰ってこなくなった。それをその母親は、「バチが当たらな
ければいい」と。つまりそういういい方をして、息子を、責めた。

息子にバチが当たりそうだったら、だまってそれを回避してやるのが親ではないのか……とい
うようなことを言っても、ヤボなこと。もっとストレートに、息子に向って、「(私という)親の悪口を
言うヤツは、地獄へ落ちるぞ」と、脅した母親もいる。

 中には、さらに、実の娘に、こう言った母親ですら、いた。この話は、ホントだぞ!

 「(私という)親をそまつにしやがって。私が死んだら、墓場で、あんたが、不幸になるのを楽し
みに見ていてやる!」と。

 もちろん大半の親子は、心豊かな親子関係を築いている。ここに書いたような親子は、例外
とまではいかないが、少数派にすぎない。が、そういう親子がいると知るだけでも、他山の石と
なる。あなた自身が、よりよい親子関係を築くことができる。

 それにしても、世の中には、いろいろな親がいる。ホント!

【付記3】

 毎日、たくさんの方から、メールや相談をもらう。そしてその中には、子育てというより、家族
の問題についてのも、多い。

 そういう人たちのメールを読んでいると、「家族って、何だ?」と考えてしまうこともある。「家
族」という関係が、かえってその人を苦しめることだって、ある。

 東京都のM区に住んでいるH氏(50歳くらい)は、こう書いてきた。

 「父親の葬式が終わったときは、心底、ほっとしました。もう葬式は、こりごりです。息子がい
ますが、息子には、そんな思いをさせたくありません」と。

 H氏は、葬式を問題にしていた。しかし本音は、「父親が死んでくれて、ほっとした」ということ
か。何があったのかは、わからない。しかしそういうケースもある。

 私たちは、子であると同時に、親である。その親という立場に、決して甘えてはいけない。親
は親として、自分の生きザマを確立していかねばならない。つまり親であるということは、それく
らい、きびしいことである。それを忘れてはいけない。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

【雑感、あれこれ】

●離婚

 ワイフがこう言った。

 「女っていうのはね、離婚するときは、夫に体にちょっと触れられただけでも、気分が悪くなる
ものよ」と。

 そこですかさず私が、ワイフの太ももに触ると、ワイフは、さっと、体をよけた。

私「ははあ、ぼくに触られるのが、いやなんだ?」
ワイフ「ちがうわよ。くすぐったいからよ」
私「ちがう、ちがう、今のはいやがっているみたいだった」
ワイフ「ちがうってば」と。

 私の立場は、きわめてあぶないようだ。明日あたり、離婚を申し出られるかもしれない。


Hiroshi Hayashi+++++++++++はやし浩司

●自分の子どもの心を読む

 「うちの子のことは、私が一番よく知っている」と言う親ほど、本当のところ、子どもの心がわ
かっていない。

 反対に、「うちの子のことがよくわからない」と言う親ほど、本当のところ、子どもの心が、よく
わかっている。

 心というのは、おとなであれ、子どもであれ、そんなに簡単にわかるものではない。「よく知っ
ている」と言う親ほど、知ろうと、努力しない。だから、ますます子どもの心を見失う。

 反対に、「よくわからない」と言う親ほど、子どもに謙虚になる。子どもの心に耳を傾ける。だ
から子どもの心が、読める。

 まずいのは、親の判断だけで、子どもの心を決めつけてしまうこと。こうした決めつけが習慣
化すると、子どもは自分の意思を自分で表現できなくなってしまう。もちろんその時点で、親子
の間に、深刻なキレツが入ることになる。

 子どもの心を見失う親の特徴としては、つぎのようなものがある。

(1)独断性

 子どもに対してというより、日常生活全般にわたって、独断性が強い。がんこで、人の話を聞
かない。他人に何か言われると、その何倍も、反論したりする。

(2)狭小性

 自分の世界が、小さい。限られた人たちと、限られた範囲でしか、交際しない。当然、人の好
き嫌いがはげしい。

(3)偏見性

 独得の価値観をもっていることが多い。「A高校の出身者には、いい人はいない」とか、など。
ものの考え方が、極端であったり、どこか偏屈であったりする。

(4)無学性

 人間の脳ミソというのは、常に刺激していかないと、刺激を止めたときから、退化し始める。
それは健康に似ている。運動をやめたときから、体の調子は、悪いほうに向かう。

 このタイプの人は、そういう意味での、刺激を嫌う。勉強しない。本も読まない。それ以上に、
考えない。知的な意味で、進歩がない。

(5)過干渉性

 子どもの価値観まで、親が決めてしまう。私が子どもに向かって、「楽しかった?」と聞いて
も、親が、すぐその会話に割りこんでくる。「楽しかったでしょ。だったら、楽しかったと言いなさ
い!」と。

(6)威圧性

 威圧的な育児姿勢は、百害あって一利なしと覚えておくとよい。悪玉親意識の強い人、権威
主義的傾向の強い人、親風を吹かす人、家父長意識の強い人は、その子どもに対する育児
姿勢が、どうしても威圧的になりやすい。 

そしてあとは、お決まりの言葉。「うちの子のことは、私は一番よく知っている」と。そして長い時
間をかけて、親子の間に、大きなミゾをつくる。

 あなたも、もし、「うちの子のことは、私が一番よく知っている」と思っているなら、本当にそう
か、一度だけ、自問してみるとよい。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

●人格の完成

+++++++++++++++++

人格の完成度は、どこをどう見て、
判断すべきなのか。

そのヒントとなるのが、「人格論」
である。

+++++++++++++++++

 人格の完成度は、(1)共鳴性、(2)自己管理能力、(3)社会性の三つをみる(EQ論)。これ
は常識だが、これら3つには、同時進行性がある。

 共鳴性、つまりいかに利己から脱して、利他になるか。自己管理能力、つまりいかに欲望と
戦い、それをコントロールするか。さらに社会性、つまり、いかに他者と、良好な人間関係を築
くか。

 これら3つが、できる人は、自然な形で、それができる。そうでない人は、そうでない。

 自己中心的な人は、それだけ自己管理能力が弱く、他者と、良好な人間関係を、築くことが
できない。あるいは自己管理能力の弱い人は、長い時間をかけて、ものの考え方が自己中心
的になり、そのため、他人から、孤立しやすい。さらに社会性が欠落してくると、自分勝手でわ
がままになる、など。

 これら3つは、相互に、からんでいる。そして全体として、その人の人格の完成度を、決定す
る。

 が、やはり、キーワードは、「自己中心性」である。

 その人の人格の完成度を知りたかったら、その人の自己中心性をみればわかる。もしその
人が、自分のことしかしない。自分だけよければ、それでよいと考えているなら、その人の人格
の完成度は、きわめて低いとみてよい。

 これには、老若男女は関係ない。地位や名誉、職業には、関係ない。まったく、関係ない。

 つぎに自己管理能力。わかりやすく言えば、ここにも書いたように、それには、欲望の管理が
含まれる。性欲、食欲、所有欲など。

 こうした欲望に溺れても、よいことは何もない。もちろん心の病気が原因で、溺れる人もい
る。セックス依存症の人にしても、節食障害の人にしても、それぞれ、やむにやまれぬ精神的
事情が、その背景にあって、そうなる。

 だから肥満の人が、即、自己管理能力のない人ということにはならない。(一般社会では、そ
う見る向きもあるが……。)

 3つ目に、社会性。
 
 人間は、他者とのかかわりをもってはじめて、その人らしさを、つくる。その(その人らしさ)
が、良好であること。それが人格の完成度の、3つ目の要件ということになる。

 いくら高邁でも、他者とのかかわりを否定して生きているようでは、そもそも、人格の完成度
は、問題にならない。

 たとえば小さな部屋にひきこもり、毎日絵ばかり描いている画家がいたとする。すばらしい才
能をもち、すばらしい絵を描いている。が、個展を開いて、それを発表することもない。同業の
人との、交流もない。

で、そういう人を、人格の完成度の高い人かというと、そうではない。EQ論では、そういう人を、
評価しない。(もちろんその人の芸術性の評価は、別問題である。)

 言いかえると、私たちは日々の生活の中で、これら3つを、いかにして鍛錬していくかというこ
とが、重要だということ。

 いかにすれば、自分の中の自己中心性と戦い、欲望をコントロールし、そして他者と、良好な
人間関係を築いていくか。つまりは、そこに、私たちが、日々に務めるべき、努力目標がある。

 がんばりましょう! がんばるしかない!


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司※

最前線の子育て論byはやし浩司(1848)

【今日・あれこれ】

+++++++++++++++

今日は、4月3日、火曜日。
朝から、猛烈なからっ風が、吹き荒れている。

先ほど、1時間ほど、自転車に
乗ってきた。

英語で言えば、「ヘッド・ウィンド」。
ペダルをこぐだけで、たいへん。
汗、ダクダク。

で、帰ってきてから、畑を拡張。
畝(うね)を、昨年より、3本ほど、
ふやした。

+++++++++++++++

●介護記

 ボケもあるのか? 私の母は、生来的なウソつき。昨日も、ポータブルトイレの上に、上着が
2着置いてあった。それを見つけて、私が、「だれだ、こんなところに上着を置いたのは?」と聞
くと、母は、すかさず、「晃子さん(=私のワイフ)が置いた」と答えた。

 そこで私は間髪を入れず、ワイフを呼んだ。ワイフは、たまたま廊下にいた。「晃子、お前
か、こんなところに上着を置いたのは?」と。

 が、母は、ワイフを見るやいなや、こう言った。「私は、そんなこと、言っていない」と。

 つまり母は、2度、ウソを言ったことになる。「ワイフが、上着を置いた」というウソ。「そういうこ
とは言っていない」というウソ。

 こういうケースで注意しなければならないのは、(もともと私は母のウソなど、気にしていない。
……念のため)、ウソを責めながら、今度は私が、母のシャドウ(影)を、受け継いでしまうとい
うこと。わかりやすく言えば、心の処理のしかたをまちがえると、私自身も、母そっくりのウソつ
きになる可能性が高いということ。

 母子という、濃密な関係にあればあるほどそうで、だれかを反面教師としているうちに、その
反面教師そっくりの人間になってしまうというケースは少なくない。たとえば、泥棒専門の刑事
が、いつの間にか、自分でも泥棒を働くようになるというのがある。

 (泥棒を憎む心)→(泥棒を憎んでいるという仮面をかぶる)→(善人ぶる)→(邪悪な部分を
心のどこかに押しこめる)→(邪悪な自分が、裏からその人を操るようになる)と考えるとわかり
やすい。話は少し飛躍するが、欧米では、牧師や教師による、性犯罪が、よく問題になる。そ
れも、その一例と考えてよい。

 で、話をもとに、もどす。

親であるにせよ、だれであるにせよ、相手を責めるのは簡単。しかしどこかで自分というものを
しっかりともっていないと、その責めている相手がもつ人間性を、知らない間に、引き継いでし
まうことがある。とくに相手がもっている邪悪な部分については、そうである。これがこわい。

 だからこういうケースでは、笑ってすますのがよい。けっして、本気で相手にしてはいけない。
母のウソについても、本気で母を責めてはいけない。「どうせ、もうろくしかかったバーさんの言
うことだから」と無視して、そのまま忘れる。


●浜名湖一周

明日、長男と、浜名湖を一周するつもり。かなりの長距離である。休み休み、のんびりと時間を
かけて走るつもり。

 息子たちが子どものころは、よく、(冒険旅行)というのをした。冒険旅行というのは、お金だ
けをもって、どこかへ行くという、旅行のしかたをいう。目的地も決めない。泊まるところも決め
ない。電車の駅に立って、どちらへ行くかを、そのとき決める。

 そのせいか、二男も、三男も、旅行好きになった。ただ長男だけは、どういうわけか、出不精
というか、どちらかというと、家の中にひきこもっているほうが好きなようだった。だから今回も、
私の提案に対して、長男が「OK」と言うとは、思ってもいなかった。

 出発は、明日、午前7時。これから私は自転車のタイヤ交換に行ってくる。その旅行記は、ま
たBLOGのほうで書いてみたいと思っている。


●歯医者

 2ヶ月ほど前のこと。奥歯にかぶせていた、金属(専門用語を知らない)が、はずれてしまっ
た。

 そこでかかりつけの医師に電話をすると、「2、3月は、院長、病気治療のため、休診します」
とのこと。

 といっても、ほかに名医を知らない。しかたないので、その2か月を待つことにした。が、とき
どき、その金属が、はずれる。

 ……いろいろな接着剤を試してみた。瞬間接着剤、2種を混合して使う接着剤などなど。しか
しどれも、すぐはずれてしまう。

 で、やっと何とか役にたったのが、コンクリートボンド。はずれた金属の裏に、コンクリートボ
ンドをたっぷりとつけて、歯にかぶせる。それだと、3、4日は、もつ。

 が、どうにもこうにも、不便。そこで4月2日、月曜日。診療が始まる時刻に、時計を見なが
ら、電話を入れた。

私「先生は、もうだいじょうぶでしょうか」
受付の女性「ええ、今日から診療を始めました」と。

 うれしかった。本当にうれしかった。どういうわけだか、うれしかった。その医師の世話になる
ようになって、もう30年になる。私の家族は、全員、その医師の世話になっている。私の家族
の歯の健康イコール、その医師ということになる。

 先生、病気なんかに負けないでくれ!


●タイヤ交換

 たった今、近くのショッピングセンンターで、自転車のタイヤ交換をしてきた。交換料も含め
て、2500円前後。プラス、自転車用ヘルメットを一個、購入。しめて、7000円と、ちょっと。

 夜中の11時まで営業しているところがうれしい。しかも年中、無休。

 6、7年前までは、個人の自転車屋で自転車を購入したり、修理してもらっていた。しかしどう
も値段が、「?」。自転車というのは、値段があってないようなもの。自転車だけを見て、値段の
わかる人は、いない。自転車屋のおやじでも、むずかしい。元自転車屋の息子の私が言うの
だから、まちがいない。

 今では、ショッピングセンターと言っても、サービスがよくなった。品ぞろえもよい。たとえばタ
イヤにしても、(賞味期限)がある。2、3年も店先に陳列しておくと、タイヤそのものが劣化す
る。そんなわけで、タイヤを交換するにしても、客の出入りの多い店で、するのがよい。

 もちろん、2、3年も売れないまま、店先に並んでいたような自転車は、購入してはいけない。
メッキの薄いところに、こまかいサビが浮いているようなら、ぜったいに購入してはいけない。
(ずるい自転車屋になると、タイヤだけを新品に交換して、あたかも新品のようにして売る。)

 しかし今、個人の自転車屋も、たいへん! 20台とか30台とかの自転車を並べて、どうやっ
て大型店と勝負していくというのか。大型店には、200〜300台もの自転車が、並んでいる。
もし今、私が自転車屋のおやじなら、直接、上海か台北まで行って、商談をまとめてくる。向こ
うで直接購入すれば、さらに半額程度で、輸入できる。そういうやり方でもしなければ、勝ち目
はない。

 ……こうして、いろいろな店が、町から消えた。酒屋、米屋、菓子屋、時計屋などなど。今は、
町角から、自転車屋がつぎつぎと姿を消しつつある。とてもさみしいことだが、これも時代の流
れか?

 タイヤを交換する若い男を見ながら、私はふと、そんなことを考えた。

 ついでながら、どうすれば自転車を、外国から直接輸入できるか、その方法を書いておく。

 まず、現地で、見本を見て、商談をまとめる。(それなりの語学力と、貿易の常識は必要。)商
談がまとまったら、現地に支店を構える商社に、間に立ってもらう。LC決済などは、個人です
るのは、無理。プラス危険。

 商社には、3〜5%の口銭(手数料)を払えば、あとは、直接、商品を、玄関先まで届けてくれ
る。商社の規模にもよるが、500万円以上の取り引きなら、手伝ってくれるはず。(小さな商社
なら、200〜300万円の取り引きでも手伝ってくれるが、その分だけ、口銭が高くなる。)

 私は浜松に住むようになったころ、いろいろな会社からの依頼を受けて、こうして香港や台湾
から、子どもの玩具や雑貨品、衣料品を、輸入していた。

 私は同じく若いころ、三井物産という会社に勤めていたことがある。「口銭」というのは、三井
物産独特の言い方だったように記憶している。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司 

最前線の子育て論byはやし浩司(1849)

●浜名湖一周

++++++++++++++++++

4月4日、長男のSと、2人で、
浜名湖を一周した。自転車での
一周である。

東京では雪が降ったとか……?
冷たい風をどこかに感じなら、
私たちは、自転車にまたがった。

++++++++++++++++++

 午前7時30分。私と息子のSは、玄関先で自転車にまたがった。ワイフが、記念写真を撮っ
てくれた。「一度はしてみたい」と思っていた。Sは、そういう私の申し出に、こころよく、応じてく
れた。

 私たちは、家の前のゆるい坂を、並んでくだった。「ジャスコの前から、浜名湖バイパスを抜
けて、舘山寺に向かう」と声をかけると、Sは、「OK」とうなづいた。

 ゆっくりとした速度だった。自転車にしてみれば、(歩くような速度)だったかもしれない。道の
りは、かなりある。体力を温存しながらなの走行となった。

 広いバイパスをしばらく走る。そして浜名湖へ。

 あたりの様子は一変した。美しい海が、目の前に広がった。澄んだ青い空。白い雲。そして
それ以上に青い、浜名湖の海。Sは、ずっと顔を左に向けたまま走っていた。私は、Sの走る
速度にあわせて、うしろについた。

 私は、20代のはじめから、自転車に乗っている。足腰は鍛えてある。しかしSには、そうでな
い。ときどき、散歩のかわりに乗る程度。速度をあげたいという思いを、こらえながら、Sのうし
ろを走る。

 最初は、いろいろなことを考えた。雑念が、ザワザワと、頭の中に現れては消えた。しかしそ
のうち、何も考えなくなった。そこに海がある。私は海を見た。そこに空がある。私は空を見
た。前につづくのは、幅2〜3メートルの自転車道。

 舘山寺までは、2時間ほどで着いた。車なら、30〜40分の距離である。冷たい向かい風の
せいか、汗は、ほとんどかかなかった。Sが、「弁当を食べようか」と言った。私は、あたりを見
ながら、場所をさがした。

 が、ベンチをみつけて腰をおろしたところで、その弁当がないことを知った。リュックの中に入
れた弁当がない? 2、3度、リュックの底をさがしてみたが、ない?

私「晃子(=ワイフ)は、たしかに、ここに入れたはずだが……」
S「もう一度、さがしてみなよ」
私「……うん、やっぱりない。おかしいな?」と。

 しかたないので、私たちは、いつも行くレストランをめざした。舘山寺から細江(ほそえ)に抜
ける街道の途中にあるレストランである。

 舘山寺から、再び、自転車道に入った。途中、渡り鳥の群れをいくつか見つけた。そのつど、
立ち止まって、私は、写真を撮った。

 レストランへは、11時少し前に着いた。「あと少しで、11時になります。それから注文を取り
にきます」と、ウエイトレスの女性が言った。妙に鼻にかかった、聞きづらい言い方だった。最
近の若い女性は、みな、そういう言い方をする。「いらっしゃいませ」を、「イナアシャイモーセ」
と。日本語が、今、大きく変化しつつあるようだ。

 レストランを出たのが、11時半ごろ。私たちは、細江をめざし、そこから、寸座(すんざ)へ向
かうつもりだった。途中、都田川の桜が、ちょうど満開だった。私は夢中で、カメラのシャッター
を切った。

 が、そのあたりで、Sが、「尻が痛い」と言い出した。Sの自転車は、オフロード用にできてい
る。アルミ製で、15万円もしたという。

 私の自転車は、ただの通勤車。2万9000円。2年ほど前に買ったもの。長距離には、楽。

 そこで自転車を交換して、乗り換えてみる。とたん、サドルが小さく、硬いのがわかった。「小
さいな」「硬いな」と。

 それ以上に、自転車そのものが不安定。ハンドルを握ると、体が前にぐんと乗り出してしま
う。こういう自転車は、のんびり走るのには、向かない。

 私たちは、三ケ日(みっかび)についた。そこからは海沿いに、寸座まで。細い海外道を走
る。左に海、右に別荘地。が、そこで突然の大雨。スコールと言うにふさわしい雨だった。

 私たちはすかさず、道横にあった、漁師の小屋に身を寄せた。一時は、数百メートル先すら
見えないほどの大雨になった。

私「ぼくの友人のN君は、雨の日にキャンプに行くんだよ」
S「バカじゃない?」
私「N君が言うには、雨の日の景色のほうがきれいだそうだ」
S「日本人のぼくには、考えられないね」
私「オーストラリアでは、雨がめったに降らないから……」と。

 やがて雨はやみ、ふたたび、私たちは、自転車にまたがった。今度は、私の尻が痛くなりだし
た。

 しばらく行くと、1人の男が、波打ち際で、アサリを取っていた。私たちも、それに加わった。

 その男は、大阪から来たという。ひとりで来たという。新幹線の新大阪駅付近に住んでいると
いう。「今朝、2時ごろ大阪を出て、着ました」と。

 話を聞くと、もともと生まれも育ちも大阪だったという。が、転勤で浜松へ。その浜松に、26年
間も住んだという。

「大阪は、住むには便利なところです。しかし26年も浜松に住むと、浜松のよさが、忘れられな
くてね。月に1、2度は、こうして浜松へやってきます」と。

 男は、浜松のよさを、あれこれと言った。「浜松には、山も海もあるでしょ。それに気候がい
い。来月に入れば、海釣りもできるし、6月になれば、アユの友釣りもできます」と。

 『住めば都』とは言うが、反対に、『燈台、元暗し』とも言う。浜松のよさを知らないのは、意外
と浜松の人たちかもしれない。言い忘れたが、男は、昭和17年生まれだと言った。私は内心
で、「姉の年齢と同じだな」と思った。

 こうして私たちは瀬戸(せと)を回り、湖西市(こさいし)へと向かった。が、そこでSが、ダウ
ン。農協の小屋に入って、そのままそこに座りこんでしまった。私は、Sの自転車を、ロープで
引っ張って走ることを考えた。が、Sは、「それはいい」と断った。

 しばらく、そこで休憩。

 車が、そのよこを、ゴーゴーと音をたてて走った。私たちは、20分ほど、時間をつぶした。そ
して、また自転車にまたがった。

 そこから湖西市までは、ゆるい山坂道が、何度かつづいた。車にとっては何でもない坂道か
もしれないが、自転車には、そうではない。私にはともかくも、Sには、苦しい坂道だったかもし
れない。

 Sは、何もしゃべらなくなった。私は、Sのうしろに、ぴったりとくっついた。

 湖西市から新居(あらい)、そして弁天(べんてん)をすぎて、再び浜松市内へ。

私「腹が減ったなあ。寿司でも食べていくか?」
S「ぼくは、ラーメンのほうがいい」
私「そうだな。ラーメンでもいいな。そうしようか」と。

 私たちは、いつも行くラーメン屋をめざした。そのラーメン屋から自宅までは、10分もかから
ない。

私「富士登山でも、浜名湖一周でも、一生に一度は、しておきたかった」
S「うん」
私「ここでママに助けに来てもらったら、意味がなくなる。あと少しだ、がんばろう」
S「うん」と。

 ……こうして浜名湖一周を、無事、終えた。自宅に着いたのが、午後5時ごろ。途中での休
憩をのぞくと、約8時間ほどで1周したことになる。

 自宅に帰ると、私とSは、コタツに入って、横になった。

(追記)

 自転車のよいところは、体を痛めないこと。翌日の今日、筋肉痛は残っているが、それ以外
は、なんともない。

 そうそう言い忘れたが、昨夜は8時半ごろ床について、朝7時まで、ぐっすりと眠った。その
間、一度も、目をさまさなかった。今も、眠いが……。(07年4月5日記)


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

●日韓経済戦争

+++++++++++++++++++

熾烈(しれつ)さをます、日韓経済戦争。
まさに反日感情むき出しの、韓国。

連日のごとく、韓国の三大新聞(東亜N報、
中央N報、朝鮮N報)は、日本のことを
書き立てている。

今日の朝鮮N報の社説は、こうだ。

『日本の成熟度、精神年齢を疑う』
(タイトルそのまま・4月5日)と。

こういうのを、いらぬ節介という。
日本の精神年齢を疑う前に、自分たちの
精神年齢を疑ってみたら、どうか。

もし日本のどこかの新聞社が、社説で、
『韓国の成熟度、精神年齢を疑う』というよう
なことを書いたら、いったい、韓国は、どのように
反応するだろうか。

++++++++++++++++++++

 韓国の朝鮮N報は、4月5日、社説の見出しに、こう書いた。『日本の成熟度、精神年齢を疑
う』と。安倍首相の従軍慰安婦問題について書いたものだが、よくもまあ、ここまで書けるのも
のだ。

 その部分を、そのまま紹介する。

 「……日本は実際に被害に遭った、同じアジアの人々による訴えには耳を貸さずにおきなが
ら、米国やカナダ、ドイツといった欧米諸国から批判が出たときだけは神妙にしてきた。日本は
世界第2の経済大国だ。しかし成熟度や精神年齢の面では、それに見合った発達を遂げるこ
とはできなかったようだ」と。

 韓国という国は、よほど、日本が嫌いらしい。今回の、米韓FTA交渉についても、日本人の
ほとんどは、そういう交渉がなされていることすら知らなかった。にもかかわらず、東亜N報は、
こう伝える。「韓米FTA妥結、日本に衝撃走る」「韓米FTA合意、日本・中国のほうがびっくり」
(社説)と。

 衝撃? びっくり?

 「日本の多くの新聞は、3日付けの朝刊で大きく紙面を割いて、関連記事を掲載した。
朝日新聞は『次は日本の番だ』というタイトルの社説を、日本経済新聞は『米韓FTA妥結、や
ればできる(日韓)も』という社説をそれぞれ掲載し、日本政府が韓米FTA合意を教訓に、韓国
や米国とのFTA交渉に積極的に乗り出す必要があると呼びかけた。
 
これまで日本は、農水産物市場の開放に強力に反対する国内業界に足を引っ張られ、米国と
のFTA交渉に関する話し合いさえまともにできずにいた。しかし、韓米FTA締結で事態が切迫
してきたという認識が日本国内で広がっている」と。
 
 朝日新聞の社説について確認してみた。4月3日に、それがあった。

 いわく、「……韓国市場に風穴を開けた米国が、日本とのFTA交渉を求めてくるとの見方も
ある。まだ両国の経済界が交渉開始を提言している段階にすぎないが、成長するアジア経済
との関係を重視する米国が、対日戦略を強める可能性は高い。 

 アジア・太平洋をめぐる経済統合への構想は多彩だ。南米やロシアも加盟する昨年秋のアジ
ア太平洋経済協力会議(APEC)で、米国はAPEC全域の自由貿易協定を提唱した。 

 日本は、お隣の韓国や中国との経済連携に消極的な代わりに、東南アジア諸国連合(ASE
AN)を中心に交渉を急いできた。APECにも前向きだ。しかし北東アジアの足元を固めてこ
そ、アジア全体への戦略が生きてくる」と。

 簡単に言えば、米韓FTA交渉が成立したので、日本政府は衝撃を受けているというのだ。し
かし、だ。だれが衝撃をうけているというのか? そう感じたのは、東亜N報だけではないの
か。朝日新聞は、かねてから、「北東アジアの足元を固めてこそ、アジア全体の戦略が生きてく
る」という論調を張っている。つまり韓国、K国、中国とは、仲よくしたほうがよい、と。

 それはわかる。しかしいくら日本がそのつもりでも、韓国はそうは思っていない。

 今回のFTA交渉が妥結したその直後には、朝鮮N報は、「米国製日本車が韓国襲来か」(注
※1)と言うような社説まで書いている。「アメリカ製のアメリカ車なら問題はないが、日本車で
は困る」と。

 どうしてそういう韓国と、北東アジアの足元を固めることが、できるというのか? 6か国協議
についても、すでに韓国は、日本はずしの動きを加速させている。あの金大中は、「韓中米北」
の4か国だけの首脳会議を提唱している(注※2)。

 こうまで敵意をむき出しにしてくる韓国。どうしてその韓国に対して、日本は、いつまでもいい
子ぶるのか。またその必要はあるのか。

 日韓経済戦争は、07年に入って、さらに熾烈(しれつ)さをましている。勝つか、負けるか。何
度も繰りかえすが、これはサッカーの日韓戦とは、わけがちがう。日本の経済、つまり私たち
日本人の未来、そのものの運命が、かかっている。

 そこで提言。

 もし日本が、韓国からの輸入を、5〜10%落とせば、それだけで、韓国の貿易収支は、赤字
に転落する。つまり日本人の私たちが、心のどこかで、5〜10%分だけ、韓国製の製品の購
入を減らせばよい。現在、韓国と貿易している会社も、5〜10%分だけ、輸入量を減らせばよ
い。パソコンショップで、パーツを購入するにしても、「韓国製だから、NO」と、一言口にすれば
よい。液晶テレビにしても、日本製にしようか、韓国製にしようかと迷ったら、10人のうちのあ
なた1人が、日本製を購入すればよい。

 それで韓国の経済は、万事休す。2度目のデフォルテ(国家破綻)を迎える。

 ここがまさに正念場。

 国策企業であるサムスン電子の営業利益率にしても、2004年は20・85%、2005年は1
4・03%、2006年は13・44%へと、年々落ちている。LG電子も、同期間5・07%→3・85%
→2・31%と、年々落ちている。

 韓国経済の、早期老齢化現象を指摘する経済学者も多い。

 さあ、こい、韓国! 負けるな、日本! 

 拉致問題でいらだつ日本を無視して、すでに韓国は、肥料、毛布につづき、米を40万トン、
K国に援助することを決定している(毎日新聞)。つまり経済制裁を、韓国が先頭に立って骨抜
きにしている。

 最後に一言。

 日本の精神年齢を疑う前に、日本にやってくる、韓国のスリ集団、強盗団、窃盗団を何とかし
たらどうか。そういうニュースは、韓国では、ほとんど紹介されていない。なお、あの福沢諭吉
は、こう書き残している。

 「我は心に於て、亜細亜東方の悪友と謝絶するものなり」(脱亜論)と。亜細亜(アジア)東方
の国というのは、現在の韓国とK国のことをいう。福沢諭吉のようなリベラリストですら、そう結
論づけている。なぜか? 何も、反日感情は、植民地政策で始まったわけではない。従軍慰安
婦問題で始まったわけでもない。

 韓国人にしてみれば、日本ごときが、アジアでナンバーワンであることが、気に入らないの
だ。

注※1……韓米FTA妥結:「米国製日本車」が韓国襲来か(朝鮮N報)

 韓米自由貿易協定(FTA)が締結されたことで、米国で生産された自動車が韓国国内に輸入
される場合、関税(8%)対象から除かれるため、米国製の日本車までもが安く輸入されるよう
になる見通しだ。

注※2……金大中(キム・デジュン)前大統領は6日、K国鮮核問題と朝鮮半島周辺情勢の見
通しに関連し、「北東アジア安保協力に向けた閣僚級会談が開かれるべき」との考えを示し、
韓国、北朝鮮、米国、中国の4か国による首脳会談で。朝鮮半島の終戦宣言と平和協定のプ
ロセスを進めることも予想できると述べた(ヤフー・ニュース)。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

最前線の子育て論byはやし浩司(1850)

【今日・あれこれ】(4月6日)

●貞操義務?

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日本の法務大臣が、こう言った。
「(妻の)貞操義務や性道徳についても
考えないといけない」と。

離婚後300日以内問題に関して、である。
つまり日本には、離婚後300日以内に生まれ
た子どもは、前夫の子とするという民法の規定がある。

それについて、「貞操義務」とは?

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 離婚後300日以内に生まれた子どもは、前夫の子とみなされる。これについて、今度法務省
は、つぎのような通達を出した。

「離婚後の妊娠が明らかな場合に限り、医師の証明書があれば、裁判の手続きを経ずに戸籍
の窓口で今の夫の子と認めるよう、民法の運用を見直す」と。

 わかりやすく言えば、離婚後300日以内でも、医師の証明書があれば、そのとき交際中の
男性の子とみなすことが可能になったということ。

 が、N法務大臣が、これに「待った!」をかけた。N法務大臣は、「通達」が離婚前の妊娠を
対象にしていないことについて、こう言った。「貞操義務や性道徳についても考えないといけな
い」「婚姻中の妊娠は、今の夫の子とする民法の根幹を揺るがすもので認められない」と。

 この問題はさておき、つまり「離婚後300日以内問題」はさておき、(貞操義務)とは、何か?
 私の記憶のあるかぎり、私はこの言葉を、2、30年ぶりに耳にした。だいたい「義務」という
のが、おかしい。まさか法的義務というわけでもあるまい? もし法的義務なら、不倫をした妻
は、義務違反で、処罰されることになる。昔は「不貞罪」というのがあった。

 このばあい、(義務)というのは、(夫に対する誠意)ということになる。つまり貞操を守るかど
うかは、あくまでもその人の人間性の結果。もしこんな(義務)が是認されるなら、(炊事義務)
(掃除義務)(洗濯義務)などなど、なんでも(義務)という言葉で片づけられてしまう。

 それに妻側にだけ、貞操義務があるという発想も、おかしい。貞操などというものは、守りた
い人は守ればよい。一方、いくら「守れ」と言っても、守れない人は守れない。どこまでも個人的
な問題である。そういう点で、そもそも法的アミをかけることには無理がある。

 そういうことを百も承知で、「貞操義務」とは?

 (性)が、(妊娠)(出産)、さらには(結婚)というワクから解放された今、その(性)を、今、どう
やって道徳や倫理の世界に、引きもどそうというのか。むしろ世界は、(性)のさらなる解放に
向かって、速度をまして進みつつある。

 保守主義が正しいと思うのは、そう思う人の勝手。自分のもつ価値観を、他人に押しつけて
はいけない。一夫一妻制にしても、それが、人間が守るべき絶対的な制度であると、だれも、
思っていない。

 そんなわけで、「300日以内でも……」となった。今では、DNA鑑定という方法もある。納得
できない人は、最終的には、DNA鑑定という手段を選べばよい。ものごとは、合理的に考えれ
ばよい。

 しかしそれにしても、(貞操)とは? 今どき、こんな言葉を使う人がいること自体、私には、信
じられない。


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●二面性のある女性

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先日、ケアセンターの女性が、
こんな話をしてくれた。

センターに1人、表の顔と、裏の
顔がまったく異なる女性がいるという。

年齢は、今年、85歳になるという。

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 先日、ケアセンターの女性が、こんな話をしてくれた。そのセンターに。1人、表の顔と裏の顔
がまったく異なる女性がいるという。年齢は、今年85歳になるという。

 たとえば……。

 センターでは、月に、2、3度、近くの公園へ散歩にでかけるという。その散歩でのこと。その
女性は始終、笑顔を満面に浮かべながら、「すてき」「すばらしい」「気持ちいい」と言う。が、家
へ帰ると、一変する。

 ケアセンターの女性が、その女性の家を訪問すると、その女性の実の息子にあたる男性(5
0歳くらい)と、その妻(50歳くらい)が、こう言ったという。

 「私を公園なんか連れていくなんて、正気の沙汰(さた)ではない」「あんなつまらないところ
へ、たびたび連れていかれたら、たまらない」と。

 そこでケアセンターの女性が、「センターでは結構、楽しそうでしたよ」と言うと、その男性と妻
は、こう言ったという。「母は、いつもああなんです」と。

 たとえばだれか親戚の人が訪ねてきたとする。するとその女性は、「ありがとう」「うれしい」
「久しぶりに会えて、本当にうれしい」などと言う。しかしその親戚の人が帰ったとたん、今度
は、悪口。

 「こんなまずいみやげなんか、くれて」「あの人ほど、さんざん私の世話になりながら、恩知ら
ずはない」と。

 だからケアセンターの女性は、「その女性をどう判断したらよいか、わからなくなるときがあ
る」と。

 子どもの世界では、あまり聞かないケースである。二面性のある子どもというのは、いる。た
とえば空想的虚言癖のある子どもなど。しかしその女性(85歳)は、虚言癖があるとは言えな
い。あえて言うなら、本音と建て前を使い分ける女性ということになる。それが加齢とともに、熟
成(?)し、現在の女性のようになった。

 だからその女性の家人(息子と妻)は、たとえば親類の人が見舞いにくるなどというと、こう答
えることにしているという。

 「私たちも気をつかいますので、どうか、気をつかわないでください」と。しかし本当は、その女
性の家人たちは、その女性の二面性を知っているからこそ、そう言う。「本当の母を知ったら、
みな、ぞっとするでしょうね」「その前に、私たちの話など、信じないでしょう」と。

 老人の心理については、わからないことが多い。一応、記録のために、その女性のことを、こ
こに書きとめておくことにする。


++++++++++++++++++++++++はやし浩司

●介護記

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母の介護をするようになって、
4か月が過ぎた。

介護そのものが、生活の中に溶け込み、
以前と変わりない生活にもどって、
久しい。

が、問題は、いくつかある。

++++++++++++++++++++

 母の介護をするようになって、4か月が過ぎた。最初は、そのリズムを変えるのに、苦労し
た。が、今では介護そのものが、生活の中に溶け込み、以前と変わりない生活にもどった。

 私たちは私たちで、好き勝手なことをしている。幸いにも、母は、自由に動けないというだけ
で、健康。留守番を頼めば、こころよく(?)、それに応じてくれる。

 しかし問題がないわけではない。加齢臭と、それに便臭。

 毎朝起きると、一番に、母の部屋に行き、カーテンを開け、窓を開ける。母の部屋は、和室
の8畳間だから、それなりに風通しのよい部屋である。日当たりもよい。東と南に、大きな窓が
ある。しかしあの便臭は、たまらない。

 で、昨日、部屋のすみに、小さな換気扇を取りつけた。直径が10センチ前後の小さなものだ
ったが、値段は、M社製で、5000円弱。「高いかな?」と思ったが、ほかによいのがなかっ
た。

 壁に、ドリルで穴を開け、それに換気扇を通した。で、スイッチ、ON! 

 そのときはさほど風の流れを感じなかったが、朝、母の部屋に入ってみてびっくり。あの便臭
が消えていた! 換気扇の威力には、ものすごいものがある。つまりこれほどまでに効果的と
は、予想もしていなかった。

 それに小さな換気扇が5000円弱というのにも、理由があった。モーター音が、まったくといっ
てよいほど、ない。回転音もない。つまり、それが5000円弱という理由だった。

 ワイフに、「すごいもんだね」と話すと、ワイフも、それに気づいたらしく、「本当ね」と。

 で、私たちは考えた。近く……といっても、いつになるかわからないが、現在の古屋を取り壊
し、建てなおすつもりでいる。そのとき、私たち老人用に、老人向けの家に建てなおす。

 ここに書いた換気扇は必需品。トイレも近いほどよい。それに床は、ベッドを置けるように、
板間にする。あとは日当たりのよい部屋にする。もちろんバリアフリー。

 そう、ほとんどの人は、自宅を建てるとき、若いということもあるが、自分たちの老後のことは
ほとんど考えていない。しかし老後は、あっという間にやってくる。「子育てが終わって、一段落
したら、そこに老後」というふうに考えたらよい。

 だから子ども部屋うんぬんよりも、自分たちの老後を優先した間取り、家作りを考えたらよ
い。子どもというのは、そのときがきたら、かならず去っていく。

 で、昨日は、もう一つ、作業をした。

 車椅子ののぼりおりが楽なように、玄関先の段差を、コンクリートで埋めた。コンクリート代と
砂代で、1000円弱。業者に見積もってもらったら、19万2000円。毎年20万円まで補助金
が出るそうだが、自分ですれば、1000円弱。時間も、30〜40分ほどで終わった。

 介護というのは、まさに知恵比べ。その知恵比べが、楽しいとまでは言わないが、それなりに
おもしろい。

 今日はこれから、母をデイサービスに送り出したあと、ワイフと近くのガーデンパークへ行っ
て、昼ごはんを食べてくるつもり。春の花が満開になっていることだろう。楽しみだ。

(老後の家)

(1)日当たりをよくする。風通しをよくする。
(2)板間にする。
(3)トイレを近くに配置する。
(4)玄関先まで近くにして、バリアフリーにする。
(5)汚物処理のために、部屋の前にテラスをつくる。
(6)換気扇をつける。
(6)思い出の品を近くに置けるようにする。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

●幸福であることの、こわさ

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幸福であるということは、こわいこと。
そのこわさを感じて、ときとして、
身が縮むことがある。

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 学生時代、オーストラリアにいたときのこと。私を夕食などに招待してくれた家族は、みな、ど
の家族も、幸福に見えた。

 豊かな生活。家庭を第一に考えた生活。そこにはいつも、例外なく、よき父親がいて、よき母
親がいた。よき兄弟がいて、よき姉妹がいた。

 が、今度、オーストラリアへ行ってみて、驚いた。そのときの友人たちの消息を聞くと、みな、
それぞれが、バラバラになってしまっていた。父親や母親が、亡くなってしまった人も多い。が、
それだけではない。

 離婚した人、アル中になった人、薬物依存症になった人、破産した人、さらには、重い精神病
になった人などなど。友人から話を聞いている間、私は、何度も、「本当か?」を連発した。

 とくにショックだったのは、ある友人の姉の話。数度、その姉に会ったことがある。その女性
は、まるで絵から抜け出たような、美しい人だった。本当に美しい人だった。私はその女性に
会うたびに、うっとりとした陶酔感を覚えた。

 私が最初に会ったときも、たまたまカナダから、一時帰国していたとか。階段の上のほうか
ら、「あなたが、Nの友人のヒロシね。よろしく!」と声をかけてくれた。私には、手の届かない雲
上の、そのまた上にいる女性だった。

 が、その友人の姉は、そのときすでに精神分裂病を発病していたという。そしてそれからまも
なく、病院に入り、今でも、病院生活をつづけているという。あれこれ消息をたずねると、別の
友人が、こう話してくれた。

 「今でも病院にいるが、薬のせいか、大きく太ってしまい、一日中ボーッとしているそうだ」と。

 「あのときのあの美しい女性が……」と思っただけで、それ以上、私には、返事のしようがな
かった。「信じられない」というよりは、私には、「ありえない」話だった。私は、その話を聞いて、
大きく、落ちこんでしまった。今でも、あの「あなたが、Nの友人のヒロシね。よろしく!」という言
葉が、耳の中に残っている。私は、声をかけてもらっただけで、有頂天になってしまった。

 幸福な家庭は、みな、よく似ている。しかしその幸福な家庭も、時の流れの中で、まるでガラ
ス箱のようにもろく、こわれていく。例外はない。幸福な家庭が、いつまでもつづくと考ええるほ
うが、おかしい。

 そして今。私は自分の生活を振りかえりながら、その(こわさ)で身が縮む思いがする。朝起
きると、そこにワイフがいて、家族がいる。いつもと変わらない平凡な朝。たいしたぜいたくはで
きないが、不自由なこともない。みな、それぞれに健康だし、それぞれが好き勝手なことをして
いる。

 が、この(幸福)も、やがてこわれる。病気、事故、災難……。可能性を考えたら、キリがな
い。私たちは、毎日、薄い氷の上を、恐る恐る歩いているようなもの。ちょっとした油断で、その
氷は割れ、私たちは、その氷の下へと落ちていく……。

 幸福であることは、日々にかみしめながら生きていくものか。あるいはそこに幸福があるとき
は、それに気づかない。それを当たり前のことと考えてしまう。

それを思うと、その(こわさ)で、身震いがする。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司※

●変わる人格

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あのユングは、人格(Character)は、
人生において、3度変えられると、説いた。

【第1期】
 少年期から成人前期……青年期への転換点

【第2期】
 青年前期から中年期……中年期への転換点

【第3期】
 中年期から老年期……人生末期への転換点

この中でも、ユングは、とくに第2期の、中年期
への転換点を重要視した。「人生最大の危機」と
それを呼んでいる。

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 人格(Character)は、年齢とともに、変化、進歩するものである。それまでは、人格というの
は、青年期に完成され、加齢とともに、人格は安定するものだと考えられていた。

 しかしユングは、「人格は、年齢とともに発達しうるもの」と説いた。それがよく知られている
『ライフサイクル発達論』である。

 (ここで注意しなければならないのは、「character」の訳である。多くの心理学の本では、「性
格」と訳している。しかし性格では、意味が通らない。私は、「人格」とここでは訳しておく。人格
なら、発達する。一方、「性格が発達する」というのは、言葉の上でも、おかしい?)

 で、ユングは、3つの転換点を考えた。

【第1期】
 少年期から成人前期……青年期への転換点

【第2期】
 青年前期から中年期……中年期への転換点

【第3期】
 中年期から老年期……人生末期への転換点

この中でも、ユングは、とくに第2期の、中年期への転換点を重要視した。「人生最大の危機」
とそれを呼んでいる。

 「危機」というのは、「重大な時期」という意味である。この時期に、人は、それまで以上に真
剣に自分と立ち向かうという。年齢で言えば、満40歳前後(ユング)だという。もちろん個人差
はあるだろう。しかしたしかにこの時期というのは、それまでの自分に対する疑問が増大し、
「これでいいのだろうか」と、強く煩悶(はんもん)する時期でもある。

 たとえば金儲けだけを考えて生きてきた人が、その金儲けに疑問を感じたり、反対に、「私は
死ぬまでに何をなすべきか」と、人生の最終目標を打ち立てようとしたりする。

 しかしみながみな、そうであるとはかぎらない。ほとんどの人は、怠惰(たいだ)な生活に押し
流され、それぞれの転換点をあいまいにしたまま、つぎの世代へと突入してしまう。あるいは、
「発達」ということを考えることもないまま、自分の過去の固執してしまう。

 こうした転換点のある人というのは、それなりに、問題意識をもって生きている人ということに
なる。事実、高齢になればなるほど、愚かになっていく人は少なくない。人格そのものが、低俗
化し、崩壊していく人だっている。たとえば私の知人の中には、「他人の不幸話ほどおもしろい
ものはない」と、豪語している人がいる。

 その人は、近くに不幸な人がいたりすると、用もないのにその人の家を訪問してみたりする。
そしてその人に、さも同情するようなフリをしながら話を聞きだし、それをそのまま別の他人に
話したりする。独特の言い回しをする。

 「Aさんは、あわれな人ですよ。本当にあわれですよ。かわいそうな人です。あれほどの財産
家だったのに、息子が株に手を出し、無一文になってしまったそうです。本当にあわれです」
と。

 つまりその知人は、そういう形で、その人の不幸話を楽しんでいるということになる。

 が、その一方で、久しぶりに会ってみると、まるで別人のように、人格者になっている人もい
る。こんな例は、本当は、あってはならない例かもしれない。またこういうところで紹介するのも
失礼かもしれない。しかし私の印象に残っている女性に、Gさん(母親、40歳くらい)という女性
がいた。

 Gさんは、その1年ほど前、交通事故で、長男をなくしている。そのことは噂で知っていたが、
街角で会うと、まさに神々しいほどまでの人になっていた。穏やかで、深みがあって、それでや
さしい笑みを絶やさなかった。しばらく立ち話をしたが、近寄りがたい人とというのは、Gさんの
ような女性をいう。

 Gさんは、その1年で、長男を交通事故でなくしたという悲しみ、苦しみを乗り越えたのかもし
れない。私も、あえてその話題には触れなかった。Gさんも話さなかった。

 そういう意味では、人格は、発達しうるものということになる。冒頭に書いたように、青年期に
完成され、それがそのままということはありえない。またそういうふうに考えてはいけない。

 では、どうすればよいのか。

(つづく)


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

●DVD「タイム・トラベラー(戦場に舞い降りた少年)」

++++++++++++++++++

タイムスリップして、過去や未来を
行ったり来たりする映画は、多い。

しかしその中でも、新作、『タイムトラベラー』は、
ひさびさに、★が4つ。おもしろかった。

イギリス映画らしく、キメこまかい描写、
ていねいな展開が、小気味よく流れる。

そして最後は、「ウ〜ン」と、考えさせられて、
おしまい。

++++++++++++++++++

 子どものころ、『タイムトンネル』というテレビ番組があった。おもしろかった。以来、タイムトラ
ベル(タイムスリップ)映画は、ほとんどみてきた。

 が、その中でも、今回の『タイム・トラベラー(戦場に舞い降りた少年)』は、1、2を争うほど、
おもしろかった。あくまでも私の主観的な順位だが、1位をつけてもよい。この種の映画にあり
がちな、(わかりにくさ)がなく、それでいて、結構、考えさせられた。最後は、「ウ〜ン」と感心し
たところで、おしまい。

 見終わったあと、心の中が、ポッと暖かくなるのを感じた。

 主人公は、トムという名前の少年。これから見る人のために、ストーリーは書かないでおく。
ただひとつ。この映画の中では、トムが使っている(喘息薬)が、時空を超えて、重要な働きを
する。うっかりしていると、見落としてしまうので、注意!

 それからトムを演ずる、トム・ウィルキンソンの自然な演技がすばらしい。12歳前後の少年
が、ここまで演じられること自体、脅威としか、言いようがない。

 家族で楽しむには、最適なDVD。ぜひ、お子さんと一緒に、どうぞ!


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

●金xxの核兵器

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6か国協議が、またまた暗礁に
乗りあげている。

BDAに凍結されているK国の
資金返還問題について、中国と
K国の決着がつかなかったため
という(産経新聞)。

そのため、2月の6カ国協議で
合意したK国の核施設の稼働停止・
封印などの「初期段階の措置」の
期限が4月14日に迫っているが、
北朝鮮の求めるBDA問題が解決
していないため、期限内実施は事実
上、不可能となったという(同報道)。

+++++++++++++++++

 07年4月8日現在、あの6か国協議が、またまた暗礁に乗りあげているという。産経新聞に
よれば、「BDAに凍結されているK国の資金返還問題について、中国とK国の決着がつかな
かったため」という。

 そのため2月の6カ国協議で合意したK国の核施設の稼働停止・封印などの「初期段階の措
置」の期限が4月14日に迫っているが、北朝鮮の求めるBDA問題が解決していないため、期
限内実施は事実上、不可能となったという(同報道)。

 そのためアメリカのヒル国務次官補は、K国側と話しあうため、会う約束もないまま、現在、
北京に向かっている。

 ……ささいなことにこだわり、大筋で文句を言う。これがK国の外交戦術である。わかりやすく
言えば、常識をはずれている。もっとわかりやすく言えば、そこらの暴力団のチンピラのやり方
と同じ。

 今回のBDA問題にしても、額はわずか、50億円程度。もし援助が軌道に乗れば、K国は、
毎年、2560億円近い援助を手にすることになる(韓国政府、試算、注※)。

 K国の金xxには、もともと核兵器を放棄する気など、毛頭、ない。核兵器あっての金xx。国内
的にも、また国外的にも、核兵器あっての金xx。もしそうでないというのなら、金xxには、何が
ある?

 アメリカの前国連大使のボルトン氏は、アメリカン・エンタープライズ研究所で行われた講演
の中で、つぎのように述べている(4月5日)。要点だけをまとめる。

(1)核兵器を放棄するとは考えられない。
(2)核兵器は米国、日本、中国に対する秘蔵のカードであり、K国の住民を狙ったK国政権の
最終カードである。
(3)K国核交渉は、結局何の成果も得られずに終わり、K国の核兵器は脅威として残ることに
なる。
(4)ニューメキシコ州知事のリチャードソン氏の訪朝を承認したことは、アメリカ政府の失策で
ある。
(5)K国の核兵器は射程距離圏内の諸国にとっての潜在的な脅威であるだけでなく、だれか
の手に渡ることがあれば結局危険を招くことになる、と。

 ボルトン氏は、アメリカでは強硬派とか、保守派とか言われている。が、もしそうなら、私自身
も、強硬派であり、保守派ということになる。しかし私が知るかぎり、ボルトン氏の意見が、まっ
たくの正論のような気がする。

 それをねじまげて、結局は、中国も韓国も、あの独裁者の延命策に手を貸している。時間稼
ぎに、協力している。

 これをふまえて在韓米軍のベル司令官は、米下院軍事委員会聴聞会に出席し、こう述べて
いる。

 「K国は、2009年までに、核兵器を保有することになる」と。

 が、韓国のおバカ大統領は、まだ何も協議内容が具体的に進展していないにもかかわらず、
毛布、肥料(20万トン)につづき、食料援助(40万トン)まで始めてしまった(4月はじめ現在)。
そしてあろうことか、日本に対して、「日本もK国への援助を開始すべき」と。

 バカも休み休み言え!

 こんなことを繰りかえしているから、こうまで事態がこじれてしまった。あの河野氏が外務大臣
だったとき、日本は、K国に対して、120万トン(120万トンだぞ!)もの食糧援助をしている。

 そのとき河野氏は、「これでK国が動かなかったら、私は責任を取る」とまで言い切った。しか
し何も動かなかった。(河野氏も、何も責任を取らなかった。)つまり日本には日本の、苦い経
験がある。

 結局、韓国のおバカ大統領がしていることは、国連による経済制裁を骨抜きにし、なおか
つ、6か国協議そのものを無意味化していることにほかならない。

 では、日本はどうすべきか?

 今度ばかりは、日本には、アメリカに協力しなければならない理由は、どこにもない。とくにヒ
ル氏は、日本を裏切って、K国と2か国間協議をしてしまった。あろうことか、2月の6か国協議
に先立って、K国との間で、密約まで交わしてしまった。

 そこで日本が取るべき手段は、ただひとつ。K国を、静かに自己崩壊させる。韓国や中国
は、それでは困るというが、日本の知ったことではない。もしこのままあと2年も、K国が核兵器
開発をつづけたとしたら、ベル司令官も言っているように、K国は本当に核兵器を保有すること
になる。

 そのとき日本が、どういう状況に置かれるか? それを考えたら、日本にとっての最善策は、
K国が自己崩壊すること。拉致問題も、それで解決する。

 当面日本は、ノラリクラリと、K国や韓国の批判をかわしながら、日米、日中の首脳会談を成
功に導くこと。韓国との間では、経済戦争を勝利に導くこと。

 ヒル氏にはお気の毒だが、K国の金xxは、ヒル氏の手に負えるような相手ではない。金xxが
すぐれた人物だと言っているのではない。金xxは、まともな思考回路をもっていない。そういう
意味で、手に負えるような相手ではない。

(注※)……韓国、統一研究院の崔壽永(チェ・スヨン)専任研究委員は、6日、研究院開設記
念日の学術会議で、「最大で年間2兆ウォン(約2560億円)ずつ、10年間で20兆ウォン(約
2兆5600億円)負担することになる」という試算を発表した。10年間という期間は、北朝鮮が
過去に核廃棄の対価として要求した軽水炉の建設に要する期間に合わせたもの。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

●統一地方選挙

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今日は、統一地方選挙の日。
先ほど、選挙を終えてきた。
そしてそのあと、長男の誕生日
パーティ。

で、それも終わり、やっと一息ついて、
NHKニュース。今夜の食器の
洗い物は、すべて、私がした。

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●虐待されると脳の一部が萎縮する

 K大学のT准教授が、こんな興味ある研究結果を報告した。児童期に、言葉の虐待などを受
けると、脳の一部が萎縮するというもの。

 とくに左右側頭部にある、言語中枢が影響を受けるそうだ。しかし教育もしくは心理学の分野
では、それはよく知られた常識。虐待を受けた子どもや、いじめを慢性的に受けた子どもは、
(オドオドした様子)を示すようになる。当然、ものの話し方も、オドオドした感じになる。

 この方法で、ついでに調べてほしいことがある。

 慢性的な抑圧感がつづくと、子どもは、独特のツッパリ症状を示すようになる。現象としては、
よく知られている。私の印象では、前頭前野の管理能力が低下するようになると思われるの
で、このあたりを一度、調べてみてほしい。

 「慢性的な抑圧状態におかれると、子どもの前頭前野は、萎縮することがわかった」と。そん
な結果が出れば、うれしい。

 しかしこういうことが、あたかも頭を開いたかのような映像でわかるようになったところが、す
ばらしい。大脳生理学の進歩というよりは、検査機器の発達に、改めて驚く。


●選挙結果

 選挙を終えて外に出ると、1人の女性が、出口調査なるものをしていた。A新聞社の名前の
入った腕章をつけていた。

 私は、迷わず、市長はX氏に、市議会議員は、Y氏に投票した。出口調査では、その通りに、
○をつけた。が、そのあと、「支持政党」について答える欄があった。が、私には、支持政党は
ない。この40年近く、無党派で通してきた。称して、「無党派の王様」。

 私が一票を入れた人は、必ず、当選する。一票を入れた党派は、大躍進する。今夜の8時
から開票が始まるそうだ。


●マーシャラー

 マーシャラーという職業を知っている人は、少ないと思う。マーシャラーというのは、飛行機が
ランプ(駐機場)へ入ってきたとき、ライトなどで飛行機を誘導する人をいう。パイロットは、この
マーシャラーの指示に従って、飛行機を操り、駐機場へ飛行機を並べる。

 昔の飛行機は、着陸すると、操縦席が大きく上に向いてしまうため、前方がよく見えなかっ
た。最近の飛行機は大型化し、やはり、前方がよく見えない。

 しかし今度、シンガポールとオーストラリアへ行ってみて、驚いた。飛行場に、そのマーシャラ
ーがいないのである。飛行機は、勝手にランプに入り、そしてうまいぐあいに、そこで飛行機を
止めていた。

 このことを、JALの国際線で、40年近くパイロットをしていた人に聞くと、その人は、こう教え
てくれた。

 「今では画面に、矢印で表示されるようになっています。右の△が出たら、飛行機を右へ、左
の△が出たら、飛行機を左に寄せます。画面の指示に従っていれば、うまく飛行機を駐機でき
るようになりました」と。

 この話を聞いて、いとこのお嬢さんを思い浮かべた。そのお嬢さんは、現在、そのマーシャラ
ーになるために、専門学校へ通っている。もっともだからといって、マーシャラーの仕事がなくな
るわけではない。必要なところでは、必要なのだろう。が、少し、心配している。


●原稿書き

 おかしなもので、休みになると、とたんに、原稿が書けなくなる。その分だけ、自由な時間が
多いはず。しかしどういうわけか、原稿が書けなくなる。

 頭の回転が鈍くなるせいかもしれない。あるいは話題が乏しくなる? あるいはめんどうにな
る? よくわからないが、昔から、『大工は、忙しい大工に頼め』という諺(ことわざ)がある。

 それと同じか? やはりある程度の緊張感がないと、原稿というのは書けない。「緊張感」と
いうのは、私のばあい、(毎日の仕事)をいう。貧乏性というか、休みなどで、家の中でゴロゴロ
していたりすると、心のどこかで、罪悪感を覚える。ワイフに申し訳ないと思う。

 私は仕事をしていたほうが、調子がよい。心も、体も、だ。

 ともかくも、明日で、春休みはおしまい。よかった! 


●消毒

 今日は、ワイフと畑の野菜の消毒をした。ニンニクの葉に、赤さび病が発生した。いろいろな
薬剤は、一応、用意してある。それを水に溶かして、散布した。

 そうそう、今日は、ラッキョウの収穫があった。今年はじめての収穫である。小さなかわいい
ラッキョウだが、それに味噌をつけて食べた。おいしかった。

 ……とまあ、あまりバカなことばかり書いても、読んでくれる人に、申し訳ない。だから、今日
はここまで。

 今日は、とてもすばらしい一日だった。

 みなさん、ありがとう! 明日も、よい日でありますように! (←どこかの宗教団体の標語み
たいで、ごめん。)


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

●生殖能力が低下?

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以前から、日本でも言われていたことだが、
男性の精子数が、この40年間で、半減
したという。

そんなショッキングな報告が、中国でも
なされている。

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 ヤフー・ニュースから、そのまま引用する。

『07年4月7日、浙江省杭州市で開かれた、中華医学会生殖医学協会と中国動物学会生殖
生物学分会の第1回連合年会で、中国人の生殖能力が、近年低下傾向にあることがわかっ
た。

中華医学会生殖医学分会主任委員・王一飛(ワン・イーフェイ)教授と、』浙江大学医学院副院
長、浙江省婦人保険医院・黄荷鳳(ホワン・フーフォン)教授によると、完全な統計調査は行わ
れていないものの、子供を持たない夫婦は中国全体の7〜10%にもなり、年々増加の傾向を
見せているという。

また生殖医学者の研究によれば、精液1ミリリットルに含まれる精子の数は、40年前の1億個
から、2000万〜4000万個にまで減少しているという。

上海の精子バンクでは、健康な学生の精子提供者でも、精子の数や活力が基準に達しないこ
とが頻繁にあると、王教授はコメントした。黄教授は過度の晩婚化も大きな問題で、ほかにも
公害・食生活・ストレスなどの複合的な要因が予想されると述べた。ここまで明らかな傾向が出
ている以上、一刻も早く原因の調査・解明と対策が求められる』と。

 精液1ミリリットルに含まれる精子の数が、40年前の1億個から、2000〜4000万個にま
で減少しているというのだ。

もしこれが事実とするなら、さらに40年後には、同じ割合で減少すれば、800〜1600個にな
ってしまうことになる。

 精子の数イコール、スケベ度というわけでもないだろうが、その分だけ、性的エネルギー(フ
ロイト)が、低下しているとも考えられなくもない。性的エネルギーは、人間のあらゆる生きる力
の原点ともなっている。

 男児の女児化については、この日本でも、すでに20年以上も前から指摘されている。最近で
は、男児と女児の逆転現象も起きている。幼稚園でも小学校の低学年でも、いじめられて泣く
のは、たいてい男児。いじめて泣かすのは、たいてい女児という構図が、すでにできあがってし
まっている。

 私たちの時代には、考えられなかったことである。

 精子の数が少なくなれば、精子の活力そのものが弱くなり、男女の間で、生殖ができなくなる
という。つまり何らかの人工的な処置をほどこさないかぎり、人類は、このままでは絶滅するこ
とになる。

 原因としては、この日本では、環境ホルモン(内分泌かく乱性物質)も、取りざたされている。
魚介類の中には、そのため、メス化してしまったオスもいるそうだ。便利すぎるほど便利になっ
た現代社会だが、私たちの知らないところで、今、人間も含めて、ありとあらゆる生物が、絶滅
の危機に瀕しているということになる。

 人間は、あまりにも自分勝手なことをしすぎている。……これが私の実感である。


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自分の書いた原稿を、「内分泌」で
検索してみた。いくつかをヒット
した。

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砂糖は白い麻薬(失敗危険度★★)

●独特の動き

 キレるタイプの子どもは、独特の動作をすることが知られている。動作が鋭敏になり、突発的
にカミソリでものを切るようにスパスパとした動きになるのがその一つ。

原因についてはいろいろ言われているが、脳の抑制命令が変調したためにそうなると考えると
わかりやすい。そしてその変調を起こす原因の一つが、白砂糖(精製された砂糖)だそうだ(ア
メリカ小児栄養学・ヒューパワーズ博士)。つまり一時的にせよ白砂糖を多く含んだ甘い食品を
大量に摂取すると、インスリンが大量に分泌され、そのインスリンが脳間伝達物質であるセロト
ニンの大量分泌をうながし、それが脳の抑制命令を阻害する、と。

●U君(年長児)のケース

U君の母親から相談があったのは、四月のはじめ。U君がちょうど年長児になったときのことだ
った。母親はこう言った。「部屋の中がクモの巣みたいです。どうしてでしょう?」と。U君は突発
的に金きり声をあげて興奮状態になるなどの、いわゆる過剰行動性が強くみられた。このタイ
プの子どもは、まず砂糖づけの生活を疑ってみる。聞くと母親はこう言った。

 「おばあちゃんの趣味がジャムづくりで、毎週そのジャムを届けてくれます。それで残したらも
ったいないと思い、パンにつけたり、紅茶に入れたりしています」と。そこで計算してみるとU君
は一日、一〇〇〜一二〇グラムの砂糖を摂取していることがわかった。かなりの量である。そ
こで私はまず砂糖断ちをしてみることをすすめた。が、それからがたいへんだった。

●禁断症状と愚鈍性

 U君は幼稚園から帰ってくると、冷蔵庫を足で蹴飛ばしながら、「ビスケットをくれ、ビスケット
をくれ!」と叫ぶようになったという。急激に砂糖断ちをすると、麻薬を断ったときに出る禁断症
状のようなものがあらわれることがある。U君のもそれだった。夜中に母親から電話があった
ので、「砂糖断ちをつづけるように」と私は指示した。が、その一週間後、私はU君の姿を見て
驚いた。

U君がまるで別人のように、ヌボーッとしたまま、まったく反応がなくなってしまったのだ。何かを
問いかけても、口を半開きにしたまま、うつろな目つきで私をぼんやりと私を見つめるだけ。母
親もそれに気づいてこう言った。「やはり砂糖を与えたほうがいいのでしょうか」と。

●砂糖は白い麻薬

これから先は長い話になるので省略するが、要するに子どもに与える食品は、砂糖のないも
のを選ぶ。今ではあらゆる食品に砂糖は含まれているので、砂糖を意識しなくても、子どもの
必要量は確保できる。ちなみに幼児の一日の必要摂取量は、約一〇〜一五グラム。この量は
イチゴジャム大さじ一杯分程度。

もしあなたの子どもが、興奮性が強く、突発的に暴れたり、凶暴になったり、あるいはキーキー
と声をはりあげて手がつけられないという状態を繰り返すようなら、一度、カルシウム、マグネ
シウムの多い食生活に心がけながら、砂糖断ちをしてみるとよい。効果がなくてもダメもと。砂
糖は白い麻薬と考える学者もいる。子どもによっては一週間程度でみちがえるほど静かに落
ち着く。

●リン酸食品

なお、この砂糖断ちと合わせて注意しなければならないのが、リン酸である。リン酸食品を与え
ると、せっかく摂取したカルシウム分を、リン酸カルシウムとして体外へ排出してしまう。と言っ
ても、今ではリン酸(塩)はあらゆる食品に含まれている。

たとえば、ハム、ソーセージ(弾力性を出し、歯ごたえをよくするため)、アイスクリーム(ねっと
りとした粘り気を出し、溶けても流れず、味にまる味をつけるため)、インスタントラーメン(やわ
らかくした上、グニャグニャせず、歯ごたえをよくするため)、プリン(味にまる味をつけ、色を保
つため)、コーラ飲料(風味をおだやかにし、特有の味を出すため)、粉末飲料(お湯や水で溶
いたりこねたりするとき、水によく溶けるようにするため)など(以上、川島四郎氏)。かなり本腰
を入れて対処しないと、リン酸食品を遠ざけることはできない。

●こわいジャンクフード

ついでながら、W・ダフティという学者はこう言っている。「自然が必要にして十分な食物を生み
出しているのだから、われわれの食物をすべて人工的に調合しようなどということは、不必要
なことである」と。つまりフード・ビジネスが、精製された砂糖や炭水化物にさまざまな添加物を
加えた食品(ジャンク・フード)をつくりあげ、それが人間を台なしにしているというのだ。「(ジャ
ンクフードは)疲労、神経のイライラ、抑うつ、不安、甘いものへの依存性、アルコール処理不
能、アレルギーなどの原因になっている」とも。

●U君の後日談

 砂糖漬けの生活から抜けでたとき、そのままふつう児にもどる子どもと、U君のように愚鈍性
が残る子どもがいる。それまでの生活にもよるが、当然のことながら砂糖の量が多く、その期
間が長ければ長いほど、後遺症が残る。

U君のケースでは、それから小学校へ入学するまで、愚鈍性は残ったままだった。白砂糖はカ
ルシウム不足を引き起こし、その結果、「脳の発育が不良になる。先天性の脳水腫をおこす。
脳神経細胞の興奮性を亢進する。痴呆、低脳をおこしやすい。精神疲労しやすく、回復がおそ
い。神経衰弱、精神病にかかりやすい。一般に内分泌腺の発育は不良、機能が低下する」(片
瀬淡氏「カルシウムの医学」)という説もある。子どもの食生活を安易に考えてはいけない。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

イメージが乱舞する子ども(失敗危険度★★★)

●収拾がつかなくなる子ども

 「先生は、サダコかな? それともサカナ! サカナは臭い。それにコワイ、コワイ……、あ
あ、水だ、水。冷たいぞ。おいしい焼肉だ。鉛筆で刺して、焼いて食べる……」と、話がポンポ
ンと飛ぶ。頭の回転だけは、やたらと速い。まるで頭の中で、イメージが乱舞しているかのよ
う。動作も一貫性がない。騒々しい。ひょうきん。

鉛筆を口にくわえて歩き回ったかと思うと、突然神妙な顔をして、直立! そしてそのままの姿
勢で、バタリと倒れる。ゲラゲラと大声で笑う。その間に感情も激しく変化する。目が回るなんて
いうものではない。まともに接していると、こちらの頭のほうがヘンになる。

 多動性はあるものの、強く制止すれば、一応の「抑え」はきく。小学二、三年になると、症状が
急速に収まってくる。集中力もないわけではない。気が向くと、黙々と作業をする。三〇年前に
はこのタイプの子どもは、まだ少なかった。が、ここ一〇年、急速にふえた。小一児で、一〇人
に二人はいる。

今、学級崩壊が問題になっているが、実際このタイプの子どもが、一クラスに数人もいると、そ
れだけで学級運営は難しくなる。あちらを抑えればこちらが騒ぐ。こちらを抑えればあちらが騒
ぐ。そんな感じになる。

●崩壊する学級

 「学級指導の困難に直面した経験があるか」との質問に対して、「よくあった」「あった」と答え
た先生が、六六%もいる(九八年、大阪教育大学秋葉英則氏調査)。「指導の疲れから、病
欠、休職している同僚がいるか」という質問については、一五%が、「一名以上いる」と回答し
ている。

そして「授業が始まっても、すぐにノートや教科書を出さない」子どもについては、九〇%以上
の先生が、経験している。ほかに「弱いものをいじめる」(七五%)、「友だちをたたく」(六六%)
などの友だちへの攻撃、「授業中、立ち歩く」(六六%)、「配布物を破ったり捨てたりする」(五
二%)などの授業そのものに対する反発もみられるという(同、調査)。

●「荒れ」から「新しい荒れ」へ
 
昔は「荒れ」というと、中学生や高校生の不良生徒たちの攻撃的な行動をいったが、それが最
近では、低年齢化すると同時に、様子が変わってきた。「新しい荒れ」とい言葉を使う人もい
る。ごくふつうの、それまで何ともなかった子どもが、突然、キレ、攻撃行為に出るなど。多くの
教師はこうした子どもたちの変化にとまどい、「子どもがわからなくなった」とこぼす。

日教組が九八年に調査したところによると、「子どもたちが理解しにくい。常識や価値観の差を
感ずる」というのが、二〇%近くもあり、以下、「家庭環境や社会の変化により指導が難しい」
(一四%)、「子どもたちが自己中心的、耐性がない、自制できない」(一〇%)と続く。そしてそ
の結果として、「教職でのストレスを非常に感ずる先生が、八%、「かなり感ずる」「やや感ず
る」という先生が、六〇%(同調査)もいるそうだ。

●原因の一つはイメージ文化?

 こうした学級が崩壊する原因の一つとして、(あくまでも、一つだが……)、私はテレビやゲー
ムをあげる。「荒れる」というだけでは、どうも説明がつかない。家庭にしても、昔のような崩壊
家庭は少なくなった。むしろここにあげたように、ごくふつうの、そこそこに恵まれた家庭の子ど
もが、意味もなく突発的に騒いだり暴れたりする。そして同じような現象が、日本だけではなく、
アメリカでも起きている。

実際、このタイプの子どもを調べてみると、ほぼ例外なく、乳幼児期に、ごく日常的にテレビや
ゲームづけになっていたのがわかる。ある母親はこう言った。「テレビを見ているときだけ、静
かでした」と。「ゲームをしているときは、話しかけても返事もしませんでした」と言った母親もい
た。たとえば最近のアニメは、幼児向けにせよ、動きが速い。速すぎる。しかもその間に、ひっ
きりなしにコマーシャルが入る。ゲームもそうだ。動きが速い。速すぎる。

●ゲームは右脳ばかり刺激する

 こうした刺激を日常的に与えて、子どもの脳が影響を受けないはずがない。もう少しわかりや
すく言えば、子どもはイメージの世界ばかりが刺激され、静かにものを考えられなくなる。その
証拠(?)に、このタイプの子どもは、ゆっくりとした調子の紙芝居などを、静かに聞くことができ
ない。浦島太郎の紙芝居をしてみせても、「カメの顔に花が咲いている!」とか、「竜宮城に魚
が、おしっこをしている」などと、そのつど勝手なことをしゃべる。

一見、発想はおもしろいが、直感的で論理性がない。ちなみにイメージや創造力をつかさどる
のは、右脳。分析や論理をつかさどるのは、左脳である(R・W・スペリー)。テレビやゲーム
は、その右脳ばかりを刺激する。こうした今まで人間が経験したことがない新しい刺激が、子ど
もの脳に大きな影響を与えていることはじゅうぶん考えられる。その一つが、ここにあげた「脳
が乱舞する子ども」ということになる。

 学級崩壊についていろいろ言われているが、一つの仮説として、私はイメージ文化の悪弊を
あげる。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

銀行寮の掟(おきて)(失敗危険度★★)

●ある銀行の現実

 ここは県庁所在地になっているS市の郊外。不況、不況と言われながらも、大銀行だけは
別。家族寮なども、ちょっとしたホテル並の豪華さを誇る。そこでのこと。

部長の息子と、課長の息子が同じ中学を受験することになった。こういうとき、部長の息子が
落ちて、課長の息子が合格したりすると、さあたいへん。課長の息子は入学を辞退するか、そ
の寮を出なければならない。私が「何もそこまで……」と言うと、ある母親はこう言った。「それ
は現実を知らない人の言うことです」と。

●夫たちの地位で妻の地位も決まる

 何でもその家族寮では、夫たちの地位に応じて妻たちの地位も決まるという。会合でも、中
央にデ〜ンと座るのが、部長の妻。あとはそれに並んで、次長、課長とつづく。ヒラの妻は一番
ハシ。年齢や教養には関係ない。もちろん容姿も関係ない。また廊下ですれちがうときもそう
だ。相手がどんなに若くても、相手がどんなにそうするにふさわしくない女性(失礼!)でも、夫
の地位が自分の夫の地位よりも高いときには、道をあけなければならない。

 「そういう世界だから、どの母親も、子どもの受験にはピリピリです」と。具体的にはこうだ。ま
ず上司の息子や娘と同じ学校は受験しない。上司の息子や娘が不合格になった学校は受験
しない。受験する学校の名前は最後の最後まで秘密にする、と。

●日本人独特の上下意識

 ……私はこの話を聞いたとき、別のところで、「こんなことをしているから日本の銀行は、国
際競争力をなくした」と思った。日本人のほとんどは、日本は先進国だと思っている。たしかに
豊かで、経済力はある。しかしその中身といえば、アフリカの××部族のそれとそれほど違わ
ない。少なくとも、世界の人はそう見ている。日本の社会の中にどっぷりとつかっている人に
は、それがわからない。その一つが、日本人独特の上下意識。

日本人はたった一年でも先輩は先輩、後輩は後輩と考える。そしてその間にきびしい序列をつ
ける。言いかえると、こうした意識があるかぎり、日本はいつまでも奇異な目で見られる。日本
異質論は消えない。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

溺愛ママ(失敗危険度★★)

●子どもを溺愛する母親

 親が子どもを溺愛する背景には、親側の情緒的未熟性や精神的な欠陥がある。つまりそうし
た未熟性や欠陥を代償的に補うために親は子どもを溺愛するようになる。つまり子どもを溺愛
す親というのは、どこかに心の問題をもった人とみてよい。が、親にはそれがわからない。わ
からないばかりか、溺愛を親の深い愛と誤解する。だから人前で平気で、その溺愛ぶりを誇示
する。こんなことがあった。

●溺愛を「愛」と誤解?

 高校のワンゲル部の総会でのこと。指導の教師が父母たちに向かって、「皆さんはお子さん
たちが汚してきた登山靴をどうしていますか?」と聞いたときのこと。一人の母親がまっさきに
手をあげてこう言った。「このクツが無事息子を山から返してくれたと思うと、ただただいとおしく
て頬ずりしています!」と。

あるいは幼稚園で、それはそれはみごとな髪型をしてくる子ども(年中女児)がいた。髪の毛を
細い三つ編みにした上、さらにその、三つ編みを幾重にも重ねて、複雑な髪型をつくるなど。ま
さに芸術的! そこである日、その母親と道路であったので、それとなく「毎日たいへんでしょ
う?」と聞いてみた。が、その母親は何ら臆することなく、こう言った。「いいえ、毎朝、三〇分も
あればすんでしまいます」と。毎朝、三〇分!、である。

●溺愛児の特徴

 親が子ども溺愛すると、子どもは子どもで溺愛児特有の症状を示すようになる。(1)幼児性
の持続(年齢に比して幼い感じがする)、(2)退行的になる(目標や規則が守れず、自己中心
的になる)、(3)服従的になりやすい(依存心が強く、わがままな反面、優柔不断)、(4)柔和で
おとなしく、満足げでハキがなくなるなど。ちょうど膝に抱かれたペットのように見えることから、
私は勝手にペット児(失礼!)と呼んでいるが、そういった感じになる。が、それで悲劇が終わ
るわけではない。

●カラを脱がない子ども 

子どもというのは、その年齢ごとに、ちょうど昆虫がカラを脱ぐようにして成長する。たとえば子
どもには、満四・五歳から五・五歳にかけて、たいへん生意気になる時期がある。この時期を
中間反抗期と呼ぶ人もいる。

この時期を境に、子どもは幼児期から少年少女期へと移行する。しかし溺愛児にはそれがな
い。ないまま、大きくなる。そしてあるとき、そのカラを一挙に脱ごうとする。が、簡単には脱げ
ない。たいてい激しい家庭内騒動をともなう。子「こんなオレにしたのは、お前だろ!」、母「ご
めんなさア〜イ。お母さんが悪かったア〜!」と。

しかし子どもの成長ということを考えるなら、むしろこちらのほうが望ましい。カラをうまく脱げな
い子どもは、超マザコンタイプのまま、体だけはおとなになる。昔、「冬彦さん」(テレビドラマ「ず
っとあなたが好きだった」の主人公)という男性がいたが、そうなる。

 溺愛ママは、あなたの周辺にも一人や二人は必ずいる。いて、何かと話題になっているは
ず。しかし溺愛は「愛」ではない。代償的愛といって、つまるところ自分の心のすき間うめるた
めの愛。身勝手な愛。一方的な愛。もっと言えば、愛もどきの愛。そんな愛に溺れてよいこと
は、何もない。


Hiroshi Hayashi++++++++April 07++++++++++はやし浩司

死は厳粛に(失敗危険度★★)

●死を理解できるのは、三歳以後

 「死」をどう定義するかによってもちがうが、三歳以前の子どもには、まだ死は理解できない。
飼っていたモルモットが死んだとき、「乾電池を入れかえれば動く!」と言った子ども(三歳男
児)がいた。「どうして起きないの?」と聞いた子ども(三歳男児)や、「病院へ連れて行こう」と
言った子ども(三歳男児)もいた。

子どもが死を理解できるようになるのは、三歳以後だが、しかしその概念はおとなとはかなり
違ったものである。三〜七歳の子どもにとって「死」は、生活の一部(日常的な生活が死によっ
て変化する)でしかない。ときにこの時期の子どもは、家族の死すら平気でやり過ごすことがあ
る。

●死への恐怖心

 このころ、子どもによっては、死に対して恐怖心をもつこともあるが、それは自分が「ひとりぼ
っちになる」という、孤立することへの恐怖心と考えてよい。たとえば母親が臨終を迎えたとき、
子どもが恐れるのは、「母親がいなくなること」であって、死そのものではない。

ちなみに小学五年生の子どもたちに、「死ぬことはこわいか?」と質問してみたが、八人全員
が、「こわくない」「私は死なない」と答えた。一人「六〇歳くらいになったら、考える」と言った子
ども(女子)がいた。質問を変えて、「では、お父さんやお母さんが死ぬとしたらどうか」と聞くと、
「それはいやだ」「それは困る」と答えた。

●死は厳粛に

 子どもが死を学ぶのは、周囲の人の様子からである。たとえば肉親の死に対して、家人がそ
れを嘆き悲しんだとする。その様子から子どもは、「死ぬ」ということがただごとではないと知
る。

そこで大切なことは、「死はいつも厳粛に」である。死を茶化してはいけない。もてあそんでもい
けない。どんな生き物の死であれ、いつも厳粛にあつかう。たとえば飼っていた小鳥が死んだ
とする。そのときその小鳥を、ゴミか何かのように紙で包んでポイと捨てれば、子どもは「死」と
いうものはそういうものだと思うようになる。しかしそれではすまない。

死があるから生がある。死への恐怖心があるから、人は生きることを大切にする。死をていね
いにとむらうということは、結局は生きることを大切にすることになる。が、死を粗末にすれば、
子どもは生きること、さらには命そのものまで粗末にするようになる。

●死をとおして生きることの大切さを

 どんな宗教でも死はていねいにとむらう。もちろん残された人たちの悲しみをなぐさめるという
目的もあるが、死をとむらうことで、生きることの大切さを教えるためと考えてよい。そんなこと
も頭に入れながら、子どもにとって「死」は何であるかを考えるとよい。


***************以上、1850***************









はやし浩司(ひろし)